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カテゴリ:景勝地/お祭り/食事/買物 > 景勝地・公園・映画ドラマのロケ地

神奈川県の西部に行くと小田原市早川以西~湯河原にかけての海は恐ろしい程透明でとても綺麗な事を知っている人は少なくないと思います。
でも川崎市や横浜市や横須賀市、鎌倉市や厚木市や大和市や相模原市、海老名市や高座郡の人は、その西湘の更に西端に負けない程の良水質の海水浴場が直ぐ近くの三浦半島の西側に幾つか有るのを御存知の方は多くはありません。

中には現代では穴場的に成ってしまった昔の観光スポットの海水浴場も有ります。
さて、そんな訳で今日は夏休みの為に小生推薦の良水質の場所2つと、水質は普通だけど風景が綺麗でナンパ目的やチャラい騒ぎたいだけのモラルの低い客の少ないデートや家族向けの海水浴場を紹介したいと思います。

以下、現地写真と、現地を訪問した小生の個人的感想で各項目毎に最大☆5つ~最低☆1つで評価していきます。
※水質に関しては海外のリゾート海岸を☆☆☆☆☆とした時の相対評価とします。
(参考例)
横須賀市観音崎☆☆☆←県内では良水質の水準。
逗子海岸☆☆、江ノ島☆☆←泳げる水準。
横浜市金沢区の海の公園☆←泳ぐの避けた方が良い水準、汚い。
※景色は当然個人的な感想。
※飲酒する人向けにアクセスは電車基準。
合わせてGoogle mapからアドレスとアクセスも転載して置きます。


水質個人評価1位の海水浴場…
●和田長浜(わだなはま)海水浴場
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【水質】☆☆☆☆☆…最良
【景色】☆☆☆  …良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆  …駐車場無料、但し解り難い場所。
【休憩】☆☆☆  …店舗数は少ないが大規模海の家が数軒有り、飲食・トイレに困らない。
ここは平安時代末期~鎌倉時代の名将、和田義盛公が側室の巴御前と住んだ和田城の軍港でもあった砂浜なのですが、とっても神奈川の海水浴場では珍しく海水が完全に透き通っている良い水質を保っています。
海の砂は小粒の砂利なので少し歩き難いが、それをカバーして余り有る水質と景色の良さ。
しかし欠点もあり交通が若干不便で現代では過疎化で最寄りの三崎口駅から直通バスが無くなったので車で来るか最寄りの和田バス停から徒歩16分歩く上に幹線道路から離れた丘の裏側に在(あ)って目立たない。
その分、環境的にも良い事も有り自然の美しさもさる事ながらアホな客が少ない落ち着いた場所な上にちゃんとした大規模な海の家も数軒設営されています。
更に車での移動の人に朗報なのは海の家の真横の県営駐車場が無料で駐車出来ます。
又、三浦海岸や逗子海岸や由比ヶ浜や片瀬江ノ島や鵠沼海岸の様(よう)にアホみたいに人だらけにも成らないしアホみたいな人も集まらない、小さい子のいる家族やカップルが安心して遊べる環境なので昼前に来て夕方までユックリと半日過ごす事が出来ます。
又、和田義盛公と巴御前に縁結びして貰える御利益も有るかも知れませんね♪

●秋谷海岸と立石(神奈川の景勝50選の一つ)
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(立石公園)【水質】☆☆☆☆ …かなり良
【景色】☆☆☆☆☆…最良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆  …立石公園に公共有料駐車場有り、秋谷海岸も港が有料駐車場に成ります。
【休憩】☆☆☆☆ …この時期は周辺の民家が海の家として営業。周辺には美味しいレストラン多数。
ここの海の特徴は水質の良さと、常に凪(なぎ)で波が静かな時が多い浜辺な事。砂も細かいので歩きやすい。
夕刻には神奈川の景勝50選の一つ、秋谷海岸の立石の向こうに富士山が見え、そこに夕日が落ちる景色も見られる。又、周辺に“DON”(←クリックで紹介記事)をはじめとした数軒の有名なレストランが有り、海を眺めながら美味しい食事を楽しむ事が出来るのでデートに最適!家族連れももちろん楽しめる。
立石公園側は浜辺では無くて磯に成っているので幼稚園や小学校の年齢の小さな子に水生生物を観察させる良い場所にも成る。
とにかくロケーションが良いのだが、自然保護地域の為に鉄道のアクセスが頗(すこぶ)る悪いのは仕方が無い。天皇家の葉山御用邸や葉山マリーナも車ならそう遠くは無いので立ち寄る事も出来る。

●長者ヶ崎海水浴場(神奈川の景勝50選の一つ)と葉山町の海水浴場
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※長者ヶ崎、梅雨時の写真なので見栄え悪いが本当は相当綺麗な風景です。
※周辺に一色海岸海水浴場や森戸海岸海水浴場も有りますので、詳しくは"葉山町の公式サイト(→ここクリック)"も参考にして下さい。【水質】☆☆☆  …良
【景色】☆☆☆☆ …かなり良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆  …駐車場有。
【休憩】☆☆☆  …夏季は周辺レストランが海の家も営業します。温泉旅館有り。
神奈川の景勝50選の一つ、長者ヶ崎が直ぐ近くの海水浴場。当然風景が良く天気が良いと夕日に萌える富士山も見る事が出来る。なので泳がなくてもドライブに来る価値もある。
近くには葉山マリーナや森戸海岸、一色海岸等の商業施設や別の海水浴場も有るので込み具合で複数視野に入れて海水浴場を選ぶ事が可能な地域。
近くに大海荘と言う昭和的な民宿規模の天然ラドン温泉の風呂を持つ日本旅館が有り、そこも海の家を営業する。又、大海荘は予約すれば宿泊しなくてもBBQだけでの利用も出来る。しかも宿泊費が安い。
※大海荘の紹介過去記事→(ここクリック!)。
※大海荘の公式ホームページ→(ここクリック!)。

●荒井浜海水浴場(神奈川の景勝50選の一つ、油壷湾から徒歩1分の海)
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【水質】☆☆☆☆☆…最良
【景色】☆☆☆  …良
【電車】☆☆   …若干不便
【  車  】☆☆☆☆ …マリンパーク周辺に大駐車場多数有。
【休憩】☆☆☆☆☆…荒井浜にオシャレな海の家多数。周辺はレストラン、ホテルと民宿とペンション多数。更に京急油壺マリンパーク(水族館)も有る。
神奈川の景勝50選の一つ、油津湾と地続きの海水浴場。当然風景は綺麗。水質も良い。そして昭和のリゾート地と発展したが意外に穴場でホテル等の宿泊施設が多数有り、レストランや海鮮料理の食堂も多く有る。
バスの本数が少ないので駅を往復するには若干交通が不便だが、車移動なら何にも問題が無い大駐車場が周辺に幾つも有る。秋篠宮殿下と紀子様達皇族が若いころにデートに良くいらっしゃった油壷マリンパークの水族館はイルカショーも有るので、午前中に水族館を見て昼から海水浴をしたり、ホテルや民宿を予約して宿泊するなら海の家で大いに飲酒も出来る。
又、同地は戦国時代に日本最長の籠城期間を誇った新井城址でもある。その最後の城主の三浦義意公と俗に小桜姫との小説内の仮称で呼ばれる奥方の真里谷武田家姫君の夫妻は縁結びの神様仏様として現代では多くの人に親しまれている縁起の良い海水浴場であり、そして勇敢に戦った名将達の武運にも肖れる神社仏閣も周辺に多数存在する。
三浦義意公と真里谷武田の姫の縁結びの御利益の有る神社や史跡は過去の記事を参考にして下さい→(ここクリック!)。

●白い砂の多々良浜と観音崎海水浴場、観音崎灯台(神奈川の景勝50選の一つ)と観音崎要塞。
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多々良浜(海の家無し)



昭和にリゾート地域として開発されつつも多くの自然を残す場所。特に多々良浜は余り大きくない海岸だが貝殻で出来た天然の白い砂浜でとても美しい。夏季には海水浴場として海開きされる。
又、周辺には観音崎海水浴場や走水海水浴場も有る上に、ホテルや美術館のレストラン、食博施設もあるので泊りがけでも楽しめる。観音崎京急ホテルのビュッフェ"浜木綿(はまゆう)"も有名。
※観音崎京急ホテルのビュッフェ浜木綿を紹介した過去記事→(ここクリック!)
※公式→http://www.kannon-kqh.co.jp/
特に観音崎灯台は恋人同士で散歩に行くと良い思い出作りにも成るし、御当地の観損崎は明治時代に要塞として利用されていたので赤レンガ造りの砲台跡やトンネルも沢山有り、海で泳がなくても良いピクニックにも成る。
電車でもバスでも帰りに横須賀中央駅や汐入駅で降りればドブ板通り商店街でネイビーバーガーを食べる事が出来るので、観光の幅が広い海水浴場とも言える。
※ドブ板通り周辺のネイビーバーガーの名店を紹介した過去記事→(ここクリック!)
また近隣の走水海岸には日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘姫(おとたちばなひめ)の神様の夫婦の縁結びの御利益の有る“走水神社”や、オシャレな"かねよ食堂"も有る。
※かねよ食堂を紹介した過去記事→かねよ食堂…神話の海岸の素敵な食堂?実際はレストランBar?

●城ヶ島海水浴場(神奈川の景勝50選の一つ、城ヶ島と大橋)と城ヶ島公園の海
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※城ヶ島海水浴場
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※城ヶ島公園の海
【城ヶ島公園】※海水浴場ではありませんが自己責任で泳げます。海の家無し。
【水質】
 海水浴場  ☆☆   …泳げる海だが漁港に面していて透明度は高くない。    
 城ヶ島公園 ☆☆☆☆☆…最高の透明度
【景色】
 海水浴場周辺☆☆☆  …北原白秋も詩を読んでいる。現代では建物も多い。 
 城ヶ島公園 ☆☆☆☆☆…北側は貝殻の砂浜と南側は切り立った崖の2種類の海と富士山も見える。
【電車】   ☆☆   …若干不便
【  車  】   ☆☆☆☆ …周辺に大規模な駐車場多数。
【休憩】   ☆☆☆☆☆…現地や周辺にリゾートホテル、旅館、民宿、レストラン、食堂、すし屋多数有り。但し海の家は未確認。海水浴客は良く見かける。
神奈川の景勝50選の一つ:城ヶ島と大橋、そして神奈川屈指の景勝地の城ヶ島公園を抱える明治時代からのリゾート地。対岸には鮪(まぐろ)の水揚げされる観光漁港として有名な三崎漁港も有り、車で行くならば1日楽しめる。
海水浴場側の海は横浜の海水浴場より綺麗だが、物凄く透明な訳では無い。しかしながら城ヶ島公園の保護された海の透明度は神奈川県内随一の水質の良さを誇っている。
車なら油壷マリンパークも近く、先述の通り三崎漁港も近く、周辺を含めると城ヶ島で1泊2日滞在したい所。とにかく美味しい海鮮料理の店が多いので、食べる事にも比重を置くなら間違いのない観光地。
但し海の家は未確認。海水浴客は良く見かける。多くの海水浴客はペンションや旅館の客と思われる。
BBQも出来る。
三崎漁港の鮪料理の名店
紀の代を紹介した記事はココをクリック!
黒羽亭を紹介した記事はココをクリック!
又、三崎漁港ではユネスコに世界無形文化遺産登録された御祭り「チャッキラコ」も1月に開催される。
チャッキラコを紹介した記事はココをクリック!

この他にも風景と水質の優れた海辺も多数有るのですが、海水浴場では無い泳げない場所や海の家の無い場所、紹介しなくてもメジャー過ぎる場所ばかりなのでここまでにしておきます。

皆さんの夏の参考に成れば幸いです。
では!又、次の記事で御会いしましょう!











2018年06月01日金曜日、小生は休み。
午前中は某外国語学校、そして日本のアウトレット先駈けとして一時代を築いた❝横浜ベイサイドマリーナアウトレット❞が本年09月をもって一時営業終了し、09月02日~2年間かけて3F建ての新施設建造リニューアル工事するとの事。小生行きつけの店から閉店セールの通知が来ていたので行って見る事にした。
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❝恋雨❞のロケ地でもある杉田から横浜シーサイドラインに乗車してベイサイドマリーナにて買物した後に、恋雨の聖地巡りをする計画で行動。
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久しく乗車していなかったが、このシーサイドライン沿線もドラマやアニメのロケ地に良く成っている。
釣りバカ日誌や、最近じゃ不倫ドラマ❝昼顔❞なんかも度々このシーサイドライン沿線でロケしている。
ベイサイドマリーナのアウトレットは❝鳥浜駅❞で下車。
ダイエットも結果を出してアスリート体型に成れたので一段落、祝杯代わりにソフトクリームとアイスコーヒーを堪能した(笑)。
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ところで、ベイサイドマリーナのアウトレットの閉店セール、本当に安かった!
凄い物は50%OFF!更にそこから4点買えば20%値引きの更に三井アウトレットパークのクレジットカードで支払いして5%割引で、何と小生は服をチノパン1着とシャツ3着の合計4着購入、定価で2万円強の価格の品が1万円チョイで購入する事が出来た。

さて、買い物が終わると❝恋雨聖地巡り❞の一箇所でもあり交通の要所として聖地巡り基点として適した杉田に戻った。
恋は雨上がりのように 公式ホームページタイトル画像 久良岐のよし
この日は❝恋は雨上がりのように❞のロケ地で歴史ブログ書くために散々横浜市内の住宅街も走り回って自分の見知っている場所を写真に撮影したかった事も有り、ロケ地の一つである屛風ヶ浦~杉田商店街の間の住宅街等は車を停めれないので公共交通機関と徒歩を駆使して移動する事にしていたからね。
まぁ、主人公の❝あきら❞サンも電車とバスで風見沢高校まで通学してる設定だしね~。

杉田からはロケ地の港南台円海山へ行くのにJR新杉田駅から港南台駅にも出られるし、杉田駅近くのロケ地を見た後でバスで舞台の氷取沢高校方面やロケ地の能見台~氷取沢地区にも行ける。
無論、今回は廻らなかったがロケ地である京急能見台駅やJR桜木町駅前のジョナサンにもアクセスしやすい。

今回小生が訪問したロケ地は以下の通りで、その最寄り駅は下のGoogleearth画像に表示した場所だ。
恋は雨上がりのように ロケ地最寄り駅 久良岐のよし
だいたいの場所を知っていて訪問し詳細特定したロケ地は以下の通り。
●学校を駆け出してドリフトする直角クランク交差点
・・・最寄り駅=1,JR新杉田駅or京急杉田駅、2,能見台駅
1,杉田駅or新杉田駅~横浜市営バス杉田小学校前(バス停)~下ヶ谷(バス停)~徒歩8分
2,能見台駅~京急バス能見台駅(バス停)~能見台1丁目(バス停)~徒歩2分

●雨の日に傘を差さずに下校する時に通るコンクリートブロック擁壁
・・・最寄り駅=同上

●京急線のアンダーパス
・・・最寄り駅=JR新杉田駅~徒歩8分、京急杉田駅~徒歩4分

●町を見下ろす風景の長い下り坂
・・・最寄り駅=JR港南台駅
1,JR港南台駅~市営バス港南台駅(バス停)~港南環境センター前(バス停)~徒歩8分
2,JR港南台駅~徒歩20分


