横浜桜は2017年4月1日現在、三分~六分咲きです。

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血縁は無いけど実祖母よりお世話に成った横浜の義祖母の御墓参りに行ってきました。
小生の血縁の無い義祖母は入院していた病院の近くの久良岐公園の桜が満開の4月1日に亡くなった。
義祖母の実家は横浜のシルク貿易商で、義祖母が幼い頃は比較的裕福で屋敷に住んでいたそうだ。
しかし家業の生糸貿易が化学繊維にとって代わられると義祖母の家は貧乏に成った。
義祖母は結婚もしたが相手が問題の有る人で、両親に実家に連れ戻されてからずっと独り身だった。
だから小生を可愛がってくれた。
その義祖母が入院して1ヵ月後位に病院の近くの久良岐公園の桜が美しく満開に咲き誇った。
久良岐公園の桜林と磯子区森の桜並木の美しさを知ったのもこの義祖母の入院の時だ・・・2015-04-01-12-01-34
※久良岐公園の桜林(2015年撮影)

・・・あれから月日は流れ、命日に御参りするのは血縁の無い我家を代表して墓参した小生だけ。
あの時に義祖母の通夜直前に病院に群がった義祖母の遠縁の親戚連中は、本日義祖母の命日17:00少し過ぎに小生が墓参した時点で誰も来た形跡は無かった。
土曜日なのにも関わらず。何故判るかって?
だって花も枯れたままだったからな。
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バァちゃん、小さい時に可愛がってくれてありがとうね!
いつも心の中で信奉する神社仏閣の神様仏様と尊敬する歴史偉人と祖先神と親族と恩人への御祈りの時にバァちゃんの事も思い出してるけれど、桜の季節に成ると、亡くなった日の事や可愛がってくれた事、川崎大師に行く時にいつも持って来てくれたコアラのマーチとヨーグル、緑区に梨狩りに毎年の様に一緒に行った事を思い出すよ!
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義祖母の墓地には美空ひばりサンや南極探検の白瀬中尉の御墓もある。
この墓地と桜の大木の並木の“有った”丘は奇しくも小生の尊敬する間宮康俊公や間宮康信公、康俊公の嫡孫で江戸時代初期の名奉行の間宮直元公の居城笹下城の出城松本城跡の指揮所跡で石碑も有り、昭和8年(1933年)に植林された大量の桜の並木が綺麗な場所"だった"。
しかし、桜の大木に成長し観光名所に成っていた並木道も、無文化な極左派(当時)の支持で当選した林文子市長の施政下で伐採された。
3年前に伐採されていなければ僅か、あと14年で日本屈指の樹齢100年の桜並木に成っていたのに。
更に松本城址"陣ヵ台"の石碑も撤去され姿を消した。新編武蔵風土記稿にも掲載されている事項にも関わらずだ。
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 今日、義祖母の命日は今年の横浜市港南区桜道の桜祭りだった。
しかし、以前の賑わいが有る訳もない。
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同じ場所とは思えない寂しさ・・・
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屋台の店主、商店主の人達とも話をした。
批判しか湧いて来ない。
バァちゃんの命日の墓参りに来る時や桜祭りの時に楽しみだった、お好み焼き屋“名勝”も桜の伐採で書き入れ時の客足が遠のき閉店してしまった・・・
祭りの賑わいと、横浜市民の誇りだった歴史と、風景を返して欲しい。
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林文子市長!貴女の政治で伐採され消えた桜の風景を返して下さい!
寂れても来てくれる屋台の皆、ありがとうね。
ごめんね、駄目な市長選んじゃって。
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林文子市長!昔の桜祭りの賑わいと桜の大木の並木が満開に成るのを楽しみにしていた横浜市南部地域の市民に返して下さい!
本当に市長として郷土愛が有るならば、あと少しで樹齢100年の桜並木に成るはずだった桜道の並木を伐採した事と陣ヵ台の石碑を撤去した事と笹下城の最後の残存部の本丸周辺の地形破戒開発をさせた責任とって下さい!責任とれないでしょ?責任とれないならば・・・
神社仏閣保護と徳川幕府の成立に多大な貢献をした横浜の間宮家の偉業、そして室町幕府の成立と関東の神社仏閣の保護に間宮家同様に活躍した蒔田吉良家の偉業、宅間上杉家の偉業、そして横浜に深く関り武士文化の基礎を築いた源頼朝公、北条政子様、源範頼公の事も、自分の印象操作をマスコミや支援者使って熱心にしている様に顕彰して下さい。
そして直ちに開発利権で横浜市南部の市民の誇る最後のホタルの大生息地域の瀬上沢と瀬上池周辺を東急不動産に開発させるのを止めて下さい!
・・・貴女の統治する横浜市が今在るのは先人達の業績と我々市民と明治大正の原財閥や浅野財閥や商人達が関東大震災復興に財産を投じて下さった御陰です。その方々は横浜市域のみならず日本としての日本文化と風景も守って下さった方々です。
貴女は今、米軍から譲り受けた子供達のスポーツ広場を奪い、待機児童0化に失敗し、南本牧埋め立て工事で海洋自然環境を破壊している上に工事が遅れ海運業者と通関業者に迷惑をかけ、自然公園宅地造成や街路樹の伐採で陸の緑も消し、史跡を未調査のまま破壊まで行っています。
そして日本でも良好な保存状態に入る小机城址を史跡としての市の文化財認定もしない。
貴女が市長を務めた一人の代で、どれだけの物と文化と風景を横浜市から消し去る心算ですか?
せめて、まだ在る物を守りながら開発利権とは無縁の自然と史跡と文化保護に御金を使う政治家に成って見ては如何でしょうか?
文化保護史跡保護も、綾瀬市や小田原市の様に上手く業者を活用すれば新たなジャンルで健全な権益に成ります。
地形を掘削せずに城址縄張りを利用した児童公園化なら史跡と児童公園の両立も、掘削をしない擁壁を用いた盛土の宅地化なら埋蔵保護も可能でしょう。
そして、市民の思い出と先人の残した風景と歴史と文化を奪わないで下さい。

もし、今までの自然と文化と史跡破壊が林市長では無く市職員の所業ならば、ソイツを吊し上げて正義を示して下さい。仮にそれが実現するなら、その土木開発担当役人の糾弾と市長支持に我々も回ります。