歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:上郷深田遺跡

最初に蛍の飛ぶ綺麗な写真と今の現地の様子を見て下さい。

瀬上沢の蛍

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蛍の生息する栄区上郷の瀬上沢流域西側も、東日本最大の世界遺産登録すべき上郷深田遺跡も消滅の危機に瀕しています。

問題はこう⤵
●そもそも上郷~港南台の自然は昔を100として既に30%に縮小している事。
東急建設は20haの緑地を残すと言う開発すれば以前の20%に更に緑地が縮小する事。
●円海山の範囲は金沢区~磯子区~港南区~栄区に及ぶ。
  1960年代と比較すると残存森林面積30%に縮小どころか更に縮小している事。
●そもそもの目的が環状4号線の渋滞緩和なのに環状4号線が片側1車線で意味が無い事。
東日本最大級のタタラ製鉄遺跡の上郷深田遺跡が開発計画では切土(削り取られて)で消滅させる事。
●横浜市最大最後の蛍の大生息地の瀬上沢流域の西側も調整池の建設で自然の川を消滅させる事。
●開発計画支持者は「東急建設が緑地保全をしてくれるから東急に任せた方が良い」と主張していますが、東急建設自身が開発計画説明会で開発開始後は緑地や瀬上沢の保全は横浜市に任せ、東急は行わない」と丸投げを宣言している。つまり開発して掘ってコンクリで川と遺跡を潰した後の自然保全は一切しないと言う事を言ってるのを開発賛成派は理解出来ていない事。
●上郷深田遺跡の完全調査も保護も東急建設は行う気が無く「合法的に開発します」としか答えないが、未調査地域にも遺跡が広がってると普通に考えられ文化財保護法に抵触する可能性が高い事。
●開発自体が東急建設にとって不採算事業である事。
●横浜市民は代替地として横浜港と本牧の再開発を提案出来る事。そちらの方が東急グループにとって有利な事。横浜市と国の政策にも合致する事。

以下、東急建設が配布した開発説明資料と地図画像で解説します。

【現在の開発計画】
東急建設破壊範囲瀬上沢ホタルと上郷深田遺跡
御覧の様に現存する森林湿地帯と横浜市最大最後の蛍の生息地域の瀬上沢の西側が削られ調整池にされてしまいます。
現段階で発掘された場所だけでも東日本最大の蹈鞴(タタラ)遺跡の上郷深田遺跡&上郷猿田遺跡の製鉄炉が集中する上郷深田遺跡は削られて無く成ります。

以前の写真と現在の写真、更に開発計画予定地を比較して見ましょう。
1960年代の円海山
1960年代の航空写真。まだまだ円海山の西側の上郷も緑豊かです。
2019年現在の円海山
現在では開発計画地点周辺だけでも既に円海山の森林が宅地化され大減少している事が解かります。
東急建設破壊範囲瀬上沢ホタルと上郷深田遺跡
更にこれだけ開発されてしまうと、もう円海山西側の自然が蛍や遺跡を抜きにしても潰滅状態なのが御理解頂けるでしょうか?

では掘削と埋立地の計画を見て見ましょう。
これは東急の開発計画の説明会で配布された資料です。

2019年時点の切土盛土計画断面図
ここに上郷深田遺跡や瀬上沢西側の蛍生息地の地名は一切登場しません。
深田遺跡掘削範囲
しかも❝2019年5月時点の計画で変更される可能性もある❞と東急建設が明記しています。
つまり、現時点で緑地を残すと言っている東側も「いつでも開発予定地に組み込めますよ」と言っている訳です。加えて、そちら側は横浜市に買い取らせようとしてますがソレさえ上手く行っていません。

ではこの開発する場所が本当に遺跡や蛍の生息地とカブっているのか「東急建設の用意した遺跡と蛍の生息地が表示されていないワカリにくい断面図」ではなくて衛星写真に表示して解り易くして見てみましょう。
2019年時点の東急の開発範囲
写真をクリックして拡大して見て下さい。
赤い線―が開発範囲。この森と遺跡と川が削られ商業地と宅地と公園と調整池と公園にされてしまいます。
青い線―が東急が用意した断面図のラインです。これを見て見れば遺跡の位置と蛍の生息地に丸カブリなのが一目瞭然ですね。
ちなみに下の画像で左側の蛍の生息地で今年多くの人が衛星で位置確認をしながら蛍を鑑賞して下さっていますので、「この画像の蛍生息地がデタラメだ」等と東急建設の上郷開発事務所担当者や横浜市役所の役人が林市長や筆頭株主の東急電鉄に報告すれば虚偽の報告に成ります。
この青い線と遺跡の位置を見た上で、もう一度断面図を見て見ましょう。
2019年時点の切土盛土計画断面図
下の断面図の黄色い部分が削り取られる場所、上の衛星写真と比較すると本当に遺跡の溶鉱炉部分やら現段階で発掘された部分の主要部が丸々無くなる事が解かりますね。