では映画の予告動画の画像と、実際に小生が現地で撮影して来た写真で比較しつつ周辺情報も交えて紹介したいと思う。

●学校を駆け出してドリフトする直角クランク交差点・・氷取沢高校近くの能見台グラウンド前
恋は雨上がりのように 氷取沢 久良岐のよし
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住所クリック⤵でGoogleMapにリンクします!
〒236-0057 神奈川県横浜市金沢区能見台1丁目
ここ等辺りは円海山の麓(ふもと)に住む小生にとっては庭みたいな場所なので団地の映像を見て直ぐに解った。近くには日本100名城の一つ八王子城を縄張(なわばり=設計)した間宮綱信公の居館である氷取沢陣屋と横浜市が保護せずマンション建設で破壊された陣屋址に在った氷取沢間宮家の土地神様の氷取沢神社や間宮綱信公の菩提寺の宝勝寺も存在する。参拝すれば知恵者であり北条家外交官として織田信長公に厚遇された間宮綱信公の外交的なセンスと知力の御利益に預かれるかもしれない(笑)。
それと、横浜家系ラーメンの創始者である総本山吉村家の吉村社長の愛弟子の中で杉田家の津村サンと1、2を争う実力者として有名な鶴巻サンの店の王道之印も近くに存在する。
※紹介した観光名所のGoogle mapリンク
→王道之印(横浜家系ラーメン創始者吉村社長の有名な弟子、鶴巻氏の店)
→氷取沢神社(八王子城縄張り、北条家外交官として織田信長公との外交で活躍した間宮綱信公の土地神様)
→宝勝寺(間宮綱信公の菩提寺で、室町幕府鎌倉府の最後の鎌倉公方である足利成氏公所縁の寺)

●雨の日に傘を差さずに下校する時に通るコンクリートブロック擁壁・・・能見台グラウンド横のメガロン能見台擁壁
恋は雨上がりのように 予告 タイトル
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GoogleMapにリンク⤵
〒236-0057 神奈川県横浜市金沢区能見台2丁目
最初、氷取沢高校の横のバス停前かと思ったが、現地に行って見て改めて地形を観察するとバス停付近の擁壁道路には実際は歩道が有り又、ブロック擁壁の下には画像と違って路肩が無かったので直ぐにバス停の傍がロケ地ではない事が判った。
・・・これも城跡を多く見て地形観察する眼力が向上した賜物か(笑)。
それで「あ~団地の周りだコレ」と解った・・・
更に映像をスマホで見て観察すると、コンクリート擁壁の排水管から❝コンクリートの石灰質が溶解して出来た白い染み❞の存在に気が付いた。それでピンと来たのだが、先に紹介した❝ドリフトT字路(笑)❞の能見台グラウンド隣のメガロン能見台と言う集合住宅の台地の擁壁コンクリートに雨水で出来た石灰質の染みが有るのでドンピシャで当該地形を特定出来た。

●京急線のアンダーパス(熊野神社泉蔵院参道)・・・京急杉田駅北側、杉田小学校西側のアンダーパス
恋は雨上がりのように 杉田ロケ地 久良岐のよし
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GoogleMapにリンク⤵
〒235-0036 神奈川県横浜市磯子区中原4丁目2
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ここは地元、磯子区杉田のゆるキャラのウメニ―に特定して貰った(笑)。
地形的に屛風ヶ浦~杉田の間だとは推察していたのだがハッキリ解らなかったのでウメニーに憑依している人(笑)に聞いた所、ウメニ―は小生のスクショ見て瞬殺で特定してくれた。
源頼朝公が鎌倉市山崎に昔は存在した修験道の聖地、山崎泉蔵院の高僧に命じて開かせた泉蔵院熊野神社の参道の石碑が目印。
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杉田駅側から屛風ヶ浦駅側に向かって歩くと熊野神社参道の石碑が在る徒歩3分位の位置。
杉田は徳川家康公の参謀で江戸幕府初代鷹匠頭を務めた間宮信繁公の旧領で、関ヶ原の戦いで徳川軍を勝利させた名軍師。特殊部隊である鷹匠鉄砲部隊50人で毛利家の本陣南宮山を偵察し徳川本隊3万を前進させ小早川勢寝返りを誘引させる事に成功させた人物。そして戦国時代~昭和初期まで高級梅として有名だった幻の杉田梅の杉田梅林を植林させた人物でもある。杉田梅林は明治に成っても皇族が度々訪れる観光名所として有名だったが皇族の聖跡の杉田梅林も横浜市役所が戦後保護を怠り開発許可を出し消滅させた。杉田梅は現在では小田原市曽我梅林に植林された物が現存する。杉田商店街に在る❝菓子一❞と言う和菓子屋で、杉田梅林文化を受け継いだ梅の和菓子を現在も販売していたりするので御土産に御薦め!泉蔵院は源頼朝公や北条家最強の黄備え隊大将北条綱成公の副将だった間宮家の信仰を集めた神社なので必勝祈願の御利益も期待できる。近くには日本武尊伝説の聖地が弘法大師によって仏教化され戦国時代に間宮信繁公等杉田間宮家の菩提寺に成った牛頭山妙法寺も在る。又、臨済宗関東十刹の一つで大きな釈迦堂が現存する東漸寺も存在する。何(いず)れを御参りしても知恵と勝利の御利益が期待出来る。
※紹介した観光名所のGoogle mapリンク
泉蔵院熊野神社(源頼朝公が開き間宮家が支援した勝負と治水の神様のパワースポット)
菓子一(昭和初期までの横浜名物杉田梅の文化を継いだ和菓子店)
東漸寺(鎌倉幕府名越北条家が再興し、戦国時代に間宮家が支援した臨済宗の名古刹)
妙法寺(日本武尊神話の舞台の一つで、徳川家康公の参謀の間宮信繁公の菩提寺)
杉田家(新杉田駅近くの横浜家系ラーメン発祥地で吉村家旧店舗前に在る吉村社長の秘蔵っ子、津村サンの店)
ついでにウメニ―は杉田小学校の生徒が生み出したキャラクターなので、出来れば皆で子供を育て可愛がる様に❝恋あめファン❞にもTwitterフォローして頂けると旧久良岐郡民の小生としても嬉しい。
ウメニ―のTwitter→https://twitter.com/umeny_sugita

●町を見下ろす風景の長い下り坂・・・円海山山頂下の坂道
恋は雨上がりのように 円海山 久良岐のよし
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GoogleMapにリンク⤵
〒234‐0054 神奈川県横浜市港南区港南台8丁目
実は横浜市で標高最高地の円海山でロケされている。ここに至る目標としてはGoogleMapで❝円海山❞とさえキーワード入力すれば誰でも来られる場所。バスに乗らなくても歩いて来る事も出来る。
横浜市では貴重な鎌倉市まで繋がる大森林が現存し自然公園として歴代横浜市長に守られて来たので、円海山山麓の瀬上沢は現在でも蛍の大生息地として有名。又、一年を通じて晴天の日には夕焼けに染まる富士山やダイヤモンド富士、そして横浜市最高所からの夜景の名所として横浜市民に愛されている。
しかし近年、東急グループが土地を買収し自然破壊と蛍生息地が壊滅する宅地開発を計画し林文子市長も歴代市長の自然と円海山の保護政策を否定する東急グループ擁護発言を行い、林文子市長と東急グループにより現在の映画ロケ地や横浜市最後の蛍群生地と自然は破壊の危機に神している。
円海山山頂へ続く長い坂のロケ地位置GoogleMapリンク
円海山の蛍の大生息地瀬上沢と富士山と夜景の絶景スポット写真紹介記事リンク

因(ちな)みにTwitterで小生が暴露した❝恋あめ❞の舞台❝風見沢❞の架空地名由来、反響が大きかったので少し紹介したいと思う・・・
風見沢は実は小生のハンドルネームの❝久良岐のよし❞の元ネタである横浜市南部の旧行政区分:久良岐郡に存在した地名に由来している。
風見沢、この仮の地名は実名しないが、由来に成った場所は舞台と整合しハッキリしている・・・
風・・・屛❝風❞浦(びょうぶがうら)
見・・・能❝見❞台(のうけんだい)
沢・・・氷取❝沢❞(ひとりざわ)
・・・この上記の町名や江戸時代までの旧地名から駅名やバス停の地名として残る場所をくっつけてつくられている。そして、これらの舞台は横浜らしい坂の多い旧久良岐郡地域の丘の上に面した場所なのでロケ地にも坂道が多く登場する訳だ。
現在、❝屛風ヶ浦❞と言う明治まで別荘地として繁栄した風光明媚な断崖絶壁の海岸が横浜市中区~横須賀市域まで10km近く長く続く地形に由来した住所は、他地域からの移住者役人だらけのアホの横浜市役所と旧郵政省によって消滅させられ存在しない。埋立地にして景勝地を消滅させてしまった事を隠蔽する為か屛風ヶ浦の地名ごと消し去られたが、それに歯向かう様に郷土横浜の景勝地だった文化を引き継ぐハマっ子達と京浜急行電鉄は駅名や店舗の支店名として今でも屛風浦駅近辺に旧景勝地の誇りを引き継いでいたりする。
恋は雨上がりのように ロケ地周辺地形 久良岐のよし
御覧の通り、舞台の中心である能見台~杉田~本牧半島にかけて現在でも旧海岸線は断崖絶壁の海蝕岸壁丘陵が続く。もっとも、海蝕岸壁とは言われるが当該地は応長の大津波の伝承や三浦半島の西側が隆起し東側が沈下するプレートの境界線である事からも、この崖は巨大な断層と考えた方が自然だろう。
能見台は江戸時代迄は東青野台と富岡と呼ばれた地域を宅地開発した際に新設された地所名で、丘の上に閑静な住宅地が広がる。元々は兼好法師こと徒然草の筆者で真言宗の僧侶だった吉田兼好が愛して住した金沢八景の景勝の由来に成った地域を一望できる能見堂と言う禅宗曹洞派の仏教草庵の寺院名が由来と成っている。
氷取沢は地名由来に諸説有る。一説には鎌倉幕府の将軍や執権北条家、その後の室町幕府鎌倉府の鎌倉公方に献上する氷室(ひむろ=氷の貯蔵庫)や氷その物を採取する沢が有ったからとも言われているが、小生の様な歴史オタクや郷土史家の多くの意見としては氷取沢地名の由来は、そもそも❝氷❞取沢は❝火❞取沢と書き製鉄の盛んだった場所で戦国時代にも鍛冶師が住した地域なので蹈鞴(たたら)製鉄の溶鉱炉の灯りが夜も明々(あかあか)としている火の燃える様子に由来すると言う説も可能性として指摘する所でもある。
そんな地域で奈良時代には先進的な地域で鎌倉時代には武家最高の教養を備えた金澤北条家と名越北条家の根拠地だったのだが、鎌倉幕府を攻撃した新田義貞の乱暴狼藉で周辺地域は多くの神社仏閣や村々は略奪の被害に遭い焼き討ちされ室町時代に一時期荒廃した歴史も有る。
戦国時代には江戸時代の杉田玄白や間宮林蔵や間宮士信等凄まじい学者達の祖先であり、北条家五色備え黄備え隊の軍師副将として活躍した間宮康俊公や徳川家康公の参謀として活躍した間宮信繁公や間宮直元公、東京都の浅草寺の僧正を輩出した伊丹家の根拠地だった場所でもある。
主人公の❝あきら❞サンが通い、恐らく原作者の❝眉月じゅん❞先生が愛した屛風ヶ浦~杉田~富岡~能見台~円海山は、戦後の横浜市役所が景勝地の自然を破壊するまでの昭和初期までは鎌倉以来の武士団の文化教養として源頼朝公や金沢北条実時公や北条早雲公や太田道灌公や徳川家康公にも大切にされ観光地として有名だった場所なんだな。
そこで作者の眉月先生も人生の一時期を主人公あきらサンみたいに過したんですね~。

さて、余り歴史に興味が無いかも知れない❝恋あめ❞ファンもいるかも知れませんが、舞台の町、そして架空の人物だけど主人公あきらサンや店長が働く能見台の町、ロケ地となった横浜市金沢区~磯子区~港南区~中区一帯の事、少しは興味持って貰えたでしょうか?
少しだけ紹介しましたが、このロケ地周辺には歴史偉人が大切にした御利益の有るパワースポットの神社仏閣御や蛍が大量に見れる横浜市最後の自然の聖地や、戦国時代以来の横浜の梅文化に根付いた美味しい和菓子屋さんや横浜家系の発祥地杉田駅周辺には家系総本山吉村家の吉村社長直弟子のラーメン屋サンも有ります。
皆さんが恋アメ聖地巡りの際の食事や観光や土産の参考に成れば幸いと思い、記事にしました。

では、皆さんにとって、この映画とロケ地巡りが良い人生の糧に成ります様に願います♪

・・・次に書く記事ではガッチガチの歴史解説か鎌倉の秘密のパワースポットの紹介をすると思います。

今年ももう直ぐ円海山で蛍が見れる季節に成ります。
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2017年の6月の写真です。
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円海山 瀬上沢ホタル群生地←Googlemap地図にリンク!
円海山蛍の生息地 久良岐のよし
場所は円海山の瀬上池~旧上郷高校=現在の栄高校~思金神社への遊歩道を流れる瀬上沢の渓流沿いです。
観察マナーについては、色んな考えも有れば何も考えていない人、自分達のローカルルールをさも当たり前の様に押し付ける人もいて千差万別、これも文末で解説したいと思います。
蛍、小生の小さいころ、ん十年も昔はもっとわさわさ見れたのですが、横浜市教育委員会の怠慢と林文子市長による円海山の開発容認で横浜市最大規模の自然公園ごと絶滅の危機に瀕しています。
瀬上沢蛍の観察可能な場所 久良岐のよし
個体数の激減の原因は過去に開発されてしまった庄戸地区とみどりが丘の宅地化による環境の悪化、それに加えて過去の横浜市による誤った公園整備によって天然のフナが居た瀬上沢が重機で荒らされてしまったり蛍だけでなく生態系も破壊してしまった訳ですが・・・
現在、僅かに生き残った蛍に止めを刺そうとしている組織がいます。
それが東急グループの土地買収による宅地化構想と、歴代市長が守って来た円海山の自然環境保全を事実上放棄して東急に対して土地放棄や買収等の対価を払う等の対案を示さず、それどころか円海山の林道整備すら放棄して丸で段階的に宅地化を容認する構えの様な言動しか現状していない林文子市長と円海山の史跡と自然環境の保護を怠っている横浜市教育委員会です。
過去の記事の転載も交えて説明したいと思います。

先ず、円海山その物を知らない人が多いと思います・・・
円海山は横浜市栄区港南区金沢区磯子区にまたがり鎌倉に続く自然公園です。 
鎌倉横浜に古代文化の基礎を醸成した地域でもあります。
この円海山、実は横浜市で一番標高の高い山で、山頂からは天気が良いとこの様に頂上近くからは富士山も綺麗に見えます。
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正月の朝焼けの赤富士や・・・
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一年を通じて夕焼けに染まる赤富士の写真撮影スポットとして非常に有名です。
横浜市で一番高い所なので、富士山とは反対側の海側の畑から見える横浜港の夜景も当然ながらとても綺麗です。
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この夜景スポットにはベンチが有り、冬でも良くカップルが夜景を見に来ています。
実はこの山、歩いて鎌倉まで行ける遊歩道があり、それらは「鎌倉早駆けの道」と言う史跡でもあります。
更に‼︎
蛍(ほたる)の横浜市内での貴重な生息地なんです!
その場所は瀬上池と、その池に注ぐ自然の沢を集めた池から再び流れる貴重な水源地帯の瀬上沢です。
この小川が瀬上沢ですが、こんな不必要な護岸工事が横浜市の建設利権の為か環境整備局の不見識か行われてしまったせいで天然のフナは姿を消しました。
当時、環境整備局の前身組織の負の遺産ですね。挙句の果てに保持が怠られているのが現状です。
歴代市長から保護され多くの市民の憩いの場として解放されてますが、小生も子供の頃よく、ザリガニを採(と)りに来たり野山を駆け巡りに友達と遊びに来ていました。釣りはやりませんでしたが友人達はよくフナを釣りに瀬上池や瀬上沢にも来ていました。
子供が自由に川遊び出来る横浜南部の最後の水源地帯がこの円海山の沢で、特にこの瀬上沢と大岡川源流笹下川上流の金沢区の大谷戸(おおやと)側の沢が状態が良いんです。
写真は円海山大谷戸広場側です。
昔ながらの貴重な里山保存区域です。綺麗な昔ながらの鎌倉近隣の原風景でしょ?
本当、貴重な自然と里山なんです。

