歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:かねよ食堂

観音崎灯台、海水浴場の記事⤵
コレ⤴で少し触れましたが未だ単独の記事に書いていなかったので今回、観音崎灯台単体で解説する事にします。
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観音崎灯台
小生は最近まで知らなかったのですが、日本全国で中に入れる灯台は16ヶ所しか現存していないそうです。
その中の一つが観音崎灯台で、観音崎灯台は日本最初の近代灯台で、慶応二年(1866年)にアメリカ・イギリス・フランス・オランダと日本の間で締結された江戸条約に基づいて建設されました。
この観音崎灯台には多々良浜側からも観音崎海水浴場側からも行く事が出来ますが、風景が綺麗なのは観音崎海水浴場側の遊歩道でしょう。
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この海岸沿いに観音崎灯台に至る階段まで遊歩道が整備されています。
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この神奈川の景勝50選の碑文の奥に見える海岸沿いを歩けるんですよ。
少し歩き進めてみましょうか♪
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この突き出した構造物は戦時中の海堡(かいほ)と呼ばれる防衛施設の一部の跡です。
形状からすると小田原の御幸浜と同じ様な砲台の跡でしょうかね~。
もう少し海沿いを歩くと下の写真の様な場所に出ます。
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別日に撮影した写真ですが、観音崎灯台に向かう途中には砂浜だけでなくて、こんな岩礁も有ります。小さな御子さんのいる家族連れでの訪問なら網と虫かご持ってきて水辺を観察したりすれば良い思い出作りも出来るでしょう。
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夏場海水浴シーズンなら綺麗な野莞草(のかんぞう)の花を見る事も出来ます。
更に奥の方へ歩いて行くと道は石畳の遊歩道に変わります。
観音崎灯台は東京湾の入口に有るので房総半島まで直線距離で8kmしかない場所なので、倭建と弟橘姫の夫婦神が東京湾を船で横断した神話の舞台だったりします。
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観音崎灯台の有る丘の上に繋がる階段を登る前に公衆トイレと自動販売機も有るので写真の女の子達の様に東京湾を見てユックリ休憩できます。
そんな場所なので当然、房総半島も三浦半島も見渡す事が出来てとても風景の美しい場所なんですよ。
実はこの辺りには明治時代までとっても立派な神社と御寺が一体に成った神仏習合の寺院が存在しており、景勝地として大変に栄えていました。
観音寺絵図
現代では絵図にしか残りませんが、この御寺は“観音寺”と言う御寺で観音菩薩像が御本尊だったので、これが観音崎の地名由来に成りました。
この観音寺は明治時代に成ると観音崎要塞の建設で隣の亀崎に移転させられ、更に現代に至り火災で完全に消失してしまいました。
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しかし名残も有り、この海蝕洞窟の中に地元の方によって奉納された観音菩薩像と説明の看板が立てれれており昔の歴史を垣間見る事が出来ます。
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元々は奈良時代の行基大僧正が関わった場所だった様なので、倭武命が走水に来た弥生時代末期~古墳時代の聖地ですが、奈良時代の人にも大切にされた聖地であり海上交通の要所だった様です。
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この洞窟の前を通過して直ぐに公衆トイレが有り、写真のベンチがさっき、女の子達が座っていた場所ですね。その更に少し奥の右手側に灯台に上る階段が有ります。
この遊歩道を真っ直ぐ行くとトンネルが有って多々良浜側に歩いて行けるのですが、2020年8月現在は2019年の台風の土砂崩れの影響で未だに通行止めのままです。
ちなみに復興の責任者は上地横須賀市長では無く、黒岩神奈川県知事です。
鎌倉市のハイキングコース遊歩道や釈迦堂切通しも未だ復興していないので知事には頑張って頂かないと困りますね。
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この海岸の道が灯台から見下ろすとコンナ感じです。
高所恐怖症の小生には玉ヒュンの絶景です(笑)が、散歩したら気持ち良さそうな道なのは伝わるかと思います。
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その遊歩道の階段を丘の上に登ってくると灯台が有ります。
入場料金300円と安いのですが観音崎灯台の構造や歴史を開設した小さな博物館を併設しており、更に灯台の上にも登れますし灯台の下にも展示物が有る他、展望台に成っているので綺麗な景色を見渡す事も出来ます。
では、先ずは灯台の周囲を見学して見ましょう~。
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灯台下の展望台はコンナ感じで房総半島の鋸山が見えたり・・・KIMG0101
・・・フェリーが東京湾を行き交う様子が一望出来ます。
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そして昔使われていた灯台の設備の一部が常設展示されており、触れて見る最近の歴史博物館と同じコンセプトの展示がされています。
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上地市長は文化史跡の保護や再利用に熱心な方だそうで、江戸時代の浦賀奉行所も復元して子供達の教材や史跡として再整備する計画を構想してらっしゃるそうです。
早くから外国と関わっていた横須賀市の市長らしく、東京から来て横浜市長に成った人より郷土愛が有る上に子供達の教育に熱心ですね♪
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灯台の受付の有る建物には展示館も併設されているので、灯台の事を学習出来ます。
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こんな感じで昭和初期まで手動で動かしていた灯台のレンズの構造を触って理解する展示物や・・・
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昔の設備とかも展示されてます。
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この模型が初代の建物の復元模型だそうです。関東大震災で倒壊して現在の建物に建て替えられたそうです。
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映像解説等も有るので、中高大学生位が来ると近代史の学習の一助に成り理解を深める事が出来ますね。
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初代の灯台を設計したヴェルニーさん。汐入のヴェルニー公園の元に成った江戸幕府横須賀製鉄所=現在の海上自衛隊横須賀基地のドッグや城ケ島灯台なんかを設計した人物で、今の日本が存続しているのはこの方と小栗上野介サンがいたからと、対馬海戦でロシア帝国のバルチック艦隊を撃破した東郷平八郎元帥が証言しています。

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ヴェルニーさん無くして近代日本ナシ!
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ネトウヨは日本人が単独で近代化した様な妄想を信じ込んでる比率が高いんですが、実際はイギリスとフランスの協力無くして近代日本は成立して無い事が、この観音崎灯台や横須賀市の歴史史跡を巡(めぐ)ると良く理解出来ます。
観音崎灯台は日本最初の近代灯台で、慶応二年(1866年)にアメリカ・イギリス・フランス・オランダと日本の間で締結された江戸条約に基づいて建設されました。

