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カテゴリ:景勝地/お祭り/食事/買物 > 和食全般/居酒屋/懐石料理/旅館

前回の❝休日雑記❞これ⤵
【休日雑記】07月11日~14日・・・三浦半島景勝地と聖地の旅(その①小網代海蔵寺~油壷扇谷上杉流三浦家御廟所~荒井浜~弁才天矢倉~ザ作兵衛)。
それ⤴の続き・・・

11日、油壷マリンパークの半島に在った新井城の落城した日、三浦義意公と道寸公の親子の命日に御廟所に御参りした。そこから帰宅し、改めて週末に三浦半島訪問。
この日の午前中は用事が有って中区にお出掛け、午後も良い時間に成り日没の2時間位前を目標に宿泊予定の城ヶ島に到着する様に中区を出発。
横浜横須賀道路で三浦市を目指す。
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夕刻近く、まだ昼食を食べていなかった小生は横浜横須賀道路の横須賀PAで昼食を食べる事にした。
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上下線ともに売っている名物の❝横須賀海軍カレーパン❞を食べたかったので。
本当は午前中に急な用事が入っていなければ、朝から横須賀で軍港ツアーのクルージング観光をしてドブ板通りでネイビーバーガー食べる予定だったが時間無く実行に至らなかったので、せめて横須賀らしい物を食べて置きたかったから。

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葉山みかんサイダーと鮪カツと海軍カレーパンを購入。

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う~ん・・・
個人的な感想としては上り線の売店の海軍カレーパンの方が美味しい様に感じた。まぁ、個人の感想なので皆さんは気にしないで良いと思う(笑)。
食事を終えて、少し休憩してから再出発。

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城ヶ島バス停傍に広がる城ヶ島の御土産物屋の商店街、ここは昭和の趣の中に何だか明治大正の文豪達が歩いた事の雰囲気が残る様な気がするのは小生の思い込みだろうか?
江ノ島の江島神社の参道~奥津宮に続く商店街や鎌倉市長坂の下地区~長谷観音~下馬の商店街に似た雰囲気が有るかな?
城ヶ島の商店街を抜けて直ぐの所に宿泊予約した港屋は在る。

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港屋この港屋、2年前に三崎漁港のサンポート三崎に宿泊した際に早朝城ヶ島散歩に来て・・・
「あ~、風景の良い旅館だな。ここに宿泊して夕焼けを見て、早朝に磯を散歩したらさぞ気持ち良かろう」
・・・と思い、後日、偵察も兼ねて昼食を食べに訪れたらとても美味しくて今度は宿泊しようと決めていた場所だった。
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その日食べた料理の一部、シラス丼と❝あまがに❞の味噌汁。城ヶ島では❝ヤドカリ❞を❝あまがに❞と呼び料理の食材としている。味噌汁も美味しい出汁が出ていた。
その時の思い出は御主人が調理場を切り盛りしておられ、奥様が旅館全体を仕切りながら調理場もフォローしていると言う印象だった。
元々、河内源氏の棟梁で鎌倉幕府初代征夷大将軍と成った源頼朝公の最大の支援者であり平安時代を代表する忠義の名将の三浦義明公や、その孫で実務力と戦略眼に長けた和田義盛公を非常に尊敬している小生、その故地である三浦半島には小生個人的に恩義が有る。
過労で元気が無くなっていた時に休みに三浦半島に来て何もせずに1日海を見て過ごしていると頭真っ白のままでも何となく穏やかな時間が過ぎて行き、又は当時はまだミシェランガイドに掲載されておらず客の少なかった鎌倉の報国寺の竹林で抹茶を飲みながら緑の笹の葉から差す優しい木漏れ陽を見ていると心が落ち着い少しづつ元気に成り本来の行動力を取り戻す事が出来た。
だから三浦半島には恩義が有り、だからこそ年に数回三浦半島の小さな旅館を宿泊して廻っては紹介したり、現代の若い衆が余り知らないインスタ映えする様な景勝地を紹介したりしている。先々出版物で三浦市の観光業の一助に成れば良いなとも・・・
それで今年は港屋に来た。この港屋はとにかく眺望が良い。
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部屋は全室オーシャンビューで目の前は城ヶ島の長津呂と言う景勝地だ。
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この先、港屋は定宿にしたいなと思うし、年に数回三浦半島に泊まるから城ヶ島の他のホテルやペンションにも宿泊して宣伝出来たら良いなと念願している。
少し話は港屋からズレるが、小生は坂東平氏の祖先で日本を乗っ取ろうとした藤原一族と宗教的政治的に❝遷都❞によって戦いを繰り返した桓武天皇と、その皇孫である平高望(たいらのたかもち)王と鎮守府将軍の平良文(たいらのよしふみ)公と、御子孫の三浦家の殿様をリスペクトしている。だから三浦に恩返しするのは当たり前なんだな。それは小生に御利益を授けて下さった神社仏閣の神仏に対する恩義と同じ程に感じている。
港屋、宿泊して見たら小生一人にはとても部屋が広かった!
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デッカイ関東の畳で8畳も有った。部屋も綺麗。景色も綺麗。
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御茶菓子、御茶、コーヒーが有った。
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バスタオル、タオル、浴衣。これなら日帰り旅行に来た恋人同士で当日いきなり宿泊したくなっても大丈夫だね。下着はコンビニで売ってるし・・・て城ヶ島コンビニ無いから島外の三崎町で買わないといけないけど。
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部屋風呂は無いものの洗面所含め部屋の施設は綺麗だ。
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トイレもウォシュレット。民宿的な規模の旅館としてはかなり頑張ってる事が解かる。
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館内も白基調で明るい感じ。
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ゴテゴテしてなくて落ち着いていて小生は好きかな。
部屋に荷物を置くと夕日の時間に海を眺めながら夕食をとる予定で散歩に行く事にした。

