歴史オタクの郷土史とグルメ旅♪♪久良岐のよし

熊本地震の義捐金受け入れ窓口 ふるさと納税義捐金公式ホームページ→http://www.satofull.jp/static/oenkifu_kumamoto.php

カテゴリ:旅行(風景/お祭り/食事/買物) > 和食全般/居酒屋/懐石料理/旅館

横浜市金沢区の八景島シーパラダイスや鉄腕ダッシュに度々登場する柴漁港の近くには金沢園と言う元料亭が存在します。この金沢園は昭和四年(1929年)に桜木町から移転して来た料亭で、その開業年は何と大正五年(1916年)に遡(さかのぼ)ります。
CIMG5024
その金沢園は昭和~平成を通じてずっと金沢区柴で営業を続け、大正時代に桜木町で建設され昭和四年に現在地に移築された建物は文化財にまで成りました。
そして平成27年、旅館喜多屋としてリニューアルオープンし、料亭時代の厨房を利用してオシャレなcafeとしてもランチタイムやディナータイムに営業を開始しました。
昔は料亭内から海が一望で来た景勝地で、その景勝は鎌倉時代に清朝(満州族=女真族の愛新覚羅家)によって滅ぼされた中国の明帝国から日本に亡命して来た東皐心越によって「金沢八景」と愛称で呼ばれた程の絶景が金沢区柴~乙舳~小泉(釜利谷周辺)~六浦~野島~内川橋~平潟湾の一帯にかけて江戸時代には大変に多くの観光客で賑わいました。
そんな訳で現在、喜多屋と成っても店の建物は文化財として価値が有り美しい造りで宿泊客を持てなし、cafeでの食事を楽しみに来る御客様には昔の薪を焚いて火を起こす窯で調理していた時代の煤(すす)が磨き込まれて黒光りする雰囲気有る旧厨房で食事を楽しむ事が出来る、とてもオシャレな店として復活しました。
DSC_0305
駐車場には昔の料亭時代の名残の池と石橋も有ります。
さて、客は先ず暖簾(のれん)をくぐると下の写真の玄関で靴を脱ぎます。
CIMG5023
靴を脱ぎ振り返ると料亭の頃のとても煌(きら)びやかな掛け軸や壁の欄間が御客様を出迎えてくれます。
DSC_0307
この店は予約無くてもランチを食べる事が出来るので、八景島で遊んだり稱名寺を散歩する際に御薦めです。
玄関から中に入り右手に進むと旧厨房が“cafeぼたん”として営業しています。
CIMG4998
何と目の前で料理をしている所を見ながら食事が出来ます。これは外国人の御客様に好評でしょうね。
日本人でも見ていて楽しいし、料理が好きな御子様なんかを連れて行けば良い影響を受けるんじゃないでしょうか?
DSC_0309
メニューはオシャレだけど価格はとてもリーズナブル、御子様ランチも有るので子連れのママさん達も安心して子連れ友達同士で来る事が出来ます。
まぁ…元料亭、今も旅館のレストランなので「ぎゃーぎゃー」と騒ぐ子等は連れて行くべきでは無いと思うし、逆にママさん達が日本人らしく子供を厳しく躾(しつ)ける良い機会にも成るかと思います。
小生は写真撮影に訪問したこの日は“国産地鶏の幽庵焼きオレンジ風味”の定食にしました。
CIMG5000
料理も和風に洋食のエッセンスを足していて横浜の開港以来の鎌倉武士文化と西洋文化のコラボを楽しむ様(よう)な献立が多いですね。
CIMG5001
この幽庵焼き、とても美味しかったです!
これにデザートのジンジャープリンが付いて1500円はとてもお得。
DSC_0312
食器も料亭金沢園から引き継いでいるそうで、とても美しい鎌倉彫の椀に汁物が入っていました。
DSC_0311
この写真を知り合いの博物館の女性職員達に見せたら「うわ~綺麗♪」と感心していました。
価格の話もしましたが、女性達が魅力を感じる御店としてどうやらコンセプトの確立に成功した様ですね。