この記事⤴で少し触れましたが三浦海岸駅前にも三浦海防陣屋が置かれ、三浦各所に東京湾と相模湾を守る陣地が設けられた砲台が建設され、三浦海防陣屋が各所の海防陣地をコントロールしていました。
幕末当時、そこには横浜を開港した井伊直弼公や明治政府を設立する事に成る桂小五郎(木戸孝允)公や伊藤博文公も勤務したそうです。
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さて、そろそろ灯台の中を見てみましょう。
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灯台の内部は当然ですが螺旋階段に成っています。
その階段の壁にも掲示物が有り、観音崎灯台を含めた今でも内部に入る事が出来る16ヶ所の灯台の写真や各灯台の比較等の解説がされています。
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小さな子連れならパパやママが読んであげないと子供には読めない高さかな?
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これが観音崎灯台のレンズ。

・・・ZZガンダム世代には解るだろうけど、連邦軍のバイザータイプの顔に見えて仕方ないのコレ。
前に横浜シンボルタワーの記事でも書いたのだけど港の入口は船舶は右側通行に成っていて、港に向かって右手が赤い灯台、左手が白い灯台って法律で決まってるんだけど・・・
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これが小生にはシャアザクとガンダムを意識している様にしか見えない(笑)。

その時の記事はコレ⤴ね。
何で海関係ってどこもかしこもガンダム的なんだろうか(笑)。
横浜港シンボルタワーは明日08月31日で夏季営業終了で来年まで横浜港のコンテナヤードの夜景は見れなくなりますので、写真撮りたい人は明日時間注意して行ってみて下さい。
灯台の上まで登ると外に出て写真を撮影出来ます。
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御船がいっぱい♪
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この写真の右手は富津岬、左に見える島みたいのが富津岬の展望台。
そこから目線を左に移動すると・・・
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東京湾第一海堡。

海堡の奥に見える船のマストみたいのが、東京湾アクアライン海底トンネルの通気口。シン・ゴジラが最初に登場した場所。
ゴジラシリーズは何故か神奈川県三浦半島~東京の間が破壊される事が多い(笑)。
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こっちは第二海堡。要塞としては関東大震災で崩壊して放棄され現在は史跡として再整備中だけど、たまにツアー組まれて船で観光に行けるけど通常は上陸禁止地域。
海堡とは何ぞや?と余り知らない人は過去の記事を参考にしてみて下さい。

この海堡も実は観音崎灯台と同じ明治時代に作られた施設で、観音崎に点在する煉瓦の史跡も同時期に建設された観音崎砲台の跡だったりする。
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こんな場所全部が砲台の跡で貴重な近代西洋文化の遺跡なんだね。
観音崎灯台も当然ながら日本最初の近代西洋建築の灯台なので歴史史跡な訳です。
観音崎灯台から見える景色はとにかく綺麗!
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したの岬の先端に少し見えるコンクリート製の建物の名残も観音崎要塞の海堡の一部。
反対側の景色がさっき歩いて来た道。
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高所恐怖症だから本当に、この写真撮るの怖かった・・・。
観音崎灯台付近、とっても景色が綺麗でしょう?
観音崎海水浴場から走水神社まで歩く途中の走水観音崎ボードウォークも景色がとても綺麗です。
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もう海水浴シーズンは終わりに入りますが、まだまだ暑さも続きそうです。
まだ暫くの間は潮風に当たりながら散歩するのが気持ち良い季節ですね。

どうです?皆さん、観音崎良い場所でしょ?
近くには走水神社や“味美食堂”や“かねよ食堂”と言った観光名所や美味しいレストランも有ります。
是非、夏の終わりの思い出に御散歩に来て見ては如何でしょうか?

では、又、次の記事で御会いしましょう~!



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2020年夏、三浦海岸に新しく御洒落なレストランが開業しました。
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BEACHEND CAFE
正確に言うと三浦海岸の中でも琴音浜と言う浜辺に面した場所で、所謂(いわゆる)三浦海岸からは少し離れていて、三浦海岸駅から徒歩10分くらい、良いお散歩道に成ります。
子連れの若夫婦やデートで海に散歩に来た恋人同士には御勧めの御店ですよ!
車での来訪ならば駐車場は駐車可能台数が多くないので、やはり電車での訪問か、三浦海岸に遊びに来たついでに公共PAに駐車して歩いて来るのが良いでしょう。
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この通りビーチエンドカフェの奥には東京湾と房総半島の景色が広がります。
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昼間だとこんな感じ。
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御店の目印はこの可愛いフォークの看板。
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メニューも表に出ているので徒歩ならバッチリ場所もわかるでしょう。
車で来るなら気づいた時には通り過ぎてUターンポイントはだいぶ先に成ってしまうので、GoogleMapのナビゲーションを活用して下さい。
小生のブログの古参読者の皆さんは御存じですが、小生のブログで紹介する場所は住所をクリックするとGoogleMapにリンクして、その場所を表示してくれます。表示されたら‟経路”と表示されてる場所をクリックすれば、カーナビにも徒歩ナビにも乗換案内としても機能するのでGoogle社の技術を是非フル活用して迷わず御店に行ってみて下さい(笑)。
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御店の中はこんな感じです。
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可愛いでしょう~♪
とっても御洒落だけど、外気の温かい夏の間は暫く店内での食事を希望する御客さんは少ないかも知れませんね(笑)。
そとから見た景色、昼間は長く長ぁ~く琴音浜~津久井浜~野比浜~久里浜に伸びる三浦海岸の砂浜が見えます。
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夜来るとこんな風に三浦の海岸沿いの街灯(まちあかり)が見えボンヤリと海岸線と琴音の砂浜を浮かび上がらせ、ロマンティックな雰囲気の中で食事を楽しめます。
御勧めは日没前後でしょうか?
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この様に空が宇宙の濃紺色に変わっていく中、少しづつ町の明かりが浮かび上がります。
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素敵でしょう?
注意する点が有るとすれば・・・
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・・・テラス席を選ぶ場合、注文は完全に日が落ちる前にしないと暗くてランプの明かりではメニューが読み難(にく)いのと、せっかくの料理が良く見えない(笑)と言う事態が発生します。
他の御客サンもいるからフラッシュ焚けないしね~。
でも雰囲気も料理の味もピカ一です!
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この写真のドリンクはノンアルコールのBEACHサンライズ、¥800。
グレープフルーツがベースに成っている様です。
下の写真は三崎カジキマグロのカツレツ¥1700。
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これはカジキマグロのカツレツなのですが、トマトソースとチーズがとっても美味しい、サッパリしながらコクも兼ね備えたマグロが名物の三浦市らしい一品。
これ、凄く美味しいから是非、皆さんにも食べて頂きたいです。
下の写真はクリーミーポレンタのクワトロフロマッジ¥900。
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ルーチーズ等4種のチーズをグラタンにしたもの。メチャクチャ美味い!
料理の写真、暗くて上手く撮影出来なく申し訳無い(笑)。

