歴史オタクの郷土史とグルメ旅♪♪久良岐のよし

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休日…
庭園に植えられた花も綺麗だけれど、町の草花も綺麗に咲いてくれて、人間が気付けば癒してくれる。
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黄色の花を見ると太田道灌公の逸話を思い出す。 
山吹の話だ。
ある日、太田道灌公が雨に降られて地元の農家に雨宿りをした。そこで道灌公、娘さんに…
「蓑(ミノ=藁(わら)で編んだ合羽(かっぱ))を貸して欲しい」
…と、農家の娘に要求した。しかし娘は蓑ではなく❝山吹の花❞を道灌公に差し出した。
道灌公はこれに…
「全然関係ない花なんぞ寄越しよって(怒)」
…と思ったそうだ。
教養の有る部下がその時に…
「あの娘さんは、農家でも教養が有ったんじゃないですか?」
…と指摘した。
道灌公は良く解らなかったので部下に解説させると、部下曰(いわ)く…
七重八重 花は咲けども 山吹の実の一つだに無きぞ悲しき
…と言う、後拾遺和歌集に載る兼明親王の歌を引き合いに、「蓑一つ無い程に貧しいので恥ずかしながら御貸しする蓑自体有りません。」と例え話で悟って頂こうとしたのだと思いますとの事。
道灌公、この事で自分の詩歌に対する教養の低さを恥じて以後、精進され京都の朝廷内でも名人と言われる程に成ったとの伝説が、山吹の花にはある。

この伝承、道灌公と所縁の深い神奈川・東京・埼玉にそれぞれ、ウチこそ其の場所と言う伝承地が有るが、小生は状況的に神奈川県伊勢原市の大山の伝承が本当じゃないかと推測している。
大山の伝承では一般的なこの伝承が更に詳細に伝わっている。
実はこの農家の娘は土豪で、一つ蓑が有ったから道灌公は其れを貸して欲しいと言ったのだが、それを貸すと自分の分が無くなってしまい断る理由を説明する為に、歌を用いたと言うのだ。
だからこそ教養があり後に道灌公の妾と成った話として確か伝承している。
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ついでに言うと、伊勢原市糟屋や近郷の藤沢市大庭城は道灌公存命中の扇谷上杉家の戦国時代初期の本拠地であり、江戸は扇谷上杉定正が太田道灌公を殺害した後で奪い取った城。
だから道灌公が、存命中は戦国時代初期の混乱期で主家に近習し相模にいる事も多かった。
それ故に道灌公の幕府での官職が相模守護代だった訳だ。
太田道灌公が本拠の江戸城に不在で、代わりに蒔田城主で盟友の吉良成高(きらしげたか)公が江戸城を敵から防衛した逸話が残っているのも推測の補強材料に成るだろう。
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更に言えば坂東武士団の聖地であった大山阿夫利神社の御神体である大山の山体や、その周辺の鷹狩の名所は天候が変わりやすい。
縄文~明治時代の長きに渡り、関東人は大山阿夫利神社を雨乞いの神様として崇拝して来た。
そして大山の麓の糟屋館には主家扇谷上杉家が居住しており、その大手に在る幡龍山洞昌院公所寺の塔頭は太田道灌公の居所としても機能していた。
つまり、雨に成りやすい土地で状況とも一致する。
気象条件や主家を踏まえた状況証拠は江戸や越生や河越辺りより揃(そろ)う。

その話はさておいて…
町中には子供の頃に貧乏草とかってに皆で呼んでいたハルジオンも綺麗に道端で咲いていた。
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貧乏草って渾名の由来は、❝貧乏な草❞なんじゃなくて❝踏んだり粗末に扱うと貧乏に成る❞って伝承が有ると最近知った。
結婚するなら、立派で皆から綺麗だ綺麗だって持てはやされる桜の大樹みたいな人より、こういう野の草花みたいに毎年何気なく自分なりに咲いていてくれる人が良い。
もしくは凛とした花でも実を結ぶ梅みたいな。
…余計な話をし過ぎたかな?

さて、今日は休みなので間宮家の顕彰がてら山歩きに行こうと思っていたのだが、起きてみたら怪しい天候だった。
雨が降りそうだ。
三増峠合戦古戦場
本来は三増峠合戦の古戦場に成った愛甲郡愛川町の三増峠~志田峠の古道をグルっと歩いて廻る心算だったが、山に行けば十中八九は雨に成るだろう…
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天気崩れそうだし、最初はベイサイドマリーナのCafeに行って、ついでに服を買おうかと思ったいたが、そっち方面の道路で事故渋滞で空いてる道流れて成り行きで山下公園の海に来てしまった(笑)。
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象の鼻パーク。
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ここの前を通る遊歩道が、以前も「カテゴリの鉄道史跡」に書いた明治時代の鉄道史跡の延長、SLが走っていた鉄橋。
ここは小生が子供の頃まで、メリケン波止場(別名イギリス波止場)~山下公園の遊歩道をぶち抜いて山下埠頭まで繋がっていた。横浜市の開港記念日には、SLが走る事も有った。
この一帯はこじゃれたCafeが多くて、小生はランチ目的でちょくちょく散歩に来る。
今月も港の見える丘公園の辺りを散歩した時に、この辺りも歩いていたりした。
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上の写真、右に見切れているのが現在は遊歩道に成っている昔のSLの線路。
左がBLUE BLUEと言う雑貨屋さんで、多分、神戸の人は良く知っている。あっちにも有るから。
横浜、大桟橋のBLUE BLUEは出来て20年位。
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その左手のキッチンカーの有る場所は、BLUE BLUEと同じ経営母体のパン屋さんで、この場所でランチ出来る。
キッチンカーは固定されていて調理場に成っており、周囲に席があり食事出来る。
左手に販売スペースと店内の席がある。
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ちゃんと↑店員さんの御了解頂いて写真撮影してるzo!
洒落てるでしょ?オススメはハンバーガー。無論、ランチ価格なので1200円くらい。
今日はここでは家に持って帰るスコーンを買った。
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BLUE BLUEの店外に、名前を知らない綺麗な花が健気に咲いていて…
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…また癒しをくれた。横浜っぽい外国人女性みたいな花だね~。
山に行くはずだったけれども、成り行き任せも悪く無い(笑)。こっちの海辺に来て良かった。
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近くの大桟橋とシルクセンターの交差点に移動してJack cafeで遅いランチ。
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飲み物はペプシ&ジンジャーエールを注文。
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ペプシとジンジャエール2つではなく、ペプシにショウガ風味を足したソフトドリンク。
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いつもはハンバーガーを注文するのだけども、本日はアンチョビとチーズのオープンサンド。
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食後に木の実のタルトを頂きました。世間が平日な上に天気も悪く、時間的にも他に客がいなかったので珍しく外の席で食事した。
美味しくて気持ちの良い休日が過ごせた…

…これでは休日の歴史成分が足りない‼
そこで日本刀を、この直ぐ近くに見に行く事にした。
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山下公園から見たミナト未来地区…
その目の前に、産業貿易センター(通称:産貿ホール)と言うビルが有って、横浜市民で海外経験者なら絶対にここに来るのだけれど、パスポート手続きの施設が入居している。DSC_2697
そのパスポートセンターの部屋のすぐ近くの部屋で営業しているのが…
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横浜名刀会さん。
ここは自由に見学が出来る。マイナー刀匠~有名な刀匠の作刀まで幅広く展示してあり、許可を貰えば握らしても貰える。
写真は撮れないが、今日は兵庫鎖拵(こしら)えの珍しい刀を見学出来た。御店主に親切に色々と教えて頂けた。
帰路、書店に寄り❝日本の山城100名城❞と言う見ごたえの有る山城の簡易紹介本を購入した。
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実は小生は神奈川~東京~埼玉~千葉の南関東、飛び地で京都府と愛知県の城しか巡っていないので、他地域の城は余り写真を持っていもいない。
知識としては❝日本の城❞と言う写真解説本を所有している事と、博物館や鶴岡八幡宮の論文や日本城郭体系と言う絶版書籍の部分的なコピーを所有しているので、城専門の玄人マニアの方々の入口程度の知識は有るが、今回購入した❝日本の山城100選❞は城址の縄張り図が豊富に掲載されているので非常に役に立ちそうだ。
関東地方でも、これから写真撮影に行きたい場所も有るので、この本の縄張り図が役に立つ。
日本城郭体系は、博物館に行かないとコピーをとれないから。

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横浜名刀会の入口に張って有ったポスター。江戸東京博物館で真田丸の特別展示をやってたらしい…
今回の真田丸は三谷幸喜が悪意を持って歴史偉人を貶め、デマだらけの脚本を書いているので、もう絶対に放送時間にチャンネルを合わせる事は無い。
…でも真田丸の主人公の真田信繁公は優れた軍略家なのでリスペクトおり、事前に知っていれば江戸東京博物館の展示は一見したかった。

その様な訳で、それなりに休日の昼下がりらしい事を出来た1日には成った、満足。

これは土曜日の2016/05/28の休日雑記を兼ねた山手の丘の紹介。

小生は真夏には余り城址に行かない…
城好きな人は同じ経験してると思うのですが、夏は❝藪蚊❞とか❝ブヨ❞に刺されまくり一回の登城で10ヵ所以上は刺されるし❝蛇❞も出る。
箱根方面とかの田舎の山城だと猪が出るかも知れない。
地方の山城なんか熊も出るかも知れないしね。
それと、一番痛いのが❝野薔薇❞ね。
既に5月にも成ると分厚いGパン履いてても普通にグサグサ足に刺さって来るから❝藪漕ぎ❞出来なくなる。
…野薔薇痛いんだよ本当に。

