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タグ:三渓園

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【注意事項】
※通行止め
2019年11月現在、台風15号19号の影響による倒木で鎌倉市内の以下の紅葉の名所は通行止めです。
●浄智寺~葛原岡~化粧坂~源氏山のハイキングコース
●建長寺~横浜市円海山に続く天園ハイキングコース
●報国寺~衣張山~釈迦堂切り通しのハイキングコース

さて、秋も深まり11月下旬にもなると紅葉の季節です。
過去に書いた記事をベースに新しい写真に差し替え、アドレスも掲載し何ヶ所か追記して紅葉の名所紹介をリニューアルします。

【紹介箇所】
東京都中央区  
浜離宮恩賜庭園

東京都世田谷区 
大谿山豪徳寺~世田谷八幡宮
 
横浜市中区   
国指定名勝:横浜三渓園

鎌倉市雪ノ下  
鶴丘八幡宮~白幡神社(鶴岡八幡宮境内社)~鎌倉国宝館

鎌倉市浄明寺  
功臣山報国寺~華頂宮邸~稲荷山浄妙寺

伊勢原市大山  
大山国定公園~雨降山大山寺~大山阿夫利神社

秦野市曽屋   
弘法山公園~鶴巻温泉

秦野市今泉   
震生湖~福寿稲荷社

南足柄市大雄町 
大雄山最乗寺

足柄下郡箱根町 
公時神社~金時山周辺

【浜離宮恩賜庭園】
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中島の御茶屋では抹茶と和菓子を頂く事が出来る。
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【偉人】
甲府藩主松平綱重、
ドイツ帝国フリードリヒ皇太子、アメリカのグラント大統領、ハワイ王国カラカウア国王等。
江戸時代の寛永年間に徳川幕府四代将軍徳川家綱公の実弟で甲府藩主の松平綱重公が海を埋立て屋敷地として造成した。その後は徳川将軍家の鷹狩場として利用され、明治に成り天皇家の所有を経て恩賜公園として開放された。
【交通】
一般車両向けの駐車場が無いので、車で行く場合は築地市場の駐車場に停めてから徒歩で来ても5分程度と近い。公共交通機関の方が便利だろう。
【周辺】
築地場外市場や場内市場も近く、築地本願寺等の見所も有るので合わせて訪問すると良い。
【記事】
浜離宮と周辺紹介記事は「ココ」←クリック!

【豪徳寺と世田谷八幡宮】(井伊家菩提寺と世田谷城鎮護の神社)

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豪徳寺は戦国武将で徳川四天王の井伊直政公の跡継ぎ、彦根藩第二代藩主の井伊直孝公以来の井伊家菩提寺。戦国時代には鎌倉公方の代理も務めた蒔田吉良家最期の本拠地として機能した世田谷城だった寺院。
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井伊家所縁の御寺だけあり規模が大きい上に、まねき猫の発祥の御寺でもある。
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豪徳寺の寺務所で大小各種の招き猫を購入出来ます。御朱印もやってる。
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NHK大河ドラマ“女城主直虎”の人気で観光客も増えている。紅葉の名所としては規模は多くないが境内には素晴らしい仏塔があり美しい紅葉の景色が撮影出来るので外国人にも有名。
【名物】
招き猫
【交通】
駐車場は台数少なく直ぐに満車に成る上に周辺に駐車場が無い住宅街なので電車での訪問が良い。
【周辺】
戦国時代は世田谷城と言う御城だったので、近くには世田谷城址公園として一部空堀と土塁が保存されている。
直ぐ近所に蒔田吉良家鎮護の神社であり、江戸三大大相撲の開催場所の一つだった世田谷八幡宮が在り、隣町はサザエさん一家の住む桜新町も存在する。

世田谷八幡宮
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江戸時代には深川の富岡八幡宮等と合わせて江戸三大大相撲の興行地として有名だった。
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そもそも軍神としても武士に崇拝された源氏の棟梁、源 八幡太郎 義家が前身の八幡社を平安時代に建てたと伝承する由緒有る八幡宮で、戦国時代にも鎌倉公方の代理を務めた蒔田吉良頼康公が社殿を造営している。その後は徳川家康公に支援される等、軍神として勝負の神様として申し分ない歴史を持つ八幡宮。
【周辺】
紅葉の名所で井伊家の菩提寺として有名な豪徳寺から徒歩5分と近いので合わせて参拝すると良い観光に成る。

【国指定名勝:横浜三溪園】(横浜市中区、旧原財閥私邸) 
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【催事】
紅葉の古建築公開(重要文化財 聴秋閣、林洞庵)
近年、聴秋閣は一般公開されておらず裏側から撮影出来ないので、秋限定の撮影チャンス到来です!
交通
紅葉シーズンと春の桜の季節は駐車場が混み合うので早い時間に訪問する事をお勧めします。
15時以降は聴秋閣等の多くの建築文化財の在る区域が封鎖れてしまいますので、土日の場合は駐車場に入るのに1時間は余裕を見て置けば間違い無いでしょう。
※公共交通機関推奨。
【名物】
三溪碗(さんけいわん)と言う、三種類の味の御椀に盛られた手打ちの汁蕎麦が美味しい。 
●団子各種と抹茶 
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【偉人】
原三溪(旧原財閥当主、横浜銀行・富岡製糸場の創設者、関東大震災横浜復興の恩人)・タゴール(インドの文学者)・芥川龍之介 
【関連記事】 
●三溪園の紅葉の風景写真の記事「ココ 」←クリック! 
●三溪園の夜桜ライトUPの特別公開の紹介記事「ココ 」←クリック! 
●三溪園に私邸としていた明治~昭和の富豪、原財閥と三溪園の紹介記事「ココ 」←クリック! 

鶴丘八幡宮~白幡神社(鶴岡八幡宮境内社)~鎌倉国宝館
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【名物】
●女夫饅頭(めおとまんじゅう)。
現代の若い人は知ってる人が少ないが、実は江戸時代からの名物と言えば女夫饅頭で、今も老舗の饅頭屋が鎌倉市内には数軒残っている。鎌倉駅前野若宮大路側にも老舗の“松風堂本店”等が営業している。
●鳩サブレ―
言わずと知れた豊島屋の銘菓で、鎌倉駅と北鎌倉駅前に御店が在るので御土産としても重宝する。
●鎌倉カスター
鎌倉ニュージャーマンと言う御店の御菓子で、最近はデパートでも取り扱いがある新しい部類の銘菓。フワフワの生地の中に色んな季節の果実のクリームを閉じ込めた洋菓子。最近、御店が鎌倉駅前に移転したので御土産としても重宝する。
【交通】
鎌倉駅から徒歩10分。
有料駐車場周辺に多数有り。
【周辺】
小町通りでランチも出来るし、他の神社仏閣や博物館、由比ヶ浜散歩等と合わせると良い。
浄明寺地区や二階堂地区まで徒歩20分で、そちらの報国寺や瑞泉寺、北鎌倉の東慶寺等と合わせても良い紅葉散策が出来る。

【報国寺~華頂宮邸~釈迦堂切通し~浄妙寺】(鎌倉市浄明寺地区の紅葉)
 功臣山報国寺(足利家時公、宅間上杉家、鎌倉公方の菩提寺)
 ※ミシェランガイド☆☆☆の竹林の寺
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報国寺の在る宅間谷~徒歩5分で旧華宮邸。
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旧華頂宮邸
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報国寺や華頂宮邸から徒歩10分の近くには釈迦堂切通しと言う絶景も有る。

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報国寺や浄妙寺から徒歩圏内の景勝地であり史跡だったが鎌倉市により2019年現在は何故か通行止め中。 手前から見られる。地元の人は自己責任で危険な獣道から入ってます。

稲荷山浄妙寺(鎌倉幕府時代の足利家の鎌倉の菩提寺)
※枯山水庭園の美しい茶室“喜泉庵”で和菓子と抹茶を頂ける御寺。境内裏山に在る明治時代の洋館レストラン石窯ガーデンテラスで食事も出来る。
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浄妙寺境内の喜泉庵では日本庭園を眺めながら抹茶を頂きゆっくり出来る。
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本堂と喜泉庵の左手から境内地の裏山に回ると紅葉が綺麗で、その先に石窯ガーデンテラスも在る。
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浄妙寺だけでも十分に鎌倉の原風景を堪能できるし、報国寺も徒歩5分と近いので合わせて観光しても良い。
鎌倉市最古の寺院の杉本寺や、日本三古天神社の一つ荏柄天神社等、源頼朝公所縁の神社も近くに在る。
【浄明寺地区の催事】
報国寺の12月31日除夜の鐘 
寺院なので仏事に準じる。 
浄妙寺と報国寺は四季を通じて風景が綺麗なので、いつでも鎌倉文化の美しさを満喫出来る場所です。 
報国寺では毎週末に座禅会も開催される。
【鎌倉市の名物】
報国寺や浄妙寺で飲める「抹茶と和菓子」 
●鎌倉彫りの食器やアクセサリー
●湘南のシラス 
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●サザエ 
●干物 
●鎌倉野菜 
【偉人】
北条時政・青砥藤綱公・足利家時公(室町幕府初代征夷大将軍足利尊氏公の祖父)・宅間上杉重兼(しげかね)公(足利尊氏公の従弟)・伏見宮博恭殿下。 
【関連記事】 
●報国寺と華頂宮邸の景色写真と歴史を紹介した記事は「ココ 」←クリック! 
●報国寺公式ホームページ「ココ 」←クリック! 
●浄妙寺を紹介した記事は「ココ」←クリック!