では次に、本当にココに遺跡が存在しているのか知らない人の為に遺跡の過去の発掘調査資料の発掘結果の位置を表示して見ましょう。
まず遺跡の発掘調査状況です。
第1期
深田遺跡調査1期
第2期
深田遺跡調査2期
これを現地の衛星写真と等高線図に重ね合わせて見ましょう。
2019年時点の遺跡の発掘箇所分布図
御覧の通り、先に衛星写真で見た遺跡の表示地点が遺跡出土地点である事が解かりますね。
部分的な発掘しかされてない今現在で既に周りの建物と比較して巨大、東日本最大規模で世界遺産クラスのタタラ遺跡である事が一目瞭然となります。
しかも!まだまだ隣の丘にも未発掘の遺跡が広がっている可能性が高く有ります。
山手学院側にも存在しているはずですが、山手学院は遺跡の発掘調査要請や保存、瀬上沢や円海山の緑地保護の活動団体には非協力的だそうです。
県立栄高校の方が熱心とか笑えるwww事に成っているそう。
加えて・・・
2019年時点の東急の開発範囲
この通り山手学院の方まで森林が伸びていますが・・・
東急建設破壊範囲瀬上沢ホタルと上郷深田遺跡
現段階の❝東急建設側だけの開発計画❞には含まれていませんが、山手学院の宿舎棟も再開発計画に含まれているとの事で、実際に不動産屋が視察に来ているのも瀬上沢基金の方々が目撃しています。
まぁ、そちらは既に自然がないので良いのですが、何となく非協力的な理由も見え隠れしますね。
運営は有隣堂が関わっているとか・・・
成る程、横浜市の地区センタ―や図書館の運営にも有隣堂が関わっているとの事を聞いた事が有りますので、昔は県の歴史等を出版していた有隣堂も今では不動産部門が横浜市や東急建設と連携して瀬上沢の蛍生息地や上郷深田遺跡破壊を容認している可能性も連想させてしまうエピソードですね。
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こっちの栄高校と舞岡上郷線を挟んで反対の上郷深田遺跡側の森は埋め立てられて消滅します。
湿地帯なので地下水をどうするのか謎ですが、昔、舞岡上郷線の建設時に産業廃棄物を道路に埋めた事を地元民は認識しているのですが、その舞岡上郷線を擁壁にするのが現在の計画です。
更に西側の川は川ごと掘削される&埋立られ消滅します。
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これで自然保護してると言い張ってる訳です。
因みに、過去、東急建設の説明会では賛成派に総会屋みたいな奴が動員されて「反対派がこの世から消えるのが自然保護」と「瀬上沢開発の反対はは死ね」と遠回しにいってる脅迫の様な発言をした事もあります。

実は開発計画以外に・・・
もう一つ深刻な問題が発生しています。
今現在、上郷深田遺跡の位置を確認したり蛍を見たい人が現地に行けない様にされる嫌がらせが組織的な規模でしか行えない速さで展開されています。
GoogleMap瀬上沢地図登録抹消現状
しかもGoogle mapで検索できない様に「瀬上沢蛍生息地」や「上郷深田遺跡」が削除されてしまいました。有志が何度も復元を試みましたが、毎回復元した地図登録が数十人単位のチームでしか行えない速度で削除されてしまいます。
の登録で文字が表示されない場所が何者かの「悪意で削除された」上郷深田遺跡や蛍の生息地の地名削除された場所です。今年、GoogleMapのナビ機能で現地に蛍を見に行くのに「お気に入り登録」された方も地点だけが表示されている状態のまま名前が非表示になっている筈です。
深田遺跡周辺、瀬上沢流域を破壊して造る調整池
こんな嫌がらせをする必要が有るのは「開発したい人」しかいないでしょうね。
ん~東急建設よりは横浜市役所かな?いやいや東急・・・www

まぁ、登録しなくても地図の座標でナビ機能が利用出来ますから、今回のブログにもGoogleMapのナビ機能を使える位置表示のリンクを貼って置きますね!
蛍が見れる場所!栄高校直ぐ下の瀬上沢
2019年現在蛍の生息地
栄高校の坂を下り切った場所が蛍の見える場所です。
画像左側瀬上沢の西側の木のトンネルは蛍を触れる距離で見れます。
画像右側瀬上沢の東側の森の方は高い位置に飛ぶ蛍を見れます。
【ホタルの生息地Google map】
〒247-0013 神奈川県横浜市栄区上郷町760

