歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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カテゴリ: 皆さんへ季節のご挨拶とか報告とか。


恋は雨上がりのように 公式ホームページタイトル画像 久良岐のよし
恋は雨上がりのように
公式ホームページURL→http://koiame-movie.com/#/boards/koiame
主題歌「フロントメモリー」MPV→YouTube公開動画


2018年05月25日(金)、もう直ぐ公開のこの映画では能見台を中心に周辺地域がロケ地として頻繁に登場します。能見台駅や桜木町駅を皮切りに・・・
恋は雨上がりのように 能見台駅 久良岐のよし
恋は雨上がりのように 桜木町駅 久良岐のよし
杉田~富岡~能見台~氷取沢に抜ける住宅道路をヒロインの❝橘あきら❞を演じる小松菜奈さんが疾走しまくす・・・
恋は雨上がりのように 能見台 久良岐のよし
恋は雨上がりのように 氷取沢 久良岐のよし
恋は雨上がりのように ヒロイン 久良岐のよし
全然関係無いけど、この小松菜奈サン、小生の学生時代の彼女にソックリ(笑)。
恋は雨上がりのように 円海山 久良岐のよし
そしてもう直ぐ沢山の蛍の見れる季節に成る貴重な横浜最後の自然が残る金沢区~栄区~磯子区~港南区にまたがる円海山もロケ地に成っていますね。
蛍のいる瀬上沢から、このロケ地は徒歩8分くらいと直ぐ近く、更にはこのヒロインが走ってる道の左手の山の上は横浜市で最高所なので絶景の夜景スポットとして栄区上郷町と港南区港南台の地元民には知られています。
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富士山の赤富士とダイヤモンド富士の景勝を見られるポイントとしても夕日の撮影が趣味の人達には広く知られています。
恐らく知らないのは❝築地育ち❞の林文子市長くらい。
ついでなので以前、蛍を見られる❝瀬上沢❞と瀬上沢の綺麗風景や蛍の様子を紹介した記事のリンクと蛍の見られる場所も紹介して置きます。
円海山蛍の生息地 久良岐のよし
Google map→リンク
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円海山の展望台とベンチ~横浜の大森林を守ろう
(洋光台地域ホームページから)

東急が開発破壊しようとしており林文子市長がそれを容認する様な発言をして横浜市民から大ヒンシュクなのも紹介しています。
こんな映画のロケ地に成ったり、横浜市最後の蛍大生息地が見られたり、横浜市一の夜景が見られる場所を横浜市役所に破壊されない様に、彼女さんや彼氏さんや奥さんや御子さんと❝恋は雨上がりのように❞の映画を見て聖地巡礼に円海山に来て、ついでに蛍と夜景を見て、その素晴らしさを感じて見ませんか?
横浜市にも奥多摩の様な最後の大自然が残っています、ここを破壊しようとする政治家と土建屋に止める様に、林文子市長には❝歴代市長が守って来た❞貴重な自然を子供達の為、日本文化と自然保護の為に開発の魔の手から守って下さる様に陳情して頂ければ幸いです。

●林文子市長への陳情窓口
林文子事務所 
〒231‐0007 横浜市中区弁天通4-53-2 DOMONビル2F
TEL:045‐228‐9780
横浜市教育委員会庶務課
TEL:045-671-3240
●東急建設
http://www.tokyu-cnst.co.jp/company/
〒150-8340 東京都渋谷区渋谷1-16-14 渋谷地下鉄ビル
代表番号 TEL:03-5466-5020
土木本部 TEL:03-5466-5152
建築本部 TEL:03-5466-6186
営業本部 TEL:03-5466-6299

今日、もう直ぐ退職される御世話に成った人に会いに金沢区に行き、ついでに称名寺の桜も見て来ました。
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シャボン玉で遊んでる関西弁の仲良いカップルがとても絵に成ったので思わず・・・
「御二人がシャボン玉で遊んでる風景が素敵だったので、顔を写さず背中からシャボンで遊ぶ二人と桜の写真のモデルに成って貰っても良いですか?」
・・・と聞いたところ快諾して下さいました。
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ありがとう御二人さん!御二人が幸せに成ります様に♪
そしていつか間に坊やかお嬢ちゃんが挟まって、親子3人か4人でシャボン玉で遊んでる風景を又偶然見られたら嬉しいですよ~( *´艸`)。

さて本題のブログの更新の話です。

ブログ更新が疎かに成っておりすいません。
肉体改造のパンプアップ&シェイプアップ、ちゃんと頑張ってます。
4月からは個人的にも今の仕事で休日が水曜日と土曜日とばらけていたのが、金曜日と土曜日と連休に成り肉体改造しながらブログを更新する文武両道の生活を送れる様に成ります。

一応頑張ってる証拠として、5日に1回のペースで体組成のデータをExcelにまとめて自分が何処の部位の脂肪を燃やしたり筋肉を増やすべきか、どの機材で何をするべきか理解する為に可視化しているExcel資料の画像をスクリーンショットして添付します。

肉体改造(2月末~3月末)久良岐のよし
この1ヵ月間で約8kgの脂肪を自分の身体から消滅させて、少しだけ筋肉も増やす事が出来ました。
何とな~く頑張ってるでしょ?
牛肉と魚肉と魚の骨と牛乳と、調理してない色んな生野菜とナッツ類をボリボリかじりながらプロテイン飲んで、半分原始人みたいな限り無く調理行程の少ない食事をし、毎日ジムのチャリンコとルームランナーで20km走って、筋トレしてます。
多分、4月一杯である程度結果を出せると思います。
その後はパンクラス時代の舟木選手やUWFインター時代の高田選手の体形を目指したいと思っています。どうせ肉体改造始めたなら昔を超えた方が自分も成長出来るし。

Uインター時代の高田さんか…

・・・パンクラス時代の船木サンの体型に近づきたい。
理想的には仁王門の金剛力士様のプロポーションに4月以降も少しずつ筋肉増やして成りたいです。
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究極的には称名寺の仁王門の金剛力士様の様な肉体と精神と知恵と武力と能力と人徳を持ちたいけど…
小生凡人だから(笑)、肉体だけで言えば若い頃のアントニオ猪木サンが最終目標。
筋肉付き過ぎず、でもインナーマッスルの量が多そうな感じ。

・・・まぁ、身体としぶとさと豪胆さは特に猪木さん御手本にしたい。借金は真似したくない(笑)。
そしてパンプアップ肉体改造に成功したら、歴史好きな事を自己満足と言われたり1ヵ月前でも筋肉だけで約70kg有った身体の体形を馬鹿にした酒乱を冷ややかな目で見下したいと思います(笑)。
そこは器小さいと言われようが馬鹿にされたままは嫌だから、どうしてもやり返したい。倍返しだクソが!俺の正義では喧嘩を売る為に暴言を吐く時は相手を潰す時、だから相手の暴言も許さない。
酒飲んだから何だ?こっちはシラフなんだわ、酒飲もうが飲まないが法律的に暴言は暴言だわ。
絶対に許さねえ。
呉王夫差と越王勾践の故事に倣い、ジムでトレーニングする前にいつも屈辱的な事を言われた時の事を思い出してから「ぶっ殺す、脂肪もぶっ殺す(憤怒)」と思って修羅の様にチャリンコ漕いで周りをドン引きさせています(笑)。
・・・小生がチャリンコ漕ぎ始めると本当に両隣のTV見たくてダラダラとペダル漕いでる連中が居なくなるんだよね(笑)。