【大山阿夫利神社と大山寺】(伊勢原市丹沢大山国定公園) 

雨降山大山寺
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秋は期間限定で夜間ライトアップと灯篭祭りも有るので、大山ケーブルのホームページを確認するとケーブルカーの夜間運航期間と灯篭祭りの期間も確認できます。
桜も有名で大山桜と言う樹齢千年を超す古木が数本ある。
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参道の温泉街の多くの宿坊では美味しい猪と鹿と豆腐の料理を食べる事も出来る。
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【催事】
紅葉の夜間ライトUP(開催日は大山ケーブル公式ホームページ を御覧下さい!)
山麓から大山阿夫利神社までの参道の灯篭祭り
ケーブルカーの運行時間20:00迄延長
(下り線の時間。逃すと徒歩で山道下山)
春と夏も夜間ライトアップあり。
【交通】
夜間ライトアップ期間中の土日祭日は自家用車は非推奨。
電車バス推奨!
渋滞が酷く辿りつけません!バスで麓まで行き渋滞次第で降車し徒歩登山でケーブル駅を目指すのが良。
●電車とバス
小田急線伊勢原駅から神奈中バス。
北口(改札口を出て右)バス4番線
伊10系統「大山ケーブル」行き乗車(36分:渋滞無し)~終点「大山ケーブル」下車
●登山方法
バス終点(駐車場)から徒歩(15分)~大山ケーブル駅から乗車or徒歩登山1時間半程度。
駐車場…(ハンパない渋滞!)
※一昨年・昨年とTVで有名に成ったせいで、大山の麓から駐車場の5km未満進むのに3時間かかりました。
やむを得ず、夕食を予約していた宿坊で食事と入浴だけして帰る羽目に…
大山渋滞情報
…毎年行ってる小生からすれば、有名に成るのは嬉しい反面、渋滞等の現実問題は心情的に複雑ですね。
【名物】
●温泉…参道自体が平安時代~江戸時代にも大変賑わった古い温泉街で宿坊が立ち並ぶ。日帰り湯有り。
●日本酒…縄文時代からの遺跡が有る聖地で、湧水地が境内にあり、神話時代から酒造りが盛ん。
※参道に三河屋酒造と言う地酒蔵元の直売所もあり、御土産物屋にも取扱い有る場所数件。
●豆腐料理と猪肉・鹿肉料理…豊富な名水を利用した豆腐生産が有名で、江戸時代から名物。
●柿・蜜柑・梨…伊勢原市は柿と蜜柑の果樹園が多く古くからの特産品。
【偉人】
大山信仰に関係有る歴史偉人と周辺を支配した武将達。
神武天皇以来の歴代天皇家・源頼朝公と北条政子様御夫妻・相模守護大名三浦家・扇谷上杉家歴代当主・徳川家康公・徳川家光公等々…
【関連記事】
●大山阿夫利神社の記事「ココ 」←クリック!
●大山の豆腐料理の記事「ココ 」←クリック!
●大山信仰の比々多神社の記事「ココ 」←クリック!

【震生湖と福寿弁財天社】
震生湖
福寿弁財天社
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御世辞身も水質は綺麗とは言えないが、肌寒い快晴の日は鏡の様に湖に紅葉が写り込んで綺麗。
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暫く湖畔の林道を歩いていると福寿弁才天様が見える。
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ここ震生湖は大正時代の関東大震災で水源地の山が崩壊し湧水が堰き止められて湖に成ったのだが、どこの川からも水が流入せず、そして水が出て行く川も無く、水量が一定している不思議な湖。
震生湖の福寿弁財天様は神奈川県下では珍しく竹生島弁才天様の御分霊では無く奈良県天川村の❝天河伝説殺人事件❞なんて昔の映画でもモデルに成った天河弁財天様の御分霊。
震生湖自体は現在は釣りの名所にも成っている。
【名物】
●落花生
●煙草(昔)
【交通】
車以外に交通手段が無いが、駐車場は台数少ないが有る。
【周辺】
車なら南足柄市の大雄山や秦野市内の弘法山と合わせて紅葉見物するとより楽しめる。近くには縁結びの神様の出雲大社相模分祀も存在するし、鶴巻温泉郷で日帰り温泉入浴も出来るので数ヵ所合わせて良い休日を過ごせる。

弘法山公園
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一応、ハイキングコースとして有名で紅葉も楽しめる。
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実は春の桜の名所としても有名な場所で天気が良ければ下の春季の写真の様に富士山も大きく見える。
富士山と紅葉や桜の風景を楽しめる場所。
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弘法山の展望台からは丹沢山系~箱根山系~(晴れてれば富士山)~伊豆半島の山並みの絶景が一望できる。
春には手前に桜が、秋には紅が差した山の木々が景色を化粧してくれる。
【名物】
●落花生
●煙草(昔)
【交通】
電車だと最寄りの秦野駅・東海大学駅・鶴巻温泉駅から徒歩で数十分かかる。
車以外に交通手段が無いが、駐車場は台数少ないが有る。路駐可能。
【周辺】
車なら南足柄市の大雄山や秦野市内の震生湖と合わせて紅葉見物するとより楽しめる。近くには縁結びの神様の出雲大社相模分祀も存在するし、で日帰り温泉入浴も出来るので数ヵ所合わせて良いデートコースに成る。
丹沢山系の水で手作りの豆腐を製造直販している“五右衛門本店”、そして“鶴巻温泉郷”と合わせて行くと良い休日に成るだろうと推薦できる場所。震生湖大山も車での移動の人なら合わせて訪問しても良いかも知れない。

【大雄山最乗寺】(南足柄市大雄町)
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大雄山最乗寺の紅葉 久良岐のよし
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縁結びでも有名なパワースポットです。
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最後の最後で350段の急な階段が待ち構えていますよ!…足パンパンに成ります。下りも怖いし。 
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【催事】
禅宗の御寺で座禅会も開かれます。 
曹洞宗の寺院で本来の山岳信仰の文化も受け継いでおり、境内は四季のそれぞれの自然の豊かさを前面に押し出した本来の日本文化を有する美しい場所です。
ただし!禅宗の山岳修行場として信仰をあつめた場所なので、参道から歩いて奥院まで行くと結構大変。
【名物】
●自然薯…参道に「とろろめし」や「とろろ蕎麦」を出す店が多く有る。
煎餅…参道には名物の天狗の団扇(うちわ)を模(かたど)った煎餅を売る店が多くある。
【交通】
●電車とバス
※紅葉と桜のシーズン中は渋滞すると抜け道が無いので大変です。 
●駐車場
150台のみ有り。ただし直ぐ満車に成ります。とんでも無い早朝に訪問するか、駅からバスかTAXIがお薦め。 
【偉人】
室町時代の大名:大森家歴代当主:足柄郡領主で小田原城主・北条氏康公:戦国時代の関東の大大名、等々… 
【関連記事】
●最乗寺そのものは未紹介…ネタでキープ中です、いずれ記事で紹介します。 
(大規模過ぎる寺院なので小田原城の記事並みになってしまうのでゆっくり紹介します。) 
小田原城の記事は「ココクリック!             

【箱根町と金時山周辺】
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金時山の入口に鎮座する金時神社の紅葉。
(金太郎=今の神奈川県足柄郡出身の平安武将:坂田金時(さかたのきんとき)公を祀る) 
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【催事】
●金時祭り…仙石原金時神社は現在は宮司不在だが、古来、御祭神の坂田金時公の幼少期の御姿の金太郎が有名で端午の節句に飾る5月人形のモデルにも成っている程の信仰を集めたので5月5日の子供の日には今でも御祭りが開かれる。
●その他、箱根町観光協会のページ
 https://www.hakone.or.jp
【名物】
温泉
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●麦とろ飯(江戸時代からの箱根名物)
●小田原の蒲鉾(箱根の一つ前の東海道宿場町の名物)
●小田原の曽我梅干し(箱根の一つ前の東海道宿場町の名物)
●大涌谷名物の黒玉子(温泉の鉄分が付着し黒い温泉卵。1つ食べると寿命が7年延びる?昔からの名物。)
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●温泉まんじゅう
第三新東京市行ってきた(アニメおたく狙いのエヴァンゲリオンとのコラボ土産)
【交通】
登山鉄道とバス
箱根湯本駅から各目的地へは箱根登山鉄道とバス。
駐車場
箱根なら、宿泊施設・博物館・レジャー施設どこも駐車場完備だが全て有料。
【偉人】
源頼光(よりみつ)公:平安時代の摂津源氏の名将・金太郎(坂田金時):源頼光公の与力の名将・風魔小太郎:戦国時代の忍者・北条早雲(そううん)公・北条幻庵(げんあん)公:小田原城主北条早雲公の三男で箱根権現の別当職)・仙谷秀久(豊臣秀吉の部下)・豊臣秀吉。
【周辺】
当然ながら温泉旅館も多数、ガラス加工体験が出来るガラスの森美術館や、箱根の関所、芦ノ湖遊覧船、箱根神社、箱根名物の畑宿の箱根細工のアクセサリー展示館、大涌谷等が在り1日楽しめる。



金曜日、この日の当初の予定は小田原市に行き曽我梅林と小田原城を見て廻り、夕方から湯河原町に移動して湯河原梅林の夜間ライトアップを見物する予定だったが、午前中は生憎(あいにく)と観梅には適さない空模様で予定を変えた。
横浜中央図書館に午前中出掛けて、午後の帰路そこから順繰りに梅の名所を幾つか見て廻る事にした。
中央図書館の次は三渓園、環状3号線に出て大船フラワーセンターへと遠回りしてから円海山の麓に戻って来る事にした。
横浜中央図書館の在(あ)る野毛から車で中区本牧半島の三渓園に行こうとすると“平戸桜木道路”を少し南下するルートを通るので、途中で日ノ出町の旧問屋街に乾物問屋や駄菓子問屋が今も少し残る界隈を通る。
ちょっと気に成っていた問屋さんが有ったので立ち寄る事にした。
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佐野屋本店

