歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:公園

横浜イングリッシュガーデンのバラ園が見頃です!

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綺麗な薔薇のアーチですが、2017年05月20日現在の写真です。
これでも五分咲き。まだまだ花弁の開いていない株も多いので更に綺麗に成るでしょう!
園芸員さんに確認もしてきましたが来月中旬位まで見られるそう、今月一杯は多くのバラが咲き誇り来月に成ると紫陽花と遅咲きの品種のバラとのコラボが見られるそうです!CIMG3826
場所は住宅展示場のTVKハウジングプラザ横浜に併設されていてとても解り易く、車で行っても駐車場が多数有り便利です!
電車で行く場合も相鉄線平沼橋駅から徒歩10分前後と比較的便利な位置に在ります。
園内にはビュッフェスタイルのレストラン、喫茶店、土産物屋、生花の販売ブースも有り、夫婦や女性同士の御友達、恋人同士での散策にもうってつけです。

以下にアクセスと連絡先、参考の写真を纏めて掲載します。

横浜イングリッシュガーデン
横浜イングリッシュガーデン 位置 久良岐のよし
では以下に本日2017年05月20日現在の園内の様子の写真を掲載します。
小生は写真撮影が下手くそなので、きっと皆さんならもっと上手に撮影出来ると思いますよ♪
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以上、久良岐のよし推薦の散歩場所、イングリッシュガーデンの本日の様子でした。
皆さんの参考に成れば幸いです♪
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横浜は幕末から英国文化の強い影響を受けていまして…
中でも最近、平成21年にTVKによって開園された横浜イングリッシュガーデンは歴史こそ浅いものの、庭園としてはトップレベルの植物園とも言えると思います。
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神奈川県内で他と比較しても英国式庭園としては三本指の一番か二番目に入る規模、整備の度合いはトップレベルかもしれません。
神奈川県には大規模な植物園や、日本庭園、大公園の洋式庭園は沢山あるのですが、恐らく洋式庭園専門で運営されているのはイングリッシュガーデン含めて数件しか無いと思います。
港の見える丘公園のローズガーデンとかも有名。
薔薇の有名な所としては平塚市の花菜ガーデンとかの薔薇も有名です。
ここは住宅展示場に併設されているので、無料駐車場も完備されています。
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コンナ↑風に住宅展示会場自体が素敵な公園みたいな感じになってます。
…残念ながら(?)、今日も観光客は年配者が多く小生の様な若者(?)は女性が少しいる程度でした。
もっと若いカップルにデートや、男性にも小生みたいに花の写真を撮りに来て欲しいと思ったので今回ブログの記事で紹介したいと思います。
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年配者ばかり目立ちましたが、素敵な結婚式場↑コレも併設されていて、薔薇に限らず素敵な花々が季節毎に咲く庭園を見ながら挙式出来る様です。
イングリッシュガーデンの入口建物には、規模は小さい物のビュッフェレストランとしては美味しい店として推薦出来るシーズンズと言う店も有ります。
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御店は又、別記事で紹介しましょう。
先ずは今週末2016年05月28日~29日位までが見頃の薔薇の写真で、園内を紹介したいと思います。
その後で、横浜の庭園の話や、この場所が鉄道史跡である話を少し解説します。

イングリッシュガーデンの入口
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駐車場側から来ると、結婚式場が入口と勘違いしてしまうかも知れないので、住宅展示場のメインストリート側に一度出て下さい。屋台が数軒が出店している辺りが入口です。
ここから入り、御土産物屋やレストランを抜けると庭園の入口です。
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入口を抜けると、薔薇のアーチが出迎えてくれます。
本日2016年05月26日現在、アーチの薔薇は散り始めていますが、園内の薔薇はまだまだ見頃です。
今年は早く紫陽花も咲き始めているので、薔薇と紫陽花を同時に見る事が出来ます。
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さて、園内はバラのトンネルの一本道と言うわけでなく、小庭園や芝生の庭園等、見せ方を工夫して分けれています。
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こんな感じの小さいエリアの中を歩いたり…
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小さい庭を結ぶ通路にも豊富に薔薇が植えられていて…
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かと思うと、洋式庭園ぽい物も…
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とにかく色んな花が沢山あるので、ユックリと見ていて飽きません。
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写真に見切れていますが、時間をユックリ過ごすのがコンセプトの園の様なので、色んな所にベンチが設置されていて本当に自由に座って何十分でも話し込んで良いんですよ。
年間パスも有り、会話を楽しんでおられる御近所のBB・・・淑女の皆さんも沢山いらっしゃいました。本当に有意義な時間の過ごし方ですよね?
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あまり子連れで来る場所では無いですが、芝生もあり、少し開けた空間も有ったり…
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水辺の薔薇とか…
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まぁ、とにかく綺麗な薔薇を散歩したりベンチに座ってゆっくり鑑賞出来るのでデートにも暇つぶしにも持って来いの場所ですよ。

