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カテゴリ:近代西洋建築と文化/鉄道/艦船/史跡 > 近代西洋建築

横浜市中区、桜木町もすぐそこ位、関内や桜木町、旧新港埠頭の万世橋地区のすぐ近くにオシャレな近代西洋建築が有ります。
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近くを歩けば、その立派さにギョっとする、まるでギリシャの古代神殿の様な荘厳な造りの近代西洋建築遺産ですが、余り目立たない場所に在(あ)ります。
実はコレ、旧富士銀行横浜支店…
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周辺の建物が現代、高層化してしまったので見事に周囲の風景に埋没してしまっていますが、単体で見ると非常に整った美しい建物です。
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…富士銀行と言うのは太平洋戦争の敗戦後に、やむを得ず改称した元の安田財閥グループの安田銀行の事です。
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もう、ブログの読者の皆さんには御馴染みに成りつつあるかと思いますが、ここも建築遺産の一つなので、例によって建物の前の歩道には金属製の説明銘板が設置されています。
この旧富士銀行横浜支店(以下、安田銀行と略します)は昭和4年(1929年)に建築された石造りの近代西洋建築です。
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う~ん、立派ですね本当に。
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こんな場所で働けたら、本当に誇らしいでしょうね~。
先程、現在は目立たなくなってしまったと書きましたが、理由は申し上げました周辺ビル群の不必要な高層化にあります。

横浜市第二合同庁舎が外側だけを残し、内側を高層ビル化した事、周辺も昭和初期の最先端建築技術より遥かに高い高層建築に変貌した為に、安田銀行はその美しい姿がコンクリートジャングルに埋没してしまいました。
コレこの通り衛星写真を見て貰えば一目瞭然…
旧安田銀行横浜支店
ほらね~、周りのビル群にかくれんぼしちゃってるでしょう(笑)?
しかし、歩けばまだまだ!その美しい風景を我々に見せてくれます♪
実は、この旧安田銀行横浜支店、今は、この芸術的な建物が東京芸術大学横浜キャンパスに成って芸術家の卵達が成長する様子を見守ってくれています。
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ですから、ここは現代の芸術の文化醸成地と成り、近代に日本の経済を支えてくれ更に今は精神的な豊かさを育んでくれる優しい場所として学生や市民に愛される存在に成りました。
東京芸術大学なのに「市民にも愛される」と言うのは、実は芸大の御好意と志と学生の協力で頻繁に市民向けの音楽会をやったりイベントを行って下さっているんです。
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10月28日18時30~入場無料でピアノリサイタルが開催されるようですね!
11月17日18時30~も入場無料で弦楽四重奏のコンサートが開催されるようです。
素晴らしい、芸大と市民の文化醸成の志し♪

この建物、ちゃんと入場していいか許可貰えば入らせてもらえると思います。
小生はこの日アポなしで訪問しましたが、皆さんン寛容で中の学生達やスタッフらしき人に確認した所、どうぞ中に入って自由に見学して下さい!と言って頂けました~♪
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玄関の石の彫刻…
綺麗ですよね~。
中はさほど広くは無いものの、非常に高い天井で空間はゆったりとした感じに思いました。
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これ玄関入った所。
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天井のフチには渡り廊下的な?中二階的な?回廊的な構造でした。
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当然、天上の漆喰か石の彫刻も施され、当時の人の細やかな仕事を見る事が出来ます。
コレ↓なんか本当、凄いですよね~。
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こんな環境で先人の技術に触れながら美術を学ぶ学生は、本当、幸せでしょうね~。
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ただ気に成る事が…
薄暗くない(笑)?
旧安田銀行横浜支店、まぁ薄暗くても、そのデザインは綺麗でしょう?

旧安田銀行の存在を掻(か)き消している(笑)第二合同庁舎も実は、昔の税務署なんかの建物だったのを下層部分の外観を保存し、中央部分を高層化しています。つまり、こちらも建築遺産の遺構と言う事になりますね。
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更に、この旧安田銀行横浜支店と第二合同庁舎の目の前には、ドラマ「ハケンの品格」でよく篠原涼子さんが撮影していた近代建築遺産の遺構です。
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確か昔の大同生命かなんかのビルだったような…?
第二合同庁舎もこのビルも、横浜市の条例で外観が保護対象に成っている為、横浜市の景観を守ろうとした先代までの歴代横浜市長の共通の文化意識によって、その遺構としての存在価値を以て我々の住む町に文化的な豊かさを残っています。
ありがたい…
この先代までの歴代市長の意識の高さによって、横浜市の中心街の町並みは東京みたいなクソつまらない現代のコンクリートの只の箱みたいなビル群に成り下がらないで済んだ訳です。

横浜市内、こうやって昔の建築職人の仕事を見れる近代西洋建築遺産が残っています。
ですから、もし、中華街や山下公園に行ったら、出来れば町の中を歩いてみて、歩道にある近代建築の説明板を読むと結構、楽しめますよ!
ですから皆さんも関内辺り、西洋建築に注目しながら散歩してみませんか~?

今日はここまで!
出来れば明後日からの京都出張中も更新出来る様に頑張りますが、更新できなかったらすいません!

では!
又、次のブログ記事で!