その代わり、この季節の楽しみは西洋式庭園の有る公園が薔薇の花に彩られて一番綺麗な季節に成る。
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横浜は神戸と同じく幕末の開港以来西欧式の文化が早くから根付いたので、こう言った環境には恵まれていて城に行けなくても素敵な洋館や庭園が多数有り、目の保養に事欠かない。
無論、日本文化、こと武士文化に関する庭園公園もいくつか有り、日本の季節の風物詩も楽しむ事が出来ます。
山手の丘の洋館史跡 久良岐のよし
まぁ、横浜市なんて❝市❞は160年位前まで存在せず、この地域は武家の本拠地である旧鎌倉郡と旧久良岐郡と旧橘樹郡と旧都筑郡で構成されている。だから日本的な古代の神話や武家文化は神社仏閣に行くと十分感じられる。
久良岐郡と橘樹郡、それと隣接市の横須賀市(旧三浦郡)は日本武尊の通った道で横浜市の中心部の旧久良岐郡には古代から多くの港湾が在り大和朝廷の直轄地として軍馬生産の牧場も有る。
隣の旧三浦郡(横須賀市)には日本武尊と后の弟橘姫様が仮御所を築き滞在された走水の御所ヶ崎も有ったりなんかして、日本文化的な楽しみも事欠かない。
ま古代から日本武尊含め軍閥の文化なので、京都のソレとは大分雰囲気が異なるけれども…
日本武尊の仮御所だった横須賀なんか明治時代から日本の帝国海軍や自衛隊、アメリカ第七艦隊の総本山みたいな状態だしね。

さてさて、今回の訪問の主目的は、あくまで薔薇だった。
先日、横浜イングリッシュガーデンの訪問で、今月末は西洋式庭園巡りと洋館巡りもする心算と腹を決めていたので、この山手の丘は打ってつけの場所だった。
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ブログネタ確保の洋館の写真撮影も兼ねて、何度目か解らない再訪。
今回は中華街付近のいつもの駐車場に車を止めてスタート…
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…したら何か関内地区全体で祭が開催されていて、至る所が歩行者天国。
たまに、こう言う事が有る。横浜開港記念日とかね。
因みに、この歩道のカフェは晴天時常設。左端に見切れてる人達が車道に出ているの判るかな?
この辺り、右から左に少し傾斜して地面が盛り上がってる。
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実はココが横浜の地名に成った、細長い砂州の半島、その名も❝横浜❞が在った場所。
横浜の地名由来説明
以前も使った衛星写真。この赤い範囲がつまり、この地面の膨らみが昔の半島の上って事だ。
ここを抜けて中華街でランチしようと思っていたら、安倍政権に成ってから景気が回復してきている御蔭で中華街は土曜日とも成るとバブル時代と同じ位の観光客でゴッタ返している。
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なので、一先ず昼食は後回しにして散歩を続ける事にした。
関帝廟の前の細道を突き抜けて元町へ。
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元町商店街の入口、元町5丁目東の交差点、その先に在るトンネルは実は明治時代~昭和初期の鉄道史跡だったりする。このトンネルを蒸気機関車が昔は走っていた。
今のJRの軌道とは大分違う方向に線路が伸びて根岸方面へ直結していたんだな。
横浜は移民だらけで歴史に興味ない人は余り知らない事。
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元町のこの道は幕末の外国人居留地だった時代から存在するが、海側の突き当り、ウチキパンが在る辺りには江戸時代末までは御寺サンが在った。DSC_1674
外国人の要求で寺を移転させ、ここに一般外国人向けの居留地を開いたそうだ。
これは、同じく当時英国に領事館として土地を提供した妙香寺様の学僧サンに教えて頂いた郷土史だ。
丁度、この丘を左手に登っていくと旧フランス軍駐屯地兼領事館の土地に行き当たる。
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因(ちな)みに、このウチキパンさんは130年近くの歴史を有る日本史上初のベーカリー(パン屋)さんだ。
確かチョコレート製造工場は神戸が日本初だったかな?
神戸一帯も横浜周辺も嘗(かつ)ては武家の首府だった時代があり、くしくも貿易港として似たような歴史を歩んでいる事からも源平の大将は共に土地を見る目に優れていた事が良く解る。

小生は元町の表通りより、一本裏の道が好きで其方(そちら)を好んで歩くのだけれど、そもそも裏通りに多くの老舗や個性的な店、歴史が残っている。
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元町厳島神社、最初に紹介した昔の❝横浜❞の名で呼ばれた半島の上に在った弁財天様が発祥。
砂州の横浜半島が外国人居留地として開発されたり江戸幕府によって神奈川運上所と言う税関が設置された際に、今の元町厳島神社と伊勢佐木長者町の厳島神社に分祀された。
この厳島神社、実は結構歴史が有り源頼朝公が伊豆時代に崇敬していた土肥郷の弁天社の御分霊を頂いて勧進されたそうだ。
昔は弁財天様は弁才天と書き、軍才の神様であり水神様の性格も持っていたので、源頼朝公が石橋山の戦いで平清盛勢力に敗れた際に海路を船で無事、房総半島に逃げれた事で弁天様を信仰したのだろう。
実際、観光名所になっている江ノ島に弁財天を勧進したのも源頼朝公で、この江ノ島弁財天は有名な滋賀県琵琶湖の竹生島弁財天様の御分霊だそうだ。
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この神社の御神紋は北条三鱗に浪切紋…
禰宜様と話したのだが、この元町は嘗(かつ)ては蒔田湾と呼ばれた港湾だった事や、頼朝公以来の鎌倉幕府との関係性から、執権北条家の家紋❝三鱗紋❞の使用を許可されたのではないかと推測している。
もう一つの可能性としては、関内・元町地区が蒔田湾と呼ばれた戦国時代、北条氏綱公による鶴岡八幡宮再建の際には、蒔田城を治めた蒔田吉良頼康公が蒔田湾から鶴岡八幡宮の材木を海路輸送し、北条家相模十四騎筆頭の笹下城主間宮康俊公の一族が治める杉田湊(みなと)に材木を輸送し、間宮家や吉良家が鶴岡八幡宮再建で活躍した歴史が有る。
この戦国時代の事を考慮すると、戦国時代に現在の御神紋に成った可能性も高い。
小生は、江戸時代までの殿様達の習慣に従って神仏を平等に崇敬しているので、ここで三鱗紋の御神紋の弁天様に御参りする機会が有る事は非常に嬉しい事だ。

元町は個性的な町。
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ベルトの輸入バックル専門店とか…
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幕末の開港以来150年余の歴史を持つ会社、フランス料理の名店霧笛楼。
夜はデートで気張って来る位の店だけれど、ランチタイムなら庶民も来れる(笑)。
この先に進むと先程紹介したウチキパンの坂道や右手には山手の丘に登る数本の坂道が有る。
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ウチキパンの坂道は、この地域の庄屋だった石川家の居所だった。
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だから代官坂の地名が残る。
小生が山手の洋館巡りでオススメするのは額坂から丘に登っていく道。
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この小柴サンと言う御宅が入口の目印。ここを左手分岐する方に進むと…
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元町公園の入口に辿り着く。
元町公園も幕末の史跡で、ここの湧水を汲み上げ国際線船舶の飲み水として販売していた西洋人商人が住んでいた邸宅跡があり、その為、水屋敷と呼ばれていた。
この一帯の水は富士山系の湧水でバナジウム天然水の為に腐り難く、遠洋航海の飲み水に適した物だった。
その為に、ウィリアムコープランド先生が山手地区、今の麒麟公園や北方小学校の場所にスプリングブルワリーを開いたのが日本初のビール醸造工場と成り、後に坂本龍馬さんの友人だった岩崎弥太郎とグラバーがコープランドさんのビール工場の土地を買い取り開業したのが❝麒麟麦酒❞だったりする。
この辺は以前にも記事で紹介したのでカテゴリー「明治時代の偉人」から見て貰うとより、横浜の近代の歴史が解ると思う。
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この額坂付近も多くの歴史史跡が有る。
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このパプテスト神学校跡地は関東学院や多くのミッション系大学高校の源流と成った場所だ。
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緑深く歩いていて気持ちが良い。
そして…
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関東大震災の史跡もある。
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地震で倒壊した山手80番館。
今回の記事は、山手の丘のザックリした紹介なので、洋館は又、内装の写真を複数掲載し詳しく別記事で紹介したいと思いう。
この額坂、名前の由来は定かではないけれど…
恐らく傾斜がキツイ階段が続くので「額に汗する様な坂道」って事なんだろう。
因みに、日本の古代語では❝坂は下り坂❞で❝登り坂は平(ひら)❞と言った。
そんな訳で、このヒラを登り切ると左手に素敵な洋館が見えてくる。
※各洋館は、いずれ個別に紹介するので写真と説明端折ります。
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エリスマン邸だ。
入館料無料、でも美しい幕末~昭和初期の西洋建築を楽しめる場所。
高校生の時に初めて来て以来、ちょくちょく気分転換に散歩に来る。DSC_1708
一昔前まで、こんな洋館が沢山あって優雅な暮らしをしていた人達がいたんだなぁ~とか思うと、自分も内面的にそうありたいなぁ~とか思う場所。
このエリスマン邸を背にして前の道路に向かって右側に、更に立派な洋館が有る。
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ベーリック邸、通称ベーリックホール。
無論、入館料無料。
英国人で名誉フィンランド日本領事を務めたベリック氏の私邸。べリックさんは香水なんかを輸入していた商人。
このベーリックホール、入口が地味で見落としがちだけれど一番来た方が良い洋館。
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中は丸で小貴族の宮殿みたいな感じ。
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ここで彼女をモデルにして撮影開始してるバカップルとか…
どう見ても怪しい女子高生か女子大生みたいな女の子と頭ハゲ散らかしてカメラ3台くらい首にかけた変な組み合わせのカップルが写真撮影してたりします(笑)。
でも、ここで彼女の写真を撮影したくなる気分は解るわ。
御姫様みたいに大切に思う人が西洋の御城みたいな場所いたら恋人フィルターかかってメチャメチャ可愛く見えるよな…
ハゲは金払ってる援助交際かなんかのクズだろうか(笑)?
主に、女性同士や女性単独で来てる西洋文化好きそうな御嬢様風の人達が一番多いね実際は。
ベーリック邸を抜けて港の見える丘公園方面に進むと、エリスマン邸の斜め左前に❝えのき亭❞と言う可愛いケーキ屋さんが在る。ここも一人でもたまに来る。
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ここも歴史的な洋式建築遺産。そこでケーキ屋さん兼喫茶店を営業している。
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夏は余りオススメ出来ませんが、春先や秋なんか庭でもケーキセットとか注文して食べれる。
因(ちな)みに冬も庭にはストーブを焚(た)いてブランケットを配ってくれるので、秋が過ぎても暫くは外でのお茶も楽しめる。
勿論、中の内装は洋館なので素敵ですよ。
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小生、土曜日に行ったときはケーキセットを注文しました。
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クリームチーズケーキアプリコットソース添えとストレートティー…
男一人で(笑)。
一番後に入ったのに、他の客より早く完食して一番最初に店を出た(笑)。
えのき亭を、もう少し港の見える丘側に歩くと、また入館無料の西洋建築遺産が在る。
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山手234番館。
ここは、つい数十年前まで人が実際に住んでいた場所。
だから、シンクなんかは実用性の有るガスオーブンレンジが据え付けられている。DSC_1814
心なしか、人が住んでいたぬくもりが有る部屋。
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その先が山手236番館。ここは塔みたいな建物で少し可愛い外見だ。未だ中に入った事は無い。
その先には横浜山手聖公会教会が在る。
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この協会はプロテスタンの教会で日本国内では歴史が古い部類に入る。
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と、言うのも幕末に英国軍が山手の丘に駐留するに当たって、英国が自国兵士が横浜で乱暴を働かない様に綱紀粛正する為に作った教会だからだ。
実はこの教会が日本人に解放されたのは太平洋戦争終結以降の極最近の話し。
幕末にはフランスやイタリアやイギリスやアメリカは領事館護衛の兵士を駐留させていたが極めて治安が良かったそうだ。
太平洋戦争直後は朝鮮進駐軍や韓国GHQによる日本人女性暴行が多発したのと大違いだ。
現在は日本人による性犯罪発生率を大きく下回るものの、米兵による凄惨な婦女暴行殺人事件がたまに起きてしまう。
日本人がモラルが高いのは恐らく仏教文化と神道や武士の精神文化が根幹に有るからだが…
山手の教会の内装展示資料 久良岐のよし
当時の欧米人も信仰心や軍人として騎士道精神を強く持っている方々は礼儀正しく皆紳士だった様だ。
その精神を保つ場所がこの教会だったんだな。
ここは一般公開されている日とそうでない日が有るので、運が良ければ教会内で西洋人の神様に純粋に日本が好きで横浜の近代化に貢献した異人サン達への感謝の伝言も御願いする事も出来る。