薔薇単体の写真もいくつか載せておきます。
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イングリッシュガーデンを今回は紹介しましたが、神奈川県下には和洋折衷の大規模な植物園がいくつかあって小田原市の辻村植物公園とか、小田原フラワーガーデンとか…
鎌倉市の神奈川県立フラワーセンター大船植物園とか。

和な場所だと植物園では無いですが、横浜市中区の三渓園の植物が季節毎に綺麗です。
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紅葉も、夜桜も綺麗。
鎌倉市の瑞泉寺や東慶寺サンや浄智寺サンも小規模ですが季節ごとに綺麗ですね。
特に瑞泉寺は花の寺として鎌倉時代から有名ですが新田義貞に焼かれて一度衰退してから復興し、徳川光圀(水戸黄門)サンなんかも好きで来ていたみたいですね。

これからの季節の紫陽花に特化すれば…
鎌倉の紫陽花寺として有名な長谷(はせ)の長谷寺とか…image
北鎌倉の明月院とか…
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それと、少し規模は小さく成るけれど横浜市内では貴重な紫陽花の山が有る港南区の永谷天満宮。
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あと、紹介済みですが横浜イングリッシュガーデンにも紫陽花が植えられていますよ。
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菖蒲だとマイナーな処で三浦の蜜柑狩りと西瓜の直売所で有名なザ作兵衛を営む石井園さんの菖蒲園とか…
横須賀市立菖蒲園は季節に成ると観光客で賑わいます。

梅だと曽我梅林や湯河原梅林は他地域を凌駕した広大で素晴らしい梅園が広がっています。あと横浜市磯子区の岡村梅林の夜間ライトアップとか最近有名。

竹林だと鎌倉の報国寺はミシェランガイドで三星だし。

桜は…まぁ、どの県に行っても大量に有りますから珍しくは無いですが、一応、県内にも有名どころは沢山有りますよね。特に伊勢原市大山の樹齢1000年越えの大山桜とか渋田川の芝桜とか、富士山をバックに桜を楽しめる秦野市の弘法山公園とか。
ここら辺は、以前の記事にしているので御興味有る方はカテゴリー「景勝地・公園・ドラマのロケ地」から探してみて下さい。

こうしてみると、横浜市を含めた神奈川県は花の生産農家が多い訳では無いのに、花を愛でる文化が県全体に根付いているんですね。
これは鎌倉武士の醸成した文化や、幕末から開港して間もない日本にいらっしゃって日本の近代化に貢献された外国人の皆さんの影響が関係有るのかも知れませんね。

話を横浜イングリッシュガーデンに戻します。

さて…
ココからは歴史の話を少し。興味の無い人も付き合ってね(笑)。
横浜市内には民間でも公営でも素敵な英国式庭園や洋館が数カ所現存していたり保護公開されていたりします。
日本初めての公立洋式公園が横浜スタジアムを含む一帯の山下町公園だったり…
港の見える丘公園には英国大使の館が現存していたり、バラ園も整備されていたり…
本牧には日本初のブラスバンド発祥地や国家君が代の発祥地である妙香寺と山手町公園があったりします。
そんな訳で、イングリッシュガーデンは横浜の洋式庭園では歴史の浅い新参者な訳ですが、実はこの場所は鉄道史跡でもあったりします。
横浜イングリッシュガーデン
この場所は、元々は江戸時代以前は海だった場所です。
平沼橋は江戸時代の東海道保土ヶ谷宿と神奈川宿の中間地に位置します。
江戸時代の神奈川宿には、幕末に坂本龍馬サンの奥さんの御龍サンが働いていた田中家と言う料亭の前身に成った❝さくらや❞と言う旅籠が存在したのですが、そのさくらが描かれている東海道五十三次神奈川宿の絵にも載っています。
その絵の風景を見ると、平沼辺りが海や干潟だった事が理解出来ます。
東海道五十三次 神奈川宿 田中家
現在の田中家↓の周辺。住所的には神奈川区台町かな?戦国時代の青木城の存在した丘の横。
田中家近景
その海に江戸時代、横浜市各地では埋め立て工事が盛んに行われ、この平沼一帯の海を埋め立てた平沼新田、蒔田湾と呼ばれた海を埋め立てた明治~昭和の横浜の中心街と成った吉田新田と言う現在の横浜市の南区北部~中区北西部~西区東部に跨る広大な土地や、金沢区の泥亀新田等が開かれました。
平沼も地名から推察して、昔は広大な干潟だったんでしょうね~。
昭和初期に成ると神奈中鉄道(かなちゅうてつどう)と言う当時存在した鉄道会社によって現在の平沼橋駅~西横浜駅の間イングリッシュガーデンの所在地近くに❝古河電線駅❞が設営されました。
神奈中鉄道は現在、相鉄と合併して社名は消えましたが、神奈川県民には馴染みのバス会社に神奈中バスとして名残が存続していますね~。
そんな訳で、つまり、このイングリッシュガーデンの場所は鉄道の史跡でもあるんですね。
そして、現在庭園や住宅展示場が開ける広大な敷地が有るのも、❝古河電線駅❞の名前でピンと来た人もいると思いますが、大企業❝古河電工❞の工場が存在した場所なので広大な土地が有ったんですね。
TVK(テレビ神奈川)が、その跡地の借地権を取得し現在のTVKハウジングモデルルーム展示場やイングリッシュガーデンが開園されました(TVKやるな!)。

