漸く書きます米軍基地に繋がる国の重要文化財級の鉄道史跡、高島線瑞穂鉄橋の記事(笑)。
元は去年の夏に横須賀の旧海軍基地内の十字交差線路の紹介からシリーズ化していて、今回の横浜の瑞穂埠頭に繋がらる高島線引込線の瑞穂鉄橋の記事で完結です。
過去記事が下のリンクのです。
1つめが紹介したい場所2か所の概要。

2つめに書いた記事が海軍機密史料を使って帝国海軍横須賀鎮守府の田浦引込線十字交差線路を解説した記事。

3つめが昨日、ちょっとヤル気に成って自分への理由付け(笑)に書いた、あぶない刑事のTVK再放送最終回の拡散告知に無理やりブチ込んだ横浜の鉄道史跡の簡易解説。


今回は瑞穂鉄橋が重要文化財指定受ける必要が有る程大切な物ですよ~!と言う紹介に合わせて、この雰囲気が独特な事から“あぶない刑事”をはじめドラマ映画のロケ地に成った周辺のお店や名所も紹介をしたいと思います。
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旧高島線瑞穂鉄橋
神奈川の橋100選の一つ
そもそも皆さんは瑞穂埠頭や瑞穂鉄橋や高島線と言う言葉を聞いた事も無いかも知れませんね?
実は聞いた事は無くても見た事が有って昭和生まれも平成生まれも知ってる可能性が高いんです。
上の写真、何か見た事有りませんか?
この茶色い橋は線路が有るので電気機関車用の鉄橋なのかな?と、そんな感想が湧く程度でしょうか?
ちょっと車道に出て正面から見て見ましょう。
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もしかしたら“あぶない刑事”ファンの人は何だか何回か見た事が有るなぁ~?自分は行った記憶無いんだけどなぁ~?と思う人もいるかも知れませんね。
では写真の位置から右を向いて見ましょう。
すると・・・
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StarDust(右)
(左)POLESTARおんやぁ~?何か絶対に見た事が有る雰囲気の良いアメリカの町に有りそうなBarが有るじゃぁ~ありませんか!
そう、これが昨日公開した記事でも触れていた“あぶない刑事”で何回もロケ地に成ったBARの“StarDust”です。この御店、実は2つとも経営者が同じで普段はStarDustが開かれていてパーティー等貸切の際にPOLESTARを使うそうなんですが。
何でこんな場所に素敵な御店が有るんでしょうか?しかも横須賀じゃなくて横浜に。
実はこれ、理由が有ります。
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この瑞穂鉄橋の向う側は瑞穂埠頭と呼ばれ、“米軍”からはYokohama North Dockつなり横浜北埠頭と呼ばれている米軍基地なんですね。
なのでこの一帯は余り商業地化もせず独特の雰囲気が残り、昔の名残でStarDustの様な雰囲気の良い御店が残りながら最近ではミナト未来21地区側の海沿いオシャレなレストランや結婚式場等が建てられて来て本来の横浜らしい個性を残す地域性が確立されています。
この様な場所なので1986年にドラマ公開され劇場版を合わせると断続的に2015年まで続いた“あぶない刑事”でも主要なロケ地の一つに成った訳です。

ロケ地についてはYoutubeでも私より熱心な本物のファンがロケ聖地紹介の動画や纏めサイト等を後悔しているので私は解説を控えて置きます。
実はこの御店、俳優の小沢征悦サンが奥さんでNHKアナウンサーの桑子真帆サンと結婚前にデートに来ていた場所としても今では有名らしいです。