横浜市中区の日本大通りに、1931年に建築され英国領事館として1972年まで使われ続けた素敵な近代西洋建築遺産が在ります…
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現在は横浜開港資料館と言う名前の博物館 兼 近代資料の図書館に成っています。
横浜市の開港の歴史に関する資料を保存していて市民に公開している場所です。
…公文書館と博物館の中間で近代に特化した感じ?

※ここで注意!※
名前が似ていますが以前紹介した「横浜市開港記念会館」とは違いますよ!
これ↓開港記念会館。開港記念会館の記事は「ココクリック!
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…開港記念館と開港資料館の区別をつけて貰った所で話を「横浜開港資料館」に戻します。
この横浜開港資料館は近代に建てられ近年までイギリス領事館として機能していたので、余り目立たない場所に在りますが建物は素敵です。

これ、以前紹介した県庁旧本庁舎
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そちら側から見た開港資料館の入口。
県庁旧本庁舎の記事は「ココクリック!
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ね?目立たないでしょう(笑)?
でも、この緑豊かな生垣に囲まれた中に入ると、建物は素敵なんですよ。
英国領事館だったから、外から余り中が見えないようにしたのか…
…中から道路の喧騒が見えないように生垣で囲ったのでしょうかねぇ~?
では、入ってみましょう…
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県庁側の入口は、こんな感じですが、実はこちら側は正門ではない様です。
ここは昔は海に面した場所だったので、北東側の海側が正門だったようです。
位置関係はこんな感じ…
横浜開港資料館位置関係
横浜開港資料館の右、北側の「キング」が県庁旧本庁舎。そちら側から見る開港資料館の構造より、明らかに海側から見た開港資料館の方が設計的に「正面」ですよね?
因(ちな)みに、開港資料館の海側の入口はこんな↓感じです。
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海側には資料館として別棟で増築された建物があり、中の素敵な英国領事館時代の眺望を台無し(笑)にしています。
この正面に見える樹木有りますよね?これ「たまくすの木」なんですが…
実はペリー提督が横浜の市名の元に成った、この地に有った「横浜」と言う名の半島に上陸した時から存在している樹です。
横浜港幕末
ね?右側に生えてるでしょう?
この絵を見ると、今は伊勢佐木町(羽衣町)に遷座された洲干弁天神社(現:厳島神社)は元々、この旧英国領事館のタマクスの木の前に在ったんですね~!
羽衣町の弁財天様が横浜半島の上に在ったのは知っていましたが、まさか英国領事館に成っていた場所がそうだったとは知りませんでした。
このタマクスの木、正確には、一度燃えたのですが残った幹から又、枝葉が芽吹き、この様に大樹として元気に往時の姿を取り戻してくれました。
…健気ですね。そして横浜の歴史の生き証人として残ってくれてありがとう!

さてさて、旧英国領事館=開港資料館の建物そのものに話題を戻します。
県庁側から入ると正門じゃないので、すごく素っ気ない廊下が冷たい感じで出迎えてくれます(笑)。
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消火器とかね、全然っ!風情(ふぜい)無いけれど、防火設備は大切よね(笑)。
そんでも、まぁ~中に入って天井とかみると「おっ!」と思う漆喰の彫刻っぽい天井と、何やら権威を感じる様な冷たい光沢のタイルさんで作られた壁で装飾されています。
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この廊下の左手には金属製の銘板がはめ込まれています。
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鶴見区の生麦村で起きた生麦事件から勃発した薩英戦争(薩摩藩島津家vs大英王国)の際に戦死した英国士官だけ弔う為に作られたモニュメントですね…
…これ、日本人だったら英国人日本人の区別なく弔うよね、普通。流石、白人様って感じですかね。
しかも、この生麦事件ね、どう考えても英国側が悪いんですよね。
少し脱線して生麦事件の経緯を辿ってみましょう…
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実は生麦事件、横浜の殿様、間宮家一族も関わっているんですよね~。…なんと被告側で
先ず最初に言っておきたいのは、生麦事件は白人至上主義の当時の英国人が、土人と馬鹿にしていた日本人の社会ルールを無視し、事も有ろうに英国なら貴族に相当する大名の島津家の大行列に平民英国人が騎馬のまま乱入した事に、島津家警護の人間がこれを島津の殿様を守る為に切り殺した事が国際事件化したのが生麦事件の概要です。
それに対し日本人を下に見ていた白人様の英国政府が見くびり幕府に対して賠償金を請求して、それを島津家の責任と突っぱねた徳川幕府の代わりに島津家の本拠地鹿児島を英国軍が海軍で攻撃したと言うのが薩英戦争の概要です。

