歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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カテゴリ: 景勝地/お祭り/食事/買物

石川町駅から白虎門(延平門)をくぐって横浜中華街へ入り、メインストリートの善隣門へ向かって歩いてくると途中、左手の余り目立たない(笑)けれど結構立派な店舗ビルを構える中華料理店が在ります。

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実はここ、最近❝黄色い食べ放題のチェーン店❞が増えて面白くなく成りつつある横浜中華街の中では貴重に成りつつある老舗で何と大正時代創業の歴史を有しています。
位置的にはこんな感じ・・・
福養軒周辺 久良岐のよし
・・・多分、白虎門をくぐってからずっと左側の歩道に並ぶ御店を見ていれば直ぐに見つかると思います。
さて、この御店、老舗なので内装も立派で・・・
「あれ~?高そうだな~。」
「入り難いな~。」
・・・とか中華街に余り来ない人は尻込みするかも知れませんが、昔の彼女が中華街の某店オーナーの孫(笑)で中華街に通いまくって色んな御店で御飯食べていた小生からすると食べ放題の店はコスパも悪く、昔からある御店のランチの方が遥かに美味しく安いと言う認識なんですね。
2000円~3000円も出して食べ放題の店に行っても美味しい店は余り無くて当たり外れ激しいのですが老舗なら何処に行っても日本人の味覚に合わせてアレンジした家庭的な中華料理のランチを500円~1000円で提供する御店や、伝統的な中華会席料理を提供する高級中華料理店でも安価な1200円~3000円のコースで食べられる場所が少なくないんです。
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福養軒(大正時代創業の老舗)
さて、中華街の御店選びの基準は最後に改めて紹介するとして、老舗福養軒さんの680円激安ランチを今回は紹介します。
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この日、中華街で人に会う用事のついでにランチ食べに行った先々週の金曜のメニューは写真の通り。
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店の内装は昭和の高級な中規模中華料理店といった感じです。
この御店の女将さんは代々の華僑で、とても性格が明るく快活な印象ながら話し言葉は上品な方です。
でも猫が大好きで猫の話しを始めると止まらないので、時間が無い時は猫の話しはしない方が良いと思います(笑)。
小生はこの日、Bランチ・・・海老と玉子の旨味炒め・牛モツの香炒め・春巻き・スープ・ライスのセット680円を❝最初に❞注文しました。
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この御店の料理は1皿に盛り合わせて提供されます。これで680円・・・すきやとかマック食べるより体に良い上に栄養バランスも良く、更に白飯お代り出来るので男性には嬉しい。
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牛モツとは書いて有りますが、正確には❝ハチの巣❞と言う牛の胃袋で、小生はとてもこのハチの巣を使った料理が大好きです。歯触りが好き。この料理はカレー風味。
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玉子、海老、細切り肉の炒め。油っこくない広東料理な上に薄味で中高年の方も安心して食べられると思います。
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野菜がたっぷり詰まった春巻き1本を半分に飾り切りして提供されています。
とても値段に満足のランチなのですが、小生は敢えて御飯を御代りせず、もう1品食べたい料理が有ったのでソレを注文しました。
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雲呑(ワンタン)ですね~。
日本のなんちゃって中華料理店では餃子みたいな形のワンタンが出されますけど、雲呑の本場の広東料理や香港料理では丸い雲呑が出てきます。香港の場合は海老を磨(す)り潰した香ばしい雲呑や、広東料理では肉の雲呑が提供される事が多いです。
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見ての通り、伝統的な広東風の雲呑。確か500円くらいだったかな?
これだけ食べて白飯もお代りし出来て680円+500円前後で1300円弱、スンゴイ安いし、小生みたいに余計な物注文しなければ680円+消費税で満足出来る訳ですよ。
絶対に同じ金額で肉まんや焼き小籠包食べ歩きしたら勿体無い!

中華街のランチ、まだあんまり紹介していませんが何軒かは福養軒サン含め以前も紹介しているので中華街観光で御興味有る方は以前の記事を御参考にして頂ければ良いかと思います。
カテゴリー中華料理店の記事→『ここ』クリックで記事一覧にリンクします

では中華街の店選び基準ですが・・・
毎回小生ブログで中華街の御店を紹介する時に口酸っぱく言うのですが御店選ぶ時の基準はこんな感じで探すと良いですよ!

●肉饅や生煎包(焼き小籠包)の立ち食いはコスパ最悪!
300円~500円の肉まんとQQドリンク200円~300円を飲んでしまうとコスパ悪いからダメ!ちゃんとした中華街ランチが同じ金額の500~1000円で食られます!。
●食べ放題の店は味の当たり外れ激しい上に料理提供も遅く元取れない!
最近食べ放題の店が増えていますが、ハッキリ言って美味しくない店や前日に作り置きして油通して過熱して料理出してるだけの店も沢山有ります。
食べ放題の店で小生が特に美味しくサービスも良いと思うのは横浜大飯店サンと大珍楼サンくらい。
後は悪い意味でのチャイナクオリティーの店も多いので選ぶの大変ですね。不味い店はここに書けませんから自分で不味い店探して(笑)。
●老舗の小規模~中規模な店のランチ
ランチタイムの中華街はワンコイン500円~1000円でスープやデザート付きで食べられる店が多数でコスパ最強!
●老舗の高級中華料理店でのランチ
老舗高級店の伝統的な高級中華もランチコースで1200円~4000円で食べられる場所が沢山あります!
中華街最古参の名店、聘珍楼サンでも3000円で6品食べれるランチセットが有るし、順海閣サンでも2100円の飲茶コースや3150円のコースで8品食べられる。

・・・だから食べ放題で2000円も3000円も払うなら、確実に美味しくて元が取れるランチを食べた方が旅行やデートに最適だし、ワンコインランチや安いランチで品数足りなそうなら1品料理頼んでシェアした方が1人1000円前後で収まりコスパが良いし満足出来る店が多いんですよ。肉まんとデザート食べてワンコイン払うなら、同じワンコインでデザート付きランチセット食べた方が満足出来るし。しかも大体の小規模店舗なら御飯御代わり自由、店によってはザーサイ等の漬物やスープも御代わり出来る場所も少なくないんですよね。

さて、これから横浜も寒くなりますが・・・
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例年ならこんな銀杏並木が見られる中華街近くの山下公園~日本大通りの銀杏並木も・・・
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横浜三渓園の紅葉(もみじ)も楓(かえで)も・・・
今年はこの間の台風の塩害で紅葉する前に枯れてしまいツマラナイ秋に成りそうです。
でも横浜観光に来る皆さん!横浜観光は大桟橋や赤レンガ倉庫やミナトみらい21地区の夜景や・・・
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元町~山手地区の無料公開されている洋館が沢山有ります!
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ベーリックホールとか・・・
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・・・エリスマン邸とかね!
だから、もし横浜や鎌倉に観光に来る際は是非!中華街ランチメニューや老舗のCaféで昼食やディナーを楽しんで見ては如何でしょう?
野毛の洋食屋サンや飲屋街も楽しいでしょうし、横須賀のネイビーバーガーも捨てがたいし、三浦半島の鮪や海鮮料理やミカン狩りも捨てがたい!
伊勢原市大山阿夫利神社参道温泉街の豆腐料理や猪鍋も、小田原や湯河原温泉や箱根温泉や厚木七沢温泉や秦野鶴巻温泉の海の幸山の幸も益々美味しく成り、県内の温泉街の旅館宿泊も楽しい季節に成りますね~。
どうぞ県内外の皆さんにとって今年の神奈川旅行が楽しく充実した物に成ります様に~!
・・・川崎にも色々有るよ(笑)。

道行く人々を御守護下さる神奈川の守り神たる関東総鎮護大山の大山祇命様、鶴峯山平塚八幡宮と武家本地たる鎌倉鶴岡八幡宮の八幡大菩薩応神天皇大鞆別命様、応神天皇の皇子で前鳥神社の御祭神の莵道稚郎子様の命、神奈川県最古級の土地神様たる有鹿比売様と有鹿比古様の夫婦神様、寒川大社の寒川比売様と寒川比古様の夫婦神様、走水神社と橘樹神社の日本武尊と弟橘姫様の夫婦神様、道路横から見守って下さる馬頭観音様、道祖神様、地蔵菩薩様、中華街関帝廟の関羽雲長公と媽祖廟の媽祖様、諸諸の神仏、神奈川県内の旅客の皆さんを宜しく御加護御守護下さいます様に御願い致します~♨。

追伸・・・記事更新遅れてスイマセン。
今週は体調諸々仕事休む程で、以後暫くは個人的にも色々と人生の選択をせねばならなかったり忙しくてたまに記事更新遅れると思います。
だから歴史旅行記事じゃなくて御店の紹介とか簡単な記事も書く事多く成るかも知れません。

では!又、次の何かの(笑)紹介記事で御会いしましょ~♪


杉田商店街のメインストリートが昭和初期まで重要な街道だった事を皆さんは御存知でしょうか?
そんな重要な街道を繋ぐ交差点に可愛い雑貨屋さんが有るのを皆さんご存知でしょうか?
杉田商店街のメインストリートが明治時代に開かれる以前の古道が少し住宅街に入った場所に今も残っているのを横浜市民のどれだけの人が御存知でしょうか?
そんな重要な街道と古道の交差点に在るのがlumiereMと言う御店です。
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lumiereM(ハンドメイドアクセサリーや雑貨と輸入食品の御店) CIMG6826
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この御店、とにかく普通のデパートでも余り見かけないドライフルーツのバリエーションが有ったりアロマ的な効果の説明も丁寧にして下さったり、輸入食品も有ったり。
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工場大量生産していない作家さん達の手作りアクセサリーや雑貨を取り扱ってて絶対に他の人と被(かぶ)らない自分だけのアクセサリーを探せたり。
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鑑賞用のハ―バリウムとかも作家さんの手作りの物が置いて有ります。
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東急ハンズとかにも無い工場製産とは異なる温かみ有る一点物を買う事が出来ます。
可愛い御店なんです。正直、御店の規模は広くはありませんが、地域に根差してワークショップなんかも開いており小さな子含め女性達にアクセサリーや鑑賞用雑貨の作り方を作家さんから教わる機会を設けたり、趣味の創出と言う意味でも人々の癒しの場に成っているみたいですね。
・・・小生も工作大好きなので参加したいのだけれど、ゴッツイ男が混ざると御店のイメージ崩れそうで自粛中(笑)。