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金沢市民の森側、大谷戸広場付近は護岸工事されずに一部上流だけ源流が昔のままの沢の姿を保っています。

写真撮影した季節は冬で川で遊ぶ子供も流石にいませんが…
此処(ここ)瀬上沢には貴重な淡水の貝の化石群の地層が露出した場所があり、更に奈良時代の古代のタタラ製鉄の史跡も出土した場所でもあり…
 
灌漑水田史跡でもあり、重ねて言いますが平安〜室町時代の鎌倉早駆けの道と合わせて非常に貴重な史跡群でもあります。
 
昔の市長達の遺志を踏みにじる東急と林さん。
東急の土地買収で茅が生えて「神社に売るんか(笑)!」ってのが現状です。
以前の市長達により、瀬上池周辺は遊歩道や釣り用の桟橋が設けられていて新春にもなると釣りをする子供や、お弁当作ってピクニックに来た家族連れなんかで、ほのぼのとした空気が感じられる場所です。しかし多くの林道は林市長に成ってから保全されず、通行止めの箇所が異常増加中・・・
今の横浜市長の林文子さんは、どうも保護に熱心ではなく寧ろ開発準備してる側のようですが、昔からの地域のボランティアが自主的に子供の遊び場を守って下さってます。
だから幼稚園小学生くらいのお子さんがいる御家族には暖かく成れば、オススメの自然の中の水遊び場ですよ!
この池が瀬上池。
小生が子供の頃、友人達は釣りが自由に出来るここに来てはフナや鯉なんかを釣っていました。
…小生は、もっぱらザリガニ専門でしたが(笑)。

しかし、最近は今の林横浜市長の施政下で、倒木の処理などが放置され林道が通行止めにされてしまっている所が多くあります。
この下の写真の「尾根道から護念寺への道」も、さも通行出来るような案内板ですが、実際は鉄柵で封鎖され市民が通行出来なくされています。
別に道が崩落している訳ではありません。
横浜市が業者に開発させる前振り?

しかも、此(こ)の道の先は古典落語「強情灸」の舞台になり江戸時代から昭和初期まで、お灸治療の本場峰の灸として観光客と治療客で栄えた竹林の美しい円海山護念寺に通じているので、早く再開通させるべき所なんです。
※円海山護念寺の風景と歴史については「ココ」←クリック!
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ついでに言えば、昔は護念寺の本院だった阿弥陀寺は浄土宗の総本山である知恩院の住職を務められた了鑑大僧正を輩出した名刹だったりもします。最古参の旦那は苅部(かるべ)氏で、元は戦国時代に鎌倉公方代理を務めた蒔田吉良家の吉良頼康公の重臣の子孫に当たります。
蒔田吉良家は戦国時代初期には世田谷を本拠地にした足利家の中で一番格の高い足利家の一族でした。
北条家に従属しながらも吉良様や蒔田御所と敬意を特に払われた高貴な殿様の重臣だったのが苅部家です。
蒔田吉良家は戦国時代末期には横浜市南区の蒔田城を本拠地にして、鎌倉公方代理を務めたので蒔田御所と呼ばれていました。
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上の写真は世田谷豪徳寺の三重塔です。豪徳寺の所在地が蒔田吉良家の初期と終焉の頃の居城の世田谷城址です。
この苅部一族の菩提寺の在る円海山一帯を江戸時代に抑えていたのが氷取沢領主として徳川家康公直属の旗本と成った北条旧臣の間宮綱信公や間宮家本家の笹下間宮の間宮直元公です。
生野代官所位置関係 久良岐のよし
上の画像は朝来市教育委員会様に提供頂いた資料をGoogle earthに張り付けた生野代官所の縄張り図です。
間宮直元公は但馬銀山や金山を含めた但馬国内の江戸幕府直営の施設や領地を治める但馬奉行として生野代官所に居り、同時に現在の横浜市中部沿岸部を治める本牧奉行を務め、徳川家康公からも信任が厚かった人物です。
大久保長安が経営失敗して業績不振だった佐渡金山の業績を好転させるべく、徳川家康公の命令で但馬銀山経営のノウハウを持って佐渡に支援に行き、瞬く間に業績を好転させた事から大久保長安の失脚後は佐渡奉行も兼任した名経営者の御奉行様でした。
更に大坂城の真田丸や総構えの埋め立て作戦を立案し、直接徳川家康公に献策したのも間宮直元公でした。
その菩提寺が円海山山麓、笹下川を挟んで反対に位置する場所に在る妙蓮寺です。
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ここには昭和期まで御神廟に間宮直元公の彫像が祀られていましたが、残念ながら火災で焼失してしましました。
新編武蔵風土記稿 間宮直元公木造 久良岐のよし
新編武蔵風土記稿に掲載されているのが上の写生図。
下は間宮一族の間宮さんが焼失前に撮影した実物の画像です。
間宮直元公木造 妙蓮寺旧蔵も火災で焼失 久良岐のよし
円海山から釜利谷に抜け鎌倉に至る六浦道=金澤道、つまり現代の笹下釜利谷道路と円海山の間道を抑えたのが間宮綱信公です。
間宮綱信公は北条家の外交官として織田信長公にも謁見した人物で、八王子城主で北条家No,2の北条氏照公の付家老(つけがろう=組織上の補佐役だが家臣では無く、主家の家臣のまま出向した家老)を務めた人物です。
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上の写真は八王子城址。現代では日本100名城の一つにも選定されていますが、この城の縄張り、つまり設計を担当したのが間宮綱信公と八王子の現地では伝わっています。
残念ながら八王子城は要害部の完成前に農民と姫様や僅かの守備軍しかいない状況で、豊臣秀吉の配下と成った上杉景勝公、真田昌幸公、前田利家と裏切者の大道寺政繁の大軍勢によって攻め落とされてしまいました。
元は吉良家の北条家臣化後の北条家臣として間宮家の同僚に当たる苅部家、そして北見(喜多見)家、そして北条氏照公与力の重臣として間宮綱信公の格下同僚だった金子家、間宮本家の仕えた玉縄北条家で間宮家の格下同僚だった岡本家等、現在も円海山周辺には多くの旧北条家臣団の苗字が残るのは、江戸時代に間宮家が幕府の奉行職を歴任し、大変栄えたので北条家解体後に元同僚の伝手(つて)で間宮家に与力として仕えた為でしょう。

円海山からは、そんな戦国時代の偉人達の足跡も辿る事が出来ます。
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そして現在では余り知る人も少なくなりましたが古代の神々の参謀を務めた思金神を祀る思金神社も瀬上沢の先に在ります。
この思金神社に合祀された廃社の旧白山社も瀬上沢と山を挟んで反対側、市の教育委員会が自然保護を怠った庄戸地区に在り、その参道の前を流れる鼬川に掛かる橋は昇龍橋と言います。
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横浜市教育委員会では無く神奈川県土木部道路整備課によって神奈川の橋100選に選定されました。
この鼬川周辺も昔は蛍を見る事が出来ましたが、先述の通り自然環境の悪化で今では・・・
思金神社の丁度反対側の辺り、瀬上川の河畔には昔の水田への灌漑施設の隧道が残っています。
 
ここは円海山で貴重な淡水の貝の化石群地層が露出している場所です。
昔の人が、灌漑水田に水を引き入れる為に作った手掘りの隧道(すいどう=トンネル)のある壁面と地続きの山が全て化石群の地層です。
以前は子供も自由に出入りして遊べました。
周辺を東急が宅地開発しようとしはじめた頃に横浜市大が保護を試みましたが、最近は東急が自然環境保全地である事や市民の憩いの場である事を無視し、周辺から市民を締め出し開発準備を始めてしまっています。
昔からの文化醸成地や市民の憩いの場を蹂躙する東急建設と、それを容認する環境整備局そして陳情を見殺しにする現横浜市長の林文子市長の暴挙ですね。
林文子市長は事前の保護も開発阻止も自然環境保護の先手も打たず陳情に対して・・・
「地権者が開発したいんだから邪魔出来ねぇ~し知らね」
・・・と言う事を言っています。
彼等がもし、無碍にこの瀬上沢一帯を開発したら、この自然環境は2度とは戻りません。

庶民に阻止は出来るか微妙ですが、もし開発すれば近隣に留まらず、貴重な自然公園に連なる遊歩道や沢の自然環境を破壊した歴史を事実としてどの政党が支持した、どの市長の時代に、どの土建屋が瀬上沢と遊歩道の自然環境を破壊したか歴史偉人達の遺産を踏みにじったか我々で語り継いで行きますよと。
林市長、東急さん、きっと瀬上沢の重要性再認識してくれると…

皆んなで淡々と事実拡散するしか蛍の住める環境を含めた自然環境を守るには出来ません。
近隣の歴史を語り継いできた寺院や神社の鎮守の森でもありますから。
執政者と開発業者の責任者の名前と経営者の名前を負の歴史として記録して永久に地域で残します。
それが民主主義で出来る事。
陳情に色良いレスポンスないんだから、やったら責任は歴史に刻んで後世に判断して貰いましょう。
この他にも円海山だけでなく横浜市内には腐る程、間宮家関連、蒔田吉良家関連の神社仏閣が有り、円海山の開発が進めが情報も檀家氏子で共有し更に間宮会から世間にも拡散されて行く事に成るでしょう。
この手の自然保護活動と破壊に関心の高い新聞社も間宮家の研究に熱心な某所に出入りしていますし。
東京の蒔田吉良家臣団の御子孫とも連携出来ますしね~。

まぁ、今なら東急さんも林市長も横浜の自然環境を守った偉大な英雄に成れるかも知れないけど。

さて、皆さん、円海山と瀬上沢の自然環境と風景と歴史が非常に貴重で、尚且つ子供が安心して遊べる自然公園である事は御理解頂けましたでしょうか?

瀬上池手前に使われていない畑があります。
あそこを自転車用の駐輪場にし、山頂のスポーツ広場を休日に駐車場として解放し尾根道に歩道を繋げ、昔みたいに家族連れも行きやすい環境を整えて欲しいな〜とか改善案はあるんですがね〜。

円海山は横浜市民や鎌倉市民にとって大切な場所なんですね。

この綺麗な風景と自然と歴史…
我々が先人から受け継いだ様に、何とか次代の更に先の子孫達まで残してあげたいですね。
円海山は文化なんです。

さて蛍が見える場所は横浜市栄区の旧上郷高校、今の栄高校のすぐ下の谷に流れる瀬上沢です。 
瀬上池の位置
今月の写真を交えつつ、観察or鑑賞マナーについて書いてみます。
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先ず、小生の様にフラッシュを焚いた蛍その物の写真を撮影したい方は以下の点に留意するべきです。
●他の鑑賞者のいる時間帯にフラッシュを焚いて撮影しない・・・他の人が蛍の光を見えなく成ります。
※小生は毎回深夜の1時~4時頃、誰もいない中、必要が有れば川に入って撮影しています。
※蛍はフラッシュ焚いて撮影しても、連写しないで数十秒間を置けば光る事を止めません。
●暗がり対策で持参した懐中電灯で照らし続けるのは止めましょう。
※フラッシュより観察や位置確認の為でも懐中電灯で照らし続ける方が蛍が光るのを止めてしまします。
●深夜遅くて暗くて怖かろうが1人で行ってヒッソリと撮影&観察した方が良いでしょう。
※複数人で言って話し声や大勢の気配がすると逃げてしまいますし、何より深夜に御近所に民家も1軒有るので迷惑に成ります。
※先述の通り、小生は必要が有れば川に足つかったりしながら、蛍の見える位置に回り込んで撮影します。蛍を動かしたり捕まえて撮影しない為の行動です。
●深夜に大勢で鑑賞会なんて絶対にするなよ。近所迷惑だから。
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以下当たり前の事。
●円海山は火気厳禁です。タバコはポイ捨て以前に吸うな馬鹿野郎。当然花火も焚火もするな。
●大勢で押しかけるな。家族や少数の友人と行き静かに鑑賞しないと近所住人に迷惑。
●他の鑑賞者がいる状況でフラッシュ撮影するな。先述の通り。
※どうしてもやりたければ、小生の様に深夜に懐中電灯も持たずに一人で行って、時間間隔空けながら撮影しましょう。そうすれば迷惑にも成らないし蛍も光るのを止めません。
●18歳以下の学生は夜間外出を控えましょう、根本的に22時以降に蛍を鑑賞していたら警察に補導されますよ。当該地域周辺は警察官が巡回しています。
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この写真はフラッシュ焚いた数十秒後に再撮影した写真。
あと、蛍が尻の光を点滅すると思ってる人いますけど、蛍って点灯しっぱなしの子もいるんですよ~。
この子は点灯しっぱなしの子でした。

さて、こんなマナーみたいなものを言わなきゃいけない程に蛍が珍奇な存在に成ってしまったのが小生が小さい頃の田舎的な風景や蛍の多さからは想像もつきません。
昔は、多分他府県の人も同じ経験をしていると思いますが・・・
「蛍見に行こう~!」(多人数でわいわい)
「あら危ない懐中電灯もって行きなさい(おばちゃん)」(蛍照らしまくりの観察しまくり)
「蛍綺麗だね~!」(横で花火)
・・・小生の場合、育った年代的にも円海山や上郷の宅地化は進んでいませんでしたし、祖母の住む田舎が有ったり、幼馴染が引っ越した千葉県も自然が豊かだったりで、普通に宅地の傍の農道や自宅の近くの湧水の農業用の池の周りに昔は蛍がいたんです。円海山の瀬上沢も近所だから遊びに良く行きましたしね~。千葉の印旛沼辺りじゃ田圃に農薬撒いた翌日もスンゴイ蛍沢山見れたしね。

円海山に蛍をわざわざ保護しないといけない環境にしたのは横浜市ですが、その蛍の生息できる環境に止めを刺す開発を行いたいのが東急不動産で、それを容認する発言を回答したのが林文子市長です。
ただ多分、横浜市よりも現状では東急建設に理性が有って踏みとどまってくれて様子を見ているんだと思います。横浜市役所は内部の連携が目茶目茶で林市長が統治出来てるのかも謎。
あと十年余りで樹齢100年に成る桜並木の街路樹を伐採させたり、調査もせずに城址の空堀を掘削したり盛土して宅地化する案を容認する横浜市歌も歌えない奴が務める横浜市建設指導部と違い、本来は伊勢神宮から天照大神の御分霊を勧進し東横神社を開基し自然や文化の保護に意識が高かった❝昔の東急東横線の五島慶太社長❞始め過去の歴代社長は今の東急建設を見たらどう思いますかね?きっと苦虫を噛み潰したような表情で現在の瀬上沢開発に関わる東急グループ社員と林文子市長と黒岩知事には天罰落としたいと思っている事でしょう。なんせ東横神社は伊勢神宮から勧進した天照大神と合祀された渋沢栄一公が御祭神、自然守護の象徴たるお伊勢様と経済世民と愛国を両立した渋沢栄一サンを東急グループは守護神としている訳だが・・・
この事を恐らく東急建設の現経営陣は知らんだろうな。
これを機に、林市長と横浜市と東急建設に瀬上沢の横浜市による土地買上げと当該地域への広域自然保護区認定を改めて行って貰える様に、皆さんで陳情して頂けると幸いです。
●林文子市長への陳情窓口
林文子事務所 〒231‐0007 横浜市中区弁天通4-53-2 DOMONビル2F
TEL:045‐228‐9780
横浜市教育委員会庶務課
TEL:045-671-3240
●東急建設
http://www.tokyu-cnst.co.jp/company/
〒150-8340 東京都渋谷区渋谷1-16-14 渋谷地下鉄ビル
代表番号 TEL:03-5466-5020
土木本部 TEL:03-5466-5152
建築本部 TEL:03-5466-6186
営業本部 TEL:03-5466-6299
●林文子市長支援者の黒岩神奈川県知事の窓口
〒231₋0007 横浜市中区弁天通1₋15₋1
黒岩祐治事務所 TEL:045₋227₋5119
●林文子市長を推薦した自民党の横浜市選出の菅義偉官房長官
〒232₋0017 横浜市南区宿町2₋49
横浜市部事務所
TEL:045₋743₋5550 FAX:045₋743₋5296
✉:suga.yoshihide@gmai.com