この御二人は文化人としても活躍していて雰囲気の良い御夫婦ですね!
何だかStarDustに彼氏彼女や夫婦でドラマの聖地巡りで御酒を飲みに行けば、縁結びの御利益まで有りそうです(笑)。
車で行ってもノンアル飲料もあるので、どちらかは御酒を飲まない人なら二人でも勿論1人でノンアル+ナッツで雰囲気を楽しみに行っても良いかも知れません。
この地域は夜に成ると又、雰囲気がガラっと変わります。
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StarDust
実は隣のPOLESTARもStarDustのオーナーさんの御店だそうで、貸切パーティー等の際にPOLESTARを開けるそうです。
御店の前から見る横浜港の雰囲気は昼とは一変して大人な感じに見えますね。
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まぁ冬は外出たらクッソ寒いんですけど~。
冬の夜に来るなら東神奈川駅から歩いて来るまでに景色を楽しんで下さい(笑)。
米兵が元々仕事上がりに友人同士でチョット飲みに来る御店だったの席数は多くないけど、とってもオシャレです。
まぁ、ジュークボックスは有りますよね。
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そして革張りのソファーもあります。タカとユウジはカウンターより寧ろソッチのイメージ。
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窓の有る席からは先程の夜景も見えますね。
ここで夫婦でユックリたまに来て御酒飲んだら仲悪く成る訳が無い(笑)。
あ~、だから小澤夫妻はここをデートに選んだのかな?
隠れ家的な御店だし。
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カウンターは確か8席くらいだったかと思います。
カウンター席の上が革張りに成っていて、高級感が有るのですが、どうも昔は喫煙が当たり前だったので光沢のある革張りで掃除をしやすい機能的な意味も有ったみたいです。
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昭和30年代に建てられた銭湯にも良く有るのですが、御酒を陳列するスペースのデザインがギリシャ芸術の裸婦みたいな絵が描かれていますが、昭和初期に流行した洋風のデザインが西洋の裸婦像画だったみたいですね。
画面の左端に見切れてるノートPCはオーナーのです(笑)。
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小さいけれどカッコ良い店なんですが初代のマスター、つまり今のオーナーのパパのこだわりが材料から素人でも伝わってきます。
写真が暗くて床が見えないのですが・・・
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この写真は少し写ってるか。この床は板張りなのですが桜の板だそうです。
良く解らないのですが昔でも桜の建材を探すのって大変だったんじゃないですかね~?
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カウンターはラワン材の1枚板。
知らなかったのですが、ラワン材は木造船の建材としても使われるものだったそうで、現代では1枚板のラワン材を目にする機会は無くどちらかというと合板しか見た事が小生はありませんでした。
写真のアルコールは「Yokohama」だったと思います。
下のカクテルは「カミカゼ」。
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てか米兵の人等、カミカゼなんて名前の御酒飲むのね(笑)。
価格帯は1000円前後です。
小生のブログは紹介する場所の冒頭に下の様なリンクを貼ってあります。
この上の情報で「住所」の部分をクリックして貰うとGoogleMapにリンクしてスマホのGPSを使えばカーナビや公共交通機関の乗換検索としても利用できます。
同様にホームページのクリックすればリンクしてページが開かれます。
このStarDustのホームページにはメニューも掲載されているので、そこで事前に価格を確認して行かれたら良いかと思います。
皆さん紳士淑女ばかりで御店の雰囲気だけでなくお客様達の雰囲気も良く、しかも写真撮影の許可を貰って訪れた際に小生はGパンでしたが、そもそも米兵が仕事帰りに立ち寄る御店だったので別に余所行きの格好でなくても皆さん仲良くして下さってとても良い時間をすごせました。
タカやユウジみたいに尖った雰囲気よりは(笑)、カッコ良くクラシカルで和やかで朗らかで少し静かな雰囲気の素敵な御店です。
先程の写真の鉄橋が瑞穂鉄橋、第二次世界大戦終結後に米軍に接収された瑞穂埠頭入口だった訳ですね。つまり米軍の基地としの瑞穂埠頭のゲートが鉄橋だった訳ですね。
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そんな外国情緒溢れる地域に成った訳ですが、日本でも早い時期に造船と倉庫街として整備され後に日本帝国軍の軍用地として使われ終戦後は米軍に引き継がれ、朝鮮戦争とベトナム戦争の頃まで一帯は人も今より多かったそうです。
朝鮮戦争
昭和二十五(1950)年~昭和二十八(1953)年