さて、小生のブログは歴史旅行ブログです、歴史に関係の無いlumiereMさんを何で紹介するの?と思う人がいるかも知れませんが、実は歴史的に重要な場所に立地しているんです。
源頼朝公が開いた重要な修験道系の神社の聖地を繋ぐ場所に存在しているのですがlumiereMサンの近所、徒歩3分の杉田の中原地区に今も存在しています。その神社は明治に成る迄(まで)修験道系の聖地として大切にされ大靈山泉蔵院桐谷寺と呼ばれていました。明治時代の神仏分離令で只の熊野神社と名前を変えてしまいましたが、実は江戸時代に成る迄は❝泉蔵院❞の院号や❝山崎泉蔵坊❞の御坊としての名で多くの古文書に記録されています。
そして遠く杉田商店街から離れた同じ修験道系の聖地であり神道でも仏教でも大切にされて来た縄文時代からの神聖な場所、伊勢原市大山国定公園の全域が聖地の大山阿夫利神社と大山寺と言う神社仏閣が存在しますが・・・
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実は神奈川県内の修験道の聖地として大切な大山阿夫利神社と大山寺の在る大山と杉田商店街は一本の道で繋がっているんです。
歴史を知らない人が他所から来て市役所の役人に成る事の多い横浜市は、杉田商店街の発展には無頓着だし❝杉田梅❞と言う日本で最高のブランド梅の梅林が広がった杉田梅林の伐採許可を出して旧来の文化と歴史の名残は今では余り感じられませんが、実は杉田商店街を歩くとそんな歴史を少しだけ今でも垣間(かいま)見る事が出来るんです。
・・・実はね、杉田商店街のメインストリートは以前、杉田間宮陣屋の解説記事でも説明しましたが聖天掘(せいてんぼり)と言う川に蓋(ふた)をした暗渠(あんきょ)の上に敷かれた道なんです。この大工事の末に整備され今では横浜市がおざなりにしている道が源頼朝公が大切にされた横浜の修験道の聖地の泉蔵院~伊勢原市の大山阿夫利神社を繋ぐ近代の新道で名を❝横浜・伊勢原線❞と言う地方主要道路だったんです。
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大山阿夫利社(延喜式内社)大山阿夫利神社に関しては以前紹介記事を書いているので御興味有る方は御覧下さい。
これクリックで記事読めます⤵
大山阿夫利神社と灯籠祭りの夜景と参道温泉街…伊勢原市。
この横浜伊勢原線と呼ばれ、磯子区部分を杉田街道と呼ばれた道の起点が杉田商店街の国道16号線側からの入口です。
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ここが起点と成り、伊勢原市の大山阿夫利神社へと続く最後の宿場町の高部屋神社前、伊勢原市上北ノ根まで続いていますが、この事を横浜市役所の人間でも知る人は少ないでしょう。
横浜伊勢原線終点 伊勢原市上北ノ根 久良岐のよし
大山詣りをする人は古代から多く、大山山頂からは縄文時代からの神事の遺跡が出土し、神社の中でも延喜式内社と呼ばれる最古級の格を確認出来る大山阿夫利神社と別当寺だった大山寺が在り、奈良時代にも行基大僧正が上粕谷神社等の修験道系の❝大山道❞の中継地点と成る場所に宗教施設を設置し、一帯には国府レベルの史跡と祭祀遺跡と古墳がゴロゴロ出土しています。
そして最盛期は室町時代~明治時代の600年間位の期間で、正に地方主要道路❝横浜・伊勢原線❞は重要な宗教的な聖地を結ぶ観光や商業の道路として開かれた事が解かります。
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杉田商店街から久良岐(くらき)郡の名残を地名に残す❝栗木❞方面に歩いて行くと、明治時代の大工事の名残に出会う事が出来ます。
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よく観光地にある雷神堂と言う御煎餅屋さんを通り抜け、インドカレーの御店や飲屋さんや郵便局より更に先に行きます・・・
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すると上の写真の通り浜中学校の下の道が大きな切通地形に成っているんです。
実はここは明治時代に造られた❝隧道(すいどう=トンネル)❞が存在した名残で❝杉田街道❞と昔は呼ばれ知らない人がいなかった道の一部なんです。
ここは明治時代初期までは道は無く崖地で、当時の重要な道はこの道より北側の山の上を超える❝桐ヶ谷(きりがやつ)道❞と浜中学校側の山を登る道しか有りませでした。近代に成ると物流や人の移動に❝馬車❞が運用される様に成ります。そして明治天皇の全国行幸(みゆき)が開始される準備として多くの明治の新道が建設されました。国道16号線根岸~磯子~金沢地区の埋め立てが完了し泥亀のバイパスが整備され完成するのは昭和40年代初頭の話しですからね。
❝トンネル❞だったのですが関東大震災の際に崩落してしまったので、山を改めて削り取り❝切通し❞に生まれ変わりました。この歴史からも判りますが、現在も崩落危険個所指定を受けている崖地が杉田~笹下~屛風ヶ浦~磯子には多く有り、それは地盤が砂岩と泥岩の脆い地層で出来ているからなんです。
逆に言うと戦国時代には御城を造るには加工し易い地形で丘の平坦部分は地盤も強固で地震に強いし標高も高いので津波の心配も無い訳ですね。
そんな丘だらけの地形の不便さを解消するべく作られた杉田街道のトンネルは明治天皇の為に造られた物ではないでしょうが、当時の久良岐郡の役所は現在では区が解かれてしまった港南区笹下の❝関❞と言う場所に郡役所が存在し、皇族の方々は杉田梅林を見学する為に笹下の石川楼と言う料亭に宿泊され杉田梅林迄来られたので、トンネルは皇族の為に造られたのかも知れません。
戦国時代~江戸時代中期迄杉田郷を治めた間宮林蔵の祖先の間宮家とその一族が杉田梅林を植林したのですが、分家の杉田間宮家の菩提寺である杉田の牛頭山妙法寺には明治に皇族の方々が梅林へ度々観梅にいらっしゃっていた記念碑が今も有ります。
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さて、そんな杉田街道の起点も昔は川で、江戸時代までは源頼朝公が歩いた住宅街の中の❝古道❞と成っている❝桐ヶ谷道❞が残っていますが、少し判り難い位置に在ります。
目印に成る御店が先ず紹介したlumiereMさんで、印を付けた場所に在ります。
では古地図を見て見ましょう・・・
明治時代初期のlumiereM周辺地図 迅速測図 久良岐のよし
これは迅速測図と言う明治新政府が全国の地形測量をさせた地図ですが、この地図が制作された頃はまで江戸時代の地形のままの場所が多く、修験道の神仏混交の道場だけが❝神社化された名前❞で表記されています。
御覧の通り、杉田商店街はまだ❝聖天掘=聖天川❞で一本南にズレた道がメインストリートだった事が判ります。丁度、セブンイレブン杉田3丁目店の前の道ですね。そして黄色い★印が聖天堀を暗渠にして繋げた杉田街道と修験道の聖地だった泉蔵院=熊野神社の古来の参道と繋がる桐ヶ谷道の交差点でした。
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今も昔の道路の名前が解かる道路標識が立っています。でもここの行き方解り難いですよね?
もう一度古地図を見て見ましょう。
明治時代初期のlumiereM周辺地図 迅速測図 久良岐のよし
印の在る杉田街道と泉蔵院時代の参道と桐ヶ谷道の交差点に成る所に今現在は可愛い手作り雑貨やアクセサリーや輸入食品を取り扱う御店❝lumiereM❞が存在しています。
つまり御店の有る場所が平安時代~戦国時代~明治時代~現代を繋ぐ時代の交差点でもあるんですね。
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御店の紹介は先にしたので、話しを桐ヶ谷道に戻して道を探しましょう。
この御店の右隣に細い住宅街の生活道路が在ります。それを真っ直ぐ進みます。
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すると上の写真の中途半端な「石碑かな?」と思う何も書いていない変な石が角に在る交差点に行き当たります。lumiereM側から来ると左手に曲がると少し上り坂に入っていく交差点ですね。
その上り坂が昔の杉田街道の前身と成った桐ヶ谷道の続きで、ここから山を越えて笹下釜利谷道路=金澤道(かねさわみち)=六浦道(むつらみち)へと続いて鎌倉に行く主要街道と、笹下釜利谷道路を田中方面~笹下~関の下~吉原~舞岡~戸塚と抜ける旧鎌倉街道に連結するとても大切な道の❝追分(おいわけ)❞がこの変な石の場所だったんですね。
この道は杉田街道が整備されて重要性が無くなるまでは笹下釜利谷街道へ行く為に徒歩で通行する人が多かった事でしょう。ここを桐ヶ谷道を西に進まず、更にlumiereM側から直進して北に行くと源頼朝公が開いた聖地の熊野神社、旧名:大靈山泉蔵院桐谷寺が存在します。
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熊野神社(旧名:大靈山泉蔵院桐谷寺)元々は鎌倉市大船駅前の丘の山崎地区に存在した修験道大道場の御坊様が源頼朝公の命令で久良岐郡杉田郷中原村に、この杉田中原地区の熊野神社を開きました。後に新田義貞の鎌倉焼討ち等の戦火で山崎の泉蔵坊が荒廃したので本社機能を現在の中原の熊野神社に移転し、靈山泉蔵院桐谷寺と名を改めました。その後も各時代の統治者に大切にされ、江戸時代に代々徳川幕府の鷹匠頭を務め杉田を治めた杉田間宮家の殿様や本家で久良岐郡北部や佐渡金山や生野銀山を治めた笹下間宮家の殿様から大切にされていたいので古文書にも度々登場します。
間宮敦信公泉蔵院宛て書状。久良岐のよし
熊野先達泉勝檀那注文(米良文書)神3下ー六七一八
これは古文書を小生が書き起こした画像ですが、まぁ、こんなものが沢山残っています。
この文書からも判りますが、間宮家が大切にしただけでなく、熊野神社の大親分である那智大社やなんかの熊野三山と呼ばれた修験道の聖地の神社ととっても関係の深い格式の有る神社だったんですね。
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そして泉蔵院の熊野社は少し高い場所に在るので江戸時代に杉田梅林を見物する観光地としても有名だったそうで、現在でも社殿の東側の崖地からは杉田の街並みが一望出来ます。
泉蔵院についても以前、紹介記事を書いているので御興味の有る方は御覧下さい。
これクリックで記事読めます⤵
横浜市磯子区中原の熊野神社は源頼朝公が崇敬した泉蔵院と言う修験道の大道場の跡。

写真で正面に見える丘が妙法寺の境内地の裏山で、恐らく戦国時代には杉田間宮家が籠城する要害だったはずです。
まぁ、古文書にも登場し源頼朝公や間宮家が大切に守った修験道の聖地の一つ❝泉蔵院の旧参道❞と❝桐ヶ谷道❞そして日本レベルで大切な❝大山阿夫利神社❞を繋ぐその明治の❝杉田街道❞との❝聖なる交差点(笑)❞に立地するのがlumiereMな訳です。
さて、小生、このブログ書く為に改めて浜中学校下の切通の写真撮りに行ったり、丁度腕が神経痛みたいに成ってたのでlimiereMさんのインスタグラムで珍しい入浴剤の広告を見たのでソレを買いに行ったのです。
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これが自分への御土産~♪。入浴剤いれる風呂場に置く瓶も買って来た。
そして、この日は弟方の姪っ子がウチに来る日だったので御土産に杉田商店街の雷神堂で御煎餅を買って帰りました。
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雷神堂 杉田店
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小生の妹や弟妻君の義妹はどうも食べさせるものに煩(うるさ)くて、スナック菓子とか食べさせると良い顔しない。だけど御煎餅とかなら嫌な顔しないので、杉田の御土産にはいつも菓子一の❝うめさやか❞か雷神堂の御煎餅を買っている。
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菓子一
菓子一に行けば杉田間宮家の間宮信繁公が残して下さった梅林文化を今でも垣間見る事が出来るからね。
浜中学下の切通しの写真撮影をしたこの日、実は杉田商店街でずっと行きたくて訪問時間がいつも合わずに行けなかった場所に行って来た!
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その場所はlumiereM~泉蔵院熊野神社に行く旧参道を途中を少し曲がった場所に在る。
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杉田湯昭和30年代創業の昔ながらの銭湯、杉田湯さん。ずっとずっと、東漸寺さんや妙法寺さんや泉蔵院の御参りやlumiereMや菓子一に買物に来る度に地図で見て「行きたいな~」と思いながら、営業時間が午後15:30~21:00となかなか時間が合わずに入りに来る事が出来なかったんだな。
今回、杉田湯に初入浴!
入口はこんな感じ。
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う~ん良いね良いね~♪
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居酒屋の下駄箱みたいな下駄箱。昔は良く見たよね。
小生の実家の近くにも昔は銭湯が有ったのだけれど、今では全滅してしまった。スーパー銭湯も好きだけれど、昭和の風呂屋の情緒はやはり銭湯に行かないと味わえないよね。
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そして玄関入っていきなり女湯男湯に分かれる・・・
左を覗いてみたいとは思わないよ、うん、決して思わない。
覗くくらいならちゃんと彼女つくって存分に一緒に混浴して貰うから。見るだけで触れないで捕まるとか阿呆な痴漢の行動原理が理解不能。
・・・そして❝男湯❞の扉を開いて中に入って先ず最初にした事はトイレにいって💩うんちした(笑)。
この日はずっと港南台のホームセンターと杉田を小用で往復していてトイレ行ってなかった(笑)。
風呂場の写真も撮りたいけれど、流石に無理なので皆さんには御覧頂く事は出来ません(笑)。
一応、御風呂の情報としては昔ながらの銭湯なので❝石鹸❞とかアメニティーは一切合切持参するか、番台のオバちゃんから購入する必要が有ります。小生はハンドタオルとバスタオル持参してましたが石鹸とシャンプーが無いとは思わず準備不足でした。入浴料金は480円で木曜日定休だったかな?
浴場は昔ながらの木造の高い屋根に壁には富士山の絵、そしてスーパー銭湯と異なり地元の御客サンばかりなので騒がしくなくとてもノンビリとくつろげました。
番台のオバちゃんと話して杉田湯の歴史とか色々教えて貰って「又来るね~!」と小生が言うと、少し笑顔で「又宜しくね!」と言ってくれました。
妙法寺にもしょっちゅう殿様の御墓に御参りに来てるし泉蔵院にも御参りに来るし、lumiereMとか菓子一にも買物来るから必ず入りに行こうと思う。
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湯上りの至福の時、苺オレ。瓶のはもう無いんだね~。小生はフルーツ牛乳より苺オレ派。
そして帰宅して・・・
忘れてたんだけど、この日の夜に語学教室行かないと行けなくて、風呂でくつろぎ過ぎて横浜の学校についた時には30分遅刻してしまった。
・・・帰宅して又風呂(笑)♪。
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lumiereMで買った入浴剤を速攻で使って又、風呂入った(笑)。
lumiereMの御店主、またインスタグラムチェックして買いに行きますね~♪
杉田湯の番台のオバちゃん、又、御風呂入りに行ったら話し相手に成ってね~♪
・・・今ね、妹の所の甥っ子と姪っ子が小学校受験で遊んでくれない、と言うか、妹から10月の受験終了まで❝出禁❞食らったの(´;ω;`)!叔父ちゃんとしての小生が癒されず充電は御風呂でしか出来ないんだよ~!
彼女いないしね。
でも、人の役に立てたら嬉しいかも。たまに押し付けがましい事して逆に迷惑かけちゃうかも知れないから、それは気を付けないと。昨日も先走って少し失敗して、その分「何とかしなきゃ」って色々とバタバタしたり。
でもね~自分が大切に思う人達に喜んで貰いたいんだよね~。
人の役に立ったり、親友達や自分の大切に思う人や家族に喜んで貰えたら嬉しいよね。

そんな事を考えてて丁度今年、lumiereMを知って家族や親友や恩師に変わったドライフルーツとかデーツシロップとか教えて貰って、皆に送って喜んでもらえたんだよね。だから御店主にはそう言った意味でも感謝してるし、色々と頑張る原動力に成ってるかな?

さて、皆さん、まさか商店街の中の可愛い雑貨屋さんが歴史の交差点だったなんて思わなかったでしょう?
きっと皆さんの家の近くにも思いがけず歴史偉人と繋がりのあるタイムマシーンみたいな神社や御寺や御城の跡の公園があるはずです。
・・・だから少しお出掛けして散歩してみませんか?

では!又、次の解説記事で御会いしましょう♪














夏も海水浴シーズンを過ぎて、鎌倉の由比ヶ浜からは若者の姿も減って来ました・・・
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もう直ぐ秋ですね~。
海水浴やナンパ待ちナンパする側の若者達と微笑ましい家族達の姿もそろそろ減る由比ヶ浜ですが、その目の前の長谷地区寄りの道路を跨(また)いだ場所に御洒落(おしゃれ)なCaféが在(あ)るのを皆さんは御存知でしょうか?
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Daisy's Cafe
Daisy's Cafeと言う御店です。
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鎌倉の長谷駅から徒歩で10分位?目の前は由比ヶ浜の良い景色、海まで徒歩1分と観光客にも御薦めなのですが・・・
ここは小さな御店で、我々地元の人間が楽しむ御店なんです、どちらかと言うと(笑)。
もう本当に御店の前の道を渡れば由比ヶ浜で、沢山の漁船の間を抜けると砂浜に辿(たど)り着きます。
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小生は人の多い、普段は泳ぎもしないのにナンパやシーズンだからと言って来る御客さん達に混じるのが❝苦手❞でして、どうしてもユックリ出来る季節に独(ひと)りで、或いは彼女がいる時期は彼女と一緒に海に行きたくなるんです。小生にとっては海は癒しの場で、静かに散歩して風景を見て潮風に当たり潮(しお)さいを聞いて過(す)ごしたい場所なんですね。
だから食事した後に直ぐに海を散歩出来るDaisy's Cafeが好きなんです。
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店内はアメリカンでクラシックなイメージの内装です。小生アメリカに行った事が無いから(爆)!
でも、小生は日本庭園も好きだし古民家も落ち着くから好きなのですが、横浜の大桟橋のJack cafeとかCJ Caféとか、横須賀のドブ板通りのサーフタコとかアメリカっぽい御店も心が何だか落ち着くので良く友人とも独りでも食事に行きます。
Caféに行っても御酒嫌いだから飲まない(笑)。
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Daisy's Cafe、良い感じの御店でしょ?
歴史小説家の神様みたいな司馬遼太郎先生も生前この辺りが好きで散歩して❝街道を行く❞ってシリーズの❝三浦半島記❞で直ぐ近くの極楽寺坂の切通しを通過してんだよ。
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御霊神社参道入口の❝力持家❞とか・・・
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・・・江ノ電が参道の鳥居の目の前を通過する御霊神社とかの事を書いてたりする。
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この鳥居の目の前を本当に電車が通過するんだよ。

御霊神社は以前、紹介記事を書いているので興味が有ったら読んで見てね!
コレ記事リンク⤵
鎌倉の御霊神社の神様鎌倉景政公は上杉謙信の祖先。
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そんな長谷の由比ヶ浜に面したDaisy's Cafeの窓際の席に座ると眼前に海、とても和む。
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小生はこの御店を長谷に住んでるサーファーの知人から「行って見て!御薦めだから!」「デイジーズライスが美味しいから食べて見て!」って言われて食べに来たのが初めての来訪の切っ掛けで、要するに口コミですよね。
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そしてコレがデイジーズライス。・・・混ぜた後でスイマセン(笑)。猫まんまみたいな写真だな。
名前はオーナーさんの名前からデイジーズと成っていますが、実際は所謂(いわゆる)❝ガパオライス❞みたいな物を想像して頂くと良いかと思います。
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小さいけれど海も近くて良い御店でしょう?皆さん、由比ヶ浜や長谷観音や御霊神社に御散歩に行って、もし食事する所に迷ったらDaisy's Cafeでドリンク飲みながらゆっくりするのも良いですよ~♪