昔の神奈川県には、明治天皇の御言葉「公益世務=世の中の為、公益公民の為に成る事をする」と言う気概を体現した、富岡製糸工場や横浜銀行のオーナーを務め関東大震災後の横浜復興に私財を投じ大貢献した原三渓サンの原財閥や、川崎の開発や鉄道敷設に活躍した浅野財閥の様な❝公益と市民の繁栄に力を還元する❞横浜商人の気概を持った方が沢山おられましたが…
現在の横浜市長や神奈川県知事や教育委員会や東急不動産や野村不動産や三井住友レジデンシャルは歴史史跡や緑地を開発利権の為に破壊しようとするベクトルの腐れ政治家や商人ばかりで、彼等からは横浜市民や神奈川県民の気概を微塵を感じません。
横浜市民=ハマっ子の気概、神奈川県民の気概と言うのは正に、明治天皇の金言「公益世務」そのものです。
素戔嗚尊の眷属~日本武尊~平良文公~源頼朝公~北条時宗公~太田道灌公~北条早雲公~間宮家~ハリス領事やコープランドさんや孫文先生、原三渓サン等の政治家や商人、色んな先人や親日派外国人からの気概と文化を引き継いだのが、我々横浜市民なんですよね。

TVKは、この先人達から引き継いだ鎌倉武士の気概や小田原北条家の理念、横浜商人の心意気を見事に受け継いでらっしゃる。
その精神文化を体現しているのが、この横浜イングリッシュガーデンなんだと思います。
ここの規模は凄まじく広い訳でも歴史が有る訳でも無いけれど存在価値は、横浜三渓園に匹敵する場所なんだな。

横浜イングリッシュガーデン公式ホームページ【ココ】←クリック!
住所:横浜市西区西平沼町6-1 tvk ecom park
TEL:045-326-3670 FAX045-313-2280
営業時間:AM10:00~PM6:00 (最終入園 閉園より30分前)
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最近、解説ブログが神社→神社→御寺→梅梅→御城→神社→御寺みたいに歴史史跡依存症に成ってるので、少し箸(はし)休めに、(昭和から見て)近代的で横浜らしい公園を紹介したいと思います…

突然ですが皆さん…
横浜にはシンボルとして作られた場所が有るのを御存知ですか~‼
昭和の横浜のデートスポットのマリンタワーじゃないですよ~(笑)!
ランドマークタワーとか平成のデートスポットでもないですよ~♪