さて、食事が終わり、館内を従業員の方に案内して頂く事が出来ました・・・
実は小生、この写真撮影の為の訪問に際し、1ヵ月程前に直接御挨拶に訪問し日を改めて館内の見学と写真撮影の申し込み、つまり素人取材の御相談にあがっていました。
・・・なので、今回の訪問で従業員の方に御話を通して頂き、食事後に旅館の客室としてリニューアルした元料亭客室部分で空室チェックイン前の部屋を見学させて頂く事が出来ました。
※見学したい人は訪問前に事前に客室の見学の可否を相談して下さい。小生の場合は事前に交渉しアポをとっています。通例だと思わないで下さいね~。
先ず案内されたのが1Fの客室に通じる廊下。
CIMG5005
ともても風情が有る。
下は金沢区野島の伊藤博文公金沢別邸。
2015-08-19-15-50-23
やはり明治に建てられた同じ金沢区の野島公園にある伊藤博文公の別邸に少し似ている印象を受けた。
CIMG5004
1Fには2人部屋の客室。元々料亭だったので書院造だ。
昔の日本人は男性平均身長も160cm位で体躯も小柄だったし、これで十分に広かったのだろう。
書斎といった印象を受ける。
CIMG5006
通路に戻り奥に進むと厠(かわや)すなわちトイレが有る。
DSC_0317
ここも大正モダンな和風建築がそのまま活用されている。勿論、必要な部分は現代の物に成っている。
CIMG5009
2Fに上る階段の奥にも客室が在る。
CIMG5011
うん、良い感じ。今度関西や台湾の友達が遊びに来たら横浜市内の味気ないホテルじゃなくて、ここの喜多屋か三浦の民宿やペンションか横須賀の米国軍人が宿泊するホテルに泊めてあげよう。
きっと喜多屋に泊めてたら皆、横浜にこんな場所が有るのかと喜んでくれるだろう。
CIMG5014
こちらは少し広めの部屋。3人部屋の様だ。
昔はこの部屋で4~6人位で宴会をやったのだろう。
料亭時代から宿泊も出来た様で、風呂も大正の素敵なタイル貼りの浴室だった。
CIMG5015
まぁ、本格的な旅館では無かったので、2つ有る浴室の内のコチラは大浴場ではない。
窓のガラスは大正時代の色ガラスだそうで、何だか教会のステンドグラスの様で日光を取り込んで素敵な淡い色に光っている。
CIMG5016
コチラも窓のガラスが美しい!
浴室はもう一つ有り、こちらは少し広い。家族4人でも同時に入れそうだ。
DSC_0323
色が暖かい。
大山阿夫利神社の参道に多く有る宿坊も大正時代や昭和初期の再建の場所が多いが浴室はやはりコンナ感じだ。富士山の溶岩で浴槽周辺を装飾されタイル張り。
浴室を出て階段を上る。
CIMG5007
階段の上からは昔は海が見える絶景だった大広間が存在する。
CIMG5018
とっても!立派な部屋。
昭和の映画スターの勝慎太郎さんが良く宴会をしていた京都の老舗すき焼き店の三嶋亭の大広間もこんな感じだった。一昨年三嶋亭で友人と食事をした際に店の御厚意で店内を見学させて頂けたのでたまたま知っている。
CIMG5020
部屋の周りも雰囲気が良い。
CIMG5017
現在では目の前にマンションが建ってしまい、更にアフォの横浜市が景勝地だった海を埋め立ててしまい眺望は失われたが横浜市内に在って豊かな緑が残っている御庭。
これも外国人の観光客には好まれるだろう。
CIMG5021
大広間の書院造りは大名屋敷に負けない程に立派だった。
さて、店の解説はここまでにして、少し周辺の地理の解説をしようと思う。
…と、その前に店の住所と連絡先を紹介して置こう。

この喜多屋の前身の金沢園が料亭として栄えていた頃周辺の風景は景勝地として政治家や財界や多くの文化人に愛され、昭和の初期まで、その景勝は大半が残っていた。
その景観は素晴らしく小生の顕彰する戦国時代の関東最強武将、北条綱成公の家老だった間宮康俊公の親族が代々江島神社奥津宮別当を務めたのだが間宮一族の治めた江の島を愛した与謝野晶子サンや、高浜虚子が歌会を開いたり滞在されたりしていたそうだ。
その当時の金沢区の風景はこんな感じだった…
金沢地形図 久良岐のよし
…戦後の昭和に他府県カッペ移民役人だらけの横浜市に破壊される前の"日本屈指の景勝地"金沢八景の地形。
京都の天橋立(あまのはしだて)に瀬戸内海の風景を足した様な絶景が広がっていました。