この事件、主犯(日本側から見たら正当防衛)は間宮一(はじめ)と言います。
実は元は笹下城跡の本丸跡に建つ由緒ある御寺の成就院の身内で、還俗(げんぞく=僧籍から一般人に戻る事)して間宮家に養子に入った人物です。
因みに成就院↓の山門は、江戸時代の笹下間宮家の屋敷から移築したものです。
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事件の際、当然、この横浜市(旧久良岐郡と橘樹郡)を通過する大名を地元の人間が警護するのは参勤交代でも定められている規則ですからね、当然、川崎市や横浜市に領地の有る在地武士の間宮一族から誰か出て行くでしょう、農民と一緒に。
実は、この事件、発生直後、島津家と徳川家で言い合わせて幕臣の間宮一と別のダミー犯人を仕立てあげ英国人殺害犯として処刑して事件を片づけた「つもり」でいました。
…別に、英国なら貴族に相当する薩摩藩の大名の行列に騎乗したまま突っ込んだ英国人が悪いんだから、下に出ず堂々とその問題を突き付けて抗弁すれば良かったと思うんですがね。
でも、当時の幕府は国際問題に敏感な時期に事を荒立てずに処理したかったんでしょうね…
本当!日本人って外交下手糞(ヘタクソ)ですね。
海外で一般人としての生活経験の無い、日本しか知らない育ちの良いボンボンに外交なんか出来る訳が無い(笑)。
中国や韓国じゃ、買い物する時に商売人の言値を飲むのは阿呆の極み、言われた金額の半値じゃないと買わないと言って交渉始めるのが通常ですからね(留学と仕事の実体験)。
契約書交わしたって、インボイスと全く違う物勝手に送りつけて来るのが外国人なのに。
中国韓国に限らず、欧米でも海外では訴訟や交渉で妥協したら「被告確定/負け」なんですがね。
日本の常識なんて日本国内でしか役に立たないっつぅ~の!
…今の外務省も本当に朝鮮韓国中国との外交で同じ失敗繰り返してますけれどね(笑)。
…で、時間が経過するにつれて間宮一が真犯人じゃないかと、段々、解ってきてしまう訳です。
そこで、間宮一は「急進的な攘夷主義(じょうい主義=外国人排斥主義)者」を演じて自首し、徳川幕府の参勤交代制度と関係の無いテロの単独犯として名乗り出ました。
そして幕府役人は英国の介入が有る前に間宮一を打ち首にして事の解決を計りました。
しかし!
この幕府と間宮サンの打開策はまだまだ甘かった!
当時の大英帝国は白人至上主義で中国に阿片(あへん=麻薬)を大量に流通させて社会混乱を起こし中国王朝転覆を計っていたような国だったので、日本の徳川政府の迅速な「打開策」にも難癖付けて払う必要の無い賠償金を請求して来た訳です。
そして徳川幕府が賠償金を払わないと解るや、英国内の世論を納得させる為に八つ当たり的に起こしたのが薩英戦争だった訳です。
結果どうなったでしょうかね~?
英国に負けた薩摩藩、この後は今の横浜市中区本牧に在る妙香寺の敷地に駐屯していた英国軍に入りびたり、様々な技術を導入するように成りました・・・つまり、事実上の従属同盟ですよ。
まぁ、しかし…
この薩摩人達の学習能力の高さや、幕府や間宮家の対応が他のアジアより素早く意識の高いものだったので英国人の日本人に対する評価はこの事件後一変し、一貫して日本新政府には「"超"が付く位に協力的」に成ります。
そして対馬海戦での東郷元帥率いる連合艦隊がロシア帝国バルチック艦隊と対決するに当たり、英国政府は世界に日本軍に協力する様にロビー活動をし、ロシア海軍がアフリカ喜望峰を回って日本の対馬海峡に辿りつくまで、バルチック艦隊にろくな補給を出来ない様に政治工作をして多数の港湾を封鎖し東郷元帥と秋山中佐の丁字戦法成功の切っ掛けを演出して下さったのも友好的な歴史事実でもあります。
ちなみに間宮一族には杉田玄白や間宮林蔵なんて国際人がいるので、どちらかと言えば開明的な要素が強い家系だったってのも真相です。
戦国時代に間宮家の属した玉縄城主北条綱成公の部隊は既に鉄砲隊が存在していたのも、「三増峠の戦い」でも記録されていますからね~。
…間宮家は、どちらかと言えば主君に対する忠誠心は強いけれど、新技術導入には積極的な家風と言うのが実態ですかね。
おっと!
脱線が過ぎましたかね。
開港資料館に話を戻します…
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廊下を過ぎると、簡単な説明の有る部屋に行き当たります。
そこには関東大震災で犠牲に成った英国人を追悼する銘板が有ります。
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あと、当時の横浜の様子を再現したレリーフ状の模型。
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その部屋を出ると、直ぐに中庭への出口が有ります。
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その中庭に通じる出入口、この日、玄関には特別展示の内容の看板が有りました。 
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本来の英国領事館時代の玄関からの風景なんですが… 
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玄関の正面に樹が見えますよね? 
これが、ペリー提督の来航時代から有った、さっき紹介したタマクスの木です。
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一度燃えたけれど、今では当時と同じ大きさに…
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横浜の開港~国際港湾都市への文明開化~関東大震災~原財閥による横浜復興支援~太平洋戦争の横浜大空襲~昭和の復興~高度経済成長期~バブル崩壊~現在…ずっと横浜の歴史を見守って来てくれた、横浜市民の仲間でもある樹木です。
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玄関横の石柱。…道路に面してないから今じゃ意味なし(笑)。
さて、このタマクスの生えている中庭には、横浜の開港の歴史が解り易いモニュメントが設置されています。
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これを見ると、横浜開港の歴史の基礎の基礎の部分がザックリ理解出来ますよ~。
中庭には、昭和初期から残る共用水道も有ります。
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当時の水道は共用だったらしいのですが、デザインが格好良いですね!
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この中庭が昔の玄関口だったので、こちら側から見た英国領事館の建物の装飾の方が、県庁側より綺麗です。
ここにはベンチも有り自由に出入り出来るので、お弁当持ってきてココで食べるのも良いです。
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ここなら日陰もありますからね~。
この日も観光客や読書に来たハマっ子がベンチに数人居ましたが…結構穴場で人は多くはいません。
おちついて御弁当箱を広げれますよ~(笑)。
でも、せっかく港に来たんだから向かいの象の鼻パークや国際客船ターミナルの芝生で食べるのも良いですね♪
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この開港資料館の目の前、海側にはCJ Cafeと言う、アメリカンなカフェレストランが有ります。
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…オムライスとかもアメリカンサイズで女性だと食べ残しちゃうくらいの量ですが、太平洋戦争後の米軍占領時代っぽい雰囲気を味わえると思います。
小生はこの近くのJack cafeにも良く行きます。 2015-08-01-14-31-52
ここはハンバーガーが絶品!
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ランチに御勧めですが、料理が美味しいだけでなく御酒も飲めるので夜来るのもお薦めです!大桟橋の夜景も綺麗ですしね。夜景散歩に来てからここで食事するのも良いですよ。
また、Jack cafeの記事は別個に書きますね!
あと、古き良きアメリカ的な雰囲気を味わいたい時はだいたい、中華街の中のWind Jammerと言うJazz Barに行きます。
※Wind jamerは以前、記事にしていると思うので興味ある方はカテゴリー「Hotel Restaurant/Restaurant-Bar/Jazz-Bar/Bar 」←ここクリック!
…又、開港資料館からすんごい脱線しましたが、話を戻します。
本来の玄関、彫刻が凄いでしょう!
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これ見に来る価値有りますよ。
この凄い彫刻の玄関の前のタマクスの中庭で、ベンチのある日陰を探して、そこで読書して時間を過ごすだけでも良い休日に成りますね。