まぁ、ブログ更新や歴史活動を停止させても肉体改造をして、昔の格闘技やってた時代の体形に戻した上で更に上を目指すのは自分にとってプラス要素しか無いですからやっていて楽しいです。
そしてストレスが溜まりそうな時はちゃんと、神社や御寺や山にいって綺麗な風景や御花を見てホッコリして過ごしています。
歴史ブログは資料を調べるのに時間がかかるので、毎回毎回小論文程度の内容を書きながら肉体改造をするのは無理なんです。

ですから、もう少し時間に猶予を下さい。
4月からは金曜日は「知恵と芸術」を高める日・・・
金曜日は藤沢市文書館や鎌倉市中央図書館に行って文献しらべる時間も出来そうです。
私事ですが習い事も新たに資格所得の為に始ます。語学だけどね。
好きな石の研磨と銀製の指輪造りに費やす時間も確保できそうだ。
だから金曜日にはブログを書いて土曜に日付変わった頃にはアップロード出来る様に成るかも知れません。もしかしたら肉体改造をハードにしないと進捗が4月以内の目標に間に合わなそうでブログ更新出来ないかも知れませんが御容赦下さい。
・・・そして土曜日は「武と心」の修練と旅の日に出来そうです。
肉体改造さえ終われば又、土曜日に色んな場所に遠出出来ると思います。ジムは夜に通えるし。

そんな訳で、とりあえず次は土曜日に記事を更新します(予定)!

あ、今日、金沢区の称名寺に桜を見に行きました。
今年もとても綺麗だったので写真だけ掲載します。
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あ~横浜三渓園の夜桜も綺麗でしょうね。
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以前書いた記事です⤴
でも三渓園、今年から入場料金値上がりしたので皆さん承知の上で行って下さいね~。おかしいですよね~、横浜市は中田市長以来、公園と緑地の整備保全費用を市民税に増税して徴収しているのに何で三渓園の入場料金を林文子市長は値上げさせたんでしょう?
三渓園値上げする意味が解らない。本当、林文子サンは山口組を尊敬すると公言する様な企業経営者の支援者と一緒にカジノは造り高がるのに、日本文化には微塵も興味が無いし稼げる場所に課税すりゃいいやって感じなんだろうね。
三渓園を公に開いた原財閥の原三渓サンの理念なんて微塵も理解していないんだろう。だからダイエーの再建任されても失敗したり横浜市の金でカジノ作ろうとしたり、支援者を第三セクターの社長にしまくったりしてんだろうな。
ムカつく。

では、又、次なんか歴史解説記事を書くと思うので土曜日に更新予定ですが出来なかったらすいません。さて、皆さんにとって良い春に成ります様にぃ~♪

⬆️
一昨日の事件のニュース記事リンク。
楽しい旅行中の乗客は凍りついたろうな。

本当、酒の上なら許されるとか思い込んでる法治主義のカケラも理解出来て無い奴は、んなもん・・・
法の世界じゃ非常識な反社会的思考者なだけだわ!日本の恥。酒飲んで暴れる韓国人留学生集団と変わらん。
三國志じゃ張飛が酒で度々失敗し、最後も酔ってパワハラ指示部下に出して寝首掻かれて死んどる。
日本神話でも八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)は八塩折之酒で酔わせてから素戔嗚命が首を切り落とし殺し、熊襲長が倭建命に酔った所を暗殺され、酒天童子も源頼光公が八幡大菩薩応神天皇の御神霊から授かった神変奇特酒で酔わされてから寝首を掻かれ討伐されている。
酒は“万人之敵=一騎当万”の名将軍張飛の判断力も奪い、日本神話の豪傑や荒神や鬼神すらも酩酊意識混濁させ、そしてそれらの全ての命を奪い去る道具に成った。
だ~か~ら~!
仏教では明治以前までは酒を禁じていたし、禅寺の入口には「酒の匂いさせて境内に入るなクソが」って意味の「不許葷酒入山門」がどこも有るんだよな。
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関東屈指の堅城、八王子の滝山城址に在る少林寺は北条氏照公が先立った奥方様の菩提寺として開いた御寺だが、やはりこの石柱が境内地入口に在る。
「不許葷酒入山門」
不許…許さず
葷酒…くさい/臭う+酒=酒臭さ=酔って
入……入る
山門…御寺の門
小生は基本的に大社格の某神社の宮司家一族の末裔だが、仏教の倫理観は大いに賛成だ。
まぁ小生も清めの御神酒は神事の時に神社で有り難く頂くよ、後は遠方から親友が来た時かJazz聞きに行ったら少しは飲むが基本的に車移動だから飲まないし酒は祖先も失敗してるから飲まないし父が酒飲むと他人の悪口を言うので飲みたく無いし、酒の席にも居たくない。
多くの神話の化物や歴史偉人が命を落とした酒、それでも「俺は大丈夫」「酒の席の事はチャラ」と言う輩がいる。何の自信だコラ?
いくら飲んでも全く酔わない小生でも飲まない酒を、酩酊したくて飲む奴はクズだ、最初から倫理観が欠如している。
「おい、オマエは張飛以上の豪傑かヤマタノオロチより酒強いんか?」
・・・「俺は大丈夫」「酒の席の事はチャラ」と言う思考の人間は弁護士や警官の知り合いに言わせると民事なり刑事なり少なからず法律に抵触する事をやりながら生活してるパターンの奴が多いそうだ。
最近、法律的な事に詳しい友人から色々話を聞く機会が有って非常に面白かったので酒乱の行動パターンを列挙してみる。
確かに当てはまるんだなコレが(笑)!
①業務中の不正・・・社内規定や法で定められた事項を違反する、労働時間申告の粉飾、休憩時間をとった時間を申告しない、業務をエスケープしてサボる、部下への管理責任違反やアルハラ等。
②不倫・・・まぁ民事だから相手か自分か自分の家族が不幸せに成る。必ず人生が狂う人間が出る。
③脱税・・・関係無い領収書を利用したり架空の経費計上するカス、年金保険料の滞納又は虚偽申告による軽減や免除詐欺。健康保険の不正還付詐欺。
④程度の酷い道交法違反・・・故意の車線変更禁止区域での車線変更や信号無視や一時停止や進入禁止の違反、警察に届けず当て逃げ、免停中運転や異常なスピード超過、飲酒運転、轢き逃げ。
⑤シンナー吸引、脱法ドラッグや違法な睡眠薬や向精神薬の入手と使用、麻薬や覚醒剤の使用。
⑥犯罪性の高い詐欺。
⑦傷害事件、殺人事件。
・・・確かに当てはまる奴がいる(笑)!
酒の席ならOKと考える思考の人間は、例え今やってなくても法治意識や倫理観が欠如しているので必ず上記の何れかに当てはまる行為をしながら生きている、若(も)しくは過去にやっていたが一時的にそれ等から離れているだけ。
「酒飲んだら何しても良いって」思考の奴は大なり小なり必ず民法か刑法に抵触する事をしながら生きてるって事だわな~確かに(笑)。
具体的に刑事事件だと言えばコンナ事するそうだ。
①酒飲んだから暴言が許される←侮辱罪だわな。
②酒飲んだから凶器を所持したり振り回して良い←普通に逮捕されるわ(笑)!
※今回の新幹線での記事は☝️コレな。
※少し前のコレ👇は①②に傷害罪が加わる。
③酒飲んだから後輩を説教の為にカラオケのリモコンで殴って良い←日馬富士山か!普通に傷害致傷だわ!
⑥酒飲んだから泥酔した女犯してよい←慶応大学生が葉山で事件起こしたけどな、普通に強姦罪だ馬鹿か!
⑦酒の席で喧嘩に成ったから相手を殴ったら死んじゃいました←たまに有るけどな、殺人だわ。