さて、教会が有れば当然、墓地も有る。
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昔は一般公開されていて有名な観光地でもあった外人墓地だ。
バブル世代のバカ共が、夜な夜な恋人同士でここに来てア〇カンしたりするもんだから、墓地の主の御遺族や教会の決定で墓地は通常非公開に成ってしまった。…バブル世代の初老の人達、反省して。
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でも御堂みたいな場所は公開されていて…
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綺麗なステンドグラスや、この地域の歴史を簡単に説明した掲示物が展示されているので、横浜の郷土史に興味が有る人は是非来た方が良い。
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土曜日はたまたま特別公開されていて墓地に入る事が出来た。
ここには小生が尊敬する人物の一人であるウィリアム・コープランドさんが眠ってらっしゃる。
この人は大変な親日家だった商人で、世界中に日本の特産品を輸出して販売したりした方なのだが晩年は事業が上手くいかず余り経済的には幸せではなかった。
それでも母国に帰らず、日本を大好きでいてくださった人物だ。
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このコープランドさんは横浜の大恩人で、日本にビール醸造所を最初に造りビールを販売した偉人でもある。
そのビール会社を後に買い取って大きくしたのが坂本龍馬サンの友人だったグラバーと岩崎弥太郎だ。
その岩崎弥太郎とグラバーのビール会社が「麒麟麦酒」な訳だが…
キリンホールディングスの広報も認めているが、キリンビールのロゴが竜馬=麒麟なのは出資者の二人が坂本龍馬さんをリスペクトしていたから世の中に竜馬さんの事を残そうとしたと伝承している。
この辺の話は以前にも記事に纏めたので、❝カテゴリー❞の中から「明治の偉人」を選択し、コープランドさんや坂本龍馬サンの奥さん御龍さんを紹介した記事を探して読むと書いて有る。
土曜日はたまたま中に入れたので、入って良い場所で出来るだけコープランドさんの御墓の近くから感謝の御参りをして来た。
コープランドさん、ありがとうございます。

外人墓地を出ると…
港の見える丘公園の前には岩崎ミュージアムが在る。
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ここは博物館としては小さい上に入館料300円取られるが、女性陣には良い記念に成る事が出来る場所でもある。
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中にはたくさんの各時代毎のドレスが展示されているのだが…DSC_1866
この様な衣装を着て記念写真を撮るサービスが有るのだ。
無論有料(笑)。
まぁ~綺麗な内に若い子は記念に写真撮るのも良いと思うし、小さい女の子の居る御家庭ならば、子供向けの服も有るので良い記念に成るのは間違いない。
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岩崎ミュージアムを抜けるといよいよ港の見える丘公園。
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ここからはミナト未来地区や…
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…横浜ベイブリッジが綺麗に見える。
デートスポットや観光名所として有名だが、小生の土曜日の訪問のメインは、ここのローズガーデンに薔薇を見に来る事だった。
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西洋式庭園に薔薇と初夏の植物が咲き誇る。
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綺麗だ~!
小生は花に例えるなら梅か桜の花か山吹の様な女性が好きなんだけれども・・・
薔薇も捨てがたい(笑)。
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ここは小生の荒んだ心を少し明るくしてくれる(笑)。
ところで、この港の見える丘公園も歴史史跡で西洋建築遺産が2軒、それと博物館が1軒在ったりする。
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横浜市イギリス舘。
イギリスなんだか横浜なんだかハッキリしろよ!と言いたくなる名前だが、ここは駐日イギリス総領事の公邸として1930年代に建造された。その後、終戦後も暫く公邸として利用されたそうだ。
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ホテルよりゴージャスなベッド。
そして寝室に付属する休憩スペース。
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よく旅館やリゾートホテルなんかにあるアレね。
これが自宅に在るとか考えらんないね。
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もう一つの建物が大仏次郎記念館。
昭和の大作家大仏次郎の遺品を収蔵した博物館で、日本の経済が良かった頃に作られた。
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中はとても綺麗。
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現在アニメとコラボしたスタンプラリーをしているらしく、彼氏を無理やり突き合わせてる彼女さんと思しき男女がここでスタンプ押してた。
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大仏次郎さんの愛用品とか。
大仏次郎記念館を出ると、右手に下の写真の橋が有る。
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たまに刑事ドラマなんかで撮影に使われて、この橋の上で犯人が追いかけまわされたりしている。
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橋の反対側は、旧フランス領事館の史跡があるフランス山に向かう道。
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途中にはKKRと言うホテルがある。
ここのレストランからは横浜港が一望出来て、正面に横浜ベイブリッジが綺麗に見える。
ここも高校の時に先生に連れてきて貰った思い出の場所だ。
えのき亭と並んでデートで御茶するには持って来いの場所だよ。
KKRの下を通り過ぎると…
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フランス山地区の入口。
昔、このウッドデッキで人がいっぱいいるのにディープキスしてるバカっプルを冷やかそうとしたら、当時の彼女に怒られた事が有る。

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ここも、もう紫陽花が咲き始めてるね。今週末が見頃だろう。
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この井戸は煉瓦で出来ていて、当然幕末にフランス領事館の為に掘られた物。現在では水は枯れているが深さは30m有る。
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そして、フランス領事館跡。
関東大震災で破壊された後→再建→更に太平洋戦争の横浜大空襲で焼失、二度と再建されなかった。
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昔の写真を見ると、かなり立派な建物だったようだ。
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少し、日本建築的な要素が有る様に感じるデザイン。
ここを下りきると、元町地区に戻る。
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みなと未来線の中華街元町駅は直ぐ近く。
小生は、この日、中華街の行きつけの店に食事に行くつもりだったので、この歩道を渡り、中華街に向かった。
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ちなみに高速道路の下に流れる❝掘割川❞は自然の川では無く、幕末に掘られた川。
ここに20年位前か?アザラシのタマちゃんが顔を出して大騒ぎに成った。
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元町から中華街は徒歩5分。
山手地区散歩がてら、中華街でランチや夕食を取ると胃袋も充実した日に成る。
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この日は行きつけの東新飯店でセットメニュー頼んだ。
このボリュームで850円。
さて、次は鎌倉に紫陽花見に行って葉山の海で散歩だ!


以上、5月28日の休日雑記。































 



横浜は幕末から英国文化の強い影響を受けていまして…
中でも最近、平成21年にTVKによって開園された横浜イングリッシュガーデンは歴史こそ浅いものの、庭園としてはトップレベルの植物園とも言えると思います。
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神奈川県内で他と比較しても英国式庭園としては三本指の一番か二番目に入る規模、整備の度合いはトップレベルかもしれません。
神奈川県には大規模な植物園や、日本庭園、大公園の洋式庭園は沢山あるのですが、恐らく洋式庭園専門で運営されているのはイングリッシュガーデン含めて数件しか無いと思います。
港の見える丘公園のローズガーデンとかも有名。
薔薇の有名な所としては平塚市の花菜ガーデンとかの薔薇も有名です。
ここは住宅展示場に併設されているので、無料駐車場も完備されています。
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コンナ↑風に住宅展示会場自体が素敵な公園みたいな感じになってます。
…残念ながら(?)、今日も観光客は年配者が多く小生の様な若者(?)は女性が少しいる程度でした。
もっと若いカップルにデートや、男性にも小生みたいに花の写真を撮りに来て欲しいと思ったので今回ブログの記事で紹介したいと思います。
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年配者ばかり目立ちましたが、素敵な結婚式場↑コレも併設されていて、薔薇に限らず素敵な花々が季節毎に咲く庭園を見ながら挙式出来る様です。
イングリッシュガーデンの入口建物には、規模は小さい物のビュッフェレストランとしては美味しい店として推薦出来るシーズンズと言う店も有ります。
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御店は又、別記事で紹介しましょう。
先ずは今週末2016年05月28日~29日位までが見頃の薔薇の写真で、園内を紹介したいと思います。
その後で、横浜の庭園の話や、この場所が鉄道史跡である話を少し解説します。