もし又、瀬上沢を開発したい集団のイヤガラセで上のリンクから蛍の生息地が表示されない場合栄高校の周囲の道の坂道沿いに下まで来てください
下りきった目の前の沢が瀬上沢です。
※6月初旬に少しずつ見えはじめ下旬に増え、7月初旬まで蛍が見られます!
さて・・・

こんな感じで2019年時点での東急側が用意した建設計画資料を使って(笑)彼等の現段階の計画のままでは神奈川が誇る世界遺産級の遺跡と蛍の生息する西側の瀬上沢が破壊される事が皆さんにご理解頂けたかと思いますwww。

あと追加で気に成る事が発覚しました。
放射能汚染土
横浜市は林市長と彼女の支持者の藤木企業の藤木会長が放射能汚染物焼却灰の受け入れを推進する発言を311東日本大震災当時話していましたが、それと無関係では無さそうですね。
実際に港湾地域にガイガーカウンター持って行くと放射線が普通より高いと、今日も港湾関係の知人に話を聞いたら言ってました。
このタイミングで瀬上沢を開発し、深田遺跡の森を“盛土”で埋め立てる開発計画を強行したい理由と、この放射能汚染土の問題の関連性を普通の人なら連想する様な出来事だと思います。
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この谷を11m近くの高さまで埋め立てるってのはナカナカの事ですよね~。
そして丘は遺跡もろとも削り取ってしまう。
因みに同時期に廃墟マニアに有名だった横須賀市の“田浦廃村”の谷の再開発も再燃しています。
そして最近は三浦市の小網代の森の横の蛍の谷が埋め立てられました。
・・・誰かガイガーカウンターで測った方が良い様な~。
なんせ横浜市内の放射能汚染土の一時保管されていただけの保育園の園児が同時期に2人白血病が発症した訳です。偶然とは思いにくい。

以前も書いたのですが、東急建設サンにとってこの瀬上沢開発は不採算事業な上に、既に芸能人にも知ってる人が広がりつつある訳です。横浜市民では当該地の栄区の総人口と同じ11万に及ぶ反対署名が集まっています。
一昨年までは東急建設の親分の東急電鉄さんの株主総会では瀬上沢開発計画は緑地を保護する活動と印象操作した動画広告を堂々と行っていたそうですが、昨年に凄まじい件数の反対署名が提出されると東急建設はその宣伝動画を東急電鉄さんの株主総会で展示しなくなったんですね。

小生が直接確認した訳ではないので「どことは言わない」ですが、小生達、横浜市や東急建設の強引な開発計画と説明会の不誠実な対応と日本規模の遺跡なのに横浜市全体に周知しない不見識さに怒った歴史ファンや瀬上沢西側にも蛍をずっと残したい人の中にも、まぁどことは言いませんが先方の職員もいる訳ですよ。
まぁ~市民の反感買いながら中国共産党の情報統制みたいな言えない事やってると大変に成るよ。
その内。

2019年、感心を持ち蛍を見に来てくれた人は多かったですね。
ありがとうございました。
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ホタル3
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上郷深田遺跡の溶鉱炉跡の発掘時の写真。
上郷深田遺跡
※横浜市歴史博物館のページより転載。
https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/maibun/qa/detail.php?seq=50
質問に曖昧にしか答えてませんが、鈴木館長は保護団体に遺跡保護活動に協力しないと意思を明言しています。
何の為の歴史博物館館長なんやら。
上郷深田遺跡側の森
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さて本題に入ります。
瀬上沢と円海山の水源と森と遺跡破壊する開発を止めて市民の支持を得てIR事業と、みなとみらい線の延伸と本牧駅開設&A突堤周辺の再開発しちゃいなyo~♪
そしたら親分の東急電鉄サンが儲かるでしょ?
市長san~(笑)
東急建設上郷開発事務所の松尾san~鈴木san達yo~♪
・・・て事www。