泥酔して判断力も記憶力も法治意識も理性も無くなる奴は一生酒飲むんじゃねーよ、最近そんな奴がいたな・・・そう言えば。

酒飲んでようが飲んでいまいが罪は罪なんだよな~。
本当に酒嫌いだし飲みたく無いし、その場にいたくないし酒乱死ねよと思う。
酒で暴言吐いて自分の最大支援者を失う事に成る奴もいるだろうし、日馬富士みたいに酒飲んで判断力無くなり他人に暴言吐いて勝手に逆上して凶器を手に取り暴行傷害事件や殺人事件を起こす人間の屑もいる。
酒なんて飲むな。特に鬱病経験者や依存症持ちはな。悪酔いして失敗するだけ。そんな奴をこの間も見たばかり。


酒は万人之的張飛も殺す万人之敵の敵、普通の人間がコントロール出来る訳が無い。まして細身の渡来人骨格と一重瞼の遺伝子の人間は遺伝的にアルコール分解能力低い。小生の様な骨格がゴツく二重瞼の縄文系遺伝子の強い生粋の日本人やサモアン等太平洋の海洋民族と比較して酔い易く酒に弱い。
だから韓国人と同じ朝鮮半島渡来系の骨格や一重瞼の奴は酒飲んで暴言吐く奴も多い。
酒弱い奴は飲むな。
酒を飲んで酩酊する事を良しとする思考は不倫と軽犯罪の始まり。そして重大な犯罪への入口。

神奈川県立金沢文庫(博物館)で東京国立博物館に続き鎌倉時代の大仏師“運慶”とその弟子達の作品である仏像御神像が企画展『運慶ー鎌倉幕府と霊験伝説ー』として展示開催中です!
金沢文庫公式 運慶
金沢文庫公式 運慶2
神奈川県立金沢文庫
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この企画展は面白く、個人的には皆さんに時刻方位を表した複数の干支を冠した守護神像に注目して頂きたい所です。
昔も今も見事な仕事をする職人もいれば、適当な仕事をそこそこしてヒューマンスキルだけで出世するカスもいるんだな~(笑)なんて❝昔の僧侶の粗探し❞を出来たりします(笑)。
実は方角と時刻を示す守護神(仏)像、頭に方角と時刻を表す干支が彫られており素晴らしい造作の彫刻で迫力も躍動感も有る製作した仏師の気概と仏様の魂を感じる様な木製彫像なのですが…
この仏像群に相当する方角干支を定めた解説書を描いた昔の僧侶が適当な人物で“仏像のポーズ”だけを適当に見て方角守護仏として確定してしまい、仏像の頭の冠に掘られた動物と方角がアベコベに混乱してしまっていたりします(笑)。
この僧侶に限らず、各時代に適当な役人や僧侶神官と言うのは昔から居た様で、特に教養の低かった徳川家臣団が江戸幕府運営をハチャメチャにしていた江戸初期等は寺領社領の保証の為に発行する朱印で寺社名を誤記したまま朱印状発給してしまったり・・・
江戸後半に編纂された“寛政譜”や“寛政重修諸家譜”等の幕府発行の公文書でも武士の家系図で採用している各時代の武将の名前が誤記だらけだったり、戒名と法名と雅号の区別すら出来てない担当筆者の低教養が現代に晒されていたりします。
まぁ、だから徳川幕府は肝腎な役割は旧北条家臣団や旧武田家臣団じゃないと運営できなかったんですけどね、徳川家ってのは幕府開くまで統治力がとにかく低く領内で内戦と離反ばかり起きていましたから。吉宗の頃までは目安箱すら無く譜代旗本の領地では不正課税が横行したり目茶目茶でした。その幕府も混乱した初期からの脱却は旧北条・武田家臣団に頼り美味い所を搾り取ってポイして、幕末に混乱すると再び旧北条家臣団の子孫達に頼る幕閣ってなんなんでしょうね(笑)。
ついでに言えば昔、❝東の正倉院❞と渾名されたのが、今回の企画展を行っている鎌倉時代から存続する❝金沢文庫❞なのですが、ここから多くの寺宝や古文書を横領した挙句の果てに管理不行き届きで此の世から消失させたのも徳川家でした。
・・・とは言っても戦乱を終わらせて庶民が文化を成熟させる時代を齎した功績は素晴らしく、物事は一つの側面から見える事が全てでは無いと言うのが解るのが徳川家と幕府の歴史と今回の企画展の十二神将なんですね。
今回の企画展『運慶ー鎌倉幕府と霊験伝説ー』は、そう言った風に方角守護仏の冠とイイ加減適当な仕事をした先人に誤確定された方角と仏像の冠の干支の不整合を見て・・・
「あぁ~先人の中にも三井不動産レジデンシャルの傾きマンションや消えた年金問題と同じでイイ加減適当なフザケた仕事する奴がいたんだなぁ~」
・・・と言う目で見学したり・・・
「あ~、昔の本当に魂を込めて仕事をしていた人達は何と素晴らしい事か」
・・・と、一つの物からを二つの視点で見る事が出来たりするとても面白い展示と言うのが個人的な感想です。
金沢山稱名寺
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隣は美しい二重橋のかかる、真言宗律宗別格本山の高い格式を持つ❝金沢山稱名寺❞も在り合わせて散歩すると良いですよ♪
小柴の丼屋
小柴の穴子天丼と小柴の蝦蛄刺身 久良岐のよし
近くには美味しい金沢(かねさわ)名物の穴子を食べれる❝小柴の丼屋❞や・・・
喜多屋
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・・・与謝野晶子達も歌会等を開いた料亭金沢園から旅館&カフェとしてリニューアルした❝喜多屋❞も在ります。
是非、この機に周辺散策と合わせて企画展『運慶ー鎌倉幕府と霊験伝説ー』を見学しては如何でしょうか?

