曽我梅林と小田原周辺の梅林は今が見頃ですよ!

今年は梅花の開花が早いと、残雪の八王子城址で先週土曜日に確認したので…
神奈川県の梅花はもう見頃だろうと思い、曽我梅林のホームぺージを見た所、やはり今年は今週が見頃だった。
水曜日は小生の休日。
午前中に歯医者で定期健診を終えると、そのまま車で曽我にGO!
湘南は小田原の観梅の名所、曽我梅林に行って来た…
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東名高速を抜けて小田原厚木道路を走っている最中に俄雨(俄雨)が降って来たので、一時はどうなる事かと心配したが現地についたら雲も晴れ始め、雪化粧した美人な富士山が曽我梅林の向こうに姿を現してくださった。
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今年も去年と同じ位置から写真を撮影したが、この枝垂れ梅が凄く綺麗なんだな。
さて、この曽我梅林は梅農家が実の採集の為に植えている❝梅畑❞なだけあって範囲は凄まじく広大で、恐らく日本最大級の梅の木の本数、4万本超を誇ります。

現地案内看板ピンクの範囲が全て梅林なのですがGoogleEarthの衛星画像に看板の画像を貼り付けて範囲を見て頂くと解りますが、…
曽我梅林
凄い範囲でしょう?
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周辺には名所古跡いくつか有り、全部回れば1日費やせますね。
小生、たまたま小田原の石垣山一夜城址に行く予定だったので曽我梅林での梅花鑑賞だけでした。
以前も戦国時代の北条家の梅林文化を紹介した記事でも曽我梅林を紹介した事が有りますが、今日は曽我梅林自体の写真と歴史を紹介したいと思います。
※以前の曽我梅林と北条家の梅林文化を紹介した記事は「ココ」←クリック!
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先に説明しましたが、この曽我梅林は曽我が梅の実の生産地で有る為に、農家さんが集まってるので4万本超の梅の木を有します。
そして、梅まつり開催地域では、主に「杉田梅」「曽我十郎梅」「南高梅」と観賞用の「枝垂れ梅」と「小梅」が見られます。
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曽我別所梅まつりの開催期間中は上の植生エリアを説明した看板も掲示されます。
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綺麗でしょう?これが小田原名物の曽我十郎梅です。
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観賞用の枝垂れ梅が植えられた一角も在ります。
しかし梅の実の収穫用の木の方が圧倒的に多く有ります。
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開会中は農道にカップルやシニアの観光客と多くスレ違います。
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川岸にも梅畑が広がりますが、残念ながらこちら側は既に花が散っていました。
屋台や梅の製品の直売所も梅祭り開催中は多く出ます。
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小生は今回は直ぐに食べたかったので❝雲上❞と言う一粒300円位の少し高級な梅干しと、御土産用の❝曽我十郎梅の梅干し❞を買いました。
会場には、ジェラートの専門店も有ります。
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駐車場に在る上の写真の建物がジェラート屋さんです。
小生は梅の入ったジェラートを食べました。
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清涼感が有り、とても美味しかったです。
あと箱根名物足柄茶と、さっき買った梅干し雲上。
小田原の梅干しは武士文化の梅干しですので蜂蜜漬けでは無くて、昔ながらの酸っぱい梅干しです。
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でも雲上凄く美味しかったですよぉ~♪
露店直売所の目標は、梅林の中の下の写真の八幡様です。
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この八幡様の周りに食堂等も出店します。
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八幡様で御神体を拝んで参りました。
この神社の在る区画の北西、下曽我小学校の裏て側の区画には、曽我十郎梅の元に成った❝杉田梅❞と呼ばれる品種の梅林が有ります。
この杉田梅は昭和初期まで❝最高級ブランド❞として江戸の市民や皇族に愛された梅で、発祥地は横浜市磯子区杉田でした。
戦国時代の北条家臣、笹下城主間宮康俊公や間宮家分家の杉田間宮信繁公が横浜市南部に植林を始め、特に間宮信繁公の植林した杉田梅林は梅の実だけでなく梅林自体も江戸時代に江戸市民や明治時代にも皇族がだびたび観梅に来る程に観光地として有名でした。
しかし残念ながら神奈川県教育委員会と横浜市教育委員会は不見識極まりなく、この杉田梅林の宅地開発を承認し全く保護せず地上から消し去ってしまいました。
左翼閥や開発利権と癒着した人間が過去(?)多かったんでしょうかね?
現在も扇谷上杉家の糟屋館城址を県道開通させ破壊する準備してますし、笹下城は三井不動産レジデンシャル等に破壊されている真っ最中ですし、現在も教育委員会にそんな人が多そうですが。
しかし・・
ここに来ると横浜に在った杉田梅林の往時の姿を想像させてくれる杉田梅の梅林が見られる訳です。
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これが杉田梅です。
接写するの忘れましたが、曽我十郎梅より若干花が小ぶりでした。
つまり、曽我十郎梅は杉田梅の中で花の大きい株を交配させて生み出された品種と言う事ですね。
所で、何故、ここ曽我別所に広大な梅林が有り、御当地横浜で滅亡した杉田梅が大量に生産されているかですが…
実は!
先に有名に成った間宮家の杉田梅林から、この曽我別所の地域に移植されたそうです。
※杉田梅林の記事は「間宮家の事績まとめ」「間宮信繁公の菩提寺妙法寺」←ここクリック!
そして、曽我別所の農家の皆さんが更に花の大きい株を品種改良して曽我十郎梅に育て上げた訳ですね。
…神奈川県と横浜市の教育委員会が滅亡させた杉田梅林の梅林文化を、小田原で守って下さった曽我別所の皆さん、ありがとうございます。
感謝。
北条氏綱公、北条氏康公、北条綱成公、北条氏繁公、間宮信冬公、間宮信康公、間宮信元公、間宮康俊公、間宮康信公、間宮綱信公、間宮直元公、間宮信繁公…
小生は貴方がたの残された文化を感じ生きられて幸せです。
ありがとうございます。

さて、次回は書くのを忘れていた伊勢原市高部屋神社裏の丸山城址公園の紹介をしたいと思います。
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では!又、次の記事で!