残念ながら横浜市は現在の林文子市長を含め日本文化や武士文化や歴史に興味の無い極左派やヤクザの親類と交流に深い人物が市長を務める事が多かったり、県外からの移転者が市の役人として多く採用された弊害で神社仏閣を含めた宗教的な自然の境内地の価値や、鎌倉時代の武士や江戸時代の庶民や外国人から愛された景勝地を、建設利権の為に多く埋立て或(ある)いは破壊してきました。
昔、浮世絵師の歌川広重が乙舳帰帆(おっともきはん)や称名晩鐘(しょうみょうばんしょう)と言う絵で描いた美しい風景が昭和初期まで存在したり、源頼朝公が伊豆(静岡県三島市)の三嶋大社から勧進した御分霊を祀って開かれた瀬戸神社の鎮守の森の山も横浜市役所の役人達によって破壊されてしまいました。
2015-03-04-17-10-31
この風景は日本の名だたる歴史偉人達にも愛され、例えば近くの洲崎地域の龍華寺は前身寺院が六浦地区に在った頃、源頼朝公と文覚上人によってその景勝地を望む丘に御寺が開かれました。
新田義貞の鎌倉乱入等で新田軍等の放火と略奪の戦災に遭い廃寺と成った跡、横浜市と縁の深い菅原道真公の御子孫と関東最強の名軍師太田道灌公によって現在の寺町(洲崎)地区に龍華寺は復興されました。すると、その金沢八景の美しさは日本レベルで有名に成り北条早雲公、徳川家康公等が龍華寺に滞在され金沢八景の景色を楽しまれたそうです。
2015-04-01-13-10-08
鎌倉時代にも喜多屋の近くの金沢山稱名寺が鎌倉幕府の重鎮で執権も輩出した金沢北条家の邸宅に成り、後に邸宅は稱名寺として寺院化され現在に至るのですが、その景色も美しく江戸の市民が観光に訪れる場所の一つでした。そして、それ等の八ヵ所の景勝地として有名に成っていた風景を海の上から見た景色を歌川広重が絵にして“金沢八景”の地名は江戸から昭和初期まで南関東最高の景勝地として多くの人々の知る所と成っていたのですが…
戦後の横浜市役所に他府県出身の役人や、極左翼閥や非保守多国籍ヤクザと結託した役人や左派市長が横浜市を統治する度に不思議と海は埋め立てられ、金沢八景の景観は全滅しました。
そして海の公演も埋め立てられ、金沢園も商売が厳しくなった訳です。
この金沢区の埋め立てによる大景観破壊の被害、海の公園と八景島の建設による景観の悪化で客足も遠のいて、平成25年頃には経営がかなり難しく成っていました。そこを現在の喜多屋の運営会社さんが文化財と歴史を活かしてオシャレな店に復活させるプロフェッショナルな粋な企業だったのですが、その経営によって現在見事に復活した訳です。
同じ様な努力をされている西区の坂本龍馬の奥さんお龍さんが働いていた料亭田中家さんや、南区弘明寺の同じく料亭旅館で建築文化財に成るべき価値の有る中里温泉さんと3すくみで頑張って行って欲しいと思います。

本当に、この現在の喜多屋の運営者さんの努力は素晴らしいと思います。
そして料理も美味しい!
是非、この存在を皆さんに知ってもらいたく、お盆休み最後の週末に八景島や海の公園に訪れる人がいたら是非!ここでランチやディナーを召し上がれば良い思い出に成るので推薦させて頂きます。

今回金沢八景の解説で紹介した場所は過去に記事に書いていますので、ブログの「タグ」の一覧から興味の有るタグを選んでクリックして頂ければ関係の記事が出ると思います。

では、今回は喜多屋の解説でしたが、次回は金沢八景の地名の初出典と成った場所、能見堂と青ヶ台城の解説をしたいと思います!
では!又、次のブログ記事で御会いしましょう!

image
北鎌倉駅の真横に香下庵と言う、元々は茶室だった場所を茶店に改装した軽食甘味処が存在します。
先日、東慶寺と圓覚寺に観梅に行った際に・・・
「せっかく北鎌倉に来たのだから北鎌倉発祥の“けんちん汁”を食べて帰りたいなぁ~」
・・・等と思いながら歩いていた所、店頭に美味しそうなけんちん汁とデザートのリンゴのコンポートの1000円のセットの写真に魅(ひ)かれて入店して見ました。
image
この狭い歩道を挟んで直ぐ店舗。
茶室だった部分を改装して店舗にしてるのですが、目の前が北鎌倉駅で横須賀線の往来を庭の梅の木越しに見る事が出来て、凄く旅行に来た気分に成ります。
image
料理を待つ事暫く、期待通り、綺麗な盛り付けのリンゴさんと蕨の煮物の小鉢、そして焼餅の入った❝けんちん汁❞が来ました。
image
見た目も綺麗でしょ?
食べた小生の感想として、この香下庵サンのけんちん汁は過去最高レベルの美味しさでした!
味が良く沁(し)みてとても美味しい!
そしてリンゴのコンポートも優しくとても美味しゅうございました♪
昼食としては男性には少な目かも知れ前んが、他にもアンミツや御団子も有るので甘味類を追加注文すると御腹一杯に成るでしょうし、一般的に旅客は鎌倉駅に移動して小町通りで食べ歩きしたりもするでしょうから、本当に旅の軽食としては持って来い、しかも鎌倉名物の料理を食べれて嬉しい御店ですね!
※ただし注意!
この❝けんちん汁❞は冬季限定だそうで、初春の頃、もうすぐ期間終了だそうです!
ですから、召し上がりたい方は梅の咲いている内に北鎌倉を訪れて、事前に電話連絡で食べたい事を伝えて有無を確認した方が良いと思います。
image
ところで、食事の席から見た風景はこんな感じです。
梅の花の向こうに北鎌倉駅と東海道線の線路が見えます。
本当に旅をしに来た感じが味わえますよね~♪
image
まぁ・・・
小生は横浜と鎌倉の境目に住んで居る上に、月に4度は古書を閲覧しに鎌倉の神社仏閣や周辺の図書館や博物館を訪れているので、毎週が鎌倉旅行状態なのですが(笑)。