情報拡散が遅く成ってしまって申し訳ないのですが、今、横浜市歴史博物館で凄い企画展をやっています。
2018年01月08日までと、あと1~2日しか開催されないので緊急拡散します。
横浜市歴史博物館公式 群集する古墳 表 久良岐のよし拝借 
横浜市歴史博物館公式 群集する古墳裏 久良岐のよし拝借 
企画展:群集する古墳
学校では教えてくれませんが、神奈川県内は実は古代の佐賀牟(さがむ)国と磯長(しなが/いそなが/いそたける)国と言う二つの大きな豪族割拠時代の国の首府が有りました。それ故(ゆえ)に実は古代に邪馬台国や出雲王権や大和王権の首府だった九州北部・出雲地方・大阪・奈良・京都に次いで“重要な”古墳時代の出土品が多い地域なんですね。
今回の企画展は小生が年末に紹介した延喜式内社で古代からの聖地の比々多神社や源頼朝公が聖地として修験道の僧侶に再整備させた森浅間神社等の旧境内地古墳群からの出土した副葬品で神社の神器として大切にされている鉄剣や勾玉や甲冑が多数展示されています。
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横浜市歴史博物館※8日月曜日には学芸員サンによる企画展解説も有ります!詳しくは横浜市歴史博物館のホームページを確認するか、電話で解説の開始時間を問い合わせしてみて下さい!
今回は無料で立派な解説パンフレットも配付されています。
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今回の企画展で出土品が多く展示されているのですが昔、鎌倉に在った都筑区の名刹:西方寺を始め、“神奈川県内の凄い神社仏閣一覧”で紹介した神社の神器も沢山有りますので、興味の有る人はブログ記事も参考に御覧下さい。
コレ→
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さて、余り横浜市歴博の事を御存知無い人も多いと思いますので、この博物館の凄さを少し解説させて頂きたいと思います。
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先ず、この博物館の立地を御覧下さい。
センター南駅周辺 久良岐のよし
実は横浜市歴史博物館はセンター南とセンター北の宅地開発の際に、古代都築郡の文化に繋がる縄文~弥生~古墳時代の遺跡が多く発掘され、周辺には平安時代~戦国時代を通じて重要視された交通の要所が通る事から茅ヶ崎城や山田城、そして茅ヶ崎城を築城したとされる多田源氏源行綱公が開いた綱崎山長福寺(現:寿福寺)等が存在しています。
茅ヶ崎城の解説記事はコレ→
そして、この地域の開発当時の市長さんが建設族だけれども政治力に加えて高い文化教養と歴史知識を有していた高秀秀信横浜市長だったんですね。
この市長は凄い方で、建設利権と文化歴史保護を両立させた現代の歴史偉人なのですが(今の林文子と前の中田市長は自然と史跡の保護を怠り多くの場所の不保護→消滅を招いた)、横浜市中区の山手地区の洋館を買取り観光の目玉として保護する事に成功したり、センター南駅の目の前に緑地として茅ヶ崎城址公園を整備して保存と都市計画を両立させる事を成功させた政治家でした。
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中でも横浜市歴史博物館の設立の切っ掛けに成ったのが大塚歳勝土(おおつかさいかちど)遺跡の発見で、こちらも緑地として都市計画に組み込み、貴重な弥生時代の文化と城砦村落である環濠の様子や弥生時代の方形周溝墓と言う平たい方墳を発掘し無料で展示しており、芝生が張られ横浜市北部の市民の憩いの場にも成っています。
さて、そんな遺跡の出土物や茅ヶ崎城や横浜市内の貴重な文化財を常設展示したり、今回の企画展の様に周辺自治体の歴史ある神社仏閣や史跡の出土物を借り受けて展示したり、古代人や武士達と現代の我々を結び付けて下さるタイムカプセルとして❝移民だらけ❞で郷土愛も歴史への理解も足りない人が多い横浜市民に、実は凄い場所に住んでいる事を学習できる場所として高秀所長によって開かれたのが、この横浜市歴史博物館です。
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比較的新しい博物館なので当然、館内は綺麗です。
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この博物館の屋上には大塚歳勝土遺跡への連絡協が有ります。
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常設展の他に体験学習室が有り、古墳時代の甲冑や兜や銅鏡のレプリカも展示され、直接触らせて頂けるんですね。
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例えば普通の博物館なら、こうやって綺麗に飾られているだけですが、こちらでは触らせて頂けるので細かい観察をする事も可能に成っています…
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上から近づいて見ると頭頂部には細かい彫刻が有る事が解りますね。
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側面にも彫刻が彫られており、当時の豪(王)族や将軍が身に付けた甲冑が優美だった事を自らの目で見て学ぶ事が出来ます。
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三角縁神獣鏡のレプリカも職員さんに確認をとると触らせて貰えます。
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ちゃんと裏面が鏡に成っている事が解りますねぇ~♪
まぁ、学習室は色んな時代のモノが置いて有るので…
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観察の為に移動させて貰ったら昭和40年代の居間を再現した場所に古墳時代の兜が有る異様な風景になってしましました(笑)。
この他に、触れない常設展示の方も現物やレプリカと供に、映像資料や解説洞がのミニシアターがふんだんに用意されており、とても良い歴史入門に成る博物館です。
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昔の都筑区は緑区・青葉区・旭区の全域と、川崎市麻生区・横浜市保土ヶ谷区・港北区を合わせ都築郡と言う行政区域で、西八朔には平安時代の人がら見ても歴史が古く大切にされた延喜式内社の杉山神社が存在ています。
古代豪族の姫で日本武尊(やまとたけるのみこと)の御妃様だった弟橘姫(おとたちばなひめ)の古墳が有る橘樹神社(川崎市高津区)一帯に存在した橘樹郡衙や、久良岐郡衙が存在したと推定されている横浜市南区の弘明寺から古代の街道が経由している交通の要所だったので、非常に多くの出土物が発掘され展示されています。
色別標高図&Google map&久良岐のよし史跡位置図 センター南駅周辺
上の図は“国土地理院”の色別標高図と言う地形図をGoogle earthに重ね合わせ、小生がGoogle earth上に登録したセンター南駅周辺の史跡を表示させた位置関係図です。
これを見ると一目瞭然ですが、当然ながら都筑区を含むそんな旧都築郡は交通の要所の地域なので武士の時代にも茅ヶ崎城や山田城と言う城塞が築城されて拠点として活用されました。
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なので他にも戦国時代の横浜市の北条家臣団の解説や模型と解説パネルの展示やら・・・
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これは後北条所領役帳と言う1級資料の古文書の複写を元に地図上に北条家臣団の領地を表示した図ですね、しかしこれだと誤解するかも知れませんが、各殿様は別に在地で自分の領地にいた訳ではありません。
例えば玉縄衆や江戸衆や御馬廻り衆と言う1560年頃の後北条所領役帳を元に当時の軍団編成を色分けされてパネルに表示してありますが、その武将達は自らが所属する部隊の拠点となる城に詰めて仕事をしていました。
横浜で特に活躍したのは下記の4家です。
※家名をクリックすると関連記事にリンクします。
●蒔田吉良家
足利一族の蒔田吉良家、室町幕府鎌倉府の鎌倉公方(将軍)代理も務めた家です。高文化な一族で梅花無尽蔵と言う書物や多くの古文書に登場し奥州探題(東北地方長官)も務めた時期も有った名家でした。
里見家や正木家が横浜市沿岸部~三浦半島~鎌倉に乱入し放火略奪して廻った鶴岡八幡宮合戦で鎌倉市街地が鶴岡八幡宮諸共灰燼に帰すと、その再建に必要な材木の運搬を現在の横浜スタジアム~吉野町辺りまで海で入江だった当時の蒔田湾に南関東の材木を集積し、材木奉行北条綱成の家老間宮家の杉田港まで海運で輸送した高い経済力と海運力も有した一族。特に有名なのは奥州探題吉良定家公、戦上手で太田道灌公の親友だった吉良成高公、鶴岡八幡宮再建で活躍した吉良頼康公。
室町時代初期の本拠は東京都世田谷区世田谷城(豪徳寺)、小大名だった戦国時代初期は横浜市南区蒔田城、北条家親族と成り北条家臣化した安土桃山時代は世田谷城。
後北条所領役帳編纂時は未だ北条傘下の小大名として独立を保っていた。
●宅間上杉家
足利尊氏公の従弟(いとこ)の上杉重兼公が初代の一族で、倒幕の綸旨を足利尊氏公に伝えた武将であり鎌倉公方の代りに関東一円の執務を執(と)り仕切る“関東管領”も務めた家柄で、戦国時代突入の契機に成った上杉禅宗の乱や永享の乱では不利な状況でも主君の鎌倉公方足利持氏公に与力し忠義を尽くした名族で、北条家従属後も御家中衆として親族同様の高位の格式で別格の扱いを受けた。
室町時代初期の本拠地は鎌倉市浄明寺地区報国寺の在る宅間谷(たくまがやつ)、室町時代後半に入り横浜市緑区三保舊城寺の在る一帯の宅地全てが城址の榎下城、北条家臣化してからは港南区下永谷の永谷城(伊予殿根城砦)。
後に北条氏規公を筆頭に三崎城(三浦市三崎町)三崎衆が編成されると上杉規富公が付家老として三崎衆に属している。
●笠原家
古代武蔵国の武蔵国造(くにつくりのみやつこ)と言う大和朝廷に従属してた豪族の王の子孫の家系。
豪族笠原家の祖先は信濃国佐久郡出身で、笠原家の内紛で武蔵国造の乱が勃発すると大和朝廷の介入による仲裁後に相模国と武蔵国の国境に位置する久良岐郡・(未成立:都築郡)・橘樹郡・多摩郡・横見郡が朝廷直轄地として没収された。この後に成立する旧都築郡に現存する杉山神社は緑区西八朔(はっさく)に存在するが、古代は八朔とは書かず罰佐久(ばっさく)と書いた事が記録に残る。
笠原一族が戦国時代に北条家臣化して後に北条氏綱公が主君の時代に江戸城攻略の帰路、横浜市北部を中心とした一帯を統治する玉縄城代に任命される。鶴岡八幡宮再建の総奉行として北条家と対立する他大名からの協力も取り付けて5万人の労働者を動員した鎌倉市街と鶴岡八幡宮再建を成功させた笠原信為公や、織田家との外交使者を務めた笠原政尭公を輩出した家系。
本拠は港北区の大曾根城、小机衆拠点の小机城代。
北条幻庵公や氏尭公の付家老として小机衆白備え隊を統率し小机城で執務を執った。
●間宮家
間宮林蔵や杉田玄白の祖先の一族で特殊な学者肌の技能を有する一族でした。祖先が宇多源氏の氏神である滋賀県安土町の延喜式社沙沙貴神社宮司家で、神道・修験道・真言宗との関係が特に深く臨済宗・曹洞宗の禅宗や日蓮宗や浄土真宗との関係も深く神事に精通し、土木築城技術と水軍を率いた水運、更に鷹狩に使う鷹の繁殖に秀でた武勇と建築と神事と鷹に長けた一族でした。
玉縄城主北条綱成公の与力に成り歴代玉縄城主の付家老として活躍した間宮康俊公が特に有名で、鶴岡八幡宮再建の際に北条綱成公が材木奉行に成り材木の買付けや運搬を取り仕切ると、蒔田吉良家と協力して自領の杦田(杉田)港に材木を集積し管理、鎌倉に輸送した。北条一族と重臣しか出来ない鶴岡八幡宮の築地塀の奉納で名を連ねている。鎌倉時代の名将佐々木高綱公の子孫を名乗っていたが実際は近親であり沙沙貴神社宮司家佐々木一族の末裔。天皇家勅願所の江の島の岩屋や江島神社を管理していた岩本坊別当も間宮家だった。
本拠地は初期に川崎駅前の堀之内の要塞(同地は平安時代末の佐々木邸址)、後に横浜市港南区笹下城。