今では本当に少なくなってしまった玩具や駄菓子の問屋サン。時代の流れで流通形態も変わり町の中の駄菓子屋もコンビニの登場で役目を横取りされ、玩具屋サンも家電量販店に市場を奪われた。
大きな店が各主要駅と幹線道路沿いに出来た代りに、住宅街の身近な子供のコミュニティーは破壊され消え失せてしまった。
たまにブログも自分の部屋以外で書きたくて息抜きに地区センターに行くと、子供達は公園でボール遊びをする事も無く成り夏は横浜市内各区の地区センターのロビーで冷房泥棒しながらゲーム機やカードゲームに興じ、肥満児と眼鏡っ子の割合が異常に高く成っているのが目につく。
・・・日本の子供大丈夫か?とか思うが中国に仕事で行ってた時の事を思い出すと、中国の子供の方が公園すらろくに無いし空気も悪く不健康な環境で育ってるなと、外で遊びたくても遊べない中国の子達と比較してしまった。
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佐野屋サンは駄菓子と玩具の両方を取り扱っている問屋さん。でも昔と違ってプラモデルなんかは家電量販店に市場完全に奪われて現在は本当に玩具と言える玩具しか取り扱ってない。
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「御店主に写真撮って良いですか?」と聞いたら快く許可して頂きました。
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本当、甥っ子とか連れて来たら喜ぶだろうな~珍しい物が沢山有って。
でもウチの妹の所の甥と姪は、甥が私立の小学校に入学決まったし下の姪が今度は小学校受験準備で遊ぶ時間を確保出来ない様だ。
横浜に遊びに来たら連れて行ってあげよう。
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何故かジャニーズのアイドルのポスターも売っていた。需要は有りそう。
佐野屋サンの2Fが駄菓子コーナーなのだが買物に一生懸命に成って写真撮影忘れていた(笑)。
巨大なマシュマロの袋詰めを購入して職場に持って行き主婦連中に差し入れし、山分けして持って帰って貰った。
そこから小生は今度は横浜三渓園に梅を見る為に移動。
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小島屋(雷神堂)
三渓園の手前に小島屋サンと言う巣鴨が本店のフランチャイズ“雷神堂系列”の手焼き煎餅の店が在るのだが、ここの割れ煎餅が美味しくて三渓園に来ると大体いつも購入する。
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でも生憎と寒い金曜日で人手が少なく、この日は販売して無かった。
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国指定景勝 横浜 三渓園(旧:原財閥邸宅)三渓園は以前は入場料金500円だったのだが、横浜市は中田市長以来“緑税”の緑地公園整備費を徴税し始めたのに一昨年から三渓園の入場料を林文子市長が800円に値上げしてしまった。
何でだろうね?税金徴収してるのに300円もの値上げに矛盾を感じる小生。
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ともあれ三渓園はとっても和(なご)むので好き。
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本当に花の綺麗な日本庭園。
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そして重要文化財指定された日本建築が日本各地から移築保護されている。
その建物のどれもが各季節の植物に良く合い四季を通じて散歩と軽食を楽しめる。
三渓園を入口から入って来て右手奥に廻って行くと織田信長公や豊臣秀吉や徳川家康公や織田有楽斎所縁の建築文化財が多く有るエリアが有る。
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臨春閣という建物がこの写真の右側の映ってない所に在るのだが、今年から屋根の吹き替えで向こう三年位は工事中だそうだ。ここは秋の紅葉がとても綺麗なのだが完璧な風景を見るには3年間は我慢が必要らしい。仕方ない。
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そんでも充分に風情を楽しめる。
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2019年03月01日は白梅も綺麗に咲いていました。
三渓園の真ん中の池の畔に戻る。
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旧灯明寺三重塔と梅と松の縁起良い美しいコラボ。後は竹だけ有れば完璧なんだけどね(笑)。
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ここの梅は少しだけピンクがかっていて綺麗だった。
三重塔の山の下、池の畔に小生行きつけの茶屋が在る。
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表題の通り、横浜市内と鎌倉市内は2017年12月第1週、今が紅葉の見ごろです!
昨日12月02日に撮影して来た写真を添付羅列しますので、旅の御参考にして頂ければ幸いです!

横浜三渓園
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山下公園~横浜三塔KING(神奈川県庁旧庁舎)前銀杏並木DSC_3852
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鎌倉市浄明寺地区宅間谷(たくまがやつ)界隈(報国寺~旧皇族華頂宮邸~犬懸谷)
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旧皇族華頂宮邸
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犬懸谷(いぬかけがやつ)~衣張山~田楽辻子の道周辺CIMG5827
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関取(戦国期北条氏康公関所跡)~ニュージャーマン~鶴丘八幡宮
248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下636−1



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鶴丘八幡宮~白幡神社(鶴岡八幡宮境内社)~鎌倉国宝館
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もう有名な場所ばかりなので解説は不要だと思い、先ずは皆さんの必要な現在の画像情報を掲載しました。
もし、「余り詳しくないよ~」と言う人はブログの記事の下の方のタグから検索したいキーワードを;クリックしてみて下さい!
タグ検索
PCの場合は一番下の方に表示されてます。
そこから検索キーワードをクリックすると関連する記事を見る事が出来ます。

近い内に22日の神奈川県西部の紅葉見物の休日雑記の続きを書きますので、その記事も御興味有る方は御覧下さい。

 ↑
これは前回の記事です。

皆さん、晩秋の景勝、楽しんで下さいね~♪
では、又、次の記事で!




















午前中、Twitterでフォローしてる縄文時代の遺跡のど真ん中に奥宮と聖地が有る相模原市の有鹿神社さんの古代から続く“水引神事”に参加する予定だったのに…
深夜に職場から帰宅し更に家でも作業をしていたら既に早朝5時、神事は9時半から。
出発予定時刻は8時前を目途にして少し仮眠をとった。
…つもりが、起きたら9時、当然横浜から50km以上も離れた神社に間に合う訳が無い。
この水引神事と言うのは一度断絶したのを北条家の殿様が1575年に復興した神事で、玉縄北条家や与力の間宮家の顕彰活動を行っている小生は当然参加し宮司様に取材をしないといけない行事だったのだ。
落ち込んだ。
 
諦めて不貞寝した。天気も雨で神事に参加出来ず陰鬱とした気分だった。
 
昼過ぎ、少し気力復活。
もそもそ動き出す。午前中に雨風強かったので恐らく満開に成ったであろう桜が心配。
気分を切り替え桜の写真撮影に行く事にした。
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最初の訪問先は御寺の歴史が1300年以上有る横浜市南区の弘明寺。その旧境内参道に広がる弘明寺商店街と大岡川沿いの桜並木。
この桜並木は弘明寺~日ノ出町まで直線距離で約5kmも続く。桜並木は川に沿っている為、実際は7km程度は有るだろう。
更に上流の笹下川近くまで桜並木は続くので、全長にすると10km位は有るかも知れない。
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見慣れないピンクの緋桜が目を引いた。
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説明板が有り“横浜緋桜🌸”と言う品種だそうだ。横浜市民なのに知らなかった。
先日、横須賀市安針塚近くの住宅街で見たのも、横浜緋桜だったのかも知れない。 
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弘明寺近辺だけ散策し、屋台でタコ焼きとお好み焼きを朝食兼昼食に食べた。
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味は普通だった(笑)。食べ終わってから川下へ1km位歩いてから又戻り、今度は遊歩道へ降りてみた。
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川の遊歩道から写真撮影をしたりと楽しんでから、親子連れやカップルの幸せそうな笑顔を見てこちらまで幸せにして貰った。
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川面(かわも)に浮かぶ花弁(はなびら)がとても綺麗だった。
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 う~ん、仲良し親子!
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元気に遊ぶ子供達!うむ!浜っ子とは斯(か)くある可(べし)だ!
この子達の様に冒険心を持って遊んでこその浜っ子だ!
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車を泊めた商店街の駐車場に戻る途中にカフェが桜ソフトクリーム成る物を販売していた。
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それを買って見た。
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食べると、桜フレーバーが香って美味しかった。
他にも酒屋の川松屋サンが弘明寺オリジナルの日本酒とビールを販売していた。CIMG3043
これ、興味有る人は酒飲みには少なくないだろう。
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良い地域振興の試みだと思う。まぁ、小生は普段酒は一滴も飲まないし、飲んでも神奈川県名産の梅を使った田浦梅林の梅酒や横浜大倉山梅林の梅酒なんだな。だから購入しなかったが目を引く素晴らしい商売だと思う。
駐車場に戻る前に弘明寺さんを山門前から御参りしてから次の目的地に移動したのが15時位だったろうか?
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その後、中区の根岸森林公園に移動。CIMG3047
根岸森林公園は日本最初の競馬場として幕末に建設が始まり明治時代に完成し太平洋戦争直前まで使用された横浜競馬場の跡地を利用した市民の森林公園だ。
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 広大な芝生に桜林と梅林、遊水池が有る。恋人同士や子供連れの良いピクニックの場所に成っている。
他にも競馬発祥地だけあり馬やポニーに乗れる馬場と、“馬の博物館”等も有る。
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チューリップの花がもう直ぐ開き見頃に成りそうだ。
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 そう言えば、東京都羽村市のチューリップ祭りも開催されたそうだ。観光協会に問い合わせたら横浜と同じく見頃は15日位だろうとの事だった。
羽村市のチューリップ祭りは本当に素晴らしいので興味の有る人は 以前の記事↓を読んで欲しい。

さて、話を根岸森林公園の横浜競馬場跡に戻す。CIMG3068

幕末以来の競馬場史跡なので戦後、米軍に接収された区域には未だに当時の競馬場史跡“一等馬見席”の西洋の城の様な立派な建物が現存している。
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これはいつ見てもカッコ良い。

現在は米軍管理下で手入れが行き届かず、部分的には荒れているが…
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それでも凄くカッコ良い!
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 これ、何でTVドラマや映画の撮影で使用されないか横浜市民として不思議でならない。
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 やはり、米軍の敷地内なので許可が下りないのだろうか?
そろそろ横浜市か国の文化庁に返還されて重要文化財指定の上で再整備して赤煉瓦倉庫みたいにショッピングモールやカフェのテナントを入店させても良いんじゃないかと思うが需要が有るかは微妙な所ではある。
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 まぁ、場所柄ホテル等に転用出来れば、米軍の将校の方々の家族の来日の際は宿泊等も見込めたりして?

森林公園部分に話を戻すと公園内には多くの立派な桜の林が有る訳だが、桜の根元には菜の花も咲いておりとても綺麗だ。
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午前中は雨天、午後も霧雨が降ったが、それでも付近の山手地区や本牧や米軍基地用地に住む異人サンや日本人が一緒に花見の宴会を開いていた。
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 リア充も多数出没。
緑豊かな場所なので雨が上がってからは子連れの親子も遊びに何組か来ていた。
幸せそうで羨ましい( ´艸`)!
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そう、思わず顔文字で(笑)を( ´艸`)と表現したく成る位に温かいホッコリを分けて頂いた。
その幸せは普通の様でとても大事なものだから大切にしてね♪
あの子達がずっと幸せに育ちます様に!
パパさん、子供の為にも伴侶の為にもシッカリな。
ママさん、あんまりパパさんにガミガミ強く言わないでね(笑)。
根岸森林公園の近くには松任谷由実が荒井姓時代に歌った「海を見ていた午後」の歌詞の舞台“ドルフィン”と言うレストランも在る。今日は行かなかった。
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※昨年の写真。車に乗り込み次の目的地の国指定名勝 三渓園に向かったのが18時少し前だった。

三渓園はこの桜の時期と紅葉の時期は駐車場が混雑して中々入れない。
まぁ、小生は時間に余裕も有るのでそれを見越して車中でTVを見たりiPodで曲を聴きながら順番を待ち19時頃に駐車に入る事が出来た。
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今年の桜は近年中一番発色が良く、1本の樹木に対する花弁の密度も多い気がする。
とにかく、見頃だった。
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 枝垂れ桜だけはま未だ少し早い様で、12日位が見頃に成りそうだ。
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相変わらず、この時期に行われる桜のLight up行事「観桜の夕べ」の演出は素晴らしく三渓園の庭園と見頃を迎えた桜の調和した美しさが他所の夜桜の演出よりも際立っている。
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恐らく日本屈指の夜桜の美しい風景だろう。
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まぁ、美しい庭園に在る分、少し反則なんだが(笑)。
これに対抗出来るのは高遠城や弘前城程度の名所じゃないと無理じゃないかと個人的に思う。
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午前中は、いつもの自分なら出発してから仮眠するのに、先に仮眠をして寝坊し貴重な体験をする筈が台無しにしてしまいクサクサしたが、午後は桜🌸達と幸せそうなカップルと家族達の御蔭で幸せな時間と成った。