実はこれから紹介する場所はハマっ子(横浜市歌を歌える横浜市民の事)ですら余り知る人がいないのですが…
子供が芝生でゴロンゴロンして遊べて、大人もレジャーシートの上で御昼寝したり、凧(たこ)上げも出来る障害物が無くて風景の良い所なんですよ~!
そして灯台に無料で登れます。その眺めが良いのです。
❝灯台が有って横浜らしい❞と言われりゃ、知らない人も大凡(おおよそ)、「あ~港?」と思うでしょうが、若干違います。
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国際線の貨物が犇(ひし)めく横浜港の更に先端の本牧埠頭(ふとう)に築かれた、入園無料の公園です。
その名も❝横浜シンボルタワー❞です!
どうだ!参ったか!
実は小生、この地に御縁が有りまして、ここを知ってからは何となくオニギリ持って休日散歩に来たりします。
良いでしょう?人が少なくて(笑)。
過疎ってるんですよ(笑)!横浜のシンボルなのに!
でも、だだっ広い芝生の公園は、ここか、日本初の競馬場史跡の根岸森林公園しかないので、小生は芝生と海風を満喫したい時は、ここにドライブに来て、ユックリ散歩して、休憩所で17アイスの自販機でアイスクリーム買ってくつろいでます。
もっとも、ここ2年半、ずっと尊敬する戦国時代関東最強の武将だった北条綱成(つなしげ)公と綱成公の付家老で横浜市中区磯子区港南区の殿様だった間宮家の顕彰活動や、神社仏閣巡り、梅と桜と紫陽花と紅葉の名所遊覧…
等々で、余り来れてませんでした。
この写真はブログネタ用に写真撮影で去年の夏の終わりに来たのですが、風が強くて9月でも寒かった。
…独身で男一人で来るには天気悪いと心も風も寒い場所なんだよね(爆笑)。でも晴れの日は最高♪
独身でも御弁当持って一人で来ますけれどね。
…あ~、森カンナさん似の結婚したかった彼女と小生の御手製御弁当持って来て芝生の上で海風感じながら食べさせてあげたかったぁ~。
そんなこたぁ~どうでも良い!
横浜シンボルタワーと周辺の説明に戻ります。
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ここは横浜市の中でも、本当の貨物船が行き交う海に一番近い公園なので、御近所、1km有るか無いかの場所に❝海釣り公園❞も有ります。
海釣り公園は入園料だけかかります。
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この建物から入るのかな?小生は子供の頃に親に連れてこられて、興味の無い釣りをやらされた挙句、釣果が全く無く良い思い出が有りません。
隣の人が魚じゃなくて渡り蟹を釣ってたのは衝撃的で今でも覚えています。2015-09-05-15-51-38
この海釣り公園と横浜シンボルタワーには、それぞれバス停も有るので車が無い人でも来られますので安心して下さい。
交通手段は最後に紹介します。
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海釣り公園の管理棟まで行くとシンボルタワーに行く駐車場入口に、上の開園時間の説明看板が有ります。
季節ごとに閉園時間が異なるので注意して下さいね。
さて、海風を感じながら散歩を楽しみたい人は、この海釣り桟橋バス停で降りて歩いて行かれる事を御薦めします。
突堤を歩くのは気持ちが良いですよ♪
真っすぐ歩いて行くか、横浜シンボルタワーの駐車場に車で到着すると半円級の昭和の高度経済成長期に建てたチックな建物が見えます。
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その建物が横浜シンボルタワー…
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…じゃなくて、休憩所です(笑)。
中には興味が無い人は見落としがちな、商船三井なんかによって横浜港の歴史の資料が展示されています。
小生はコノ手の掲示物が大好物♪
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横浜の開港から、港湾が埋め立てられ、どうやって現在の国際港横浜に成ったかザックリわかります。
もし、横浜港の歴史を詳しく知りたいならば、以前紹介した❝元イギリス領事官の横浜開港資料館❞を訪問する事を御薦めします。そちらは中華街からも徒歩で行けるので、デートコースにも成るし、子供連れも歴史興味の無い子供に無理やりハマっ子魂を注入する良い機会に成ると思います(笑)。
横浜開港資料館の記事は「ココ」クリック!
ちなみに、この本牧埠頭の名前、由来は古代大和朝廷の軍馬生産拠点で牧場が有った事に由来します。
江戸時代には本牧奉行と言う役職が置かれ、戦国時代に北条家臣として軍事内政で活躍した間宮家が今の中区磯子区南区港南区の大凡の地域を治める奉行として、その役割を徳川家康公以来江戸中期まで勤めていました。憎っくき悪人柳沢吉保の登場によって、ある諍(いさか)いを謀略によって起こされて辞職し一族で別の鷹匠頭と言う奉行を務めた分家杉田間宮家も養子をとれずに嫡流が断絶したり散々な目に遭うのですが…
あ!
…イカンイカン、今回は歴史の話はナシ!
脱線から戻って、シンボルタワーの休憩所には、販売員がいないのに販売物販だけが置いてあります(笑)。
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真面目にやれよ~!
いつも思うよ~!
これスゲぇ~買いてぇ~んだよ~!
関西の友達とか、台湾の友達に手紙書いたりする時に、便箋これにいれて茶封筒で送ってあげたら横浜らしくて絶対に「おおっ!」って思わせれるんだよ~。
さてさて…
この休憩所を出ると、いよいよシンボルタワーが見えてきます。
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…昭和チックな近代感丸出しでしょ?
昭和世代なら共感してもらえると思うけれど、ウルトラマンタロウとかウルトラマンエースとかウルトラマン7とかウルトラマン80どか、あそこら辺りの基地っぽい未来感てのかな(笑)?
手前の芝生がパカっと割れて、垂直離陸する合体式飛行機とか飛んで出て来そうな建物でしょ(笑)?
でも、手前の芝生の広場、本当にのびのび出来て良いんですよ~。
では、この建物の正体は何なんでしょう?
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答えは、出オチでしたが灯台です。
そりゃそうだよね、貨物船の接岸する突堤なんだから灯台が無いと。しかも公園の名前が横浜シンボル❝タワー❞だしね。
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芝生良いでしょ♪
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まぁ、建物の方は平成の世に成ってマジマジ見ると怪しいデザインですが、昭和の高度経済成長期の近代感丸出しで、これはこれで個性が有って貴重な存在だと思います。
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塔の上に登らなくてもこの眺望。
横浜ベイブリッジと大黒埠頭が見えますね。
では上に登ってみましょう。
正面階段の上には訳の解らない巨大なホタテが有ります。
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これね…
高度経済成長期やバブル期に有りがちな税金の無駄遣いで、有名な芸術家に作らせたモニュメントらしいです。
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タイトル「遥かなるもの・横浜」1988年 N.WTANABE 作
小生的に前衛芸術作品に興味は無いのでどうでも良い鉄の塊なのですが、きっとコレも2088年頃になると貴重な芸術文化財に成るんでしょう。
豊かな時代に借金じゃないくて余裕が有って作った物なら、税金の無駄遣いとも言い難いのかも知れないし。
階段の上から広場を見るとこんな感じ。
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横浜港の内側と外側に挟まれて芝生が広がる。
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階段の上に来ただけでも結構高いよ。
高所恐怖症の人はダメかもね。でも風景綺麗だから頑張って!
このフロアにも展望デッキが有ります。
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塔の上に行かなくてもこのチューブの中からもコンテナヤードとガントリークレーン犇く国際港横浜の本牧埠頭を見学出来る。
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ベイブリッジも綺麗に見える。
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コンテナも沢山見える。
中央の灯台にも無料で入れます。
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こちらも開場時間は御覧の通り、季節によって異なるので気を付けて下さい。
ここの時間と、駐車場の閉園時間とバスの時間、必ず確認しておいて下さいね。
さてさて…
灯台の展望デッキに上がるには少々苦行が待っております。
…階段です。他に登る手段は有りません。
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結構ありますよ。
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ビルの16Fに階段使って登るのと同じくらい。ガンバレ…
でも登ると御褒美に横浜港どころか東京湾が一望出来る展望台が有ります。
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パイプ椅子だけれどね、一応椅子もアルヨ…。
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ここ、全角度からどんな風景が見えるか、地理の解説が窓の下に説明が有りますので、これを見ながら景色を見ると良いのです。
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う~ん…
この日は生憎(あいにく)の曇天で、風景も何もあったもんじゃねぇ~(笑)。
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けどけど、晴天は本当に良い景色が見られるし❝タダ❞ですよっ!
だから家族連れや、結婚前提で御金かけないデートする時期に入ってるカップルには御弁当持参したデートや、中華街で1000円以下のランチ食べた後で来るには打ってつけの場所なんです!
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ちなみに、こんな解説書も無料配布されています。
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さっきの休憩所と、この展望台の入口に置いて有ります。
こんな↓のも有ります。
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実は休憩所の周りはパターゴルフ場として、開園当初は運営されていたんですが、今じゃやってません。
でも、このパンフレットは何故か掲示されています。無視しましょう。
まぁ、港を散歩するには良い場所と言うのは伝わったでしょうか?
さっきの芝生、広いから凧揚げも出来ます。
小生のように御弁当もってレジャーシート持って行ってユックリ読書したりするのも良いと思います。