・・・個人的に小生は思想的には保守寄りで自民党の日本文化を大切にする姿や経済政策の支持でも有りますが、こと東急不動産と林市長の円海山一帯開発利権の為の文化史跡自然破壊に関しては看過出来ません。小生と意見を同じくする人は既に十万人超の署名が集まり、日に日に増えているそうです。
これもセーブザ瀬上の皆さんの活動の御陰です。
横浜市の自然と古来の文化醸成地を守った英雄に成って頂く道を選択して頂き担当者さんや林市長に歴史に良い意味で名を残して頂きたい。
そう、高秀秀信市長の先例に倣って。
東急さん?鎌倉市歴史文化交流館を御存知ですか?あそこは某出版社の経営者の方が取得した広大な土地を鎌倉市に寄贈して出来た施設なんですよ?
黒岩知事、あなたの統治下で神奈川県教育委員会が神奈川県立金沢文庫の保有する国宝の経典がカビさせたのは❝エアコンの整備予算❞を出さなかったからですよね?それと同じ失敗を繰り返すのですか?
アナタの支援者には創価学会が付いています、日蓮聖人は密教にも精通し日本各地の聖地霊場と自然と史跡を巡り修行をされた方です、鎌倉市七里ヶ浜で雨乞い神事を行われた場所も史跡に成っておりますし、横須賀市猿島の岩屋も有名です。正に横浜市における円海山の様な場所は日蓮聖人が現代におられたら大切にされる場所でしょうね。実際、磯子区妙法寺と金沢区上行寺は日蓮聖人の聖跡ですが、その上行寺の船中問答の船着き場や六浦湾や上行寺東遺跡を破壊したのも埋立地と開発利権の商奴の如き輩でしたね。
高秀市長の時は大塚歳勝土遺跡と茅ヶ崎城址を保護し素晴らしい都市計画をされ、小机城址も保護されましたよね?御蔭で小机城址は❝続日本100名城❞にも選定されましたが、いつに成れば県指定史跡にするのでしょう?
・・・ましてや円海山の自然をこれ以上破壊するとは、自然保護区として遊歩道を整備して来た歴代市長や知事の意思に反し、横浜市の宗教者達も黙ってはいないでしょうね。
林文子市長、アナタはダイエーの再建に失敗し、待機児童0達成直後だけ良い顔してその後の悪化に関しては大々的に報じない丸で宣伝の様な利用の仕方、素晴らしい政策も良し悪し両方同じ様にアピールしないと誠実とは言えませんよ?給食に代わる弁当予約システムも、学生一人当たり単価がとんでも無い金額に成っているのに、何でWikipediaにはアナタに不利な情報が掲載されるとたちどころに削除されるのでしょうね?そしてアナタの最大支援者はヤクザの山口組を賛美されておりますが、それでカジノを作りたいですか?
市長に成ってからは円海山開発容認発言、間宮林蔵と杉田玄白と間宮士信の祖先で徳川家外戚の間宮家の笹下城址の地形破壊を容認し、笹下城址外郭の松本城址樹齢100年に迫る桜並木を伐採容認し、そして瀬上沢と横浜市最後の蛍の群生地破壊反対票と十万人単位の反対署名無視・・・
まぁカジノは日本人が利用出来ない様にして下されば良いでしょう、しかし円海山と瀬上沢と小机城は一切手出ししないように。そして早く横浜市指定自然保護区域の拡大保護、史跡指定を行う事を切に願います。

まぁ、庶民に合法的に出来る事は語り伝えあなた方の事績の記録を残す事と檀家氏子で共有し、陳情とマスコミと連携して全ての事実をブチ撒けるだけ・・・。

日本屈指の史跡、上行寺東遺跡を破壊させた横浜市役所、同じ事をするなら許さない。

推進派の役人1人々々が個人単位で対 横浜市民数十万単位の御近所様と戦う覚悟でいろ。末代までな。
おまエラが建設利権を貪るよりも、高秀市長の様に歴史知識も文化自然にも見識有る政治家主導の開発地取捨選択と発覚した貴重な場所の保護を両立させた都市計画が大切なんだわ。
今の緑地は既に過去から❝保護すべき場所❞として残された場所なんだわ。
瀬上沢は横浜市の聖地円海山、室町時代まで栄区~神奈川区~磯子区~港南区に跨って使われた幻の地名❝峯❞の由来であり、神道のみならず修験道や真言宗や臨済宗や曹洞宗や浄土宗や浄土真宗や日蓮宗にとっても鎌倉文化にとっても大切な場所なんだわ。
他府県から❝就職❞の為に市役所に入り勤めて、何も考えず何も知らず何も調べず何も横浜市民として郷土愛も持たずに横浜市の古来の日本文化史跡と自然を破壊する一部役人と開発利権無文化土建屋を、保守派と日本の為に世界と戦い横浜復興に力を尽くされた原財閥や浅野財閥の皆さんと同じく生粋のハマっ子日本人は許さない。
横浜市役所に勤めながら横浜に愛着を持てず、横浜の最大最後の自然と文化破壊を何とも思わない奴は日本人を止めろ。いつまでも横浜を地元と思えないなら❝おまエラの地元❞に帰れ!

先月04月21日に一人で訪問した青梅市塩船観音の躑躅がとても綺麗だったので・・・
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「こんな所に行って来たヨ~」
・・・と実家のテーブルにパンフレットを置いておいた所、母と母の友人に・・・
「私達も行きたい、連れてって!」
・・・と言われた。
なので、たまには親と一緒に行動するのも良いかと思い立ち、塩船観音だけでなく旧庄屋の福島家住宅や清酒千代鶴の中村酒造見学などを含めて計画を練って、早朝6時半に自宅を出発して奥多摩観光に行って来た。
無論、小生の組む予定に相手の年齢や性別や体力等は僅(わず)かな考慮しか無く(笑)、容赦なくギッチギチにスケジュールを組んで置いた。
当初の予定では塩船観音と3個所+母達のニーズに現地で応える臨機応変候補地だけの訪問だったので、GoogleMapに行きたい場所リストを登録して置いた上で更に現地の観光案内看板で臨機応変に行動した所、訪問先は9箇所に増えた。
先に訪問先を列挙すると以下の通り・・・
・AM:06:30円海山の麓の自宅を出発
・AM:07:00能見台の母の友人宅へ迎えに行く
・圏央道厚木PAで朝食
・青梅市 塩船観音寺
・澤乃井櫛かんざし美術館
・福島家住宅(古民家)
・澤乃井酒造と多摩川の渓流と寒山寺
・海禅寺(天皇家勅願寺)
・奥多摩かまめし←小生は昼寝タイム
・へそ饅頭総本舗とへそ観音
・武蔵阿蘇神社
・千代鶴 中村酒造
・PM19:30位に能見台に到着
さて、当日の行動と訪問先を写真で紹介すると・・・
この日の前日と言うか当日の午前のまだ夜明け前、小生は深夜に仕事から帰宅。
そしてAM:05:00に成っても結局目が冴えて寝れず。
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レッドブルを2本飲んで脳味噌を強制起動、結果的には小生だけ昼食を取らず車で仮眠したので睡魔にも襲われず良い旅行と成った。
最初に休憩したのは厚木PA、残念ながらここでは今回は写真は撮影しなかったがウチのBBA共が未だ奥多摩の観光地にも着いてないのに神奈川県内のしょっぱなの休憩所で阿呆(アホウ)の様に御土産(みやげ)を買い漁ろうとしたので「説教するハメ」に成った・・・
「これから沢山、神奈川県では買えない物を売っている場所に行くのにいきなり神奈川県内の土産を買って、先の事を考えて計画的に買い物する場所連れてくから今飲食する物だけ買ってね!」
・・・と。BBA共は無計画、特にウチの実家では母は最近は冷蔵庫の在庫管理も出来ない人なので小生が消費期限の切れた食品は容赦なくポリ袋に入れて捨てないといけない。その度に母には「毎日食品買物したいのならば在庫を手帳にメモって仕事に行きなさい」と説教をしないといけない。
それと同じ行動パターンだな。
オバさんも軽く凹ませたが小生は「この先もっと良い物を売っている場所に行き小生の説教に納得する」と確信していたので意にも介さず、取り合えず二人に朝食を買い与えてお腹を満たさせ機嫌を回復させて再出発。
最初に二人を連れてったのは青梅市勝沼城址近くの塩船観音寺だ。
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小生が前回訪問したのは04月21日、そしてその時が見頃だったので二人には予(あらかじ)め警告しておいた「ゴールデンウイークの頃にはもしかしたら見頃が過ぎてるかも知れないよ~」と。
その懸念は現実の物と成ってしまい、母とオバさんとの訪問前日の05月03日の台風の様な天候で咲いていた躑躅は大半の花弁が散ってしまったそうだ(笑)。
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いくらか咲いていたが略(ほぼ)全滅。
でも塩船観音寺はとても雰囲気の良い山寺。
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そもそも日本初代の大僧正と成り東大寺大仏建立の立役者である行基大僧正が開いた御寺と伝わる。
行基大僧正が開いたと言うのは有る意味本当だろう。❝有る意味❞ね。
当時、行基大僧正は日本神話の聖地保護や寺院建立の為に❝行基集団❞的な現在で言う所のNPO法人の財団の様な巨大な組織を擁(よう)していた。なので行基集団のボスの行基大僧正は保護すべき聖地霊場の報告を取捨選択した上で保護する目的で修験道的な仏教寺院を大分多く造営している。
神奈川県だと修験道や神道や仏教の聖地だった八菅七所権現(現:八菅神社)や石山権現大山寺と阿夫利神社等が神奈川県では最たるものだろうか?
鎌倉市長谷地区近くの坂ノ下地区にも虚空蔵菩薩堂を造営したりしている。
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大悲山 観音寺(塩船観音寺)