ベトナム戦争
昭和四十(1965)年~昭和五十(1975)年

特に朝鮮戦争の頃は人が多かったそうですがベトナム戦争の頃に成ると米軍の再編が行われたのか瑞穂埠頭に駐留する米軍兵士も人数が減っていたとStarDustのマスター達に教えて頂きました。
昔は東神奈川駅に近い方にもBarが数軒有ったそうですが、米軍の瑞穂埠頭駐留者が減った事でBarも軒並み無くなってしまい、今ではStarDustとPOLESTARを残すのみに成ったそうです。
更に国鉄が貨物列車が国営企業で殿様商売だった事から長期に料金設定をミスった事で物流会社から鉄道輸送利用が最低限に抑えられる様に成って行き自動車輸送が主流化が加速し・・・

国鉄本体も赤字路線の増加等を経(へ)てJR化して国営企業では無くりコストカットが始まると貨物線は衰退し鉄道輸送を前提とした港湾地域が荒廃し、横浜の新港埠頭や瑞穂埠頭が寂れたわけです。
その副産物で少し寂れた造船工場街の雰囲気+米国的な神奈川らしい文化、これが生まれて現在は文化財指定を受けている赤煉瓦倉庫ですら当時は暴走族の落書きに悩まされたり、その荒廃した感じや昭和初期の港の雰囲気が残る所がドラマのロケ地としてこの上なくマッチした様です。

・・・その当時の様子が昨日の記事でも航空写真を見ると良く解るかと思います。
下の写真は国土地理院地図(電子国土web)で閲覧できる航空写真を各時代別に比較したものです。
瑞穂埠頭周辺
※画像をクリックして拡大して下さい。
1945年
終戦直後は米軍の空爆も有ってか大分と貨物線の線路が寸断されているけれども敷設されていた名残は見て取れますね。非常に複雑に広範囲に蜘蛛の巣の様に線路が一帯に展開していたのが解ります。
1961年
ベトナム戦争の直前は線路も使える部分を復興され多くの倉庫が至る所に建っており労働人口も多く復興も進んだ事が見て取れます。
1974年
明らかに瑞穂埠頭内の施設の数が減っていますが、再整備され小さく大量に有った倉庫建物が大きな建物が置き換わっていますが増え未だ多くの線路が張り巡らされている事が見て取れます。
2019年、現代では既に倉庫街としては一部しか機能しておらず大分と高層住宅に置き換わったりしている事が見て取れます。貨物線の線路も撤去も進んでいます。
この内の1974年~2019年の過渡期が“あぶない刑事”の1期の撮影が開始された1986年ですね
ベトナム戦争が終結して瑞穂埠頭の役割が余り無く成り始めた時代に当ります。日本は好景気に沸いた時代から陰りが見え始めた時代ですね。
横浜駅周辺の衛星写真を見ると、ドラマが放映されていた時期の様子が解ります。
2019年横浜駅周辺
横浜地形変遷2019
1988年横浜駅周辺
横浜地形変遷1988
この時代に成ると今の赤煉瓦倉庫~横浜駅周辺も線路が撤去され始め、逆に桜木町辺りの海の埋め立てが加速し砂漠みたいに成っていますね(笑)。その辺りが高島町~臨港パーク一帯です。
画面中央上の瑞穂埠頭は何やら現代の方が少し拡張されていますが、瑞穂埠頭が商業利用と米軍の共存と住み分けの為に拡張したのかも知れません。
画面右下の横浜ベイブリッジも建設中な訳ですが、この頃に“あぶない刑事”の撮影が横浜の街中で良く目撃された訳です。
改めてみると舘サン、こんなジャッキーチェンみたいな事やってたんですね(笑)。

今の俳優さんでこんな事するの最近解散したV6の岡田君くらいなもんでしょう。
こんな事を町の中でしてたら目立ちますよね(笑)。
で、ロケ地として度々StarDust+高島線引込線瑞穂鉄橋の店内も景観も登場するので、リアルタイムで見てない平成生まれも昨日2022年01月19日で最終回を迎えた再放送を録画して見ていた人は何となく・・・
「あ、見た事有る!」
「ここあのシーンの場所だ!」
・・・と言う景色が横浜の市街地の至る所に在る訳です。で若い世代のファンが凄く多いらしいです。
実際にStarDustのママに聞いたらタカとユウジの愛車(警察車両)?として使用されていたレパードだけの集団で若い子達が来てノンアルを注文してまでロケの聖地巡りで来るし、仕事帰りや週末に飲みに来る客には若い子の比率が高いと聞きました。
小生の家は親族にトヨタ自動車社員がいたので車はずっとトヨタ車で日産車に縁が無いのですが、レパードってのはコレ⤵です。