イングリッシュガーデンの入口
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駐車場側から来ると、結婚式場が入口と勘違いしてしまうかも知れないので、住宅展示場のメインストリート側に一度出て下さい。屋台が数軒が出店している辺りが入口です。
ここから入り、御土産物屋やレストランを抜けると庭園の入口です。
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入口を抜けると、薔薇のアーチが出迎えてくれます。
本日2016年05月26日現在、アーチの薔薇は散り始めていますが、園内の薔薇はまだまだ見頃です。
今年は早く紫陽花も咲き始めているので、薔薇と紫陽花を同時に見る事が出来ます。
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さて、園内はバラのトンネルの一本道と言うわけでなく、小庭園や芝生の庭園等、見せ方を工夫して分けれています。
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こんな感じの小さいエリアの中を歩いたり…
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小さい庭を結ぶ通路にも豊富に薔薇が植えられていて…
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かと思うと、洋式庭園ぽい物も…
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とにかく色んな花が沢山あるので、ユックリと見ていて飽きません。
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写真に見切れていますが、時間をユックリ過ごすのがコンセプトの園の様なので、色んな所にベンチが設置されていて本当に自由に座って何十分でも話し込んで良いんですよ。
年間パスも有り、会話を楽しんでおられる御近所のBB・・・淑女の皆さんも沢山いらっしゃいました。本当に有意義な時間の過ごし方ですよね?
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あまり子連れで来る場所では無いですが、芝生もあり、少し開けた空間も有ったり…
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水辺の薔薇とか…
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まぁ、とにかく綺麗な薔薇を散歩したりベンチに座ってゆっくり鑑賞出来るのでデートにも暇つぶしにも持って来いの場所ですよ。

薔薇単体の写真もいくつか載せておきます。
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イングリッシュガーデンを今回は紹介しましたが、神奈川県下には和洋折衷の大規模な植物園がいくつかあって小田原市の辻村植物公園とか、小田原フラワーガーデンとか…
鎌倉市の神奈川県立フラワーセンター大船植物園とか。

和な場所だと植物園では無いですが、横浜市中区の三渓園の植物が季節毎に綺麗です。
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紅葉も、夜桜も綺麗。
鎌倉市の瑞泉寺や東慶寺サンや浄智寺サンも小規模ですが季節ごとに綺麗ですね。
特に瑞泉寺は花の寺として鎌倉時代から有名ですが新田義貞に焼かれて一度衰退してから復興し、徳川光圀(水戸黄門)サンなんかも好きで来ていたみたいですね。

これからの季節の紫陽花に特化すれば…
鎌倉の紫陽花寺として有名な長谷(はせ)の長谷寺とか…image
北鎌倉の明月院とか…
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それと、少し規模は小さく成るけれど横浜市内では貴重な紫陽花の山が有る港南区の永谷天満宮。
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あと、紹介済みですが横浜イングリッシュガーデンにも紫陽花が植えられていますよ。
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菖蒲だとマイナーな処で三浦の蜜柑狩りと西瓜の直売所で有名なザ作兵衛を営む石井園さんの菖蒲園とか…
横須賀市立菖蒲園は季節に成ると観光客で賑わいます。

梅だと曽我梅林や湯河原梅林は他地域を凌駕した広大で素晴らしい梅園が広がっています。あと横浜市磯子区の岡村梅林の夜間ライトアップとか最近有名。

竹林だと鎌倉の報国寺はミシェランガイドで三星だし。

桜は…まぁ、どの県に行っても大量に有りますから珍しくは無いですが、一応、県内にも有名どころは沢山有りますよね。特に伊勢原市大山の樹齢1000年越えの大山桜とか渋田川の芝桜とか、富士山をバックに桜を楽しめる秦野市の弘法山公園とか。
ここら辺は、以前の記事にしているので御興味有る方はカテゴリー「景勝地・公園・ドラマのロケ地」から探してみて下さい。

こうしてみると、横浜市を含めた神奈川県は花の生産農家が多い訳では無いのに、花を愛でる文化が県全体に根付いているんですね。
これは鎌倉武士の醸成した文化や、幕末から開港して間もない日本にいらっしゃって日本の近代化に貢献された外国人の皆さんの影響が関係有るのかも知れませんね。

話を横浜イングリッシュガーデンに戻します。

さて…
ココからは歴史の話を少し。興味の無い人も付き合ってね(笑)。
横浜市内には民間でも公営でも素敵な英国式庭園や洋館が数カ所現存していたり保護公開されていたりします。
日本初めての公立洋式公園が横浜スタジアムを含む一帯の山下町公園だったり…
港の見える丘公園には英国大使の館が現存していたり、バラ園も整備されていたり…
本牧には日本初のブラスバンド発祥地や国家君が代の発祥地である妙香寺と山手町公園があったりします。
そんな訳で、イングリッシュガーデンは横浜の洋式庭園では歴史の浅い新参者な訳ですが、実はこの場所は鉄道史跡でもあったりします。
横浜イングリッシュガーデン
この場所は、元々は江戸時代以前は海だった場所です。
平沼橋は江戸時代の東海道保土ヶ谷宿と神奈川宿の中間地に位置します。
江戸時代の神奈川宿には、幕末に坂本龍馬サンの奥さんの御龍サンが働いていた田中家と言う料亭の前身に成った❝さくらや❞と言う旅籠が存在したのですが、そのさくらが描かれている東海道五十三次神奈川宿の絵にも載っています。
その絵の風景を見ると、平沼辺りが海や干潟だった事が理解出来ます。
東海道五十三次 神奈川宿 田中家
現在の田中家↓の周辺。住所的には神奈川区台町かな?戦国時代の青木城の存在した丘の横。
田中家近景
その海に江戸時代、横浜市各地では埋め立て工事が盛んに行われ、この平沼一帯の海を埋め立てた平沼新田、蒔田湾と呼ばれた海を埋め立てた明治~昭和の横浜の中心街と成った吉田新田と言う現在の横浜市の南区北部~中区北西部~西区東部に跨る広大な土地や、金沢区の泥亀新田等が開かれました。
平沼も地名から推察して、昔は広大な干潟だったんでしょうね~。
昭和初期に成ると神奈中鉄道(かなちゅうてつどう)と言う当時存在した鉄道会社によって現在の平沼橋駅~西横浜駅の間イングリッシュガーデンの所在地近くに❝古河電線駅❞が設営されました。
神奈中鉄道は現在、相鉄と合併して社名は消えましたが、神奈川県民には馴染みのバス会社に神奈中バスとして名残が存続していますね~。
そんな訳で、つまり、このイングリッシュガーデンの場所は鉄道の史跡でもあるんですね。
そして、現在庭園や住宅展示場が開ける広大な敷地が有るのも、❝古河電線駅❞の名前でピンと来た人もいると思いますが、大企業❝古河電工❞の工場が存在した場所なので広大な土地が有ったんですね。
TVK(テレビ神奈川)が、その跡地の借地権を取得し現在のTVKハウジングモデルルーム展示場やイングリッシュガーデンが開園されました(TVKやるな!)。

昔の神奈川県には、明治天皇の御言葉「公益世務=世の中の為、公益公民の為に成る事をする」と言う気概を体現した、富岡製糸工場や横浜銀行のオーナーを務め関東大震災後の横浜復興に私財を投じ大貢献した原三渓サンの原財閥や、川崎の開発や鉄道敷設に活躍した浅野財閥の様な❝公益と市民の繁栄に力を還元する❞横浜商人の気概を持った方が沢山おられましたが…
現在の横浜市長や神奈川県知事や教育委員会や東急不動産や野村不動産や三井住友レジデンシャルは歴史史跡や緑地を開発利権の為に破壊しようとするベクトルの腐れ政治家や商人ばかりで、彼等からは横浜市民や神奈川県民の気概を微塵を感じません。
横浜市民=ハマっ子の気概、神奈川県民の気概と言うのは正に、明治天皇の金言「公益世務」そのものです。
素戔嗚尊の眷属~日本武尊~平良文公~源頼朝公~北条時宗公~太田道灌公~北条早雲公~間宮家~ハリス領事やコープランドさんや孫文先生、原三渓サン等の政治家や商人、色んな先人や親日派外国人からの気概と文化を引き継いだのが、我々横浜市民なんですよね。

TVKは、この先人達から引き継いだ鎌倉武士の気概や小田原北条家の理念、横浜商人の心意気を見事に受け継いでらっしゃる。
その精神文化を体現しているのが、この横浜イングリッシュガーデンなんだと思います。
ここの規模は凄まじく広い訳でも歴史が有る訳でも無いけれど存在価値は、横浜三渓園に匹敵する場所なんだな。

横浜イングリッシュガーデン公式ホームページ【ココ】←クリック!
住所:横浜市西区西平沼町6-1 tvk ecom park
TEL:045-326-3670 FAX045-313-2280
営業時間:AM10:00~PM6:00 (最終入園 閉園より30分前)