さて、実は横浜市には戦国時代の上記の家以外にも活躍した殿様達がおりまして、中でも有名なのは富岡~磯子区一帯を鎌倉時代に治めた名越北条氏や、歴史上で武家中1、2に上げれる教養を誇った金沢区の殿様で六波羅探題として京都周辺の支配を任されていた北条実時公、そして三浦一族の平子家と石川家です・・・
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・・・なので久良岐郡禅馬郷(横浜市磯子区岡村~南区堀之内辺り)を所領にしていた平安時代からの武士団で三浦家分流の平子家の解説も有ったりします。
この平子家の平安末期の当主だった平子有長公は“ゆず”の地元の岡村町に岡村天満宮を開いた人物なのですが、曽我兄弟による源頼朝公暗殺を防ぎ逮捕した武勇の士として知られています。
以前、岡村天満宮を紹介する記事も書いて有るので、興味の有る人は参考にして頂ければ幸いです。
コレ→又、平子家の分家の石川家は現在の中区石川町役周辺で江戸時代も庄屋として存続していますが…
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・・・実はペリーさんの来迎時に江戸幕府の命令で接待の一切を任され日米の懸け橋として活躍されました。
まぁ、鎌倉の隣であり古代からの交通の要所だったので重要な武士団が各時代に配置されるのは必然で、当然ながら合戦も度々起きているのが現在の横浜市域です。
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ですから横浜市博物館には横浜市内で勃発した主な合戦の年代と場所の可視化したパネル等も有り、古代の文化だけでなく武士文化が好きな人も興味を惹かれる場所だと思います。

売店も有り御土産や調査報告書も売っています。
小生は2018年正月06の訪問では黒曜石の原石を購入しました。
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歴史以外の趣味で銀細工で指輪作ったり、ブレスレット作るので、黒曜石を♥️型や○型に削り出したら綺麗かなと・・・
銀の指輪とかブレスレットに興味ある人はカテゴリー[造形/工作]の記事もどうぞ。
歴史好きな人って自分で物を作るのも好きな人が多いらしく、結構、小生と趣味が合う人も多いみたいですね。きっと横浜歴博の売店に行くと、完成品の黒曜石の石鏃(せきぞく)を御土産に欲しいと思うより、小生と同じく黒曜石の原石を買って自分で加工したく成る人も多いはず(笑)。

さて、横浜歴博は冒頭で説明した通り、高秀市長が大塚歳勝土遺跡の保護と出土物展示を兼ねて作られた施設です。せっかく見学に来たら屋上から大塚歳勝土遺跡へ移動してお散歩してみましょう。
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屋上の歩道橋から直接行ける目の前の緑地が遺跡です。
大塚・歳勝土遺跡
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ここは朝鮮文化流入以前の、更に古い漢代の中国と日本の関係を示す弥生文化の方形周溝墓が多く発掘され展示してあります。無論、豊富な解説パネルも有りますが、全部が無料で見学出来ます。
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例えば弥生時代に成り“収穫した米”と言う財産が出来ると、人間はソレを守る為に堀と土塁で村を城砦化しはじめた事が解る遺構も発掘復元展示されています。
ここの面白いのは武士の時代の城砦と違って空堀や土塁の設置が反対に成っている所でしょうか?
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[弥生人の環濠要塞集落]
外側←土塁←木柵←空堀→集落
[武士の城の防御構造体]
外側←空堀/水堀←土塁/石垣←木柵/土塀→館

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※箱根山中城
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※小田原城