こんな⤴車まで込みのコスプレをしてる人までYoutubeに動画をUPしてたりしてビックリしますね。
30年前の車ですよ?良く見つけて来てレストアし大切にしていると感心します。
この様に観光地としても瑞穂鉄橋周辺は知られる訳ですが・・・
瑞穂鉄橋と貨物線の高島線引込線の紹介の前に現在のStarDust+高島線引込線瑞穂鉄橋+瑞穂埠頭と周辺の位置関係を見て見ましょう。
高島線瑞穂鉄橋付近
※画像をクリックして拡大して見て下さい。
こうして見ると瑞穂埠頭と瑞穂鉄橋とStarDusの周辺がミナト未来21地区やランドマークタワー~インターコンチネンタルホテル~国際客船ターミナル~山下公園を見渡せる最高のロケーションの場所なのが一目瞭然ですね。
GoogleMapで周辺位置関係を見て見ましょう。

※地図は拡大縮小したり操作出来ますので、見たい所を見てみて下さい。
先程は夜の写真でしたが、この辺りは昼間でも本当に景色が良くThe Yokohamaと言った雰囲気です。
現代では米軍の艦船だけでは無くStarDustの隣が船舶免許講習所に成ったのでクルーザーの様な船も係留されていたりと周辺の景観は以前に増してオシャレに成りました。
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現代ではこの様に美しい景色ですが、JR東神奈川駅ー京急神奈川駅方面に向かって歩くと“あぶない刑事”の当時の景色が残る地域が有ります。寂れた古い倉庫街と造船の町だった頃の運河ですね。
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昔この辺りは三井の造船所や倉庫街だったようです。
この様な場所は確かに現代でもドラマや映画の撮影に使えそうな雰囲気です。
さて、この様にロケ地の雰囲気を未だ残しつつ、更に海側の景観が美しいのに余り現代では観光地としては地元民とアブ刑事ファン以外には知られていない地域に成っており隠れ家的な魅力が有る事は伝わったでしょうか?
ここから本題のStarDustが出来る要因と成った旧日本帝国軍施設瑞穂埠頭⇒米軍施設瑞穂埠頭へ物資を供給した国指定史跡にすべき価値の有る“瑞穂鉄橋”と高島線引込線残存部の紹介をしたいと思います。
先ず瑞穂鉄橋ですが・・・
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旧高島線瑞穂鉄橋この鉄橋、小生、ここを良く昔の彼女を横浜駅に迎えに行ったり職場が川崎だった時代に車で東神奈川方面との往来で通っていた時に「何か雰囲気良い場所と橋だな」位にしか思ってませんでした。これが実は凄い場所だと知ったのは米軍から返還が決まった後の話しでした。
つい去年の事です、あぶない刑事の再放送が始まって「あれ~この店知ってるなぁ~」と思ってフラっとロケ地特定に行った時に初めて目の前で貨物船の鉄橋を見て「こりゃ魅力的だなぁ~」と鉄道素人ながらに思ったんですね。それで鉄道マニアの情報をネットですけど読んでいたらこんな事が書いて有ったんですよね小生にしては珍しくネット情報ですが・・・
元記事⤵

瑞穂橋梁は日本初の溶接鉄道橋として知られる。神奈川県が選定している「かながわの橋100選」の説明資料などによると、同橋梁は溶接橋の試験橋梁として1934年に建造。トラスにはリベットが使われているが、鈑桁部と床組、対傾構の接合にアーク溶接が用いられている。


昭和9年(1934)です。両端はプレートガーダー、中心部は曲弦トラス、橋長は77.2m。横河橋梁製作所製。複線分となっていますが線路は単線です。最大の特徴である溶接部分は、両端のプレートガーター、床組(ゆかぐみ)、縦桁、対傾構(たいけいこう)で、トラス部分はリベットを使用しています。床組は鉄道車両の荷重がかかる部分で、レールと枕木部分が載る部分は縦桁。対傾構はトラス橋の変形防止のために用いられるもので、左右の桁を結んでいます。
気になるのは、米軍基地の一部施設が2021年3月末をもって日本へ返還されたことです。日本へ返還されたのは主に線路設備で、瑞穂橋も含まれています。基地返還後は現状復帰として「工作物は撤去する」のが通常であり、線路設備や橋梁は解体撤去される方針。
・・・これらの2つの記事を見たのが初夏、丁度米国空母のカールビンソンの写真撮影とかで横須賀市の汐入~観音崎周辺とか頻繁に遊びに行ってた頃でした。

