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タグ:お祭り

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今年も、横浜市港北区、新横浜近くのJR小机駅から徒歩5分、戦国時代の御城、小机城の城址公園で「竹灯籠まつり」が開催されます!
※竹灯籠祭り日程などは日本の竹ファンクラブ公式ホームページココクリックして御覧ください
この御祭り、横浜市が他府県に誇るべき古今融合した素敵な夜景が見れる御祭りで、戦国時代の石垣の無い関東流の築城術でつくられた小机城址公園の空堀や各曲輪の切岸を夜陰に城址を埋め尽くす無数の幻想的な竹のキャンドルで浮かび上がらせます。
これは必見です。

過去の竹灯籠祭りの写真を集めた記事と、小机城を紹介した記事をそれぞれ書いているのでリンクはります。
そちらから竹灯籠祭りの幻想的な夜景がどんなもんか、試しに見てみて下さい!

●以前の竹灯籠祭りの写真を掲載したブログ記事ココ←クリック!
小机城を紹介したブログ記事「ココ←クリック!
城代だった笠原信為公の事績を紹介したブログ記事「ココ←クリック!

では!皆さん、御祭りですれ違うかも知れませんが楽しんで下さいね~♪

三崎まぐろ鉄火巻き寿司作り大会
写真は標題とは無関係(笑)。

4月19日に三崎銀座商店街で開催され ます!今年は世界(日 ) 記録(笑)?を越える 555mの鉄火巻き作りに 1200人の参加者を募集して挑戦するそうです。
受付11時〜13時。14時スタート。
祭りに参加するも良し、又は三崎漁港のレストランや寿司屋や居酒屋でマグロ料理を堪能してから、近くの「城ヶ島の絶景散策」や、武地区の「イチゴ狩り」、油壺マリンパークにイルカショーを見に行くも良し!カップルにも家族連れにも最適な観光に成る事間違い無しですよ〜!
※因(ちな)みに写真な三崎漁港の毎年1月15日の祭事で、ユネスコ世界無形文化遺産の「チャッキラコ」です。

鎌倉まつり
※写真中央の鶴岡八幡宮能舞台は、昔、有名な源義経の側室(本妻以外の妻)の静御前が鎌倉武士団の前で舞を踊った舞台。
4月19日迄開催中です。 
場所:鶴岡八幡宮ほか鎌倉市内で開催。
⚫︎源義経側室の静御前の舞を再現する「静の舞」。
⚫︎騎馬武者による弓矢の射撃を伝承する「古式流鏑馬(やぶさめ)」の射的実演。
⚫︎今年の「ミス鎌倉」のお披露目など。
歴史が好きな人や、鎌倉の落ち着いた雰囲気や伝統文化が好きな人には最適なレクリエーションです。舞や流鏑馬見学の後で小町通りで食べ歩きや、江ノ電に乗ってスラムダンクの舞台、鎌倉高校前駅横の踏み切りの情景を散歩する小旅行なんて如何でしょう?

横浜大道芸
※写真は横浜大道芸の発祥地の野毛地区にある明治時代の建築群を代表する神奈川県立歴史博物館。
明日4月18〜19日、毎年恒例に成っている横浜大道芸が開催しれます。
場所:イセザキモール1・2St.、みなとみらい21、石川商店街アイキャナルストリート、吉田町通りにて、開催されます。
ジャグリングやパントマイム、手品など様々なパフォーマーが集まり小さい子供連れ家族も楽しめもすよ〜!
中華街の中華レストランや港の観光ホテル街のレストランで外食がてら、家族恋人にはもってこいのレクリエーション!

今回の記事は目前に迫ったお祭り紹介だけですが、次回は小田原北条五代祭りに向けて小田原城の記事を書こうかな…?

では、又、次の記事で御会いしましょう♪

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春の花、どの花のどんな姿が好き? に参加中!
明日、2015年04月05日に小机城址祭りが今年も開催されます。
戦国時代、1500年代初めに小机城代を務めた笠原信為(のぶため)公を顕彰(けんしょう=リスペクト)したお祭りです。
殿様の信為公役は毎年、横浜市港北区長さんが演じます。
※小机城と笠原信為公について書いた以前の記事も有るので御参考にどうぞ!
⚫︎小机城址記事は「ココ」←クリック!
⚫︎笠原信為公の記事は「ココ」←クリック!
お祭りでは武者行列パレードがJR小机駅近くの鳥山町の三会寺(さんねじ)からスタートし、小机駅前を通り小机城址でイベントが行われます。
因(ちな)みに、小机城址近くの鳥山町も歴史偉人と関わりが深く、鎌倉幕府の初代征夷大将軍、源頼朝公の重臣として有名な佐々木高綱(たかつな)公が領主を務めた地域でした。
高綱公と言えば宇治川合戦などで大活躍した坂東武士の中の鑑(かがみ)と言っても過言では無い名将です。
実は三会寺や近くの鳥山八幡宮は佐々木高綱公の開いた寺社でもあります。
つまり、昔からこの地域は関東武士団の根拠地の一つだった訳です。

※佐々木高綱公の城跡の鳥山八幡宮と、開基した御寺の三会寺記事は以下を御参考にどうぞ。
⚫︎鳥山八幡宮の記事は「ココ」←クリック!
⚫︎三会寺を紹介した記事は「ココ」←クリック!