三浦半島で洋食を食べれるイメージが有るのは佐島マリーナホテルや佐島のマリン&ファームや、秋谷海岸のDON等、葉山町を含めた三浦半島西側と三浦半島東岸の“かねよ食堂”や観音崎京急ホテルくらいしかイメージしか有りませんでしたが、いよいよ南側、三浦半島南部の海沿いの景勝地でも本格的な洋食が食べられる様に成ったのは、三浦市にとって大きな財産になりそう。
今列挙した御店もオシャレなので、三浦観光の行先次第で小生の過去の記事を参考にしてみて下さい。
「タグ」の欄に当該の御店を列挙しますので、そこをクリックして頂ければ過去に当該店を紹介した記事にリンクします。
三浦半島の綺麗な海の景色を御覧に成りたい方は、以下の記事を御参考にして頂ければ今では穴場に成った綺麗な海岸でゆっくりした時間を過ごせますよ♪
因(ちな)みに小生から皆さんにアドバイスです・・・

ビーチエンドカフェを含め夏の海岸沿いのレストランのテラス席は蚊が多く、小生の様に夏は短パンの男性やスカートの女性は虫除け対策が必須です。テラス席を利用する際は手足に“虫除け”を塗布してから訪問しましょう!

夏の虫除けナシ、ダメ、絶対(笑)!

・・・小生、今回、ビーチエンドカフェに初訪問日は油断していて車移動→虫除け塗る発想ナシ→食事中に蚊の集中砲火を足首~脹脛(ふくらはぎ)に受けて正直、食事に集中出来ませんでした(笑)!

どうです?
新しく開業したばかりのビーチエンドカフェ、素敵でしょう?
三浦半島は黒岩知事の海の家規制のせいで今年の夏は経済が困窮しています、こんな素敵な御店もあり、他にも和洋食充実した“食と絶景の宝庫三浦半島”で是非、良い思い出を作るついでに有意義な休日を過ごし三浦の農家さん、漁師さん、観光産業従事者を支援してあげて下さい!

では、又、次の記事でお会いしましょう~♪

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三浦半島の横須賀市走水は日本神話の舞台です。
走水神社の前の海には、島の様な地形の御所ヵ崎と言う場所が有ります。
これ⤵
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ここは明治に砲台建設で神社が潰されるまで橘樹神社が存在していたのですが、実は西暦2世紀(小生の再計算では西暦280年頃)の冬、倭建(やまとたける)と弟橘媛(おとたちばなひめ)の夫婦神が房総半島に渡海するまでの間、夫婦水入らずで生活していた場所でした。
ですから皇族の居所を示す“御所”の地名が残り“御所”ヵ崎と今でも呼ばれているんですね。
倭建は横浜市神奈川区の六角橋~三浦半島を治めていたらしい大伴久応サンとも大伴黒主サンとも名の伝わる人物に接待され、三浦半島の海産物に舌鼓を打ったそうです。
特に蛤(はまぐり)の鱠(なます)が御気に入りだったと物凄く具体的な伝承まで残っているんですよ!
ちょっとその話は後で紹介するとして、実はこの走水には今でも倭建命もお気に入りだった美味しい海鮮を使った定食屋さんが有るので紹介したいと思います。
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味美食堂
小生は観音崎や走水方面にドライブや走水神社に参拝に行くと、この味美食堂や以前紹介した“かねよ食堂”に良く食事に行きます。ここ、小生が美味しいと思うだけでなく、2016年に友人と猿島に遊びに行った時に横須賀市の史跡ガイドの方達に「美味しい店知りませんか?」と聞いたら推薦されて「あぁ~やっぱ有名な店だったんだ!」と再確認した場所なんです。
店は大きくありません。
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間口もこんな感じです。
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本当に定食屋さん。
小さい御店なんですが、防衛大学生に教えて貰ったんでしょうかね~?前の防衛大臣の小野寺五典さんも防大に用事が有るとここに食事に来ていたみたいです。
神様のヤマトタケルは走水のハマグリが好物だったみたいですが、現代の走水で有名なのは蛸(タコ)と鯵(アジ)でしょうか?
小生は決まってアジフライ定食を注文します。
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だいたい、いつも味噌汁はワカメ(笑)。
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地タコの刺身、そして・・・
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当然ながら鯵の刺身も美味しいですよ!
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このアジフライがフカフカで凄く美味しいんです。
・・・まぁ小生のブログの読者は小生がアジフライ好きなの使ってる人もいると思いますが、神奈川県のアジフライ三本指に勝手に決めている御店の一つが味美食堂だったりします(笑)。
他の二ヵ所はここ⤵

 もし横須賀の観音崎方面に遊びに行く機会有って、食事する場所困ったら人数少ないなら味美食堂のアジフライ、是非食べて見て下さいな~♪
ちょっと触れた“かねよ食堂”は定食とか和食じゃなくて御洒落な料理なので、その日の気分で洋食か和食にするかで味美食堂と合わせて選べるし近いから便利です。