桜を一頻り見て、帰りにスポーツジムに行き1時間ばかり汗を流してから、銭湯の大浴場の湯船に入り肉体的にも癒されて帰宅した。

ふむ。桜と皆の幸せそうな笑顔の御陰で午前中のブルーも吹き飛び良い一日と成った。
参加出来なかった神事、ちゃんと後日、宮司様に取材に行かないと北条家の顕彰文の記事にかけないな。
…幸せと同時に新たに行うべき事が出来た。

では、皆さんおやすみなさい♪

あ!そうそう、三渓園のライトアップは明日までですが、桜自体は12日頃まで楽しめそうですよ!
三渓園のアクセス方法は前回の記事に掲載して有ります。

コレ↑ね。
では皆さんにとっても良い春の日と今週が成ります様に♪
今日寝坊して御会い出来なかった有鹿媛様と有鹿彦様の夫婦神様に祈願しておきます( ´艸`)ブハっ(笑)。

前日、台湾の友人夫妻来浜→ ←これの続き。2日目。
台湾の友人夫婦が横浜に遊びに来てくれた2日目・・・
この日は朝から中華街のホテルに二人をピックアップし、藤子F不二雄ミュージアムに行って来た。
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ここは完全予約制で、ローソンでチケットを購入しないと入れない。
当日券は販売していない。来館者が快適に見学する為の配慮だ。
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まぁ、関連商品も沢山売っているので、御土産にも困らない。
小生の友人は日本が大好きでいてくれて、度々遊びに来てくれるのだが、今回訪問先と成った川崎・横浜・横須賀・三浦を含めた神奈川県は初めての旅行先だそうだ。
東京が近い弊害で東京より見る場所が多いのに海外の旅客にスルーされる事の多い我が県、何とか楽しんで欲しく、事前に友人(御妻君の方)と旦那さんの要望をリサーチして訪問先を分単位で計算して計画を立てていた。
しかし、この日は小生がドジをやらかしまくった。
高速で第三京浜川崎出口を降りた際、道路が複雑な進路変更が必要で道を間違えた。
更に、のちに話すが家系ラーメン総本山吉村家を食べさせてあげる事が出来なかった。
う~ん・・・
まぁ、話を先に進めると、友人(御夫君)が幼少の頃ドラえもんが大好きだったので、ここの存在を知った友人(御妻君)が小生に行きたい候補として事前に通知してくれていたのでチケットを予約しておいた訳だ。
入場料は1000円、安い。
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屋内展示物は写真撮影が不許可なので、屋外の展示物しか撮影出来ない。
しかしながら、多言語に対応した案内解説器具を各入館者に1台づつ渡して貰えたり、原画が多数展示されていたり、藤子F不二雄先生の生涯や、作業場等が再現された展示が有り有意義に時間が過ごせる。
子供向けと言う訳では無い施設だった。
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どちらかと言えば中学生高校生大学生等、進路に迷いがちな世代が来た方が良い場所。
最低限、小学校低学年程度の読み書きが出来ないと子供も理解出来ない展示が多い。
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でも屋外に出ると、子供も喜ぶ写真撮影の為の実寸のキャラクターが展示して有ったりする。
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ドコでもドアーとか・・・
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空地の土管とドラえもん。
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映画のワンシーン等も再現されていて親子連れや大学生位のカップルで賑わっていた。
でも入場制限がちゃんとかかっているので、酷く待ち時間が有る様な事が無いので快適に見学出来た。
小生も次ぎ来る時は、自分の恋人か奥さんと一緒に来られる様に頑張らねば(笑)。
まぁ、甥っ子姪っ子を連れてくるのが先に成りそうだな。
ここをいたく気に入った二人、4時間も滞在したので後の予定に少し影響が出た(笑)。
実はこの後、車で横浜駅西口の家系ラーメンの総本山である吉村家に向かったのだが・・・
月曜日店休日だった。
直弟子の店で吉村家発祥地の杉田家が年中無休なので当然やっているものと思い込んだ小生のミス。
この日二つ目のミスだった。
友人夫妻は「明日自分達で帰りに食べに行くから良いよ~」とは言ってくれたが悔やまれるミス。
時間的にも杉田家に回る時間が無いので、やむなく、藤子不二雄ミュージアムで購入したドラえもんのどら焼きと、ドラミちゃんのメロンパンで二人に間食して凌いで貰った。
目的地を3か所目の横浜市中区の国指定名勝の三渓園に移動した。
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※写真は昨年の写真。
ここまでの移動中、友人(御妻君)の勤務先の台湾の貿易会社が日本の顧客の会社のミスで少々トラブって、休暇中なのに電話が引っ切り無しに掛かってくる。
当然三渓園を友人(御妻君)はゆっくり見る事が出来ず少々可哀想だったが、御夫君の方は御妻君に指で指示を受けながらポイントを押さえて写真撮影に勤しんだ(笑)。
この後に城ケ島で富士山を見る計画だったので、三渓園は大急ぎの1時間のみの滞在と成り御団子も食べる事無く車に乗り込んだ。
う~ん、藤子不二雄ミュージアムの滞在が1時間長かったかな。
まぁ、三浦に行けば美味しい鮪料理も食べれるので、二人のテンションも下がらずに城ケ島には17時位に到着した。
本来ならコンナ↓風景を見せてあげられるはずだったのだが・・・
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・・・三浦に到着するや否や、雹と大雨のドシャ降り。
う~ん、富士山どころじゃなかったな。
傘さしてるとは言え二人とも外套(コート)の肩がビショビショ。
仕方なしに、三崎漁港の小生行きつけの寿司の名店「紀ノ代」に移動した。
そしたら臨時休業だった(笑)
もう、ここまで踏んだり蹴ったりだと笑えて来るのだが、事前に隣に在るマグロ料理居酒屋の「黒羽亭」の事も二人に紹介して置いたので、「そちらに行こう!」と二人が言ってくれたので助かった。
あぁ!エスコートしなきゃいけない側が、なんかフォローされて胸が苦しい。
でも二人はマグロ喜んでくれて大助かり。
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※顔は差し替えてあります。
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台湾で余り食べる事の出来ない“胃袋”“白子”“卵”を前菜に、珍しい骨髄・・・
あと三浦野菜とシラスのサラダ、鮪の刺身、鮪の刺身定食、サザエのつぼ焼き、トロカツ、顎肉のステーキ
それと二人にはキリンビールプレミアム横浜仕立て?とか言うのを注文。
二人の胃袋を一杯にして、店を後にして再び出発。
帰り道、横浜横須賀道路の横須賀PAに寄りたいと希望が有って立ち寄ったら19時閉店・・・
どうかしてるぜ横須賀PA!
24時間やれや!しかも大黒ふ頭PAも同じ。
この日、最終日なのに神奈川の夜を楽しめないで帰らせる訳にはいかず、鉄オタ御妻君友人が喜びそうなので前日に大さん橋から眺めたミナト未来地区へ移動。
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少し雨が降っていた事、平日の夜という事も有り、人もまばらで写真を撮るには良い環境だったので結果的には二人にとって良かったかも知れない。
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横浜市民でも余り知らない人が多いのだが、ここは伊藤博文公が整備した新港埠頭の鉄道史跡だったりする。
二人は鉄道が好きなので小生の解説に興味を持ってくれた。
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だから、気が付かない人も多いかも知れないが赤煉瓦倉庫の前には当時の汽車の線路が今も保存されていたりする。
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この建物の反対側に移動すると、横浜ベイブリッジも綺麗に1枚の写真に収める事が出来たり、その更に少し先に行くと、下の写真の場所が在って・・・
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暗くて上手く撮影出来なかったが、明治~大正時代の横浜税関の検査場の建物の史跡も在ったりする。
何より線路の上を歩きながら綺麗な風景を見られる絶好の観光スポットな訳だ。
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サークルウォーク(鉄橋の円形歩道橋)からの眺めも良い。
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そして、ワールドポーターズの前も嘗(かつ)ての新港埠頭の史跡。
だから、昔、貨物船が通っていたランドマークタワーの真下へ真っすぐ赤煉瓦倉庫から線路が続いている。
この道を歩いて、二人とランドマークタワー下のドックヤードガーデンへ移動。
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ここ、若い人や歴史に興味の無い人は只の野外コンサートホールだと思っている人も少なくないのだが実は、日本現存最古の造船所の史跡で重要文化財なのだ。
友人(御夫君)は建築企業の監督なので、これを見て「カッコいい!」と喜んでくれた。
実は友人(御夫君)は日本の歴史に精通しており、下手な日本の大学生よりも日本文化と歴史に対する理解が深い。御父上は中国大陸の上海出身なので中国の歴史に対する理解も深く、この前日に三笠公園で清帝国の戦艦“鎮遠”の弾頭を見て西太后の暴走独裁と頤和園の建設による近代化の遅れ等を直ぐに解説していたりした。
今回、改めて自分の県を回ってみて思ったのだが、横浜は非常に台北に文化が似ている。
だから彼らと価値観が合ったりするのかも知れない。
外国の租界が置かれた歴史、外国文化の流入
南宋滅亡時に元朝に寝返らなかった蘭渓道隆和尚達、鎌倉幕府へ亡命したた忠義の真の華人達と成熟させた鎌倉文化や、三渓園で見る事の出来る、その後の武家文化
そして自然豊かな三浦の景色
これを全部合わせると、台湾の歴史背景と文化背景、そして景色その物もなんとなく似ている所が多いのかも知れない。
友人は開港記念会館を見て、台湾の総督府に似ていると言っていた。
近代の建物で日本人のデザインだから似ているかもね~と言う話もした。
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上の2枚は2014年に台北に友人を訪ねて行った際に撮影した写真。
下の2枚は2015年にブログ素材様に撮影した横浜の写真。
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うん、やっぱりソックリ(笑)。
まぁ~台湾人は日本人と同じように神仏を信仰して、文化も似ている上に風景も似ているんだから友達として意気投合出来て当たり前なんだよなって改めて思い、そして2年ぶりの友人夫妻との再会を楽しんだ休日と成った。

ホテルまで二人を送り、ロビーで暫しの別れの挨拶。
握手して「又ね!」と言ってバイバイした。
寂しいな。

残りの人生、二人に何回会えて何時間一緒に遊べるか判らないから。
一期一会の心掛け、出来るだけ、やれる事を!
さぁ、成さねば、自分の事・・・
又、元気な二人に元気に会えます様に。