そんな行基大僧正の関わられた塩船観音寺を人魚姫の不老不死伝説の有る八百比丘尼様が再興したそうだ。この御寺の雰囲気は、本当に往古の山寺の雰囲気と、観光地化されたエリアの棲み分けと保護がバランスよく素晴らしい。
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だから躑躅の花は散っても雰囲気を楽しめる。
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いぬケツ(笑)、可愛い(笑)。
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しかし母達は躑躅が咲いていない様子を見るや真っ先に売店に走り、又、衝動買いを始めた。
・・・流石に、ここの物はここでしか買えないので、ここから先は止めないで置こうと思い放置した。
まぁ、買い物が楽しかった様で機嫌を悪くする事もイジケル事も無く、二人共それなりに満足した様で駐車場に戻っても機嫌は良かった。二人して巨大な筍(たけのこ)とか刺身蒟蒻とか買っていた。
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小生も梅漬けの沢庵と自分様に刺身蒟蒻を購入、これ、どちらもスンゴイ!美味しかった。
青梅市観光の際はおススメ!
さて次の目的地は吉川英治記念館だ。
目的地に向かい青梅街道に車を進ませると、青梅市が力を入れている❝昭和の街並み❞と❝映画のロケ地&映画の街❞のコンセプトの実現されている素敵な商店街を通り抜けた。
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母の友人は大興奮、まぁ又、来年に二人を塩船観音の躑躅を見に連れて来てあげたいと思うので、その時にはユックリとこの街を散歩しても楽しいかも知れない。
今回はスルーし、車を先に進ませた。
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吉川英治記念館に到着。
吉川英治記念館
小生は横浜の戦国時代の殿様の間宮康俊公の顕彰活動で横浜市鶴見区の間宮家菩提寺の寶泉寺の初代住職が青梅市二俣尾の福禅寺(現:海禅寺)から御招きした歴史を知って昨年に海禅寺の御住職様に会いに来た際に、ここの存在を知って来てみたいと思っていた。
吉川英治先生事は小生達昭和生まれ世代の男子ならば、漫画の横山光輝サンの著作の三国志の原作者として知らない人間はいないだろう。小生は政治外交軍事を民間交流に持ち込み反日感情を利用する中国の現政権が嫌いで良く批判を展開するが、基本的に三国志の英雄達や南宋の岳飛将軍や明の鄭成功将軍が好きで中国料理屋中国文化はリスペクトしている。端的に言えば日本の共産主義はクソだと思っている。
その日本共産党なんかを日本経済破壊的政策の指示を煽る煽動に利用する今の中国政府も嫌いなだけ。
元寇を撃退出来たのも蘭渓道隆和尚や兀庵普寧和尚等、南宋からの亡命者達が情報を齎していたから鎌倉武士達の作戦と精神修練が成功したのを鎌倉市に良く足を運ぶ神奈川県民として当然ながら知っているから。鎌倉文化は南宋と仏教文化との繋がりと反元朝無しには、あの形に落ち着かなかっただろうから。今の悪い面と過去の良い文化はソレはソレコレはコレと分けて考えているし、中国人に対しても反日中国人と親日中国人と中立中国人で関わるスタンスをコチラも相応にやり方を変えている。
目には目をひん剥いてやる歴史事実を突きつけ、歯には歯を叩き居る鉄球を叩きつけオーバーキルしてやり、友情と恩義には友誼と恩返しで報いる訳だな。
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さて、この吉川英治記念館は実際に戦時中に吉川英治先生が東京から疎開する為に買い取った絹糸生産者の豪邸なので非常に見応えの有る日本家屋と庭園として保存公開されている。
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入口から既に御金持ちの象徴の❝長屋門❞だ。
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本当に立派な古民家なのが、この時点でお解り頂けるだろう。
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幕末~明治初期の昔、日本は世界有数の良質な生糸の輸出国だった。だから八王子の旧家には蔵屋敷も有る。吉川英治記念館も例に漏れず。
特に八王子~群馬県にかけての奥多摩や上州では生糸生産が特産に成っていた。
実はこれ、戦国時代に善政を布いて産業振興や荒川の治水や税率軽減や農地開拓や領民に優しい法制度の公平性等で実績を残した偉大な北条家の殿様達の遺産なのだ。
特に八王子を治めた北条氏照公と埼玉県北西部を治めた北条氏邦公は生糸の殖産振興を政策として実施して農民達は潤った。そして、それが近世~近代にまで経済基盤の屋台骨となり世界にまで進出する特産品と成った訳だな。
本当に小田原北条家の政治は素晴らしく、後の江戸幕府は北条家と比較して劣っている面が非常に多かったりする(笑)・・・のだが関西や濃尾三遠方面の人はソレを知らない。
余談だが、横浜三渓園を自宅としていた原財閥の原三渓サンが上州に開いたのが世界遺産と成った富岡製糸場で、アレは原財閥の持ち物だったのだがソレを群馬県の人は余り知らない。
横浜銀行も原財閥の持ち物だったんだな。
何故、原財閥が群馬に生糸の製糸工場を作ったかと言えば、それはシルクは全て横浜港から出荷されヨコハマシルクとして世界に有名なブランド化に成功していたからだ。
間宮家の居城、笹下城下の笹下川~蒔田吉良家の蒔田城下の大岡川~蒔田湾(現:横浜中華街~吉野町は海だった)の河川では戦国時代より染物が産業として有り、昭和初期までシルク等を染色する捺染工場が多く残っていたが、20年程前に全滅したそうだ。
こんな生糸の歴史を通じても青梅市と横浜市は北条家の殿様達の御恩と御縁で繋がっていたりする。
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母屋は昔は現在とは違って草葺きだった様だ。
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御庭は本当に手入れが行き届き美しい。
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母とオバちゃんは大喜びで・・・
「素敵な場所ねぇ~」
「連れて来てくれてありがとう~」
・・・と言ってくれていたのだが、小生も正直、ここまで見応えが在るとは思わなかった!
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玄関の土間までは入る事が出来るが建物の内部は拝観不可。
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でも各部屋の当時の生活の様子の写真と解説が展示されており、これはこれで良かった。
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本当に立派な建物なんだなぁ~。
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御庭は新緑で美しかった。後で知るが、この庭の大きな木の下で吉川英治さん達家族は良く一家団欒を楽しんでいた様だ。
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執筆活動をする書斎は洋風の増築だった。
ここが又素晴らしい。
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床のモダンなタイルと・・・
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母屋との渡り廊下の細かい格子戸。
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庭からの入口には立派な漆喰彫刻。
本当に素晴らしい!
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書斎の中はコンナ感じだった。
地図を見ながら執筆するスタイルだったんだろうか?小生達旅行や歴史ブログ書く人と同じスタイルだねぇ~♪
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母屋から展示館の方へ抜ける道。
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中国から輸入したと思われる石像。
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ここから多摩川の方を望む景色も良い。
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展示館は内部が撮影禁止なのだが、見学して初めて知った・・・
吉川英治先生って横浜市中区の出身、しかも超低学歴なのに独学で会社経営して一定の成果を上げた特異な経歴を持ち、しかも作家として一流の成功を収めていらっしゃると言う。
・・・凄まじい才能の塊、小生、吉川英治先生に肖りたい。一番現代に近い人物で尊敬する歴史偉人がここへの訪問で吉川英治先生に成った。
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一頻(ひとしき)り見終わり母達も大満足で一先ず、塩船観音の次は幸先(さいさき)良い再スタートを切る事が出来た。
そこから昼食を❝奥多摩かまめし❞に行こうかと思ったが、吉川英治記念館に来る途中で渡った鉄橋に有った❝澤乃井櫛かんざし美術館❞と言う看板に母とオバさんが「行きたい!」と食いついていたのと、吉川英治記念館到着直後に澤乃井櫛かんざし美術館が近い事も地図で確認していたので次の訪問地と定めた。
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澤乃井櫛かんざし美術館吉川英治記念館から本当に近い、渋滞したが車で10分かかっただろうか?
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残念ながら展示物の写真撮影は不可との事、先に結論を言うと「ここの櫛と簪(かんんざし)の展示物は美しさも展示数も櫛と簪に特化すれば東京国立博物館を凌ぐ素晴らしさ!」だった。
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ここの紹介の跡で紹介するが、実はここ入口で日本酒を打っているので店員さんに「何で日本酒売ってるんですか?」と質問した所、澤乃井酒造の経営者の開いたコレクション展示館だそうだ。しかも存じ上げなかったが、直ぐ近くの吊り橋を渡った先が澤乃井酒造の酒蔵だそうで、そちらも見学したり試飲したり出来ると聞いた。
恐らく、吉川英治記念館や天皇家勅願寺の海禅寺と合わせて躑躅や桜の時期に訪問すると、ゆっくりするなら半日は余裕で楽しく過ごせるだろう。
展示物の写真は撮影出来ないが、館内から見る青梅市沢井地区の多摩川の渓流は一端の景勝として成立しておりとても美しかった。
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川面(かわも)は碧(あお)く、透き通り、そして優しい。
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つり橋の傍に何か御堂の様な建物が見えたので店員サンに質問した所、そちらも澤乃井酒造さんの建立された御寺で❝寒山寺❞と言う寺名だそうだ。・・・寒山寺は昭和の歌手の渡辺はま子サンと平成の歌手の平原綾香サンが歌った蘇州夜曲にも登場する春秋戦国時代の呉王国の首都だった中国蘇州市の名古刹寺院と同じ名で、蘇州と御縁の有る小生は「奇遇だなぁ~」と思った。
下の階に降りると切り絵の様な物の製作展示販売を行っていた。
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この方、高井先生とおっしゃる東京都調布市で代々続く着物の柄の染色型紙の作家の先生だった。
色々と横にいた綺麗な秘書の様な方に御話をお伺いして居た所、実はその女性は娘さん、そして高井先生御本人から「弟子募集中」との事、小生が趣味で指輪作ったり小さい時から美術造形を勉強していたので趣味として好きな事を話したら「是非、習いに来ませんか?」とリクルートされた(笑)。
弟子と言っても後継者がいないので教室を開くそう。横浜でもやろうかと思っているそうなので、もし横浜で開くなら参加して見たい。
ジムで身体づくりを完遂したら日野市の天然理心流の道場にも通いたいので、日野市の隣の調布市ならついでに車で通えると思う。工作好きだしねぇ~♪
高井先生の作品については写真撮影しても良いとの御許可を得たので、その緻密で精密な江戸時代から受け継がれている幾何学模様の型紙を沢山写真撮影した。
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驚く事に、この神は新聞紙だそうだ!
それを柿渋に付けて乾燥させると極薄で凄い強度の紙に変化するそうだ。
良い事を聞いたが、横浜では柿渋は手に入らないだろう。やはり先生の弟子に成るか別の代用紙を探す必要が有る。
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これ、もし作る事が出来たら銀粘土で指輪に模様を転写したらとても美しいデザインに成ると思う。
こんど写真を紙にプリントしてトレッシングペーパーに写しとって見ようと思う。
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う~ん綺麗だ。
外国人が御土産として喜んで買っていきそう。羽田空港とかに取り扱って貰えないのかな?
さて、一頻り見学が終わり澤乃井酒造へ移動しようと思い地図を見たら、実は当初の訪問地として定めていた福島家住宅の古民家の目の前が澤乃井酒造の酒蔵だと気が付いた。
なので先に澤乃井酒造の駐車場を目指し、車を降りてから福島家住宅を見学した。
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福島家住宅
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ここは東京都青梅市の奥多摩、昔の多摩郡三田領二俣尾村の庄屋だった福島家の古宅だ。
小生はこの福島家と玉縄城主北条綱成公の生家は何某か関係が有ると感じているのだが、まだ福島家の御子孫と面会に至らず御話を聞けずにいる。ちゃんと家系図も有るそうなのだが、東京都ロケーションなんちゃらが間に入って来て一個人での面会を勝手に拒否るのでまだ会えない。
こんど海禅寺の御住職経由で御話を通して貰おうと思う。
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う~ん…酒林が吊るされており尚且つ澤乃井酒造さんの隣って事は、福島家は澤乃井酒造と関係が深いのだろうか?確認出来ないので何とも言えない。
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澤乃井園(澤乃井酒造)澤乃井酒造は本~当~ぉに!立派だった。
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この昔ながらの酒造の蔵や漆喰の蔵や茅葺の母屋等と道を挟んで反対には食事処や試飲出来るスペースや売店なんかが有り、それが一つのテーマパークの様に完成されていている。
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家族連れと恋人達で山奥なのに大変な賑わい!ゴールデンウイークだしね。
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ここで御猪口を買うと試飲出来る。
無論小生は運転手だし御酒は梅酒以外は好きでは無いので飲まないが、母は試飲したがり何種類か有料だが試飲を楽しんだ。
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食事も出来る。
又、こことは別棟でちゃんと和食レストランと軽食の売店も有る。
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櫛かんざし美術館から見た寒山寺の水墨画。
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やはり蘇州市とも御縁が有る様だ!奇遇だなぁ~。
両方とも風景の美しい場所として有名。
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この軽食をとれる❝ままごと屋❞の横が日本酒の売店に成っている。
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小生は梅酒を見つけたので購入しようと決めたが、母もオバさんも自分も小腹が空いてきたので酒饅頭を購入した。
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ここの直ぐ下の渓流にも降りる事が出来る。
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う~ん!良い眺め!
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家族とカップルが水遊びをする様子は微笑ましい♪
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吊り橋の先には青梅市の寒山寺が見える。
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ここの多摩川の水は本当に綺麗!
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もし彼女が出来たら是非、泊りがけで青梅市~羽村市~あきる野市観光に来て飲酒もしたいと思う。
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この橋の後ろに澤乃井櫛かんざし美術館は在る、歩いて10分位なので美術館に車を停めて来ても良いかも知れない。
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皆ゆっくりと良い時間を過ごしているね。
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小生も母もオバさんも大満足で、食事の為に車に戻った。
食事場所に決めていた❝奥多摩釜めし❞に行く途中に間宮家の殿様が戦国時代に御世話に成った天皇家勅願寺だった福禅寺(海禅寺)が在るので、二人にも付き合って貰い御参りに立ち寄った。
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瑞龍山 海禅寺(天皇家勅願寺:旧寺名:福禅寺)御住職には御挨拶はしなかったが御参りに上がった所、予想外にオバさんが大変喜んでくれたので良かった。躑躅も少し残っていたが、綺麗な花が咲いているのが嬉しかった様で嬉々として写真を撮っていた。
御本堂で御本尊の釈迦牟尼仏様と三田綱秀公と間宮家歴代の殿様達に御参りし、いつもの御礼とこの日1日の旅の無事と海禅寺と海禅寺関係者と二俣尾地域の皆さんの無事を祈願した。
母達には付き合って貰ったのだが喜んでくれて良かった。
車に乗り昼食目的地に移動・・・
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奥多摩釜めし❝奥多摩釜めし❞に到着。
実はここで小生は食事をしなかった。
徹夜が限界に来て睡魔を感じ始めた・・・
「これ以上無睡眠は危なぇ~なぁ~」
・・・と思い、海禅寺で三田と間宮の殿様と御釈迦様に旅の無事を祈願したばかりだし、母達には好きに食事して貰う事にして自分は車中で仮眠する事にした。
1時間位は寝れただろうか?御釈迦様と殿様達の御利益か、1時間寝てスッキリ!眠気も覚めた♪
母達も「それなりに美味しかったよ(笑)」とそこそこ田舎の釜飯屋サンとして美味しかったそうで笑顔で店を出て来た。
小生、ここで食事をしなかったのは、直ぐ近くに❝へそまんじゅう総本舗❞が存在しているのを前回の訪問で知っていたので、そこで小腹を満たせば良いし母達にも良いデザートに成ると考えての事だった。
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へそまんじゅう総本舗ここは隣に旅の安全を見守る観音様が鎮座するので、御土産物屋として饅頭屋が名物に成った様だ。
歴史的には100年続くとか凄い古い訳では無い。
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ちゃんと御参りしました。
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「観音様、無事へそ饅頭本舗まで辿り着かせて下さりありがとうございました、二人を家に送り届けるまで御加護御願い致します。そして観音様が多くの人にずっと大切にされます様に」
・・・とお祈りして、御饅頭を購入!
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ここは蒸(ふ)かしている暖かい物を出してくれる。
母達も喜んで食べていた。素朴だけれど美味しくて、奥多摩観光に来る人達で賑わっている店なんだな。
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三田綱秀公の紹介が店頭に有った。
この殿様は責任感が強くて誠実な人だったんだな。以前書いた唐垣山城の記事が有るので、ブログのタグで唐垣山城と検索してくれれば以前の記事を読めると思います。御興味の有る方はどうぞ。
再び出発・・・
最後の目的地はあきる野インターチェンジ手前の清酒千代鶴の中村酒造、その途中に先の熊本大地震で熊本県民を僅かな犠牲者で抑え神様が自らを犠牲にして熊本県民を守る様に社殿崩壊した阿蘇神社の関東唯一の分社、武蔵阿蘇神社が在るのでそこに寄る事にした。
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武蔵阿蘇神社ここは関東人にとっては、とっても由緒正しい聖地だ。
神社前の多摩川に在った淵は古代からの龍神信仰の舞台であり、何と平将門公が肥後国阿蘇大社から建磐龍神(たけいわたつのかみ)の御分霊を勧進された由緒ある神社だ。
そして羽根用水と言う❝と~っても古い!❞現役の灌漑用水史跡が現存する場所でもある。
平将門公は腐れ藤原貴族には自分達の既得権益を脅かした悪人だが、実は桓武天皇の末裔で親王赴任国の上総国下総国を治める権限も有していた。そして関東人にとっては善政を布いた名統治者でもあったので東京都のみならず埼玉県、千葉県、神奈川県、茨城県、福島県でも今現在に至っても慕われ、東京の神田明神では経済の神様としても民衆の信奉厚い。
武蔵阿蘇神社は目の前の多摩川対岸がパワースポットで古代からの聖地だったのだが、平安時代の渡河地点に平将門公が神社を築いたのだろう。そして平将門公が戦死された後は、将門公を討ち取った将軍の藤原秀郷も阿蘇神社を大切にし将門公の意思を継いで関東の民を安んじた。だから羽村市の阿蘇神社には藤原秀郷手植えの古木も現存する。
ここを御参り出来て母の友人も母も、羽根用水と多摩川の風景の綺麗さも有り喜んでくれた。
阿蘇神社を出発し最後の目的地の中村酒造に到着・・・
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清酒千代鶴 中村酒造(千代鶴酒造り資料館)DSC_0668
ここは売店に酒造の道具の展示が有るし❝試飲も無料❞なので運転手以外には見学する価値が絶対に有る場所だ。小生は無論飲まないが、文化的な物が好きなので3年前に始めて立ち寄って御土産に清酒と梅酒を購入して以来、羽村市チューリップ祭りを見物に来る度に立ち寄る様に成った。
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展示物色々。
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色んな賞で金賞も受賞している酒蔵だ。
母と母の友人は色んな清酒を試飲して、数本づつ御土産に購入していた。
「ね?最初に余計な物を買わなくて良かったでしょ?」
・・・と言う所だね。
母と母の友人も結果的に今回の小旅行全体をとても喜んでくれたので良かった。

この後、神奈川県の藤沢市域に入ってからが凄まじい渋滞に巻き込まれ夕方17時位に出発したのだが、母の友人の住む横浜市金沢区能見台に到着した時は既に20時近くだった。

そう言えば能見台の地名が出たので今回の旅とは全く関係無いけれど別記事にもしますが少し映画の紹介を・・・
恋は雨上がりのように 公式ホームページタイトル画像 久良岐のよし
恋は雨上がりのように
公式ホームページURL→http://koiame-movie.com/#/boards/koiame
2018年05月25日(金)、もう直ぐ公開のこの映画では能見台を中心に周辺地域がロケ地として頻繁に登場します。能見台駅や桜木町駅を皮切りに・・・
恋は雨上がりのように 能見台駅 久良岐のよし
恋は雨上がりのように 桜木町駅 久良岐のよし
富岡~能見台~氷取沢に抜ける住宅道路をヒロインの❝橘あきら❞を演じる小松菜奈さんが疾走しまくす・・・
恋は雨上がりのように 能見台 久良岐のよし
恋は雨上がりのように 氷取沢 久良岐のよし
恋は雨上がりのように ヒロイン 久良岐のよし
全然関係無いけど、この小松菜奈サン、小生の学生時代の彼女にソックリ(笑)。
恋は雨上がりのように 円海山 久良岐のよし
そしてもう直ぐ蛍の見れる季節に成る磯子区~栄区~港南区にまたがる円海山もロケ地に成っていますね。
蛍のいる瀬上沢から、このロケ地は徒歩8分くらいと直ぐ近く、更にはこのヒロインが走ってる道の左手の山の上は横浜市で最高所なので絶景の夜景スポットとして栄区上郷町と港南区港南台の地元民には知られています。
ついでなので以前、蛍を見られる❝瀬上沢❞と瀬上沢の綺麗風景や蛍の様子を紹介した記事のリンクと蛍の見られる場所も紹介して置きます。
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円海山の展望台とベンチ~横浜の大森林を守ろう
(洋光台地域ホームページから)