偶然米軍つながりですね。
で、記事読んで横浜市役所の“無文化お役所仕事”対応に納得いかなかったんですよね。
何故ならこの旧高島線瑞穂埠頭引込線の瑞穂鉄橋は日本最古級のアーク溶接鉄橋と判明しているからです。しかも極左の人等は忌避しますが、ここは戦争遺産としての価値も有りますし、中道左派の方や小生の様に中道保守を自称する人間にとっても朝鮮戦争やベトナム戦争の影響で日本は経済復興出来た事も有るし、朝鮮とベトナムの人が分断された時代の世界的な史跡としても後に価値が加わってる訳です。
この価値については極左より極右の人が忌避しそうですが。
更に言えば、高島線瑞穂鉄橋は贔屓目に見なくても単純にカッコいい!
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こんな自動車道と鉄道が隣通し並んでて直ぐ近くに行ける場所横浜市内にも県内にも他に無いでしょ?
瑞穂鉄橋ですが、ここは引込線も廃線に成っているので歩ける場所が残っています。

神奈川駅から来るとこの引込線に繋がる高島線の踏切から切替ポイントを観察できます。
高島線の踏切から東京方面を見た景色です。
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何やら線路が右の方に上り線も下り線も続いていますよね?あそこから瑞穂埠頭の方に貨物船の線路が続いているのが解ります。良く見るとX字型に成っているのは、どうも昔その付近で3筋くらい分岐が有って小さな埠頭にも貨物船が入る構造に成っていた様です。
衛星画像だと解りやすいので一緒に見て見ましょう~♪
高島線引込線切替付近
赤いマーカーの線路と合わせて付近で3筋の線路や道路が円弧を描いているのが解ると思います。
この辺りも既に線路の撤去が進んでしまっている場所と現存している所が有ります。
このマーカーからで何やら下の方に緑の線がニョロニョロと伸びていると思いますが、これが高島線の瑞穂埠頭への引込線廃線区間のスタート部分です。
次にマーカーの位置に移動しましょう。
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すると、貨物列車の来る事の無くなった踏切までは歩いて入って来る事が出来ます。
この奥は米軍施設なのでそれ以上は中に入らないで下さい。
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この線路を使って運ばれた物資が第二次世界大戦の日本軍や朝鮮戦争やベトナム戦争中の米軍に供給されて現在が有る訳ですね。ここの貨物輸送が元気だった時代、朝鮮半島やベトナムや周辺の国は大国の思惑の中で大変な目に遭い、日本は平和を享受し始めていた訳です。
戦争はしないで済むならしない方が経済の為にも良いのでしょうが、日本人が敵意が無くても幾つかの外国は自国の軍事が増強されると瞬く間に態度を豹変させたり強行的かつ高圧的な態度に出て来る事を最近、日本人は良く学習する機会が有るので何とも色々と考えさせられる踏切でもありますね。
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草に埋もれた線路が何か懐かしくも物悲しい雰囲気に感じますが、社会背景に興味の無い子供なら純粋に線路の上に建ててうれしいだけでしょうね。
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ここからは高島線の本線も見えます。
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では線路を瑞穂埠頭の方に歩ける場所まで歩いて見ましょう。
ちょっと歩くと日塩サンと横浜屋サンの物流拠点の横に出ます。
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こんな感じ。
まぁ、何のストッパーも無かったけど、見る人が見たら不法侵入とかに見えて怒られるかもしれないですけど横浜市の土地に成っているので今では問題はなさそうです。
逆にストッパー等を設けて無かったので遊歩道として活用する計画がもしかしてあるのだろうか?
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更に進んで横浜屋サンの横位に成ると瑞穂鉄橋が見えてきます。
鉄橋の上はさすがに米軍基地ですし返還後の線引きとか良く解らんし怖い軍人サンが来たら英語で受け答えする自信がないので、ここからは来た道を引き返すか2mくらいの高さを飛び降りましょう(笑)。
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下から見るとコンナ感じですね。
ここ、横浜市が本当に瑞穂埠頭への遊歩道と言うか普通に人道として活用出来たら便利で理想ですね。
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しかも街灯をならべて間接照明も使いライトアップされた遊歩道化された瑞穂鉄橋を通って埠頭に入るとか、汽車道と同じ様な特別感が有ってとても再開発される町がオシャレになりそうです。
枕木を鉄筋コンクリートか金属製に変えるのが難しいから解体すると言ってるのなら、それこそ汽車道と同じ様な構造なのだから当時の担当者も生きている人は多く御存命でしょうし、再利用法を御教授頂けば問題無さそうです。
まぁ、こんな感じで昔は横浜市の港よりの町には道路沿いに子供が歩ける貨物線の線路が沢山有ったのですが、ここは未だ一部残っているのでまぁ、安全を考えて入口の踏切辺りを見学に来るだけでも電車好きな小さな男の子とかは喜びそうですね。
先程の物流倉庫横の土塁上の線路の横に登り下りする為の階段を設けたら遊歩道としてバッチリ活用出来そうです。
しかも神奈川県庁と横浜市庁にはコレ等を活用するノウハウが有る訳です。
なんなら鼻から経済産業省と文化庁が関わっても良い場所と言う前例も有ります。
横浜市は御存知の通り伊藤博文公の指示で建設された新港埠頭を都市計画に組み込み景観の一部として、そして町の価値を上げる観光資源と歴史遺産として活用する事に成功しており文化財として保護されている前例が有ります。
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旧税関保税倉庫(通称:赤煉瓦倉庫)
ユネスコ文化遺産保全のためのアジア太平洋遺産賞
経済産業省指定近代化産業遺産
この通り税関の保税倉庫だった赤煉瓦倉庫は荒れ果てた時代には坂本九サンの“上を向いて歩こう”の映画や“あぶない刑事”のエンディングや作中のロケ地として活用され、更に線路も含めて“ハマの地域性”を演出する“仕掛け”として見事に活用されている訳です。
潰させず映画の撮影地として歴史を繋いで下さった芸能人の方達もいました。
下のPVを見て下さい。


