江ノ島観光の休日雑記の途中だけれど少し近況報告を三浦の海岸沿いの某宿泊先から・・・

小生は梅雨に入って気温も上がり初夏に突入すると繁忙期、だいたい毎日の睡眠時間は常人の1/2とか1/3程度しか寝れない日が多くなってしまう。
先月はジムに2回しか通えなかった。今月もまだ行けてない。
だからブログの更新も疎かに成るし気のせいか昨年より体力が落ちた。
まぁ、今年は休日は出来るだけ寝て体力回復を計る事にしていたのだが、そんな中でも休日の午後位は動いていた。

今年はTVで鎌倉が沢山特集されたせいで観光客が多く、とうとう鎌倉~江ノ島巡りで4回目の鎌倉市長谷の長谷寺紫陽花見物チャレンジも失敗、なので小生の住まう円海山の裾野から車で程近い永谷天満宮の鎮守の森、菅秀塚の紫陽花を見に行って来たりしていた。
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永谷天満宮の社殿の左手が菅秀塚の入口なのだが、結構地元の人もここへ来ない様だ。
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神奈川の名木100選の一つ、“上永谷の天神社のカシ”なんて大樹も有ったりするんだが・・・
その名木の前を通り過ぎると直ぐに紫陽花のトンネルが出迎えてくれるんだな。
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陽当りが余り良ろしくない場所だが、山の斜面の一面に紫陽花が咲き誇る。
・・・う~ん、咲き誇ると言うよりは毎年健気に数少ない見物者を優しく謙遜しながら出迎えてくれると言う感じだろうか?
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一輪一輪が大振りで立派、確かに北鎌倉の明月院や長谷の長谷寺程の規模は無いけれども季節を感じて散歩するには十分!
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今年も綺麗だ。
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永谷天満宮の紫陽花君達、今年も綺麗な花を見せてくれてありがとうね~!
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頂上には浅間神社が在る。
永谷天満宮の社殿の方向とは明後日の方向を向いて祠が建っている。
何でこの向きに浅間神社の祠が向いてるのか、ちゃんと神様に対して信仰心を持って神社を観察する人なら直ぐに気が付くのだが、当然、この祠の真後ろに浅間権現此花咲耶姫命様の化身である富士山が在るんだな。
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既に横浜は夏日なのに珍しく相模湾上の水蒸気が薄く、そして雪化粧している此花咲耶姫命の富士山が姿を見せてくれた。富士山の頂上に浮かぶ雲が此花咲耶姫命様が市女笠を被って日差しを除けてらっしゃるようで可愛らしく思えた。
因みに市女笠と言うのは↓こう言う奴。
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以前撮影した小机城址祭りの様子。
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小生には、こんな可愛らしい御姫様の格好に脳内変換されんだな。
まぁ、江戸時代の和装は余り好きじゃなくて、女性は室町時代の格好の方が可愛らしと思うからなんだが。
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永谷天満宮の地は伝承によれば御祭神の天満大自在天こと菅原道真公の五男で菅秀才と呼ばれ醍醐天皇に重用されたが藤原氏の出世妨害で官位は高位には成らなかった菅原淳茂公が移住してきて一時期住んでいた居館跡と伝わっているんだな。まぁ実際に関東に亡命して平将門公や平良文公達の坂東の桓武平氏を頼って来たのは三男の菅原景行公が茨城県の大生郷天満宮の社伝にも伝わっているし、永谷天満宮は旧鎌倉郡で、平良文公の御子孫の村岡家の一族達が治めた土地であり村岡一族の鎌倉景正公、梶原景時公、俣野景久公、大庭景義公、長尾景春公等々、鎌倉郡を統治した人々は“景”の一文字が入っている事から三男の菅原景行公との関連と考えた方が自然なのかも知れないが、そこはそれ、どっちか解らないならば“どちらかがいらっしゃった”として“両二方とも大切に史実と伝承を両方伝えれば良い”訳だ。
そうすれば御子息が二人も永谷天満宮で大切にされて、御祭神の菅原道真公も喜んで下さるかも知れない。
塚に手を合わせながら、そんな事を考えていたりした、この日。
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月が変わって7月初旬、野島公園のキャンプ場を予約して妹夫婦と甥姪とBBQをした。
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この日、燃料を予約していたのだが炭だけ渡されて火を付けるまで上手く行かなかった。
家から先日の木目金鍛造の為に買った1500°の火炎が出るガスバーナーも持参したのだが、ガスバーナーで炙っても窯が大きすぎて熱が上手く籠もらずに肉を焼ける様に成るまで30分近くかかってしまった。その間に姪っ子も甥っ子も飽きてしまって母が持参したオニギリを食べて御腹一杯に成り、もうまともに食事してくれなかった。
折角、南部市場でサザエやホタテも沢山買ったのだが、食べきれなかった分は保冷材も無いので廃棄した。