横浜市磯子区の根岸の丘の中腹に、Dolphinと言う名前のオシャレで風景が綺麗なレストランが有るのを皆さん御存知ですか?
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実はここ、松任谷由実さんが独身時代、まだ荒井由実と名乗ってらっしゃった頃に❝海を見ていた午後❞と言う曲を発表しているのですが、その舞台として名前も風景の描写も登場するレストランなんです。
この一帯は太平洋戦争終結時に米軍に接収され大規模なベースが置かれていた名残で、松任谷由実サンがまだ荒井由実さんだった頃には多くのアメリカンクラシカルな店がある地域でした。
今でも横須賀ベースの米兵居留地が在ります。
もっとも、この一帯自体は幕末から外国人居留地でしたので、日本初の競馬場跡の根岸森林公園等もあり昭和頃まではハイカラと自然の融合した異国情緒溢れる大人な住宅街だったんですよ。
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だから根岸森林公園には↑幕末外国人居留地時代だった名残の当時の競馬場の一等観覧席が史跡としても保存されていたりします。
この森林公園は現在では梅林と桜の名所でもあり、ポニーに乗馬する施設も併設されていて横浜市民の憩いの場、主に子供連れの若夫婦や恋人同士がゆっくり散歩デートする場所に成っています。
Youtubeに❝海を見ていた午後❞がUPされていたのでリンクを貼っておきましょう…
【海を見ていた午後】←ここクリック!
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このドルフィンでは、海を見ていた午後の歌詞にも登場するソーダ水、❝ドルフィンソーダ❞と言うのを注文すると、その曲をかけて下さいます。
ここは地元の人が食事しながら御酒を飲む場所なので、だいたい夕方前の2~3時ごろに行くと御客さんも少なく恋人同士なら二人だけでテラス席や窓際に陣取ってレストランを貸し切り状態みたいにゆっくり自分達の世界に浸る事が出来ます。
昼下がり、山手地区にある日本のテニス発祥地の山手公園や日本のビール発祥地の麒麟公園の一帯を散歩したり日本の国家の発祥地の妙香寺に御朱印を貰いに行った後に車やバスで移動して来たり、はたまた近所の根岸森林公園をユックリ散歩してから徒歩で来てドルフィンソーダを注文して、❝海を見ていた午後❞を聞きながら東京湾の景色をユックリ見るのも良いと思います。
山手地区のエリスマン邸や外人墓地を散歩してからバスで来るのも良いかも知れませんね!
今紹介した場所は以前記事にも書いているので御興味有れば参考にして下さい。
日本のテニスの発祥地山手公園の記事は「ココ」←クリック!
日本の国家君が代の発祥地妙香寺の記事は「ココ」←クリック!
日本のビールの発祥地麒麟公園の記事は「ココ」←クリック!
※上記3ヵ所は近所同士なので徒歩で廻れますよ♪
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ドルフィンは店内も綺麗なのですが…
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店からは本当に東京湾の房総半島と三浦半島の間をタンカーや貨物船が往来するのが見えます。
京浜工業地帯なので、日没後は工場の明かりがとても綺麗です。
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ただ…
歌詞と違うのはドルフィンソーダはメロンソーダなので、グラスの中のソーダ水を通して貨物船を見る事は出来ません(笑)。
ここは勿論、御料理も美味しいですよ!
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小生、この日はボロネーゼを頂きました。
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大変美味しゅう御座いました♪
まぁ、価格は観光地価格、もしくはちゃんとしたレストランの価格と思っておいて下さい。
アラカルトでパスタとソーダを頼むと1人単価で2000円前後でしょうか?
デートでランチに来るには最適のロケーションと値段ですね。
無論、コース料理も有ります。
サービスもプロのウェイターさんなので安心して時間と食事を楽しむ事が出来る御店です。

ね?良い場所でしょ?
横浜と言ったら中華街の中華料理屋、家系ラーメンに目が向きがちに成りますが、こういった洋食文化も横浜の持ち味なので是非楽しんで見て下さいね♪

【Dolphin】
住所
横浜市中区根岸旭台16-1
TEL
045-681-5796(代)
アクセス
JR根岸駅から徒歩1 0分 バス桜木町駅より21系「旭台」
駐車場有(4台)
※根岸森林公園から徒歩5分、森林公園には大規模駐車場有り。

では!又、次の記事で御会いしましょう♪

ブログネタ
食べ歩き に参加中!
本格的なハワイアンパンケーキとハンバーガーの店を横須賀どぶ板通り近くで見つけたので紹介します。
どぶ板通りと言うのは横須賀の古い有名な飲屋街です。
Barが沢山昔から在る場所ですね。
今回、紹介するのはohana-aina-cafeと言う店です。
店構え外から覗いたら内装が手作り感満載で可愛かったので、直感で入ってみました。
店構えは小さいですが、後から見たらネットでも高評価の様です。
位置はこんな感じ、三笠公園入口交差点の近く。
住所は…横須賀市元町1-1-3
電話は…046-876-6330
価格帯は観光地価格で1人単価1500円前後かな〜?
しかし、日本にいながら本格的ハワイアンパンケーキ食べれるのは嬉しいですね。
ネット上でもアメリカ人の高評価が多い様です。
この界隈(かいわい)は横須賀ベースのお膝元だけ有りましてohana aina cafeの他にも沢山の手作りハンバーガー店が有るので御自分の感で飛び込んで見るのも悪く無いと思いますよ〜♪
ohana aina cafeにはハワイアンパンケーキ有るのでカップルはデートにも使えそうですね〜。
コーヒーはハワイ名物コナコーヒーだそうです。

さて、小生が今日はハワイアンバーガーを頼んで見ました♪
美味しそうでしょ?
味も「シッカリした赤身肉のハンバーグとパイナップル入っててアメリカ人が好みそうな感じだな〜♪」と言う印象を受けました。
別注トッピング色々出来ます。
ポテトも特に美味しかった!
店内はこんな感じです…
すげ〜横須賀に来た感じです(笑)。
アメリカの喫茶店でも、こんなアメリカアメリカした可愛らしい感じ無いでしょうね〜(笑)。

店長さん御自身が看板娘で可愛らしい方でしたよ♪
写真撮ってないので載せれませんが(当たり前)。
…多分、米兵にモテモテなんじゃなかろうか。

さて…
実は水曜日、小生は仕事休みなのですが、昨日はどうしても見たい特別展示会が有りまして…
横須賀の米海軍太平洋第7艦隊の母港である横須賀ベース近い三笠公園に行ってきました。
…三笠公園、御存知(ごぞんじ)無い方いますよね?
三笠公園とは明治時代に日本を含めたアジア諸国の植民地支配を目指すロシア帝国海軍と、反攻した日本海軍の間で起きた日本海海戦でロシアを討ち破り日本を守った時に活躍した日本海軍連合艦隊の旗艦(きかん=Flag ship)の三笠を展示している記念公園です。
今回の展示に関しては最近、小生が凝っている「教科書やマスコミ報道で知る事の無い歴史事実」で…
「左翼の歴史捏造したデマ史観」
    と
「右翼が不都合で話さない歴史」
…みたいな話しシリーズ的な感じで、近い内に実は…
三笠の復元展示公開はロシア中国朝鮮を除いた、元敵国アメリカのニミッツ元帥や多くの世界の主な国々の支持と支援が有って実現した軍国主義と軍隊が結びつかない事実」の左翼発狂ネタや、
日本海海戦は英米による外交と通商の協力が有って初めて成功した」と言う右翼が口にしたがらない事実を書きたいと思います。
三笠の話題は改めて外観や設備説明と合わせ2回くらいに話を分けてブログ記事にしようかな?

あと、三笠公園から近くの町に在る坂本龍馬先生の御妻君「お龍さん」の御廟所の在る「大津町の信楽寺」さんもお参りして来ました。
其方も近々、京都の近江屋跡地の写真と坂本龍馬暗殺の近江屋事件、新撰組と攘夷派の間で起きた池田屋事件の池田屋跡と…
その時の三条大橋欄干の刀傷の写真を交えて記事に書きたいと思います!

あ、涼しくなって藪蚊もいなくなって来たので、そろそろ関東の殿様顕彰の一環で御城巡り再開します。

では!又、次の記事で!

鎌倉と言うと「和」なテイストを味わいたい所ですが…
用事が有ってしょっちゅう来てる小生の様な鎌倉が身近な人間や、サーフィンに来る兄ちゃん姉さん逹にとって、たまには鎌倉でも和食以外も食べたく成るもんなんです。
オススメの店が有ります。
日本の義兄弟とも言うべきトルコの料理店「ARKADAS」です。
店が目立たない場所に在るのですが…
目印は鎌倉駅
前の小町通り入口の鳥居
…のすぐ横のジブリショップ「どんぐり共和国」です。
この、どんぐり共和国のビルの3階に店が有ります。
芸能人もお忍びで来る店で、夜はベリーダンスショーをやるので見たい人は事前確認の電話してみてください!
本当に目立たない場所ですから、トトロが目印と覚えてね(笑)。
店は店主の趣味で半ばスポーツバーみたい…
しかし、音楽はトルコ(笑)。
オーナーさんはじめ店員さん、全員が日本の義兄弟トルコ人!
だから料理も完全なトルコ料理(笑)。
よく日本の上辺りのアジア系の某国人が適当にやってる偽ケバブとは違う(笑)。
本格トルコ料理が食べられます!
小生、今日はラム肉のケバブ(シシケバブ)を頂きましたが、サッパリ美味しかったですよ!
一人単価1500円前後〜かな。

もし鎌倉駅周辺で海鮮以外を食べたい時はオススメですよ♪

トルコ人が何故、日本人に親切か、義兄弟の様に接して下さるかは「エルトゥールル号事件」と「対馬海戦」と「東郷平八郎」を順に調べてみてね!
※近々、エルトゥールル号事件の映画が公開されます、是非、見てみてね!

次は絶対に(笑)君が代と吹奏楽発祥地の横浜市中区の妙香寺の記事を書きます(笑)!

では又々次の記事で〜♪

横浜市中区の日本大通りに、1931年に建築され英国領事館として1972年まで使われ続けた素敵な近代西洋建築遺産が在ります…
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現在は横浜開港資料館と言う名前の博物館 兼 近代資料の図書館に成っています。
横浜市の開港の歴史に関する資料を保存していて市民に公開している場所です。
…公文書館と博物館の中間で近代に特化した感じ?

※ここで注意!※
名前が似ていますが以前紹介した「横浜市開港記念会館」とは違いますよ!
これ↓開港記念会館。開港記念会館の記事は「ココクリック!
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…開港記念館と開港資料館の区別をつけて貰った所で話を「横浜開港資料館」に戻します。
この横浜開港資料館は近代に建てられ近年までイギリス領事館として機能していたので、余り目立たない場所に在りますが建物は素敵です。

これ、以前紹介した県庁旧本庁舎
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そちら側から見た開港資料館の入口。
県庁旧本庁舎の記事は「ココクリック!
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ね?目立たないでしょう(笑)?
でも、この緑豊かな生垣に囲まれた中に入ると、建物は素敵なんですよ。
英国領事館だったから、外から余り中が見えないようにしたのか…
…中から道路の喧騒が見えないように生垣で囲ったのでしょうかねぇ~?
では、入ってみましょう…
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県庁側の入口は、こんな感じですが、実はこちら側は正門ではない様です。
ここは昔は海に面した場所だったので、北東側の海側が正門だったようです。
位置関係はこんな感じ…
横浜開港資料館位置関係
横浜開港資料館の右、北側の「キング」が県庁旧本庁舎。そちら側から見る開港資料館の構造より、明らかに海側から見た開港資料館の方が設計的に「正面」ですよね?
因(ちな)みに、開港資料館の海側の入口はこんな↓感じです。
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海側には資料館として別棟で増築された建物があり、中の素敵な英国領事館時代の眺望を台無し(笑)にしています。
この正面に見える樹木有りますよね?これ「たまくすの木」なんですが…
実はペリー提督が横浜の市名の元に成った、この地に有った「横浜」と言う名の半島に上陸した時から存在している樹です。
横浜港幕末
ね?右側に生えてるでしょう?
この絵を見ると、今は伊勢佐木町(羽衣町)に遷座された洲干弁天神社(現:厳島神社)は元々、この旧英国領事館のタマクスの木の前に在ったんですね~!
羽衣町の弁財天様が横浜半島の上に在ったのは知っていましたが、まさか英国領事館に成っていた場所がそうだったとは知りませんでした。
このタマクスの木、正確には、一度燃えたのですが残った幹から又、枝葉が芽吹き、この様に大樹として元気に往時の姿を取り戻してくれました。
…健気ですね。そして横浜の歴史の生き証人として残ってくれてありがとう!