そうそう、以前は昼食時の食堂としてもやってらっしゃったのだが現在は宿泊客しか受けないとの事、港屋サンの御飯を食べたいなら宿泊して夕食を食べるしか今は無い。小生は当初は❝朝食のみ❞の単独宿泊9000円のプランで予約して、夕食は三崎漁港に行こうと思って。無論、一人だから割高なだけで二人以上で宿泊ならかなり安い。二人以上で一泊二食付で9000円で泊まれて更に立派な食事が付く訳だ。
小生は独りの一泊朝食付で予約していたのだがチェックインした際に・・・
「あ~、どうせ御金を払うなら城ヶ島で食事をした方が地域の為に成るし、三崎はしょっちゅう行ってるから夕方~日没までゆっくり城ヶ島を満喫して過ごした方が良い。」
・・・と思い直した。
到着して直ぐ女将さんに唐突に・・・
「やっぱり港屋サンの夕食を食べたいと思い直したのですが、急遽何か準備して頂く事は可能でしょうか?」
・・・と御相談差し上げたら「良いですよ、それでしたら3000円のコース等準備できますが如何でしょうか?」と言う趣旨の事をもっと優しい口調で提案して下さったので、それで食事時間を日没の19時に御願いしてプランを変更して頂いた。わがまま言ったのに臨機応変に対応して下さってありがたい。
港家を出て先ず、商店街に戻り御土産物屋サンを物色した。
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うん、この雰囲気大好きだ。まだ夏休み前だし、もう日没も近い時間だったのでバスも少なくなる事も有り観光客は少なく昼の賑やかな感じとは違い❝鄙びた雰囲気❞を醸し出していて、コレも情緒有り良い。
そこから城ヶ島灯台に登って見た。
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ここも夕方来ると雰囲気が違うんだね~!
昼来ると真っ青な空と、周りの海と暑い夏の空気感が凄い場所だけど夕方、何だか泣きそうな位の不思議な懐かしい雰囲気が出迎えてくれた。
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夕日が真っ赤じゃなくて未だ黄金色に光り、翼の様にV字に広がる白色と灰色の雲と相まって、映画の1シーンでも使えそうな感じ。
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灯台から港屋が見える。
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灯台から海岸の法に降りて来ると、2年前と同じ真っ赤な御花が出迎えてくれた。
う~ん・・・今年は梅も桜も躑躅も薔薇も紫陽花も開花が早かったから、名前も知らないこの赤い娘達ももう見頃が少し過ぎた位だった。でも綺麗だね。
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海岸を歩く。
翌朝、改めて山百合を見る散策をする予定は有るが、夕刻の長津呂~馬の背洞門を歩いた事が無かったので散歩して見た。
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夕日がハッキリ見えないけれど、優しい光を感じられる天気だった。
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港屋が見える。港屋の前には長い自然地形の入江が広がる。
この手前の入江が恐らく❝長津呂❞なんだろう。
地名の由来は良く解らないが恐らくこんな感じだろう・・・
長・・・長い。
津・・・港や船溜まりの意味、つまり津波だと港で破壊的な威力に成る波の意味が有る。
呂・・・古来は岩屋(いわや)や岩窟(がんくつ)の意味。
・・・漢字本来の意味のままだろう、この長細い自然の隆起して露出した海底の柔らかい地層が海蝕され出来た入江が昔は漁師の船溜まりとして利用されていたんだろうと推測する。詳しい事を地元の人に聞くのを忘れたので実際の所は未だ解らない。又、改めて聞いてみようと思う。
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馬の背洞門目指して歩くと、自然の岩盤を明らかに四角いプール状にくり抜いた岩場が有った。
何だろう?昔何かに利用する目的が有って削岩された場所なのは間違いない。今では穴が開いて海に繋がっている様で波に合わせて水面が満ち引きしていた。
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磯釣り客がいた。波にさらわれないか見ている方がハラハラする。
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少し東に向けて海辺の磯を歩くと馬の背洞門が見えて来た。
もっと先に進む。
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お!っと思った。今年の城ヶ島も岩場には山百合が沢山!
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うん、綺麗だ!この子達に会いに来たんだ今年も夏の三浦に♪
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でもユックリ鑑賞するのは真っ青な快晴の天気予報の翌朝に、日没も近いので先を急ぐ。
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小生は写真撮影が下手くそだが、今時女子や学生諸君はスマホでももっと上手に撮影出来るだろうねぇ~!絶景!
更に前にズンズン進む。
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・・・と、ここで更に先に進み全部見てしまうと翌朝の楽しみが減るので旅館に戻る事にした。
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戻る時もチラホラ山百合サン達・・・
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う~ん綺麗だ!
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馬の背洞門は城ヶ島の中央南、港屋は西南側に在るので帰路は西を向く事に成る。自然に夕陽に向かって歩みを進める訳だが、陽光を背にした岩礁の景色も美しい。
穏やかさと荒々しさが両立されている余り見られない景色。これも夕陽だから出る雰囲気なのかも知れないと思うとラッキーに感じ散歩していて独りの寂しさも紛れた(笑)。
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港屋の近くに観光案内図も有って参考に成った。
旅館に戻り御風呂をに入った。
風呂は現在は内風呂だけ、以前は露天風呂も利用できたが今は暫時人手不足で利用中止との事。でも内風呂が貸し切りなので満足。
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早い者勝で鍵かけて自由に入浴して良いんだって♪
風呂の場所を聞く時に従業員の方に初めて聞かされた・・・
実は港屋、一昨年の7月小生が食事に訪れた後に大将が亡くなってしまったそうだ。そして暫く営業休止していたのが数ヵ月前から再開したのだが、再開以来、女将さんが一人で頑張って切り盛りし従業員さんと一緒に料理も質を落とさず頑張っている。
・・・こう、頑張ってる人の話を聞くと本当に応援したくなる。泊まる事が出来て良かった。
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御風呂は流石に内風呂とは言え一人では広すぎる位。
これなら家族で来ても子供2人~3人+夫婦で皆一緒に仲良く入っても大丈夫!宿泊していれば目の前の長津呂で海水浴&シュノーケリング楽しんでから海の家代りにも御風呂に入れるね。
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旅館食堂前の風景。露天風呂からもこの風景と夕陽が見えるのだが、今は管理者が女将さん一人なのと人手不足で残念ながら露天風呂は暫時使えないが食事しながら同じ風景が楽しめる。
いつか女将さんを慕う御客サンに港屋再開が更に周知され、そして料理と景色を気に入る若いカップルの宿泊も増えて、更に人を雇える様に成り、そしてこの景色を又露天風呂で楽しめる日が来る事を切に願う。
そう言えば女将さんにチェックインの時に言われた!
「独りはダメですよ~(笑)!」
・・・って、独身の小生に向けて「早く恋人連れてきてください(笑)」ってジョークと合わせた言葉かと思ったけど、もう会えない御主人の為にも頑張って旅館再開した女将さん御自身の事も表した言葉だったんだね。
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食堂からも御覧の景色。
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部屋も別の客とはパンテーションで部屋ごとに仕切られているので家族連れや恋人同士で他を気兼ねせずに食事が楽しめる様に配慮されていた。
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小生は❝アンチ❞アルコール人間なので旅先気分だけ楽しめれば充分、なのでノンアルコールビールを注文した。もしかしたら夜中に車で三崎町に行くかも知れないと思ったしね。
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そしてカンパーイ♪独り旅だけど楽しい。
本当はちゃんと大切にしなきゃいけない伴侶と結ばれて夫として奥さんを週末の小旅行御泊りデートで連れて来て「奥さんが一緒に居てくれたらもっと楽しいだろうな」とも思いながら・・・
料理は3000円のコースだが充分品数が出て来た。
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先ず、自家製イカの塩辛、アカモク、鮪角煮、サラダ。
このイカの塩辛が港屋オリジナルの自家製で絶品!御土産でも販売しているのだが、小生は実は市販のイカの塩辛が生臭く感じ食べられない。しかしコレは一口食べて「うんまぁ~(*´ω`*)♡」と思った。
そして・・・
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バチ鮪、イカの刺身。一人分にしては多くて嬉しい♪当然ながら美味い!
何を隠そう、鮪も獣肉も油の多い部位より赤身が好きな小生、これは本当に御馳走なのだがバチ鮪の赤身として港屋サンの御刺身美味しかった!
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そしてメインディッシュの鮪のカマ焼き!
本当ね、これ全部三崎漁港でアラカルトで頼んだらエライ値段に成るよ。
ほぼ体重80kgの男の小生1人分でも少し多く感じる位の量で色んな種類食べれて3000円なら、一人での宿泊で朝食付き9000円+3000円コース=12000円でも安いよ。
これで普通に2人以上で宿泊すれば更に良い料理で1泊1人9000円でしょ?良心的過ぎる!
御主人亡くなったばかりで大変なのに、料理の内容下げないで頑張ってる女将さんの努力を感じる。
写真撮影し忘れたけど、美味しい味噌汁と御飯も出て来たよ。
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そして食後はココアムース。
これで3000円は凄い!この品数を三崎漁港で一人で食べたら凄く高く成ってしまうし量が多く成り食べきれないだろう。このコースを気転を利かせて提供して下さった女将さんに感謝!
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部屋に戻り陽が沈んで濃紺の宇宙の色に戻りつつある空を眺めた。
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夜、部屋に戻ると持ち込んだPC広げて少し物書きしてからPCは片づけ、TVを付けてから海蔵寺で受け取った写経の台紙と御住職が抜粋した金剛般若波羅蜜経の御手本を広げチャレンジした・・・
ここが前回の休日雑記で行ってた「結論から言うと写経は3枚とも書き損じた(笑)」の部分。
・・・3枚とも書き損じて失敗、それから「まぁ~失敗したら日を改めて納経するか!」と直ぐに思い直し、「どうせなら金剛般若波羅蜜経の全文、自分で読んで見て抜粋じゃなくて全部分写経しよう!」とポジティブな方針転換を決めた。改めてPC開いて未読の金剛般若波羅蜜経を調べると全文が愛知県西尾市の岩瀬文庫サンが画像データ化して公開して下さっていたので、改めて写経する御手本も見つかった。
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この後は御土産物屋で購入していた❞いか太郎❞を食べながら、部屋のTVを見て、暫くすると眠く成ったので就寝した。
実は自宅の自分の部屋で寝るのは落ち着かず寝付き悪い小生、この旅館では本当にグッスリと眠れたのだが、不思議とそれ以後、自宅に戻ってもグッスリ眠れる様に成った!
城ヶ島の風土が小生の不眠症気味に成っていたのを解消してくれた様だ。城ヶ島に感謝!