先週の事・・・
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ライチが美味しい季節に成ったので夕刻近くに漸(ようや)く起き出して昼食ついでに横浜中華街の八百屋に生ライチを買いに行って来た。
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妹の家もいると言うので綺麗な物を1ケース分選別して購入。
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その後は中国超市で肉まんと月餅を買い食いして昼食とした。
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コンビニのとは違って皮が甘くフワフワで美味しい。
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まぁ、日本で肉饅と呼んでいる物は中国では三丁包(さんでぃんばお)と呼ばれる餡なのだがね。本来の肉饅の餡は本当に肉しか入っていないんだ。これは少し違うが美味しい。
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先一昨日、京都から歴史仲間が出張で横浜に出て来たので中華街に行き、一緒に食事をした。
途中、久しぶりに横浜スタジアム方面から歩いて見たら変な専門店が出来ていた。
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香菜(シャンツァイ)=パクチー料理の専門店・・・
小生は香菜が大嫌いなので絶対に行かないだろう(笑)。でも女性には好きな人も多いので、まぁ、狭い範囲のファンが定着しそうだなとは思う。
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夜20時過ぎだったが土曜日と言う事も有って中々の人数だった。
残念な事に行きつけの店が閉店したので、山東と言う、もう一つの行きつけの水餃子の美味しい店に歴史仲間を連れて行った。
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写真は豆腐干絲(ドウフガンスー)=干し豆腐の千切りの冷菜、それと牛肚(ニィウトゥ)=牛の胃袋の冷菜。さっぱりして夏でも食欲が湧く小生の夏季御薦め料理。
他にも空心菜の炒め物とかトンポーローとか山東名物の水餃子を注文して二人で7000円分位食べた。
親友のO型君が転職して東海地方に行ってしまう際に転職祝いで食べに来て以来、2ヵ月ぶりくらいだったかな?たまに食べたくなる。
食事後は車を停めた大桟橋(国際客船ターミナル)まで徒歩戻る際に、夜間でも見れる史跡を少し回りながら移動した。

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日本最初の下水管とか。
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何故か横浜市は中区の近代史跡だけ大切にし、鎌倉の隣で武士文化の遺産が多く有るのに其方は破壊しまくるんだな。意味不明。所詮、田舎者ばっかりの市職員はヨコハマのイメージしか無いんだろう。
横浜市はヨコハマで有る前に鎌倉郡の一部であり久良岐郡であり橘樹郡であり都築郡なんだが、そんな事も知らんのだろうな。
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様は移民が文化財保護担当してる様なもんだから理解が足りないんだろうか?
まぁ、政治家の建築利権の方が大きいんだろう、現代の役人はアウシュビッツの職員よろしく善悪の判断をせずに政治家の要望通りに破壊してんだろう。でなければ、自然公園として歴代市長が守って来た円海山の史跡も自然環境を東急グループの建設利権の為に開発しようとしたり、日本的に見ても重要な意味の有った笹下城も蒔田城も青ヶ台城等の城址も発掘せずに破壊したりしないだろう。
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まぁ、ハッキリ言って観光向けに街づくりしてる筈なのに、外国人観光客に不人気なのは文化を大切にしてないから魅力が無いって気が付かない田舎者が仕切ってる横浜市の役人と建築利権臭プンプン臭う執政者って事に成る訳だ。
まぁ、この明治の元勲、伊藤博文公が作った新港埠頭=みなと未来21地区の夜景は綺麗だ。
これは高秀前市長が建築族だっただけでなく高文化で、港から見た時の景観と文化財の保護を考えて街づくりをして下さった御蔭なんだな。
今の市長は語るに・・・不足の極み。待機児童問題も停滞中、一瞬良い時だけ発表して印象操作。
折角期待されてるのだから史跡保護や最後の蛍の広域生息地の自然環境保護も頑張って立派な市長に成って欲しい。
待機児童問題も上手く行ってないなら、それはそれで正直に言えば皆も本気で考えるだろう。
一々自分の印象を良くしようとする様な発表の仕方をしたってダイエー再建失敗した時の様に、結果は数字でしか出ないんだから。これは補佐役が悪いのかもな。

まぁ、そんな訳で最近も休日は夕方から少しは動いていたが、もう学生時代の様に半徹夜の仕事連勤+自分の活動を平行してやる体力が無くなって来たようだ。
筋力増強も上手く行ってない。
体力付ける為に、夏が終わって繁忙期が過ぎたら本気でトレーニング頑張ろう。

では、皆さん、休日雑記江ノ島編の続き③でお会いしましょう~♪