さてさて、旧英国領事館=開港資料館の建物そのものに話題を戻します。
県庁側から入ると正門じゃないので、すごく素っ気ない廊下が冷たい感じで出迎えてくれます(笑)。
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消火器とかね、全然っ!風情(ふぜい)無いけれど、防火設備は大切よね(笑)。
そんでも、まぁ~中に入って天井とかみると「おっ!」と思う漆喰の彫刻っぽい天井と、何やら権威を感じる様な冷たい光沢のタイルさんで作られた壁で装飾されています。
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この廊下の左手には金属製の銘板がはめ込まれています。
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鶴見区の生麦村で起きた生麦事件から勃発した薩英戦争(薩摩藩島津家vs大英王国)の際に戦死した英国士官だけ弔う為に作られたモニュメントですね…
…これ、日本人だったら英国人日本人の区別なく弔うよね、普通。流石、白人様って感じですかね。
しかも、この生麦事件ね、どう考えても英国側が悪いんですよね。
少し脱線して生麦事件の経緯を辿ってみましょう…
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実は生麦事件、横浜の殿様、間宮家一族も関わっているんですよね~。…なんと被告側で
先ず最初に言っておきたいのは、生麦事件は白人至上主義の当時の英国人が、土人と馬鹿にしていた日本人の社会ルールを無視し、事も有ろうに英国なら貴族に相当する大名の島津家の大行列に平民英国人が騎馬のまま乱入した事に、島津家警護の人間がこれを島津の殿様を守る為に切り殺した事が国際事件化したのが生麦事件の概要です。
それに対し日本人を下に見ていた白人様の英国政府が見くびり幕府に対して賠償金を請求して、それを島津家の責任と突っぱねた徳川幕府の代わりに島津家の本拠地鹿児島を英国軍が海軍で攻撃したと言うのが薩英戦争の概要です。

この事件、主犯(日本側から見たら正当防衛)は間宮一(はじめ)と言います。
実は元は笹下城跡の本丸跡に建つ由緒ある御寺の成就院の身内で、還俗(げんぞく=僧籍から一般人に戻る事)して間宮家に養子に入った人物です。
因みに成就院↓の山門は、江戸時代の笹下間宮家の屋敷から移築したものです。
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事件の際、当然、この横浜市(旧久良岐郡と橘樹郡)を通過する大名を地元の人間が警護するのは参勤交代でも定められている規則ですからね、当然、川崎市や横浜市に領地の有る在地武士の間宮一族から誰か出て行くでしょう、農民と一緒に。
実は、この事件、発生直後、島津家と徳川家で言い合わせて幕臣の間宮一と別のダミー犯人を仕立てあげ英国人殺害犯として処刑して事件を片づけた「つもり」でいました。
…別に、英国なら貴族に相当する薩摩藩の大名の行列に騎乗したまま突っ込んだ英国人が悪いんだから、下に出ず堂々とその問題を突き付けて抗弁すれば良かったと思うんですがね。
でも、当時の幕府は国際問題に敏感な時期に事を荒立てずに処理したかったんでしょうね…
本当!日本人って外交下手糞(ヘタクソ)ですね。
海外で一般人としての生活経験の無い、日本しか知らない育ちの良いボンボンに外交なんか出来る訳が無い(笑)。
中国や韓国じゃ、買い物する時に商売人の言値を飲むのは阿呆の極み、言われた金額の半値じゃないと買わないと言って交渉始めるのが通常ですからね(留学と仕事の実体験)。
契約書交わしたって、インボイスと全く違う物勝手に送りつけて来るのが外国人なのに。
中国韓国に限らず、欧米でも海外では訴訟や交渉で妥協したら「被告確定/負け」なんですがね。
日本の常識なんて日本国内でしか役に立たないっつぅ~の!
…今の外務省も本当に朝鮮韓国中国との外交で同じ失敗繰り返してますけれどね(笑)。
…で、時間が経過するにつれて間宮一が真犯人じゃないかと、段々、解ってきてしまう訳です。
そこで、間宮一は「急進的な攘夷主義(じょうい主義=外国人排斥主義)者」を演じて自首し、徳川幕府の参勤交代制度と関係の無いテロの単独犯として名乗り出ました。
そして幕府役人は英国の介入が有る前に間宮一を打ち首にして事の解決を計りました。
しかし!
この幕府と間宮サンの打開策はまだまだ甘かった!
当時の大英帝国は白人至上主義で中国に阿片(あへん=麻薬)を大量に流通させて社会混乱を起こし中国王朝転覆を計っていたような国だったので、日本の徳川政府の迅速な「打開策」にも難癖付けて払う必要の無い賠償金を請求して来た訳です。
そして徳川幕府が賠償金を払わないと解るや、英国内の世論を納得させる為に八つ当たり的に起こしたのが薩英戦争だった訳です。
結果どうなったでしょうかね~?
英国に負けた薩摩藩、この後は今の横浜市中区本牧に在る妙香寺の敷地に駐屯していた英国軍に入りびたり、様々な技術を導入するように成りました・・・つまり、事実上の従属同盟ですよ。
まぁ、しかし…
この薩摩人達の学習能力の高さや、幕府や間宮家の対応が他のアジアより素早く意識の高いものだったので英国人の日本人に対する評価はこの事件後一変し、一貫して日本新政府には「"超"が付く位に協力的」に成ります。
そして対馬海戦での東郷元帥率いる連合艦隊がロシア帝国バルチック艦隊と対決するに当たり、英国政府は世界に日本軍に協力する様にロビー活動をし、ロシア海軍がアフリカ喜望峰を回って日本の対馬海峡に辿りつくまで、バルチック艦隊にろくな補給を出来ない様に政治工作をして多数の港湾を封鎖し東郷元帥と秋山中佐の丁字戦法成功の切っ掛けを演出して下さったのも友好的な歴史事実でもあります。
ちなみに間宮一族には杉田玄白や間宮林蔵なんて国際人がいるので、どちらかと言えば開明的な要素が強い家系だったってのも真相です。
戦国時代に間宮家の属した玉縄城主北条綱成公の部隊は既に鉄砲隊が存在していたのも、「三増峠の戦い」でも記録されていますからね~。
…間宮家は、どちらかと言えば主君に対する忠誠心は強いけれど、新技術導入には積極的な家風と言うのが実態ですかね。
おっと!
脱線が過ぎましたかね。
開港資料館に話を戻します…
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廊下を過ぎると、簡単な説明の有る部屋に行き当たります。
そこには関東大震災で犠牲に成った英国人を追悼する銘板が有ります。
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あと、当時の横浜の様子を再現したレリーフ状の模型。
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その部屋を出ると、直ぐに中庭への出口が有ります。
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その中庭に通じる出入口、この日、玄関には特別展示の内容の看板が有りました。 
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本来の英国領事館時代の玄関からの風景なんですが… 
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玄関の正面に樹が見えますよね? 
これが、ペリー提督の来航時代から有った、さっき紹介したタマクスの木です。
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一度燃えたけれど、今では当時と同じ大きさに…
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横浜の開港~国際港湾都市への文明開化~関東大震災~原財閥による横浜復興支援~太平洋戦争の横浜大空襲~昭和の復興~高度経済成長期~バブル崩壊~現在…ずっと横浜の歴史を見守って来てくれた、横浜市民の仲間でもある樹木です。
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玄関横の石柱。…道路に面してないから今じゃ意味なし(笑)。
さて、このタマクスの生えている中庭には、横浜の開港の歴史が解り易いモニュメントが設置されています。
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これを見ると、横浜開港の歴史の基礎の基礎の部分がザックリ理解出来ますよ~。
中庭には、昭和初期から残る共用水道も有ります。
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当時の水道は共用だったらしいのですが、デザインが格好良いですね!
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この中庭が昔の玄関口だったので、こちら側から見た英国領事館の建物の装飾の方が、県庁側より綺麗です。
ここにはベンチも有り自由に出入り出来るので、お弁当持ってきてココで食べるのも良いです。
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ここなら日陰もありますからね~。
この日も観光客や読書に来たハマっ子がベンチに数人居ましたが…結構穴場で人は多くはいません。
おちついて御弁当箱を広げれますよ~(笑)。
でも、せっかく港に来たんだから向かいの象の鼻パークや国際客船ターミナルの芝生で食べるのも良いですね♪
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この開港資料館の目の前、海側にはCJ Cafeと言う、アメリカンなカフェレストランが有ります。
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…オムライスとかもアメリカンサイズで女性だと食べ残しちゃうくらいの量ですが、太平洋戦争後の米軍占領時代っぽい雰囲気を味わえると思います。
小生はこの近くのJack cafeにも良く行きます。 2015-08-01-14-31-52
ここはハンバーガーが絶品!
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ランチに御勧めですが、料理が美味しいだけでなく御酒も飲めるので夜来るのもお薦めです!大桟橋の夜景も綺麗ですしね。夜景散歩に来てからここで食事するのも良いですよ。
また、Jack cafeの記事は別個に書きますね!
あと、古き良きアメリカ的な雰囲気を味わいたい時はだいたい、中華街の中のWind Jammerと言うJazz Barに行きます。
※Wind jamerは以前、記事にしていると思うので興味ある方はカテゴリー「Hotel Restaurant/Restaurant-Bar/Jazz-Bar/Bar 」←ここクリック!
…又、開港資料館からすんごい脱線しましたが、話を戻します。
本来の玄関、彫刻が凄いでしょう!
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これ見に来る価値有りますよ。
この凄い彫刻の玄関の前のタマクスの中庭で、ベンチのある日陰を探して、そこで読書して時間を過ごすだけでも良い休日に成りますね。

最後に、この開港資料館が英国領事館だった頃の、この前に広がる横浜港の風景を現代と比較した画像を載せます。
横浜港今と昔
写真は県庁(KING)の屋上から撮影したものです。
右の森が開港資料館=旧英国領事館です。
昔の写真とほぼ、同じ位置。
昔の写真の方は、今は象の鼻パークに成ってる辺りに在った「神奈川運上所」か、CJ Cafeなんかが入居している当時から有る煉瓦造りのビルの屋上から撮影した物と思われますね。
開港資料館の展示を観覧して、横浜の発展の歴史の基礎知識を付けてから中華街や山下公園や山手地区の一帯を散歩すると、感慨深い物が有ると思いますよ~♪
皆さん、近くを通りかかって時間が有ったら、是非!開港資料館、立ち寄ってみて下さい!