→その③に続く・・・



















前回
 ↓
【休日雑記】2017年11月22日の訪問先その③源実朝公首塚~金剛寺・・・源氏将軍暗殺ミステリーの史跡と御寺と解説編。
 ↑
コレの続きの記事・・・
22日訪問その③
前回の記事で紹介した金剛寺を出発してから弘法山に向けて暫く車を走らせるとカーナビの「まもなく右折です」のガイドが自分の思ってる道と違って何だか無視したくなり(笑)、そのまま暫く直進してから弘法山方面に行く別の道を進むと偶然とても気に成る店構えの建物と看板が目に入って来た・・・
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強烈に目立つ「ゆばとうふ」&「とうふ」「とうふ」「とうふ」「とうふ」「とうふ」の看板と幟(のぼり)のラッシュ(笑)・・・
これを見た瞬間に妙に印象に残り「そう言えば秋なのに今年は大山阿夫利神社に紅葉見に行ってないし、丹沢山系大山名物の大山豆腐食べてないなぁ」
・・・と今回の小旅行で何にも特産品を食べていない事を思い出し、無性に丹沢山系の美味しい水で作られた名物豆腐を夕食に買って帰りたくなったので店を過ぎてからUターンして(笑)戻って来た。
幸い店の前に駐車場が在った。
店の名前を五右衛門と言うらしい。
(株)五右衛門 本店店の中に入ると意外な光景が小生を待っていた。
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何と只の小売店では無く客の目の前で豆腐や湯葉を生産しているのだ。これは外国人の来客が有った際に弘法山の桜や紅葉見物と合わせて連れてきたら喜びそうだ。
無論、小生も帰宅してから夕飯(減量中)と家族の御土産にする為に❝石臼なまゆば❞・❝石臼とうふ❞・❝生揚げ❞・❝なめらか絹揚げ❞の4品を購入してみた。
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帰宅してから小生は湯葉と豆腐を食べたら当然ながらメチャクチャ美味しかった♪
質問に色々と親切に答えて下さった店員のお姉さん、ありがとう。
遠回りで思わぬ美味しい発見。
五右衛門本店サンから車で僅か10分の距離に弘法山は在る・・・
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弘法山に夕方に差し掛かる15:30頃に到着。当日は天気予報が晴れ後→雨だったので心配していたが、やはり雨が降り始めた。
この弘法山は春が特に綺麗な富士山の景勝地として有名で、天気が良ければハイキングを楽しむ人と多くすれ違う。
因(ちな)みに春の風景はコンナ感じ・・・
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弘法山展望台そう言えば一昨年に弘法山で桜と富士山を見た時も天候が芳(かんば)しく無かったんだ(笑)。
まぁ、あと4ヶ月も過ぎると桜が咲くので、ここは新たに見つけた五右衛門本店サン、そしてこの後で訪問する“鶴巻温泉”と合わせて行くと良い休日に成るだろうと推薦できる場所だな。大山も近いので車での移動の人なら合わせて訪問しても良いかも知れない。
さて、22日に話を戻す。
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天気も悪く日暮れも近いので車を駐車場に停めて展望台まで10分位急いで登ると慌ただしく紅葉の写真を撮り始めた。
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一応、ハイキングコースとして有名で紅葉も楽しめる。
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ここはやはり展望台に登のが御薦めで・・・
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丹沢山系~箱根山系~(晴れてれば富士山)~伊豆半島の山並みの絶景が一望できるんだな。
そして春には手前に桜が、秋には紅が差した山の木々が景色を化粧してくれる。
この日は生憎天気が悪かったが、それでも爽やかな空気と箱根の絶景を楽しめて大満足だった。
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曇りのせいで余計に光を感じれたし、山々に雲が掛かり、これはこれで楽しめた。
まぁ、正直この日の最大の目的は最初の大雄山最乗寺の紅葉(笑)と、弘法山の後に訪問する予定の鶴巻温泉の秦野市市営銭湯“弘法の里湯”だったので、多少天気が悪いのも風情の内と楽しめる余裕が有ったんだな(笑)。
これが一人だから自己責任で良い訳で、外国の友人やらと一緒に来ていたらエスコートする責任から正直、悪天候を楽しめなかったかも知れないな。
弘法山の駐車場に戻り、車に乗るとナビでは弘法の里湯まで15分と出た。
しかし実は小生、以前来た時は弘法の里湯への道が解らず、時間的にも余裕が無かったので小田急鶴巻温泉駅周辺まで来てもスルーしてしまった事が有る。
今回はカーナビ先生に事前に位置登録しておいたのだがこれが実際に車で走ると路地の細い変な道に入られるわ~、温泉街じゃなくて住宅街化していて全然解らん!
仕方ないのでスマホのGoogleMap先生に登場して貰った。
鶴巻温泉周辺 久良岐のよし
あっさり到着(笑)。
小生の車の某自動車メーカー純正カーナビはクソだ(笑)。iPhoneとの接続不良も度々起こすし変な道走らされたり高速の出口を変な場所で降ろされたりするので、基本的に旅に出る前には小生は道順をだいたい地図見て丸暗記する様にしている。でも、こういった住宅街の路地はどうにも成らん!
そこの当たり、スマホの登場でGoogle mapが使える時代に成り非常に重宝する。
行きたい場所を事前にやたらめったら登録して置くと、距離感が解り易くて道路状況に合わせて柔軟に計画の変更も出来るし。
Google先生にガイドを頼んだらアッサリ到着(笑)。
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弘法の里湯何だか思っていたのと違う、銭湯と言うよりスーパー銭湯だな。
でも駅前なのだが駐車場もそれなりに有り交通の利便性は良い。
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綺麗だし。
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秦野市の御土産も売っていた。小生は秦野市と言うと特産品は“煙草の葉”と“美味しい水”のイメージなんだが店員さんに聞いたら落花生も有名だそうだ。
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まぁ当然混浴では無い(笑)。
中は箱根の中堅ホテルの内風呂位の大きさの大浴場と、小さな露天風呂が一つ。
料金は2時間と1日の2種類、曜日によって違う。
平日は2時間800円、1日1000円(秦野市民は800円)。
土日は2時間1000円。
フロントに最初に申し出れば駐車場料金のサービスも受けれる。
弘法の里湯の温泉は横浜・川崎市民や東京都民に馴染み深い黒湯炭酸泉と全く異なり、無色で若干硫黄ぽい匂いがする気がする物だった。何でも世界有数のカルシウム含有量が有る温泉で、擦過傷や打ち身とリウマチの治癒に効果が有るそうだ。昔は湯治場でも有ったので飲湯すると薬代わりとしても持てはやされたそうで胃腸病の回復にも効果が見込めるそうだ。
・・・朝から山を2つ登り、史跡と御寺を廻って書いた汗をゴシゴシ洗い落とし、鶴巻温泉のサッパリした湯で疲れを癒すとリフレッシュし、睡眠不足の帰路の運転に堪えるだけの鋭気を養う事が出来た。
メンバーカードみたいのも頂いたので、又来年の紫陽花の季節に開成町の紫陽花祭りと寒田神社参拝の帰りに寄らせて頂こう。

この日、最終的には真土大塚古墳を訪問して写真を撮影する予定だった。
2017年11月22日訪問予定地
真土大塚古墳は日本に文字を齎(もたら)した神であり大鷦鷯尊(おおささぎのみこと)=仁徳天皇の弟皇子の莵道稚郎子命(うじのわけのいらつこのみこと)の御陵(みささぎ)=古墳の跡で、アホの神奈川県教育委員会が一昔前に保護を怠り事も有ろうに農地改良と称して破壊してしまった歴史がある。
挙句の果てに教育委員会が伝承をナメてたら本当に古代王族と繋がりを示唆する三角縁神獣鏡が出てきてしまったから、さぁ~大変!
はからずも前鳥神社の由緒を証明する事に成り、神奈川県教育委員会は己らの不見識で天皇祖先御一族の皇子の被葬されたまま保存されていた古墳を破壊した訳だからな。
昭和中期から時代が経ち現代、市民が増えて認知度が上がる程に責められる訳だ。だから現代の古墳を復興した。
復興した古墳だが、それでも昔そこに莵道稚郎子命が眠っていた事には変わらない。
学問の神様として崇拝する莵道稚郎子命の復元御陵を改めて参拝し写真撮影したかったのだが、残念ながら弘法山の時点で既に日没を迎えタイムアップだった。
22日訪問その③
それでも帰りの順路に組み込んで横は通って見たが、やっぱり真っ暗で何にも見えなかった(笑)。
正月3賀日のどこかで伊勢原市の比々多神社と平塚八幡宮と前鳥神社も参拝する予定なので、その時に改めて訪問しよう。