この様に堀の位置が違う構造に成っていて、正直弥生時代の環濠集落は城マニアでもある小生からすると・・・
「弥生時代の人、順番違くね(笑)?」
・・・と感じたりしますがね(笑)。
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竪穴住居跡も発掘した様子と、復元した住居が両方多く展示されていて自由に中に入る事も出来ます。
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古代の釘を使わない設営の仕方。実は古代から存続する神社は、この弥生時代の建物と同じ技術を伝統として受け継いで作られている場所が結構残っていたりする。
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昨年、国の有形文化財指定を受けた伊勢原市の高部屋神社の社殿とか…
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※上の写真は高部屋神社。
・・・釘が使われていないんだな。
これと同じ茅葺(かやぶ)き屋根や檜皮葺(ひわだぶ)き屋根の古式に則った社殿を持つ神社の内部は、結構こんな古来の伝統が残っていたりする。
高部屋神社の記事→
他にも米を保存する為の高床式倉庫も公園内に復元されています。DSC_0203
この構造物は外観こそ板葺きでは無く草葺きですがデザイン自体は出雲大社の伝承の社殿や伊勢神宮の各境内社社殿の外観に通じる物が有ると思います。小生良く言うのですが、この高倉が神社の社殿の原型で、豪族の王の住居用に作られた高床式建築物が後にそのまま各豪族が氏神様を祀る場所と成り、神社の様式が確立されたと個人的に考えています。
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ですから、現在の相模原市東部、海老名市、寒川町や高座渋谷等、昔は高座郡(こうざぐん)と呼ばれた行政区分の高座(こうざ)を古代は高座(たかくら)と読んだ事実が有るのだと推測しています。
現在では神社を数える単位は“社”だったり神様は“柱”を単位として数えられますが、昔は1座、2座の様に“座(ざ)”を単位として数えられていたのも、高床式の座(くら)が神社の社殿の根本に成っていたからだろうと考えれば、自然で無理が無いですからね。
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さて、大塚歳勝土遺跡の森には沢山のシイの実やドングリが落ちています。
これ、古代人には貴重な栄養と油分を持つ食料だったんですね。

こんな歴史を辿れる大塚歳勝土遺跡と横浜市歴史博物館ですが、本当に今回の企画展示は物量も豊富で見応えが有ります。本日7日と8日の残り2日間と成りましたが、見る価値は非常に有ります。
そして源頼朝公が子宝に授かった御利益の有る比々多神社の埒免古墳等から出土した豪族の王の遺産等は見学し拝めば御利益も有るかも知れませんね!

皆さん、日曜日のレクリエーションが決まっていない人や8日月曜日空いている学生さん等、是非見学されては如何でしょうか?


さて、次回は1月2日の休日雑記の続きの記事を書きます。
では、皆さん、新年皆さんにとって良い1年間に成ります様に~♪

※記事前半南部市場年末大売り出しの参考情報を、後半にはブログの年末の御挨拶を書いて有ります。

今年も年末が来ました( ´艸`)♪
年末に横浜市南部市場で大売り出しやりますよ!
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横浜市南部市場横浜南部市場2017年度カレンダー(水産部・青果部・鶏卵部)
上のカレンダーを参考にして貰うと良いと思います。
小生の御薦めの買い物穴場日程は今年は平日の12月27日水曜日!
何故かというと一般的に水曜日は法令で市場は休場日なのですが、この年末だけは営業しています。ですから良く市場に買い物に来る客も27日水曜日やってないと誤解する可能性が高いので比較的落ち着いて買物出来る可能性が高い訳です。しかも年末商戦で多くの店が安売りを始めている最終週です。
そして恐らくそれ以外の日は駐車場がいっぱいで車を停めるのも一苦労するでしょう。

※場内市場も解放されます!6時前後とかに行けば良い魚を安く買えますよ!
下は今までの市場の様子を撮影した写真と、市場内の御薦めの食堂の写真と過去の記事のリンクです。
南部市場鮪 久良岐のよし2015-12-30-09-07-52
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がってん食堂
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クリックすると過去の紹介記事読めます。
横浜屋本舗食堂
横浜屋本舗食堂店構え 久良岐のよし
横浜屋本舗食堂店内 久良岐のよし
横浜屋本舗食堂鯛茶漬け 久良岐のよし
御薦めは鯛茶漬けのセット♡(笑)。安くて上品でとても美味しい♪

それと大晦日~お正月の初詣に向けて凄い御利益の有る神奈川県内の神社仏閣の紹介記事を更新しました!
コレねクリックすると記事に飛ぶので興味の有る人は読んで見て下さいまだまだ更新中ですが、初詣の参考に成れば幸いです!
思いがけず皆さんの御近所の小さな神社や御寺も凄い歴史偉人が御利益を授かった場所かも知れませんよ?

そうそう、皆さん年末年始だけですが毎年、謎のブログランキング1桁入賞させて頂きありがとうございます(笑)。
ブログランキング一桁 2017年度 久良岐のよし
こんな小生の記事を読んで頂けてとても嬉しいです。
小生は世間の皆様に横浜市や横浜市と関係した歴史偉人の事績や、忘れ去られた史跡と貴重な自然環境の存在そして町中の神社仏閣にはとんでもない歴史偉人との関わりが有った事を広く再度知って頂きたくてブログを描いたり、紹介冊子を配布したりしています。
小生の行動原理はとても単純です・・・
公益世務 
和魂漢才 
温故知新 
継往開来 
見義勇為 
質実剛健 
大義滅親 
天下為公 
坂東武者の気概
・・・これだけです。
自分の家は某延喜式内社の神社の宮司家の末孫で有る事、そして尊敬する歴史偉人に守られていると感じる事が有った事、敵味方問わず現代日本人に多くの文化と国を残して下さり今日の生活を享受させて下さった神格化された古代天皇家の祖先の大王家や武士や貴族の祖先の豪族の皆様、我家の祖先神様、日本の発展に寄与された商人の皆さん、そして文化と教養を発展させ守って下さった古代から現代までの各神社仏閣霊場を守る歴代の宮司様や和尚様や修験者や御師や先導師の皆様方に親切にして頂いている事を感謝し「あ~何か生かされてるし死の局面も乗り切ってるなぁ~」と日々感じています。
だから虚栄心と組織のシガラミを超え某学者達みたいな自己顕示欲を完全に吐き捨てて(笑)活動できています。
そこには微塵も利益に結び付ける気も無く、歴史でドクターXの大門美知子(笑)みたいに社会の役に立てたら良いなと思い行動しています( ´艸`)。
この小生の行動原理、自己利益の為に歴史を歪曲したり取材や事実確認も自分で行わないイイ加減な一部の歴史学者や行政担当者には大いに恐怖の対象に成っている様です(笑)。
他方、地方の旅館や寂れつつある規模の小さな神社仏閣の復興や自然環境と史跡の保護にも役に立てたり・・・
実は小生の主戦場はブログではありません。まぁ、知ってる人は知ってるので言う必要もないでしょう。自分の“自慢をプロフィールに書き並べ”たり“人間は外見が9割とか書いているド阿呆”もいたりしますが(←小生の同窓の学者とかアホのカルト扇動者とか自称霊能者とwww)そう言うの大っ嫌いなんですよ(笑)。
人の役に立とうと思うなら自分を際立たせる必要は無いと思っています。
そして利益に結び付けず人の支持を得られ、かつシガラミの無い方が壁無く動きやすいんです。
様は人の役に立てば良いって自己満足( ´艸`)と、実際どうやって困窮している場所や破壊される可能性が有る場所を残したり復興するか実現に結びつける方が大切なんですよ。
恐らく小生の行動は、いい加減な事をやってる人間からしたら“アサシン”と“ステルス爆撃機”に追いかけ回されている様な気分に勝手に成るんじゃないでしょうか?
逆にちゃんと自分で現地に赴き取材したり考証をしたりする学者さんには書物に乗らない未公開の神社仏閣の社宝寺宝伝承なんか小生は自分の情報や具体的に見つけた“出土品”を共有するし、発見した物を“自分の手柄に成らない形”で学者さんに引き渡したりして協力したりするんです。
まぁ自我の塊では有ると思いますが滅私無欲(食欲と外出欲と知識欲とゲーム欲しかないwww)だから多くの神社仏閣の宮司様や和尚様に優しく親切にして頂けるのだと思っていますし、自分の発掘した“板碑”を自分の手柄にせず実名も伝えぬまま市の博物館に通知しておいたり・・・

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例えばコンナのとかね(笑)。
別に自分の名前何て残らなくても良いし、「ありがとう」と言われる方が嬉しいんですよ。
有る意味、承認欲求は強いのかも知れない。

去年までは年末から正月にかけて旅行全般部門でランキングが鰻登りなのか判りませんでした(笑)。
でも「神社仏閣の事を解説してるからかなぁ~?」とブログ書き始めてもうすぐ4年目?で少し気が付き始めたかな?