では!又、次の記事で!
来月10月1日~5日は彦根、安土、京都に行ってるので第1週は更新できないかも知れないです。
今月、時間が有ればまとめて書き溜めしておいて、予約投稿出来る様にしておきますね~!

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リフォーム に参加中!

家を建てる時やリフォームする時に個人では出来ない規模の建築物と言うのがありまして…
ビルでも無い、それは文明開化の明治時代~昭和初期に建てられた横浜や神戸の近代建築遺産群の様な美しい洋風の塔を持つ建築物です。
そして、恐らく関東地方で最も美しい外観を持つのが横浜市中区の「JACK」の愛称で呼ばれる横浜市開港記念会館です。
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この「横浜市開港記念会館」は、大正15年、前政権の江戸幕府大老で旧彦根藩主井伊直弼公により横浜が開港されてから50周年に、新都市「横浜」に参集し日本武尊の開拓したこの土地に鎌倉武士の気概を持ちながら新たな西洋文化の息吹を積極的に取り入れようとする横浜市民の強い郷土愛の寄付金に由(よ)って建てられた記念講堂です。

前回の「KING」こと旧県庁本庁舎の記事でも横浜の三塔伝説を紹介しましたが、この横浜市開港記念会館「JACK」に横浜税関のQUEENを含めた3つの塔を持つ近代西洋建築を横浜港の船上から同時に見る事が出来る位置に船が停泊出来れば、見た人に幸運が訪れると言う伝承です。
横浜三塔
これが3塔の位置関係図。
横浜山下地区:3塔位置関係
…で
横浜三塔と周辺位置関係
…海からの位置関係はこんな感じ。
さて今回は、このJACKを紹介します。
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横浜市開港記念会館の前には近代西洋建築遺産群の一つなので、建物前の歩道には当然、この説明銘板が在りますので散歩や通勤中に気が付いたら、是非!足を止めて読んでみて下さい。

このJACKは本当に美しい近代西洋建築なんです。
外観の美しさも然(さ)ることながら…
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…内装の美しさもずば抜けています。
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入口入ると正面に大講堂の扉。
この日は講堂内は県教育委員会による教科書採択会議を開催中で撮影不可能でした。
しかし、天井を支える石柱の彫刻の美しさは見て取れると思います。

このJACKが他の西洋建築と比較して、特に異なる造りは協会の様なガラス窓からの採光を美しく見せる工夫がなされている点です。
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2Fに上がる階段の何気ない鉄格子も、武骨な物ではなく美しくデザインされています。
2Fに上がった瞬間にも建物の造りこみに「凄い!」と思う人は少なくないと思います…
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本当に綺麗でしょう~♫
1Fと2Fを繋ぐ階段を2Fのフロア側から…
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美しいでしょう~?
しかし「まだまだ感動するには早い!」んですよ~♪
なんと2Fには大型ステンドグラスが2枚有ります。
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それが教会の様な雰囲気を演出してくれます。
それと同時に、幕末から一気に近代化を成し遂げた明治~大正時代の人々の美的意識の高さにも驚きを感じますよね~。
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本当、鉄格子ですら素敵なデザインです。
JACKの時計塔にも登ってみたいのですが…
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残念ながら時計塔の螺旋階段は進入禁止で上に登る事は出来ません。
ここを奥に進む通路には、このJACKの建築模型や説明展示物が有るのですが…
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…展示物より、この廊下その物の空間の雰囲気と建築の美しさに見惚れてしまいます。
まぁ、展示されているものも少し…
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この様に中区日本大通り周辺の近代西洋建築の説明文なんかもあり、一応読んでおくと他にも行ってみたい建物が見るかるかも知れませんし、何気なく前を通り掛かった時に「ここがアレ~!」なんて町に対する理解が深まって楽しいかとは思います。
このスペースを過ぎると、いくつか部屋が有ります。
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貸し会議室としても利用出来ます。
なので、大切なお客様を迎えての会議、ここでやって昼食は周りのオシャレな老舗ホテルのランチを食べに行ったり海辺のカフェでコーヒー飲んで一服すると、良いアイディアが思い浮かんだり生産性の高い打ち合わせの時間に成るかも知れませんよ?
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いくつかの部屋を繋げる通路も全てレトロで高級感が有りながら落ち着いた雰囲気で素敵です。
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少し、公開されている元貴賓室の中を見て見ましょう…
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部屋は八角形…
大きくは無いですがシックで高級感がありながら、現代の下品な成金趣味とは異なり、質実に美しさを兼ね備えています。
天井は…
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現在は特に彫刻は有りません。しかし、これは修復された際に簡略化されたもので、開館当初は天井には彫刻がされていました。
写真が残っています。
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鳳凰のデザインですね。
日本風の意匠を上手く西洋建築と融合させていたんですね~。
昔の人って芸術的な感性が優れていたんですね。
現代の建築デザイナーは訳のわからない品の無いコネクリ回した奇抜な汚い建物を造りたがるので、この時代の建築物の美しさを少しは見習って欲しいです。
東京オリンピックの競技場、いっその事、大正時代の近代西洋建築ぽいデザインとか逆に奇抜で格好良いんじゃないのかな?
一応、貴賓室の説明も。
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貴賓室の窓の夕日の光が、黒光りする机に反射してなんだか…
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…当時の正装をした紳士達の幻影が見えそうな雰囲気でした。
さて!
近くの階段には日本に対する米国大統領の開国要求の親書を持参したペリー提督の旗艦:ポーハタン号を描いたステンドグラスが有ります。
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こちらも綺麗ですが、神々しさの有るステンドグラスでは無く、近代横浜の発展のきっかけに成った歴史を伝える為のモニュメントとしての存在意義を強く持っていますね。

他にも、何気ない壁のデザインや…
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天井の灯り…
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全てのデザインが、周辺の近代西洋建築の中で特に優れていると思います。

中庭は殺風景ですけれどね(笑)。
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当時は中庭にベンチが有って、職員がお弁当食べたりしたんでしょうかね~?

如何でしたか「JACK」こと横浜市開港記念会館?
美しい建物だったでしょう?
誰でも入って見学出来るので、近くの中華街や、老舗のニューグランドホテルや、小生御勧めのJack Cafeでランチする時は是非!ここに立ち寄って見て下さい!
近所のKINGこと県庁旧本庁舎屋上や、大桟橋:国際客船ターミナルからの風景もお薦めですよ!
全部、過去に記事に書いて有るので是非!御覧下さい!
カテゴリー「風景の綺麗なスポット/映画・ドラマのロケ地 クリック!
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カテゴリー「近代西洋の建築・文化・鉄道の史跡/文化財 クリック!

では!又、次の記事で!

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三浦半島の風光明媚な「秋谷海岸」の風景を前回の記事で紹介しました。
※前回の記事リンクは「ココ 」←クリック!

記事の中で触れましたが、その秋谷海岸にはFM-YOKOHAMAとかローカル雑誌とかでも紹介されるイタリア料理の「DON」と言う名前の名店が有りまして…
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料理が美味しいだけでなく、本当、海に面した風景も雰囲気も素敵なレストランでした!

「でした」…と表現したのは、実は小生、ここに10年前に偶然ドライブに来て、この風景の綺麗さを知り…
更に5年位前から1年に1回位、海岸を散歩にドライブに来るように成っていたのですが…

5年間、気に成りながらも満席だったり、タイミング合わなくて営業日じゃなかったり、小生、入りたくて入れなかった「片思いのレストラン」だったんです(笑)。
最初の1回目の入店だったので「素敵なレストランでした!」と体験を強調してみた次第です。

先週の土曜日、とうとう入る機会に恵まれた訳ですが…
先ず、本当に御店の雰囲気がとても良いんですよ!
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※周辺の風景も素敵なので、それは前回の記事を読んで下さい。
御店の1F席はテラスが有り、予約無く空席有ればテラス席で食事も出来ます。
この日は生憎、テラス席は空きが有りませんでした。
が!
17時前、アイドルタイムをずらして行ったら意外や意外、すんなり入れました。
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午後、1FはBarとして営業しているようで、2Fに通されました。
だから1Fの写真もゆっくりとらせて頂けましたが…
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本当、なんか地中海の御店ってこんな感じなんだろうね~!
…と、そんな雰囲気を醸し出している温かみと落ち着きを感じるクラシカルな店内でした。

この日は眺めの良い窓側の2F席に通されました。
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目の前に神奈川の景勝50選に選ばれた秋谷海岸の立石の岩礁が…感動。
そしてドリンクが来る時には海上にかかっていたガスが晴れて、富士山も見えました!
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本当!綺麗な風景でしょう♫
この風景で食事する事が出来る事で既に幸せ…
ドリンクと海の風景のマッチングがオッサンの心もフワフワと楽しくさせてくれます(笑)。
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※ちなみにノンアルコールです…
電車の無い地域な上に唯一の公営駐車場も20時で閉鎖され入出庫出来なくなるので、付近に宿泊しない方は飲酒するならバスの時間は気を付けて事前に調べて下さい。

この日は前菜にタコのカルパッチョ
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逗子のシラスのなんか(笑)
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湘南で生産した豚のパテのなんちゃら(笑)…すいません、横文字の名前忘れました。
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あと同じくバケットの前菜ですが、マグロを使った料理。
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どの前菜も凄く美味しかったのですが、きっと皆さんが写真見て想像している味と違いますよ!
小生も全ての料理が、料理を見て想像した味を良い意味で裏切られ、しかも全てが魚介や肉の香りの良い部分だけを残しながら優しさとアクセントを両立させた、期待以上の美味しさを感じさせて貰える逸品でした。