さて・・・
小生のブログは腐っても❝歴史旅行❞のブログ、ここで少し由比ヶ浜の歴史を通じて❝自称❞霊能者って連中の大半が嘘吐きって事を暴露してみたいと思います。
皆さんは由比ヶ浜や材木座海岸のイメージってどんな印象ですか?
きっとこんな感じかな?
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弓なりに続く波の穏やかな砂浜・・・
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稲村ヶ崎と富士山の影を横にして水平線に沈む夕日・・・
凄く綺麗なイメージだったり、夫婦ならまだ彼女や彼氏だった頃に一緒に海水浴に来た思い出とか、付き合い始めのカップルも最初の夏の思い出♡(笑)とか明るいイメージが有りますよね?
実はね、そんな鎌倉の由比ヶ浜、夏は海水浴に来る若者で賑わう海として知られますが奈良~平安時代には❝公共墓地❞だったって知ってますか(笑)?
よく偽霊能者が霊能力有ると標榜(ひょうぼう=勝手に嘘ついたり)して不敬にも日本の発展に寄与して多くが神社に祀られて御祭神と成っている鎌倉幕府の先人達の御廟所を心霊スポットとして紹介したりしていますがハッキリ言ってデマなんですよね、彼等の能力。
もし彼等が本当に何か見えるなら最大の心霊スポットは江戸の大火で3万人、関東大震災では10万人以上、大戦中の大空襲でも10万人が死んでる東京都23区全域(笑)が最強の心霊スポットな筈なんです(笑)。
だからね・・・
「心霊何て誰にも見えてない」
・・・ってのが霊夢を見たり轢き逃げに何回か遭っても死んでない小生の歴史事実も根拠にした持論なんです。まぁ、偽霊能者の中にはカウンセラーとして優秀な人もいるのかも知れないけど❝嘘❞で金もうけをしている時点で小生は敵視します。カルト宗教と変わらない、人を騙して金を巻き上げている悪。
仮にさ・・・
本当に心霊ってのがいたとするわな?そもそも人間は2人の原種が交尾して繁殖して増えたのに、何で魂がソンナに大量に増殖するのかね?だから生まれ変わりも小生は信じていないと言うか、もし生まれ変わりが有るならば今迄の人生で大恩有る親友や恩師や恩人や支えてくれた昔の彼女(笑)とか恩人達が皆亡くなる迄は守護霊として此の世に留まって❝悪い者❞を打(ぶ)ん殴り守ってあげたいのね。
勿論、今、彼女がいたら生きたまま彼女の守護生霊(笑)なんて物に成るかも知れない(爆)!
・・・つまりさ、もし小生が皆の守護霊に成っちゃうと、皆が彼女や彼氏や旦那さんや奥さんと❝子作り❞してる所とか見ちゃうわけじゃない(笑)?
そんなん守護霊化した小生からしたら「オェ~(ToT)」って成るわ(笑)!
て事はだよ?その自称霊能者達はHしてる時に大勢の空襲で死んだ人とか自分の御爺ちゃんとか御婆ちゃんとかに囲まれながら❝〇ン〇ン堅く成ってる❞のかね(笑)?
「無いわ~(笑)!絶対イヤ!」
・・・ってのが戦争や天災や墓地の歴史を知っている小生の意見だったりするんだよね。
出来たら神様にも仏様にも守護霊様にも小生はコレから先、又彼女が出来て結婚して子作りする時に見ていて欲しくない(笑)。でも守ってもらってるから我慢しないといけないのか(笑)?

だからね~、皆も古代の公共墓地だった由比ヶ浜とか、和田合戦で激戦地だった材木座海岸とか散歩しても❝癒される❞でしょ?
それが正しい感覚なの。
詐欺師に先入観を与えられる前の。
だってね、例えば以前紹介した❝女性を守る縁切寺の北鎌倉の東慶寺❞を舞台にした大泉洋さんと戸田恵梨香さん主演の❝駆け込み女と駆け出し男❞って映画が有るんだけれど・・・
駆け込み女と駆け出し男
この映画の序盤で戸田恵梨香サンがDV夫の武田真治サンから東慶寺に逃げて離婚するか、家に帰るか占いをする❝六地蔵❞って場所が有るんだけれど・・・
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これね、昔はもっと由比ヶ浜寄りに在って、それが墓地の入口だったんだよ。
東慶寺については以前、映画と一緒に紹介する記事を書いているので興味の有る人は読んで見て下さい。
コレ記事リンク⤵
女性救済の寺院、北鎌倉の東慶寺と映画「駆け込み女と駆け出し男」
・・・あとね、小生ね、金縛りに遭って茶運び人形や般若の面が自分の部屋を歩いたり浮遊してるのを見た事が有るのだけど、アレも自分で解明したんだよね。
アレね、身体と脳は寝てるのに意識だけ起きてて夢と現実が重なり合ってる状態なんだよね。そして疲れてる時に良く成る。
最初に茶運び人形を見た時に前身金縛りに遭って、身体動かなくて、その時に「次が有ったら絶対に捕まえれるか確かめてやる( ̄~ ̄)/」とか決めて本当に次が有ったんだよね・・・
それが般若の面だった。
般若の面の時もやっぱり金縛りに遭ってね、でも前回の経験から「指先から少しづつ動かして動ける様に成ったら一気に掴(つか)んでやる!」って決めてて、指先から慣らして行ったら本当に手が直ぐに全部動く様に成って「ブン!」って一気に目の前の般若のを掴もうとしたけど、不思議な事に手が届かないんだよね。
・・・それで確信したのさ、「あ~、これって今、意識だけ起きて目に見える風景と脳内の無意識の夢が一緒に見えちゃってんだな~」って。
どうも疲れ過ぎてるとそうなり易いみたいだね。あとね、両方とも蛍光塗料の緑色みたいな色に見えたんだよね、それも科学的に調べたら目の網膜とかなんかや、当時の家のガラスに透過した外の光とか科学的に説明が着(つ)くのかも知れないけれど、生憎(あいにく)と小生は科学的な知識も脳科学的な知識も皆無なので解らない。
でもね!
小生達の様な歴史オタクや司馬遼太郎先生の様な歴史小説家や歴史博物館の学芸員サンや鎌倉の神社仏閣の和尚様や宮司様達は皆、由比ヶ浜が墓地だったり戦場だった歴史を知っているから我々歴史の証人達からすると❝自称霊能者(笑)❞達の言ってる事が「妄言だと断言出来る」訳です。
だって司馬遼太郎先生も書いてるし、小生達の様に鎌倉が好きで子供の頃から良く行ってる人や地元民は知ってるけれど、昔は鎌倉市内の小学校や中学校の校庭の砂には良く人骨が砕けてキラキラ光るのが混じってたんだよね(笑)。
だからさ、本当に自称霊能者が何か見えるなら「由比ヶ浜に行くな!」って言うでしょ?しかも彼等はだいたいが勝手に僧侶や神職の装いをしていますが、根本的にちゃんと仏教大学や國學院大學で勉強もした事も無ければちゃんとした宗派の道場で修行すらした事の無い「詐欺師」同然の輩だし、まして日本最高の謂(い)わば古来は大王から天皇に成った実際は❝教皇❞の様な霊力に優れた天皇家の皇族にも出来ない神通力を、只の金髪豚男やガリガリ細目ババアが天皇家を凌駕する霊能力なんて持ってる訳が無いでしょう(笑)?
古来、宮司や天台宗の座主や真言宗の高僧や日蓮宗の僧侶等は密教的な学問も良く学ぶ宗派だったので、所謂(いわゆる)退魔や地鎮の法力や神様の力をお借りする神通力と言うのは目に見えなくても有るのかも知れませんが、まぁ、小生は「真っ当に生きる事」を教えてくれる場所や「精神的な支柱」に成る場所が神仏を祀る人々の守る神社仏閣で御奉仕される神官僧侶の役割なんだろうと思っています。
だから大学の先生に会いに行く様に和尚様や宮司様を尊敬するんですがね~♪

まぁ、そんな訳で偽霊能者が公共墓地だった歴史を知らなかったり、海の家を出店する❝ヤクザが怖いから(笑)❞由比ヶ浜を❝心霊スポット❞って言わないってのは歴史好きなら誰でも知ってるんですよ(笑)。
しかも神道や仏教の日本古来の考え方では、自分の信念に基づいて戦って亡くなった武士の魂は❝英霊❞であって、その人達を尊敬していれば❝守護❞して下さる側に成ってくれる心強い存在なんだよね。
だからね、小生は偽霊能者とカルト宗教が心から許せないの、偉大な先人達を愚弄する連中だからね。

小生は色んな人が眠る静かな季節の美しい由比ヶ浜の長い湾曲した砂浜がとっても好きです。
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これから秋に成ったら海の家も無く成って、又、静かに散歩出来る美しい由比ヶ浜~材木座海岸に戻ります。若いカップルや若夫婦の皆さん、デートで静かな浜辺を散歩してから司馬遼太郎先生が愛した長谷地区の、サーファーや地元民の憩いの場のDaisy's Cafeで一服お茶して行きませんか?

では、又、次の解説記事で!

前回の❝休日雑記❞これ⤵
【休日雑記】07月11日~14日・・・三浦半島景勝地と聖地の旅(その①小網代海蔵寺~油壷扇谷上杉流三浦家御廟所~荒井浜~弁才天矢倉~ザ作兵衛)。
それ⤴の続き・・・

11日、油壷マリンパークの半島に在った新井城の落城した日、三浦義意公と道寸公の親子の命日に御廟所に御参りした。そこから帰宅し、改めて週末に三浦半島訪問。
この日の午前中は用事が有って中区にお出掛け、午後も良い時間に成り日没の2時間位前を目標に宿泊予定の城ヶ島に到着する様に中区を出発。
横浜横須賀道路で三浦市を目指す。
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夕刻近く、まだ昼食を食べていなかった小生は横浜横須賀道路の横須賀PAで昼食を食べる事にした。
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上下線ともに売っている名物の❝横須賀海軍カレーパン❞を食べたかったので。
本当は午前中に急な用事が入っていなければ、朝から横須賀で軍港ツアーのクルージング観光をしてドブ板通りでネイビーバーガー食べる予定だったが時間無く実行に至らなかったので、せめて横須賀らしい物を食べて置きたかったから。

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葉山みかんサイダーと鮪カツと海軍カレーパンを購入。

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う~ん・・・
個人的な感想としては上り線の売店の海軍カレーパンの方が美味しい様に感じた。まぁ、個人の感想なので皆さんは気にしないで良いと思う(笑)。
食事を終えて、少し休憩してから再出発。

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城ヶ島バス停傍に広がる城ヶ島の御土産物屋の商店街、ここは昭和の趣の中に何だか明治大正の文豪達が歩いた事の雰囲気が残る様な気がするのは小生の思い込みだろうか?
江ノ島の江島神社の参道~奥津宮に続く商店街や鎌倉市長坂の下地区~長谷観音~下馬の商店街に似た雰囲気が有るかな?
城ヶ島の商店街を抜けて直ぐの所に宿泊予約した港屋は在る。

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港屋この港屋、2年前に三崎漁港のサンポート三崎に宿泊した際に早朝城ヶ島散歩に来て・・・
「あ~、風景の良い旅館だな。ここに宿泊して夕焼けを見て、早朝に磯を散歩したらさぞ気持ち良かろう」
・・・と思い、後日、偵察も兼ねて昼食を食べに訪れたらとても美味しくて今度は宿泊しようと決めていた場所だった。
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その日食べた料理の一部、シラス丼と❝あまがに❞の味噌汁。城ヶ島では❝ヤドカリ❞を❝あまがに❞と呼び料理の食材としている。味噌汁も美味しい出汁が出ていた。
その時の思い出は御主人が調理場を切り盛りしておられ、奥様が旅館全体を仕切りながら調理場もフォローしていると言う印象だった。
元々、河内源氏の棟梁で鎌倉幕府初代征夷大将軍と成った源頼朝公の最大の支援者であり平安時代を代表する忠義の名将の三浦義明公や、その孫で実務力と戦略眼に長けた和田義盛公を非常に尊敬している小生、その故地である三浦半島には小生個人的に恩義が有る。
過労で元気が無くなっていた時に休みに三浦半島に来て何もせずに1日海を見て過ごしていると頭真っ白のままでも何となく穏やかな時間が過ぎて行き、又は当時はまだミシェランガイドに掲載されておらず客の少なかった鎌倉の報国寺の竹林で抹茶を飲みながら緑の笹の葉から差す優しい木漏れ陽を見ていると心が落ち着い少しづつ元気に成り本来の行動力を取り戻す事が出来た。
だから三浦半島には恩義が有り、だからこそ年に数回三浦半島の小さな旅館を宿泊して廻っては紹介したり、現代の若い衆が余り知らないインスタ映えする様な景勝地を紹介したりしている。先々出版物で三浦市の観光業の一助に成れば良いなとも・・・
それで今年は港屋に来た。この港屋はとにかく眺望が良い。
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部屋は全室オーシャンビューで目の前は城ヶ島の長津呂と言う景勝地だ。
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この先、港屋は定宿にしたいなと思うし、年に数回三浦半島に泊まるから城ヶ島の他のホテルやペンションにも宿泊して宣伝出来たら良いなと念願している。
少し話は港屋からズレるが、小生は坂東平氏の祖先で日本を乗っ取ろうとした藤原一族と宗教的政治的に❝遷都❞によって戦いを繰り返した桓武天皇と、その皇孫である平高望(たいらのたかもち)王と鎮守府将軍の平良文(たいらのよしふみ)公と、御子孫の三浦家の殿様をリスペクトしている。だから三浦に恩返しするのは当たり前なんだな。それは小生に御利益を授けて下さった神社仏閣の神仏に対する恩義と同じ程に感じている。
港屋、宿泊して見たら小生一人にはとても部屋が広かった!
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デッカイ関東の畳で8畳も有った。部屋も綺麗。景色も綺麗。
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御茶菓子、御茶、コーヒーが有った。
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バスタオル、タオル、浴衣。これなら日帰り旅行に来た恋人同士で当日いきなり宿泊したくなっても大丈夫だね。下着はコンビニで売ってるし・・・て城ヶ島コンビニ無いから島外の三崎町で買わないといけないけど。
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部屋風呂は無いものの洗面所含め部屋の施設は綺麗だ。
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トイレもウォシュレット。民宿的な規模の旅館としてはかなり頑張ってる事が解かる。
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館内も白基調で明るい感じ。
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ゴテゴテしてなくて落ち着いていて小生は好きかな。
部屋に荷物を置くと夕日の時間に海を眺めながら夕食をとる予定で散歩に行く事にした。