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名刀「正宗」をご存知ですか?
鎌倉時代から日本中に知れ渡った名刀で、安土桃山時代には豊臣秀吉が天下一の名刀と認定したことから全国の大名がこぞって入手した日本刀です。
正宗工芸美術製作所
今でも鎌倉駅のすぐ近くに工房があり、初代様から代々製法を受け継ぎ御子孫のダンディな刀匠が正宗を製作されています。
写真がそのお店です。
正宗工芸
今では規模は小さくなってしまいましたが、工房併設の店舗で日本刀も販売しています。
ここ、映画もののけ姫で刀の鍛造の参考にロケハンに協力した工房でもあります。
現在は日本刀以外にも普段使いの包丁も製作されており、購入すれば日常生活に日本文化を取り込め有る意味財産で作る料理を食べれますね(笑)。
価格も1万数千円〜有り、少し良いお値段だけど手の出る値段です。しかも刀工の御店なので、ちゃんとメンテナンスもしてくださいます。
研(と)いで下さったり、研ぎ減り包丁の刀身が小さく成ったら「小刀」や「ペーパーナイフ」に改造して下さったりもします。
だから刀剣女子には持って来い(笑)!
小生は趣味で歴史散歩やグルメ以外にもシルバーアクセサリーを作るのですが、銀粘土を加工するのに正宗のペーパーナイフを使っています。
皆さん、鎌倉に訪れる際は是非立ち寄って見てください。
正宗工芸美術製作所がある事は神奈川県にとっては誇らしい文化的歴史的な遺産でもありますね。
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因みに、正宗工芸から歩いて15分位の鎌倉歴史文化交流館では正宗が展示してあります。
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そして平安末期~鎌倉時代の名将、畠山重忠公着用の鎧が武蔵御嶽神社に奉納されているのですが、甲冑制作師が制作した完レプリカの赤糸縅(あかいとおどし)大鎧も展示されています。
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この鎌倉歴史文化交流館の素晴らしい所は展示物が全て写真撮影可能な所です。
是非、鎌倉歴史文化交流館と正宗工芸、鎌倉観光の際にセットで訪れて見ては如何でしょうか?
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鎌倉歴史文化交流館
何でここを紹介するかと言うと、実はここは元は無量寿寺と言う大寺院の跡で、御寺が廃れた後は鎌倉時代~江戸時代迄正宗工芸の親方(社長)の御先祖様が住んでいて、ここで名刀正宗が生み出されていたんです!
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鎌倉歴史文化交流館の広い御庭の谷の奥、そこに刀の工房が在りました。
今は小町通の近くに在りますけどね~。
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無量寿寺跡の谷の台地の上には、名刀正宗の工房の守り神だった御稲荷様の台座だけが現存しています。神様はここが公共の施設に成る際に法律の問題で葛原岡神社に遷宮されました。
さて、実はこの正宗や平安時代の鎌倉で武士が佩刀した刀の鉄の産地も鎌倉郡に在りました。
上郷深田遺跡
上郷深田遺跡
飛鳥時代から平安時代の製鉄遺跡が発掘されており、後に武士達から軍神と呼ばれた源❝八幡太郎❞義家公達、古代の豪族や坂東武者達の武具の玉鋼の根源地だった場所があります。
ここは神奈川県現存唯一、関東最大の蹈鞴(たたら)製鉄遺跡である事が判明しています。更に30年前の調査発掘で最大規模だったのが更に追加調査で範囲も広がっています。また、山裾伝いに更に後の時代の蹈鞴遺跡も近在する可能性があり、その山の向こうには鍛冶ヶ谷地区が存在しています。
東急建設破壊範囲瀬上沢ホタルと上郷深田遺跡
2019年05月現在、上郷深田遺跡も東急建設の開発計画で消滅の危機にされされています。
出来れば坂東武者達が身に付けた刀剣武具の産地であり、現在は横浜市に入っている栄区~港南区~磯子区~金沢区~鎌倉市にまたがるこの緑地、刀剣の文化と共に永久に存続する様に文化財指定して保護するべきだと思います。
ホタル10
ホタルが飛ぶ姿も見られるしね。
これから6月初旬、第二週の週末位になると蛍の飛び交う姿が最盛期を迎え、下旬に入り7月には蛍達は次第に命を終え数を減らします。
そんな蛍も生きる川を破壊されてしまえば、翌年から見る事も出来なくなります。
さて、正宗工芸!
小町通からも直ぐ近く!
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是非是非、鎌倉観光の際には訪れて、もし刀剣女子が彼女さんの男性や奥様が刀剣乱舞ファンの旦那様はプレゼントに❝正宗❞の包丁なんて如何でしょうか~!