さて、今回の旅、やはりハイライトは最初の大雄山だった(笑)。
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まぁでも“なんつっ亭”で久しぶりに美味しい九州風拉麺も食べれたし、出雲大社相模分祠も御参り出来たし、源実朝公にも命日の前日に御挨拶に伺え参拝で来たし、全体的には満足な旅と成った・・・

この後、日にちは前後したが訪問したのが下の記事で紹介した“三渓園”・“山下公園前銀杏並木”・“報国寺”・“鶴岡八幡宮白幡神社”での紅葉見物だったんだな。
コレがその時の記事
 ↓

更にその後日、小生が顕彰活動を行っている宅間上杉家の殿様所縁の神社である下永谷の神明社・・・
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そして三浦半島の富士山の絶景スポットにも行って来た。
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又、改めて解説記事で紹介したいと思います。

さて、これから年末年始に向けて、又、神奈川県内の凄い御利益の有る神社仏閣紹介記事をボチボチ更新して行きます。
コレね。
 ↓

何とかクリスマス25日の夜には更新完了できる様にしたいと思いますので、興味が有る人は年末年始の神社仏閣参拝の参考に紅白歌合戦でも見ながら片手間で見てやってください。

では!又、その記事で御会いしましょう♪良いお年を!










浅草と言えば浅草寺と芸人の町として昭和には有名に成り、ビートたけしサン始め多くの話芸の達人を生み出してきました。
そんな浅草の浅草六区と言う町に“ホッピー通り”と言う素敵な飲み屋街が在るのを皆さんは御存知でしょうか?
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写真はホッピー通りの名物、もつ煮込みの店の一つです。こんな感じで道に迫り出す様に屋根とテーブル席が設けられていて、昼も日中から(笑)多くの観光客と地元客が御酒とツマミを楽しんでいる風景を見る事が出来ます。
後で位置関係は地図で説明しますので、先ずはアドレスだけ紹介します。
【ホッピー通り】
小生も余り通っている訳では無いので、その店が特に美味しいと言う記憶が鮮明に有る訳では有りませんが、外国人の友人が東京に来た時に浅草寺を観光案内してからココに連れて来ると大変に喜んでくれます。まぁ~、モツ煮が口に合うかどうかは別にして。
この界隈は浅草六区と言う町な訳ですが、感の良い人は「浅草ロック座」って無かったっけ?と別の店の名前で思い出すかも知れませんね。
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この写真を拡大して頂くと解りますが、六区の街頭には昭和の名俳優と芸人の写真が掲げられています。
浅草六区は芸人の町なので話芸と演芸の芸人を育てる素地が有ります。
浅草ロック座と言うのは浅草六区に在る有名な“ストリップ劇場”の名前です。
小生はヤクザが大嫌いなので、裏社会と繋がりの臭うストリップ劇場はおろか、パチンコの類、キャバクラや性風俗店を保守派として敵視している人間です。ですから小生は一生、浅草ロック座の御世話に成る事は無いでしょう。しかしながら、この店は芸人を育てると言う事に置いて非常に大切な役割を果たして来ています。
昭和の話芸の芸人達は多くが浅草ロック座で司会や前座として話術を磨き、そして芸能界にデビューしています。例えば冒頭で名を挙げたビートたけしサンやアズMAXの御父さんの東八郎サンがロック座から出世して行きました。
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ですから、この界隈は下町の宗教文化の賑わいと、芸人達の下積みの場、そして美味しい御酒の合間った明るく不思議な、そして裏では血の滲む様な泥臭い努力をしている人達が集まる混沌とした魅力溢れる町なんですね。
この場所、行き方が良く解らない人が多いので少し解説しますが、先ずはついでに浅草寺の夜景も紹介したいと思います。
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浅草寺と言えば雷門ですが地下鉄の駅から雷門へ向かう途中、アサヒビールの“金ウンコ(笑)”とスカイツリーが見えたりします。
その近くには立ち食いソバの“富士そば”が在りますが、実は富士そばの隣の甘味処の“西山”は幕末創業160年以上の老舗だったりします。
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この西山は元々は穀類や豆類の問屋から始まっている事も有り、今でも小倉餡や団子は自社で材料の調達から加工、調理提供まで行っています。
すっごく美味しくて、他の店と比較すると味の良さが格段である事が判ります。
位置関係の地図は最後に載せるとして先(ま)ずはアドレスを掲載して置きます。
【甘味処 西山】
さて、西山をもう少し西に歩くと道路を挟んで雷門の正面着きます。
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・・・写真でポーズをとっている人は気にしないで下さい。
この門、現代では“雷門”と言う誤った名称が一般的に観光客には誤認されていますが、本来は風神と雷神を祀る門なので簡略化するのなら“風雷神門”と言う名称が正しい所です。
日が落ちた直後の浅草寺はライトアップされとても綺麗な事を結構、観光客の方は知らないんですね。
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浅草寺界隈ではフザケたTシャツも人気の御土産に成っています。
因(ちな)みに仲見世の通りには江戸時代には塔頭(たっちゅう)寺院と呼ばれる、大きな御寺の支店みたいな小さな御堂が沢山建ち並んでいました。
さて、仲見世を通り過ぎると左手前方に五重塔が見えて来ます。
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ここも昼に見るより夜来た方がとても綺麗なんですね。
実はこの五重塔、現在は浅草寺本堂に正対して左手つまり西側に建っていますが、元々江戸時代には右手東側に建っていました。大火災等を経て、配置も色々と変わっています。
この五重塔の手前左側に行く道の“伝法院通り”が在りますので、そちらに進むと浅草六区の“ホッピー通り”に行くことが出来ます。
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御不動様も夜光に照らされ更に威厳の有る御姿を見せて下さいます。
そして本堂に向かって進むと山門(参門)と呼ばれる内門に当たる宝蔵門が観光客を迎えて下さいます。
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夜の濃紺の空にライトアップされて赤と金に光る宝蔵門はとても映えますね。
浅草寺は元々は天台宗の寺院で現在の東京都内では現存最古の寺院です。戦後に天台宗から分離独立して聖観音宗と言う仏教宗派の総本山に成りました。
実は小生の住む横浜市とは縁が深い御寺です。
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横浜市金沢区には手子神社(旧名:手子明神社/小泉弁才天)と言う神社が存在し、元々は源頼朝公が開いた瀬戸神社と言う神社の大山祇神(おおやまづみのかみ)の御分霊を祀る神社として開かれました。しかし新田義貞の鎌倉乱入の戦火や永享の乱等、周辺は手子神社諸共、度々荒廃していました。
戦国時代に、この手子神社周辺を治めたのが小田原北条家の家臣の三河守(みかわのかみ) 伊丹永親(ながちか)と言う人物です。実はその孫に当たるのが江戸時代初期の浅草寺の高僧、權僧正(ごんのそうじょう)智樂院忠尊和尚様でした。その御縁から智樂院忠尊和尚様は祖父が治めた釜利谷の赤井村、坂本村、宿村の3ヵ村の総鎮守の神社だった手子神社の社殿を江戸時代初期に復興しています。
つまり神仏共に大切にする元は天台宗だった浅草寺の高僧らしい文化的な活動を、智樂院忠尊和尚様は祖先の故地、現在の金沢区釜利谷で行った歴史が有る訳ですね。
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ついでに手子神社境内には瀬戸神社の前に在る源頼朝公と北条政子様御夫妻が御息女の大姫の誕生祝に琵琶湖の竹生島から弁天様の御分霊を勧進して開いた琵琶島弁才天と呼ばれた琵琶島神社から更に御分霊を勧進した小泉弁才天の名で江戸時代に親しまれた弁天社が現存しています。
小泉夜雨 葛飾北斎 
この小泉弁才天は江戸時代に歌川広重によって“金沢八景の一つ、小泉夜雨”として景勝の地として浮世絵に描かれ江戸からの観光客で賑わいました。そんな訳で江戸時代初期には中国の明朝の滅亡時に亡命して来た高僧の東皐心越和尚様等によって紹介され全国的にも景勝地として有名だったので智樂院忠尊和尚様も祖先の治めた土地に誇りを持っていたんでしょう。
さて、そんな訳で浅草寺と横浜はとても偉い神仏共に大切にされた伊丹家出身の智樂院忠尊和尚様の御縁で結ばれているのですが、そんな神仏習合の文化を残す浅草寺宝蔵門の先に進むと、いよいよ浅草寺の本堂です。
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まぁ、ここまで紹介して何なんですが、夜間ライトアップの時間に成ると当然、本堂は閉門しており中に入って参拝は出来ません。
ですから小生の御薦めとしては先に一度、仲見世で御土産の購入を済ませて御本堂を参拝してからホッピー通りに行き夕食をとり、日没してから帰路に着くと夜の浅草寺境内を通って地下鉄の駅まで戻る事が出来て観光するには良いかと思います。
スカイツリーや上野動物園も見学するのであれば、そちらは早い時間に見学してしまう方が良いでしょう。