でも、こうやって何となく季節の変わり目を感じられて、鎌倉市から遠方の人も近くに住む人も分け隔てなく癒してくれる仏様や神様と自然の風景と人の作った日本庭園の美しさを享受できるんです。
・・・これだけでも幸せだと本当に思います。
こういった文化と史跡を残して下さった明治時代以前の先人の皆さん、ありがとうございます。
そして、神社仏閣と自然の保護に努めて下さった歴代宮司様、和尚様、氏子サン、檀家さん、ありがとうございます。
源頼義公、義家公、義朝公、頼朝公、頼家公、実朝公、そして足利家鎌倉公方歴代将軍様、戦国時代の北条家の殿様方と配下の武将の皆様、徳川秀忠公、本当にありがとうございます。
皆さんの御蔭で現代人も心を休める事が出来ます。

そして、香下庵の女将さん、美味しい御雑煮風のけんちん汁、ありがとう!
出来れば・・・季節限定じゃなくて一年中食べたいなぁ(笑)。

香下庵茶屋
住所:〒247-0062 神奈川県鎌倉市山ノ内492
電話:0467-25-0411
香下庵茶屋場所 久良岐のよし
北鎌倉駅裏手、徒歩1分。円覚寺参道踏切を渡って左手。

佐島マリーナの入口には笠島マリーナと言う小さな船着場があります。
そこに「海辺」と言う名前の
素敵な海鮮和食のレストランがあります。
なんと、海に張り出したウッドデッキにテーブル席が並び、目の前には相模湾の澄んだ海と天神島と言う御社がある神秘的な無人島が見える最高のロケーションで食事が出来るんです。
入口は少し判り難い場所です。
 
位置関係はこんな感じ。
入口は↓こんな感じ。
天気が良ければ、さっきの屋外席に通されます。
ここは本当に眺望が最高のレストランです。

料理も最高のレストラン!
高級な寿司屋で食べる刺身くらいの美味しい刺身定食や金目の煮付けが付いた定食が食べれます!
刺身盛合せ、鮪佃煮、切干し大根煮物、お新香、アラ汁、ご飯はお代わりし放題、金目の煮付け…
これで3000円は安い!
金目の煮付け無しの刺身定食は2000円弱。
是非皆さんも御堪能あれ!

さて…
ここ、実は徒歩1〜2分の距離に「天神島臨海自然教育園と言う名前の海浜公園があります。
ですから食事がてら、お子さんのいる御家族は子供に海で水遊びさせたり、海洋動物の自然観察をさせる事も出来ますし、大人の男女カップルで散歩しても良い休日を過ごせる場所です。
この佐島の海は神奈川とは思えない海の透明度の高さでして。

佐島に渡る橋の下は見事に水が無いように見える程透明な事が分かります。
海辺は砂浜ではなく磯です。
近所の子供ものびのび遊んでいました。
この佐島は自然も豊かで、様々な動植物も観察でき、説明の看板があります。
更に、冒頭で言いましたがロケーションも最高で、海を挟んだ天神島の風景はとても綺麗です。

浜辺には望遠鏡が置いてあり望遠鏡越しに天神島をみれますよ〜。

素敵なレストランに素敵な海岸でしょ?
是非、皆さんも行ってみて下さい!

【海辺】
横須賀市佐島3-8-2
TEL:046-857-4353

【天神島臨海自然教育園】
横須賀市佐島3-7-2

【交通手段】
JR逗子駅or京急新逗子駅から"佐島マリーナ前行き"バス乗車→終点で降車(約35分)。

ブログネタ
旬なニュース#02 に参加中!
image_hikari2015
今年も大山で灯篭祭りが開催されます。
※詳細については「大山ケーブル公式ホームページ 」←ここクリックしてご覧ください!
大山ケーブルは大山の中腹から大山阿夫利神社の登山電車を運行する小田急電鉄グループの会社なのです。
灯篭祭りは、大山ケーブルと近隣の小中学校の生徒さんや父母会、大山阿夫利神社、その参道に連なる温泉旅館や造酒屋、御土産の商店街さんが一丸となって古代からの聖地大山を多くの方々に知って頂く為に行っている御祭りです
その夜景は期間限定、今の季節と秋の一時の灯篭祭りの期間しか見る事が出来ません。
何故なら「ケーブルカー」の夜間運行が灯篭祭りの季節しか行われないからです。
※今年はケーブルカーの交換と設備の再整備の為にケーブルカーは10月01日まで運行停止中です!
でも、昭和初期までは大山巡礼の登山客が関東中から集まって、「大山講」と言うグループ参拝客が大山を目指して歩いてくる街道が、今も関東中に巡る「大山街道」だったんです。
で、昭和初期まで、先導師(せんどうし=山伏)の人達が大山講が登山で大山の中腹にある大山寺と大山阿夫利神社や頂上の聖地まで参詣するのを登山道案内する役目を担ったんです。
2015-08-05-14-30-06
このポスターは神奈川県庁に掲示されています。
神奈川県や横浜市でも同じ県下の伊勢原市の灯篭祭りをバックアップしており、駅に大山の今回のイベントポスターは見かける事が出来ます。
で、大山ケーブル開業50年目、初のケーブルカー交換に伴う施設再整備で運行停止中な訳ですが、そこを逆手にとって、この季節今も賑わう登山客向けのイベントとして今年は大山灯篭祭りを企画されたようです。
素晴らしい!
登山で大山山頂に登り御参りし、中腹の大山阿夫利神社から夜景を見て、徒歩で下山し参道の先導師の方々が江戸時代から営まれている温泉旅館で大山の清水で造られた日本酒や豆腐料理に舌鼓を売ってから温泉にで疲れを癒し…
ゆっくり一泊するとか、凄く風流ですよね!