この通り倉庫の中も外観もロケ地にしょっちゅう成っています。
この赤煉瓦倉庫の横浜税関関連施設は他にも景観の構成に活用されています。
ハマっ子のみならず学生時代にデートで良く来た県外の方も御存知の事と思います。
ここからは瑞穂埠頭の周辺の文化財保護と都市の景観に組み込み活用した実例としての観光案内をしたいと思います。
先ずは旧税関保税倉庫の引込線ですね。
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旧税関倉庫街の建物その物も美しいですが、ここから高島町~瑞穂埠頭へと延びていた汽車道に繋がる場所も綺麗な事を皆さん良く御存知だと思います。
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ナビオス横浜
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汽車道
ナビオス横浜は横浜の新シンボルのランドマークタワーを上手く借景し更に新港埠頭の線路をデザインにも組み込んだホテルです。オシャレでしょ?
そのままナビオス横浜の線路を歩いて行くと桜木町駅に至る汽車道、つまり昔の線路が素敵な遊歩道に活用されています。
更に鉄道史跡や税関の建物だけじゃなく、近代造船の史跡として“ドックヤードガーデン”もコンサート等の野外イベント会場として活用出来る上に景観の美しいアクセントとして活用しています。
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国指定重要文化財
旧横浜船渠株式会社第二号船渠