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朝比奈峠等が鎌倉時代に整備される以前、平安時代の鎌倉武士達が鎌倉に集結する際に使っていたバイパスの古道が今も横浜市栄区~港南区~磯子区~金沢区~鎌倉市朝比奈~十二所にかけて幾筋も現存しているのを皆さん御存知でしょうか?
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この写真の尾根道も、谷筋に降りる道も、実は昔々、武士のみならず多くの人が往来した古道です。
そして円海山の富士山と夜景の絶景地でもあります。
今回は随分前に歩いた際の写真を用いて、そんな富士山の絶景地を古道のスタート地点として選び解説したいと思います。
先ずは少し尾根道の話をします。
円海山の尾根の農道は武士達が往来した脇道でした。川沿いの鎌倉街道が平和になった鎌倉時代に整備される以前に使われていた“鎌倉上道”、“鎌倉中道”、“鎌倉下道”の鎌倉古道が存在し、更に毛細血管の様(よう)に張り巡らされたショートカットの道は全て水害に強い尾根道でした。
ですから今でも、この道を伝って1時間半~2時間くらい歩くと鎌倉市街地⇔横浜市栄区港南区磯子区金沢区を往来する事が出来ます。
鎌倉武士早駆けの道尾根道 久良岐のよし
第三管区海上保安本部関東統制通信事務所
※画像クリックして拡大して下さい。
このスタート地点、実は海上保安庁の通信事務所で普段は無人なのですが、この円海山の山麓には飛鳥時代~平安時代の長きに渡り大和朝廷に金環太刀や鏃(やじり)や馬具や鎧の軍事物資の材料となる玉鋼(たまはがね)を生産する“東日本最大のタタラ製鉄遺跡”の上郷深田遺跡と上郷猿田遺跡が2020年03月現在ではまだ存在しています。この地域は古代には鎌倉郡に属していました。
また横浜市最大最後の蛍の大生息地である瀬上沢の西側蛍生息地域も“まだ”存在しています。
・・・まだ、と敢えて言うのは東急建設が4月に遺跡と蛍のいる瀬上沢西側を削り取り商業地と宅地と人工池にする計画を横浜市が承認してしまう可能性が有るからです。
そこら辺りの歴史は以前、記事にもしているので興味の有る方は下のリンクから御覧下さい。
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鎌倉にある天下一の名刀「正宗」の工房…正宗工芸美術製作所
クリックで記事にリンク⤴