最後に、この開港資料館が英国領事館だった頃の、この前に広がる横浜港の風景を現代と比較した画像を載せます。
横浜港今と昔
写真は県庁(KING)の屋上から撮影したものです。
右の森が開港資料館=旧英国領事館です。
昔の写真とほぼ、同じ位置。
昔の写真の方は、今は象の鼻パークに成ってる辺りに在った「神奈川運上所」か、CJ Cafeなんかが入居している当時から有る煉瓦造りのビルの屋上から撮影した物と思われますね。
開港資料館の展示を観覧して、横浜の発展の歴史の基礎知識を付けてから中華街や山下公園や山手地区の一帯を散歩すると、感慨深い物が有ると思いますよ~♪
皆さん、近くを通りかかって時間が有ったら、是非!開港資料館、立ち寄ってみて下さい!

では!又、次の記事で!
来月10月1日~5日は彦根、安土、京都に行ってるので第1週は更新できないかも知れないです。
今月、時間が有ればまとめて書き溜めしておいて、予約投稿出来る様にしておきますね~!

ブログネタ
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家を建てる時やリフォームする時に個人では出来ない規模の建築物と言うのがありまして…
ビルでも無い、それは文明開化の明治時代~昭和初期に建てられた横浜や神戸の近代建築遺産群の様な美しい洋風の塔を持つ建築物です。
そして、恐らく関東地方で最も美しい外観を持つのが横浜市中区の「JACK」の愛称で呼ばれる横浜市開港記念会館です。
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この「横浜市開港記念会館」は、大正15年、前政権の江戸幕府大老で旧彦根藩主井伊直弼公により横浜が開港されてから50周年に、新都市「横浜」に参集し日本武尊の開拓したこの土地に鎌倉武士の気概を持ちながら新たな西洋文化の息吹を積極的に取り入れようとする横浜市民の強い郷土愛の寄付金に由(よ)って建てられた記念講堂です。

前回の「KING」こと旧県庁本庁舎の記事でも横浜の三塔伝説を紹介しましたが、この横浜市開港記念会館「JACK」に横浜税関のQUEENを含めた3つの塔を持つ近代西洋建築を横浜港の船上から同時に見る事が出来る位置に船が停泊出来れば、見た人に幸運が訪れると言う伝承です。
横浜三塔
これが3塔の位置関係図。
横浜山下地区:3塔位置関係
…で
横浜三塔と周辺位置関係
…海からの位置関係はこんな感じ。
さて今回は、このJACKを紹介します。
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横浜市開港記念会館の前には近代西洋建築遺産群の一つなので、建物前の歩道には当然、この説明銘板が在りますので散歩や通勤中に気が付いたら、是非!足を止めて読んでみて下さい。

このJACKは本当に美しい近代西洋建築なんです。
外観の美しさも然(さ)ることながら…
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…内装の美しさもずば抜けています。
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入口入ると正面に大講堂の扉。
この日は講堂内は県教育委員会による教科書採択会議を開催中で撮影不可能でした。
しかし、天井を支える石柱の彫刻の美しさは見て取れると思います。