位置関係はこんな感じ!
味美食堂周辺 久良岐のよし
走水神社の目の前の海沿いに味美食堂が在ります。
さてさて・・・
倭建命(やまとたけるのみこと)は蛤の鱠(なます)が好きだった事には少し触れましたよね~?
現代の料理人が鱠(なます)を“野菜を千切りや柵切りした酢漬け”と誤認していますが、これは歴史と古典の知識欠如からくる間違いで、鱠は中国語で日本の“刺身”に相当する魚貝類の生食用に捌(さば)いた料理の事を指します。
唐の時代、日本人の阿倍仲麻呂サンの親友だった大詩人の李白サンがこんな句を読んでいます。
霜落荊門江樹空
布帆無恙挂秋風
此行不為鱸魚鱠
自愛名山入剡中
1400年前の中国では来客が有る際に準備する献立の常連に成る程、当時の漢民族は刺身=鱠を好んで食べてたんですね。因(ちな)みに李白さんの好きな鱸魚は現代の日本人も高級魚として大好きな鱸(すずき)ですね。
その李白さんの漢詩を歴史事実や地理を考慮すると、通説の解釈がおかしいのが解かるので以前解説した記事にした事がありました。
まぁ解釈は置いておいて、昔の中国人は刺身が好きだったんですね。これ⤵
李白さんの生きた唐の時代は日本では飛鳥時代~奈良時代ですから、その少し前の古墳時代の倭建がハマグリの刺身が好きなのは極々自然な事かも知れません。
倭建命と弟橘媛夫妻はハマグリ、李白さんはスズキを喜んで食べていたと考えると、ちょっと歴史偉人や神様に成った古代の皇族にも親近感が湧きますね(笑)。
若い女性に人気の魚料理に特化したユーチューバーの“きまぐれクック”の金子君が古代にいたら、きっと倭建命を大喜びさせる事が出来るでしょうね(笑)。もっとも彼は最近、新妻の専属料理人に成ってしまいましたが(笑)。
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横須賀も有名な長井漁港、走水漁港とブランド漁港を2ヵ所も抱えており、他にも神奈川県は魚のブランド化に成功した漁港も沢山有り海産物の美味しい県です。
気が向いたら是非、足を運んでみて下さい。


味美食堂、おすすめです!
ついでに近くの観光地⤵️


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※2020年新型肺炎対応による駐車場と海の家の営業状況等は各自治体に問合せ願います。

走水海水浴場と破崎展望台
神話の舞台の走水神社
【水質】
【景色】
【電車】
 横須賀中央駅~バス20分
 横須賀駅  ~バス30分
【  車  】
 公共駐車場有り。
【休憩】
 公共トイレ有り。飲食店有り。
 走水産海苔の生産直売所有り。
オススメpoint( •͈ᴗ•͈ )       
 神話の舞台でロマンティックだよ◎
 破崎展望台から見る海岸と富士山◎
 美味しい有名レストランが有るよ◎
注意するpoint(•ω•)       
 2017年以後、海の家未確認だよ~。
――以下 詳細( ゚∀゚)つ ダョ♪⤵――
※仰げば尊とし(2016年)のロケ地
大きな公共駐車場と公衆トイレが1ヶ所有る。
市街地が比較的近いので駅からバスで20分程度と交通の便も良く、その上で泳げる水質を維持しているのにあまり有名では無く穴場。
2017年迄海水浴場として海の家も出店していたが海の家が常設化し県のガイドラインに抵触した為、撤去されて以降、2020年現在は未確認。
海岸には美味しい有名レストランの“かねよ食堂”や海鮮料理旅館の“やまに”も有る他、有名な走水ブランドの海苔の生産直売店も多く御土産にも困らない。走水神社の近所にも猿島観光ガイド推薦の“味見食堂”が有るよ。
日本武尊と弟橘姫の夫婦神の神話の舞台なので縁結びの走水神社も近く、縁結びの御参りに行ってから走水に食事に来る若い女性やカップルや夫婦の散策コースとして人気。
観音崎もバスで近く、車なら10分程度で観音崎にも行ける。観音崎よりも走水は海水浴場として整っているので、海水浴と観音崎観光を合わせても楽しい。
横須賀市観光では是非立ち寄る価値の有る海水浴場。
走水海岸始め周辺の海風公園や横須賀周辺がロケーションの良さから神奈川県立野庭高校吹奏楽部の実話を元にしたドラマ“仰げば尊し”のロケ地に成っている。
登場する人物のモデルも吹奏楽部顧問の中澤忠雄先生が弱小吹奏楽部を優勝常連校に育てた実話が元でロケ地として度々登場する。
又、海岸から直ぐ近くにある走水小学校バス停前の“破崎展望台”から見る夕景は走水海岸の先に富士山が見えて絶景。
電車でもバスでも帰りに横須賀中央駅や汐入駅で降りればドブ板通り商店街が近い。
※ドブ板通り周辺のネイビーバーガーの名店を紹介した過去記事⤵
ドブ板通りにはネイビーバーガーや海軍カレーを食べる事が出来る店が多数有るので、周辺と合わせ観光の幅が広い海水浴場とも言える。

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※走水海岸
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※破崎展望台からの眺望
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※走水神社
穴場海岸の紹介一覧へ⤵️
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先週末
土曜日は某博物館の図書館へ絶版の資料文書を漁りに…

翌日午前中
小机城址祭りを例年通り見物。
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港北区長サンの演じる北条家五色備えの白備え隊の大将:笠原信為公は今年も武将然として男前だった。
この区長さんは渋いイケメンだな。
笠原信為公は詩歌に造詣が深く文化人であったと同時に、大曾根城主・小机城と白備え隊の代官だった方で合戦の実績も豊富。そして鶴岡八幡宮再建の大事業等でも総奉行を務めたズバ抜けた実務能力の持ち主だった。
今の港北区長さんは外見も笠原信為公に相応しい。

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今年は雨が降らずに良かったですね、武者行列の参加者御一同…
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う~ん、女武者も凛々しいぞ!
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そして今年の個人的MVP…
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今年の御姫様役の地元の先生、めっちゃ可愛い(笑)!
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侍女さんかな?この方もおしとやかな雰囲気で和装が良く似合う。
今年は天候にも恵まれて、申し分の無い御祭りが開催出来たようだ。

苦言を一つ。
防子委員長、今年も城址祭りのアナウンスで、石垣城では無い小机城を石垣城と勘違いしたまま解説文章読み上げるのは「横浜市の恥」なので、早く改善して下さい。


京都から歴史好きな人物が京都から神奈川に出張してきてたので、横須賀を案内した。...
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大津町の信楽寺・・・
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坂本龍馬さんの奥さん御龍サンの菩提所。

走水神社・・・
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日本武尊と弟橘媛様神話の神社。
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一応、歴史の概略を伝え奥社まで案内した。
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奥社から走水湾の風景と走水海岸も案内した。
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本当に漁村。

かねよ食堂・・・
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走水海岸のお洒落なレストラン
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鮪のカルパッチョ
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鮪のフライ
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と、海鮮丼みたいな?三浦の鮪とシラスと芽若芽の丼。
相変わらず美味しい店だった。