行きたい人がいるかも知れないのでカーナビ入力の為に場所と住所と場所を掲載します…
よくよく考えたら、小生のブログ記事、歴史解説と写真資料は詳細で豊富なのに住所と連絡先書いてあげてなかったのよね。以前の記事は不親切だな。
横浜シンボルタワー位置関係
場所は上の衛星写真の右上です。
御覧の通り、中華街や港の見える丘公園や外人墓地も近く、横浜観光のメッカから10分足らずで来られます。

【アクセス】
●根岸駅発26系統 『海釣り桟橋』か『横浜シンボルタワー』行き (根岸駅から17分)
●横浜駅発 大桟橋経由 『横浜シンボルタワー』行き (横浜駅から40分)
●桜木町駅前発 大桟橋経由 『横浜シンボルタワー』行き (桜木町駅から25分)
※26系統の『横浜シンボルタワー行き』に関しては、シンボルタワーの営業時間に合わせて運行しているそうです。営業時間外に関しては公式ホームページで確認して下さい。

横浜港シンボルタワー祭が3月末日に開かれます!
横浜市民で本牧周辺の方は是非、行ってみませんか?

ではでは!又、次の解説ブログ記事で御会いしましょう!
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ブログネタ
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この間、小田原城の記事を書きましたが…
小田原城には江戸時代、大地震で天守閣が傾いた歴史が有ったりします。
大正時代にも神奈川は皆さん御存知の「関東大震災」が起きました。
関東地方全体では105,000人弱が死亡したこの大地震、神奈川県では約3万人超の方が亡くなりました。
大地震発生した時に水の確保?する準備出来てますか?
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横浜市には富士山系の水脈の湧水が沢山有り、昔は飲み水にされていました…
その水源を2ヵ所、この記事の最後に紹介しますね!
何故この話をするかは、以下に書いてみますので、ゆっくり読んで見て下さい。

最近、地震や噴火、本当に多いですね?
と、言うかここ数百年が偶々(たまたま)地震や噴火が少なく気温が低めだっただけでしょうかね~?