今年も梅が見頃の季節に成りましたので、神奈川県内で綺麗な梅の花の名所を小生の知る場所だけ、一覧として掲載します。
もし他にも県内に素晴らしい梅林を御存じの方は、紹介コメントを残して頂けると幸いです。
※小生が写真未撮影の梅林については公式ホームページの写真を転用し紹介します。
※公式ホームページが有る場所は名前にリンクも貼りますので参考にしてみて下さい。
※梅林の名称をクリックすると、リンク先の公式ホームページを閲覧出来ます。


湯河原梅林
住所:〒259-0313足柄下郡湯河原町鍛冶屋951-1付近
見頃:2月初旬~3月初旬
湯河原梅林様公式 画像拝借1 久良岐のよし  
湯河原梅林様公式 画像拝借2 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
イベント
●夜間ライトアップ
※期間については問い合わせ先に電話確認するか、公式ホームページを御覧下さい
湯河原梅林は約4000本の梅を誇る。箱根~小田原~熱海の温泉地や名勝旧跡からも車で1時間以内と近く、周辺には温泉宿も多く有る風光明媚な観光地で泊りがけの梅林鑑賞を楽しめる夜間ライトアップも行っている。
連絡先
湯河原町観光課 TEL 0465-63-2111
アクセス
幕山公園
駐車場…500円~300円(会場との距離で料金が異なる)
JR湯河原駅~バス乗車(約20分に1便間隔)~15分で到着 湯河原梅林 アクセス 久良岐のよし



【辻村植物公園】
住所
:〒250-0042小田原市久野荻久保4381
見頃:2月初旬~3月初旬
辻村植物公園2 小田原市公式様より拝借 久良岐のよし 
辻村植物公園 小田原市公式様より拝借 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
イベント
特に無い。
連絡先
小田原市広報広聴課 TEL 0465-33-1261
アクセス
辻村植物公園
駐車場500円
JR小田原駅西口~バス乗車いこいの森(わんぱくらんど)行き~約10分、辻村植物園で降車
辻村植物公園 アクセス 久良岐のよし 

小田原城 城址公園内梅園
住所:小田原城址公園
見頃:1月末~2月末
小田原城 小田原市公式様より拝借 久良岐のよし
※画像は公式から拝借 
2015-02-28-16-54-45
※2015年02月28日撮影。
この頃が見頃。
イベント
梅まつり
梅林の規模は50本前後と小さいが、御城を見学出来る上に場内でレンタル甲冑で写真撮影等も出来る。
また、辻村植物公園の梅林や曽我梅林や小田原フラワーガーデンと合わせて鑑賞に来れる距離。
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
連絡先
TEL 0465-23-1373
アクセス
JR小田原駅から徒歩10分
公共駐車場無し。周辺に私営駐車場有り。 小田原城アクセス 久良岐のよし


小田原フラワーガーデン
住所
:〒250-0055 神奈川県小田原市久野3798-5
見頃:1月末~2月末
小田原フラワーガーデン 公式様より拝借 久良岐のよし 
小田原フラワーガーデン 公式様より拝借2 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
イベント
渓流の梅林 梅まつり 
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
連絡先
TEL 0465-34-2814
アクセス
JR小田原駅乗り換え~伊豆箱根鉄道大雄山線飯田岡駅~徒歩10分
駐車場(140台)無料
小田原フラワーガーデンアクセス 久良岐のよし 


曽我梅林
住所
:〒250‐0205神奈川県小田原市曽我別所282付近一帯

見頃:1月末~2月末
曽我別所梅まつり観光協会様公式 拝借1 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
2015-02-28-17-40-49 
2015-02-28-17-38-43 
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※2015年02月28日に撮影
イベント
小田原梅まつり 
※曽我梅林は他の梅林とケタ違いの3万本以上の広大な梅林です。
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
連絡先
小田原別所観光協会 TEL 0465-42-1965
アクセス
電車…JR東海道本線国府津駅~御殿場線に乗り換え~下曽我駅~徒歩15分。
バス…小田原駅・国府津駅からバス有り。中里で降車~徒歩20分。
曽我別所梅まつりアクセス 久良岐のよし 


松岡山東慶寺 金峯山浄智寺
住所
東慶寺〒247‐0062鎌倉市山ノ内1367

浄智寺〒247-0062鎌倉市山ノ内1402
見頃:2月初旬~3月初旬
東慶寺様公式ki-chi様撮影 拝借1 久良岐のよし
※画像は公式から拝借
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※2015年06月14日に撮影
駆け込み女と駆け出し男
※東慶寺は2015年公開の映画❝駆込み女と駆出し男 ❞の舞台です。
イベント
特に無し。
東慶寺は約100本以上、浄智寺にも数十本の梅が咲く。
東慶寺と浄智寺は徒歩5分の距離。
浄智寺は鎌倉五山で京都の征夷大将軍が直接住職を任命する特別な寺だった。 現在は鎌倉江ノ島七福神巡りの一つ。
東慶寺は鎌倉幕府執権北条時宗の妻、覚山尼様の開基。その後は後醍醐天皇の皇女用堂尼様、戦国時代には豊臣秀頼公の御息女の天秀尼様が住職を務めた。映画❝のぼうの城 ❞のヒロインで女傑として有名な成田甲斐姫も天秀尼様の養育係として仕え東慶寺に同行し住したと伝承する。
浄智寺は鎌倉五山の一つの各式を持つだけでなく、嘗(かつ)ては広大な敷地と無数の堂塔を有し、鎌倉公方の仮御所に定められる事も度々有り、足利持氏公や足利成氏公が滞在した場所でもある。
又、2015年に公開された映画❝駆込み女と駆出し男 ❞の舞台でもある。
連絡先
東慶寺 TEL 0467-33-5100
浄智寺 TEL 0467-22-3943
アクセス
東慶寺 JR北鎌倉駅~徒歩5分
浄智寺 JR北鎌倉駅~徒歩8分
東慶寺浄智寺アクセス 久良岐のよし 


錦屏山瑞泉寺異名:花の寺&荏柄天神社】
住所:
瑞泉寺 〒248-0002 鎌倉市二階堂710
荏柄天神社 〒248-0002 鎌倉市二階堂74
見頃:1月中旬3月初旬、黄梅は2月中旬~3月中旬 
瑞泉寺様公式mayumi-katsu様撮影 拝借1 久良岐のよし
※画像は瑞泉寺様公式から拝借
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荏柄天神社は日本三古天神社の一つに数えられる天満宮で、境内には数十本の梅が咲く。
イベント:
瑞泉寺
瑞泉寺様公式催事 拝借 久良岐のよし
※画像は瑞泉寺様公式から拝借
季節ごとに、その季節に見頃の花を植樹してある。梅は数百本を数える。
鎌倉時代~江戸時代まで権力者達が心の安らぎを瑞泉寺の花々に求めて訪れ歌会等を催した。
裏山にかつて在った一覧亭と言う建築からの眺望が良く、水戸徳川光圀(黄門様)も訪れた。
近くの荏柄天神社にも数十本の梅が植樹されているので、荏柄天神社と瑞泉寺をセットで見学するのが御薦め。
徒歩に行ける範囲の浄妙寺や鎌倉宮と合わせて見学しても、より鎌倉市街の旧鎌倉幕府拠点地域の原風景を楽しめる。浄明寺では抹茶も飲める。鎌倉宮は桜の名所。
連絡先
瑞泉寺 TEL 0467-22-1191
荏柄天神社 TEL 0467-25-1772
アクセス:
荏柄天神社 鎌倉駅東口~バス(大塔宮行き)乗車10分~天神前で降車
瑞泉寺 鎌倉駅東口~バス(大塔宮行き)乗車15分~終点大塔宮で降車
瑞泉寺荏柄天神社アクセス 久良岐のよし 


神奈川県立フラワーセンター大船植物園
住所:
〒247-0072 神奈川県鎌倉市岡本1018
見頃:2月初旬~3月初旬
大船フラワーセンター様公式 拝借1 久良岐のよし 
大船フラワーセンター様公式 拝借3 久良岐のよし
※画像は大船フラワーセンター様公式から拝借
イベント:

玉縄桜を楽しもう
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
玉縄桜の❝玉縄❞とは古来より伝わるこの地域の地名で、戦国時代、今の清泉女学院中学校を本丸にした❝玉縄城❞と言う名城が在った。上杉謙信軍10万、武田信玄軍2万6千に攻められても落城しなかった堅城だった。
その歴代城主が小田原北条家親族の玉縄北条家で、玉縄桜はその殿様の居城の名を頂いた由緒正しい桜で、観梅の頃に咲く。近くの龍寶寺は関東最強の武将北条綱成公の菩提寺で歴代城主の御廟所も在る。境内には他に玉縄歴史資料館も有り、玉縄城の復元縄張り模型や出土品が展示されている。
連絡先:
神奈川県立フラワーセンター大船植物園 TEL 0467-46-2188
アクセス:
駐車場109台
電車&徒歩 
大船駅降車 大船駅西口(大船観音側)~徒歩16分
バス 
大船駅西口バスターミナル1番乗り場から❝渡内経由藤沢駅行き❞か❝公会堂経由城廻り中村行き❞に乗車~❝岡本(駅から3番目のバス停)❞で降車~徒歩3分。 
大船フラワーセンターアクセス 久良岐のよし制作 


田浦梅林の里
住所:
横須賀市田浦大作町
見頃:2月初旬~3月初旬
2015-03-07-15-46-062015-03-07-15-45-462015-03-07-16-08-27
※写真は2015年03月07日
イベント:
梅林まつり 
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
田浦梅林は今上(現在の)天皇陛下の御生誕記念に植樹されたのが始まりで、現在では梅の本数は2700本を超え、梅の根元には水仙75,000株が植えられている。
田浦の山全体に梅が植林されており、山頂からは梅林越しに懐かしい神奈川の里山の風景を眺める事が出来る。
連絡先:田浦観光協会 TEL 046-961-4181
アクセス:
バスと徒歩…田浦郵便局バス停で降車~山頂まで徒歩20分
電車(JR)と徒歩…JR田浦駅で降車~山頂まで徒歩25分
電車(京急)と徒歩…京急田浦駅で降車~山頂まで徒歩40分
田浦梅林