その後、友人を駅まで送り届けてから、自分の仕事で移動…
京都から友人が来たので、自分の仕事有るのに案内したのは大変だったが、喜んでくれたのでまぁ、よし。

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ブログネタ
旅に出よう! に参加中!
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三浦半島の東京湾側の先端には観音崎と言う観光地が有ります。
そこには江戸時代幕末に諸外国の要求で灯台の建設を求められて以来、東京湾の入口を照らす灯台が明かりを灯(とも)しています。
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…あまり良い写真じゃないですが実際は凄く綺麗です(笑)。
この灯台の在る場所からの眺望はとても綺麗で、昔はこの海岸一帯がリゾート地でした。
海外旅行が一般市民にも珍しくなくなると少々、観光地としてはマイナーに成りましたが、その美しい風景は今も変わりません。
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近くには走水神社と言う日本武尊と弟橘姫の神話の舞台に成った神社が在り、縁結びの神様、そして料理の神様として若い人からも愛されています。
かねよ食堂と言う最高のロケーションのレストランも在ります。
因(ちな)みに川崎市高津区には弟橘姫様の古墳(宅地化されてしまってる)の正面に在る橘樹神社も在り縁結びの神社として江戸時代には有名でした。
※走水神社の記事は「ココ」←クリック!
※橘樹神社の記事は「
ココ」←クリック!
※かねよ食堂の記事は「
ココ」←クリック!
観音崎周辺
GoogleEarthnの衛星写真で観音崎を見ましょう。
灯台や走水神社が、そう遠くはないのが解るかと思います。もちろん、バス移動に成る距離ですが。
周辺には2~3館の美術館や海に面したレストラン、京急観音崎ホテル等もあり神奈川県民と東京都民のマイナー(失礼)なリゾート地として有名です。
確か、京急観音崎ホテルのレストランは地魚を使っていて美味しい事で有名です。
小生の弟夫妻はこの風光明媚な京急観音崎ホテルさんで結婚式を挙げさせて頂きました。
京急観音埼ホテルの公式サイト ←クリックでリンクします!

美術館やレストランの他に多数の釣り船屋さんと、海水浴場もいくつか在ります。
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走水海岸の海水浴場とか…
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…灯台周辺の海水浴場とか。
まぁ、本格的な海の家が出るのは走水海岸ですね。

観音崎の太平洋側の浜辺は東京湾でも貝殻が打ち寄せる地形の為か、海外の様に白い砂浜が広がっています。
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綺麗ですよね?もし散歩に行ったら絶対にゴミは捨てないで下さいね!
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貝殻の量から人工では無いと思います。
因みに、大アサリ(ホンビノス貝)の貝殻が多い様でした。
ホンビノス貝は元来、南米に生息する外来種ですが、南米から来る貨物船がバラスト水と一緒に運んで来てしまった物を、排水した際に一緒に放出され東京湾で繁殖したと考えられています。
ホンビノス貝の貝殻は大きいのですが脆(もろ)い為に、すぐ砕けるので観音崎に白い砂浜が出来る原因に成っているのかも知れませんね…
ところでコイツ、凄く美味しくて、築地や横浜の市場ではハマグリの代替品として親しまれ流通に乗っています。
珍しく生態系を壊す前に日本人に捕食され役に立っている外来生物ですね(笑)。
しかも、こんな綺麗な砂浜を作り出して。

良い処でしょう?
海外なんか行かなくても、横浜や東京や鎌倉からすぐ近くには、この三浦半島と言う素敵なリゾート地があり、若い恋人も、子育て中の若夫婦も、長年連れ添った夫婦も、何気な~く電車やバス、ドライブでも来れて散歩して食事して…
ゆ~っくり!とした優しい時間を過ごせるんですよ~。
博物館や美術館も在りますしね~。文化的な時間も過ごせると思います。

三浦半島は東京湾側だけじゃなく、相模湾側の城ケ島や秋谷海岸も素敵なんですよ~!
以前、記事にしたので、是非そちらの風景写真も見てみて下さいな♪
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※秋谷海岸の記事は「ココ」←クリック
※秋谷海岸に在る素敵な地魚料理イタリアンの店‟DON"の記事は「ココ」←クリック!

小生は城ケ島も好きでたまに散歩に行きます。
近所の鮪水揚げ基地の三崎漁港で、鮪料理も食べられますしね!
城ケ島は東と西で全く風景が異なり海水が沖縄の様に綺麗なんです…

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東側は貝殻と海底から隆起した奇岩の海岸で…
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西側は太平洋に突き出した日本とは思えない雄大な岸壁の景色です。
そして隣の三崎漁港の三崎銀座商店街には…
御寿司の名店「紀の代」さんとか鮪料理居酒屋の有名な「黒羽亭」さんが在ります。
※城ケ島の風景と「紀の代」の記事は「ココ」←クリック!
※黒羽亭の記事は「ココ」←クリック!

付け根の鎌倉も素敵な風景を持つ御寺が沢山有って綺麗ですよね!由比ガ浜海水浴場や逗子海水浴場も有りますし。

三浦半島は11月位は果樹園で「ミカン狩り」が出来ますし、年が明けて1月位からは「イチゴ狩り」も出来ます。
天然温泉のホテルも有るので、是非!神奈川県内で時間をユックリ過ごして見て下さい♪
箱根温泉と伊勢原市大山温泉も宜(よろ)しくね~!

【観音崎周辺の浜辺と灯台と要塞】の後編明治時代の要塞観音崎の砲台群の記事は「ココ」←クリック!

では、又、次の記事で御会いしましょう!
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休みを利用して坂本龍馬サンの奥さんの御龍サンの眠る横須賀市大津町の信楽寺を御参りしてきました。
和尚様に面会し、御話しを聞いたり…
昼間は走水海岸の、かねよ食堂でランチして… IMG_1498 (2)
三浦半島の先端の多々良浜と言う真っ白な綺麗な砂浜を散歩して…
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観音崎灯台の岬に登り東京湾を一望して…
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帰りに半島の降りる方向間違えた
((((;゚Д゚))!?
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反対側駐車場まで徒歩で超遠回するハメに
(-_-;)
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無事に駐車場に辿り着いて車で横須賀市街地に移動。
横須賀ドブ板通りの名物U.S NAVY BURGER 🍔の名店、HONEY BEEで夕食をしました。
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勉強に成って美味しくて綺麗で迷子で楽しくて充実した休日でした。
尚、一人で行動した模様…それだけは寂しい。
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ブログネタ
「夏の終わり」感じるのはどんなとき? に参加中!
神奈川県横須賀市走水海岸は、日本神話で日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘姫(おとたちばなひめ)様が滞在された御所の在った場所なのですが…
※以前、日本武尊と弟橘姫様の神話を紹介した記事リンクは以下
走水神社の記事は「ココ 」←クリック!
橘樹神社の記事は「ココ 」←クリック!
妙法寺の記事は「ココ 」←クリック!