小生は、スープにフレンチスタイルのオニオンスープを注文したのですが…
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すいません、写真撮るより食欲が上回り、既にスプーン突っ込んだ後で少々ビジュアルが悪く成ってますが、このオニオンスープも想像する所謂(いわゆる)オニオンスープと違い、自分の知ってるオニオンスープより美味しく、かつ優しぃ~い味で、食べながらほのぼのとした気分にさせて頂けました。

小生はメインに渡り蟹のクリームパスタを選びました。
同行者は地産のシメジのピザを注文してシェアしました。
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すいません、これも余りの美味しい料理達に食欲が勝り、写真撮る前にまたもや更に取り分けてしまったので少々見栄えが崩れてしまってますが…そんだけ香りから良かったんです!
こちらは思っているより最初にトマトの香りが来て、後から渡り蟹の優しい風味とコクが口の中に広がる、思ったのより爽やかさが有り食べ進めても絶対に飽きの来ない、1人で1皿完食待った無し(笑)!…の一品でした。

このDONさん、料理はリーズナブルなのに店員さんの接客も、ちゃんとしたホテルのレストランと同等以上のサービスをして頂けました。
そして…
デザートメニューにはユーモアたっぷりのサブタイトルが(笑)。
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他にも「究極のダンディズム」とか、何だかユーモラスな名前のデザートが沢山有りました。

小生は、友人に構わず「冷たい関係」と言う、カップルが喧嘩の原因に成りそうなタイトルのデザートを選びました(笑)。
しかし実際に来た「冷たい関係」は…
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可愛らしく、とてもじゃないが「冷たい関係」なんかに成り様が無い、メルヘンなデザートでした(笑)。
これ、喧嘩中の夫婦とか絶対に注文出来ないタイトルですね。
あと「アバンチュール」とか言うのとか「熱き想い」とか…
友人同士でも異性と行ったら、相手が自意識過剰な場合、モメ事やなんかに成りそうな実に「面白そう(笑)」なサブタイトルのついたデザートが有りました。

素敵なレストランでしょう?
小生、この間行ったばかりですが又、近々休日に行ってみたいと思います。
因(ちな)みに今日は、金沢区に在る日本の初代首相、伊藤博文公の別宅にボぉ~っと考え事をしに行って抹茶と和菓子を頂いてました。
また、そちらも良い息抜きの場に成るので、ブログで紹介します。
そこは大日本帝国憲法の草案をまとめた場所なので、子供の良い夏休みの自由研究のテーマにもなるでしょう…

では!又!次の記事で御会いしましょう!









ブログネタ
夏休みの思い出を教えてください に参加中!
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神奈川の景勝50選の一つ、秋谷の立石と言う場所を御存知でしょうか?

宮崎県の青島神社の様に、神奈川県の三浦半島に在る秋谷海岸には夫婦岩が有ります。その夫婦岩の名前を立石と呼ぶのですが…
とても綺麗な風景でしょう?
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この立石は、現地の地名にも成っています。
そもそも、夫婦岩の様な場所は日本中に沢山ありますが、神道の元に成った古代の日本の祭祀で聖地とされた場所には多くこの様な場所が有り、現代人も神秘的に感じる風景を見て古代人も同じ様に美しさや神々しさを感じたんでしょうね。
この神奈川県の立石は現代でこそ注連縄(しめなわ)は結ばれていませんが、昔は二つの岩礁が他地域の夫婦岩同様に注連縄で結ばれていたそうです。

実はここは文化醸成地でもあり、数人の作家さんが小説に登場させている場所でもあるそうです。
小生、恥ずかしながら読んだ事はありませんが…
その小説や句を紹介する碑文が現地に有ります。
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泉鏡花さんの文学顕彰碑が今も立っています。
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代表作に高野聖(こうやひじり)と言うのが有る事や、この古代の聖地立石を小説に登場させている事から山岳信仰の修験道や仏教の真言宗に造詣が深い作家さんなのでしょうか?
修験道と言うのは仏教と神道の間みたいな古来の日本の宗教の一派と言うか、神仏信仰の一つの形で、鎌倉幕府の征夷大将軍の源頼朝公も、神仏を信仰していたので修験道の修行法の様な事をしていらっしゃいました。
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※立石の陸伝いの方の岩の上から見た夕日。

そんな関係で同じ山岳信仰の真言宗の僧侶との関係も頼朝公は深かったそうで、横浜市教育委員会が保護せず破壊されてしまった横浜市金沢区に有った上行寺東遺跡と言う巨大寺院の遺構も真言宗の文覚上人と頼朝公が協力して開いた御寺だったりしました。
そこには奇岩が有り、低いけれど眺望の良い山だったそうです。
源氏は山岳信仰や自然崇拝の一族でもあったので、頼朝公は修験道の僧侶に横浜市磯子区の森浅間神社を開かせたり、源氏の本拠地鎌倉市の亀ヶ谷(かめがやつ)に福禅寺と言う御寺や権現堂を開かせた事が新編武蔵風土記稿や新編相模風土記稿にも記録が残っています。

極めつけは富士山を登ったり、神奈川県伊勢原市の大山を登ったりもしていますが、その二つの山は日本神話の神様の大山祇神(おおやまづみのかみ)と、その御息女の姫神様である富士山に祀られている此花昨夜姫(このはなさくやひめ)として古来信仰されていましたので、頼朝公は信仰心で登山マニアだった事が垣間見えます。
※大山や森浅間神社の紹介記事は、小生のブログでPC画面上に表示されている「カテゴリー」の中の「綺麗な風景」か「神社」をクリックして頂ければ、そのカテゴリーの中に掲載されていますので探して見て下さい!

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立石の説明看板にも有りますが、ここは多くの夕日ファンや富士山ファンの風景写真撮影マニアのシニアが集まる場所でもあります。…特にダイヤモンド富士が見れる日はオジサンだらけになります。
小生は、夕日が好きなので写真撮りに来たり、この海岸に散歩にたまに来ます。

この周辺には立石以外にも海辺の綺麗な風景を見れる場所が数カ所有り、そちらも紹介の看板が有ります。
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車が無いと来るのになかなか不便な場所ですが、JRと京浜急行の逗子駅からバスでも来られます。
休日、ここら辺を御散歩に来ると良い気分転換に成り、小生の様に性根の曲がった人間でも爽やかな気持ちに成って一週間の終わりを迎える事が出来ます(笑)。 2015-08-15-17-40-31
いつも微笑ましい親子連れが遊んでいる海でして…
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岩礁にはガザミやトコブシやシッタカがいまして、小中学生に海の生物の生態観察をさせたり、夏休みの自由研究のテーマにしたりも出来るかも知れませんね!

でも、岩場は危ないので、親御さん、気を付けて御子さんを見守ってあげて下さいね!
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落っこちたら大怪我しますよ。

さて…
この立石、冒頭でも少し触れましたが、秋谷海岸の一部です。
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その秋谷海岸が又、いつも凪で穏やかな海でして、秋谷の砂浜を散歩するのが小生大好きなんです。
立石と砂浜の真ん中に素敵なDONと言うイタリア料理レストランと公衆トイレが在るのですが、そのレストランを挟んで岩礁と砂浜で風景が変わり、二つの顔を見せてくれます。
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この秋谷海岸は海の家の出店も禁止なので… 2015-08-15-17-11-46
酒飲んで騒ぐバカもいないので家族連れや恋人が散歩に来るにはうってつけですし、癒しを求めてボぉ~っとしに来るのも良い安らぐ場所です。

今日は海辺には綺麗な花も咲いていました。
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その花の近くには、秋谷の山から流れ込む清流が海に優しく流れ込んでいます…
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この砂浜から見た立石が下の写真。
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素敵な風景でしょう?
小生は湘南と呼ばれる茅ケ崎や鎌倉周辺より、この三浦半島の海の方が好きです。
穏やかな面と荒々しい面を両方持っていますし、何より本当に海が好きな人しか集まりませんから。

湘南は騒ぎたいだけ、盛(さか)ってるだけのモラル無い他地域からの客が多くて…
それを湘南の海が好きな心有るサーファーの皆さんが、ゴミ拾いしたりモラル低下を苦労して防いで下さってるんですよね。
湘南のサーファーの皆さんには頭が下がります。

…とりあえず、三浦半島のマイナーな海岸は三浦海岸以外、海の家の出店が規制されているのでバカが集まらず素敵な風景と環境が守られている場所が多いです。

ところで、実は5年前から入りたいと思ってなかなか満席で入れなかったりしたイタメシのDONさんに今日、初めて入る事が出来ました!
そして富士山が見れる2F席の窓側に案内して頂けました。
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綺麗ですよね~♫
DONさんに関しては、又、別の記事で詳しく紹介させて頂きます。

秋谷海岸に話を戻します。
秋谷海岸には小さな御稲荷さんの御社が在りました。
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地域の方々が守って来られたんでしょうね…
この辺りは平安時代末期~戦国時代初期まで、坂東平氏の祖、平良文(たいらのよしふみ)公の御子孫の大名である三浦家の領地でしたので、複雑な谷戸(やと=谷間の入り組んだ地形に開かれた居住地)にも稲作が普及していました。
そんな関係で農耕の神様の御稲荷様が祀られているのかも知れませんね!

夜、地元の方々が昔から守って来た御稲荷さんの在る秋谷海岸で、昔からの伝統を守って盆踊りが開かれていました。
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もう、本当に海の横に櫓(やぐら)を組んで、こじんまりとした御祭りでしたが…
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付近の住民の皆さんと避暑に訪れた皆さんが一緒になって
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本当に楽しそうで、ほっこりとした人のつながりを感じれる、昔の関東の郷土文化を垣間見れました。

近くの海辺では親子連れが花火を楽しんでいました。
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秋谷の地元の方々御蔭で、夏らしい夏を感じれる良い1日を過ごせました…

ありがとうございました!

さて!
次回は秋谷海岸のイタリア料理店「DON」さんを紹介する記事を書きます!
すっごい美味しかったですよ!

ではでは!又!次の記事で!

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