さて、浅草のホッピー通りと西山、良い御店でしょう?
もし浅草寺界隈に行く機会が有ったら是非!立ち寄って見て下さい。
ホッピー通りと西山と浅草寺界隈 久良岐のよし
最後に位置関係。
☆マークが今回紹介した店や、超有名な料理屋さんです。

では、又、次の解説記事で御会いしましょう。


横浜市金沢区の八景島シーパラダイスや鉄腕ダッシュに度々登場する柴漁港の近くには金沢園と言う元料亭が存在します。この金沢園は昭和四年(1929年)に桜木町から移転して来た料亭で、その開業年は何と大正五年(1916年)に遡(さかのぼ)ります。
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その金沢園は昭和~平成を通じてずっと金沢区柴で営業を続け、大正時代に桜木町で建設され昭和四年に現在地に移築された建物は文化財にまで成りました。
そして平成27年、旅館喜多屋としてリニューアルオープンし、料亭時代の厨房を利用してオシャレなcafeとしてもランチタイムやディナータイムに営業を開始しました。
昔は料亭内から海が一望で来た景勝地で、その景勝は鎌倉時代に清朝(満州族=女真族の愛新覚羅家)によって滅ぼされた中国の明帝国から日本に亡命して来た東皐心越によって「金沢八景」と愛称で呼ばれた程の絶景が金沢区柴~乙舳~小泉(釜利谷周辺)~六浦~野島~内川橋~平潟湾の一帯にかけて江戸時代には大変に多くの観光客で賑わいました。
そんな訳で現在、喜多屋と成っても店の建物は文化財として価値が有り美しい造りで宿泊客を持てなし、cafeでの食事を楽しみに来る御客様には昔の薪を焚いて火を起こす窯で調理していた時代の煤(すす)が磨き込まれて黒光りする雰囲気有る旧厨房で食事を楽しむ事が出来る、とてもオシャレな店として復活しました。
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駐車場には昔の料亭時代の名残の池と石橋も有ります。
さて、客は先ず暖簾(のれん)をくぐり下の写真の玄関で靴を脱ぎます。
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靴を脱ぎ振り返ると料亭の頃のとても煌(きら)びやかな掛け軸や壁の欄間が御客様を出迎えてくれます。
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この店は予約無くてもランチを食べる事が出来るので、八景島で遊んだり稱名寺を散歩する際に御薦めです。
玄関から中に入り右手に進むと旧厨房が“cafeぼたん”として営業しています。
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何と目の前で料理をしている所を見ながら食事が出来ます。これは外国人の御客様に好評でしょうね。
日本人でも見ていて楽しいし、料理が好きな御子様なんかを連れて行けば良い影響を受けるんじゃないでしょうか?
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メニューはオシャレだけど価格はとてもリーズナブル、御子様ランチも有るので子連れのママさん達も安心して子連れ友達同士で来る事が出来ます。
まぁ…元料亭、今も旅館のレストランなので「ぎゃーぎゃー」と騒ぐ子等は連れて行くべきでは無いと思うし、逆にママさん達が日本人らしく子供を厳しく躾(しつ)ける良い機会にも成るかと思います。
小生は写真撮影に訪問したこの日は“国産地鶏の幽庵焼きオレンジ風味”の定食にしました。
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料理も和風に洋食のエッセンスを足していて横浜の開港以来の鎌倉武士文化と西洋文化のコラボを楽しむ様(よう)な献立が多いですね。
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この幽庵焼き、とても美味しかったです!
これにデザートのジンジャープリンが付いて1500円はとてもお得。
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食器も料亭金沢園から引き継いでいるそうで、とても美しい鎌倉彫の椀に汁物が入っていました。
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この写真を知り合いの博物館の女性職員達に見せたら「うわ~綺麗♪」と感心していました。
価格の話もしましたが、女性達が魅力を感じる御店としてどうやらコンセプトの確立に成功した様ですね。

さて、食事が終わり、館内を従業員の方に案内して頂く事が出来ました・・・
実は小生、この写真撮影の為の訪問に際し、1ヵ月程前に直接御挨拶に訪問し日を改めて館内の見学と写真撮影の申し込み、つまり素人取材の御相談にあがっていました。
・・・なので、今回の訪問で従業員の方に御話を通して頂き、食事後に旅館の客室としてリニューアルした元料亭客室部分で空室チェックイン前の部屋を見学させて頂く事が出来ました。
※見学したい人は訪問前に事前に客室の見学の可否を相談して下さい。小生の場合は事前に交渉しアポをとっています。通例だと思わないで下さいね~。
先ず案内されたのが1Fの客室に通じる廊下。
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ともても風情が有る。
下は金沢区野島の伊藤博文公金沢別邸。
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やはり明治に建てられた同じ金沢区の野島公園にある伊藤博文公の別邸に少し似ている印象を受けた。
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1Fには2人部屋の客室。元々料亭だったので書院造だ。
昔の日本人は男性平均身長も160cm位で体躯も小柄だったし、これで十分に広かったのだろう。
書斎といった印象を受ける。
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通路に戻り奥に進むと厠(かわや)すなわちトイレが有る。
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ここも大正モダンな和風建築がそのまま活用されている。勿論、必要な部分は現代の物に成っている。
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2Fに上る階段の奥にも客室が在る。
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うん、良い感じ。今度関西や台湾の友達が遊びに来たら横浜市内の味気ないホテルじゃなくて、ここの喜多屋か三浦の民宿やペンションか横須賀の米国軍人が宿泊するホテルに泊めてあげよう。
きっと喜多屋に泊めてたら皆、横浜にこんな場所が有るのかと喜んでくれるだろう。
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こちらは少し広めの部屋。3人部屋の様だ。
昔はこの部屋で4~6人位で宴会をやったのだろう。
料亭時代から宿泊も出来た様で、風呂も大正の素敵なタイル貼りの浴室だった。
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まぁ、本格的な旅館では無かったので、2つ有る浴室の内のコチラは大浴場ではない。
窓のガラスは大正時代の色ガラスだそうで、何だか教会のステンドグラスの様で日光を取り込んで素敵な淡い色に光っている。
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コチラも窓のガラスが美しい!
浴室はもう一つ有り、こちらは少し広い。家族4人でも同時に入れそうだ。
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色が暖かい。
大山阿夫利神社の参道に多く有る宿坊も大正時代や昭和初期の再建の場所が多いが浴室はやはりコンナ感じだ。富士山の溶岩で浴槽周辺を装飾されタイル張り。
浴室を出て階段を上る。
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階段の上からは昔は海が見える絶景だった大広間が存在する。
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とっても!立派な部屋。
昭和の映画スターの勝慎太郎さんが良く宴会をしていた京都の老舗すき焼き店の三嶋亭の大広間もこんな感じだった。一昨年三嶋亭で友人と食事をした際に店の御厚意で店内を見学させて頂けたのでたまたま知っている。
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部屋の周りも雰囲気が良い。
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現在では目の前にマンションが建ってしまい、更にアフォの横浜市が景勝地だった海を埋め立ててしまい眺望は失われたが横浜市内に在って豊かな緑が残っている御庭。
これも外国人の観光客には好まれるだろう。
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大広間の書院造りは大名屋敷に負けない程に立派だった。
さて、店の解説はここまでにして、少し周辺の地理の解説をしようと思う。
…と、その前に店の住所と連絡先を紹介して置こう。