さて、こんな風に古代から製鉄拠点としての文化歴史と、更に横浜市最大最後の自然林を残す円海山の尾根だから鎌倉市街に通じる道が当時のまま風化しながら現存しています。
今回は以前歩いた時の写真を交えながら解説したいと思います。
因(ちな)みに昨年9月の台風で倒木が多発しましたが、横浜市側は素早く倒木を撤去し遊歩道を再整備しました。
しかし鎌倉市の松尾市長は特に文化財の保護に不熱心な方で、貴重な文化財の釈迦堂切通や北條時政邸城塞跡の衣張山~名越の遊歩道の復旧を怠っています。
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未(いま)だに原状回復整備を怠っているせいで今は名目的に通行止めでハイカー達が自己責任で登山を楽しまざるを得ない状態が続いています。途中には私有地も有るので鎌倉市には史跡保護と生活道路保全の意味からも至急復旧する義務が有るのですが・・・
もっとも、昔から円海山のハイキングを楽しんでた横浜市民も、鎌倉市側から六浦や港南台方面にハイキングを楽しんでいた鎌倉市民も今でも横浜まで歩いてくるので、海上保安庁の通信事務所のあたりで富士山を撮影していると挨拶を交わす機会が良く有ります。
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さて・・・
スタート地点の海上保安庁の通信事務所から南に進みます。
円海山~大丸山~関谷見晴台 久良岐のよし
※クリックして拡大して下さい。
最初の目標地点となるのは大丸山、その次が関谷奥見晴台です。
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この少し左手前の農道を降りて行った先の丘からは横浜港の夜景が一望出来ます。
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ではズンズン進みます・・・
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分岐点の所々にちゃんと道標(みちしるべ)が有るので迷う事は有りません。
寧(むし)ろ現地案内図よりGoogleMapなんかを見ていると山では迷ってしまいます。
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ちゃんと案内図有るから安心してください。
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もし変な場所は入っちゃったらさきに進まずに元来た道を戻って下さいね。
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たかだが横浜市内の海抜300mの山でも昔の廃道とかに入ったら迷いますよ、本当に。
昨年、小生が昔の廃道を散策して遭難しかけましたから(笑)。
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こんな感じで景勝地や植生の解説も随所に有ります。
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横浜市でも貴重な自然が残されているのですが・・・
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・・・昭和期~平成の乱開発で庄戸地区等が宅地化され森林が消えた事で麓の生態系も変わってしまいました。
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でも歩いていると自然豊かで清々しい風景が続きます。
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道は前日の天候によってとんでもなくヌカるんでいたりしますので、いくら整備されていても注意して歩いてくださいね!
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横浜市側は割とサクサク歩けます。
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さて、看板に大丸広場と出て来ましたね。
前振りして置きますと、この大丸山は恐らく記録に残らない要塞の跡です。
それはもう少し後で話しましょう。
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荒れて通れなくなってる場所も有るので気を付けてください。
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こんな分かれ道もちゃんと手前の看板を見てくださいね!
間違えて降りた先が全然違う場所で目的地に行けなかったとか悲し過ぎますから(笑)。
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猿の腰掛が沢山木に寄生していました。
中国に売れば漢方薬ですね~。
さて・・・
そろそろ大丸山に話を戻します。大丸山一帯は恐らく周辺の地名“関”の由来になった尾根道を封鎖する関所=砦の跡でしょう。
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この付近で各方面に道が分岐するので、未だ鎌倉幕府が未整備で奥州だけでなく北関東武士団が敵だった時代に、円海山~天園ハイキングコースの鎌倉武士の古道を一歩鎌倉側手前の尾根が1本に纏まる大丸山に関所兼要塞を築いて鎌倉防衛網の一ヶ所としていたのでしょう。
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実は大丸山周辺まで来ると、尾根側面に人工的に竪堀(たてぼり)を掘って尾根道の道路を制限したような地形が増えます。そしてこの大丸山や見晴台は敵の襲来を伝える烽火台(のろしだい)の役割も有ったと小生は推測しています。
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何故なら・・・
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神奈川の橋100選の一つ“昇龍橋”と白山社古址という場所が有りますが・・・
ここと大丸山を経由し金沢区の白山古道に抜ける道が、どうやら平安時代末期に頻繁に使われ鎌倉時代初期に朝比奈峠の開通で廃れていた旧金沢湾に抜けるショートカットの道だった様です。
後に室町時代中期に戦国時代の発端となった永享の乱~享徳の乱頃に室町幕府最後の鎌倉公方と成った足利成氏公もこの古道を再整備して利用したようで、十二所~釜利谷~金沢称名寺や富岡並木千軒に通じる道の途中に“禅林寺”を、氷取沢側に“宝勝寺”を開いていたりします。
この道が大丸山一帯が旧尾根道古道の要所だった事を説明する為に鎌倉時代の事件を以前書いたブログの紹介を交えながら、少し解説します・・・
鎌倉幕府の成立数年後に鎌倉幕府執権北条家の陰謀で名将畠山重忠公が謀反の“冤罪”を着せられた事件が発生しました。
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※写真は旭区二俣川古戦場の畠山重忠公首塚。
御子息の畠山重保公は由比ヶ浜を北条家の手勢に襲撃されました。
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※引き潮の由比ヶ浜の風景
新編相模風土記稿では由比ヶ浜で交戦した伝承から重保公の討死の場所は恐らく由比ヶ浜の屋敷だろうと推測しています。しかし、それでは横浜市金沢区に畠山重保公が切腹した伝承地に供養の為の御廟所が昔から大切に地元民によって守られており由比ヶ浜での討死にでは整合性が無くなってしますます。
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※金沢区釜利谷の畠山重保公の御廟所
そこで小生が史跡と事件のパズルを組み合わせると、実は簡単に横浜市旭区と金沢区と鎌倉市の伝承の全てに整合性が有る事を開設する事が出来ます。
この伝承に、もう1つ、事件当日の伝承に登場していない場所を登場さてみましょう・・・
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実は鶴岡八幡宮の東側門前には畠山重忠公の館が存在しました。
恐らく鎌倉幕府執権北条家の与力武将達は、真っ先に鎌倉での畠山家武士団を無力化させる為に、留守居役であり指揮官の畠山重保公を討取るべく、鎌倉市での伝承通り由比ヶ浜の重保邸を急襲した事でしょう。所が当日もしくは翌日には畠山重忠公が鎌倉に入る予定だったので、重保公は恐らく自分の邸宅ではなく重忠公の屋敷で父上の到着に備えて色々と準備をしていたのだとしたら・・・?
由比ヶ浜の屋敷で畠山家臣団が襲撃され、北条家と交戦中に畠山配下の武士が鶴岡八幡宮横の畠山本宅に北条家急襲による危急を伝えたはずですね。
古東海道 国土交通省から画像拝借 久良岐のよし
※国土交通省関東地方道路整備局横浜国道事務所より拝借画像
上の画像は鎌倉街道が未整備だった平安時代初期くらいまでの主要街道です。
畠山重忠公は旭区の二俣川で八王子街道を下って来た愛甲季隆公や糟屋有季公の軍勢と衝突し討死にしていることから、埼玉県の秩父地方を出発して旧奥州街道から(町田の)店屋で鎌倉街道下道に迂回ないし、一度横浜市域のかなり鎌倉付近まで来てから知らせを聞いて秩父に戻る途中で交戦した事が判ります。
・・・すると由比の自邸が襲撃された事を知った重保公が逃げつつ父上に陰謀を知らせる為に進む道はおのずと大丸山に通じる“天園ハイキングコース”~“円海山”の平安時代の古道に限定されます。
大丸山地形 久良岐のよし
大丸山は今でも空堀地形が現存しています。そしてここを通過しないと鎌倉十二所方面から北側に抜ける事が出来ません。
畠山家史跡位置関係 久良岐のよし
※画像クリックして拡大し位置関係を確認して下さい。
新しく開削され通行しやすかった朝比奈峠は北条家の本拠地の衣張山直下の細い街道と歌の橋を越えなければ行けないので敵兵が待ち構えている事は間違いないでしょう。
更に円海山大丸山の要塞に北条家の兵士が既に配置されて居る事を想定すると、鶴岡八幡宮の横から畠山重保公が逃げ延びる道は鶴岡八幡宮から北東側の二階堂方面~十二所山中~円海山~白山古道1択しか残っていなかったはずです。
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今では畠山重保公が逃げた鎌倉武士の古道には横浜自然観察の森が有り、中にある上郷森の家には宿泊する事も出来ます。
白山古道周辺 久良岐のよし
この自然観察の森一帯が、北条家の陰謀で鎌倉に召還されて八王子街道~鎌倉街道下道を下って来ている最中の父上に北条家による罠だと言う緊急事態を伝える為に鎌倉を脱出した畠山重保公の逃走経路で、恐らく釜利谷西や関東学院大学金沢文庫キャンパス建設で消えた部分の白山古道でしょう。
CIMG4105
それよりも南に逃げてしまうと、浄願寺跡の上行寺東遺跡が存在する山が実は要塞でした・・・
六浦の港を守っていた権現山御伊勢山の荒尾城が存在し幕府の軍勢に捕まってしまいます。なので結局白山古道に入り、恐らく武士の屋敷か名も忘れられた寺院が有った様な谷戸地形の畠山重保公御廟所の場所に有った建物で束の間の休息をして、御父上に合流するのを諦めて自決したのかも知れませんね。
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大丸山の直ぐ近くには見晴台と言う広場があり、横浜港を遠望する事が出来ます。ですから、この一帯は烽火台にも適している訳です。
昔々、港南台や洋光台方面が開発される前は、ここの風景が東京湾を見る有名な場所だったのかも知れません。
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この見晴台の先に進むと鎌倉市との境目にたどり着きます。
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ここから先に進むには鎌倉市側の天園ハイキングコースに進まなければいけません。
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この先に進むと・・・
第一横浜霊園と鎌倉霊園の間を通過する鎌倉防衛網、鎌倉城の外郭にぶつかり、いよいよ鎌倉旧市街に入ります。
鎌倉市と横浜市の境、朝比奈トンネル 久良岐のよし
まぁ、実は自己責任で歩いてる人も多いしそんなに危ない訳でも無いので自分で行くか行かないかは判断してください。
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行く先には鎌倉武士が朝比奈峠開削以前に岩場を切り開いた切通も存在します。
さて・・・
長くなりそうなので鎌倉市域の天園ハイキングコースは、又、続きの記事を分けて書きたいと思います。次の記事、天園ハイキングコースで可愛い御婆ちゃんの休憩所を紹介するので楽しみにして下さい。