さて…
地震が起きると一番怖いのは建築物の崩壊よりも建築物密集地の火災です。
横浜市の様な市街地で火災が起きるとどうなるか、実は江戸時代の文献を読むと良く解ります。
都市型大火災の説明を江戸時代の火災記録で行う前に…

大地震起きて都市壊滅したら一番困る事って何かって「通信」とか直接命の関わらない事じゃなくて「水」の確保なんですよね。
これは関東大震災を経験した祖母からも聞いた事です。
そして、井戸がほぼ使われなくなり大正時代より水道の普及した現代は、もし大震災で都市が壊滅したら前回の関東大震災より更に困る事に成るでしょうね?
水道管は破裂し、水道からは水が出なくなります

火災を消火出来ない。
飲み水も無い。
水洗トイレしか無いからトイレが使用不能に成り「野糞」するしかないのにアスファルトで固められた地面には簡易トイレも掘る事が出来ない、だから感染性腸炎なんかの病気が流行する。
その中でも飲み水が無いのが一番深刻な問題に成りますね。

横浜市は明治~大正時代に全国でも先駆けて水道網が整備されていた都市の一つです。
その弊害で、老朽化した煉瓦製や陶器製の水道管が使われている地域も少なくなく

前の横浜市長の中田サンは優秀な政治家だったので、この歴史事実を把握しており、中田市長の時代から横浜市は水道管を耐震の物に取り換える事業を開始しています。
しかし、それ以前は市内で水道管が破裂し数十mの高さに水道水が噴出する事もたまに有りました。
これには横浜市の給水施設と地形が関連しています。
円海山の配水施設
横浜市南部は水道水の供給を、円海山と言う山の配水施設から行(おこな)っています。
小生のブログで何回か紹介している円海山は蛍が見れる水源が有るだけでなく、山頂は標高が300m超あり関東平野南部に位置する横浜市内で一番高い場所でもあります。
そこから高低差を利用し、サイフォンの原理で市内に水道水を供給する施設が有ります。
その水は山梨県を経由し丹沢山系から注ぐ相模川から給水し、鎌倉市と横浜市の市境近く戸塚区の小雀浄水場で処理されています。

この円海山からの水圧に、横浜市内、特に山から一気に水が駆け下ってきて最初に標高が一番低い場所の水道管にブチ当たる磯子区では古い水道管が水圧に耐えれず、過去に磯子駅前の水道管が破裂し隣りの商業ビルよりも高く水道水が巨大噴水の如(ごと)く吹き上がってしまった事も有りました(笑)。
ですから、直下型大地震が横浜市を直撃すれば至る所で水道管が大噴水化する懸念が有り、中田市長の政策は市長が代替わりした現在でも受け継がれている訳です。

さて、いくら水道管を交換しても、きっと何処(どこ)かで破裂するでしょうね。
絶対に水道水が来ない地域も出てくる訳です。
先述の通り火災を消火出来ず、崩落した建築物の粉塵を抑える散水も出来ない訳です。
関東大震災の時、横浜市の旧中心部の関内地区では壊滅した市街地の瓦礫を海に集めて沿岸部を埋め立て、次の大地震に備えて火災からの非難施設を建造しました…
山下町周辺
それが上の衛星写真右上の山下公園です。
繰り返しますが、ここは関東大震災の瓦礫で作られた先人が我々子孫に残して下さった震災発生時の避難所なんです。
写真の中に横浜スタジアムも写っていますが…
横浜スタジアム周辺の公園は「横浜公園」と言う公園です。
ここは近代日本初の西洋式公営公園でして、元々は幕末に外国人向けの港崎遊郭と言う遊郭(ゆうかく=売春する料亭)の密集地帯でした。
豚屋火事と呼ばれる大火災が発生し多くの遊女が犠牲に成った場所でもありました。
そこに明治政府が公園兼災害時の避難場を設けるべく、リチャード・ブラントンさんと言うスコットランド人の土木設計技師に依頼し建設されました。
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この写真に見える一帯が全て港崎遊郭でした。
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因みに、すぐ横に在る首都高速横羽線の山下公園入口が有りますが、この首都高横羽線が走っているトンネルが昔は掘割(ほりわり=水掘り)でした。
その掘割の海岸側を関内と呼び、幕末ここに関所があり内側が外国人居留地に成っていました。
つまり、港崎遊郭は関内=外国人居留地に在った訳です。ここには日本初の西洋式ホテル「横浜ホテル」も在りました。
横浜中華街は関内で最初に埋め立てられた場所でもあります。
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丁度(ちょうど)、豚屋火事の話題に触れたので、都市型の建築物密集地で大火災が発生するとどうなるか…
次は、そちらを説明したいと思います。
江戸時代、実は江戸の町は数回の大火災に遭(あ)い、大量の死傷者を出しました。
この横浜の豚屋火事でも沢山の人が亡くなったそうです。
当時の文献を読むと…
例えば「明暦の大火」と現代人は教わる「振袖火事」と言う大火災が有ります。
この火事は元々は、その振袖を着た町娘が次々と急逝するので、最後の振袖のオーナーの親が娘の供養の為に呪われた振袖を御寺で「御炊き上げ(おたきあげ=宗教的に焼却)」して貰おうとした所、その火の付いた呪いの振袖が強風で飛散してしまい江戸中を焼き尽くしてしまいました。
この火の勢いは凄まじく、江戸城の天守閣もその時に消失しました。
この時、川向こうへ逃げようとしても逃げる場所も無く炎に焼き殺される人が続出しましたが…
更に怖いのは、空き地に逃げた人も焼け死んだんです。