※大山阿夫利神社と大山の参道の温泉街については以前お記事にしたので、過去記事のリンクを下に貼って置きます。
●大山阿夫利神社の記事は「ココ 」←クリック!
●大山の温泉街名物の豆腐料理については「ココ 」←クリック!
●大山信仰と関連深い比々多神社の記事は「ココ 」←クリック!

大山の歴史について詳しい事は上記の記事をご覧頂ければ良く解ると思います!

では、以下に大山の風景写真を列挙してみますので、気に入って頂けたら是非!江戸時代の人々の様に粋な大山で温泉と夜景と豆腐料理と日本酒を楽しみに訪れて見て下さい!
2013-11-28-12-20-46
2014-07-27-19-04-51
2014-08-17-19-34-14
2014-07-27-19-06-56
2014-08-17-19-34-41
2014-08-17-19-30-41
2014-08-17-19-02-09
2014-08-17-18-23-53
2014-08-17-19-00-52
2014-07-27-16-21-35
2014-08-17-17-06-16
2014-08-17-17-18-27
2014-08-17-17-24-02
2014-08-17-17-24-09
2014-08-17-17-31-12
2014-08-17-17-42-19

image_hikari2015

小田原には室町時代から伝統のお土産が3つありまして…
小生、本日、小田原北条五代祭りを見物して来たので全部買って来ました!

一つ目!ういろう
※まだ包装したままですいません(笑)。
前回紹介した戦国時代以前から天皇家と関わりがあり文字通り「本家本元のウイロウ」を製造販売している、その名も外郎(ういろう)家」の直系御子孫が今も社長を務める小田原名物お菓子のういろうですね。
コレを食べると歴史的な話だけでなく、小田原外郎家のウイロウが食感と味が格別に良いのが良く分かると同時に、どっかの地方都市のウイロウがネチョネチョ気持ち悪い食感で甘ったるいだけの偽物だと一口で判らしてくれます(笑)。
めっちゃくちゃ美味い!
ういろうの歴史解説記事は「ココクリック!

二つ目!カマボコ
江戸時代から富士山詣(もうで)で箱根越え前に小田原宿の旅籠(はたご=旅館)に宿泊する客が旅の目的の一つとして食べるのを楽しみにする程に有名だった小田原のカマボコ。
手作りだから板に盛り付けた姿もふっくらしてますが、食べるとコレまた食感がスーパーの大量生産市販物と異なり「ブリブリ」とした感覚と濃い魚の味が口に広がり感動するくらいです!
鈴廣(すずひろ)の蒲鉾(かまぼこ)が有名です。映画の小津安二郎監督が好物だったらしいですね。
小生は今回、外郎サンちの隣の老舗カマボコ屋の山一サンのを買いました。
小津安二郎監督の真似して板ワサにしてみました。
久しぶりの小田原蒲鉾、嬉しくて普段飲まないお酒も飲みました。

三つ目!小田原曽我梅の梅干し
室町時代〜明治時代まで梅干しと言えば横浜市磯子区南区港南区の特産だった杉田梅でした。
南高梅は関東では、つい最近流行り出した歴史の浅いブランドです。
杉田梅が横浜市教◯委員会のせいで消えた話は有名で、以前、神奈川の梅林文化を解説した記事や横浜の殿様間宮家の話でも紹介しました。
杉田梅は現代では姿を消しましたが、その杉田梅と同時期に盛んに植林され恐らく同じ品種だったのが小田原市曽我梅林の曽我梅。
甘ったるく蜂蜜漬けされた偽梅干しと違い甘くない昔ながらの酸っぱい系統の正統派ですが、曽我ブランドの梅は元々の果肉の旨みがあり凄く美味しいんです。
小生、さっき板ワサにした蒲鉾を、この梅干しを醤油代わりに食べてみましたが凄く美味しかったです!
因みに昔の人は生醤油が高級品だったので梅肉をつけて食べたり、梅干しと酒で「煎り酒」と言う調味料作って刺身を食べる人が庶民には少なくなかったらしいですよ。
※神奈川伊豆の梅林文化についての記事は「ココ」「ココ」「ココ」←クリック!

