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今日は朝、少しだけ寝て家を出た。
最初に訪れたのは称名寺…
と、昔は同じ金沢北条家の敷地内に建てられた武家初の図書館だった金沢文庫。
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今では金沢文庫博物館と名を替え県営と成っている。
現在、金沢文庫は泥亀新田開発者の永島家の特別展示を行っている。この永島家の邸宅は伊藤博文公が大日本帝国憲法草案を起草した場所の一つ、野島の伊藤邸近くに在った。
昭和後期、小生が子供の頃まで永島家の敷地と立派な門が文化財として保護されていたが横浜市教育委員会が保護を怠り破壊され宅地化されてしまった。
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金沢文庫が県営に成ったのには色々な経緯(いきさつ)が有るが、明治時代に領主や幕府達に寄進されていた寺領が没収されてしまい、米穀の収入があった寺領や社領を接収されたので、神社仏閣の僧侶や神職達は収入源が無くなったせいで墓地の経営や冠婚葬祭なんて商売を行わなければいけなくなった。
つまり明治政府の宗教政策の失敗によって神社仏閣の多くは哲学や学問や文化を学ぶ場所としての機能を停止せざるを得ない状況に陥らされた。
更に封建社会での御寺は公共施設だったのに対して明治時代は住職の個人資産、世襲制に成ってしまった事で称名寺も当時の❝住職の資産❞に成ってしまった。
これが金沢文庫の不幸の始まりで、当時の住職は仏僧にもあるまじき堕落をし水商売の女に狂って日本国民にとって❝東の正倉院❞の異名で呼ばれた称名寺の寺宝を私有財産の様に売り払い、水女に使い込んでしまった。
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それを保護すべく称名寺の檀家や宗派真言宗の認知の下で、寺宝管理を神奈川県営の金沢文庫博物館に寄託する形で、日本国民にとって有益な研究対象文化財として世間に多くの寺宝が日の目を見て日本のみならず
東アジアの文化史解明に役に立ったと有名に成った程の場所…
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…なのだけれど、歴史に興味が無い人達には認識されておらず知名度が低い。江戸時代までは真言宗内では称名寺は凄まじい知名度の庭園と壇林としての機能を有して居た。
称名寺=金沢北条氏邸宅の谷戸と文庫の谷戸を繋いでいた鎌倉時代から使われていた隧道も現存する。
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まぁ、現在の黒岩知事と県の教育委員会が金沢文庫の文化財保護の為の老朽化した空調交換に予算を回さなかったせいで、称名寺の重要文化財は昨年カビに腐食されてしまってニュースに取り上げられ事件に成った事も有った。
文化財保護と言うのは知事や市町の文化度が低いと、この様に直ぐに被害をうける。
これが城址や神社仏閣の古址と成ると、あくどい市長は発掘調査もせず重要性を隠匿したまま土建屋に宅地開発容認してしまう。
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今、宅地開発されてる横浜市港南区笹下4丁目は、笹下城址の主要部分の一角だった。
現在、本丸直下の切岸と空堀後は❝傾きマンションで有名な三井不動産レジデンシャル❞に破壊されて家が建設される最中だ。

さて、閉館16時半金沢文庫を後にして何だか休日に1ヵ所しか廻らないのは不完全燃焼…
「歴史成分」「自然が足りない」
…てな訳で、ここから車でそう遠く無い神奈川の景勝50選に選ばれている鷹取山に廿数年ぶりに登ってみようと思い立ち移動した。鷹取山の写真は全く無かったから。
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なんだか久しぶりの鷹取山は本来の登山道とは別のアスファルトの広い歩道が整備されてしまい自然環境が破壊されていた。
まぁ、その分、ちゃんと紫陽花が植えられて遊歩道として綺麗ではあった…
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小生は現在の遊歩道を嫌って、紫陽花の切れ目から子供の頃に歩いた古道を見つけてソッチから登山する事にした。
因(ちな)みに、普通のアスファルトの遊歩道を歩けば鷹取山公園の入口から展望台の有る岩場まで10分足らず、遊歩道をそれて古道に入ると危険極まりない(笑)風化した鎌倉石と自然を満喫する道なので展望台まで30分以上かかる。
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嘆かわしい事に、来なかった二十数年の間、新しい物とは言え岸壁に掘られた石仏群を何の心算か勝手に彩色する輩がいたような。
そんな悲しい発見も有ったが…
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こんな場所が緑の中、随所にあり不思議な空間に成っている。
マイナスイオンも感じる様な気がする…
途中、この古い登山道は本当に険しく、落ちたら死ぬ所ばかり(笑)。DSC_3023
それでも、この本来の道を通る価値は有る。

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頂上の広場は、まるでカッパドキアの様な異世界の風景。
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でも、この岩場の壁面に沢山穴が開いてるでしょう?
これ、先日も文化財破壊で問題に成った団塊~バブル世代の無文化ロッククライマー達が私欲の為に鉄杭を打ち込んで破壊した傷後です。
現在は根本的にロッククライミング禁止なのに、無許可で登ってるクソがいました。
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装備を置いて岩の上にいるようだ。
そんな憤りもあるが、この日は久しぶりに拝みたかった大石仏の弥勒菩薩様に会いに来たので…
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昭和初期に高名な芸術家が彫刻した仏様なので美しい!
久しぶりに御会いできて嬉しかった。
石切場含め将来何十年かしたら文化財に成るんでしょうね。
この鷹取山や神武寺付近は小生が尊敬する戦国時代、関東最高の軍師の太田道灌公も鷹狩に訪れた伝承があり、鎌倉時代には源実朝公も来訪されたそうだ。
ここの存在を思い出したのは先月、葉山に宿泊した際に訪れた逗子市郷土資料館の学芸員さんの話で、鷹取山の話が出て来たから。

ふむ、古道を歩いた御蔭で汗もかき、何とか休日らしい充実感を味わえて良かった。