そこに「かねよ食堂」と言う、とても素敵なレストランBarが有るんです。
小生、3年前に来てからずっと気に成ってて、今日初めて入ってみました。
御店の紹介の前に、走水海岸の素敵な風景を紹介させて下さい。
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走水は現代では素敵な落ち着いた海水浴場に成ってまして、その風景はとても綺麗です。
今日は夕方に行ったので散歩しているのも地元の人だけで、ゆっくりとのんびりとした感じでした。

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あおさ~(笑)
とても美味しそうに見えませんが、これが味噌汁に入るととても良い香りを立たせてくれます。
この海の8km先が、もう房総半島の富津岬です。
つまりここは東京湾の入口に当たる訳です。

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走水には漁船を係留する突堤が有るのですが、そこにかかる橋が又、素敵な風景に成っていまして…
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今日は夕日越しの桟橋の写真を撮れました。
逆に端から見る走水の砂浜と背後の観音崎に連なる丘の風景も凄く綺麗です。
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のどかでしょ~?
砂浜には今の季節、いくつか海の家も出店していて、泳いだ後でシャワー浴びたりする事も出来るちゃんとした海水浴場として機能しています。

この素敵な海岸に在るのが「かねよ食堂」です。
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「どこが食堂だよ!」
…と、ツッコミ入れたく成る程にオシャレな外観と内装の御店でして、地魚料理でお酒も飲める店でして通年営業しています。
御店主は海大好きサーフィン愛好家。
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海が好きで海で仕事してるって羨ましいですよね~。
そんな海好きな御店主の御店なので、砂浜にもテーブル席が準備してあり今の季節は予約すればBBQも出来るそうです。
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さて、何で小生3年間も気に成っていて入らなかったですが…
ここも前回紹介した秋谷海岸の「DON」同様に、アイドルタイムは予約でいっぱいに成っちゃう地元民の集う御店なんです。
だから混んでいて入店せず、外から「素敵な御店だな~」と散歩に来る度にずっと思ってました。
知った切っ掛けは「日本武尊」の伝承のある走水神社を参拝した際に、気まぐれでこの海岸を散歩したからなんですが…
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入口には食堂って書いて有りますけれど、繰り返しに成りますが名前とのギャップがとにかく有り、店内の雰囲気も素敵です。
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横須賀の中心からそんなに遠くは無い海岸なので、なんとなくアメリカンな内装で、店内はとても落ち着きます。
今日、小生と同行者は外の砂浜の席でお食事を頂きました。
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一人予算、食事だけなら1500円位でしょうか?
写真のメニューはセットの御食事なのでライス、スープとサラダも付き、料理自体も結構なボリュームが有り、きっと皆さんも満足する納得の食事を素敵な風景を見ながら出来ると思います。

今日は運転なので、又もや小生はノンアルコール生殺し(笑)。
前菜には地蛸(ぢだこ)のカルパッチョを…
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フレンチドレッシング仕立てでした。
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前回も「DON」で地ダコのカルパッチョを食べましたが、どうやら三浦半島はシラスとサザエとマグロ以外に、蛸も特産品の様です。…恥ずかしながら最近知りました。

ドリンクはバナナシェイクを…
そして料理は…「本マグロの鉢の身の網焼きwithラタトゥイユ」のセットを頂きました。
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この本マグロの頭の身、グリルされていて身が締まっているかと思いきや!
とってもフワフワと柔らかく、ラタトゥイユのトマトソースの優しい味で、美味しい上に「ほんわか」した逸品でした。
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又、食べたいな~。
結構なボリュームでしょう?男性も満足だし、これ2人で行って別の料理を頼んでシェアしても楽しいですよ。

良い御店でしょう?
是非!綺麗な雰囲気と美味しい料理を楽しみに、ついでに日本の神話と伝承を感じれる走水海岸と走水神社を御散歩がてら、この「かねよ食堂」さんに来てみては如何(いかが)でしょうか?

関係有りませんが漁村らしくニャンコが沢山いました…
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どの子も毛並みがとても綺麗だった♫

にゃ~ん
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では!又、次のブログ記事で御会いしましょう!


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日本武尊(やまとたけるのみこと)と
弟橘媛(おとたちばなひめ)の夫婦神
漁師と料理人の神様の大伴黒主(おおとものくろぬし)
…その三人の神様をお祀(まつ)りする神社が三浦半島の走水海岸の御所ヵ崎近くに在(あ)ります。

付近は風恋明媚(ふうこうめいび)な漁村です。
釣船屋さんと地魚料理の食堂が立ち並びます。

今回ご紹介する神社の神様は川崎市高津区子母口の橘樹神社とも同じ夫婦神様の日本武尊と弟橘媛です。
川崎市の橘樹神社には弟橘媛様の古墳も一部分現存しています。
詳しく知りたい方は以下の関連ブログのリンクをクリックして見て下さい。
橘樹神社のブログ記事はココ←クリック!