岡村梅林
住所:
〒235-0021横浜市磯子区岡村6-8-19
見頃:2月初旬~3月初旬
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2015-03-07-13-17-04
2015-03-07-13-17-46
※写真は2015年03月07日撮影
イベント
夜間ライトアップ
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
梅まつり
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
2015-03-07-13-20-22
岡村梅林は大きくは無いが、150本前後の梅が植林されている。
この岡村梅林は、元々周辺の横浜市立岡村公園(スポーツ公園)と合わせて、近隣の岡村天満宮の社地だった。岡村天満宮の開基は鎌倉御家人三浦家の一族の平子家と伝わり、その人物は平子有長公と推定出来る。有長公は鎌倉御家人で最初の源頼朝公暗殺未遂事件の実行犯を取り押さえた勇敢な武将でもあった。丘の裏手には戦国時代の名将北条氏繁公の開いた龍珠院も在る。
岡村天満宮の社領は第二次世界大戦後に米軍に接収された後、横浜市に返還されたが横浜市が岡村天満宮に返還しなかった為に一度、岡村梅林は消滅したが、岡村天満宮の氏子様の有志達が旧社地の一部を買戻し、現在の岡村梅林部分にも梅を植林し梅林を復興して下さった歴史が有る。
連絡先:岡村公園 TEL 045-751-4375
アクセス:
バス
京急弘明寺駅/市営地下鉄弘明寺駅/蒔田駅/JR磯子駅のいずれかの駅から乗車~天神前バス停か岡村交番前バス停で降車~徒歩5分
駐車場…岡村公園の有料駐車場~徒歩3分
岡村梅林アクセス


根岸森林公園
住所:
〒231-0853 横浜市中区根岸台1-2
見頃:2月初旬~3月初旬
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※写真は2015年03月02日撮影
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※上写真は明治時代の旧競馬場一等観覧席(米軍横須賀ベース管理の史跡)DSC_0129ドルフィン外観DSC_0131眺望
イベント:特に無い。
広い芝生の広場と園内に広がる桜林は横浜市民の憩いの場としても有名だが、公園の中央には400本からの梅林も整備されている。
もともとは競馬場だった。
幕末、横浜港が開港され本牧半島が外国人居留地に成った事で、駐在する欧米の外交官や軍人の要望で明治時代に建設された日本最初の競馬場の跡地。
隣接してJRAのポニー広場や競馬関連の博物館も有り、御弁当を持参すれば小さい子供連れの家族でゆっくり時間を過ごせる場所。自然湧水の池では子供がザリガニ捕り等も楽しめるる公園。
又、徒歩すぐの場所にはユーミンが十代の頃、まだ芸名が荒井由実だった時代に❝海を見ていた午後❞と言う曲で歌詞に歌ったレストランの❝ドルフィン❞が有る。
歌の通り、ドルフィンソーダを頼むと、この曲をかけて貰えます。
連絡先:横浜市環境創造局 TEL 045-671-3648
アクセス:
JR根岸駅~徒歩15分
駐車場有り。
根岸森林公園アクセス 久良岐のよし


三渓園
住所:
231-0824横浜市中区本牧三之谷58‐1
見頃:2月初旬~3月初旬
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イベント:
季節ごとのイベント有り、梅の季節は原家以来の伝統で茶が振る舞われる。
桜の季節には観桜の夕べで桜の夜間ライトアップ有り。
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
明治時代の原財閥の富豪、原三渓が当時、廃仏毀釈で荒廃した全国の仏閣や徳川家所縁の城跡の建築文化財を広大な私邸に移築し保護した。日本で全国に先駆けて私立公園として私邸の建築文化財と日本庭園を広く庶民に公開した。
中には聖武天皇の勅願所だった京都府の灯明寺の旧本堂や三重塔や鎌倉の尼寺東慶寺の仏殿、紀州徳川家の和歌山の別荘や、京都の伏見城等、数え切れない程の建築遺産が移築保護されている。
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現在は原財閥から横浜市が管理を委ねられている。
原三渓の御蔭で破壊を免れた重要文化財や、季節ごとの花の綺麗な広大な日本庭園。
連絡先:045-621-0834
アクセス:
駐車場有り。
桜の季節は駐車場に入るのに1時間以上待つ場合が多々有ります。
電車&バス
JR根岸駅でバス乗車~本牧下車。
JR桜木町駅/横浜駅東口~バス乗車~本牧三渓園バス停降車~徒歩5分。
みなとみらい線元町中華街駅4番出口近く、山下町バス停乗車~本牧三渓園バス停降車~徒歩5分。
三渓園様公式拝借2 久良岐のよし
三渓園アクセス 久良岐のよし


大倉山公園梅林
住所
:〒222-0037 横浜市港北区大倉山2-36-8付近
見頃:2月初旬~3月初旬
大倉山観梅会様公式 拝借2 久良岐のよし
※写真は大倉山観梅会運営様公式から拝借
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※2016年02月27日撮影
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※2016年02月27日撮影
イベント
大倉山観梅会
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
大倉山観梅会様公式 拝借1 久良岐のよし
※画像は2016年の広告
大倉山の梅林の隣には、戦国時代の北条家重臣笠原康勝公が開いた竜松院と言う御寺が在る。
その御寺を含む大倉山公園~太尾見晴らしの丘公園にかけて続く鶴見川河畔の丘陵は、笠原家の居城❝大曾根城❞だった。
その城址に小規模な梅林が有り丘一体は大倉山地区の住民の憩いの場だったのを、東急不動産が開発破壊しようとした際に、義挙した住民が一丸と成り東急の城址と自然破壊に反対し、約30年前当時の細郷横浜市長の下で横浜市が買い上げ自然を残した公園として整備し梅林として有名に成った。
初春には周辺地域からも観梅客で賑わう。
連絡先:港北区地域振興課(観梅会実行委員会事務局) TEL 045-540-2235


本沢梅園(ほんざわばいえん)
住所:
相模原市緑区河尻4457‐1
見頃:2月初旬~3月初旬

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※撮影日は2016年02月24日
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※撮影日は2016年02月24日
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※撮影日は2016年02月24日
イベント:
開園期間
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
※本沢梅園は官営なので管理人が常駐しておらず、開園期間以外は梅園の遊歩道には入れない。
※梅園自体は山腹の斜面に広がっているので、道路沿いからでも十分観梅が楽しめる。
本沢梅園祭り
※期間については問い合わせ先に電話するか、公式ホームページを御覧下さい。
約1000本の梅が植林されている。
昔は谷だったが、近隣の津久井湖建設の残土で谷間を埋めて、そこに梅を植林した。
周辺に歴史史跡も多く、山頂の金刀比羅宮は古来、雨乞いの神事が行われた水の枯れない池が在る。
梅林から尾根伝いの山裾(やますそ)の寶泉寺を囲む山は平安時代末期に長井家によって築城された小松城址でもある。
近くの津久井湖や戦国時代の名城、津久井城址の山のピクニック等と合わせて見学に行くと、1日中自然を満喫出来る良いレクリエーションに成る。
※津久井城址は根古屋地区のパークセンターに無料駐車場有り、鎧や城址復元図等の展示も有る。
連絡先:
相模原市コールセンター TEL 042-770-7777
城山まちづくりセンター TEL 042-783-8115
アクセス:
駐車場…無料130台
バスと徒歩…JR/京王線の橋本駅~バス❝若葉台住宅行き❞に乗車~若葉台住宅で降車~徒歩30分。
本沢梅園アクセス

 

2016年秋の横浜市中区の三渓園は今が今週(12月第1週~7日位までか?)が紅葉の見頃です。
過去にも解説記事を書いていますので、下に表示される“タグ”の中から“三渓園”をクリックして頂くと昔の記事を見て頂けます。

今回は2016年11月30日に撮影して来た三渓園の写真だけ列挙して置きます。
皆さん、是非、御散歩に出かけてみては如何でしょうか?
【はじめに】
横浜三渓園は、幕末~明治時代に活躍した横浜商人、原家(原財閥の当主)の私邸でした。
原財閥は現在の世界遺産である富岡製糸場、横浜銀行、ニューグランドホテル等の有名企業を運営し、生糸の輸出等を手掛けていた財閥です。
明治時代当時は明治政府唯一の失政、神仏分離令や一村一社政策と廃城令によって日本全国の神社仏閣が荒廃したり廃社や廃寺や御城の建築遺産がが風呂屋に買い取られ薪(まき)にされ、風呂釜の竃(かまど)の中で燃やされ世の中から消えてい行きました。
原財閥の当主達は、その広大な私邸、三渓園に当時、明治政府の宗教政策の失敗によって荒廃した神社仏閣を多く買取り邸内に移築させ保護しました。
近代において文化財保護の概念を理解していた稀有な一族だった訳です。
原三渓の代には住居でありながら市民に公園として自宅庭園を公開した事が三渓園の由来です。
原財閥は関東大震災で横浜市が壊滅した際に、私財を投じて市の復興を成し遂げた(横浜市の復興は国では無く原財閥の献身的自己犠牲による処が大きかった)義商の財閥でした。現代において、その様な商人は日本には皆無と言って良く、現代人にとっても手本とすべき人間像、企業像、商魂と言えます。
これは商人文化の先進地域、近江商人の理念や、日本の海運を支えていた淡路商人の高田谷嘉兵衛さんにも通づるところが有ります。