そうそう、以前は昼食時の食堂としてもやってらっしゃったのだが現在は宿泊客しか受けないとの事、港屋サンの御飯を食べたいなら宿泊して夕食を食べるしか今は無い。小生は当初は❝朝食のみ❞の単独宿泊9000円のプランで予約して、夕食は三崎漁港に行こうと思って。無論、一人だから割高なだけで二人以上で宿泊ならかなり安い。二人以上で一泊二食付で9000円で泊まれて更に立派な食事が付く訳だ。
小生は独りの一泊朝食付で予約していたのだがチェックインした際に・・・
「あ~、どうせ御金を払うなら城ヶ島で食事をした方が地域の為に成るし、三崎はしょっちゅう行ってるから夕方~日没までゆっくり城ヶ島を満喫して過ごした方が良い。」
・・・と思い直した。
到着して直ぐ女将さんに唐突に・・・
「やっぱり港屋サンの夕食を食べたいと思い直したのですが、急遽何か準備して頂く事は可能でしょうか?」
・・・と御相談差し上げたら「良いですよ、それでしたら3000円のコース等準備できますが如何でしょうか?」と言う趣旨の事をもっと優しい口調で提案して下さったので、それで食事時間を日没の19時に御願いしてプランを変更して頂いた。わがまま言ったのに臨機応変に対応して下さってありがたい。
港家を出て先ず、商店街に戻り御土産物屋サンを物色した。
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うん、この雰囲気大好きだ。まだ夏休み前だし、もう日没も近い時間だったのでバスも少なくなる事も有り観光客は少なく昼の賑やかな感じとは違い❝鄙びた雰囲気❞を醸し出していて、コレも情緒有り良い。
そこから城ヶ島灯台に登って見た。
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ここも夕方来ると雰囲気が違うんだね~!
昼来ると真っ青な空と、周りの海と暑い夏の空気感が凄い場所だけど夕方、何だか泣きそうな位の不思議な懐かしい雰囲気が出迎えてくれた。
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夕日が真っ赤じゃなくて未だ黄金色に光り、翼の様にV字に広がる白色と灰色の雲と相まって、映画の1シーンでも使えそうな感じ。
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灯台から港屋が見える。
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灯台から海岸の法に降りて来ると、2年前と同じ真っ赤な御花が出迎えてくれた。
う~ん・・・今年は梅も桜も躑躅も薔薇も紫陽花も開花が早かったから、名前も知らないこの赤い娘達ももう見頃が少し過ぎた位だった。でも綺麗だね。
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海岸を歩く。
翌朝、改めて山百合を見る散策をする予定は有るが、夕刻の長津呂~馬の背洞門を歩いた事が無かったので散歩して見た。
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夕日がハッキリ見えないけれど、優しい光を感じられる天気だった。
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港屋が見える。港屋の前には長い自然地形の入江が広がる。
この手前の入江が恐らく❝長津呂❞なんだろう。
地名の由来は良く解らないが恐らくこんな感じだろう・・・
長・・・長い。
津・・・港や船溜まりの意味、つまり津波だと港で破壊的な威力に成る波の意味が有る。
呂・・・古来は岩屋(いわや)や岩窟(がんくつ)の意味。
・・・漢字本来の意味のままだろう、この長細い自然の隆起して露出した海底の柔らかい地層が海蝕され出来た入江が昔は漁師の船溜まりとして利用されていたんだろうと推測する。詳しい事を地元の人に聞くのを忘れたので実際の所は未だ解らない。又、改めて聞いてみようと思う。
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馬の背洞門目指して歩くと、自然の岩盤を明らかに四角いプール状にくり抜いた岩場が有った。
何だろう?昔何かに利用する目的が有って削岩された場所なのは間違いない。今では穴が開いて海に繋がっている様で波に合わせて水面が満ち引きしていた。
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磯釣り客がいた。波にさらわれないか見ている方がハラハラする。
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少し東に向けて海辺の磯を歩くと馬の背洞門が見えて来た。
もっと先に進む。
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お!っと思った。今年の城ヶ島も岩場には山百合が沢山!
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うん、綺麗だ!この子達に会いに来たんだ今年も夏の三浦に♪
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でもユックリ鑑賞するのは真っ青な快晴の天気予報の翌朝に、日没も近いので先を急ぐ。
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小生は写真撮影が下手くそだが、今時女子や学生諸君はスマホでももっと上手に撮影出来るだろうねぇ~!絶景!
更に前にズンズン進む。
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・・・と、ここで更に先に進み全部見てしまうと翌朝の楽しみが減るので旅館に戻る事にした。
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戻る時もチラホラ山百合サン達・・・
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う~ん綺麗だ!
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馬の背洞門は城ヶ島の中央南、港屋は西南側に在るので帰路は西を向く事に成る。自然に夕陽に向かって歩みを進める訳だが、陽光を背にした岩礁の景色も美しい。
穏やかさと荒々しさが両立されている余り見られない景色。これも夕陽だから出る雰囲気なのかも知れないと思うとラッキーに感じ散歩していて独りの寂しさも紛れた(笑)。
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港屋の近くに観光案内図も有って参考に成った。
旅館に戻り御風呂をに入った。
風呂は現在は内風呂だけ、以前は露天風呂も利用できたが今は暫時人手不足で利用中止との事。でも内風呂が貸し切りなので満足。
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早い者勝で鍵かけて自由に入浴して良いんだって♪
風呂の場所を聞く時に従業員の方に初めて聞かされた・・・
実は港屋、一昨年の7月小生が食事に訪れた後に大将が亡くなってしまったそうだ。そして暫く営業休止していたのが数ヵ月前から再開したのだが、再開以来、女将さんが一人で頑張って切り盛りし従業員さんと一緒に料理も質を落とさず頑張っている。
・・・こう、頑張ってる人の話を聞くと本当に応援したくなる。泊まる事が出来て良かった。
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御風呂は流石に内風呂とは言え一人では広すぎる位。
これなら家族で来ても子供2人~3人+夫婦で皆一緒に仲良く入っても大丈夫!宿泊していれば目の前の長津呂で海水浴&シュノーケリング楽しんでから海の家代りにも御風呂に入れるね。
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旅館食堂前の風景。露天風呂からもこの風景と夕陽が見えるのだが、今は管理者が女将さん一人なのと人手不足で残念ながら露天風呂は暫時使えないが食事しながら同じ風景が楽しめる。
いつか女将さんを慕う御客サンに港屋再開が更に周知され、そして料理と景色を気に入る若いカップルの宿泊も増えて、更に人を雇える様に成り、そしてこの景色を又露天風呂で楽しめる日が来る事を切に願う。
そう言えば女将さんにチェックインの時に言われた!
「独りはダメですよ~(笑)!」
・・・って、独身の小生に向けて「早く恋人連れてきてください(笑)」ってジョークと合わせた言葉かと思ったけど、もう会えない御主人の為にも頑張って旅館再開した女将さん御自身の事も表した言葉だったんだね。
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食堂からも御覧の景色。
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部屋も別の客とはパンテーションで部屋ごとに仕切られているので家族連れや恋人同士で他を気兼ねせずに食事が楽しめる様に配慮されていた。
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小生は❝アンチ❞アルコール人間なので旅先気分だけ楽しめれば充分、なのでノンアルコールビールを注文した。もしかしたら夜中に車で三崎町に行くかも知れないと思ったしね。
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そしてカンパーイ♪独り旅だけど楽しい。
本当はちゃんと大切にしなきゃいけない伴侶と結ばれて夫として奥さんを週末の小旅行御泊りデートで連れて来て「奥さんが一緒に居てくれたらもっと楽しいだろうな」とも思いながら・・・
料理は3000円のコースだが充分品数が出て来た。
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先ず、自家製イカの塩辛、アカモク、鮪角煮、サラダ。
このイカの塩辛が港屋オリジナルの自家製で絶品!御土産でも販売しているのだが、小生は実は市販のイカの塩辛が生臭く感じ食べられない。しかしコレは一口食べて「うんまぁ~(*´ω`*)♡」と思った。
そして・・・
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バチ鮪、イカの刺身。一人分にしては多くて嬉しい♪当然ながら美味い!
何を隠そう、鮪も獣肉も油の多い部位より赤身が好きな小生、これは本当に御馳走なのだがバチ鮪の赤身として港屋サンの御刺身美味しかった!
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そしてメインディッシュの鮪のカマ焼き!
本当ね、これ全部三崎漁港でアラカルトで頼んだらエライ値段に成るよ。
ほぼ体重80kgの男の小生1人分でも少し多く感じる位の量で色んな種類食べれて3000円なら、一人での宿泊で朝食付き9000円+3000円コース=12000円でも安いよ。
これで普通に2人以上で宿泊すれば更に良い料理で1泊1人9000円でしょ?良心的過ぎる!
御主人亡くなったばかりで大変なのに、料理の内容下げないで頑張ってる女将さんの努力を感じる。
写真撮影し忘れたけど、美味しい味噌汁と御飯も出て来たよ。
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そして食後はココアムース。
これで3000円は凄い!この品数を三崎漁港で一人で食べたら凄く高く成ってしまうし量が多く成り食べきれないだろう。このコースを気転を利かせて提供して下さった女将さんに感謝!
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部屋に戻り陽が沈んで濃紺の宇宙の色に戻りつつある空を眺めた。
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夜、部屋に戻ると持ち込んだPC広げて少し物書きしてからPCは片づけ、TVを付けてから海蔵寺で受け取った写経の台紙と御住職が抜粋した金剛般若波羅蜜経の御手本を広げチャレンジした・・・
ここが前回の休日雑記で行ってた「結論から言うと写経は3枚とも書き損じた(笑)」の部分。
・・・3枚とも書き損じて失敗、それから「まぁ~失敗したら日を改めて納経するか!」と直ぐに思い直し、「どうせなら金剛般若波羅蜜経の全文、自分で読んで見て抜粋じゃなくて全部分写経しよう!」とポジティブな方針転換を決めた。改めてPC開いて未読の金剛般若波羅蜜経を調べると全文が愛知県西尾市の岩瀬文庫サンが画像データ化して公開して下さっていたので、改めて写経する御手本も見つかった。
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この後は御土産物屋で購入していた❞いか太郎❞を食べながら、部屋のTVを見て、暫くすると眠く成ったので就寝した。
実は自宅の自分の部屋で寝るのは落ち着かず寝付き悪い小生、この旅館では本当にグッスリと眠れたのだが、不思議とそれ以後、自宅に戻ってもグッスリ眠れる様に成った!
城ヶ島の風土が小生の不眠症気味に成っていたのを解消してくれた様だ。城ヶ島に感謝!

→その③港屋~長津呂~馬の背洞門~城ヶ島商店街~楫の三郎山~灘ヵ崎散歩に続く・・・



















三浦半島の海水浴場も続々と海開き後に海の家も営業開始して、既に海水浴客で賑わっています。
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ザ・作兵衛(石井農園直売所)
三浦海岸から鮪料理を食べる為に三浦市下宮田に差し掛かると、石井農園と言う老舗の大農家が営む直売所が有ります。晩秋に成るとミカン狩りもやっているので結構、小さい子供のいる御家庭やデートのレクリエーションとして有名な農園だったりします。
恐らく平安時代から三浦家臣団だった石井農園の半農武士時代の御先祖様の名前を引き継いだ作兵衛と言う屋号を使った❝ザ・作兵衛❞と言う直売所です。何回か紹介した事が有るかも?
余談ですが、時代劇にも良く出る「兵衛(べえ)」と言う字を代々の名前に含む農家は、どこも明治や江戸時代以前に武士だった家の子孫で、本当に只の農民が勝手に名乗って良い名前では無いんですよ・・・
なんせ「左❝兵衛❞佐(さひょうえのすけ)」とか「右兵衛佐(うひょうえのすけ)」とか、貴族としての官職を与えられた平安時代以来の生粋の武家だった家か、戦国時代に武士として活躍した家だけしか名乗れませんからね。鎌倉~室町時代の三浦家や戦国時代の北条家の殿様がそれぞれの時代に滅亡した際に家臣が武士を辞めて自分の土地で農民として土地開拓をして江戸時代には豪農化していると、作兵衛みたいに代々の屋号として祖先の名前が残って更に苗字も受け継がれていたりする訳です。
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そんな石井農園のザ・作兵衛ですが、本日07月11日から丁度、大玉西瓜の収穫販売が始まっていました。
そして、西瓜も美味しいのですが今週が糖度の最盛期を迎えているのがメロンだそうです!
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1つ500円と安い!
小生も今年も買ってみましたがスンゴイ甘い!
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家族各1人1玉分づつ購入しましたが、安いし本当に良い御土産に成ります。小生は1玉一瞬で食べきってしまいました(笑)。
ホームページも有って、通販もやってるそうです。
ザ・作兵衛ホーム画像拝借 久良岐のよし
さて、このザ・作兵衛のメロン、今週末13日~14日が収穫時期で、それを過ぎると収穫しても美味しくなくなり廃棄しないと行けなくなるそうです。
今が一番、石井農園のメロンが甘い時期な上に今週末が収穫リミット!今週末に三浦海岸や荒井浜や和田長浜や城ヶ島の海水浴場に車で行く御客さん!是非買ってあげて下さい!
万が一に小生のブログのせいで(笑)売り切れていても同じ三浦市内の味の信頼出来る仲の良い農家さんを紹介して下さるそうですから安心して下さい!
本当にメロンも西瓜も言うまでも無く外れが無く美味しい農家さんが石井農園です。宅配もやってますので、冒頭で紹介したザ・作兵衛ホームページから詳細を確認するか、電話で問い合わせして見て下さい!
車で行かれる方は冒頭に紹介した住所をクリックするとGoogleMapにリンクしますので参考にして頂ければ幸いです。
ザ・作兵衛以外にも美味しいメロン作る農園は沢山有るので自分で探して見るのも良いし、外れが無い様に小生の御薦めのザ・作兵衛に行くのも良いし。そこは皆さん次第・・・
では!皆さんにとっても今年が夏の恵みを堪能出来て楽しい事もいっぱい有る良い日々に成りますように~♪

忙しくて歴史解説の歴史旅行向け記事書く暇無いので、頭使ったり古文書読まなくても直ぐに書ける小生の行きつけの中華料理の御店を今回も紹介したいと思います。
仕事関係の都合で場所柄中華街なら写真撮影をランチついでに出来るから最近中華街だらけの記事に成っていますが、別に中華街の回し者じゃないので誤解無き様に(笑)。

さて・・・
横浜中華街には中国に本店のある料理店もいくつか有るのですが、どこも日本人の味覚に合わせた改変が行われている場所だらけで例えば四川料理なのにパンチの無い味、上海料理~蘇州~杭州の中華懐石料理本来の上品さが全くない❝偽❞中華料理が多かったりします。
金香楼 位置 久良岐のよし
しかしながら中華街を横浜スタジアム側の玄武門から入って来て加賀町警察所の直ぐ手前には中国の火鍋の名店❝小尾羊❞の料理と中華懐石料理を提供する❝金香楼(きんこうろう)❞と言う御店が在ります。
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このランチで食べられる壺に入れて提供される牛バラや豚バラ肉の煮込み料理は中国本土で食べるのと同じ本格的な味を楽しむ事が出来ます。スマステーションで香取慎吾君も食べたみたいですね。
御店の外観も凝っていて「中華街に来たぁ~⤴」と言う雰囲気を味わう事が出来ます。

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金香楼(中華懐石料理)×小尾羊(中国火鍋の名店)
※住所クリックでGoogle mapにリンクします!