さて、横須賀市の走水神社の御祭神(ごさいしん)が日本武尊と弟橘媛と大伴黒主である理由は、実は御三方はここに住んでいらっしゃったからなんです。
日本武尊と言えば日本を代表する武神であり軍神です。
弟橘媛はそのお妃(きさき=王様の妻)で、海上交通の神様で、浦島太郎伝説の乙姫様のモデルでもあります。
夫婦が揃うと文字通り"日本最強の縁結びの神様"の御利益を発揮される訳です。

走水神社のすぐ近くに小さな半島の"御所ヵ崎(ごしょがさき)"が在ります。
正に其処(そこ)が御二人が夫婦生活を営まれた「御所=高貴な人の館」の所在地だったのです。
だから神社の目の前は海♪
写真左上が御所ヵ崎。

そして御二方に海鮮料理を作り接待したのが"大伴黒主"様なんですね。
走水神社の氏子さんの話では大伴黒主様は後に日本武尊にスカウトされて古代大和朝廷(やまとちょうてい)に仕え総料理長に成ったそうです。
だから料理の神様なんですね。

関係有るかは不明としておきますが…
逸話の内容や古代服装からして、"大伴黒主様は七福神の大黒天"の日本でのモデルだと思います。
大伴黒主の時代の服装の方がより大黒天に近いですからね。
ただ、大黒様はインドのヒンドゥー教由来の神様です。
歴史的には古代の豪族大伴氏は天皇の近衛兵と水軍の管理を任された名族です。