東急が開発破壊しようとしており林文子市長がそれを容認する様な発言をして横浜市民から大ヒンシュクなのも紹介しています。
こんな映画のロケ地に成ったり、横浜市最後の蛍大生息地が見られたり、横浜市一の夜景が見られる場所を横浜市役所に破壊されない様に、彼女さんや彼氏さんや奥さんや御子さんと❝恋は雨上がりのように❞の映画を見て聖地巡礼に円海山に来て、ついでに蛍と夜景を見て、その素晴らしさを感じて見ませんか?
横浜市にも奥多摩の様な最後の大自然が残っています、ここを破壊しようとする政治家と土建屋に止める様に、林文子市長には❝歴代市長が守て来た❞貴重な自然を子供達に開発の魔の手から守って下さる様に陳情して頂ければ幸いです。

●林文子市長への陳情窓口
林文子事務所 
〒231‐0007 横浜市中区弁天通4-53-2 DOMONビル2F
TEL:045‐228‐9780
横浜市教育委員会庶務課
TEL:045-671-3240
●東急建設
http://www.tokyu-cnst.co.jp/company/
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土木本部 TEL:03-5466-5152
建築本部 TEL:03-5466-6186
営業本部 TEL:03-5466-6299



恋は雨上がりのように 公式ホームページタイトル画像 久良岐のよし
恋は雨上がりのように
公式ホームページURL→http://koiame-movie.com/#/boards/koiame
主題歌「フロントメモリー」MPV→YouTube公開動画


2018年05月25日(金)、もう直ぐ公開のこの映画では能見台を中心に周辺地域がロケ地として頻繁に登場します。能見台駅や桜木町駅を皮切りに・・・
恋は雨上がりのように 能見台駅 久良岐のよし
恋は雨上がりのように 桜木町駅 久良岐のよし
杉田~富岡~能見台~氷取沢に抜ける住宅道路をヒロインの❝橘あきら❞を演じる小松菜奈さんが疾走しまくす・・・
恋は雨上がりのように 能見台 久良岐のよし
恋は雨上がりのように 氷取沢 久良岐のよし
恋は雨上がりのように ヒロイン 久良岐のよし
全然関係無いけど、この小松菜奈サン、小生の学生時代の彼女にソックリ(笑)。
恋は雨上がりのように 円海山 久良岐のよし
そしてもう直ぐ沢山の蛍の見れる季節に成る貴重な横浜最後の自然が残る金沢区~栄区~磯子区~港南区にまたがる円海山もロケ地に成っていますね。
蛍のいる瀬上沢から、このロケ地は徒歩8分くらいと直ぐ近く、更にはこのヒロインが走ってる道の左手の山の上は横浜市で最高所なので絶景の夜景スポットとして栄区上郷町と港南区港南台の地元民には知られています。
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富士山の赤富士とダイヤモンド富士の景勝を見られるポイントとしても夕日の撮影が趣味の人達には広く知られています。
恐らく知らないのは❝築地育ち❞の林文子市長くらい。
ついでなので以前、蛍を見られる❝瀬上沢❞と瀬上沢の綺麗風景や蛍の様子を紹介した記事のリンクと蛍の見られる場所も紹介して置きます。
円海山蛍の生息地 久良岐のよし
Google map→リンク
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円海山の展望台とベンチ~横浜の大森林を守ろう
(洋光台地域ホームページから)

東急が開発破壊しようとしており林文子市長がそれを容認する様な発言をして横浜市民から大ヒンシュクなのも紹介しています。
こんな映画のロケ地に成ったり、横浜市最後の蛍大生息地が見られたり、横浜市一の夜景が見られる場所を横浜市役所に破壊されない様に、彼女さんや彼氏さんや奥さんや御子さんと❝恋は雨上がりのように❞の映画を見て聖地巡礼に円海山に来て、ついでに蛍と夜景を見て、その素晴らしさを感じて見ませんか?
横浜市にも奥多摩の様な最後の大自然が残っています、ここを破壊しようとする政治家と土建屋に止める様に、林文子市長には❝歴代市長が守って来た❞貴重な自然を子供達の為、日本文化と自然保護の為に開発の魔の手から守って下さる様に陳情して頂ければ幸いです。

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平安時代の人々は梅の花を見て春の訪れを感じたそうです… 
そんな訳で神奈川県内で綺麗な梅の花の名所を小生の知る場所だけ、一覧として掲載します。
もし他にも県内に素晴らしい梅林を御存じの方は、紹介コメントを残して頂けると幸いです。
※小生がブログを初めてまだ2年弱、写真の無い梅林については公式ホームページの写真を転用し紹介します。
※公式ホームページが有る場所は名前にリンクも貼りますので参考にしてみて下さい。
※梅林の名称をクリックすると、リンク先の公式ホームページを閲覧出来ます。
※過去記事転載でイベント日程が以前のまま記載されている部分が有りますので、詳細は掲載された問い合わせ先にご確認ください!

湯河原梅林
住所:〒259-0313足柄下郡湯河原町鍛冶屋951-1付近
見頃:3月初旬
湯河原梅林様公式 画像拝借1 久良岐のよし  
湯河原梅林様公式 画像拝借2 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
イベント
湯河原梅林は約4000本の梅を誇る。箱根~小田原~熱海の温泉地や名勝旧跡からも車で1時間以内と近く、周辺には温泉宿も多く有る風光明媚な観光地で泊りがけの梅林鑑賞を楽しめる夜間ライトアップも行っている。
梅の宴 例ねん02月初旬~03月中旬開催※詳細は御自分で問い合わせして下さい。 
夜間ライトUP 02月末~03月初旬の18:00~20:30の時間 ※詳細は御自分で問い合わせして下さい。 
連絡先
湯河原町観光課 TEL 0465-63-2111
アクセス
幕山公園
駐車場…500円~300円(会場との距離で料金が異なる)
JR湯河原駅~バス乗車(約20分に1便間隔)~15分で到着 湯河原梅林 アクセス 久良岐のよし



【辻村植物公園】
住所
:〒250-0042小田原市久野荻久保4381
見頃:2月末~3月初旬
辻村植物公園2 小田原市公式様より拝借 久良岐のよし 
辻村植物公園 小田原市公式様より拝借 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
イベント
特に無い。
連絡先
小田原市広報広聴課 TEL 0465-33-1261
アクセス
辻村植物公園
駐車場500円
JR小田原駅西口~バス乗車いこいの森(わんぱくらんど)行き~約10分、辻村植物園で降車
辻村植物公園 アクセス 久良岐のよし 

小田原城 城址公園内梅園
住所:小田原城址公園
見頃:2月中旬~3月初旬
小田原城 小田原市公式様より拝借 久良岐のよし
※画像は公式から拝借 
※4月まで天守閣のみ工事中で見学不可、他本丸遺構等見学可。
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※昨年02月28日撮影。
この頃が見頃。
イベント
梅まつり平成28年02月06日(土)~03月06日(日)
梅林の規模は50本前後と小さいが、御城を見学出来る上に場内でレンタル甲冑で写真撮影等も出来る。
また、辻村植物公園の梅林や曽我梅林や小田原フラワーガーデンと合わせて鑑賞に来れる距離。
連絡先
TEL 0465-23-1373
アクセス
JR小田原駅から徒歩10分
公共駐車場無し。周辺に私営駐車場有り。 小田原城アクセス 久良岐のよし


小田原フラワーガーデン
住所
:〒250-0055 神奈川県小田原市久野3798-5
見頃:2月中旬~3月初旬
小田原フラワーガーデン 公式様より拝借 久良岐のよし 
小田原フラワーガーデン 公式様より拝借2 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
イベント
渓流の梅林 梅まつり 平成28年01月30(土)~03月06日(日)

連絡先

TEL 0465-34-2814
アクセス
JR小田原駅乗り換え~伊豆箱根鉄道大雄山線飯田岡駅~徒歩10分
駐車場(140台)無料
小田原フラワーガーデンアクセス 久良岐のよし 


曽我梅林
住所
:〒250‐0205神奈川県小田原市曽我別所282付近一帯

見頃:2月初旬~3月初旬
曽我別所梅まつり観光協会様公式 拝借1 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
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※2015年02月28日に撮影
イベント
小田原梅まつり 02月06日(土)~03月06日(日)
※曽我梅林は他の梅林とケタ違いの3万本以上の広大な梅林です。
連絡先
小田原別所観光協会 TEL 0465-42-1965
アクセス
電車…JR東海道本線国府津駅~御殿場線に乗り換え~下曽我駅~徒歩15分。
バス…小田原駅・国府津駅からバス有り。中里で降車~徒歩20分。
曽我別所梅まつりアクセス 久良岐のよし 


松岡山東慶寺 金峯山浄智寺
住所
東慶寺〒247‐0062鎌倉市山ノ内1367

浄智寺〒247-0062鎌倉市山ノ内1402
見頃:2月下旬~3月初旬
駆け込み女と駆け出し男
※東慶寺は2015年公開の映画❝駆込み女と駆出し男 ❞の舞台です。
東慶寺様公式ki-chi様撮影 拝借1 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
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浄智寺は鎌倉五山で京都の征夷大将軍が直接住職を任命する特別な寺だった。
現在は鎌倉江ノ島七福神巡りの一つ。
※2015年06月14日に撮影
イベント
特に無し。
東慶寺は約100本以上、浄智寺にも数十本の梅が咲く。
東慶寺と浄智寺は徒歩5分の距離。ともに歴史が深く、東慶寺は鎌倉幕府執権北条時宗の妻、覚山尼様の開基。その後は後醍醐天皇の皇女用堂尼様、戦国時代には豊臣秀頼公の御息女の天秀尼様が住職を務めた。映画❝のぼうの城 ❞のヒロインで女傑として有名な成田甲斐姫も天秀尼様の養育係として仕え東慶寺に同行し住したと伝承する。
浄智寺は鎌倉五山の一つの各式を持つだけでなく、嘗(かつ)ては広大な敷地と無数の堂塔を有し、鎌倉公方の仮御所に定められる事も度々有り、足利持氏公や足利成氏公が滞在した場所でもある。
連絡先
東慶寺 TEL 0467-33-5100
浄智寺 TEL 0467-22-3943
アクセス
東慶寺 JR北鎌倉駅~徒歩5分
浄智寺 JR北鎌倉駅~徒歩8分
東慶寺浄智寺アクセス 久良岐のよし 


錦屏山瑞泉寺 異名:花の寺&荏柄天神社】
住所:
瑞泉寺 〒248-0002 鎌倉市二階堂710
荏柄天神社 〒248-0002 鎌倉市二階堂74
見頃:1月中旬3月初旬、黄梅は2月中旬~3月中旬 
瑞泉寺様公式mayumi-katsu様撮影 拝借1 久良岐のよし
※画像は瑞泉寺様公式から拝借
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荏柄天神社は日本三古天神社の一つに数えられる天満宮で、境内には数十本の梅が咲く。
イベント:
瑞泉寺
瑞泉寺様公式催事 拝借 久良岐のよし
※画像は瑞泉寺様公式から拝借
季節ごとに、その季節に見頃の花を植樹してある。梅は数百本を数える。
鎌倉時代~江戸時代まで権力者達が心の安らぎを瑞泉寺の花々に求めて訪れ歌会等を催した。
裏山にかつて在った一覧亭と言う建築からの眺望が良く、水戸徳川光圀(黄門様)も訪れた。
近くの荏柄天神社にも数十本の梅が植樹されているので、荏柄天神社と瑞泉寺をセットで見学するのが御薦め。
徒歩に行ける範囲の浄妙寺や鎌倉宮と合わせて見学しても、より鎌倉市街の旧鎌倉幕府拠点地域の原風景を楽しめる。浄明寺では抹茶も飲める。鎌倉宮は桜の名所。
連絡先
瑞泉寺 TEL 0467-22-1191
荏柄天神社 TEL 0467-25-1772
アクセス:
荏柄天神社 鎌倉駅東口~バス(大塔宮行き)乗車10分~天神前で降車
瑞泉寺 鎌倉駅東口~バス(大塔宮行き)乗車15分~終点大塔宮で降車
瑞泉寺荏柄天神社アクセス 久良岐のよし 


神奈川県立フラワーセンター大船植物園
住所:
〒247-0072 神奈川県鎌倉市岡本1018
見頃:2月中旬~3月初旬
大船フラワーセンター様公式 拝借1 久良岐のよし 
大船フラワーセンター様公式 拝借3 久良岐のよし
※画像は大船フラワーセンター様公式から拝借
イベント:
様々な梅花の開花状況一覧

※2月中旬時点
大船フラワーセンター様公式 拝借2 久良岐のよし
※画像は大船フラワーセンター様公式から拝借
玉縄桜を楽しもう
大船フラワーセンター様公式 拝借4 久良岐のよし
※画像は大船フラワーセンター様公式から拝借
玉縄桜の❝玉縄❞とは古来より伝わるこの地域の地名で、戦国時代、今の清泉女学院中学校を本丸にした❝玉縄城❞と言う名城が在った。上杉謙信軍10万、武田信玄軍2万6千に攻められても落城しなかった堅城だった。
その歴代城主が小田原北条家親族の玉縄北条家で、玉縄桜はその殿様の居城の名を頂いた由緒正しい桜で、観梅の頃に咲く。近くの龍寶寺は関東最強の武将北条綱成公の菩提寺で歴代城主の御廟所も在る。境内には他に玉縄歴史資料館も有り、玉縄城の復元縄張り模型や出土品が展示されている。
連絡先:
神奈川県立フラワーセンター大船植物園 TEL 0467-46-2188
アクセス:
駐車場109台
電車&徒歩 
大船駅降車 大船駅西口(大船観音側)~徒歩16分
バス 
大船駅西口バスターミナル1番乗り場から❝渡内経由藤沢駅行き❞か❝公会堂経由城廻り中村行き❞に乗車~❝岡本(駅から3番目のバス停)❞で降車~徒歩3分。 
大船フラワーセンターアクセス 久良岐のよし制作 


田浦梅林の里
住所:
横須賀市田浦大作町
見頃:2月下旬~3月初旬
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※写真は2015年03月07日
イベント:
梅林まつり 2月中旬~3月初旬
田浦梅林は今上(現在の)天皇陛下の御生誕記念に植樹されたのが始まりで、現在では梅の本数は2700本を超え、梅の根元には水仙75,000株が植えられている。
田浦の山全体に梅が植林されており、山頂からは梅林越しに懐かしい神奈川の里山の風景を眺める事が出来る。
連絡先:田浦観光協会 TEL 046-961-4181
アクセス:
バスと徒歩…田浦郵便局バス停で降車~山頂まで徒歩20分
電車(JR)と徒歩…JR田浦駅で降車~山頂まで徒歩25分
電車(京急)と徒歩…京急田浦駅で降車~山頂まで徒歩40分
田浦梅林