この喜多屋の前身の金沢園が料亭として栄えていた頃周辺の風景は景勝地として政治家や財界や多くの文化人に愛され、昭和の初期まで、その景勝は大半が残っていた。
その景観は素晴らしく小生の顕彰する戦国時代の関東最強武将、北条綱成公の家老だった間宮康俊公の親族が代々江島神社奥津宮別当を務めたのだが間宮一族の治めた江の島を愛した与謝野晶子サンや、高浜虚子が歌会を開いたり滞在されたりしていたそうだ。
その当時の金沢区の風景はこんな感じだった…
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…戦後の昭和に他府県カッペ移民役人だらけの横浜市に破壊される前の"日本屈指の景勝地"金沢八景の地形。
京都の天橋立(あまのはしだて)に瀬戸内海の風景を足した様な絶景が広がっていました。

残念ながら横浜市は現在の林文子市長を含め日本文化や武士文化や歴史に興味の無い極左派やヤクザの親類と交流に深い人物が市長を務める事が多かったり、県外からの移転者が市の役人として多く採用された弊害で神社仏閣を含めた宗教的な自然の境内地の価値や、鎌倉時代の武士や江戸時代の庶民や外国人から愛された景勝地を、建設利権の為に多く埋立て或(ある)いは破壊してきました。
昔、浮世絵師の歌川広重が乙舳帰帆(おっともきはん)や称名晩鐘(しょうみょうばんしょう)と言う絵で描いた美しい風景が昭和初期まで存在したり、源頼朝公が伊豆(静岡県三島市)の三嶋大社から勧進した御分霊を祀って開かれた瀬戸神社の鎮守の森の山も横浜市役所の役人達によって破壊されてしまいました。
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この風景は日本の名だたる歴史偉人達にも愛され、例えば近くの洲崎地域の龍華寺は前身寺院が六浦地区に在った頃、源頼朝公と文覚上人によってその景勝地を望む丘に御寺が開かれました。
新田義貞の鎌倉乱入等で新田軍等の放火と略奪の戦災に遭い廃寺と成った跡、横浜市と縁の深い菅原道真公の御子孫と関東最強の名軍師太田道灌公によって現在の寺町(洲崎)地区に龍華寺は復興されました。すると、その金沢八景の美しさは日本レベルで有名に成り北条早雲公、徳川家康公等が龍華寺に滞在され金沢八景の景色を楽しまれたそうです。
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鎌倉時代にも喜多屋の近くの金沢山稱名寺が鎌倉幕府の重鎮で執権も輩出した金沢北条家の邸宅に成り、後に邸宅は稱名寺として寺院化され現在に至るのですが、その景色も美しく江戸の市民が観光に訪れる場所の一つでした。そして、それ等の八ヵ所の景勝地として有名に成っていた風景を海の上から見た景色を歌川広重が絵にして“金沢八景”の地名は江戸から昭和初期まで南関東最高の景勝地として多くの人々の知る所と成っていたのですが…
戦後の横浜市役所に他府県出身の役人や、極左翼閥や非保守多国籍ヤクザと結託した役人や左派市長が横浜市を統治する度に不思議と海は埋め立てられ、金沢八景の景観は全滅しました。
そして海の公演も埋め立てられ、金沢園も商売が厳しくなった訳です。
この金沢区の埋め立てによる大景観破壊の被害、海の公園と八景島の建設による景観の悪化で客足も遠のいて、平成25年頃には経営がかなり難しく成っていました。そこを現在の喜多屋の運営会社さんが文化財と歴史を活かしてオシャレな店に復活させるプロフェッショナルな粋な企業だったのですが、その経営によって現在見事に復活した訳です。
同じ様な努力をされている西区の坂本龍馬の奥さんお龍さんが働いていた料亭田中家さんや、南区弘明寺の同じく料亭旅館で建築文化財に成るべき価値の有る中里温泉さんと3すくみで頑張って行って欲しいと思います。

本当に、この現在の喜多屋の運営者さんの努力は素晴らしいと思います。
そして料理も美味しい!
是非、この存在を皆さんに知ってもらいたく、お盆休み最後の週末に八景島や海の公園に訪れる人がいたら是非!ここでランチやディナーを召し上がれば良い思い出に成るので推薦させて頂きます。

今回金沢八景の解説で紹介した場所は過去に記事に書いていますので、ブログの「タグ」の一覧から興味の有るタグを選んでクリックして頂ければ関係の記事が出ると思います。

では、今回は喜多屋の解説でしたが、次回は金沢八景の地名の初出典と成った場所、能見堂と青ヶ台城の解説をしたいと思います!
では!又、次のブログ記事で御会いしましょう!

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北鎌倉駅の真横に香下庵と言う、元々は茶室だった場所を茶店に改装した軽食甘味処が存在します。
先日、東慶寺と圓覚寺に観梅に行った際に・・・
「せっかく北鎌倉に来たのだから北鎌倉発祥の“けんちん汁”を食べて帰りたいなぁ~」
・・・等と思いながら歩いていた所、店頭に美味しそうなけんちん汁とデザートのリンゴのコンポートの1000円のセットの写真に魅(ひ)かれて入店して見ました。
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この狭い歩道を挟んで直ぐ店舗。
茶室だった部分を改装して店舗にしてるのですが、目の前が北鎌倉駅で横須賀線の往来を庭の梅の木越しに見る事が出来て、凄く旅行に来た気分に成ります。
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料理を待つ事暫く、期待通り、綺麗な盛り付けのリンゴさんと蕨の煮物の小鉢、そして焼餅の入った❝けんちん汁❞が来ました。
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見た目も綺麗でしょ?
食べた小生の感想として、この香下庵サンのけんちん汁は過去最高レベルの美味しさでした!
味が良く沁(し)みてとても美味しい!
そしてリンゴのコンポートも優しくとても美味しゅうございました♪
昼食としては男性には少な目かも知れ前んが、他にもアンミツや御団子も有るので甘味類を追加注文すると御腹一杯に成るでしょうし、一般的に旅客は鎌倉駅に移動して小町通りで食べ歩きしたりもするでしょうから、本当に旅の軽食としては持って来い、しかも鎌倉名物の料理を食べれて嬉しい御店ですね!
※ただし注意!
この❝けんちん汁❞は冬季限定だそうで、初春の頃、もうすぐ期間終了だそうです!
ですから、召し上がりたい方は梅の咲いている内に北鎌倉を訪れて、事前に電話連絡で食べたい事を伝えて有無を確認した方が良いと思います。
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ところで、食事の席から見た風景はこんな感じです。
梅の花の向こうに北鎌倉駅と東海道線の線路が見えます。
本当に旅をしに来た感じが味わえますよね~♪
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まぁ・・・
小生は横浜と鎌倉の境目に住んで居る上に、月に4度は古書を閲覧しに鎌倉の神社仏閣や周辺の図書館や博物館を訪れているので、毎週が鎌倉旅行状態なのですが(笑)。

でも、こうやって何となく季節の変わり目を感じられて、鎌倉市から遠方の人も近くに住む人も分け隔てなく癒してくれる仏様や神様と自然の風景と人の作った日本庭園の美しさを享受できるんです。
・・・これだけでも幸せだと本当に思います。
こういった文化と史跡を残して下さった明治時代以前の先人の皆さん、ありがとうございます。
そして、神社仏閣と自然の保護に努めて下さった歴代宮司様、和尚様、氏子サン、檀家さん、ありがとうございます。
源頼義公、義家公、義朝公、頼朝公、頼家公、実朝公、そして足利家鎌倉公方歴代将軍様、戦国時代の北条家の殿様方と配下の武将の皆様、徳川秀忠公、本当にありがとうございます。
皆さんの御蔭で現代人も心を休める事が出来ます。

そして、香下庵の女将さん、美味しい御雑煮風のけんちん汁、ありがとう!
出来れば・・・季節限定じゃなくて一年中食べたいなぁ(笑)。

香下庵茶屋
住所:〒247-0062 神奈川県鎌倉市山ノ内492
電話:0467-25-0411
香下庵茶屋場所 久良岐のよし
北鎌倉駅裏手、徒歩1分。円覚寺参道踏切を渡って左手。

佐島マリーナの入口には笠島マリーナと言う小さな船着場があります。
そこに「海辺」と言う名前の
素敵な海鮮和食のレストランがあります。
なんと、海に張り出したウッドデッキにテーブル席が並び、目の前には相模湾の澄んだ海と天神島と言う御社がある神秘的な無人島が見える最高のロケーションで食事が出来るんです。
入口は少し判り難い場所です。
 
位置関係はこんな感じ。
入口は↓こんな感じ。
天気が良ければ、さっきの屋外席に通されます。
ここは本当に眺望が最高のレストランです。

料理も最高のレストラン!
高級な寿司屋で食べる刺身くらいの美味しい刺身定食や金目の煮付けが付いた定食が食べれます!
刺身盛合せ、鮪佃煮、切干し大根煮物、お新香、アラ汁、ご飯はお代わりし放題、金目の煮付け…
これで3000円は安い!
金目の煮付け無しの刺身定食は2000円弱。
是非皆さんも御堪能あれ!