このJACKが他の西洋建築と比較して、特に異なる造りは協会の様なガラス窓からの採光を美しく見せる工夫がなされている点です。
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2Fに上がる階段の何気ない鉄格子も、武骨な物ではなく美しくデザインされています。
2Fに上がった瞬間にも建物の造りこみに「凄い!」と思う人は少なくないと思います…
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本当に綺麗でしょう~♫
1Fと2Fを繋ぐ階段を2Fのフロア側から…
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美しいでしょう~?
しかし「まだまだ感動するには早い!」んですよ~♪
なんと2Fには大型ステンドグラスが2枚有ります。
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それが教会の様な雰囲気を演出してくれます。
それと同時に、幕末から一気に近代化を成し遂げた明治~大正時代の人々の美的意識の高さにも驚きを感じますよね~。
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本当、鉄格子ですら素敵なデザインです。
JACKの時計塔にも登ってみたいのですが…
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残念ながら時計塔の螺旋階段は進入禁止で上に登る事は出来ません。
ここを奥に進む通路には、このJACKの建築模型や説明展示物が有るのですが…
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…展示物より、この廊下その物の空間の雰囲気と建築の美しさに見惚れてしまいます。
まぁ、展示されているものも少し…
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この様に中区日本大通り周辺の近代西洋建築の説明文なんかもあり、一応読んでおくと他にも行ってみたい建物が見るかるかも知れませんし、何気なく前を通り掛かった時に「ここがアレ~!」なんて町に対する理解が深まって楽しいかとは思います。
このスペースを過ぎると、いくつか部屋が有ります。
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貸し会議室としても利用出来ます。
なので、大切なお客様を迎えての会議、ここでやって昼食は周りのオシャレな老舗ホテルのランチを食べに行ったり海辺のカフェでコーヒー飲んで一服すると、良いアイディアが思い浮かんだり生産性の高い打ち合わせの時間に成るかも知れませんよ?
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いくつかの部屋を繋げる通路も全てレトロで高級感が有りながら落ち着いた雰囲気で素敵です。
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少し、公開されている元貴賓室の中を見て見ましょう…
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部屋は八角形…
大きくは無いですがシックで高級感がありながら、現代の下品な成金趣味とは異なり、質実に美しさを兼ね備えています。
天井は…
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現在は特に彫刻は有りません。しかし、これは修復された際に簡略化されたもので、開館当初は天井には彫刻がされていました。
写真が残っています。
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鳳凰のデザインですね。
日本風の意匠を上手く西洋建築と融合させていたんですね~。
昔の人って芸術的な感性が優れていたんですね。
現代の建築デザイナーは訳のわからない品の無いコネクリ回した奇抜な汚い建物を造りたがるので、この時代の建築物の美しさを少しは見習って欲しいです。
東京オリンピックの競技場、いっその事、大正時代の近代西洋建築ぽいデザインとか逆に奇抜で格好良いんじゃないのかな?
一応、貴賓室の説明も。
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貴賓室の窓の夕日の光が、黒光りする机に反射してなんだか…
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…当時の正装をした紳士達の幻影が見えそうな雰囲気でした。
さて!
近くの階段には日本に対する米国大統領の開国要求の親書を持参したペリー提督の旗艦:ポーハタン号を描いたステンドグラスが有ります。
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こちらも綺麗ですが、神々しさの有るステンドグラスでは無く、近代横浜の発展のきっかけに成った歴史を伝える為のモニュメントとしての存在意義を強く持っていますね。

他にも、何気ない壁のデザインや…
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天井の灯り…
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全てのデザインが、周辺の近代西洋建築の中で特に優れていると思います。

中庭は殺風景ですけれどね(笑)。
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当時は中庭にベンチが有って、職員がお弁当食べたりしたんでしょうかね~?

如何でしたか「JACK」こと横浜市開港記念会館?
美しい建物だったでしょう?
誰でも入って見学出来るので、近くの中華街や、老舗のニューグランドホテルや、小生御勧めのJack Cafeでランチする時は是非!ここに立ち寄って見て下さい!
近所のKINGこと県庁旧本庁舎屋上や、大桟橋:国際客船ターミナルからの風景もお薦めですよ!
全部、過去に記事に書いて有るので是非!御覧下さい!
カテゴリー「風景の綺麗なスポット/映画・ドラマのロケ地 クリック!
カテゴリー「Hotel Restaurant/Restaurant-Bar/Jazz-Bar/Bar クリック!
カテゴリー「中華料理店 クリック!
カテゴリー「近代西洋の建築・文化・鉄道の史跡/文化財 クリック!

では!又、次の記事で!

HERO
映画版HEROの8年ぶりの新作が現在公開中ですね。
※公式ホームページは「ココ 」←クリック!
実は、このHEROは映画とドラマを通じて神奈川県を多くロケ地として使っています。
特に横浜市中区は群を抜いて多くの撮影がされている様です。
横浜市は幕末に神戸と並び逸早く開港された町なので、この様な明治~昭和初期の近代西洋建築遺産が沢山残っています。 
例えば、この建物も…

三井住友銀行として今も使われています。
仮に耐久性に問題があり立て直す際も、必ず建物の外観をそのまま残し保全されます。
明治時代の横浜市長~先代の市長まで、こうやって先人の目指した国際都市に相応しい美観を備えた都市計画を目指して来た御蔭で、関内地区にはオシャレな西洋建築が今も博物館に姿を変えたり、そのまま多く活用されています。

代表格が、前回のブログでも紹介したKing Jack Queenの三か所です。
その内の一つが神奈川県庁旧庁舎でもある訳ですが…
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実はここ、県庁旧本庁舎の在る場所は幕末、ペリー提督が上陸した場所の歴史的な場所でもあります。
つまり、幕末の徳川幕府大老、井伊掃部頭(かもんのかみ)直弼(なおすけ)公による横浜開港の歴史史跡でもある訳です。
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因みに、この道標の様な説明銘板が中区の近代西洋建築遺産の前には必ず建っているので、御散歩する人は是非!見逃さずに読んで下さいね~!
きっと普通の観光や通勤中でも、読んで見れば思いがけない先人と自分とのタイムトンネルの様な小さな発見をさせてくれると思いますよ~♫