岡村梅林
住所:
〒235-0021横浜市磯子区岡村6-8-19
見頃:2月下旬~3月中旬
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※写真は2015年03月07日撮影
イベント
岡村梅林は大きくは無いが、150本前後の梅が植林されている。
夜間ライトアップ
…2016年02月27日18時~21時
※2016年度は既に終了。
梅まつり
…2016年02月28日10時~15時
※2016年度は既に終了。
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この岡村梅林は、元々周辺の横浜市立岡村公園(スポーツ公園)と合わせて、近隣の岡村天満宮の社地だった。岡村天満宮の開基は鎌倉御家人三浦家の一族の平子家と伝わり、その人物は平子有長公と推定出来る。有長公は鎌倉御家人で最初の源頼朝公暗殺未遂事件の実行犯を取り押さえた勇敢な武将でもあった。丘の裏手には戦国時代の名将北条氏繁公の開いた龍珠院も在る。
岡村天満宮の社領は第二次世界大戦後に米軍に接収された後、横浜市に返還されたが横浜市が岡村天満宮に返還しなかった為に一度、岡村梅林は消滅したが、岡村天満宮の氏子様の有志達が旧社地の一部を買戻し、現在の岡村梅林部分にも梅を植林し梅林を復興して下さった歴史が有る。
連絡先:岡村公園 TEL 045-751-4375
アクセス:
バス
京急弘明寺駅/市営地下鉄弘明寺駅/蒔田駅/JR磯子駅のいずれかの駅から乗車~天神前バス停か岡村交番前バス停で降車~徒歩5分
駐車場…岡村公園の有料駐車場~徒歩3分
岡村梅林アクセス


根岸森林公園
住所:
〒231-0853 横浜市中区根岸台1-2
見頃:2月下旬~3月初旬
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※写真は2015年03月02日撮影
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※上写真は明治時代の旧競馬場一等観覧席(米軍横須賀ベース管理の史跡)DSC_0129ドルフィン外観DSC_0131眺望
イベント:特に無い。
広い芝生の広場と園内に広がる桜林は横浜市民の憩いの場としても有名だが、公園の中央には400本からの梅林も整備されている。
もともとは競馬場だった。
幕末、横浜港が開港され本牧半島が外国人居留地に成った事で、駐在する欧米の外交官や軍人の要望で明治時代に建設された日本最初の競馬場の跡地。
隣接してJRAのポニー広場や競馬関連の博物館も有り、御弁当を持参すれば小さい子供連れの家族でゆっくり時間を過ごせる場所。自然湧水の池では子供がザリガニ捕り等も楽しめるる公園。
又、徒歩すぐの場所にはユーミンが十代の頃、まだ芸名が荒井由実だった時代に❝海を見ていた午後❞と言う曲で歌詞に歌ったレストランの❝ドルフィン❞が有る。
歌の通り、ドルフィンソーダを頼むと、この曲をかけて貰えます。
連絡先:横浜市環境創造局 TEL 045-671-3648
アクセス:
JR根岸駅~徒歩15分
駐車場有り。
根岸森林公園アクセス 久良岐のよし


三渓園
住所:
231-0824横浜市中区本牧三之谷58‐1
見頃:2月下旬~3月中旬
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イベント:
季節ごとのイベント有り。もうすぐ観桜の夕べで桜の夜間ライトアップ有り。
三渓園様公式拝借 久良岐のよし
明治時代の原財閥の富豪、原三渓が当時、廃仏毀釈で荒廃した全国の仏閣や徳川家所縁の城跡の建築文化財を広大な私邸に移築し保護した。日本で全国に先駆けて私立公園として私邸の建築文化財と日本庭園を広く庶民に公開した。
中には聖武天皇の勅願所だった京都府の灯明寺の旧本堂や三重塔や鎌倉の尼寺東慶寺の仏殿、紀州徳川家の和歌山の別荘や、京都の伏見城等、数え切れない程の建築遺産が移築保護されている。
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現在は原財閥から横浜市が管理を委ねられている。
原三渓の御蔭で破壊を免れた重要文化財や、季節ごとの花の綺麗な広大な日本庭園。
連絡先:045-621-0834
アクセス:
駐車場有り。
桜の季節は駐車場に入るのに1時間以上待つ場合が多々有ります。
電車&バス
JR根岸駅でバス乗車~本牧下車。
JR桜木町駅/横浜駅東口~バス乗車~本牧三渓園バス停降車~徒歩5分。
みなとみらい線元町中華街駅4番出口近く、山下町バス停乗車~本牧三渓園バス停降車~徒歩5分。
三渓園様公式拝借2 久良岐のよし
三渓園アクセス 久良岐のよし


大倉山公園梅林
住所
:〒222-0037 横浜市港北区大倉山2-36-8付近
見頃:2月下旬~3月初旬
大倉山観梅会様公式 拝借2 久良岐のよし
※写真は大倉山観梅会運営様公式から拝借
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※2016年02月27日撮影
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※2016年02月27日撮影
イベント
大倉山観梅会 2016年02月27日(土)~28日(日)
大倉山観梅会様公式 拝借1 久良岐のよし
大倉山の梅林の隣には、戦国時代の北条家重臣笠原康勝公が開いた竜松院と言う御寺が在る。
その御寺を含む大倉山公園~太尾見晴らしの丘公園にかけて続く鶴見川河畔の丘陵は、笠原家の居城❝大曾根城❞だった。
その城址に小規模な梅林が有り丘一体は大倉山地区の住民の憩いの場だったのを、東急不動産が開発破壊しようとした際に、義挙した住民が一丸と成り東急の城址と自然破壊に反対し、約30年前当時の細郷横浜市長の下で横浜市が買い上げ自然を残した公園として整備し梅林として有名に成った。
初春には周辺地域からも観梅客で賑わう。
連絡先:港北区地域振興課(観梅会実行委員会事務局) TEL 045-540-2235


本沢梅園(ほんざわばいえん)
住所:
相模原市緑区河尻4457‐1
見頃:2月下旬~3月初旬 
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※撮影日は2016年02月24日
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※撮影日は2016年02月24日
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※撮影日は2016年02月24日
イベント:
開園期間
2016年度は3月5日~3月21日まで。
※本沢梅園は官営なので管理人が常駐しておらず、開園期間以外は梅園の遊歩道には入れない。
※梅園自体は山腹の斜面に広がっているので、道路沿いからでも十分観梅が楽しめる。
本沢梅園祭り
2016年度は3月12日~13日 9時30分~15時まで。
約1000本の梅が植林されている。
昔は谷だったが、近隣の津久井湖建設の残土で谷間を埋めて、そこに梅を植林した。
周辺に歴史史跡も多く、山頂の金刀比羅宮は古来、雨乞いの神事が行われた水の枯れない池が在る。
梅林から尾根伝いの山裾(やますそ)の寶泉寺を囲む山は平安時代末期に長井家によって築城された小松城址でもある。
近くの津久井湖や戦国時代の名城、津久井城址の山のピクニック等と合わせて見学に行くと、1日中自然を満喫出来る良いレクリエーションに成る。
※津久井城址は根古屋地区のパークセンターに無料駐車場有り、鎧や城址復元図等の展示も有る。
連絡先:
相模原市コールセンター TEL 042-770-7777
城山まちづくりセンター TEL 042-783-8115
アクセス:
駐車場…無料130台
バスと徒歩…JR/京王線の橋本駅~バス❝若葉台住宅行き❞に乗車~若葉台住宅で降車~徒歩30分。
本沢梅園アクセス

 


皆さんは神奈川県の三浦半島に富士山のビュースポットとして素晴らし場所がいくつも有る事を御存知(ごぞんじ)でしょうか?
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黒崎の鼻
〒238‐0111 神奈川県三浦市初声町下宮田付近

黒崎の鼻と言う岬に通じる直線の農道は約1.5kmに渡り富士山に向かって伸びています。
この農道、何故こんなに真直ぐかと言いますと、アメリカが関係有ったりします。
先ずは航空写真を使って説明しましょう・・・
黒崎の鼻と三崎口駅位置関係 久良岐のよし
黒崎の鼻に繋がる農道は2本有り、どちらも京浜急行電鉄三崎口駅を起点にする様に伸びています。
実はこの2本の農道、第2次世界大戦終結時に日本帝国海軍の横須賀鎮守府が米国の第7艦隊に接収された際に米軍の空港建設予定地に成り整地されました。そして、計画が頓挫してからも、そのまま真直ぐな農道として残った訳です。
もしかしたら京浜急行の三崎口駅がここに作られたのも、当初は空港建設を当て込んでの物だったのかも知れません。
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とっても綺麗な風景なので、この農道では多くの映画やドラマがロケされています。
しかし綺麗なのはこの真直ぐな農道と相模湾の先に見える富士山の風景だけではありません。
真直ぐな農道の内、北側の方を真っすぐ進むと下の写真の場所に出ます。
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・・・こんな場所、普通は通りたくないけど先に有る景色を知っているから入って行ける。
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何にも知らない他府県の人が来たら尻込みしそうな獣道にしか見えませんが、ここが絶景の富士山が見られる“海”に繋がっている道でちゃんとした公園の遊歩道なんですよ。
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少し歩けば海が見えるので諦めないで下さいね(笑)。
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この黒崎の鼻は自然の柴や笹に囲まれている日本離れした風景なのですが、それ故(ゆえ)に観光に来るには海水浴シーズンでは“蚊”が多くて大変に成ってしまう上に、それこそ海上の水蒸気で大気がガスって富士山を綺麗に見る事が出来なく成ってしまいます。CIMG5894
この写真を撮影に行った日は11月下旬で日没時間が16時半で有る事を予(あらかじ)め確認してから農道での昼の風景の写真撮影も考慮して夕日も撮影出来る様に16時に現地に到着する様に横浜市の円海山の麓の自宅を出発し、計画通りの運びに成りました。
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薄木(すすき)もとても綺麗な場所ですが…
「富士山見えないじゃん」
・・・って?イヤイヤこの風景は黒崎の鼻、つまり黒崎と呼ばれる岬の鼻っ柱に当たる先端部分なんですよ、位置的にはもっと先っぽに行くか海に降りると綺麗に富士山が見えます。
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こんな風にね!
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とっても綺麗でしょう?
ここで撮影された映画とドラマは主だったものでも以下の様な有名な物が有ります。
義経(歴史大河ドラマ)
龍馬伝(歴史大河ドラマ)
女帝
ライアーゲーム1、2
花より男子2
恋の時間
氷点
ATARU
BORDER
デカワンコ
仮面ライダーシリーズ多数
戦隊シリーズ多数
最近ではドクターX3でもロケハンされていました。
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小生が訪れた日も何かの撮影隊が着てオメカシした女性が丘の上と海辺で撮影していました。
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この芝生と海岸の風景、丸で英国スコットランド地方の海辺みたいですよね。
・・・行った事無いんだけど(笑)。
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とにかく夕日が綺麗な場所でもあり富士山も綺麗なんです。
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小生は他にも富士山の見える好きな場所が神奈川県内にいくつか有りますが、ここはトップクラスですね。
ここ黒崎に匹敵するのは例えば下の写真の鎌倉市材木座海岸とか…image
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下の写真の横浜市栄区の円海山山頂から見る日没直後の富士山とか…
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平塚市と伊勢原市に跨(またが)る富士見台から見る日没直後の大山(大山祇神)と富士山(此花咲耶姫命)の親子の山の見える風景とか…
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それとベタですが鎌倉市の稲村ヶ崎の七里ヶ浜~江ノ島と一緒に見える富士山は江戸時代に歌川広重も絵に描いている程でとても綺麗で好きですね…
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これらの場所は甲乙つけがたいのですが、中でも特に黒崎か稲村ヶ崎の富士山が綺麗だと思います。
他にも箱根の大涌谷から見る富士山とか、三浦半島の秋谷海岸立石公園から見る富士山も好きで、ブログを書き始める前の4年前までは時間が有ると良く散歩しにドライブに行っていました。
さて、今回は黒崎が舞台なので黒崎の写真に戻ります。
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三浦半島の西海岸は大陸プレートの衝突する場所で隆起する地盤なんです。だからこんな風に岩礁の磯が多く見られます。
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そんな岩礁の先に見える富士山と夕日も綺麗でしょう?
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もっと海が荒れる台風翌日なら迫力の有る波頭の飛沫(しぶき)も見えるかも知れませんね。
でも富士山が綺麗に見えるのは11月末~2月初頭までの寒い時期だけですから、荒れた海の景色を撮るなら近くの長井の荒崎海岸の方が良いかも知れません。
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夕日に合わせて訪問し成功して本当に良かった1日でした。
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同じく撮影に来ていた男性も、夕日を前にして撮影すると絵に成りますね~。
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小生は写真撮影は下手な部類だと思うので、誰でももっと上手に撮影出来るはずですよ!
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綺麗な赤富士だ・・・
そうそう、最初の方で紹介した下の写真ですが…
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実はこの黒崎の鼻の丘、戦争中に海軍の要塞が作られていました。この先の油壷湾には人間魚雷の回天の出撃用の壕なんかが存在したので、ここにも配備されていたのかも知れませんね。
幸い、三浦半島に米軍が上陸する事は無く戦争は終結したので怖い場所では無く現代では子連れの若夫婦や恋人達にも愛される散歩道です♪
帰り際に又、農道で富士山の写真を撮影しました。
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本当に良い場所なので、御正月の連休中や冬の間に是非、皆さんも撮影に訪れてみては如何でしょうか?
高速道路に接続する三浦縦貫道路に戻る途中にはスカナゴッソと言う道の駅が有ります。
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すかなごっそ
ここでは三浦名物の三浦大根や蜜柑等の農産品に加えて、名物の鮪や魚の干物が直売されています。
そして小腹が空いたら御寿司やネギトロ巻なんかも売っていますよ~♪
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この日の小生の車中での夕飯に成りました(笑)。
これから御正月に突入しますが、三浦の三崎漁港の❝紀の代❞と言う御寿司屋さんは例年1月3日からやっていて御節料理に飽きた時には御薦めです!
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鮪の皮や胃袋や白子、カマ焼き等、普通のお寿司屋さんでは食べれない鮪水揚げ漁港ならではの希少部位が食べられるお店です。
紀の代
以前お店を紹介した記事です→

御正月のレクリエーションの参考に成れば幸いです。
三崎漁港には海南神社と言う凄い神社も有ります。
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海南神社
元々は筌龍弁才天(せんろうべんざいてん)と言う名前だった神社で弁天様でした。筌龍(せんろう)と言うのは筌籠(せんろう)と言う漁具が転訛した当字で、元は源頼朝公の参謀で初代の侍所別当職(軍事長官)を務めた和田義盛公を助けて源頼朝公に仕官させた御利益に由来する社名です。
ここは平安時代までは三浦水軍の三浦家から三浦半島の総社として、そして戦勝祈願の神様として崇拝され、名将の三浦義明公やその御子息で和田義盛公の従弟に当たる三浦家当主の三浦義澄公が海南神社を大切にしていた時期の三浦家は源頼朝公の配下の中でも最強の軍団でした。
その証拠に実は源義経が立案したとされる神戸の福原攻めで行った“鵯越の逆落とし”の迂回急襲作戦は、三浦家一族で横須賀市の佐原城主“佐原義連(さはらよしつら)”公が立案した作戦と言うのが実際の所でした。そして作戦を実現したのが横浜市港北区の茅ヶ崎城主でもあった多田源氏の多田行綱公でした。
そんな名将が崇敬した御利益の強い神社が海南神社で、戦国時代にも北条家三崎水軍として活躍した武将達から崇敬を集めていました。
この海南神社で毎年1月15日に行われる❝チャッキラコ❞と言う神事は❝ユネスコ無形文化遺産❞に登録されているのですが、結構、日本人の方が知らないんですよね。
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こちらも以前書いた記事が有るので、是非参考に御覧下さい。

さて、海南神社を紹介したので、神奈川県内の凄い歴史と御利益の有る神社仏閣の纏め記事も紹介して、今回の〆にさせて頂きます。

この記事は赤字部分が未編集ですが、文字制限数の1万5千字を超えてしまったので記事を分割して再編集し索引も就ける作業をする最中ですが、一応、ほとんどが解説も掲載してありますので初詣の参考としてお役に立てたら幸いです。