都市で大火災が起きると、熱風で吹き上げれた火柱が集まり炎の竜巻が起きるそうです。
その炎の竜巻が空き地の隣接する類焼地帯から上空を跨(また)いで襲って来て、空き地に逃げ込んで密集している人々を生きたまま火炙りにしてしまうそうです。
だからこそ、現代の都市計画は幹線道路の道幅を広くとり、類焼するスピードを遅らせようとしている訳です。

さてさて…
大震災が発生すると大火災も発生する訳ですが、大正時代と異なりオフィス街に木造建築物は少なく前回の関東大震災程には火災で死傷する人はいないでしょう。
…とは言っても被害は大きいし、水道管が使い物に成らないと飲み水も無く災害用の備蓄(びちく)飲料水も数日間しかもたないでしょう。
実は大正の関東大震災で水道水の供給が止まった際に、横浜の人々を救ったのが冒頭で写真を掲載した場所の湧水なんです。

「打越の霊泉」と言います。
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この打越の霊泉に行くには近くにある「打越橋」と言う鉄橋を目標にして下さい。
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この鉄橋の少し手前に打越の霊泉が在ります。
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現代の志(こころざ)し高い地元町内会長さんが石碑にも残し、後世に伝えて下さっていますが横浜市民にも知っている人は少ないでしょう。
ここにはJR元町駅から徒歩で行けますし、みなとみらい線の中華街元町駅からでも行けない事はありません。
水を汲みに行きたいなら運搬するでしょうから車をすすめます(笑)。
関東大震災で水道管が使い物に成らなくなって給水出来なくなった時、関内や元町周辺の人々はこの湧水の御蔭でインフラ復旧まで持ち堪(こた)えれたそうです。
関内は埋め立て地「吉田新田」の一部ですからね…井戸掘ると海水しか出なかったんですよ。

ここと、近所の中区本牧側、下の写真ワシン坂にも「ワシン坂の霊水」が在ります。
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ワシン坂一帯の丘は、ジブリ映画「コクリコ坂」のモデルに成った場所でもあります。
観光地「港の見える丘公園」も徒歩圏内です。

実はこの2ヶ所の霊水、両方とも富士山系水脈のバナジウム天然水で腐り憎く良質な軟水で、その長期保存が効く性質から幕末に横浜が開港されると、外国船に飲料水として補給されていました。
現代では付近が開発され、ビル建設の基礎工事などで水質が安定せず、飲用を推奨出来ない水源と管理上便宜的に看板が有りますが…
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小生はこの水を以前、汲んでよく家で御茶を淹(い)れていました。
この水は美味しく、煎茶を淹れるのに適しています!御茶に甘みが増すんですよ!
特に民主党政権時代の2011年03月11日に当時の無能な菅直人内閣と枝野官房長官が福島原発の放射能飛散に対応しきれず対応が遅れた時期、小生は水道水の安全性が確認されるまでワシン坂の霊水をタンクに汲んで持ち帰り、煮沸してから飲用としていました。
関係ないですけれど、この本牧半島地域を江戸時代に本牧奉行として治めたのが、笹下城主間宮家の子孫の笹下間宮直元公とその御子孫でした。
※打越の霊泉とワシン坂の霊水を飲んでみたい人は、自己責任でどうぞ(笑)。

この水脈を利用して日本初の麦酒(ビール)醸造所として開かれたのが今の中区の横浜市立北方小学校の敷地一帯に建設された「スプリングバレーブルワリー」でした。
このスプリングバレーブルワリーの創業者はウィリアム・コープランドさんで、ノルウェー系アメリカ人でした。
コープランドさんは晩年余り幸せでは無く、その後、彼の事業を引き継いだのが、三菱財閥とその創始者の岩崎弥太郎でした。
余談ですが…
キリンビールのロゴの「麒麟」は「龍」と「馬」を足した様(よう)な架空の動物ですよね?
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何でこのデザインにしたかってのは有名な話で、麒麟麦酒の出資者の岩崎弥太郎とグラバーさんが共通の友人だった「坂本龍馬」サンをリスペクトして後世に偉業を伝える為に麒麟をデザイン化したと伝わっていますが…
実は神奈川県、坂本龍馬先生と所縁が有ります。
奥さんの「お龍サン」の「終の棲家(ついのすみか)」は、横須賀市でした。
お龍さんが龍馬さんに先立たれ未亡人に成ってから働いていたのが、京浜急行神奈川駅の近くに現在も営業している料亭「田中家」でした。
その京急神奈川駅の目の前に「神奈川台場」と言う砲台を設計したのが、龍馬サンの師匠の勝海舟先生でした。
今回の記事で紹介した麒麟麦酒の創業地と、2ヶ所の湧水や山下公園の位置関係はこんな感じ…
水源と周辺位置関係