走水神社の上からは走水神社を中心にした漁村が良く見えます。
港の左手には御所ヵ崎…
…海面の高かった古代では"浦"に浮かぶ"島"…浦島に見えたでしょうね。
湾を挟んで対を成す神明神社の在った半島…
埋めたてられる前は、走水神社を中心にして鶴が羽を広げた様な風光明媚な海岸だったんでしょうね。
航空写真を見て頂ければ、その位置関係と地形も一目瞭然…
しかし
明治時代に御所ヵ崎と神明神社の半島は明治政府に接収され破壊され砲台が築かれたので、それ以来入る事は出来ません。
誠に不敬で遺憾な事です。
ですので、心を痛めた東郷元帥や乃木大将や伊東祐亨閣下等の有志により、湾の中心に有る走水神社に橘樹神社と神明神社を合祀(ごうし=同じ神社の敷地内に神様をお引越しする事)しました。
日本武尊と弟橘姫の仮御所だった走水海岸の御所ヶ崎周辺からの眺望は素晴らしく、海に突き出し昔は島だったであろう御所ヶ崎と地続きの丘の上から見る三浦半島の海岸線の先には富士山に夕日が沈む姿が見られ、正に乙姫伝説の海の中の竜宮城の形容に相応し場所です。
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御所ヶ崎の社殿は砲台建設時に明治政府によって接収され破壊されました。
御分霊だけ明治の元勲の中の信仰心厚い面々によって奥宮に保護合祀されたが古代の仮御所の史跡は永遠に失われ訳です。
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冬季であれば雑草も枯れて門の入口から中の様子が少しだけ見えます。
見学されたい方は横須賀市公園管理課に問い合わせて予約すると、御所ヶ崎砲台史跡として見学する事が出来ます。
走水神社から御所ヶ崎に行く途中には下の看板も有り簡単な説明が掲載されています。
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因みに神社には弟橘媛と日本武尊の暮らした御所ヵ崎の砂を"縁結びのお守り砂として無料配付(はいふ)"しています。
スプーン一杯分くらい持って帰ってお守りにして良いそうなので、小さなジップロックみたいな袋か和紙を持参して行くと良いですよ!
この神社の手水(ちょうず)は正に御神水とも言える自然湧水で、富士山系の腐り難いバナジウム天然水らしいです。
ですので、昔は船に積み込むミネラルウォーターに用いられたそうです。
同じ泉質の横浜市中区の打越の霊水は、やはり明治時代に遠洋航海する船の飲水や、同横浜市中区に在った幕末のキリンビールの最初の本社工場で使われた水も同じ泉質でした。
走水神社本殿自体は建て替えられたばかりの綺麗な社殿です。
写真撮り忘れましたすいません…
…面目無い_| ̄|○
神社内には弟橘媛と日本武尊が詠(よ)んだとされる和歌が刻まれた石碑も有ります。
走水神社は古代から此方(こちら)に在ったそうで、伝説では日本武尊が来る西暦2世紀より以前の紀元前には有ったそうです。
建て替えの際に社殿の床から伝説通り日本武尊から奉納(ほうのう=神仏への寄付)された冠(かんむり)を保管する石室の壁が出て来たそうです。
本殿横には弟橘媛の侍女を祀るお社もあります。
今も古代の石造りのお社が走水神社の奥宮に移築され祀らています。
右から…
須賀神社=素戔嗚雨之命(すさのおうのみこと
神明神社=天照大御神(あまてらすおおみかみ)
諏訪神社=建御名方神(たけみなかたのかみ)
つまり…
須賀神社=軍神と水運=日本武尊の信仰した神様。
神明神社=大和朝廷皇族の祖先神
諏訪神社=弟橘媛と大伴黒主の祖先神と同じ渡来系技術の神様。
…と言う感じです。
大伴黒主は別名:久応と伝わります。は日本武尊達を歓待した地元の豪族で漁民で料理人。横浜市神奈川区六角橋の宝秀寺は大伴久応の邸址と伝わり、そこに日本武尊が滞在した伝承が有る。走水神社の伝承では大伴黒主は日本武尊を接待した後に請われて後に古代大和朝廷の料理長に成ったそうだが、日本神話では日本武尊は岐阜県と滋賀県の県境に在る伊吹山辺りの神(豪族)に帰路を阻まれ三重県の鈴鹿辺りで病没しています。
史実としては大伴一族は水軍を率いて天皇家の御林軍も率いた一族なので、走水で日本武尊を大伴黒主様が歓待された事は神話とも整合性が有り、六角橋の大伴久応の伝承とも整合性が有ります。
つまり、大伴久応黒主様の正体は、東京湾沿岸部西部を支配した豪族だったのでしょう。
六角橋の近くには塩嘗地蔵(しおなめじぞう)と呼ばれる御地蔵様が鎮座していて、そこは火事で戦国時代に廃寺に成った神大寺と言う大寺院の参道入口と伝承します。
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大伴久応邸址の在る六角橋近くには浦島町が在り浦島太郎伝説の舞台で有る事や背後の浦島町~新横浜駅近く篠原城址に繋がる丘は古代に海に面した半島で亀甲岬と呼ばれた事、その半島の一部だった鶴見区に亀甲山の地名が現存する事、現在の新横浜に太田道灌公が小机城攻略の前衛拠点として‟亀甲山城”を築いた記録が残る事、陸奥話記にも登場する源義家公与力武将の丸子宿禰家の所領も中原街道沿い川崎の対岸に丸子の地名が残り大伴家と同族である事から、古代の大伴家が支配した地域が陸海交通の要所だった事が解ります。
江戸時代に東海道神奈川宿が置かれた京急神奈川駅近くの幸ヶ谷~台町一帯は足利尊氏公の時代も交通の要所で権現山城が築城された亀甲岬の一部の小さい半島でした。
その重要性から古代に大伴家が支配したこの一帯は戦国時代も北条家臣で間宮林蔵や杉田玄白の一族の祖先に当たる間宮信冬公が活躍した権現山合戦の舞台に成っています。
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出雲大社はじめ古代の水軍を司った出雲神族の家系は家紋に亀甲紋を用いる事から、現在の浦島太郎の物語は関東の日本武尊神話が元に成っている事も判ります。
浦島太郎が帰る家が無くなる様は、兄王成務天皇に皇位継承権を巡って帰京を阻まれた日本武尊の悲運を抽象化したものでしょう。
そして、その東征の目的は佐賀牟国の国司の内紛鎮定だった筈で、現在の神奈川県の地名由来に成った神奈川と呼ばれた地域、久良岐郡~橘樹郡~多摩郡(川崎市域)は古代大和朝廷の直轄地とされ神(かみ=支配する豪族)奈(無し)の地域が川の様に細長く設置されました。
郡衙と国府と延喜式内社と古墳と縄文弥生遺跡 久良岐のよし
それは、あたかも国境非武装地帯の体を成し武蔵国と相模国の国境地帯に重っています。
この佐賀牟国が相模と武蔵に分割され争乱を鎮めた事が垣間見える神無しの地域こそ、‟初代か二代目の”日本武尊の偉業が豪族紛争鎮定であり、天皇家介入による非武装地帯の設置の聖跡だろうと推測出来ます。
それを示す様に同地域には延喜式内社が存在していません。
本来ならば、この走水神社も延喜式神名帳に載るべき場所なのに掲載が無いのは奈良時代~平安時代初期に支配者豪族不在で上奏が無かったか大和朝廷から派遣された代官が働くに郡衙政庁として機能していた為でしょう。つまり、古代からの政庁機能が生きたまま神社には成らなかった場所だと推測出来ます。
更に、日本武尊の人物像に習合されている可能性の有る人物がいます。
雄略天皇の時代450年代~500年頃にも武蔵国造(むさしくにつくりのみやつこ)の乱が勃発しており、埼玉県稲荷山古墳出土した金象嵌鉄剣に彫られた‟獲加多支鹵大王(わかたけるおおきみ)”の名こそ雄略天皇であり多支鹵=武尊(たける)の名を継承した大将軍職の尊称だろうと推測出来て、日本武尊神話に複数人の事績が後から習合されているとされる説が根強く有る事も理解出来ます。
応神天皇の別名が大鞆和気命(おおともわけのみこと)や誉田(=多)‟別”尊(ほんだわけのみこと)である事から「和気(わけ)」「別(わけ/わか)」の「わか/わけ」が獲加多支鹵大王の「獲加(わか)」に通じ、「稚」にも通じる音である事から、「ワケ/ワカ」は仁徳天皇以降使われなくなり現代には伝わらない皇族の青年将軍に対する尊称であったと解釈出来ます。
下の写真は延喜式神名帳に掲載される相模国四之宮前鳥神社です。
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相模国四之宮前鳥神社の主祭神で京都の宇治市から神奈川県平塚市に移住した応神天皇の皇子、莵道稚郎子(うじのわけのいらつこ)命(のみこと)は、やはり御名に「稚」の字を含んでいます。
前鳥神社の近くには、その御陵と推測される真土大塚山古墳も在り古代大和朝廷や卑弥呼が魏の皇帝曹叡と丞相の司馬懿仲達から送られた200枚の銅鏡に繋がる三角縁神獣鏡が発掘されています。
莵道稚郎子命は日本で最初に漢学(兵法や儒学や雅楽)を学んだ人物とされています。
中世~近世の武士達が当主の嫡子を「若(わか)様」と呼んだのも、この古語の名残でしょう。
この関東で活躍した日本武尊の叔母君の倭姫命が卑弥呼で景行天皇が卑弥呼の弟ならば、走水神社は初代日本武尊の聖跡となり時代的にも史実と誤差が近く成ります。
そもそも卑弥呼も卑弥呼(ヒミコ)=日巫女(ひのみこ)や媛御子(ひめみこ)の音に通じる事から、皇女(内親王)が受け継ぐ斎王職の原型の役職名だった可能性も有る。奈良~平安時代に斎王が支配した伊勢神宮で日本武尊が叔母の倭姫命から神剣を貸与され与力に大伴家を付けられている事からも、六角橋と走水の伝承に整合性が認められ、倭姫命は古代の斎王で正体は卑弥呼本人か、中国で卑弥呼の当て字に翻訳されたを官職名として斎王職の原型の女性宮司を継承し務めた皇女(内親王)でしょう。
この走水の海岸から日本武尊は房総半島の富津へ渡って行きました。
パワースポットでもありますが…
古代へのロマンを感じる場所です。
そんな訳で、景行天皇の皇子で関東鎮撫の大将軍を務めた初代の日本武尊であろう神様と、御妃様の弟橘姫様が仲睦まじい御夫婦の神様だった事と、更には走水神社の社伝で料理達者であったであろう大伴久応黒主様の家系は親衛隊や水軍の将を務めた歴史事実、東郷平八郎元帥達、対馬海戦でロシア帝国の大軍勢を撃破した名将達の崇敬した神社としての実績も有ったりする場所なので戦勝祈願の聖地として紹介しても過言では無い事、それら全ての御利益に預かれる場所である訳です。
皆さんもどうぞ、参拝して日本武尊と弟橘媛様と大伴黒主様に想いをはせてみては如何でしょうか?
近くには「かねよ食堂」と言う素敵なCafeレストランBarと、走水名物の海苔の生産直売をする「ながつか水産」さんも有ったり、昔から東京近郊の御金持ちにリゾート地として親しまれた観音崎灯台や観音崎要塞史跡、多々良浜も有ります。
走水神社に関連する橘樹神社さんもブログ冒頭でリンク貼った関連記事も読んで見て下さい!
きっと皆さん中で歴史の紐が結ばれ繋がりますよ〜♫


周辺の観光地も素敵な場所です。
皆さん、ここに来て散歩してみませんか?
そして、御近所の神社仏閣や城址も御散歩して見て下さい。
近所の小さな神社や御寺や御城の址の山にも思わぬ歴史偉人や武将との関わりが有るかも知れませんよ?

では!又、次のブログ記事で御会いしましょう!
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