最後に今回解説した部分と関係の有る記事のリンクを以下に纏めて置きます。

興味の有る方は御覧下さい。
鎌倉にある天下一の名刀「正宗」の工房…正宗工芸美術製作所
蛍(ホタル)の季節到来!円海山瀬上沢で5月中旬から。
  東急建設の破壊計画で最後のチャンスかも?

神奈川の橋100選の一つ“昇龍橋”と白山社古址。横浜市栄区長倉町
畠山重忠公の最期の時、畠山重忠公と愛甲季隆公の二人の名将が死力を尽くし戦いあった古戦場
  ・・・横浜市旭区役所周辺一帯。

畠山重保公の御廟所、横浜にも御縁が有る鎌倉武士の名門畠山家御曹司の供養塔
  ・・・横浜市金沢区。

【城郭ファンへ拡散】六浦山上行寺の解説と、間宮家臣荒井家の鎌倉武士時代の幻の城址❝荒尾城❞発見?の報告と協力要請。

では、皆さん、また次の記事でお会いしましょう~♪
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横浜市最大最後の蛍の群生地、瀬上沢。
ホタル3
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その瀬上沢と一帯の森林で繋がる遺跡。
タタラ製鉄遺跡の国内最大級関東最大規模、神奈川県内で唯一現存する遺跡の森。
瀬上沢西の森1112エンゼル