話が脱線しましたが…
買える水は直ぐに備蓄が尽きますよ?
皆さん、先人の教訓を活用する為にも少し歴史を調べて、御近所で飲用出来る湧水を知っておくのも何かの助けに成るかもしれませんよ?
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ブログネタ
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4月… 
この時期に成ると、学生時代に誰しも、桜並木の下の露店で買物をしたり、お好み焼きやタコ焼きを食べたりなんかして楽しみ…
或(ある)いは家族や親戚と桜の下にレジャーシートをしいて楽しくお弁当を囲んで花見を楽しんだ事を思い出すんじゃないでしょうか。
今日は2015/04/02…
この写真は一昨々年2012年の写真です。
「桜道」と呼ばれ、去年まで存在した横浜市内港南区の港南中央駅近く〜日野公園墓地の長い距離に渡って存在した桜並木です。
今の横浜市長の林文子さんの施政と統治の下、行政と土木事務所により主要部分の桜の大樹の並木は切り倒され桜並木の規模が縮小されて大木は多くが消されてしまいました。
今年はもう見る事が出来ません。
悲しく残念な出来事です。

しかし、まだ文化ある御寺や神社には保護された立派な桜も幾らか残ります。
そこで、横浜沿岸部周辺地域の桜の名所の今日4月2日時点の桜の開花状況をレポートします。

桜が東京〜横浜では概(おおむ)ね満開に成りましたが、所により今週末くらいまで御花見日和りみたいです🎶

下は4月5日に小机城址祭りが開かれる、JR横浜線小机駅近く小机城代の殿様、笠原家の菩提寺の雲松院の桜の大樹の今日の写真。
桜以外にも可愛らしい花が咲いていました。
相変わらず枝垂れ桜は立派。
…満開で散り始めてますが、城址祭りまで持ってくれそうですよ♫

因(ちな)みに、小机城址祭りは近所の三会寺から4月5日午前10時に武者行列パレードがスタートし小机城址を目指します。
三会寺の山門も桜に彩られていました。
三会寺は征夷大将軍源頼朝公が鎌倉の鬼門に当たる北の街道を押さえる地勢に位置する、この港北区鳥山地区に名将佐々木高綱公を配置しました。
三会寺は鬼門鎮守の為に高綱公が開基した御寺です。
ですから、御寺の屋根には源頼朝公の家紋「笹竜胆(ささりんどう)」の使用が許され寺紋として掲げられています。

雲松院の枝垂れ桜と三会寺からスタートする小机城址祭り見学、週末おすすめですよ♫

次は港南区の永谷天満宮と貞昌院の参道の桜並木と、裏山の桜です。
永谷天満宮と貞昌院は南北朝時代〜戦国時代にこの地を治め、関東管領も務めた宅間上杉家の殿様が開いた天神様の神社と御寺です。
こちらの桜は八分咲き、週末見頃だと思います。
下の写真、永谷天満宮や貞昌院の裏山から正面に見える永野小学校一帯の丘が宅間上杉家の居城永野城の在った場所です。
宅間上杉家の殿様は、こちらから自分の御城を眺めたんでしょうかね〜?

次は神社仏閣ではありませんが、桜の名所の久良岐公園。
結構凄いでしょ?
ところで、昔、横浜市南部は久良岐郡と呼ばれた地域で神話の時代に軍神の日本武尊も訪れた聖蹟のある地域であり、源頼朝公も沢山の神社仏閣を開基した文化醸成地域でした。
いまでは久良岐の地名は、この久良岐公園に残るのみとなりました。
久良岐公園には市電も展示保存されています。
桜林はレジャーシート広げ宴会してる客も多いですが、遊歩道にも桜並木が有り、ゆっくり花見しながら散歩出来ますよ!
まだ九分咲き、週末まで持ちそうです。

最後は1番おすすめな称名寺の参道と庭園の桜並木。
こちらは八分咲きくらい。
週末見頃間違い無し♫
この赤門の向こうに桜のトンネルの参道が広がっているんです。
この茶屋の蕎麦は手打ちで美味い!

称名寺の参道綺麗でしょ?
鎌倉時代創建で、金沢文庫の地名に成った鎌倉幕府重鎮の金沢北条家の図書館が今では金沢文庫博物館として称名寺の隣りで運営されています。
仁王門の裏には称名寺の庭園が広がります。
亀さんが何時も甲羅干しししてますよ!
北条家の御寺だから寺紋も北条家の三つ鱗紋。
今週末はバザーらしいです。
花見しながら買物も良いですね〜♫
良い場所でしょ?

下は称名寺と金沢文庫を開いた鎌倉幕府の重鎮、金沢北条実時さん。
このトンネルで金沢文庫博物館と繋がっています。

さて、行きたい場所はありましたか?
では皆さん、良い週末を♫

又、次の記事でお逢いしましょう!
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