皆さんにとっても良い年末年始に成ります様に~♪
では、又、次のブログ記事で♪


























2017年の神奈川県は、この記事を書いている11月29日現在が紅葉の最盛期と成った。
しかし小生はワラワラと集団移動する多数迎合主義が嫌いなので、一足早く紅葉の名所とマイナーな紅葉の景勝地を廻るついでに史跡も見学する計画を立てた。
当初の訪問予定はこんな感じだった・・・
2017年11月22日訪問予定地
しかし、実際は若干失敗が有った。
失敗と言うのは訪問地の訪問達成件数では無く、睡眠の事。
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前日は仕事は24時には終わり帰宅、そこから準備をして風呂に入り3時に出発した。
当初の計画通り最初の訪問地である大雄山最乗寺手前の東名高速の中井PAで車中泊(仮眠)を朝07:00位までとってから行動開始する予定だったのだが“全く眠れず(笑)”結局、少し早く6時過ぎに中井PAを出発して07:30くらいに最乗寺の駐車場に到着し、駐車場で漸(ようや)く意識が朦朧として来たので2時間程仮眠した。
結果から言うと変更が入り訪問地は予定より多く成った。
2017年11月22日実際の訪問地
実際には上記の訪問先の他に、大雄山の土産物屋、寿福稲荷神社、御嶽神社と八坂神社が加わる。
・・・さて最初の訪問地の大雄山最乗寺。
大雄山は2回目の紅葉見物の参拝、御寺の駐車場に至る途中、山の参道には立派な仁王門が在る。
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素晴らしい場所なのだが、地図を暗記せずカーナビで最乗寺に行く人や観光バスで紅葉見物に来る人はここを見過ごしてしまう事に成るのだが・・・
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もし今週末2017年12月02日に大雄山に紅葉見物で参拝する人は、是非、この仁王門界隈の雰囲気も味わって欲しいと個人的に思う。
この仁王門からずっと石畳の参道が約500年前から最乗寺まで続いているが、今では徒歩で参詣する人は略いない。小生も車での訪拝だ。
時間軸で言うと小生は最乗寺に着いて先(ま)ず車中で2時間寝た。
睡眠から目覚めると靴を運転用のシューズから、いつも史跡と城跡を見学する際のトレッキングシューズに履き替え、顔を洗う代わりに聖地大雄山の朝の清々しい冷気で深呼吸し精気を取り込んだ。
仁王門から石畳をづっと登って来ると下の素敵な三(山)門が参拝者を出迎えてくれる。
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無論小生は車での訪問、駐車場からも近いので先ずは本来の山門をちゃんと歩く事にした。
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紅葉はまだ少し早かったがそれでも綺麗だったので、12月初旬には見頃に成っているだろう。
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三門の近くには上の写真の相生橋が在り、その渡った先には大雄山最乗寺始まりの聖地でありパワースポットが在るのだが多くの“観光客”や“偽霊能者”は知らない。
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最乗寺開山、了庵慧明禅師が座禅を組み修行した岩が柵に囲まれた場所で聖地の1つなんだが、本当に霊能力や神通力が有ると“自称する人”が何でここに行きつかないかと言えば、彼等にはそういったモノと本当は“縁が無い”人間だからだろう。
神社仏閣を守って来た歴代宮司様や住職様、支援した歴史偉人達を崇拝して本当に大切に思う人間ってのは“導かれる”とかオカルトなもんじゃなくて色々と目に入って来る情報から当時の人の見た物を時代を超えて吸収しようとするから気が付くんだよ、こう言った場所に。
わざわざ御寺さんが石碑をたててもスルーする自称霊能力の高い人間が多いのは皮肉だな。
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三門へ戻り本来の参道を歩くと厳(おごそ)かな雰囲気・・・
マイナスイオンかな(笑)?を体中に浴びながら、この季節の美しい大雄山の紅葉の景色がいよいよ参拝客を出迎えてくれる。
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もし参拝する機会の有る人は、是非、駐車場からいきなり僧坊へと行かず、ここを歩いて自然美と山岳信仰を取り入れた修験道とも融合した曹洞宗大雄山最乗寺の宗教文化の美しさを目と肌と鼻で体感してほしい。
石畳の階段の先にいよいよ僧坊が立ち並ぶエリアへの入口、よく写真やテレビで紹介される紅葉の風景が改めて出迎えてくれる。
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ここは本当に美しい。
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階段を登りきると伽藍を結ぶ回廊と繋がった門が在る。

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瑠璃門だな。
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・・・この門をくぐった瞬間に別世界の様な風景を目にする事に成る。
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朝靄(あさもや)と落ち葉焚(た)きの煙の霞で丸で中国の水墨画の仙人の住まう霊場の様な佇まい。
まぁ、実際この最乗寺は禅道場として精神修養と学問の場として運営されていたのだが天狗信仰の舞台でも有る。
この最乗寺を支援した室町時代初期の古河公方足利家の家臣であり扇谷上杉家の与力だった大森家や、小田原北条家の支援を受けて繁栄して来た寺院であり山の中の御寺であり山岳信仰の場なので、自ずと神秘的な風景に成ったんだろう。
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この写真で見ている方向と真逆の後ろ側に寺務所が有るので、御守りや御朱印はそちらで授与して頂ける。
寺務所辺りの庭の紅葉越しに見る紅葉も美しい。
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この辺りまでは車椅子の人も入って来られる様に成っていたと思う。一般駐車場とは違う場所から入って来られる道が有ったと思うので、もし足の不自由な方が訪問される場合は事前に大雄山最乗寺に電話で問い合わせしてみると良いかも知れない。
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金剛壽院の前を通り過ぎると小生が一番お気に入りの紅葉の綺麗な階段が在る。
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右手奥に見えるのは鐘楼。左の建物は豊富な水量を誇り飲用に適した湧水を湛える井戸。
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本当に綺麗なのだけれど、これでも小生が訪れた先月22日はまだ紅葉見物には少し早かったので12月初旬の今はきっと見頃だろう。
階段を上がると又、紅葉の綺麗な場所が一つ在る。
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多宝塔だな。2年前の記憶でおぼろげだが歴代御住職の御廟所も兼ねていたと思う。
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同じ禅宗でも臨済宗寺院は夢窓疎水石禅師の影響で枯山水庭園が多いが、曹洞宗の場合は永平寺もそうだが神仏習合の文化を明治までは色濃く残し中でも修験道との関係が有る山岳信仰の対象だった白山権現を永平寺が守護神としていた事も有ってか、山伏文化を色濃く伝える寺院が大きい場所程多く山中に鎮座している場所も少なくない。後醍醐天皇をはじめ歴代の天皇は修験道や真言宗や曹洞宗と同じく神仏習合の文化を大切にされてこられた歴史も有る。
だから現代に成っても天皇家は古代から続く神社を大切にするし同じ様に仏教も大切にしていて例えば法然上人は鎌倉時代~現代の今上天皇に至るまで歴代の天皇から法諡(ほうし=法名)を追贈されていたりするし、言うまでも無く弘法大師様や伝教大師様の宗派の真言宗や天台宗寺院や臨済宗や曹洞宗の寺院も法相宗や華厳宗の寺院も日本文化の醸成の源として大切にされて来られた歴史が有る。
そもそも大雄山と最乗寺自体が山伏信仰の文化を持っているから、こんな風に山深い場所に神秘的な堂塔を構えているんだろう。
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先に進むと瀧の上には不動堂が有り、正に修験道や真言宗に通じる文化を引き継いでいる。
不動明王は火災除けの仏様として祀られる事が多いが、横浜の森浅間神社はじめ源頼朝公も湧水地こと滝の在る場所に不動明王を祀らせている。
不動堂の奥に進むと奥院に続く門前の開けた場所に出る。
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この日は霧に木漏れ日が差し込みとても神秘的な光の演出も見られ、少し早かった黄色い紅葉もとても美しく見えた。
この先に進むと大雄山が“縁結びの御利益”で有名な場所である天狗の下駄が沢山有る御堂やら凄まじい段数の奥院へと続いている。
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天狗信仰の舞台でもあるので門の左右には天狗様が坐す。
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う~ん・・・何で明の軍人の甲冑なんだろう?
日本の甲冑で良かろうに。天狗信仰の文化は中国には無いんだけどね。きっとこの銅像を作った人は仏師なんだろう。だから毘沙門天やなんかと同じ中国風の甲冑で天狗様を造形したんだろうな。
まぁ、これはこれで勇ましく格好良いと思う。岳飛とかこんな感じの鎧を着ていたんだろう。
実は曹洞宗が繁栄する切っ掛けに成ったのは神奈川県出身の鎌倉武士が非常に関係している。
大雄山の在る南足柄市の隣の秦野市を平安時代~鎌倉時代に領有していた波多野家だな。
この波多野家の領国が越前国にも有ったので北陸を本拠地としていた曹洞宗の永平寺や大乗寺を波多野家が支援した様だ。
一頻(しき)り紅葉を見物しながら御堂を礼拝して回り、次の目的地に向け出発する前に最乗寺の山門の少し下の方に在る土産物屋まで車で移動した。
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十八丁目売店と村上売店だな。小生は午前中早めの訪問だったので写真でもそれ程観光客はいないが、普段は元気なジジイとババア(笑)で賑わっている。
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因みに十八丁目売店と村上売店は隣同士で売っている物までほぼ同じせいで仲が悪い(笑)。
でも両方の店とも御客には親切で試食を薦めてくれて御茶を振舞ってくれる。
小生は両方の店で種類の違う御煎餅を買い、両方の店で御茶を頂き「ありがとう」と御礼を言って来た。
十八丁目売店の女将さんに「ウチの方が美味しいでしょ?」と聞かれたので「両方とも少しづつ味が違うし両方とも美味しいよ!親切にしてくれてありがとう♪」と御礼を伝えて来た。
大雄山を降りて足柄上郡松田惣領の寒田神社に移動した。
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寒田神社は日本武尊が東征の折に立ち寄った場所だ。神話を証明する様に平安時代の富士山の噴火以前の東海道は寒田神社の前を通る矢倉沢往還=大山街道が東海地方から現在の神奈川県域に至る陸の街道だった。
南足柄市~小田原市街を突っ切って相模湾に注ぐ酒匂川の川名由来はこの神社に伝わる神器に纏(まつ)わる日本武尊伝説で、この寒田神社の場所に在った集落で休息した際に木椀で酒を使った神事を眼前の川で行い、そのまま出撃し合戦が終わって戻るとまだ木椀に酒の香りが残っていたので、これが酒匂川の由来に成ったそうだ。因みに神奈川県域に十四座しか無い延喜式内社の内の一社だったりする。
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まぁ、寒田神社自体は3回目の参詣なのだが、宮司様の御家人はいつもいらっしゃるのだが御朱印は宮司様しか書けないらしく、何としても御朱印を頂きたいと思いの再訪だったが、生憎と翌日が新嘗祭だったり七五三で忙しく、又、品の良い宮司様の奥さんに丁寧に優しく「すいません」と謝られてしまい(笑)御朱印を頂く事を3回目にしても断念し、小生も特に「又来ますから~♪」と答え「来年も紫陽花の頃に開成町に来た時に参拝しますし、次回はちゃんと電話して御願いしますね~!」と5ヵ月先の行動を申告し変な意味では無く小生の顔と声を覚えて貰うべく「釘を刺し」て奥様に印象付けて置いた。
こうやって「横浜から来ました~」って何回も行って顔と声を覚えて貰えば、御縁もそのうちに出来るだろうと思う。
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ちゃんと日本武尊と弟橘姫様に御参りしてから寒田神社を後にした。
ここから次の目標地を秦野市の震生湖に定めていたのだが、途中で渋沢方面を経由する矢倉沢往還の順路を選択していたので「あぁ~そう言えば近くに拉麺の名店“なんつっっ亭本店”が有ったなぁ~」と一昨年立ち寄った事を思い出し、昼食を“なんつっ亭”でとる事にした。
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うまいぜベイビー!
これがなんつっ亭のキャッチコピーで看板に成っている。
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きっとこの名物社長さんの顔をTV番組で見た事有る人も多いかと思う。
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元々やんちゃしていた社長さんなんだが、師匠がとても実直な御人だったらしく感化され、それから仕事に妥協を許さない一途な拉麺職人と成った。その実直で誠実な性格が好感を持たれTV番組でも経営不振のサービスエリアの飲食店再建等を請け負い、今話題の暴行犯“日馬富士”みたいな暴力は使わず、いかつい外見とは裏腹に“優しい言葉遣い”と“味”と“仕事に対する姿勢を学んだ自分の体験談”を経営再建中の店の従業員達に諭し意識改革にも店の再建にも成功したりしている。
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メニューは数種類のスープが有りトッピングもサイドメニューも豊富でカレーライス等も子連れにも適している。ソフトクリームも有るしね~。
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人柄と優しさが滲み出てる御店。
拉麺ファンって味もさることながら大将の人格にも惚れ込んで店に通ったりするもんなんだよな。
だから小生も杉田屋の津村さんが好きで磯子区の杉田屋に通うし、大勝軒の山岸さんや支那そば屋の佐野さんが大好きだった。
この日は黒いマー湯の効いたスープの豚骨醤油拉麺を九条ネギ増しで頼んだ。
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とても美味しく頂きました。
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隣の席に座ってらっしゃった地元のビジネスマン二人組が「美味しい」と連呼し本当に幸せそうだった。
豚骨醤油は獣臭さで苦手な人も多いと思うが、このマー油は焦がしニンニクを手間暇かけてペーストにしているので獣の臭さを消し旨味だけを引き出し、かつローストして有る事でニンニク臭さ自体も無くさながら中華料理で良く使う芝麻酱(じーまーじゃん=胡麻ペースト)と似たような効果を発揮している。
2回目の来訪だったが、今回も美味しかった。御馳走様でした!
なんつっ亭を後にして震生湖に移動した。
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震生湖の駐車場からは神奈川県の守護神である石山権現大山祇神(おおやまづみのかみ)の化身とされる大山が良く見えた。
次回→その②へ続く

















紅葉の季節に成ったので、神奈川を中心に京浜地区のメジャーな紅葉の名所の情報を纏めた記事をリニューアルしてみました。
これクリックすると記事を読めます。
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簡単な歴史と名物も合わせて紹介しています。
まだ、紅葉を見に行く場所が決まってない方の参考に成れば幸いです。

昨晩、綺麗な夜景を求めていつもと違う磯子界隈を走っていたら綺麗な夜景を見つけたので写真載せるだけの中身の無い記事ですが・・・
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JR磯子駅から徒歩だと少し無理な距離、東京ガス前バス停。そこから見たJXTG根岸製油所プラントの夜景。
夜景探してドライブしてたのにデジカメ不携帯のアホの小生、スマホ撮影。因って画質悪し。
この夜景の綺麗な場所は、東日本大震災発生当時に東北の人々を凍死の危機から救ったJR貨物と日本エネオス根岸製油所(当時)の人達の勤務場所なんだな。つまり現代の無名の英雄達の働く場所。
コレは明治時代の伊藤博文公や、東日本大震災時の根岸で働く無名英雄達の行動を紹介した記事。
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新磯子周辺 東京ガス前バス停位置 久良岐のよし
位置的にはこんな感じ、地図中央が東京ガス前バス停。
横浜市民にも知っている人は少ないけれど、実は、この先には良い海釣り公園が有ったり、東京ガスのISOGOエネルギープラザってのが有って、日曜日以外に施設が開かれていて火力発電の仕組みやなんかの模型の常設展示が見学出来たり出来るので小学生か中学生位の子供のいる家のパパさんママさんが家族で来ると良い場所だったりする。
そちらは手元に写真が無いので改めて写真撮影に行こうと思う。
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しかし綺麗だ。
昭和後期生まれには伝わると思うけれど“魔晄炉”みたいじゃない(笑)?
では!又、次のブログ記事で!

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