さて、この県庁旧庁舎、平日に一般公開されています。
小生は週休2日の内、一日の定休が平日の仕事なので拝観出来ました。無論、無料です!!
勿論!神奈川県民以外も無料です!神奈川県民太っ腹でしょ!
…東京都庁の展望台も無料だって?
この手の場所は、概(おおむ)ね無料ですよね(笑)。

KINGは、とにかく内装の石材彫刻や煉瓦のデザインが素敵で豪華なんですよ…
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なんか変なのがいますね(笑)。
コイツ、神奈川県のユルキャラです。
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微妙でしょ(笑)?
実は童話の金太郎は実在した人物で神奈川県出身の平安時代の歴史偉人で武将です。
その名も坂田金時(さかたのきんとき)公です。
摂津源氏の大将の源頼光(みなもとのよりみつ)公の与力(よりき=組織上の部下)として大江山の鬼退治で活躍した伝承の残る豪勇の名将でした。
金太郎サンて神奈川県下足柄群箱根町の金時山に住んでいた歴史人物なんですよ~。
坂田金時の出身地だから「金時山」なんですね~。
因みに息子さんの「坂田金平」さんは料理の「きんぴらごぼう」の名前の由来になったりしたそうですよ。

こんなユルキャラは放っておいて(笑)…
この入口を入ると、西洋貴族の御城みたいな玄関ホールが在ります。
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画面暗くて見づらいですかね~?
この写真だと分かりづらいですが、正面階段の手すりにも立派な彫刻が有ります。
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これ、遠目に何か解らなかったのですが、すぐ下を見ると「装飾灯」と書いてありました。
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少し暗めの照明の中で、この装飾灯は映(は)えるでしょうね~。
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階段の手すりの石材も何だか高級感たっぷりでしょう?

逆に玄関ホールから外を見た方が造りの立派さが解るかも…
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携帯の写真だとこれが限界、すいません。
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もう、なんか半ば美術館状態ですね。
このホールには周辺地図や建物の外観が解る模型も展示されています。
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で…
実はこの場所も、ドラマの撮影が行われた場所なんです。
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この玄関上品だけれど貴族チックだから華麗なる一族にピッタリ過ぎですもんね。
そのすぐ横の各部署のオフィスが並ぶ回廊も…
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別のドラマのロケ地でした。
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深田恭子サン、御綺麗なまま劣化しませんね~。
…年齢そんな変わらないはずなんですが。
根本的に素材が違うから比較するのがおかしいか(笑)。

さて…
最近、マスコミが何故か箱根だけをターゲットにして火山の件で風評被害をまき散らしていますが、神奈川県は必死に箱根をサポートしています。
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不思議ですよね~?
馬鹿マスコミ、なんで箱根より危険な鹿児島や熊本、北海道の火山群についてはあんまり報道しなかったり噴火しても観光に被害が及ばない様な報道の仕方をするんですかね~?
箱根は左派系某チャンネルの「アイツ」とか「アイツ」とか有名レポーターやアナウンサーが、箱根の観光産業を意図的に潰す様な報道をして風評被害まき散らしまくりましたよね~?
警戒度「2」の時から普段から「3」の鹿児島県の観光資源化している某火山には全く触れず!
これって、箱根温泉に押し寄せる中国人観光客を、箱根や日本から奪い取りたい某国に近しいTV局に、風評被害まき散らす報道が多かったのは偶然なんですかね~(笑)?
まぁ~いいや。
箱根は安全ですよ~!状態も安定しています。現在のLVですら鹿児島の桜島なんかと同じレベルですよ!
安心して箱根温泉に泊まりに来て下さいね~♫
あと、縄文時代からの聖地、伊勢原市大山も観光地としてプッシュしているのと、今年は大山ケーブルが列車交換で10月01日まで運休なので必死にフォローしています。
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うん!素晴らしい!
※大山観光に関しては大山ケーブル公式ココ 」←クリック!
※大山阿夫利神社の灯篭祭りと名物豆腐懐石はココ 」と「ココ 」←クリック!

さてさて、県庁に話を戻します。
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この回廊を進むと別の出入口があるのですが、そこもロケ地です。
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うん。何か雰囲気在りますよね。
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この入口の前には、昭和初期のエレベーターが…
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昭和世代のハマっ子には懐かしいですよね~!
昔は横浜駅西口の高島屋とか、伊勢佐木町の有隣堂とか、昭和後期世代が子供の頃はまだまだエレベーターガールがいて、こういうレトロなエレベーターで接客してくれましたよね!
もう高校以来有隣堂にも高級文房具をなけなしの貯金で買いに行って以来、暫く行ってないな~。
こんど有隣堂にも行ってみよう。有隣堂は良く歴史関係の展示もしています。
小生はもっぱら博物館や公文書館や市庁舎の資料を読み漁る方なので、余り新しい小説とか買わないんですが、有隣堂にはコアな郷土史の本なんかも売っています。
小生も神奈川県史の1万数千円の本を持っていますが、コアな本が有ります。文具館も文具の品ぞろえはデパート以上。