武者行列が住宅街を歩くシュールな絵面も何ですが、数十m置きに模擬鉄砲隊の砲撃演武も有りますよ。
小机城址の桜満開の本丸では出陣式などの演目等も行われます。
屋台も出ますよ!
近隣の小・中学生も可愛らしい武者に扮して参加してます(笑)。
横浜市民にとっては地元と誇りを今に伝えるローカルなお祭りですが、他地域の方も楽しめるので是非見学してみて下さい!
※雨天順延

では、又、次の記事で!

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みなさん、チャッキラコと言う御祭を御存知でしょうか?
多分、余り御存知無い方が多い御祭です。

毎年1月15日に行われるローカルな御祭なのですが、ユネスコに世界無形文化遺産登録されたお祭りなんです。
12月中に存在を皆さんに伝えておかなければ、御祭りを見学なさりたい方がいらっしゃった場合に開催当日までに予定が組めない方もでると思い、旬を先取りする形でブログに掲載します。

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このチャッキラコと言う神奈川県の鮪で有名な三崎漁港の海南神社で行われる御祭なんですが、実は!富士山より先に…
"ユネスコの世界文化遺産認定を受けた"
…由緒も正しく歴史も古い御祭なんです。


御祭は海南神社の有る場所に御住まいだった平安時代の貴族藤原資盈(ふじわらのすけみつ)公と鎌倉幕府の征夷大将軍源頼朝公に由来しています。

海南神社は御祭神も藤原資盈公と奥様の盈渡姫様です。
海南神社はこんな場所です…
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三崎の観光漁港「うらり」とはバスターミナルを挟んで反対側、本来の三崎町である「三崎銀座商店街」の中に神社へ通じる参道があります。

こちらの神社の成立は清和天皇の皇位継承に関する政争に巻き込まれ敗北し、大宰府に左遷されるはずだった藤原資盈公が暴風雨に遭(あ)い三浦半島に漂着(ひょうちゃく)した事に始まります。
貞観6(西暦864)年の話です。
余談ですが貞観年間と言えば"貞観の大地震"が起き、東北地方では東日本大震災を上回る規模の地震と津波被害が有った時代です。

その時代に、三浦の三崎に辿(たど)り着いて来た資盈公は推薦を受け同地の長を務める事となり、その後、房総半島の海賊を討伐するなど活躍されたそうです。
この時代、三浦半島を含めた関東一帯は平高望(たいらのたかもち)王が皇族出身武家として治めていましたので、藤原資盈公を庇護したのは後に鎌倉武士団を形成する平高望王の御一族だったと容易に推測できます。
そして三崎領主として善政を布(し)かれ、今で言う教育と福祉政策に力を注いだ藤原資盈公は同地の住民達から深く慕われたそうです。

三崎の御祭り"チャッキラコで歌われる唄(うた)の歌詞には多くの和歌や昔話が盛り込まれています"ので、恐らく資盈公と盈渡姫は「チャッキラコ」を広める事で、当時文盲だった漁民達に文字を教えたり学問を広めたのではないかと推測出来ます。
現代にも残ったご夫妻のとても偉大な業績ですね。

しかし在任僅(わず)か2年間の統治の後、資盈公は亡くなってしまったそうです。
その際、公を慕う住民達は、公の亡骸を海に水葬し、祠(ほこら)を海岸に奉(たてまつ)りました。
すなわち!
その場所が現在の海南神社本殿とは別に、商店街の中にひっそりと佇(たたず)む本来の神社の在(あ)る場所だと推測される訳です。
ここ本宮神社ね
  ↓
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資盈公と盈渡姫の漂着についてですが…
まぁ、普通に考えれば、平安京~九州筑紫(筑前)国の大宰府への航路は瀬戸内海ですし、門司港辺りまでは陸路で行く方が安全だったはずなので、資盈公の三浦半島漂着は恐らく最初から狙って行(おこな)った亡命行為だったと考えるのが自然でしょう。
当時、すでに三浦半島と房総半島は"平高望(たいらのたかもち)王"を初代とする元皇族の坂東平家が統治しており、中央の政争に勝っている方の藤原政権と対立の火花が散り始めていましたからね。 

