柳田大明神 六所神社(式外社・相模国総社・・・古代の相模国府制定神話の神社 )
神揃山(神々が集った聖地、国府祭神事の舞台)
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  御祭神・御本尊等:相模国一之宮寒川神社~五之宮平塚八幡宮の全ての御祭神  
  御利益:一之宮寒川神社、二之宮川勾神社、三之宮比々多神社、四之宮前鳥神社、五之宮平塚八幡宮の全ての御利益。
  関係者:
  開基:出雲神族の一族(関東最古の大社、鷲宮神社の伝承とも整合性有り。)
  中興:相模国歴代国司
   征夷大将軍 源 頼朝 公
   相模守   北条氏綱 公 以下歴代北条家当主
   征夷大将軍 徳川家康 公
  旧郡名:淘綾郡
  所在地:六所神社・・・中郡大磯町の沿岸部東海道本線が参道をぶった切る。
  所在地:神揃山・・・大磯町国府本郷1408‐2の丘、古代の半島上。
  ※所在地名をクリックするとGoogle mapの地図上で確認出来ます。
歴史概要】
❝国府祭(こうのまち)❞神事に登場する由緒有る神社。
崇神天皇の頃に出雲神族の末裔が当地に移住して来た際に、奇稲田媛の御分霊を主祭神として祀ったのが起源で当初の社名は柳田大神だった。神話では紀元前50年頃となる。
この伝承は初代相模国司が建御名方神(伊勢都彦)=諏訪神系出雲神族の御神孫とする伝承とも整合性が有る。関東最古の大社格の神社である埼玉県久喜市の鷲宮神社の伝承とも整合性が有る。
この神社一帯を開拓したのが出雲神族なのは他の延喜式内社のとも相似性が有り縄文時代の終わり~弥生時代に関東に稲作を広めたのが素戔嗚尊の御神孫で有る事良く解り、素戔嗚尊が建国したとされる須賀国の国名の須賀の二文字を含む地名が三浦~房総半島~北関東~東北南部に多く残る事とも整合性が有り、この六所神社の縁起とリンクしている。言い方を変えれば縄文時代を終わらせ農耕を広めたのは素戔嗚尊の眷属と言う事に成り、米の生産によって財産としての食料の備蓄の習慣が生まれ大規模な集落が形成され小規模国家が生まれた経緯を辿る事も出来る。出雲神族が農耕を広めた故(ゆえ)に出雲大社に神々が参集する神有月の神事が行われる様に成った事も理解が出来るのが、弥生時代以降に造営された六所神社や鷲宮神社の伝承と神事でもある。但し、地形上は紀元前50年代当時の現在の六所神社の境内地は海の底か海波に洗われる磯辺だった筈なので、現在❝国府祭(こうのまち)❞神事が行われる六所神社近所の❝神揃山❞の存在と、六所神社の異名が❝相模国総社❞で有る事、御祭神に奇稲田媛の他に一~五之宮を祀る事実を考慮すると、柳田大神と言われた頃の古代の境内地自体は神揃山だったと推測出来る。尚、神揃山周辺の住所は国府本郷なので相模国府の海老名移転以前の所在地とも考えられている。
総社だけあり、ここに御参りすると一~五之宮の御参りをしたのと同じ事に成るので、とても有り難(がた)い古社である。