さて…

階段を登ってみましょう。
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階段の途中にも何ぞ有名な画家さんの絵が有りました。
小生、幼少期に彫刻と絵画も習っていたのに、西洋風の絵画には余り興味が無いのでスルーしてしまいました。
2Fに登ると…
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2Fの装飾、すんごい素敵でしょう!
小生、この見事さに感動しました。
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2Fのこのタイル?煉瓦?凄く素敵ですよね~!
そして神奈川県庁には「宝相華」の彫刻やレリーフが沢山あしらわれています。
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1Fの装飾灯の説明文に有りましたが、これ、極楽浄土に咲く花らしいですね。
小生は人生思う様に行きませんが人間界の方が好きですし、すでに神仏に成られた先人達にアノ世で御会いするより、この世で先人の偉業を体感したり人の役に何か立ったり出来る様になる方が極楽に行くより嬉しいです。

まぁ~小者の小生の事なんてどうでもいいや!
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これも2Fです。
もう本当素敵ですよね~。余り見た事の無い内装です。他の横浜の近代西洋建築遺産も素敵なのですが、このKINGは独特の様相を呈しています。古っぽいのにテカテカな感じ(笑)?
3Fに行くと…
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大会議場とか、比較的重要な部屋が在ります。
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勿論、この回にも美術品が展示されています。
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う~ん。
綺麗だけれど、凄いのも何となく解るけれど、やっぱり西洋絵画に興味が湧かない。
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この階にも例のレトロなエレベーターが当然あります。
4Fは…
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宝相華のレリーフ。
資料室。
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ダクトが通っているのは、旧式の除湿器でしょうか?
文書類はちゃんと湿度管理しないと直ぐにカビやダニが湧いて破損して使い物に成らなくなってしまうんですよ。
ですから歴史文献の古書もちゃんと湿度管理して保管しないといけないのですが…
神奈川県には金沢文庫博物館と言う、鎌倉時代の文化を引き継ぐ素晴らしい博物館が有るのですが、そこの古文書を管理する部屋のエアコンの予算を「神奈川県教育委員会がケチって出さなかったせいで貴重な古文書がカビて腐食してしまった」事件が昨年発生しています。
※県教育委員会の怠慢による金沢文庫の古文書腐食の記事は「ココ 」←クリック!

4Fはエレベーターの様子が少し違う…
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この4Fは、このKINGが本庁舎だった時代に中枢を担った上級管理職や知事の部屋が在ります。
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ボヤケちゃった(笑)。
で、新庁舎との連絡橋も。
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この階を上がれば残すは屋上に繋がるKINGの塔部分。
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その塔の中には、このKINGの設計や建設に関する歴史資料展示が常設されていて誰でも見学出来ます。
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ここを見れば、周辺の西洋建築群の事や同時代の他県の建物の事も知る事が出来ます。
県民やハマっ子ならずとも一見の価値は有ります。
残念ながら塔の上部には登れません。
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しかし、屋上の展望デッキは無料でいつも公開されていて、横浜港の絶景が一望できますよ~!
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左手にQueenが見えますね。
右手には…
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緑に囲まれているのが旧イギリス公使館、ビルの合い間には団塊世代のデートスポット(笑)だった灯台のマリンタワーが見えますね。
今ではマリンタワーはオシャレなカフェレストランが営業していて、よく結婚式かなんかをやってます。
後ろ側は横浜スタジアムが…見えませんね。
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正面は絶景!
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国際客船ターミナルと横浜ベイブリッジが見えます!
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そして手前側には、昔の蒸気機関車の線路を改修造られた遊歩道と、真ん中には幕末~明治期に作られた外国貨物の荷卸しに使われた波止場史跡の「象の鼻」が見えていますね~。

素敵な所でしょう?
この日本大通り界隈や山手地区は本当に素敵な建物と風景が多いんです。
せっかく横浜、神奈川に住んでいるなら、皆さん、文明開化の素敵な西洋建築群を散歩してみませんか?
きっと恋人同士のデートや小中学生の学習に成るだけでなく、当時の先人達のオシャレさを身近に感じる良い機会に成ると思いますよ!
周辺には素敵な洋食レストランやJazz Barや中華街も有りますしね~♫
カテゴリーの「綺麗な風景」か「レストラン」のジャンルで、そこら辺の事も少し紹介してます。

では!又、次の記事で、お会いしましょう!















皆さん、横浜の三塔ってご存知でしょうか~?
幕末~昭和初期の横浜市の旧中心街の日本大通りに、KingとQueenとJackと呼ばれる江戸幕府が終了し文明開化を迎えた頃に建てられた美しい近代西洋建築遺産があります。

本当は今回の記事で、公開中の映画「HERO」のロケ地にも成っている神奈川県庁旧庁舎に特化した記事を書くつもりだったのですが…
その前に、この地域の近代西洋建築と発展の歴史を写真と衛星写真で軽く解説させて頂く事にしました。
じゃないと、何で西洋建築をブログで取り扱うか意味も解らないと思うので。

冒頭で述べた「横浜三塔」と言うのは、実は横浜発展の歴史とも関係が有るんです。
では、まず、三塔の外観の写真を御覧下さい…

KING
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キングは神奈川県の旧庁舎の塔の事。

QUEEN
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クイーンは横浜税関の塔の事。
JACK
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ジャックは横浜開港記念館の事です。
横浜三塔
別角度でもGoogle Earthの3D地図で位置関係を見て見ましょう。
横浜山下地区:3塔位置関係
すべて幕末から文明開化を迎えて建設された近代西洋建築ですが、昔、海外から来日する国際航路の船舶の乗船者が船上から、この3塔を同時に見られたら幸運に成れると言われたそうです。
美しい建築遺産ですね。