さて…
ここ、実は徒歩1〜2分の距離に「天神島臨海自然教育園と言う名前の海浜公園があります。
ですから食事がてら、お子さんのいる御家族は子供に海で水遊びさせたり、海洋動物の自然観察をさせる事も出来ますし、大人の男女カップルで散歩しても良い休日を過ごせる場所です。
この佐島の海は神奈川とは思えない海の透明度の高さでして。

佐島に渡る橋の下は見事に水が無いように見える程透明な事が分かります。
海辺は砂浜ではなく磯です。
近所の子供ものびのび遊んでいました。
この佐島は自然も豊かで、様々な動植物も観察でき、説明の看板があります。
更に、冒頭で言いましたがロケーションも最高で、海を挟んだ天神島の風景はとても綺麗です。

浜辺には望遠鏡が置いてあり望遠鏡越しに天神島をみれますよ〜。

素敵なレストランに素敵な海岸でしょ?
是非、皆さんも行ってみて下さい!

【海辺】
横須賀市佐島3-8-2
TEL:046-857-4353

【天神島臨海自然教育園】
横須賀市佐島3-7-2

【交通手段】
JR逗子駅or京急新逗子駅から"佐島マリーナ前行き"バス乗車→終点で降車(約35分)。

ブログネタ
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今年も大山で灯篭祭りが開催されます。
※詳細については「大山ケーブル公式ホームページ 」←ここクリックしてご覧ください!
大山ケーブルは大山の中腹から大山阿夫利神社の登山電車を運行する小田急電鉄グループの会社なのです。
灯篭祭りは、大山ケーブルと近隣の小中学校の生徒さんや父母会、大山阿夫利神社、その参道に連なる温泉旅館や造酒屋、御土産の商店街さんが一丸となって古代からの聖地大山を多くの方々に知って頂く為に行っている御祭りです
その夜景は期間限定、今の季節と秋の一時の灯篭祭りの期間しか見る事が出来ません。
何故なら「ケーブルカー」の夜間運行が灯篭祭りの季節しか行われないからです。
※今年はケーブルカーの交換と設備の再整備の為にケーブルカーは10月01日まで運行停止中です!
でも、昭和初期までは大山巡礼の登山客が関東中から集まって、「大山講」と言うグループ参拝客が大山を目指して歩いてくる街道が、今も関東中に巡る「大山街道」だったんです。
で、昭和初期まで、先導師(せんどうし=山伏)の人達が大山講が登山で大山の中腹にある大山寺と大山阿夫利神社や頂上の聖地まで参詣するのを登山道案内する役目を担ったんです。
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このポスターは神奈川県庁に掲示されています。
神奈川県や横浜市でも同じ県下の伊勢原市の灯篭祭りをバックアップしており、駅に大山の今回のイベントポスターは見かける事が出来ます。
で、大山ケーブル開業50年目、初のケーブルカー交換に伴う施設再整備で運行停止中な訳ですが、そこを逆手にとって、この季節今も賑わう登山客向けのイベントとして今年は大山灯篭祭りを企画されたようです。
素晴らしい!
登山で大山山頂に登り御参りし、中腹の大山阿夫利神社から夜景を見て、徒歩で下山し参道の先導師の方々が江戸時代から営まれている温泉旅館で大山の清水で造られた日本酒や豆腐料理に舌鼓を売ってから温泉にで疲れを癒し…
ゆっくり一泊するとか、凄く風流ですよね!

※大山阿夫利神社と大山の参道の温泉街については以前お記事にしたので、過去記事のリンクを下に貼って置きます。
●大山阿夫利神社の記事は「ココ 」←クリック!
●大山の温泉街名物の豆腐料理については「ココ 」←クリック!
●大山信仰と関連深い比々多神社の記事は「ココ 」←クリック!

大山の歴史について詳しい事は上記の記事をご覧頂ければ良く解ると思います!

では、以下に大山の風景写真を列挙してみますので、気に入って頂けたら是非!江戸時代の人々の様に粋な大山で温泉と夜景と豆腐料理と日本酒を楽しみに訪れて見て下さい!
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小田原には室町時代から伝統のお土産が3つありまして…
小生、本日、小田原北条五代祭りを見物して来たので全部買って来ました!

一つ目!ういろう
※まだ包装したままですいません(笑)。
前回紹介した戦国時代以前から天皇家と関わりがあり文字通り「本家本元のウイロウ」を製造販売している、その名も外郎(ういろう)家」の直系御子孫が今も社長を務める小田原名物お菓子のういろうですね。
コレを食べると歴史的な話だけでなく、小田原外郎家のウイロウが食感と味が格別に良いのが良く分かると同時に、どっかの地方都市のウイロウがネチョネチョ気持ち悪い食感で甘ったるいだけの偽物だと一口で判らしてくれます(笑)。
めっちゃくちゃ美味い!
ういろうの歴史解説記事は「ココクリック!

二つ目!カマボコ
江戸時代から富士山詣(もうで)で箱根越え前に小田原宿の旅籠(はたご=旅館)に宿泊する客が旅の目的の一つとして食べるのを楽しみにする程に有名だった小田原のカマボコ。
手作りだから板に盛り付けた姿もふっくらしてますが、食べるとコレまた食感がスーパーの大量生産市販物と異なり「ブリブリ」とした感覚と濃い魚の味が口に広がり感動するくらいです!
鈴廣(すずひろ)の蒲鉾(かまぼこ)が有名です。映画の小津安二郎監督が好物だったらしいですね。
小生は今回、外郎サンちの隣の老舗カマボコ屋の山一サンのを買いました。
小津安二郎監督の真似して板ワサにしてみました。
久しぶりの小田原蒲鉾、嬉しくて普段飲まないお酒も飲みました。

三つ目!小田原曽我梅の梅干し
室町時代〜明治時代まで梅干しと言えば横浜市磯子区南区港南区の特産だった杉田梅でした。
南高梅は関東では、つい最近流行り出した歴史の浅いブランドです。
杉田梅が横浜市教◯委員会のせいで消えた話は有名で、以前、神奈川の梅林文化を解説した記事や横浜の殿様間宮家の話でも紹介しました。
杉田梅は現代では姿を消しましたが、その杉田梅と同時期に盛んに植林され恐らく同じ品種だったのが小田原市曽我梅林の曽我梅。
甘ったるく蜂蜜漬けされた偽梅干しと違い甘くない昔ながらの酸っぱい系統の正統派ですが、曽我ブランドの梅は元々の果肉の旨みがあり凄く美味しいんです。
小生、さっき板ワサにした蒲鉾を、この梅干しを醤油代わりに食べてみましたが凄く美味しかったです!
因みに昔の人は生醤油が高級品だったので梅肉をつけて食べたり、梅干しと酒で「煎り酒」と言う調味料作って刺身を食べる人が庶民には少なくなかったらしいですよ。
※神奈川伊豆の梅林文化についての記事は「ココ」「ココ」「ココ」←クリック!

どうでした?
何か食べてみたいお土産はありましたか?

食べ物以外にも隣町箱根の寄木細工なんかもお土産として有名ですよ〜!
そうそう!
小田原市は湘南の一部なのでシラスと鯵も美味しいですよ!
もし車で行く人は西湘バイパスでの上り線の西湘SAで食べれる釜揚げシラス丼がオススメ!