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以上遺跡や自然が東急建設及び東急グループによる破壊消滅の計画が進行中です。

下の衛星写真には蛍の生息範囲や蹈鞴遺跡の出土範囲もわかる地点登録がされています。
Google earthでも誰でも見れます。
円海山瀬上沢流域ホタル群生地と上郷深田遺跡の森蛍群生地衛星写真
衛星写真と東急建設の破壊予定範囲を比較して見ましょう。
東急建設破壊範囲瀬上沢ホタルと上郷深田遺跡
御覧の通り!東急が遺跡や蛍の生息区域の保護に配慮しているなんてのは真っ赤な嘘です!
完全に❝計画❞には遺跡と蛍の群生地の瀬上沢が入っており、森林の伐採で鉄砲水の危険が生まれる為に川の流路すら破壊して人工的に溜池を作る計画です。つまり周辺住民の安全すら脅かすような宅地計画の為に川と森を伐採し人口の溜池をつくり本末転倒な事態に計画その物が陥っています!
円海山蛍の生息地 久良岐のよし
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概要説明

横浜市の有識者による開発可否決議で過半数が反対し、当該地の区民22万の内半数以上12万人の開発計画反対署名を横浜市“林文子”市長へ提出済みです。
しかし林文子市長に凄まじい数の反対署名が提出され東急建設も批判を受けながら民意を黙殺しました。
林文子市長と東急建設は開発をしたいが為か蛍群生地と遺跡の存在と重要性を内外に拡散周知せず、寧ろ林文子市長が市民の反対と歴代市長市民が守って来た遺跡と自然の蛍群生地の破壊容認する発言を行ったせいで、東急建設担当者による日本規模で貴重な巨大タタラ製鉄遺跡群と蛍群生地破壊計画が進行中です。     

1、平成3 1 年度

上郷開発に関する動き

平成 30 年

1月15日 

市都市計画審議会、多数決で都市計画方針の変更決定

3月15日 

横浜市都市計画方針の変更決定の告示

開発区域を市街化区域に編入、商業地区住宅地区等の指定


平成 31 年

 1 月中旬~ 

東急建設、開発申請に先立ち、製鉄遺跡試掘の為伐採開始

2 月~   

製鉄遺跡道路西側にもが存在するか試掘開始

神奈川県唯一、日本最大級のタタラ製鉄遺跡の存在は 30 年前の調査で判明している。


3 月 16 日 

試掘現場見学会実施、かなりの遺跡の存在が確認された。


2今後の予定

  

 4 月以降  

試掘結果により、本格的な発掘調査を行うか検討中

保存の重要性が区民以外にも知られる事が開発に不都合で消極的

発掘調査を行う場合は、 6 ヵ月から 1 年くらい要する


 5 月以降  

発掘調査を行わない場合、東急建設が開発工事申請

※東急建設及び東急グループの姿勢を見るに林文子市長と市教育委員会に邪魔をさせず規定路線にするつもりか?

        

横浜市建築局にて、開発工事申請書審査

市教育委員会が保護を上申しない。

横浜市は過去にも東大はじめ全国の学者が保護を要請した日本最大級の矢倉群と源頼朝公開基の浄願寺(上行寺東)遺跡も破壊容認し消滅させた前科有り。

審査項目:土木建築法適合審査、周辺住民の賛同、軟弱地盤の安全対策、

地盤問題

偏土圧

風害等


来年 3 月頃 横浜市、開発可否決定

  

来年 4 月頃 埋立て工事開始予定。

発掘調査実施の場合は約 1 年遅れる。

開発ありきで林文子市長と東急建設により計画遂行中

3 今後の問題

東急建設による埋立て工事申請後、工事説明会が行われる予定です。

上郷開発は、周辺住民の賛同を得なければ開発できないことになっています。

人口減少時代に突入し、新たな宅地開発は必要ありません。

一方温暖化対策には緑地の増加が必要とされています。

上郷開発が実行されれば、里山環境は失われ、ヒートアイランド化による温暖化、乾燥化、風害、生態系悪化など、周辺地域への直接的影響が現実のものとなります。また、市街地拡大は将来世代の税負担増となります。

周辺住民の賛同、軟弱地盤の安全対策、 30 年前の産業廃棄物を含む埋め立て地盤問題、偏土圧、風害問題、地主還元地で農業希望もあり市のまちづくりと不整合。

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