実は、この3塔の前に今は山下公園や象の鼻パークが在りますが…
キングこと県庁旧庁舎の辺りは昔は今の横浜市の市名の由来に成った半島があり、その半島は海側から見ると本当に横に長い浜だったそうです。
ペリー提督
そこにアメリカのペリー提督が上陸し、その際、米国艦隊の海兵軍楽隊が演奏する吹奏楽を聞いたのが日本人が初めて西洋の音楽に触れた瞬間でした。
これを契機に日本と西洋諸国の間で通商条約が結ばれ、江戸幕府が国際船舶の貨物の荷揚げ積み下ろしの為に作った波止場が象の鼻パークでした。
ですので、現在も国際航路客船が停泊する「大桟橋」こと国際客船ターミナルが、象の鼻パークの前に建設された訳です。

では、三塔と象の鼻パーク周辺の位置関係を見て見ましょう。
横浜三塔と周辺位置関係
横浜市の都市設計は、今の林市長以前は海から来る外国の客船に綺麗に見える様に設計されていたと言うのは割かし有名な話で、明治時代から先代市長まで歴代市長が景観を大切に都市を創造されてこられました。
ので、大桟橋から見ると、正面に横浜スタジアムが見え… 横浜三塔と山下公園
右手には「赤レンガ倉庫」の立ち並ぶ旧新港埠頭やランドマークタワーとクイーンズスクエアが立ち並び夜景を彩るミナト未来地区…
横浜山下地区:大桟橋
左手には関東大震災以降に、市民の退避場と海浜公園の機能を兼ね備えて造られた「山下公園」や「みなとの見える丘公園」のあるオシャレな山手地区への海岸が在ります。

次回、HEROの公開中と言う事もあるので、HEROや華麗なる一族等のロケ地である、神奈川県庁内の写真を掲載したブログを書きますが、実は神奈川県庁、一般公開されています(ただし平日に限る)。
で、屋上のキングもすぐ目の前で見れますし、横浜市民も余り知らないのですが屋上からの横浜港の絶景を眺める事も出来ます。
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この県庁旧庁舎屋上からの写真、象の鼻(メリケン波止場史跡)の手前の方に左右に横切る陸橋の遊歩道が見えませんか?
実は、この遊歩道、昭和末期まで活用されていた鉄道輸送網の一部で、西郷さんや伊藤博文公が乗車した新橋~初代横浜駅(現:桜木町駅)を走ったSL(蒸気機関車)の路線を新港埠頭の赤レンガ倉庫へ延伸し、更に後に建設された新山下埠頭や本牧埠頭にも延伸されたその路線の線路の跡なんです。
ですので、小生が子供の頃この遊歩道にまだ線路が通っていて、開港記念日には記念にSLが走ったりしていました。

この地域、幕末に逸早く開かれた関内(かんない:関所の内側の外国人居留地)だったので、県庁の目の前には又じずれ別記事で詳しく書きますが、旧イギリス大使館の横浜開港資料館も在ったりします。
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この他にも沢山の近代西洋建築遺産があります。
いずれ順番に紹介しますね!沢山写真は撮り溜めてありますがか♫
なんで日本大通り周辺にこの様に近代西洋建築が密集しているかは、先程ちょっと触れましたが、横浜の地名の由来に成った半島が有ったので、その地盤がちゃんとした半島の上や山手地区から先に開発が進み、その後で埋め立て地である関内は旧吉田新田方面が発展していったんです。

実は地形を見ると、昔、この辺りが半島だった名残りが解ります。
それは横浜中華街に有る特徴で解るんです。
横浜の地名由来説明
横浜中華街だけ、他の道と違って斜めに町が設計されていますよね?
実は、この画像で赤い範囲で囲った辺りが、おおよそ横浜とも弁天半島とも呼ばれた半島だった場所なんです。
中華街が斜めに成ってしまったのは、最初に山手の丘の麓の、今の元町商店街がある海岸と半島の付け根に当たる部分から埋め立て始めたから、その様に斜めに道路が設置されてしまったんですね。
元々は町では無く、海を干拓し水田にする予定だったので、その畦道(あぜみち)の名残なんです。

さて、そんな訳で、この地区は日本の中でも兵庫県神戸市と並んで逸早く文明開化を迎えたので、沢山の西洋建築や文化の発祥地に成っている訳です。
数回前のブログ記事で紹介した「かをり」と言う老舗洋菓子店の話で少し触れましたが、この地域が西洋文化の日本発祥地に成った物は本当に多くて…
※「かをり」の記事はカテゴリー「スイーツ」から探してください!
●国家「君が代」
●鉄道
●電話事業
●西洋式ホテル事業
●吹奏楽
●テニス
●石鹸
●西洋野菜(現在一般的に売られているニンジンやキャベツやネギなどは西洋種で神奈川奉行が幕命で栽培)
●アイスクリーム
…他にも腐る程あるのですが、小生、不勉強なので余り知りません。又、機会が有ったら調べて見ます。

さて、次回からは、今回の記事を契機に、この地域の近代西洋建築遺産を順々に紹介しますね!
まずはHEROのロケ地のキングの内部の写真を次回の記事で沢山載せるので、また御覧頂ければ幸いです。

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