どうでした?
何か食べてみたいお土産はありましたか?

食べ物以外にも隣町箱根の寄木細工なんかもお土産として有名ですよ〜!
そうそう!
小田原市は湘南の一部なのでシラスと鯵も美味しいですよ!
もし車で行く人は西湘バイパスでの上り線の西湘SAで食べれる釜揚げシラス丼がオススメ!

以下に外郎家の歴史を纏めて置きます。
初代:陳延祐
元朝時官途:礼部外交院外郎 
長慶天皇の治世、正平二十三年(1368)年、元朝滅亡時に日本亡命。
医術、天文学に通じる。
博多に住す。
官職から陳外郎と日本では呼ばれる様に成る。
↓
後円融天皇の従弟、足利義満公により博多より京に招聘。
京に移住はせず博多に戻るが子を京に留める。
↓
子は京に留まり足利一門の断家、宇野の名跡と旧領を与えられ格を上げられた上で朝廷にも仕える。
外交使節の応対を担当。
足利一門の帰依していた禅宗に入門した事で法名は大年宗奇と伝わる。
父の初代延祐も禅宗に帰依し入道。
今は福岡市博多区に移転した、当時は太宰府に在った横岳山嵩福寺で剃髪、台山宗敬と名乗る。
※この入道号"台山宗敬"は恐らく陳家が浙江省台州出身の貴族である事に由来する。
※帰化後、本来は元朝の官職の外郎を苗字とし読みを官途の外郎(げろう)と区別し外郎(ういろう)にした。
※朝廷に上がる為に宇野を併用した。京極、六角に置ける苗字佐々木の併用に類似の事例。
↓
陳外郎宇野台山宗敬、享年73歳。
応永二年(1400年)七月二日没。
↓
後柏原天皇治世
永正元年(1504年)。
五代:陳外郎宇野藤右衛門定治の代に小田原の北条家より招聘され移住。
この際に弟の家を分家させ京に残し接待菓子や薬の製法も弟の家にも残した。
↓
しかし兵火により京の外郎(宇野)家は断絶する災難に遭う。
※当然、京都の財産や文書も消失。
この際に弟子が外郎の故知の博多、官領代として乱を沈静化させ当時の博多を傘下に置いた大内家により雇用され広まったと、外郎家では山口市と博多市の菓子の外郎を系統と社史で事実上公認している。
血脈は小田原のみ存続する。
天皇家の制約を守り菓子を販売せず。
薬の製法は明治まで一子相伝だった。
※明治時代の解説に繋がる。
↓
小田原でも北条家の外交使者接待担当。陳外郎宇野家は石高換算で江戸幕府の7000石超相当の格を継続して遇される。
※有職故実に通じたのでの江戸幕府に置ける高家対偶に類似。
※実際に其だけの所領を北条家でも与えられたとは考え難いので関東では室町幕府の格式の維持に留まったはず。実際、当時の石高換算の1貫=2〜4石の最大値で計算しても北条家臣筆頭の松田家で所領役帳で2798貫=11192石となり、やはり外郎家は格式に特化した保証を受けたと考えた方が自然。
↓
北条家、豊臣秀吉の小田原攻めにより改易、当主氏直公は蟄居。この際、士分の北条旧臣は小田原城下から退去を命ぜられるが朝廷との縁から特例で残留を認められる。
以後は医家として存続、嘗ての朝廷に置ける儀礼を守り透頂香と菓子も外郎の在所以外での販売をせず現代に至る。
この際に天皇家より医家にも関わらず以下の桐紋と建築様式の使用の御赦免を賜る。
八方八つ棟
表側三つ棟玉堂造り
唐破風に桐紋瓦
↓
江戸時代に至っても外郎家は高名で、今の市川海老蔵の祖先である二代目市川團十郎(元禄元年1688年〜寶歴八年1758年)が愛用し、享保年間に外郎の透頂香で喉の持病が根治した事を感動し歌舞伎の演目"外郎賣"を造り上げ以後は市川家十八番の演目の一つとして現代に至る。
↓
明治に成ると特許条例が制定されたが、天皇家との関わりで真っ先に特許承認された。
↓
外郎家系統の製法を受け継ぐ地方では外郎(ういろう)の名を使う事を憚(はばか)り、"ういろ"等と名を変えて敬意を近代まで払っていた。
その名残で今も「ういろう」と平仮名で書いても「ういろ」と発音する人が年配には多い。
但し、外郎家と無関係の名古屋は例に漏れる。


さて、次回は又、北条五代祭りの後に戦国時代の小田原上司の「虎口」と発掘調査中の「百姓曲輪」などを紹介したいと思います。
では!又、次の記事で!

