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春休みの季節、良く地元の桜並木の下で行われる祭りや、三渓園に花見に行きました。

今、三渓園で桜と重要文化財建築群の夜間ライトUP「観桜の夕べ」を開催中なので御参考までに昨年、小生が撮影した写真を掲載します。

※三渓園の公式ホームページは「ココ」←クリック!

今回の記事は、あくまで訪問したい方の為(ため)に参考の写真掲示なので、改めて記事にします。
過去の記事は以下リンクから御覧下さい!
⚫︎三渓園の説明記事は「ココ」←クリック!
⚫︎三渓園の紅葉写真は「ココ」←クリック!

では、以下、昨年の夜桜と重要文化財ライトUPの写真です。

入口を入ったすぐの池のほとり

下の仏塔は京都の灯明寺から移築保護した三重塔。
明治政府の数少ない失政「廃仏棄釈」の仏教施設弾圧から、明治時代に富岡製糸場などを開いた原財閥の原三溪さんが、当時自宅だった今の三溪園に買取り保護し今に至ります。


三重塔の山の麓の茶屋の手打ち蕎麦「三溪碗」は小生お勧めの一品で、お碗に盛られた3種類の味の汁蕎麦を頂けます。

入口近くの、昔、原三溪さんが隠居部屋に使ってた母屋(おもや)。
今では茶会や披露宴の会場として有料で一般利用可能です。


暗く判り難(にく)い写真ですが、下は京都大徳寺から移築した、豊臣秀吉が母親大政所の為に建てた建築物です。


因みに中区の三渓園から近く、久良岐の丘伝いの港南区には、昨年まで下の「桜道」と呼ばれた全長1km近い桜の大木の並木が有りました。
林文子横浜市長は文化財や自然を破壊していくスタイルの行政指示を出しているらしく、昨年、この桜並木は主要部分が伐採され規模縮小されました。
事実上の消滅で、この祭りも開催する意味が無くなりました。

実は、いくつかの文化財や史跡について、小生、監督地区の区役所担当者を介して教育委員会に「保護要請や顕彰碑設置を要請しましたが、市教育委員会の方針として新たに保護や顕彰碑設置を行う事はしない」と明確な「教育委員会からの未保護史跡や文化財や自然の不保護宣言」の回答を頂いたので、今回、この記事でその回答を市民への伝言として晒しておきます。

三溪園も左派社会主義の林文子市長市政が続けば、いずれ土建屋の開発対象にされるのでしょうか…
危険なので、この風景を守る為にも市民で注視監視する必要が有ると思います。