立派な❝金香楼❞と書かれた扁額が掲げられておりますが、店に行く目印としては❝黄色い瓦屋根の外装❞と火鍋部門の❝小尾羊❞の看板を目印に横浜スタジアム側からもメインストリートの善隣門側からも加賀町警察署を目指して歩けば見つけ易(やす)いと思います。
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ディナータイムは中華の懐石料理も提供する御店なので内装は凝っていますが、高級料理店と言うよりはカップルや観光客が入って嬉しい中華中華した内装に成っています。
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まぁ、玄関辺りは中華街でソコソコの御店に入ると良く有るパターンの内装。

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しかし店内は水路が有り池に浮かぶ島の東屋(あずまや)の様な客席で区画されています。
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これなら高級店然としておらず、且つ中華料理を食べに来た気分に成る食事の空間を演出してくれていますので、県外の友人の来訪の際もランチに来るには良い場所なんですね。
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これがランチメニュー・・・中華街のソコソコの店でこの価格帯はかなり頑張ってると思います。
ライス、スープ御替り自由も凄いでしょう?
そして一番安い700円のランチでもとても美味しいんですよ!小生の御薦めは当然ながら❝壺入りの肉煮込み❞シリーズです♪
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壺肉煮込み
白飯
スープ
甘口麻婆豆腐
前菜
杏仁豆腐
・・・凄いでしょう?これで700円ですよ?
しかも!写真だと判り難いのですが壺に入った肉はゴロゴロ大量です。
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この豚肉の煮込み、本当に中国で食べる味と同じで美味しく御飯が進むんです。
・・・しかも御飯御替りし放題、炭水化物食べると直ぐにデブる縄文遺伝子の強い小生は御飯御替り出来ません(泣)、この日も御替り我慢!
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この煮込みの肉をこうやって持ち上げて~・・・
からの!
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・・・on the 白飯!激ウマ!箸止まらん!
コスパも良い!御替りしなくても充分にお腹もいっぱいに成りますしね~♪
デザートの杏仁豆腐も中華街の高級店と同じ位美味しいですよ!
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食後にはアイスコーヒー出してくれます。

毎回言いますけどね、横浜の中心街の元町中華街界隈に観光に来て、しょうもないファミレスで1000円払って食事したり、せっかく中華街に来てるのに中華料理も食べず肉まんとジュースに800円とか使うんなら、よっぽど金香楼や前回紹介した天龍菜館みたいにメインストリートから少し外れた名店のランチ食べた方がコスパも良いし美味しいんですよ♪
コスパ良い中華街の路地の名店以外にも、横浜観光の際は是非!中華街や横浜港界隈のJACK CAFEやCJ CAFEみたいなアメリカ風洋食屋さんとか、少し良い御店なら昔ながらの洋食が食べられるナポリタン発祥地のニューグランドホテルのレストランや、サンマーメン発祥地の横浜中華街聘珍楼とか、フレンチの名店の元町山手地区の山手十番館とか霧笛楼とか、可愛い洋館でケーキセット食べれる❝えのき亭❞とか、沢山美味しい御店あるのでランチしてみて下さい!

他にも沢山、神奈川県内ローカルでしか食べられない美味しい店が有るので、古文書とか文献読んで現地に写真撮影しに行く暇ない間は又、食事処を紹介する記事書くかも知れませんが御容赦下さいな♪

では、又、次回♪

最近忙しくてガッツリと歴史解説ブログとか旅行雑記を書く事が出来ないので最近仕事のついでにランチに行った横浜中華街中でコスパ最強の名店を紹介したいと思います。
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天龍菜館※住所クリックでGoogle mapにリンクします。
この御店、深夜帯までやっているだけでなく、ランチタイムに行くと凄まじく❝コスパが良い❞んですよ・・・
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主菜は9種類が500円で定食に成ります!
❝料理❞+❝前菜の酢漬け野菜❞+❝米❞+❝スープ❞+❝デザート❞が付いて来るんです!
・・・凄いでしょう?しかもメニューに書いて有りますが、酢漬け野菜と米とスープは食べ放題なんです。
麺類も9種類500円!
店構えは中国現地の商店街に良く有る御店みたいな感じでして、こじんまりとしています。
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このランチメニューの案内が目印。
天龍菜館位置 久良岐のよし
中華街のメインストリートから離れている上に店が目立たない場所に在るので見つけ難いとは思いますが道順を知っていれば直ぐに辿り着けます。
●関内駅から
横浜スタジアム~すきや横の中華街入口北門の❝玄武門❞経由し東に進む~❝善隣門❞(メインストリート入口)を南西に石川町駅方面へ右折~直進~2本目の筋を右折して直ぐ右側。
●石川町駅から
横浜市立みなと総合高校横の入口の西門❝白虎門=延平門❞から中華街に入り直進~1本目を左折して直ぐ右側。
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このお店の隣は中華食材の八百屋なので、そっちに目が向くと見落としてしまいますので注意してください。
この御店のコスパは凄まじいのは先述の通りです。この日は小生は黒酢酢豚の定食を頼みました。
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最初に酢漬け野菜。そして黒酢酢豚+白飯+卵と海苔のスープ+杏仁豆腐
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信じられます?これでスープと酢漬けと白飯食べ放題で500円。無論、何を頼んでもランチメニュー全て500円。凄いでしょ?
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酢豚もかなりのボリュームで食べ応え有りました。
こんな店なので客層もコアで、華僑の若者が数人グループで来ており普通に町の食堂として使っていますね。味も悪くない!
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そして通常メニューも豊富で深夜1時までやっているので居酒屋代わりにも使えます。
これ、小生の様に中国に良く出張している人間とかだとメニュー見ると解りますが向こうの料理名で表記されており日本名は添え書き程度なので「あ~本当に中国の町中の食堂みたいだ~」と感じると思いますよ。
味も現地の食堂の水準で、安く美味しく食べる事が出来ます。
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但し!注意点もあります。
店は狭く少し暗いかな?現地の店の様に少し年季が入っています(笑)。
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テーブル数も4卓と少ない上に、店長が料理を作るので御客サン多いと料理が出て来るまで少し待ちます(笑)。まぁ、御愛嬌!値段以上の価値が有りますからね~。
小さいけどとっても良心的な値段、そして少し中国語が話せる人なら中華街の初代や二代目華僑の若者や留学生と交流する機会も作れる場所でもあります。店長も当然ながら中国人で中国語も日本語も話せますから。

・・・と、天龍菜館の紹介はここまでにして中華街は職場の都合で良く食べに行っていた小生、横浜中華街に観光に来る他地域の人にどうしても教えたいやってはいけない事とお伝えしたいと思います。
【中華街で食べると損する物と理由】
肉饅頭生煎包(焼小籠包)等の饅頭類や、タピオカドリンクの立ち食い。
・・・1個=300~500円、コスパ最悪。普通に500円~1500円の定食の店が中華街には沢山有る。
食べ放題店
・・・1500~4000円・・・質が悪く前日に作り置きして出す直前に油通ししてるだけの店も多い。故意に料理を遅く出す店も多くコスパも最悪。接客も最低な店ばかり。
※横浜大飯店と大珍楼は経験上その限りではなく高級食べ放題だが価格相当に味は美味しかった。接客も以前、個室で食べた時は黒服のウェイターはホテルのレストラン並みに良かった。普通に食べ放題の席では、まぁ、中国人スタッフは華正樓や聘珍楼や満珍楼の様には高い技術が無いけど、幼い甥や姪にも上手く対応してくれたし接客そのものは親切でした。

横浜中華街の肉饅は安くても1個=300~500円します。これを食べなくてもランチタイムの横浜中華街では少し横道に入ると今回紹介する天龍菜館の様にデザートと前菜付きの定食でワンコイン500円~1000円の店が多く有ります。500円で肉饅1個食べて終りと、ちゃんとした中華料理とデザート食べて500円払うのどちらが得でしょうか?考えるまでもありませんね。
2人で定食を提供する店に入れば、主菜2品をシェア出来る上にデザートも食べる事が出来ます

中には❝北京❞の❝獅子頭(巨大煮込み肉団子)❞の様に名物料理を持つ店も有ります。獅門酒楼の様に女性向けの3000円の低価格帯コース料理ランチや、順海閣の様に中国の伝統的な味を守っている上品な味で綺麗な盛り付けの高級店でも2000円前後の御得なランチコースも有ります。
食べ放題には❝味が濃くしょっぱく油ぎって貧相な偽中華料理❞が多いので注意して下さいね。
但(ただ)し、食べ放題の店の中でも❝横浜大飯店❞と❝大珍楼❞は別格に美味しい部類だと思いますので行って損せず値段に見合った思い出を作る事が出来ると思います。この両者は中国人が食べても美味しいと感じる水準に達しており小生の知り合いも「美味しい」と評しています。
さて、上記以外の食べ放題ですが、最近の横浜中華街はコスパ悪くてクソ不味い黄色い看板のチェーン店やら、ゲロ不味くて中国基準で見てもサービスもコスパも最低な❝食べ放題❞の店が増殖して、中華街の雰囲気を悪くしています。
小生や小生の親友達は中華街で食事をする事が良く有るのですが、こんな内情が知れてる中国本国の町の食堂程度の水準と比較しても名目価格だけ安かろう、料理は悪かろうの店ばっかの食べ放題店には絶対に行きません。
まぁ、中国駐在経験の在る人や中華街に職場が近いオフィス街界隈で働く人は良く中華街にランチに来ると思うので小生の言ってる事はよくわかると思います。
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安くて美味しい天龍菜館や脇道の店店、是非皆さん、肉まん食べて終りなんて勿体無いので入って料理を食べて見て下さい!美味しい店が沢山有りますよ。
中でも天龍菜館はコスパNo1♪

では~、夏季は忙しいので又、簡単な記事を書ける暇が有ればちょこちょこ書いて予約公開設定して置きますね~。

神奈川県の西部に行くと小田原市早川以西~湯河原にかけての海は恐ろしい程透明でとても綺麗な事を知っている人は少なくないと思います。
でも川崎市や横浜市や横須賀市、鎌倉市や厚木市や大和市や相模原市、海老名市や高座郡の人は、その西湘の更に西端に負けない程の良水質の海水浴場が直ぐ近くの三浦半島の西側に幾つか有るのを御存知の方は多くはありません。

中には現代では穴場的に成ってしまった昔の観光スポットの海水浴場も有ります。
さて、そんな訳で今日は夏休みの為に小生推薦の良水質の場所2つと、水質は普通だけど風景が綺麗でナンパ目的やチャラい騒ぎたいだけのモラルの低い客の少ないデートや家族向けの海水浴場を紹介したいと思います。

以下、現地写真と、現地を訪問した小生の個人的感想で各項目毎に最大☆5つ~最低☆1つで評価していきます。
※水質に関しては海外のリゾート海岸を☆☆☆☆☆とした時の相対評価とします。
(参考例)
横須賀市観音崎☆☆☆←県内では良水質の水準。
逗子海岸☆☆、江ノ島☆☆←泳げる水準。
横浜市金沢区の海の公園☆←泳ぐの避けた方が良い水準、汚い。
※景色は当然個人的な感想。
※飲酒する人向けにアクセスは電車基準。
合わせてGoogle mapからアドレスとアクセスも転載して置きます。


水質個人評価1位の海水浴場…
●和田長浜(わだなはま)海水浴場
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【水質】☆☆☆☆☆…最良
【景色】☆☆☆  …良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆  …駐車場無料、但し解り難い場所。
【休憩】☆☆☆  …店舗数は少ないが大規模海の家が数軒有り、飲食・トイレに困らない。
ここは平安時代末期~鎌倉時代の名将、和田義盛公が側室の巴御前と住んだ和田城の軍港でもあった砂浜なのですが、とっても神奈川の海水浴場では珍しく海水が完全に透き通っている良い水質を保っています。
海の砂は小粒の砂利なので少し歩き難いが、それをカバーして余り有る水質と景色の良さ。
しかし欠点もあり交通が若干不便で現代では過疎化で最寄りの三崎口駅から直通バスが無くなったので車で来るか最寄りの和田バス停から徒歩16分歩く上に幹線道路から離れた丘の裏側に在(あ)って目立たない。
その分、環境的にも良い事も有り自然の美しさもさる事ながらアホな客が少ない落ち着いた場所な上にちゃんとした大規模な海の家も数軒設営されています。
更に車での移動の人に朗報なのは海の家の真横の県営駐車場が無料で駐車出来ます。
又、三浦海岸や逗子海岸や由比ヶ浜や片瀬江ノ島や鵠沼海岸の様(よう)にアホみたいに人だらけにも成らないしアホみたいな人も集まらない、小さい子のいる家族やカップルが安心して遊べる環境なので昼前に来て夕方までユックリと半日過ごす事が出来ます。
又、和田義盛公と巴御前に縁結びして貰える御利益も有るかも知れませんね♪

●秋谷海岸と立石(神奈川の景勝50選の一つ)
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(立石公園)【水質】☆☆☆☆ …かなり良
【景色】☆☆☆☆☆…最良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆  …立石公園に公共有料駐車場有り、秋谷海岸も港が有料駐車場に成ります。
【休憩】☆☆☆☆ …この時期は周辺の民家が海の家として営業。周辺には美味しいレストラン多数。
ここの海の特徴は水質の良さと、常に凪(なぎ)で波が静かな時が多い浜辺な事。砂も細かいので歩きやすい。
夕刻には神奈川の景勝50選の一つ、秋谷海岸の立石の向こうに富士山が見え、そこに夕日が落ちる景色も見られる。又、周辺に“DON”(←クリックで紹介記事)をはじめとした数軒の有名なレストランが有り、海を眺めながら美味しい食事を楽しむ事が出来るのでデートに最適!家族連れももちろん楽しめる。
立石公園側は浜辺では無くて磯に成っているので幼稚園や小学校の年齢の小さな子に水生生物を観察させる良い場所にも成る。
とにかくロケーションが良いのだが、自然保護地域の為に鉄道のアクセスが頗(すこぶ)る悪いのは仕方が無い。天皇家の葉山御用邸や葉山マリーナも車ならそう遠くは無いので立ち寄る事も出来る。

●長者ヶ崎海水浴場(神奈川の景勝50選の一つ)と葉山町の海水浴場
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※長者ヶ崎、梅雨時の写真なので見栄え悪いが本当は相当綺麗な風景です。
※周辺に一色海岸海水浴場や森戸海岸海水浴場も有りますので、詳しくは"葉山町の公式サイト(→ここクリック)"も参考にして下さい。【水質】☆☆☆  …良
【景色】☆☆☆☆ …かなり良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆  …駐車場有。
【休憩】☆☆☆  …夏季は周辺レストランが海の家も営業します。温泉旅館有り。
神奈川の景勝50選の一つ、長者ヶ崎が直ぐ近くの海水浴場。当然風景が良く天気が良いと夕日に萌える富士山も見る事が出来る。なので泳がなくてもドライブに来る価値もある。
近くには葉山マリーナや森戸海岸、一色海岸等の商業施設や別の海水浴場も有るので込み具合で複数視野に入れて海水浴場を選ぶ事が可能な地域。
近くに大海荘と言う昭和的な民宿規模の天然ラドン温泉の風呂を持つ日本旅館が有り、そこも海の家を営業する。又、大海荘は予約すれば宿泊しなくてもBBQだけでの利用も出来る。しかも宿泊費が安い。
※大海荘の紹介過去記事→(ここクリック!)。
※大海荘の公式ホームページ→(ここクリック!)。

●荒井浜海水浴場(神奈川の景勝50選の一つ、油壷湾から徒歩1分の海)
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【水質】☆☆☆☆☆…最良
【景色】☆☆☆  …良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆☆ …マリンパーク周辺に大駐車場多数有。
【休憩】☆☆☆☆☆…荒井浜にオシャレな海の家多数。周辺はレストラン、ホテルと民宿とペンション多数。更に京急油壺マリンパーク(水族館)も有る。
神奈川の景勝50選の一つ、油津湾と地続きの海水浴場。当然風景は綺麗。水質も良い。そして昭和のリゾート地と発展したが意外に穴場でホテル等の宿泊施設が多数有り、レストランや海鮮料理の食堂も多く有る。
バスの本数が少ないので駅を往復するには若干交通が不便だが、車移動なら何にも問題が無い大駐車場が周辺に幾つも有る。秋篠宮殿下と紀子様達皇族が若いころにデートに良くいらっしゃった油壷マリンパークの水族館はイルカショーも有るので、午前中に水族館を見て昼から海水浴をしたり、ホテルや民宿を予約して宿泊するなら海の家で大いに飲酒も出来る。
又、同地は戦国時代に日本最長の籠城期間を誇った新井城址でもある。その最後の城主の三浦義意公と俗に小桜姫との小説内の仮称で呼ばれる奥方の真里谷武田家姫君の夫妻は縁結びの神様仏様として現代では多くの人に親しまれている縁起の良い海水浴場であり、そして勇敢に戦った名将達の武運にも肖れる神社仏閣も周辺に多数存在する。
三浦義意公と真里谷武田の姫の縁結びの御利益の有る神社や史跡は過去の記事を参考にして下さい→(ここクリック!)。

●白い砂の多々良浜と観音崎海水浴場、観音崎灯台(神奈川の景勝50選の一つ)と観音崎要塞。
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多々良浜(海の家無し)



昭和にリゾート地域として開発されつつも多くの自然を残す場所。特に多々良浜は余り大きくない海岸だが貝殻で出来た天然の白い砂浜でとても美しい。夏季には海水浴場として海開きされる。
又、周辺には観音崎海水浴場や走水海水浴場も有る上に、ホテルや美術館のレストラン、食博施設もあるので泊りがけでも楽しめる。観音崎京急ホテルのビュッフェ"浜木綿(はまゆう)"も有名。
※観音崎京急ホテルのビュッフェ浜木綿を紹介した過去記事→(ここクリック!)
※公式→http://www.kannon-kqh.co.jp/
特に観音崎灯台は恋人同士で散歩に行くと良い思い出作りにも成るし、御当地の観損崎は明治時代に要塞として利用されていたので赤レンガ造りの砲台跡やトンネルも沢山有り、海で泳がなくても良いピクニックにも成る。
電車でもバスでも帰りに横須賀中央駅や汐入駅で降りればドブ板通り商店街でネイビーバーガーを食べる事が出来るので、観光の幅が広い海水浴場とも言える。
※ドブ板通り周辺のネイビーバーガーの名店を紹介した過去記事→(ここクリック!)
また近隣の走水海岸には日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘姫(おとたちばなひめ)の神様の夫婦の縁結びの御利益の有る“走水神社”や、オシャレな"かねよ食堂"も有る。
※かねよ食堂を紹介した過去記事→かねよ食堂…神話の海岸の素敵な食堂?実際はレストランBar?