もっと社会の役に立てます様、そして出来ましたら未だ独身の小生もいつか自分の事が一段落し落ち着いたら人として家族を形成し家族を幸せに出来る才覚と実力が堂々大和漢子として持てたら良いなと思います。
そして御先祖様、幼少期に可愛がって下さった義祖母はじめ恩人の皆さん、いつも御加護御守護下さる崇敬する歴史上の先人各位と崇拝する神様達仏様達に報いる事が出来て、それが現実社会で商店街振興や神社仏閣文化の再興や史跡と自然保護に成り、ひいては後世の人の役に立つ事が残せたら良いなと思う今日この頃・・・

さて皆さんにとっても良い年末に成ります様に~♪
※年末で忙しいのですがブログは最低でも毎週1回更新出来る様にします。

表題の通り、横浜市内と鎌倉市内は2017年12月第1週、今が紅葉の見ごろです!
昨日12月02日に撮影して来た写真を添付羅列しますので、旅の御参考にして頂ければ幸いです!

横浜三渓園
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山下公園~横浜三塔KING(神奈川県庁旧庁舎)前銀杏並木DSC_3852
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鎌倉市浄明寺地区宅間谷(たくまがやつ)界隈(報国寺~旧皇族華頂宮邸~犬懸谷)
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旧皇族華頂宮邸
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犬懸谷(いぬかけがやつ)~衣張山~田楽辻子の道周辺CIMG5827
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関取(戦国期北条氏康公関所跡)~ニュージャーマン~鶴丘八幡宮
248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下636−1



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鶴丘八幡宮~白幡神社(鶴岡八幡宮境内社)~鎌倉国宝館
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もう有名な場所ばかりなので解説は不要だと思い、先ずは皆さんの必要な現在の画像情報を掲載しました。
もし、「余り詳しくないよ~」と言う人はブログの記事の下の方のタグから検索したいキーワードを;クリックしてみて下さい!
タグ検索
PCの場合は一番下の方に表示されてます。
そこから検索キーワードをクリックすると関連する記事を見る事が出来ます。

近い内に22日の神奈川県西部の紅葉見物の休日雑記の続きを書きますので、その記事も御興味有る方は御覧下さい。

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これは前回の記事です。

皆さん、晩秋の景勝、楽しんで下さいね~♪
では、又、次の記事で!




















今年も戦国時代の小田原北条家の白備え隊、小机衆と言う軍団の拠点だった小机城で日本の竹ファンクラブにより「小机城址市民の森 竹灯籠まつり」が開催されます。
本稿の最後の方で小机城で活躍した記録の残る武将達の紹介もしますが先ずは、御祭りの紹介を!
小机城址市民の森竹灯籠まつり 日本の竹ファンクラブ公式より転載
竹灯籠まつり詳細は以下リンクへ!
日本の竹ファンクラブ 小机城址市民の森竹灯籠まつり
Twitterに途中経過も掲載されていますので御興味有る方は御覧下さい!


さて、小机城址の竹灯籠まつり、余り御存知無い人の為に一応、過去の竹灯籠まつりの写真と、小机城に関するブログ記事リンクを掲載して置きます。



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以下、小机衆だった主だった武将の名前です。
【小机衆】
[歴代城主]
●北条 長綱公=入道号:幻庵宗哲
本光院殿(玉縄城主北条為昌)没後にその遺領も預かる。北条家の宿老で軍師。箱根権現(現:箱根神社)の別当を務め、彼の所領の傍には風魔忍者の屋敷が有った伝承が有る事から風魔忍者を統括していた事が読み取れる。
●北条 時長公(幻庵公実子)・・・早世
●北条 氏尭公・・・北条氏綱公の四男で北条幻庵公の甥に当たる。
[城代家老]
●笠原 信為公・・・官途は越前守。北条五色備え:白備え隊軍団長。小机城城代。大曾根城主。
鶴岡八幡宮再建では総奉行を務めた。北条為昌公の烏帽子親。詩歌に精通した風流な武将だった。
小机城近くに曹洞宗の父の菩提寺として雲松院を開いた。大倉山の龍松院の前身とされる文殊堂を開いたのもこの人物かと推測出来る。
●笠原 康勝公・・・官途は能登守。小机城代。大曾根城主。笠原信為公の実子。
弘治三年(1557年)に笠原信為公が没し菩提寺の神大寺に葬られると軍団と城代を継承した。大倉山に龍松院を開いた人物とされるが父の代に開かれた文殊堂を本格的に寺院化した人物と思われる。
[軍団重臣]
●笠原 弥十郎・・・領地は足柄上郡開成町岡野と静岡県田方郡修善寺町田代。
姓と出身地から推察するに笠原信為公の親類だろう。しかし諱(元服後の名前)は不明。
●金子 十郎 ・・・官途は出雲守。篠原代官(横浜市港北区東部を統治)、篠原城代。
●小野 与三郎・・・八朔代官(横浜市緑区北部~青葉区南部を統治)。
●陰山 又六 ・・・本郷代官(横浜市港北区小机町~都筑区南東部~緑区東部を統治)。
●遠藤 兵部丞・・・猿山代官(横浜市緑区中部を統治)。
●神田 次郎 ・・・官途は左衛門(尉?)。領地は静岡県三島市内旧字名が長溝と平塚市土屋辺り。
●曽根 外記 ・・・領地は横浜市都筑区東部とセンター北駅周辺と川崎市中原区宮之内辺り。
●座間 弥三郎・・・茅ヶ崎城(都筑区茅ヶ崎)城代?官途は豊後守。領地は横浜市都筑区茅ヶ崎。
●猿渡 内匠助・・・佐江戸城(都筑区佐江戸)代?領地は横浜市都筑区佐江戸町。
●中田 加賀守・・・矢上城(慶應大学日吉キャンパス)城主、井田城城主?吏僚。領地は川崎市幸区鹿嶋田~中原区大倉町一帯と中原区下小田中一帯の他、保土ヶ谷区中央西部~旭区東部一帯、横浜市港北区北東部~川崎市西北部一帯。
下総国印旛郡臼井城主の千葉家分流臼居家に姫を嫁がせる程の家格を有した武将。元は太田康資公の家臣だったので祖先は太田道灌公の代以前からの太田家臣だったのだろう。太田康資公の北条家謀反後に北条直臣に成り、小机衆を経て北条家臣化した蒔田吉良家の与力と成った様だ。
●二宮 播磨 ・・・領地は埼玉県狭山市青柳周辺。吏僚。
恐らく延喜式内社相模国二之宮の川勾神社宮司家一族。小机城から程近い浄土宗の中本山格を有す小机町~緑区東本郷の区境に存在する泉谷寺を北条氏綱公と供に開いたとされる二ノ宮織部丞の子か?
二宮金次郎尊徳公の祖先の同族とも推測出来る。又、二宮家には間宮家から養子が入っているので間宮林蔵や杉田玄白とも祖先が同族である可能性が有る。
●市野 助太郎・・・領地は茅ヶ崎市赤羽周辺。市野四郎の近親か?
●市野 四郎 ・・・官途は左衛門(尉?)。市野助太郎の近親か?領地は助太郎と同じ域内。
●市野 弥次郎・・・領地は港北区日吉本町。
●田中 伊蔵 ・・・領地は川崎市麻生区万福寺(新百合ヶ丘駅周辺一帯)。
・・・この他にも沢山の代官や北条家の被官が居ますが挙げていたらキリが無いのでひとまずこれまで。
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小机城で活躍した現在では名も知られない武将達の御子孫達が横浜市の行政による宅地開発に抵抗し守って来てくれた小机城の城址で毎年開催される風流な竹灯籠まつり、皆さんも楽しんでみませんか?