【以下建物と風景の紹介】
●大池と、旧燈明寺三重塔
燈明寺三重塔は室町時代後期1457年の建築。京都府木津川市の廃寺灯明寺から、大正時代に原財閥によって保護され1914年に三渓園に移築。
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●大池横の椿
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●旧西方寺の御門(山門)の横道の紅葉
西方寺山門は江戸時代中期1708年頃の建築。
西方寺は京都市東山区の寺院。廃仏棄釈で荒廃した際に原家が山門を引き取り移築、保護した。この道の右手に西方寺の山門と、その奥に白雲邸が在る。
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2016年11月30日現在はまだ紅葉は5分色付きと言う所、12月中旬頃まで楽しめそうだ。
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●臨春閣と紅葉
臨春閣は江戸時代初期1649年の建築。
元は紀州徳川家が和歌山県の紀ノ川の河畔に建設した別邸だった。廃藩置県による紀州藩解体による荒廃の危機から原家が買い取り三渓園に移築保護した。元は紀州徳川家の殿様が紀ノ川沿い春の景色を楽しむ場所だったが、三渓園では秋の紅葉の映(は)える場所に成っている。
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●旧天瑞寺寿塔の覆殿(おおいでん)の横の紅葉と臨春閣
天瑞寺寿塔の覆殿は安土桃山時代1591年建築。
天瑞寺は京都市北区に在る臨済宗の大寺院、大徳寺の塔頭寺院。寿塔と覆殿は豊臣秀吉が母の長寿祈願に建設奉納した建物。
明治時代1905年に移築保護。
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下は臨春閣の前から見た天瑞寺寿塔覆殿と横の紅葉。
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●月華殿の下、臨春閣横の橋と紅葉。
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●旧伏見城内御殿、月華殿の前の紅葉。
安土桃山時代後期~江戸時代の変遷期1603年に伏見城内に建築された御殿。
月華殿は徳川期の伏見城内に建築されていた建物で、将軍(徳川家康公や徳川秀忠公)が京都に滞在する際に諸大名に謁見する座敷だった。
大正時代1918年に移築保護。
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月華殿周辺の紅葉以外の広葉樹は枯れてしまったが、紅葉はこれからが見頃。
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●旧廃寺、心平寺 天授院(地蔵堂)
臨済宗南禅寺別格本山鎌倉五山の第一位、北鎌倉建長寺の塔頭寺院、旧心平寺廃寺の地蔵堂で江戸時代初期1651年の建築。
鎌倉五山の寺院は、鎌倉幕府以来、歴代住職の任命権は征夷大将軍のみだった格式を持つ。
現在では心平寺は遺址としてだけ名が残る。
大正時代1616年に移築保護。
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まだまだ、ここの紅葉は楽しめそう。
●旧二条城 聴秋閣
京都市中央区に在る、二条城の御殿の一部だった建築遺産で江戸時代初期1623年の建築。
二条城は徳川将軍家が京都での天皇家への拝謁や将軍宣下等、公式行事の際に滞在する場所として造営された城郭。現在も保存状態が良いものの、徳川幕府解体時に荒廃の危機に在った建築遺産群の内、聴秋閣を原財閥が引き取り保護した。
大正時代1922年の移築保護。
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名の通り秋に映える建物で、この時期だけ背後の丘の林道が通行可能に成る。
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●聴秋閣側の紅葉越しに見た亭榭(ていしゃ)の橋と、旧灯明寺三重塔。
亭榭の建築年代は不詳ながらも、建築様式を見るに安土桃山時代後期~江戸時代初期と思われる。
亭榭の榭(しゃ)は訓読みで榭(ウテナ)と読み、見晴らしの為の台や橋の上に建てられた東屋(あずまや)を指す。
2階建て以上の物を望楼や楼閣と中国語では呼称した。
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●蓮華院横の大銀杏(いちょう)と紅葉。
蓮華院は原三渓設計した茶室で大正時代1917の建築。
この日は幼い子と新米ママさんがイチョウの葉で戯れており、微笑ましい風景写真と成った。
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●大池横の鯖猫ちゃん。
三渓園は猫さんが沢山いて、皆人慣れしていてモフらせてくれるサービス精神旺盛な子達が多い。
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三渓園にはこの他にも沢山の建築遺産が保護されています。
小生の御勧めの場所は白川郷から移築された旧豪農の茅葺屋根の家です。
秋の写真じゃないですが、一応掲載しておきます。
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ここは中に入る事が出来て、当時の豪農達が一族で集団生活をしていた様子が解ります。
午後15時までに行くと、囲炉裏(いろり)に火が入っていて、現代では焚火をする機会の無い子供達にも、煙の良い香りを嗅がせてあげる事も出来たりします。
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この他に鎌倉の尼寺で縁切寺としても有名だった松岡山東慶寺の旧仏殿も在ります。
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東慶寺は昨年2015年公開された映画❝駆け込み女と駆け出し男❞の舞台にも成った場所ですね。
駆け込み女と駆け出し男

  ↑
以前映画と東慶寺の紹介で書いた記事です。御興味ある方は御覧下さい。




早速ですが、横浜市中区の元原財閥私邸を公開している、桜と紅葉の名所、横浜三渓園の桜の夜間ライトアップが3月26日~4月3日の期間行われています。
横浜三渓園は❝神奈川の景勝地50選❞の一つにも選ばれている風光明媚な名園です。
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横浜三渓園のアクセス等に関しては最後に公式ホームページのリンクと一緒に掲載します。
昨日2016年03月30日現在の上京は、各樹の株によって全く開花状況は異なりは3~7分咲き程度とばらつきが有りますが既に添付写真の様に十分綺麗でした。

横浜三渓園その物については以前に紹介記事も書いていますが、明治時代に成り仏教が弾圧されたり伊勢系統の神様では無い神仏習合の天神様(菅原道真公)や御稲荷さんが粗末に扱われた時代に、それらの多くの文化財建築の寺院や御社群を、当時の原財閥の当主だった原三渓サンが自宅(広大な現在の三渓園は元は原家の私邸)の敷地に引き取り保護したので、この園内には恐ろしい程貴重な日本建築遺産群、宗教遺産群が現存しています。
中でも圧巻なのが聖武天皇の勅願所だった京都灯明寺廃寺の旧本堂や三重塔、それと後醍醐天皇の皇女用堂尼様や豊臣秀頼公の御息女の天秀尼様が住職を務められた鎌倉の縁切り寺こと尼寺の東慶寺旧仏殿です。
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写真は昨日撮影した桜と一緒に照らし出される旧灯明寺三重塔

綺麗でしょ?
他にも豊臣秀吉や徳川家康公が居城した京都伏見の旧伏見城の茶室やら…
織田信長公の御実弟で茶人として有名でもあり、東京の有楽町の地名の由来に成った織田有楽斎が建てた茶室、紀州徳川家の紀ノ川河畔に在った別荘も三渓園に保護され現存しています。
三渓園の歴史なんかに御興味有る方は、以下のリンクから過去に書いた解説記事を御覧下さい。
三渓園の紅葉と重要文化財群…原財閥の邸宅公園。…横濱市中区
2014年12月04日 今年の三渓園の紅葉写真。
2015/04/04(土)三渓園の桜、散らずに満開です!

三渓園は桜そのものも綺麗なので、是非!横浜に来られる機会が有れば皆さん見にいらして下さい!
無論、市民も。
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週末には更に綺麗にピンクに色着いた桜が池に映りこんで、神秘的な風景になりますよ~♪
今だけ、池のほとりの茶屋で期間限定の❝桜餡の御団子❞も食べれます。
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美味しですよ♪
因(ちな)みに小生が昨日食べたのは、左から大根おろし・海苔醤油・桜餡
池の横の茶屋では❝三景椀❞と言う、❝三種類の味が楽しめる手打ち蕎麦❞も提供していて、これが又、絶品です。
又、奥の旧灯明寺本堂の方に在る❝待春軒❞と言う茶屋は、目の前が桜の林で、外の席で桜を見ながら御茶菓子と抹茶を頂く事も出来ます。
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今はまだ、葉桜も目立つけれど、きっと週末にはきれいです。
小生、又、週末に写真撮影に行きます。
皆さんも、昼遅めに行って文化財建築群を観覧し、陽が落ちるまで茶屋で御団子食べて、夕方から夜桜を楽しんでみませんか?
ただし!
毎年いるのですが、垣根で進入禁止と解る芝生にレジャーシート敷いて酒盛りするような日本の恥晒しなDQNは来るな。
てか帰れ!

以下、公式ホームページリンクと交通アクセスと連絡先
【電車】
JR根岸線、みなと未来線、横浜市営地下鉄の根岸駅・元町中華街駅からバス。
三渓園様公式拝借 アクセス電車 久良岐のよし
【車】
駐車場は有りますが、夜間ライトアップ開催中は1時間以上普通に待つので、入る前に閉園してしまう恐れが有ります。電車とバス移動が無難です。
三渓園様公式拝借 アクセス 久良岐のよし
【横浜 三渓園】←ここクリックで公式にリンク!


ではでは!皆さん、三渓園で御会いしましょう♪

今日は当初の予定は以下の桜の名所を巡り、桜の写真を撮影する予定だった。
●三ッ池公園…横浜市鶴見区
●根岸森林公園…横浜市中区
●久良岐公園…横浜市港南区
●衣笠城址公園…三浦半島横須賀市
…で、先ずは小生のペンネームの由来の地、久良岐公園に早朝、桜の開花状況を見に行った。
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まだ1分咲き。
満開に成ると、園内数百本の桜が咲き、とても綺麗な場所。
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小生は子供の頃から、皆でここに自転車で遊びに来ていたので、大人になってもこうして御縁が有るのは嬉しい。
しかし、まぁ、2016/03/30現在はまだまだ、週末に漸(ようや)く7分咲き位になるかな?
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又、来週の土曜日か水曜日に見に来よう。
因(ちな)みにコンナ↓DQNを発見した。
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本人不在で場所取りしてんじゃね~よ!
燃やしてやろうかと思ったが、器物破損な上に公園が火気厳禁なので、法律を守る事にした。
で、とりあえずブログで晒したった(笑)!

久良岐公園の状況を見て、三ッ池公園や根岸森林公園もまだ桜は見頃では無いと踏んで、予定を中止した…

昼は家でゆっくり過ごし、夜、友人と根岸駅で待ち合わせして三渓園に夜桜鑑賞に向かった。
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綺麗だねぇ~。こちらは概(おおむ)ね5分咲き前後。週末には綺麗に満開に成るかな?
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週末に再訪する予定なので楽しみだ!
その後、横浜名物の美奈登庵と言う日本蕎麦の居酒屋に移動し、友達2人は飲酒。
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酒を飲まない小生は、❝横浜牛せいろ❞を名物の❝富士山盛り❞で頼んだ…
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もう、本当に富士山みたいな形で大量。
でも、完食しました♪

まぁ~、写真撮影で回る予定だった場所は大幅に減ったけれど、普段は一人忙しく古文書漁りと写真撮影に図書館と神社仏閣や城址公園や建築文化財と某神社某文庫を1日に何件も廻っているので…
たまには友人達と、ゆっくり過ごすのも良いだろう。

ブログネタ
ネタ画像 に参加中!
現在公開中の「駆け込み女と駆け出し男」と言う映画を御存知でしょうか?
主演:大泉洋さん、戸田恵梨香さんが主演の江戸時代が舞台のDV旦那から女性が逃げる為に鎌倉に実在する女性保護の尼寺「東慶寺」に逃げ込み、離婚成立までの2年間を過ごす物語です。
駆け込み女と駆け出し男
映画の公式ホームページは「駆け込み女と駆け出し男 」←ここクリック!