●城ヶ島海水浴場(神奈川の景勝50選の一つ、城ヶ島と大橋)と城ヶ島公園の海
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※城ヶ島海水浴場
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※城ヶ島公園の海
【城ヶ島公園】※海水浴場ではありませんが自己責任で泳げます。海の家無し。
【水質】
 海水浴場  ☆☆   …泳げる海だが漁港に面していて透明度は高くない。    
 城ヶ島公園 ☆☆☆☆☆…最高の透明度
【景色】
 海水浴場周辺☆☆☆  …北原白秋も詩を読んでいる。現代では建物も多い。 
 城ヶ島公園 ☆☆☆☆☆…北側は貝殻の砂浜と南側は切り立った崖の2種類の海と富士山も見える。
【電車】   ☆☆   …若干不便
【  車  】   ☆☆☆☆ …周辺に大規模な駐車場多数。
【休憩】   ☆☆☆☆☆…現地や周辺にリゾートホテル、旅館、民宿、レストラン、食堂、すし屋多数有り。但し海の家は未確認。海水浴客は良く見かける。
神奈川の景勝50選の一つ:城ヶ島と大橋、そして神奈川屈指の景勝地の城ヶ島公園を抱える明治時代からのリゾート地。対岸には鮪(まぐろ)の水揚げされる観光漁港として有名な三崎漁港も有り、車で行くならば1日楽しめる。
海水浴場側の海は横浜の海水浴場より綺麗だが、物凄く透明な訳では無い。しかしながら城ヶ島公園の保護された海の透明度は神奈川県内随一の水質の良さを誇っている。
車なら油壷マリンパークも近く、先述の通り三崎漁港も近く、周辺を含めると城ヶ島で1泊2日滞在したい所。とにかく美味しい海鮮料理の店が多いので、食べる事にも比重を置くなら間違いのない観光地。
但し海の家は未確認。海水浴客は良く見かける。多くの海水浴客はペンションや旅館の客と思われる。
BBQも出来る。
三崎漁港の鮪料理の名店
紀の代を紹介した記事はココをクリック!
黒羽亭を紹介した記事はココをクリック!
又、三崎漁港ではユネスコに世界無形文化遺産登録された御祭り「チャッキラコ」も1月に開催される。
チャッキラコを紹介した記事はココをクリック!

この他にも風景と水質の優れた海辺も多数有るのですが、海水浴場では無い泳げない場所や海の家の無い場所、紹介しなくてもメジャー過ぎる場所ばかりなのでここまでにしておきます。

皆さんの夏の参考に成れば幸いです。
では!又、次の記事で御会いしましょう!











2018年06月01日金曜日、小生は休み。
午前中は某外国語学校、そして日本のアウトレット先駈けとして一時代を築いた❝横浜ベイサイドマリーナアウトレット❞が本年09月をもって一時営業終了し、09月02日~2年間かけて3F建ての新施設建造リニューアル工事するとの事。小生行きつけの店から閉店セールの通知が来ていたので行って見る事にした。
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❝恋雨❞のロケ地でもある杉田から横浜シーサイドラインに乗車してベイサイドマリーナにて買物した後に、恋雨の聖地巡りをする計画で行動。
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久しく乗車していなかったが、このシーサイドライン沿線もドラマやアニメのロケ地に良く成っている。
釣りバカ日誌や、最近じゃ不倫ドラマ❝昼顔❞なんかも度々このシーサイドライン沿線でロケしている。
ベイサイドマリーナのアウトレットは❝鳥浜駅❞で下車。
ダイエットも結果を出してアスリート体型に成れたので一段落、祝杯代わりにソフトクリームとアイスコーヒーを堪能した(笑)。
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ところで、ベイサイドマリーナのアウトレットの閉店セール、本当に安かった!
凄い物は50%OFF!更にそこから4点買えば20%値引きの更に三井アウトレットパークのクレジットカードで支払いして5%割引で、何と小生は服をチノパン1着とシャツ3着の合計4着購入、定価で2万円強の価格の品が1万円チョイで購入する事が出来た。

さて、買い物が終わると❝恋雨聖地巡り❞の一箇所でもあり交通の要所として聖地巡り基点として適した杉田に戻った。
恋は雨上がりのように 公式ホームページタイトル画像 久良岐のよし
この日は❝恋は雨上がりのように❞のロケ地で歴史ブログ書くために散々横浜市内の住宅街も走り回って自分の見知っている場所を写真に撮影したかった事も有り、ロケ地の一つである屛風ヶ浦~杉田商店街の間の住宅街等は車を停めれないので公共交通機関と徒歩を駆使して移動する事にしていたからね。
まぁ、主人公の❝あきら❞サンも電車とバスで風見沢高校まで通学してる設定だしね~。

杉田からはロケ地の港南台円海山へ行くのにJR新杉田駅から港南台駅にも出られるし、杉田駅近くのロケ地を見た後でバスで舞台の氷取沢高校方面やロケ地の能見台~氷取沢地区にも行ける。
無論、今回は廻らなかったがロケ地である京急能見台駅やJR桜木町駅前のジョナサンにもアクセスしやすい。

今回小生が訪問したロケ地は以下の通りで、その最寄り駅は下のGoogleearth画像に表示した場所だ。
恋は雨上がりのように ロケ地最寄り駅 久良岐のよし
だいたいの場所を知っていて訪問し詳細特定したロケ地は以下の通り。
●学校を駆け出してドリフトする直角クランク交差点
・・・最寄り駅=1,JR新杉田駅or京急杉田駅、2,能見台駅
1,杉田駅or新杉田駅~横浜市営バス杉田小学校前(バス停)~下ヶ谷(バス停)~徒歩8分
2,能見台駅~京急バス能見台駅(バス停)~能見台1丁目(バス停)~徒歩2分

●雨の日に傘を差さずに下校する時に通るコンクリートブロック擁壁
・・・最寄り駅=同上

●京急線のアンダーパス
・・・最寄り駅=JR新杉田駅~徒歩8分、京急杉田駅~徒歩4分

●町を見下ろす風景の長い下り坂
・・・最寄り駅=JR港南台駅
1,JR港南台駅~市営バス港南台駅(バス停)~港南環境センター前(バス停)~徒歩8分
2,JR港南台駅~徒歩20分


では映画の予告動画の画像と、実際に小生が現地で撮影して来た写真で比較しつつ周辺情報も交えて紹介したいと思う。

●学校を駆け出してドリフトする直角クランク交差点・・氷取沢高校近くの能見台グラウンド前
恋は雨上がりのように 氷取沢 久良岐のよし
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住所クリック⤵でGoogleMapにリンクします!
〒236-0057 神奈川県横浜市金沢区能見台1丁目
ここ等辺りは円海山の麓(ふもと)に住む小生にとっては庭みたいな場所なので団地の映像を見て直ぐに解った。近くには日本100名城の一つ八王子城を縄張(なわばり=設計)した間宮綱信公の居館である氷取沢陣屋と横浜市が保護せずマンション建設で破壊された陣屋址に在った氷取沢間宮家の土地神様の氷取沢神社や間宮綱信公の菩提寺の宝勝寺も存在する。参拝すれば知恵者であり北条家外交官として織田信長公に厚遇された間宮綱信公の外交的なセンスと知力の御利益に預かれるかもしれない(笑)。
それと、横浜家系ラーメンの創始者である総本山吉村家の吉村社長の愛弟子の中で杉田家の津村サンと1、2を争う実力者として有名な鶴巻サンの店の王道之印も近くに存在する。
※紹介した観光名所のGoogle mapリンク
→王道之印(横浜家系ラーメン創始者吉村社長の有名な弟子、鶴巻氏の店)
→氷取沢神社(八王子城縄張り、北条家外交官として織田信長公との外交で活躍した間宮綱信公の土地神様)
→宝勝寺(間宮綱信公の菩提寺で、室町幕府鎌倉府の最後の鎌倉公方である足利成氏公所縁の寺)

●雨の日に傘を差さずに下校する時に通るコンクリートブロック擁壁・・・能見台グラウンド横のメガロン能見台擁壁
恋は雨上がりのように 予告 タイトル
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GoogleMapにリンク⤵
〒236-0057 神奈川県横浜市金沢区能見台2丁目
最初、氷取沢高校の横のバス停前かと思ったが、現地に行って見て改めて地形を観察するとバス停付近の擁壁道路には実際は歩道が有り又、ブロック擁壁の下には画像と違って路肩が無かったので直ぐにバス停の傍がロケ地ではない事が判った。
・・・これも城跡を多く見て地形観察する眼力が向上した賜物か(笑)。
それで「あ~団地の周りだコレ」と解った・・・
更に映像をスマホで見て観察すると、コンクリート擁壁の排水管から❝コンクリートの石灰質が溶解して出来た白い染み❞の存在に気が付いた。それでピンと来たのだが、先に紹介した❝ドリフトT字路(笑)❞の能見台グラウンド隣のメガロン能見台と言う集合住宅の台地の擁壁コンクリートに雨水で出来た石灰質の染みが有るのでドンピシャで当該地形を特定出来た。

●京急線のアンダーパス(熊野神社泉蔵院参道)・・・京急杉田駅北側、杉田小学校西側のアンダーパス
恋は雨上がりのように 杉田ロケ地 久良岐のよし
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GoogleMapにリンク⤵
〒235-0036 神奈川県横浜市磯子区中原4丁目2
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ここは地元、磯子区杉田のゆるキャラのウメニ―に特定して貰った(笑)。
地形的に屛風ヶ浦~杉田の間だとは推察していたのだがハッキリ解らなかったのでウメニーに憑依している人(笑)に聞いた所、ウメニ―は小生のスクショ見て瞬殺で特定してくれた。
源頼朝公が鎌倉市山崎に昔は存在した修験道の聖地、山崎泉蔵院の高僧に命じて開かせた泉蔵院熊野神社の参道の石碑が目印。
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杉田駅側から屛風ヶ浦駅側に向かって歩くと熊野神社参道の石碑が在る徒歩3分位の位置。
杉田は徳川家康公の参謀で江戸幕府初代鷹匠頭を務めた間宮信繁公の旧領で、関ヶ原の戦いで徳川軍を勝利させた名軍師。特殊部隊である鷹匠鉄砲部隊50人で毛利家の本陣南宮山を偵察し徳川本隊3万を前進させ小早川勢寝返りを誘引させる事に成功させた人物。そして戦国時代~昭和初期まで高級梅として有名だった幻の杉田梅の杉田梅林を植林させた人物でもある。杉田梅林は明治に成っても皇族が度々訪れる観光名所として有名だったが皇族の聖跡の杉田梅林も横浜市役所が戦後保護を怠り開発許可を出し消滅させた。杉田梅は現在では小田原市曽我梅林に植林された物が現存する。杉田商店街に在る❝菓子一❞と言う和菓子屋で、杉田梅林文化を受け継いだ梅の和菓子を現在も販売していたりするので御土産に御薦め!泉蔵院は源頼朝公や北条家最強の黄備え隊大将北条綱成公の副将だった間宮家の信仰を集めた神社なので必勝祈願の御利益も期待できる。近くには日本武尊伝説の聖地が弘法大師によって仏教化され戦国時代に間宮信繁公等杉田間宮家の菩提寺に成った牛頭山妙法寺も在る。又、臨済宗関東十刹の一つで大きな釈迦堂が現存する東漸寺も存在する。何(いず)れを御参りしても知恵と勝利の御利益が期待出来る。
※紹介した観光名所のGoogle mapリンク
泉蔵院熊野神社(源頼朝公が開き間宮家が支援した勝負と治水の神様のパワースポット)
菓子一(昭和初期までの横浜名物杉田梅の文化を継いだ和菓子店)
東漸寺(鎌倉幕府名越北条家が再興し、戦国時代に間宮家が支援した臨済宗の名古刹)
妙法寺(日本武尊神話の舞台の一つで、徳川家康公の参謀の間宮信繁公の菩提寺)
杉田家(新杉田駅近くの横浜家系ラーメン発祥地で吉村家旧店舗前に在る吉村社長の秘蔵っ子、津村サンの店)
ついでにウメニ―は杉田小学校の生徒が生み出したキャラクターなので、出来れば皆で子供を育て可愛がる様に❝恋あめファン❞にもTwitterフォローして頂けると旧久良岐郡民の小生としても嬉しい。
ウメニ―のTwitter→https://twitter.com/umeny_sugita

●町を見下ろす風景の長い下り坂・・・円海山山頂下の坂道
恋は雨上がりのように 円海山 久良岐のよし
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GoogleMapにリンク⤵
〒234‐0054 神奈川県横浜市港南区港南台8丁目
実は横浜市で標高最高地の円海山でロケされている。ここに至る目標としてはGoogleMapで❝円海山❞とさえキーワード入力すれば誰でも来られる場所。バスに乗らなくても歩いて来る事も出来る。
横浜市では貴重な鎌倉市まで繋がる大森林が現存し自然公園として歴代横浜市長に守られて来たので、円海山山麓の瀬上沢は現在でも蛍の大生息地として有名。又、一年を通じて晴天の日には夕焼けに染まる富士山やダイヤモンド富士、そして横浜市最高所からの夜景の名所として横浜市民に愛されている。
しかし近年、東急グループが土地を買収し自然破壊と蛍生息地が壊滅する宅地開発を計画し林文子市長も歴代市長の自然と円海山の保護政策を否定する東急グループ擁護発言を行い、林文子市長と東急グループにより現在の映画ロケ地や横浜市最後の蛍群生地と自然は破壊の危機に神している。
円海山山頂へ続く長い坂のロケ地位置GoogleMapリンク
円海山の蛍の大生息地瀬上沢と富士山と夜景の絶景スポット写真紹介記事リンク