現世で尊敬する人→週刊文春の取材スタッフ。
これが小生の尊敬する偉人リストに無名の偉人達として加わった。
ベッキー、今井議員、山尾議員・・・
あの取材力、過去の行政や利権政治家の悪事を歴史から暴くのが正義と感じる小生こと歴史好事家(オタク)として模範にしたい。

歴史は過去を教訓にする為に掘り返すジャーナリズムだから。

次の青ヶ台城解説記事UPは30日を予定しています。
地形図加工するの面倒なんで少し時間かかります。

最近忙しくて1週間1度ペースの更新がやっとですが、ちゃんと玉縄北条家や間宮家や宅間上杉家や蒔田吉良家の顕彰活動と関係先取材は休日に仕事空け徹夜で続けていたりします。
只単に、仕事が繁忙期で深夜に残業終わって朝方に帰宅し、そのまま徹夜で取材に出かけると夜20時頃に帰宅して自分の部屋でPCの前に座ると“落ちて”そのまま寝てしまう事ばかりで更新する体力が年齢も有り無いだけなんです。
まぁ、本業と歴史オタク趣味の歴史取材と副業の3つを1日で回せる体力がいよいよ無くなる年齢に成って来たみたいです。もうオッサンに成るのかな?
まぁ、友人は子供いる奴も多いしね。
小生は若い頃、最長56時間睡眠しないで行動したりアホな事が出来ました。でも今は1日+半日が限界の様です…
それもリポDとか2本位飲んで。
まぁ、昔の人は人生50年と言いまして、尊敬する武人で僧侶の一人でもある熊谷直実公が討取った敦盛サンを題材にした能でも、そんな内容に成っていますね。
…小生は躊躇なく睡眠時間を削って命の有る内は行動出来るのですが、不本意ながら最近は1日半起きてると自動的に脳みそがログオフして帰宅後に寝落ちしたり、たまに起きようと思っている時間に起きられない事も有る様に成って来ました。
ザブングルじゃないですが「くやしいです!」と本当に思う。
1日が24時間じゃ足りない。
駄目ですね~。もっと精気を残りの歯磨き粉のチューブから絞り出す様に出し尽くさないと(笑)。

さて、そんな行動時間が段々短くなりつつある結婚適齢期過ぎた小生、ここ2ヶ月間の最近の訪問先はざっと以下の様な感じです。この他にも書いてない藤沢文書館とか鶴岡文庫とか鎌倉中央図書館とか、調べ物行く場所とかね、有るよね…
●07月第1週・・・
京都の友人来訪につき中華街ディナーと関内の“日本初”史跡案内と大桟橋の夜景観光。
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●07月第2週・・・
油壷にて新井城落城日に三浦道寸公と義意公父子と三浦家北条家将士供養の墓参献花、荒井浜散歩。
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佐島マリーナホテル宿泊
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三浦市下宮田の農園で西瓜購入してから横須賀PAで横須賀海軍カレーパン買い食い
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●07月第3週
天然記念物諸磯隆起海岸で隆起断層の写真撮影
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三崎町の海南神社参詣、例大祭見学
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三崎漁港の紀の代で食事
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三浦市下宮田の行きつけの石井農園直売所ザ作兵衛で西瓜購入

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●7月第4週
能見堂の写真撮影に能見堂緑地再訪
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青ヶ台城址
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京都時代に良く食べた京都ラーメンの魁力屋、家から近い六浦店で夕食
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●08月第1週
尊敬する和田義盛公を祀る三浦市初瀬和田の神社を訪問。
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和田城城址一帯を散策し城遺構の残存地形を発見、写真撮影
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和田名浜を散歩し初対面の地元の人と色々話し込んで名浜の事を教えて貰う
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長井城址訪問
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神奈川の景勝50選荒崎海岸で夕月と荒波を見て過ごす
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●8月第2週
金沢区の稱名寺で豚さんと散歩、猫様モフモフ
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ベイサイドマリーナで服買って帰る。
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三浦市和田と荒崎の海が気に入り再訪
昼の和田名浜
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夕方の荒崎海岸
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三浦海岸花火大会を海辺じゃない秘密の場所でエアコン効かせてポテチ食べながら花火鑑賞
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金沢区の元料亭、文化財の旅館の喜多屋にランチに行く
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事前交渉の上で喜多屋さんの御厚意で旅館施設を特別に拝観させて頂いた。
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●8月第3週
パシフィコ横浜で開催中のヨコハマ恐竜展に妹と甥っ子と姪っ子と母を連れて行ったが展示が下手
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初めて入った中華街の某食べ放題店が激マズで中国経験者の小生と妹は「二度と来ない」と酷評
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瀬戸神社と琵琶島弁才天参詣し瀬戸神社の資料購入
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琵琶島弁才天で源頼朝公と北条政子様御夫妻、鎌倉公方足利持氏公の御霊へ御挨拶
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上行寺へ御参りに行き荒井吉光公の御霊へ御挨拶
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●8月第4週
磯子区洋光台の豚カツの名店かつ亭で昼食、ヒレカツ美味っ!
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三浦半島東部をドライブ&散歩
浦賀ドッグ、最近まで現役だった明治時代の造船所史跡。
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小田原北条家奏者、間宮宗甫公の所領だった西浦賀(旧紺屋町)から見た浦賀港対岸の浦賀城址の山
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浦賀の渡し船、平安時代からの庶民の足
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紺屋町町内の旧迴船問屋
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叶神社、東浦賀と西浦賀、浦賀郷の東西に在る両方御参りすると縁結びの御利益が有る神社
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東福禅寺・・・浦賀奉行所の同心、臼居家や岡本家等旧北条家玉縄衆子孫と思われる人々の菩提寺
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浦賀奉行所址、旧造船所職員団地は取り壊し中
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旧奉行所の堀が団地を取り囲んでいた水路の石垣に江戸末期らしき腐食具合の石材が現存してた。
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為朝神社、源“鎮西八郎”為朝公を祀る神社。
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そこから観音崎へ移動し多々良浜で綺麗な浜辺を散歩
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走水神社を参詣し、日本武尊と弟橘姫様の御夫婦神様に日々御守護下さる御礼の挨拶
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走水海岸の“かねよ食堂”で夕食をとり、馬堀海岸で八景島花火大会を見て帰宅。
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・・・これがここ2ヶ月間の行動。
いずれ休日雑記か解説記事で個別に新規紹介したい場所もちらほら。

では次の記事は能見堂&青ヶ台城編の後編青ヶ台城の解説の記事を30日夜中にUPします。
皆さん、最近は蒸し暑かったり嫌な天気ですが、体調崩さない様に気を付けて下さいね~!
では!






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