以下に外郎家の歴史を纏めて置きます。
初代:陳延祐
元朝時官途:礼部外交院外郎 
長慶天皇の治世、正平二十三年(1368)年、元朝滅亡時に日本亡命。
医術、天文学に通じる。
博多に住す。
官職から陳外郎と日本では呼ばれる様に成る。
↓
後円融天皇の従弟、足利義満公により博多より京に招聘。
京に移住はせず博多に戻るが子を京に留める。
↓
子は京に留まり足利一門の断家、宇野の名跡と旧領を与えられ格を上げられた上で朝廷にも仕える。
外交使節の応対を担当。
足利一門の帰依していた禅宗に入門した事で法名は大年宗奇と伝わる。
父の初代延祐も禅宗に帰依し入道。
今は福岡市博多区に移転した、当時は太宰府に在った横岳山嵩福寺で剃髪、台山宗敬と名乗る。
※この入道号"台山宗敬"は恐らく陳家が浙江省台州出身の貴族である事に由来する。
※帰化後、本来は元朝の官職の外郎を苗字とし読みを官途の外郎(げろう)と区別し外郎(ういろう)にした。
※朝廷に上がる為に宇野を併用した。京極、六角に置ける苗字佐々木の併用に類似の事例。
↓
陳外郎宇野台山宗敬、享年73歳。
応永二年(1400年)七月二日没。
↓
後柏原天皇治世
永正元年(1504年)。
五代:陳外郎宇野藤右衛門定治の代に小田原の北条家より招聘され移住。
この際に弟の家を分家させ京に残し接待菓子や薬の製法も弟の家にも残した。
↓
しかし兵火により京の外郎(宇野)家は断絶する災難に遭う。
※当然、京都の財産や文書も消失。
この際に弟子が外郎の故知の博多、官領代として乱を沈静化させ当時の博多を傘下に置いた大内家により雇用され広まったと、外郎家では山口市と博多市の菓子の外郎を系統と社史で事実上公認している。
血脈は小田原のみ存続する。
天皇家の制約を守り菓子を販売せず。
薬の製法は明治まで一子相伝だった。
※明治時代の解説に繋がる。
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小田原でも北条家の外交使者接待担当。陳外郎宇野家は石高換算で江戸幕府の7000石超相当の格を継続して遇される。
※有職故実に通じたのでの江戸幕府に置ける高家対偶に類似。
※実際に其だけの所領を北条家でも与えられたとは考え難いので関東では室町幕府の格式の維持に留まったはず。実際、当時の石高換算の1貫=2〜4石の最大値で計算しても北条家臣筆頭の松田家で所領役帳で2798貫=11192石となり、やはり外郎家は格式に特化した保証を受けたと考えた方が自然。
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北条家、豊臣秀吉の小田原攻めにより改易、当主氏直公は蟄居。この際、士分の北条旧臣は小田原城下から退去を命ぜられるが朝廷との縁から特例で残留を認められる。
以後は医家として存続、嘗ての朝廷に置ける儀礼を守り透頂香と菓子も外郎の在所以外での販売をせず現代に至る。
この際に天皇家より医家にも関わらず以下の桐紋と建築様式の使用の御赦免を賜る。
八方八つ棟
表側三つ棟玉堂造り
唐破風に桐紋瓦
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江戸時代に至っても外郎家は高名で、今の市川海老蔵の祖先である二代目市川團十郎(元禄元年1688年〜寶歴八年1758年)が愛用し、享保年間に外郎の透頂香で喉の持病が根治した事を感動し歌舞伎の演目"外郎賣"を造り上げ以後は市川家十八番の演目の一つとして現代に至る。
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明治に成ると特許条例が制定されたが、天皇家との関わりで真っ先に特許承認された。
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外郎家系統の製法を受け継ぐ地方では外郎(ういろう)の名を使う事を憚(はばか)り、"ういろ"等と名を変えて敬意を近代まで払っていた。
その名残で今も「ういろう」と平仮名で書いても「ういろ」と発音する人が年配には多い。
但し、外郎家と無関係の名古屋は例に漏れる。


さて、次回は又、北条五代祭りの後に戦国時代の小田原上司の「虎口」と発掘調査中の「百姓曲輪」などを紹介したいと思います。
では!又、次の記事で!

ブログネタ
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横浜市金沢区小柴には柴漁港と言う漁港があり、「鉄腕ダッシュ」と言うTV番組でもしばしば取り上げられます。
実はここ、江戸時代から有名な漁村でして、特産品の「小柴のシャコ」と「アナゴ」は当時〜現在も訪れる観光客の舌を満足させてくれます。
入口はこんな感じ。
何故、この漁村が有名かと言うと近隣には…
江戸時代には金沢八景と呼ばれた景勝地が8箇所有りました。
その他にも杉田梅林金沢文庫称名寺があり、共に江戸からの観光客で賑わいました。
※杉田梅林に関する記事「ココ」←クリック!
※称名寺に関する記事「ココ」←クリック!
称名寺一帯の町屋町には鎌倉幕府の頃〜続く由緒ある御寺も沢山在(あ)ります。
例えば源頼朝公が開基(かいき=開いた)した真言宗の龍華寺。
他にも…
小田原北条家と北条氏繁公に所縁(ゆかり)の有る伝心寺等が在ります。

柴漁港、実は一般人が今でもその名物を食べる事が出来るんですよ。
ここ↑ね。
柴漁港、金曜・土曜・日曜の午前11時〜午後14時まで漁港の方が営業する天丼専門の食堂が開いてます。
ただ、12時位までで、どんどんメニュー売り切れちゃいます。

メニューも何種類か有ります。
その日水揚げされたアナゴや地魚なので無くなり次第終了です。
行きたい人はお早めに到着を!
八景島も近いので、家族連れ、デート前のランチにもって来いです♫

因みに今日は、いつも食べるアナゴ丼では無く、季節物の「小柴のシャコ」が入って味噌汁と小柴で養殖した「ホタテ」がオススメだったので、そのホタテと赤海老の天丼シャコの味噌汁の定食にしました!

因(ちな)みに赤海老は横浜小柴のお隣さん、横須賀市長井漁港の赤海老がブランド化され築地で高値で取引きされてますが、小柴漁港と隣の漁場ですから、小柴の赤海老も美味しかったですよ〜♫

単品で写すとこんな↓感じです。
ホタテと赤海老の天丼

小柴のシャコ♪

イカ刺し

酢の物

美味しく頂きました!

そだ!
柴漁港の目の前にはブレーメンと言う美味しいパン屋さんが在ります。
ココのコノ↓アンパンが美味しくて
これ持って、ちょくちょく称名寺に散歩に行きます。

他にも周りには富岡八幡宮と同じく金沢七福神巡りの一つ、宝蔵院も有ります。
※富岡八幡宮記事は「ココ」←クリック!
ですので、散歩とランチにもって来いな柴漁港。

皆さんも是非、小柴のシャコとアナゴ御賞味あれ〜♫

そうだ!
今なら小柴で養殖した大きい活ホタテが1枚300円で買えますよ〜!
今晩の我家の夕食に成りました。

ではでは、皆さん又、次の記事でお会いしましょう〜。

前回、神奈川県のユネスコ無形文化遺産の御祭り「チャッキラコ」を紹介したブログで三崎漁港の御寿司屋さん
「紀の代」さんを紹介すると御約束したので、料理の写真を掲載します!
※チャッキラコの記事は「ココ」←クリック!

ここは鮪漁港ならではの部位の料理も食べれます。
本当に美味しいので、三浦半島観光の際は是非、立ち寄られる事をお勧めします!

丼は2つ選んで1000円くらいだったかな?
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鮪の胃袋…これ美味しくて毎回注文します。
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鮪のカマ焼き…二人分以上あります。
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これも美味しくて毎回頼みます!
鮪の皮の湯引きのポン酢和え。
上のは鮪の血合いのから揚げかな?
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鮪サラダ。
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これは・・・鯵(アジ)の刺身ですね(笑)。
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鮪の刺身!
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三崎漁港なら御寿司はここ、紀の代が美味しくて・・・
居酒屋なら「黒羽亭」がおすすめです!
黒羽亭記事は「ココ 」←クリック!

付近には観光漁港「うらり」や、観光地の「城ケ島」や水族館の「油壺マリンパーク」もありますよ! 
「うらり」ではサザエの壺焼きなんかも食べれます。
オススメは「鮪の串カツ」です。
レクリエーションに持って来いの観光地ですね!
城ケ島の記事は「ココ」クリック! 

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