因(ちな)みにTwitterで小生が暴露した❝恋あめ❞の舞台❝風見沢❞の架空地名由来、反響が大きかったので少し紹介したいと思う・・・
風見沢は実は小生のハンドルネームの❝久良岐のよし❞の元ネタである横浜市南部の旧行政区分:久良岐郡に存在した地名に由来している。
風見沢、この仮の地名は実名しないが、由来に成った場所は舞台と整合しハッキリしている・・・
風・・・屛❝風❞浦(びょうぶがうら)
見・・・能❝見❞台(のうけんだい)
沢・・・氷取❝沢❞(ひとりざわ)
・・・この上記の町名や江戸時代までの旧地名から駅名やバス停の地名として残る場所をくっつけてつくられている。そして、これらの舞台は横浜らしい坂の多い旧久良岐郡地域の丘の上に面した場所なのでロケ地にも坂道が多く登場する訳だ。
現在、❝屛風ヶ浦❞と言う明治まで別荘地として繁栄した風光明媚な断崖絶壁の海岸が横浜市中区~横須賀市域まで10km近く長く続く地形に由来した住所は、他地域からの移住者役人だらけのアホの横浜市役所と旧郵政省によって消滅させられ存在しない。埋立地にして景勝地を消滅させてしまった事を隠蔽する為か屛風ヶ浦の地名ごと消し去られたが、それに歯向かう様に郷土横浜の景勝地だった文化を引き継ぐハマっ子達と京浜急行電鉄は駅名や店舗の支店名として今でも屛風浦駅近辺に旧景勝地の誇りを引き継いでいたりする。
恋は雨上がりのように ロケ地周辺地形 久良岐のよし
御覧の通り、舞台の中心である能見台~杉田~本牧半島にかけて現在でも旧海岸線は断崖絶壁の海蝕岸壁丘陵が続く。もっとも、海蝕岸壁とは言われるが当該地は応長の大津波の伝承や三浦半島の西側が隆起し東側が沈下するプレートの境界線である事からも、この崖は巨大な断層と考えた方が自然だろう。
能見台は江戸時代迄は東青野台と富岡と呼ばれた地域を宅地開発した際に新設された地所名で、丘の上に閑静な住宅地が広がる。元々は兼好法師こと徒然草の筆者で真言宗の僧侶だった吉田兼好が愛して住した金沢八景の景勝の由来に成った地域を一望できる能見堂と言う禅宗曹洞派の仏教草庵の寺院名が由来と成っている。
氷取沢は地名由来に諸説有る。一説には鎌倉幕府の将軍や執権北条家、その後の室町幕府鎌倉府の鎌倉公方に献上する氷室(ひむろ=氷の貯蔵庫)や氷その物を採取する沢が有ったからとも言われているが、小生の様な歴史オタクや郷土史家の多くの意見としては氷取沢地名の由来は、そもそも❝氷❞取沢は❝火❞取沢と書き製鉄の盛んだった場所で戦国時代にも鍛冶師が住した地域なので蹈鞴(たたら)製鉄の溶鉱炉の灯りが夜も明々(あかあか)としている火の燃える様子に由来すると言う説も可能性として指摘する所でもある。
そんな地域で奈良時代には先進的な地域で鎌倉時代には武家最高の教養を備えた金澤北条家と名越北条家の根拠地だったのだが、鎌倉幕府を攻撃した新田義貞の乱暴狼藉で周辺地域は多くの神社仏閣や村々は略奪の被害に遭い焼き討ちされ室町時代に一時期荒廃した歴史も有る。
戦国時代には江戸時代の杉田玄白や間宮林蔵や間宮士信等凄まじい学者達の祖先であり、北条家五色備え黄備え隊の軍師副将として活躍した間宮康俊公や徳川家康公の参謀として活躍した間宮信繁公や間宮直元公、東京都の浅草寺の僧正を輩出した伊丹家の根拠地だった場所でもある。
主人公の❝あきら❞サンが通い、恐らく原作者の❝眉月じゅん❞先生が愛した屛風ヶ浦~杉田~富岡~能見台~円海山は、戦後の横浜市役所が景勝地の自然を破壊するまでの昭和初期までは鎌倉以来の武士団の文化教養として源頼朝公や金沢北条実時公や北条早雲公や太田道灌公や徳川家康公にも大切にされ観光地として有名だった場所なんだな。
そこで作者の眉月先生も人生の一時期を主人公あきらサンみたいに過したんですね~。

さて、余り歴史に興味が無いかも知れない❝恋あめ❞ファンもいるかも知れませんが、舞台の町、そして架空の人物だけど主人公あきらサンや店長が働く能見台の町、ロケ地となった横浜市金沢区~磯子区~港南区~中区一帯の事、少しは興味持って貰えたでしょうか?
少しだけ紹介しましたが、このロケ地周辺には歴史偉人が大切にした御利益の有るパワースポットの神社仏閣御や蛍が大量に見れる横浜市最後の自然の聖地や、戦国時代以来の横浜の梅文化に根付いた美味しい和菓子屋さんや横浜家系の発祥地杉田駅周辺には家系総本山吉村家の吉村社長直弟子のラーメン屋サンも有ります。
皆さんが恋アメ聖地巡りの際の食事や観光や土産の参考に成れば幸いと思い、記事にしました。

では、皆さんにとって、この映画とロケ地巡りが良い人生の糧に成ります様に願います♪

・・・次に書く記事ではガッチガチの歴史解説か鎌倉の秘密のパワースポットの紹介をすると思います。

今年ももう直ぐ円海山で蛍が見れる季節に成ります。
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2017年の6月の写真です。
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円海山 瀬上沢ホタル群生地←Googlemap地図にリンク!
円海山蛍の生息地 久良岐のよし
場所は円海山の瀬上池~旧上郷高校=現在の栄高校~思金神社への遊歩道を流れる瀬上沢の渓流沿いです。
観察マナーについては、色んな考えも有れば何も考えていない人、自分達のローカルルールをさも当たり前の様に押し付ける人もいて千差万別、これも文末で解説したいと思います。
蛍、小生の小さいころ、ん十年も昔はもっとわさわさ見れたのですが、横浜市教育委員会の怠慢と林文子市長による円海山の開発容認で横浜市最大規模の自然公園ごと絶滅の危機に瀕しています。
瀬上沢蛍の観察可能な場所 久良岐のよし
個体数の激減の原因は過去に開発されてしまった庄戸地区とみどりが丘の宅地化による環境の悪化、それに加えて過去の横浜市による誤った公園整備によって天然のフナが居た瀬上沢が重機で荒らされてしまったり蛍だけでなく生態系も破壊してしまった訳ですが・・・
現在、僅かに生き残った蛍に止めを刺そうとしている組織がいます。
それが東急グループの土地買収による宅地化構想と、歴代市長が守って来た円海山の自然環境保全を事実上放棄して東急に対して土地放棄や買収等の対価を払う等の対案を示さず、それどころか円海山の林道整備すら放棄して丸で段階的に宅地化を容認する構えの様な言動しか現状していない林文子市長と円海山の史跡と自然環境の保護を怠っている横浜市教育委員会です。
過去の記事の転載も交えて説明したいと思います。

先ず、円海山その物を知らない人が多いと思います・・・
円海山は横浜市栄区港南区金沢区磯子区にまたがり鎌倉に続く自然公園です。 
鎌倉横浜に古代文化の基礎を醸成した地域でもあります。
この円海山、実は横浜市で一番標高の高い山で、山頂からは天気が良いとこの様に頂上近くからは富士山も綺麗に見えます。
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正月の朝焼けの赤富士や・・・
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一年を通じて夕焼けに染まる赤富士の写真撮影スポットとして非常に有名です。
横浜市で一番高い所なので、富士山とは反対側の海側の畑から見える横浜港の夜景も当然ながらとても綺麗です。
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この夜景スポットにはベンチが有り、冬でも良くカップルが夜景を見に来ています。
実はこの山、歩いて鎌倉まで行ける遊歩道があり、それらは「鎌倉早駆けの道」と言う史跡でもあります。
更に‼︎
蛍(ほたる)の横浜市内での貴重な生息地なんです!
その場所は瀬上池と、その池に注ぐ自然の沢を集めた池から再び流れる貴重な水源地帯の瀬上沢です。
この小川が瀬上沢ですが、こんな不必要な護岸工事が横浜市の建設利権の為か環境整備局の不見識か行われてしまったせいで天然のフナは姿を消しました。
当時、環境整備局の前身組織の負の遺産ですね。挙句の果てに保持が怠られているのが現状です。
歴代市長から保護され多くの市民の憩いの場として解放されてますが、小生も子供の頃よく、ザリガニを採(と)りに来たり野山を駆け巡りに友達と遊びに来ていました。釣りはやりませんでしたが友人達はよくフナを釣りに瀬上池や瀬上沢にも来ていました。
子供が自由に川遊び出来る横浜南部の最後の水源地帯がこの円海山の沢で、特にこの瀬上沢と大岡川源流笹下川上流の金沢区の大谷戸(おおやと)側の沢が状態が良いんです。
写真は円海山大谷戸広場側です。
昔ながらの貴重な里山保存区域です。綺麗な昔ながらの鎌倉近隣の原風景でしょ?
本当、貴重な自然と里山なんです。

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金沢市民の森側、大谷戸広場付近は護岸工事されずに一部上流だけ源流が昔のままの沢の姿を保っています。

写真撮影した季節は冬で川で遊ぶ子供も流石にいませんが…
此処(ここ)瀬上沢には貴重な淡水の貝の化石群の地層が露出した場所があり、更に奈良時代の古代のタタラ製鉄の史跡も出土した場所でもあり…
 
灌漑水田史跡でもあり、重ねて言いますが平安〜室町時代の鎌倉早駆けの道と合わせて非常に貴重な史跡群でもあります。
 
昔の市長達の遺志を踏みにじる東急と林さん。
東急の土地買収で茅が生えて「神社に売るんか(笑)!」ってのが現状です。
以前の市長達により、瀬上池周辺は遊歩道や釣り用の桟橋が設けられていて新春にもなると釣りをする子供や、お弁当作ってピクニックに来た家族連れなんかで、ほのぼのとした空気が感じられる場所です。しかし多くの林道は林市長に成ってから保全されず、通行止めの箇所が異常増加中・・・
今の横浜市長の林文子さんは、どうも保護に熱心ではなく寧ろ開発準備してる側のようですが、昔からの地域のボランティアが自主的に子供の遊び場を守って下さってます。
だから幼稚園小学生くらいのお子さんがいる御家族には暖かく成れば、オススメの自然の中の水遊び場ですよ!
この池が瀬上池。
小生が子供の頃、友人達は釣りが自由に出来るここに来てはフナや鯉なんかを釣っていました。
…小生は、もっぱらザリガニ専門でしたが(笑)。

しかし、最近は今の林横浜市長の施政下で、倒木の処理などが放置され林道が通行止めにされてしまっている所が多くあります。
この下の写真の「尾根道から護念寺への道」も、さも通行出来るような案内板ですが、実際は鉄柵で封鎖され市民が通行出来なくされています。
別に道が崩落している訳ではありません。
横浜市が業者に開発させる前振り?

しかも、此(こ)の道の先は古典落語「強情灸」の舞台になり江戸時代から昭和初期まで、お灸治療の本場峰の灸として観光客と治療客で栄えた竹林の美しい円海山護念寺に通じているので、早く再開通させるべき所なんです。
※円海山護念寺の風景と歴史については「ココ」←クリック!
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ついでに言えば、昔は護念寺の本院だった阿弥陀寺は浄土宗の総本山である知恩院の住職を務められた了鑑大僧正を輩出した名刹だったりもします。最古参の旦那は苅部(かるべ)氏で、元は戦国時代に鎌倉公方代理を務めた蒔田吉良家の吉良頼康公の重臣の子孫に当たります。
蒔田吉良家は戦国時代初期には世田谷を本拠地にした足利家の中で一番格の高い足利家の一族でした。
北条家に従属しながらも吉良様や蒔田御所と敬意を特に払われた高貴な殿様の重臣だったのが苅部家です。
蒔田吉良家は戦国時代末期には横浜市南区の蒔田城を本拠地にして、鎌倉公方代理を務めたので蒔田御所と呼ばれていました。
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上の写真は世田谷豪徳寺の三重塔です。豪徳寺の所在地が蒔田吉良家の初期と終焉の頃の居城の世田谷城址です。
この苅部一族の菩提寺の在る円海山一帯を江戸時代に抑えていたのが氷取沢領主として徳川家康公直属の旗本と成った北条旧臣の間宮綱信公や間宮家本家の笹下間宮の間宮直元公です。
生野代官所位置関係 久良岐のよし
上の画像は朝来市教育委員会様に提供頂いた資料をGoogle earthに張り付けた生野代官所の縄張り図です。
間宮直元公は但馬銀山や金山を含めた但馬国内の江戸幕府直営の施設や領地を治める但馬奉行として生野代官所に居り、同時に現在の横浜市中部沿岸部を治める本牧奉行を務め、徳川家康公からも信任が厚かった人物です。
大久保長安が経営失敗して業績不振だった佐渡金山の業績を好転させるべく、徳川家康公の命令で但馬銀山経営のノウハウを持って佐渡に支援に行き、瞬く間に業績を好転させた事から大久保長安の失脚後は佐渡奉行も兼任した名経営者の御奉行様でした。
更に大坂城の真田丸や総構えの埋め立て作戦を立案し、直接徳川家康公に献策したのも間宮直元公でした。
その菩提寺が円海山山麓、笹下川を挟んで反対に位置する場所に在る妙蓮寺です。
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ここには昭和期まで御神廟に間宮直元公の彫像が祀られていましたが、残念ながら火災で焼失してしましました。
新編武蔵風土記稿 間宮直元公木造 久良岐のよし
新編武蔵風土記稿に掲載されているのが上の写生図。
下は間宮一族の間宮さんが焼失前に撮影した実物の画像です。
間宮直元公木造 妙蓮寺旧蔵も火災で焼失 久良岐のよし
円海山から釜利谷に抜け鎌倉に至る六浦道=金澤道、つまり現代の笹下釜利谷道路と円海山の間道を抑えたのが間宮綱信公です。
間宮綱信公は北条家の外交官として織田信長公にも謁見した人物で、八王子城主で北条家No,2の北条氏照公の付家老(つけがろう=組織上の補佐役だが家臣では無く、主家の家臣のまま出向した家老)を務めた人物です。
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上の写真は八王子城址。現代では日本100名城の一つにも選定されていますが、この城の縄張り、つまり設計を担当したのが間宮綱信公と八王子の現地では伝わっています。
残念ながら八王子城は要害部の完成前に農民と姫様や僅かの守備軍しかいない状況で、豊臣秀吉の配下と成った上杉景勝公、真田昌幸公、前田利家と裏切者の大道寺政繁の大軍勢によって攻め落とされてしまいました。
元は吉良家の北条家臣化後の北条家臣として間宮家の同僚に当たる苅部家、そして北見(喜多見)家、そして北条氏照公与力の重臣として間宮綱信公の格下同僚だった金子家、間宮本家の仕えた玉縄北条家で間宮家の格下同僚だった岡本家等、現在も円海山周辺には多くの旧北条家臣団の苗字が残るのは、江戸時代に間宮家が幕府の奉行職を歴任し、大変栄えたので北条家解体後に元同僚の伝手(つて)で間宮家に与力として仕えた為でしょう。