通称:ドックヤードガーデン

この旧横浜船渠株式会社のドッグで“横浜市有形文化財”指定を受けている重要な船が昭和五年(1930年)の04月25日に完成しています。その船は今も横浜市観光の一翼を担っています。
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氷川丸
この船に乗ってチャールズ・チャップリンは日本に来訪しています。
当時は山下埠頭では無く赤煉瓦倉庫の有る新港埠頭から船を下りたと聞いた記憶が有りますが、文章で読んだ訳では無いので伝聞です。
宝塚歌劇団も新港埠頭から海外公演に行った事が有ると聞いています。
この様に1990年代後半~2000年代初頭の横浜は文化財を多く活用しながら保護を進め観光資源や町の景観として取り込むことに成功し魅力的な商業地観光地に生まれ変わる事が出来た訳です。
その御蔭で県内外から観光客も人が集まっている事を林文子が市長在任の頃から市政がおかしくなり自然や文化財は破壊容認するベクトルでクッソつまんねぇ~中国の新興都市みたいな東京のコピペみたいな建造物と町作りしか出来なく成ったんですよね。
きっと全く横浜市は理解していない、本当に横浜育ちなの?ってな人達が行政に食い込んでるんじゃないでしょうか?知らんけど。
で・・・
赤レンガ倉庫
ユネスコ文化遺産保全のためのアジア太平洋遺産賞
経済産業省指定近代化産業遺産

ドックヤードガーデン
国指定重要文化財
・・・この保護を受けているにも関わらず、同レベルに貴重な瑞穂鉄橋を破壊しようとする横浜市役所と現状田浦引込線の十字交差線路を保護していない海上自衛隊と横須賀市役所、それらに関与出来そうな神奈川県庁は動かないのは同時代の県内の各文化財と相対評価して整合性が無い訳ですね。
世界遺産レベルと言って過言では無い史跡他にも有ります、根岸競馬場一等馬見所と上郷深田遺跡と言う場所です。

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旧根岸競馬場一等馬見所
日本初の競馬場跡
絶対に文化財指定して保護した上で都市景観にも組み込むと価値が有る場所が瑞穂鉄橋と引込線、旧横須賀鎮守府田浦引込線十字交差線路、旧根岸競馬場一等馬見所なんです。
更に、横浜市役所が破壊させようとしている場所には近代史跡のみならず横浜市最大の森林で最大の蛍生息地の円海山山系と瀬上沢流域蛍生息地、旧鎌倉郡に跨り武士文化発祥に関係している蹈鞴(たたら)製鉄遺跡遺跡の上郷深田遺跡も有ります。



上郷深田遺跡は飛鳥時代~平安時代の長期間稼動し更に製鉄史跡であり規模が発掘で日本最大級と判明しているにも関わらず林文子が市長の時代に市役所では横浜市役所が不採算事業になるのを解っていながら東急建設に谷を10mも埋める盛土と遺跡を削り取り消滅させる事業を押し付けていました。
・・・これ等を踏まえ直ちに市や県を飛び越えて国指定重要文化財に成るべき場所が以下の通りです。
・旧高島線の瑞穂埠頭引込線と瑞穂鉄橋。

・田浦駅引込線、旧横須賀鎮守府引込線の十字交差線路と鉄道路跡。

・根岸森林公園の旧根岸競馬場一等馬見所。

・飛鳥~平安の数百年稼働期間を誇る日本最大規模の蹈鞴(タタラ)製鉄遺跡の上郷深田遺跡。

・横浜市最大最後の原生林の蛍生息地である瀬上川流域。


実は上郷深田遺跡に関しては代替地が用意できないから不採算事業なのに計画が残り続けてしまっているので、瑞穂埠頭が返還されるのであれば正に、みなと未来21地区のあの景観を整備する事に参画していた実績の有る東急サンに上郷深田遺跡と瀬上沢円海山の湿地と史跡を放棄して貰い等価値交換で瑞穂埠頭を代替地にすると、あの瑞穂埠頭の素敵な雰囲気と鉄道史跡群を活用した街づくり再開発を成功させてくれると思う訳です。
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先程も紹介した汽車道の様に瑞穂埠頭をオフィスなり高級住宅地にするなり再開発する業者としても、この線路を歩道として活用させて貰った方が自動車道の鉄橋と人道を遊歩道的に住み分けが出来て良い上に、景観も美しく成る訳です。
ここまで読めば皆さんも事の重大さが解ったかと思います。そう日本最古級のアーク溶接建造の瑞穂鉄橋は高島線引込線の廃線線路もろとも解体し消し去ろうと横浜市役所がしている訳です。
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旧根岸競馬場一等馬見所
日本初の競馬場跡