ブログネタ
好きな魚の食べ方を教えて! に参加中!
横浜市金沢区小柴には柴漁港と言う漁港があり、「鉄腕ダッシュ」と言うTV番組でもしばしば取り上げられます。
実はここ、江戸時代から有名な漁村でして、特産品の「小柴のシャコ」と「アナゴ」は当時〜現在も訪れる観光客の舌を満足させてくれます。
入口はこんな感じ。
何故、この漁村が有名かと言うと近隣には…
江戸時代には金沢八景と呼ばれた景勝地が8箇所有りました。
その他にも杉田梅林金沢文庫称名寺があり、共に江戸からの観光客で賑わいました。
※杉田梅林に関する記事「ココ」←クリック!
※称名寺に関する記事「ココ」←クリック!
称名寺一帯の町屋町には鎌倉幕府の頃〜続く由緒ある御寺も沢山在(あ)ります。
例えば源頼朝公が開基(かいき=開いた)した真言宗の龍華寺。
他にも…
小田原北条家と北条氏繁公に所縁(ゆかり)の有る伝心寺等が在ります。

柴漁港、実は一般人が今でもその名物を食べる事が出来るんですよ。
ここ↑ね。
柴漁港、金曜・土曜・日曜の午前11時〜午後14時まで漁港の方が営業する天丼専門の食堂が開いてます。
ただ、12時位までで、どんどんメニュー売り切れちゃいます。

メニューも何種類か有ります。
その日水揚げされたアナゴや地魚なので無くなり次第終了です。
行きたい人はお早めに到着を!
八景島も近いので、家族連れ、デート前のランチにもって来いです♫

因みに今日は、いつも食べるアナゴ丼では無く、季節物の「小柴のシャコ」が入って味噌汁と小柴で養殖した「ホタテ」がオススメだったので、そのホタテと赤海老の天丼シャコの味噌汁の定食にしました!

因(ちな)みに赤海老は横浜小柴のお隣さん、横須賀市長井漁港の赤海老がブランド化され築地で高値で取引きされてますが、小柴漁港と隣の漁場ですから、小柴の赤海老も美味しかったですよ〜♫

単品で写すとこんな↓感じです。
ホタテと赤海老の天丼

小柴のシャコ♪

イカ刺し

酢の物

美味しく頂きました!

そだ!
柴漁港の目の前にはブレーメンと言う美味しいパン屋さんが在ります。
ココのコノ↓アンパンが美味しくて
これ持って、ちょくちょく称名寺に散歩に行きます。

他にも周りには富岡八幡宮と同じく金沢七福神巡りの一つ、宝蔵院も有ります。
※富岡八幡宮記事は「ココ」←クリック!
ですので、散歩とランチにもって来いな柴漁港。

皆さんも是非、小柴のシャコとアナゴ御賞味あれ〜♫

そうだ!
今なら小柴で養殖した大きい活ホタテが1枚300円で買えますよ〜!
今晩の我家の夕食に成りました。

ではでは、皆さん又、次の記事でお会いしましょう〜。

前回、神奈川県のユネスコ無形文化遺産の御祭り「チャッキラコ」を紹介したブログで三崎漁港の御寿司屋さん
「紀の代」さんを紹介すると御約束したので、料理の写真を掲載します!
※チャッキラコの記事は「ココ」←クリック!

ここは鮪漁港ならではの部位の料理も食べれます。
本当に美味しいので、三浦半島観光の際は是非、立ち寄られる事をお勧めします!

丼は2つ選んで1000円くらいだったかな?
2014-01-15-14-29-19

鮪の胃袋…これ美味しくて毎回注文します。
2014-01-15-14-26-38

鮪のカマ焼き…二人分以上あります。
2013-02-10-14-51-54


これも美味しくて毎回頼みます!
鮪の皮の湯引きのポン酢和え。
上のは鮪の血合いのから揚げかな?
2013-02-10-14-44-20

鮪サラダ。
2013-02-10-14-47-09

これは・・・鯵(アジ)の刺身ですね(笑)。
2013-02-10-14-47-56

鮪の刺身!
2013-02-10-14-51-57

三崎漁港なら御寿司はここ、紀の代が美味しくて・・・
居酒屋なら「黒羽亭」がおすすめです!
黒羽亭記事は「ココ 」←クリック!

付近には観光漁港「うらり」や、観光地の「城ケ島」や水族館の「油壺マリンパーク」もありますよ! 
「うらり」ではサザエの壺焼きなんかも食べれます。
オススメは「鮪の串カツ」です。
レクリエーションに持って来いの観光地ですね!
城ケ島の記事は「ココ」クリック! 

横浜市金沢区に南部市場と言う大きな市場が有るのを御存知ですか?

広〜い!