円海山からは、そんな戦国時代の偉人達の足跡も辿る事が出来ます。
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そして現在では余り知る人も少なくなりましたが古代の神々の参謀を務めた思金神を祀る思金神社も瀬上沢の先に在ります。
この思金神社に合祀された廃社の旧白山社も瀬上沢と山を挟んで反対側、市の教育委員会が自然保護を怠った庄戸地区に在り、その参道の前を流れる鼬川に掛かる橋は昇龍橋と言います。
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横浜市教育委員会では無く神奈川県土木部道路整備課によって神奈川の橋100選に選定されました。
この鼬川周辺も昔は蛍を見る事が出来ましたが、先述の通り自然環境の悪化で今では・・・
思金神社の丁度反対側の辺り、瀬上川の河畔には昔の水田への灌漑施設の隧道が残っています。
 
ここは円海山で貴重な淡水の貝の化石群地層が露出している場所です。
昔の人が、灌漑水田に水を引き入れる為に作った手掘りの隧道(すいどう=トンネル)のある壁面と地続きの山が全て化石群の地層です。
以前は子供も自由に出入りして遊べました。
周辺を東急が宅地開発しようとしはじめた頃に横浜市大が保護を試みましたが、最近は東急が自然環境保全地である事や市民の憩いの場である事を無視し、周辺から市民を締め出し開発準備を始めてしまっています。
昔からの文化醸成地や市民の憩いの場を蹂躙する東急建設と、それを容認する環境整備局そして陳情を見殺しにする現横浜市長の林文子市長の暴挙ですね。
林文子市長は事前の保護も開発阻止も自然環境保護の先手も打たず陳情に対して・・・
「地権者が開発したいんだから邪魔出来ねぇ~し知らね」
・・・と言う事を言っています。
彼等がもし、無碍にこの瀬上沢一帯を開発したら、この自然環境は2度とは戻りません。

庶民に阻止は出来るか微妙ですが、もし開発すれば近隣に留まらず、貴重な自然公園に連なる遊歩道や沢の自然環境を破壊した歴史を事実としてどの政党が支持した、どの市長の時代に、どの土建屋が瀬上沢と遊歩道の自然環境を破壊したか歴史偉人達の遺産を踏みにじったか我々で語り継いで行きますよと。
林市長、東急さん、きっと瀬上沢の重要性再認識してくれると…

皆んなで淡々と事実拡散するしか蛍の住める環境を含めた自然環境を守るには出来ません。
近隣の歴史を語り継いできた寺院や神社の鎮守の森でもありますから。
執政者と開発業者の責任者の名前と経営者の名前を負の歴史として記録して永久に地域で残します。
それが民主主義で出来る事。
陳情に色良いレスポンスないんだから、やったら責任は歴史に刻んで後世に判断して貰いましょう。
この他にも円海山だけでなく横浜市内には腐る程、間宮家関連、蒔田吉良家関連の神社仏閣が有り、円海山の開発が進めが情報も檀家氏子で共有し更に間宮会から世間にも拡散されて行く事に成るでしょう。
この手の自然保護活動と破壊に関心の高い新聞社も間宮家の研究に熱心な某所に出入りしていますし。
東京の蒔田吉良家臣団の御子孫とも連携出来ますしね~。

まぁ、今なら東急さんも林市長も横浜の自然環境を守った偉大な英雄に成れるかも知れないけど。

さて、皆さん、円海山と瀬上沢の自然環境と風景と歴史が非常に貴重で、尚且つ子供が安心して遊べる自然公園である事は御理解頂けましたでしょうか?

瀬上池手前に使われていない畑があります。
あそこを自転車用の駐輪場にし、山頂のスポーツ広場を休日に駐車場として解放し尾根道に歩道を繋げ、昔みたいに家族連れも行きやすい環境を整えて欲しいな〜とか改善案はあるんですがね〜。

円海山は横浜市民や鎌倉市民にとって大切な場所なんですね。

この綺麗な風景と自然と歴史…
我々が先人から受け継いだ様に、何とか次代の更に先の子孫達まで残してあげたいですね。
円海山は文化なんです。

さて蛍が見える場所は横浜市栄区の旧上郷高校、今の栄高校のすぐ下の谷に流れる瀬上沢です。 
瀬上池の位置
今月の写真を交えつつ、観察or鑑賞マナーについて書いてみます。
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先ず、小生の様にフラッシュを焚いた蛍その物の写真を撮影したい方は以下の点に留意するべきです。
●他の鑑賞者のいる時間帯にフラッシュを焚いて撮影しない・・・他の人が蛍の光を見えなく成ります。
※小生は毎回深夜の1時~4時頃、誰もいない中、必要が有れば川に入って撮影しています。
※蛍はフラッシュ焚いて撮影しても、連写しないで数十秒間を置けば光る事を止めません。
●暗がり対策で持参した懐中電灯で照らし続けるのは止めましょう。
※フラッシュより観察や位置確認の為でも懐中電灯で照らし続ける方が蛍が光るのを止めてしまします。
●深夜遅くて暗くて怖かろうが1人で行ってヒッソリと撮影&観察した方が良いでしょう。
※複数人で言って話し声や大勢の気配がすると逃げてしまいますし、何より深夜に御近所に民家も1軒有るので迷惑に成ります。
※先述の通り、小生は必要が有れば川に足つかったりしながら、蛍の見える位置に回り込んで撮影します。蛍を動かしたり捕まえて撮影しない為の行動です。
●深夜に大勢で鑑賞会なんて絶対にするなよ。近所迷惑だから。
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以下当たり前の事。
●円海山は火気厳禁です。タバコはポイ捨て以前に吸うな馬鹿野郎。当然花火も焚火もするな。
●大勢で押しかけるな。家族や少数の友人と行き静かに鑑賞しないと近所住人に迷惑。
●他の鑑賞者がいる状況でフラッシュ撮影するな。先述の通り。
※どうしてもやりたければ、小生の様に深夜に懐中電灯も持たずに一人で行って、時間間隔空けながら撮影しましょう。そうすれば迷惑にも成らないし蛍も光るのを止めません。
●18歳以下の学生は夜間外出を控えましょう、根本的に22時以降に蛍を鑑賞していたら警察に補導されますよ。当該地域周辺は警察官が巡回しています。
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この写真はフラッシュ焚いた数十秒後に再撮影した写真。
あと、蛍が尻の光を点滅すると思ってる人いますけど、蛍って点灯しっぱなしの子もいるんですよ~。
この子は点灯しっぱなしの子でした。

さて、こんなマナーみたいなものを言わなきゃいけない程に蛍が珍奇な存在に成ってしまったのが小生が小さい頃の田舎的な風景や蛍の多さからは想像もつきません。
昔は、多分他府県の人も同じ経験をしていると思いますが・・・
「蛍見に行こう~!」(多人数でわいわい)
「あら危ない懐中電灯もって行きなさい(おばちゃん)」(蛍照らしまくりの観察しまくり)
「蛍綺麗だね~!」(横で花火)
・・・小生の場合、育った年代的にも円海山や上郷の宅地化は進んでいませんでしたし、祖母の住む田舎が有ったり、幼馴染が引っ越した千葉県も自然が豊かだったりで、普通に宅地の傍の農道や自宅の近くの湧水の農業用の池の周りに昔は蛍がいたんです。円海山の瀬上沢も近所だから遊びに良く行きましたしね~。千葉の印旛沼辺りじゃ田圃に農薬撒いた翌日もスンゴイ蛍沢山見れたしね。

円海山に蛍をわざわざ保護しないといけない環境にしたのは横浜市ですが、その蛍の生息できる環境に止めを刺す開発を行いたいのが東急不動産で、それを容認する発言を回答したのが林文子市長です。
ただ多分、横浜市よりも現状では東急建設に理性が有って踏みとどまってくれて様子を見ているんだと思います。横浜市役所は内部の連携が目茶目茶で林市長が統治出来てるのかも謎。
あと十年余りで樹齢100年に成る桜並木の街路樹を伐採させたり、調査もせずに城址の空堀を掘削したり盛土して宅地化する案を容認する横浜市歌も歌えない奴が務める横浜市建設指導部と違い、本来は伊勢神宮から天照大神の御分霊を勧進し東横神社を開基し自然や文化の保護に意識が高かった❝昔の東急東横線の五島慶太社長❞始め過去の歴代社長は今の東急建設を見たらどう思いますかね?きっと苦虫を噛み潰したような表情で現在の瀬上沢開発に関わる東急グループ社員と林文子市長と黒岩知事には天罰落としたいと思っている事でしょう。なんせ東横神社は伊勢神宮から勧進した天照大神と合祀された渋沢栄一公が御祭神、自然守護の象徴たるお伊勢様と経済世民と愛国を両立した渋沢栄一サンを東急グループは守護神としている訳だが・・・
この事を恐らく東急建設の現経営陣は知らんだろうな。
これを機に、林市長と横浜市と東急建設に瀬上沢の横浜市による土地買上げと当該地域への広域自然保護区認定を改めて行って貰える様に、皆さんで陳情して頂けると幸いです。
●林文子市長への陳情窓口
林文子事務所 〒231‐0007 横浜市中区弁天通4-53-2 DOMONビル2F
TEL:045‐228‐9780
横浜市教育委員会庶務課
TEL:045-671-3240
●東急建設
http://www.tokyu-cnst.co.jp/company/
〒150-8340 東京都渋谷区渋谷1-16-14 渋谷地下鉄ビル
代表番号 TEL:03-5466-5020
土木本部 TEL:03-5466-5152
建築本部 TEL:03-5466-6186
営業本部 TEL:03-5466-6299
●林文子市長支援者の黒岩神奈川県知事の窓口
〒231₋0007 横浜市中区弁天通1₋15₋1
黒岩祐治事務所 TEL:045₋227₋5119
●林文子市長を推薦した自民党の横浜市選出の菅義偉官房長官
〒232₋0017 横浜市南区宿町2₋49
横浜市部事務所
TEL:045₋743₋5550 FAX:045₋743₋5296
✉:suga.yoshihide@gmai.com

・・・個人的に小生は思想的には保守寄りで自民党の日本文化を大切にする姿や経済政策の支持でも有りますが、こと東急不動産と林市長の円海山一帯開発利権の為の文化史跡自然破壊に関しては看過出来ません。小生と意見を同じくする人は既に十万人超の署名が集まり、日に日に増えているそうです。
これもセーブザ瀬上の皆さんの活動の御陰です。
横浜市の自然と古来の文化醸成地を守った英雄に成って頂く道を選択して頂き担当者さんや林市長に歴史に良い意味で名を残して頂きたい。
そう、高秀秀信市長の先例に倣って。
東急さん?鎌倉市歴史文化交流館を御存知ですか?あそこは某出版社の経営者の方が取得した広大な土地を鎌倉市に寄贈して出来た施設なんですよ?
黒岩知事、あなたの統治下で神奈川県教育委員会が神奈川県立金沢文庫の保有する国宝の経典がカビさせたのは❝エアコンの整備予算❞を出さなかったからですよね?それと同じ失敗を繰り返すのですか?
アナタの支援者には創価学会が付いています、日蓮聖人は密教にも精通し日本各地の聖地霊場と自然と史跡を巡り修行をされた方です、鎌倉市七里ヶ浜で雨乞い神事を行われた場所も史跡に成っておりますし、横須賀市猿島の岩屋も有名です。正に横浜市における円海山の様な場所は日蓮聖人が現代におられたら大切にされる場所でしょうね。実際、磯子区妙法寺と金沢区上行寺は日蓮聖人の聖跡ですが、その上行寺の船中問答の船着き場や六浦湾や上行寺東遺跡を破壊したのも埋立地と開発利権の商奴の如き輩でしたね。
高秀市長の時は大塚歳勝土遺跡と茅ヶ崎城址を保護し素晴らしい都市計画をされ、小机城址も保護されましたよね?御蔭で小机城址は❝続日本100名城❞にも選定されましたが、いつに成れば県指定史跡にするのでしょう?
・・・ましてや円海山の自然をこれ以上破壊するとは、自然保護区として遊歩道を整備して来た歴代市長や知事の意思に反し、横浜市の宗教者達も黙ってはいないでしょうね。
林文子市長、アナタはダイエーの再建に失敗し、待機児童0達成直後だけ良い顔してその後の悪化に関しては大々的に報じない丸で宣伝の様な利用の仕方、素晴らしい政策も良し悪し両方同じ様にアピールしないと誠実とは言えませんよ?給食に代わる弁当予約システムも、学生一人当たり単価がとんでも無い金額に成っているのに、何でWikipediaにはアナタに不利な情報が掲載されるとたちどころに削除されるのでしょうね?そしてアナタの最大支援者はヤクザの山口組を賛美されておりますが、それでカジノを作りたいですか?
市長に成ってからは円海山開発容認発言、間宮林蔵と杉田玄白と間宮士信の祖先で徳川家外戚の間宮家の笹下城址の地形破壊を容認し、笹下城址外郭の松本城址樹齢100年に迫る桜並木を伐採容認し、そして瀬上沢と横浜市最後の蛍の群生地破壊反対票と十万人単位の反対署名無視・・・
まぁカジノは日本人が利用出来ない様にして下されば良いでしょう、しかし円海山と瀬上沢と小机城は一切手出ししないように。そして早く横浜市指定自然保護区域の拡大保護、史跡指定を行う事を切に願います。

まぁ、庶民に合法的に出来る事は語り伝えあなた方の事績の記録を残す事と檀家氏子で共有し、陳情とマスコミと連携して全ての事実をブチ撒けるだけ・・・。

日本屈指の史跡、上行寺東遺跡を破壊させた横浜市役所、同じ事をするなら許さない。

推進派の役人1人々々が個人単位で対 横浜市民数十万単位の御近所様と戦う覚悟でいろ。末代までな。
おまエラが建設利権を貪るよりも、高秀市長の様に歴史知識も文化自然にも見識有る政治家主導の開発地取捨選択と発覚した貴重な場所の保護を両立させた都市計画が大切なんだわ。
今の緑地は既に過去から❝保護すべき場所❞として残された場所なんだわ。
瀬上沢は横浜市の聖地円海山、室町時代まで栄区~神奈川区~磯子区~港南区に跨って使われた幻の地名❝峯❞の由来であり、神道のみならず修験道や真言宗や臨済宗や曹洞宗や浄土宗や浄土真宗や日蓮宗にとっても鎌倉文化にとっても大切な場所なんだわ。
他府県から❝就職❞の為に市役所に入り勤めて、何も考えず何も知らず何も調べず何も横浜市民として郷土愛も持たずに横浜市の古来の日本文化史跡と自然を破壊する一部役人と開発利権無文化土建屋を、保守派と日本の為に世界と戦い横浜復興に力を尽くされた原財閥や浅野財閥の皆さんと同じく生粋のハマっ子日本人は許さない。
横浜市役所に勤めながら横浜に愛着を持てず、横浜の最大最後の自然と文化破壊を何とも思わない奴は日本人を止めろ。いつまでも横浜を地元と思えないなら❝おまエラの地元❞に帰れ!

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