そして相模国鎌倉郡村岡城主で鎮守府将軍の平良文公と…
良文公の甥で房総の太守だった後の神田明神の神様になる平将門公の一族は、資盈公同様に中央で政略に巻き込まれて後に大宰府に左遷された菅原道真(すがわらのみちざね)公の一族を庇護しています。
三男:菅原景行(かげゆき)公と五男:敦茂公は平将門公や平良文公を頼って関東に亡命してきてますから。
同じ様に資盈公も、中央の藤原家が手出し出来ない、平高望王の子孫一門を頼って計画的に亡命されたのだと推測する方が…
地勢的にも政治的にも軍事的にも自然な事だと思います。
※平高望王の一族に関わるブログ記事は「ココ」と「ココ」←クリック!

さて、そんな藤原資盈公ご夫妻の教育政策であっただろうチャッキラコは御祭りとして残り、近年ユネスコの無形文化遺産に登録された訳ですが…
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御祭り自体は未成年の"女性が舞を踊り唄を歌う"御祭りです
ですので…
何か見た目からしてロリコンっぽそうな外見の中年男性も観光客に多数いますが…
この御祭り自体は由緒も正しい御祭りなので、純粋に文化として楽しみましょう!

三崎銀座商店街の中には元廻船問屋の旧家を利用した「チャッキラコ三崎昭和館」と言う博物館や、NPO法人三浦映画社の展示館もあります。
実は三崎漁港は映画撮影のバックアップをしているんですね。
ご近所の旧三崎高校や漁港周辺で色んな映画が撮影されているので、ぜひ三浦映画社の展示館を見学されるのも良いかと思います。 
ちなみに旧三崎高校は三浦水軍の基地だった三崎城跡でもあります。

チャッキラコですが・・・
何でこの御祭りが幼女に舞わせるかと言うのも、ちゃんと由緒があるのです。
その昔、征夷大将軍と成り鎌倉幕府を開かれた源頼朝公は春の季節専用の御所を、この三崎町に持っていました。
その場所は現在「本瑞寺(ほんずいじ)」と言う御寺に成っており、鮪料理で有名な黒羽亭」のすぐ近くに有ります。 

本瑞寺の写真は生憎現在手元にありませんが、ろう梅がとても綺麗でしたので、その写真だけはありますので載せますね。
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さて、ここの春の御所に訪れた頼朝公が、ある時、土地の漁民女性に…
「何か楽しい事無い?」
…と聞いたそうです。
で、聞かれた女性が…
「私は何にもできませんが、娘に舞を披露させますよ!」
…と答えて、母親が歌い娘が舞を披露しました。
この事がきっかけで、「チャッキラコ」が鎌倉時代以来1月15日のお祭りとして行われる事に成ったそうです。
ですから…
別にロリコンが趣向で御祭りにみんな集まる訳じゃない!
…はず、と、結婚適齢期以上の女性が恋愛対象の小生は信じる事にしています。

三崎には浅間神社もありますよ。
…人口が減ったせいで神社も寂れてきてしまってますが。 2014-01-15-14-14-27


そして!
この三崎町=三崎漁港の醍醐味と言えば!「三浦野菜」と「鮪料理」ですよね! 
その他に高級魚「松輪鯖」も名物です。
小生は先程紹介した「黒羽亭」は居酒屋として利用させていただいてます。
実際、黒羽亭は鮪の色々な部位の料理を食べれる居酒屋ですので。

で、お寿司を食べたい時は黒羽亭のお隣の「紀の代」と言う御寿司屋さんに良く行きます。
本当に美味しい御寿司屋さんでして、小生は寿司を食べる為だけに横浜から行く事も有ります。

そちらに関しては別に記事書いて紹介しますね!

三崎は港町らしくニャンコもたくさん居る街ですよ~ 2014-01-15-14-42-02
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かわいいなぁ~

隣の城ケ島と言う風景の綺麗な島とも橋でつながっていますし、油壺マリンパークと言う水族館も近く家族連れで楽しめる観光地です。
新年の家族旅行や小旅行にチャッキラコ見学とセットで如何(いかが)でしょうか?
ただ…
平日の木曜日なんですよね、2015年の01月15日。

●城ケ島の絶景に関する記事は「ココ 」←クリック! 
●紀の代と言う一押しの三崎漁港の御寿司屋さんの記事は「ココ」←クリック! 
●黒羽亭と言う鮪料理居酒屋の記事リンクは「ココ 」←クリック! 

ではでは、又、次の記事でお会いしましょう!

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