戸田恵梨香さんと大泉洋さん、江戸時代の格好が良くお似合いです。
駆け込み女
この戸田恵梨香さんは、東慶寺に駆け込んで生活をしている様子でしょうか?剃髪(ていはつ)していませんが尼さんの格好ですね。

駆け出し男
なんだか人情あふれるシーンのようですが、大泉洋さんはこういった役柄が大変お似合いですね。

とつぜん「駆け込み寺」とか「縁切り寺」とか「東慶寺」と言っても解らない人の方が、男女問わず若い人には多いかも知れませんね。

実は江戸時代は儒教思想が流行したせいで、幕府の法律で女性から離婚を請求する事がタブーでした。
いくら夫のDVが酷かろうが借金まみれだろうが、儒教思想と言うのは男尊女卑甚(はなはだ)だしい悪法な訳ですがそんな思想のせいで女性は結婚してしまうと恋愛に関して男性と対等の自由は許されませんでした。

そんな江戸時代の唯一の女性救済方法だったのが「駆け込み寺」または「縁切り寺」と呼ばれた幕府に公認された尼寺に逃げ込んでしまう事だったんです。
この縁切り寺、関東には二か所公認されていました。
その一つが、今の神奈川県鎌倉市北鎌倉駅近くに現在も鎮座する「東慶寺」さんなんです。
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松岡山 東慶総持禅寺
(通称:松ヶ岡御所 東慶寺、元は女性守護の縁切の尼寺)

この東慶寺へは、北鎌倉駅から徒歩でも行けますし、これから紫陽花(あじさい)が見頃の季節になりますが、その紫陽花寺として有名な「明月院」も徒歩5分位の距離なので…

 
明月院の紫陽花を見に行くのなら、東慶寺にも立ち寄ると尚、鎌倉文化と日本文化の素敵な風景を楽しめると思いますよ♪
どうせ東慶寺や明月院に行くのなら、「駆け込み女と駆け出し男」を映画館で見てから北鎌倉散策に行けば映画の登場人物と自分の歩く道や見える風景がシンクロし、思い入れを持って小旅行を楽しめると思いますよ!

話を東慶寺に戻します。
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東慶寺は開基(かいき=御寺を建てた人)が鎌倉幕府第8代執権を務めた北条貞時(さだとき)公と、その生母の堀内殿(ほりうちどの)こと覚山尼様です。
覚山尼様の実家は安達家で、鎌倉幕府の有力御家人でした。
覚山尼様の旦那様は北条時宗(ときむね)公で、元寇の際、モンゴル軍と戦い日本を守る事を決めた名宰相です。
北条時宗公がいらっしゃった御蔭で今の日本国が存続している訳ですが、北条時宗公と覚山尼様の子、貞時公の代に義務教育でも習う平頼綱(たいらのよりつな)と言う内管領(うちかんれい=北条家の執事)を務めた悪人が貞時公を騙し引き起こした事件が「霜月騒動(しもつきそうどう)と呼ばれる内乱でした。
この内戦で、平頼綱はよりにもよって覚山尼様の実家の安達家を攻め滅ぼしてしまいました。
その際に、覚山尼は安達一族の子供達を匿(かくま)い育てたそうです。
その事が切っ掛けだと思いますが、覚山尼様は鎌倉幕府を取り仕切る立場だった息子の貞時公の許可を得て東慶寺を建立すると、立場の弱い人を助ける目的で様々な活動を実行されたそうです。
この活動が契機となって、DV旦那から当時の女性達を保護する「駆け込み寺」「縁切り寺」としての東慶寺の独特の女性救済文化が成立していったのだと思われます。

東慶寺は大変落ち着いた自然の美しい御寺です。
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そして明治の文豪達との関わりの深い御寺でもあります。
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看板の写真を拡大画面で御覧頂ければ解りますが、文豪達の菩提を弔う御寺でもあります。
夏目漱石先生も、こちらに座禅の修行にいらっしゃったそうです。
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それだけではありません…
この御寺は、幕府執権の奥方だった覚山尼様が開山(かいざん=最初の住職)だけあって、それ以降の歴代の尼御住職も全て格式の高い血脈の方達でした。
特に有名な人は2人います。

一人目は用堂尼(ようどうに)様…
用堂尼様は後醍醐天皇の皇女(こうじょ=天皇の娘)です。
兄の護良親王(もりながしんのう)が北朝の室町幕府将軍足利尊氏公と対立し、鎌倉に幽閉され尊氏公弟の足利直義(ただよし)に殺害されてしまった後で、菩提を弔う為(ため)に御父君の後醍醐天皇の命を受けて東慶寺に入られました。
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この階段の上に用堂尼様の御廟所があります。
先人に対し不敬に当たるのでお墓の写真撮影は今回も行いません。
お参りしたい方は、どうぞご自分で東慶寺を参詣されてみてください。

二人目は天秀尼(てんしゅうに)様…
天秀尼様は、なんと!あの豊臣秀頼公の御息女(そくじょ=むすめ)です。
伝承では大坂城での豊臣氏滅亡後、7歳の時に養育係だった成田甲斐姫に連れられて東慶寺に入り僧籍に入り、その後、元々父の豊臣秀頼公と婚約者だった徳川家康公の孫娘の千姫様が養女として天秀尼様を縁組し保護したそうです。
その後ろ盾の強力さから、東慶寺は天秀尼様が住職を務めた時代に様々な建築物が移築されて来て発展したそうです。
そして、この天秀尼様は「東慶寺らしい」「女性を守る文化」を発揮します。

下の写真は天秀尼様や用堂尼様、覚山尼様の御廟所が在る寺の奥の地区への入口
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天秀尼様の後ろ盾は凄まじく強力で、先に述べた徳川家康公の孫娘の千姫様の他に、あの春日局(かすがのつぼね)もいました。
その強力なコネクションで天秀尼様はある大名家を取り潰し女性と子供を助けました。
それが会津藩40万石の太守:加藤明成の改易事件です。
加藤明成は名将加藤嘉明(よしあきら)公の後を継いでいました。しかし明成の代に、家老の堀主水(もんど)と対立してしまいます。
堀主水は命の危険を感じたのか妻と子を鎌倉の東慶寺に逃がし匿ってもらい、自分は奈良県の仏教の聖地である高野山(こうやさん)に逃げようとします。
堀主水の妻子は無事に東慶寺に逃げ込めたものの、堀主水自身は加藤明成の追っ手に殺害されてしまいました。加藤明成は堀主水の妻子をも殺害しようと、刺客を東慶寺に送り込みます。そして追っ手は無礼にも東慶寺に対して堀主水の妻子を差出す様に要求しました…

しかし!

天秀尼様のすがすがしい事!追っ手に対し以下のタンカを切ります。
比丘尼(びくに=尼僧=天秀尼の事)大いに怒りて…
「頼朝より以来此の寺に来る者如何なる罪人も出すことなし。然(しか)るを理不尽の族(やから)無道至極せり。明成を滅却さすか、此の寺を退転せしむるか二つに一つぞと !!」

現代語訳するとこんな感じ⇒
「源頼朝公(統治=鎌倉幕府)の頃から、この寺に来た(寺の身内の)者から罪人を出した事は無い!」
「それなのに理不尽な事を言うお前らみたいな連中は外道極まりない!」
「(お前らの主君の)明成(←呼び捨て)を滅ぼすか!さもなくば、この寺を廃寺にさせるか二つに一つだ!」
…みたいな内容です。
しかも、タンカ切っただけで天秀尼様の会津藩主加藤明成の暴虐に対する怒りと堀主水妻子の保護の意志は収まらず…
「更に此の儀を天樹院殿(てんじゅいんどの=千姫=天秀尼の義母で徳川家康の孫)に訴へこれによって会津四十万石は改易」
…になったそうです。
実はこの話し、近年まで創作だと思われていましたが、証明する堀主水の妻子が逃げ込んだ事が判る古文書が近年発見され事実と判り、この妻子が30年間寺で生き延びた事も解っています。

さすが!織田信長公の妹君のお市様と名将浅井長政公の血を継ぎ、更に教育係に成田甲斐姫がついていた天秀尼様らしい逸話だと思います。
なぜなら成田甲斐姫は小田原城の記事でも少し書きましたが…
甲斐姫は北条家臣時代にわずか3000の兵を率いて今の埼玉県行田市にあった忍城に籠城し、石田三成軍26000の大軍を迎撃し散々に翻弄した女傑なんですね。
しかも、その後、成田家が蒲生氏郷公に従って東北に移住した際に家臣の浜田兄弟が謀反を起こし母が殺されると、再び浜田兄弟の軍200人に僅(わず)か手勢10人で敵討ちの合戦を挑み散々に浜田兄弟を打ちのめした実話が残る訳です。
つまり…
もし本当に!東慶寺に成田甲斐姫も在住していたならば天秀尼様の一連の言動や対応は至極納得が行くんですね。
…成田甲斐姫が天秀尼様の軍師を務めて堀主水の妻子を守り通したのでしょう。
…恐らく天秀尼様ご自身も御父君豊臣秀頼公の滅亡を体験し、自分と同じ境遇の人間を見捨てれなかったのでしょう。

この様に、東慶寺は明治時代になり尼寺でなくなるまで、ずっと関東人と鎌倉文化の気概(きがい)と仏教文化の慈悲の心で女性を保護する役割を担っていた訳です。
この東慶寺の文化と歴史、覚山尼様や用堂尼様や天秀尼様の気概は神奈川県民として非常に誇りに感じるものがあります。

さて、東慶寺の存在意義はなんとなく伝わったでしょうか?
話を 東慶寺の施設そのものに戻します。
東慶寺は山門の向こう側に、豊かな緑が広がっています。
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その山門を抜けると本堂や宝物殿がありますが、その参道の正面にお釈迦様の銅像が鎮座されていて、参拝客を出迎えてくださいます。
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で、少し進むと掲示板があって季報なんかが張り出され、御寺の行事などが解るようになっています。
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東慶寺は入口にギャラリーがあり、そこで地元の若手芸術家の鎌倉彫や陶器の展示会が開催されるので、その開催期間なども季報で解ります。
参道を過ぎると左手に立派な茅葺屋根の鐘楼があります。
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風情がありますよね?
手前に誰か、この御寺所縁(ゆかり)の文豪の歌碑もありました。
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本堂は竹林と紅葉に囲まれており、初夏の新緑の風景も素敵ですが、秋も又綺麗だろうなと想像できますね。 

明治時代に廃仏毀釈の影響を受けて、この東慶寺も荒廃しかけましたが原財閥の原三渓さんが自宅の横浜三溪園に東慶寺の建物を一部引き取り保護しました。
下の写真は横浜三溪園。 
 
この三溪園に旧東慶寺本堂があり、その本堂は本来なら第3代徳川幕府将軍に成っていた駿河大納言徳川忠長公の旧邸宅の一部でした。

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本当に落ち着いた素敵な御寺です。
ここでDV旦那から逃げてきた昔の女性達が修行しながら離婚成立を待って、その間に色んな学問に励んだんでしょうね・・・
女性保護と文化情勢地としての役割も果たされた御寺な訳です。

東慶寺、素敵な御寺でしょう?
是非!映画の「駆け込み女と駆け出し男」を御覧に成って、この東慶寺を御散歩されてみては如何でしょうか?
さっきも紹介しましたが、紫陽花の季節ももうすぐです!明月院とセットで見学でいくのも良いですし、東慶寺を見てから長谷寺に紫陽花を見に行くのも良いかも知れませんよ!

では!又、次のブログ記事で!

次こそ「小田原城」の記事の続きを更新します。










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