ここの青果市場と鮮魚市場の間にかかる歩道橋の下に…

がってん食堂と言う小さな食堂がありまして…

ココが又、安いだけじゃなくて丼物の魚が当然新鮮で、どのメニューもスッゴク!美味しいんです。
今日のメニュー
鯵(あじ)丼と拉麺のセットで650円!
他にも、その日の魚のメニュー以外にレギュラーのメニューも有ります。

こないだ食べた鮪丼のセット♡

南部市場はゲートの左手が場外市場に成っていて、そちらでは一般客でも買物が出来ます。
こちらでは新鮮な野菜も魚も、茶葉農園の直営販売店や乾物問屋も有ります。
当然、場外市場にも食堂はあります。
御寿司屋さんと、中華屋、洋食屋さんが入居しています。
洋食屋さんのルーテスのメニューはボリュームがあり男性には良いかも…

場外市場楽しいので、是非皆さんも買物に行ってみて下さい!

あ…
南部市場が無くなるとかガセネタ流してる人がいますがデマです。
地方市場になりセリが行われなくなるだけで後は何も変わりませんよ!

ブログネタ
旬なニュース速報 に参加中!
昨日、友人夫婦と横浜三渓園に紅葉を見に行きました。
ただタイムリーな三渓園の紅葉状況は昨日時点ではまだ「一週間早かったかな?」と、言う所でした。
※三渓園記事リンク
●2014/11/20時点の三渓園紅葉状況は…
ココ」←クリック!
●三渓園の風景や説明記事は「ココ」←クリック!

その後、紅葉を見たその足で三浦半島の三崎漁港の黒羽亭に鮪料理を食べにドライブに行ってきました。
つまり夕食は鮪尽くしね。
※店の外観写真撮り忘れました!
もう料理の写真しか無いので先に全部載せます!

鮪のカツ♪

鮪の照り焼き♪

鮪のカルビ焼き♪

鮪のドライカレー♪

鮪の尾の身の天ぷら♪
(山盛り半分食べかけ)

黒羽亭は御店主が名物オヤジで、TVにちょくちょく出ます。
料理は"居酒屋的なメニュー"が多く、刺身などの他に鮪の皮や目玉を使った漁港ならではの御当地料理も有ります。

加熱した料理も沢山有るので生魚の苦手な外国人や子供連れのグループにはうってつけの店なんです。
実は昨日行動を共にしていた友人夫婦も外国人でした。

三崎漁港は城ヶ島近く綺麗な風景を見に行けますし今の季節は近くの石井園と言う農園もミカン狩りをやってるので、良いレクリエーションが沢山有る地域なんですね。
※城ヶ島紹介記事は「ココ」←クリック!
来客の有った時等、ここに連れてくると喜んで貰えるので大変重宝しています。

明日からの連休に是非オススメの店ですよ〜♪
あ!お隣の「紀ノ代」さんと言うお寿司屋さんも凄く美味しいですよ!
小生はお寿司を食べたくなるといつも紀ノ代さんに行きます。
紀ノ代さんも"鮪の白子の天ぷら"や"皮ポン"と言った御当地料理を食べれます。

ではでは〜又、次の記事でお会いしましょう♪

ブログネタ
「秋を感じるひとこま」教えてください に参加中!
食欲の秋と言う事で、神奈川県大山阿夫利神社参道の温泉街で江戸時代から名物の絶品豆腐料理を御紹介します。

以前、伊勢原市大山阿夫利神社の紹介ブログ記事で、参道大山温泉街の紹介もひとくくりにしたのですが、長すぎたのと「食事タグ」で分けたかったので改めて大山の豆腐料理を紹介します。

今月11/25まで、大山ケーブルカーが夜間営業するので「紅葉の夜間ライトUP」がされます。
大山の夜景について知りたい方はブログ記事は「コチラ ←(クリック!)を御覧下さい!

大山は東京の築地市場関係者、大企業の経営者達から崇拝されている山です。
頂上と中腹には大山阿夫利神社と大山寺があり、源頼朝公、徳川家康も参拝しました。

参道には古くから続く温泉宿と大山の名水を活用した名物豆腐料理の店が軒を連ねています。
温泉宿はだいたいが宿坊(しゅくぼう)で、山路を案内する先導師(せんどうし)と言う山伏(やまぶし)の方々が経営されています。
そんな関連で、豆腐料理以外にも猪肉の鍋や鹿の刺身が食べられます。

さて、今回のブログの冒頭で御紹介すると申し上げまたした豆腐料理の美味しい店を御紹介します。
東学坊と言う宿坊=旅館です。
食事のみでもOKで、江戸時代から続く由緒ある宿坊です。

豆腐の懐石料理の他にも猪の鍋が絶品です!
今年の夏は2回訪れました。
毎回、小生は"香の膳"と言うランチを頂くのですが、前菜から豆腐の様々な料理と鮎の塩焼きやご飯にお汁とデザート加えて、日帰り入浴料金込み込みで3700円弱とリーズナブルなんです!
料理の写真も↓載せます。

オカズだけでもこんなに有ります。
更に汁物と御飯にデザートの豆腐アイスが出て…
お風呂代込みで3680円…
毎回、儲け有るのかなとお店の心配しながら…。
結果自分は大満足。

オススメですよ。

箱根温泉は賑やか過ぎですが、ユックリ過ごしたい人には大山オススメです。

↑このページのトップヘ