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タグ:報国寺

2017年07月15日、この週の火曜日07月11日が新井城落城した日で尊敬する武将の一人である三浦義意公と御父君の三浦道寸公の供養の為に菩提寺である網代山海蔵寺に参拝し、御住職様から海蔵寺専用の納経用の奉書を頂いていたので三崎漁港の海南神社の例大祭に合わせ、土曜日に写経した妙法蓮華経観世音菩薩普門品世尊偈を携えて海蔵寺に納経に再訪した。

海蔵寺さん参拝の後、最初に訪れたのは天然記念物諸磯隆起海岸だった。
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…と、その前に少し小生の神社と御寺に対する思い入れの根源の話し。

小生の祖先は某延喜式内社の宮司家なので御寺や仏教と言うと子供の頃は除夜の鐘程度の認識しかなく、なんと言うか御祭りの様な楽しい場所と言う感じだった。
大人に成って仕事でリーマン破綻直後に3ヶ月間、毎日睡眠が3時間以下と言う労働が続いて過労に成って頭ハゲそうなハチャメチャな状況に成って心身共に参っていた。
同僚が中国語話せないのに突然中国へ転勤に成ったり、小生は中国語話せるのに国内に残りソイツの分も含め複数人から仕事を引き継いだり、ハッキリ言ってキャパを超えていた。
朝の定時出勤時間前から出勤して客先の就業開始直後に御用聞きで訪問できる様に直行。
夕方の18時に帰社、そこから自分のオフィスワークと2人から引き継いだ分のオフィスワークを始める。当然朝までかかる。だから休日も潰れる。20時以降はタイムカードを切らされてサービス残業を強要され、当然休日出勤は申請不可。そんな会社だが実は中堅企業の中の大手の部類の企業だった。
アジア圏や国内遠方に出張する際は、上司に指名されたいい加減な同僚に仕事を任せるのが嫌で嫌で仕方なかったが、馬鹿でも出来る様に完璧にスケジューリングして協力会社にも念入りに事前に打ち合わせで部材の製作をお願いして置き、資料も準備して小生の仕事を代理で行う人間はスケジュールの時間通りに指定の場所を訪問して人に会い物を受け取り、物と資料を渡すだけで何にも考えず何にも余計な事を話さず済む様にしてあった。
だけどね、世の中、いい加減だけど何だか知れないけど上司に信頼される奸臣と言うのが居て、その上司に仕事を御願いする様に指定された同僚は「案の定ちゃんと俺のスケジュールを踏んで行動しない」で当日に訪問しなかったり、結果的に納期に遅れたりやらかしてくれた。
だけど狡猾な奴で上司には小生のミスの様に粉飾し、小生が出張から帰って来ると何だか知れないけど叱られたり。それを残業時間に成って同僚を呼び止め問い詰めると開き直りクソ同僚はこんな捨て台詞を言った…
「そんなに完璧にやれんて!」
…おい、俺は馬鹿でも出来る様に御膳立てしてやった上に協力会社の皆さんも文字通り万全の協力をして下さっていたんだがな?
まぁ、そんな事が何回か有ったりハードな仕事が三ヶ月休み無しで続いて自分で洗濯物洗う暇すら無くてクリーニングにシャツやスーツを丸投げしても、今度はクリーニング屋に服を引き取りに行く暇も無く、前日着たシャツにファブリーズだけして又着て仕事したりしていた。
小生がそんな事に成っていた時期に社員の1人が交通事故を起こして人を轢き殺した。
更に社員が1人自殺、でも家庭の問題とされていた…本当かよ?
子会社でも1人が過労要因と思われる交通事故死。
自分も高速道路で運転中に意識が飛んだり2回経験した。赤信号も認識できずに信号無視をしたり、自分で「やばいのかな~?」と思い、そのクソ会社を辞めた。
因(ちな)みに、その会社は今でも存続していて何だか知らないけど某大手企業のベストパートナーにも選ばれたりしている。御客さんは、そんな状況知らないだろう。まぁ、知ってる会社も有ったけど。
これ、当時、退社後に労働基準監督署にも職安にも相談していたけれど、「管轄外」と言われたり「ウチでは出来る事に限りが有って対処できない」と言う主旨の事ばかり言われたんだな。
まぁ、泣き寝入りするしかなかった。
アレから数年が経ったが、日本の労働基準法って今でも守られてないよね。実際。
有休消化なんて超大手企業しか出来ないでしょう?
週休二日制も守られてない会社多いでしょう?
サービス残業の会社多いよね?
安倍さんが賃金上げろと急(せ)かしても無視するクソ企業多いよね。
その癖に横浜市長みたいに日本を敵視する北朝鮮の学校に補助金出したり意味わからない政治家もいるよね。
新しい制度考える前に、既に施行した法制度を順守させる方が大切だと思うんだよな。
まぁ、そんな事が有ってリアルに昔は無責任不倫上司のせいで死ぬ寸前に追い込まれた。
だから、昔の善政を行ったり農民や商人に好かれた殿様達に余計に尊敬の念を抱くんだろうな。

そのクソ会社にいた頃に不思議な夢を見て…
横浜の歴史偉人とその上司の玉縄北条家や源頼朝公とその与力衆の鎌倉武士団の偉人達に"命を救われて"以来、歴史の資料を趣味で読み漁り墓所や御関わりに成られた神社仏閣と史跡を訪問し、殿様達に感謝して回るのが休日の趣味に成った。
…もっと言うと三浦の海に命と精神を救われた感が有るんだな、小生の人生は。
当時はボロボロで、ハチャメチャな仕事を命を繋ぐ為に辞めた。
不思議と普通なら「自殺したい」とか思う状態に成るであろう状況に、小生は「海見たいな~」としか思わなかった。死にたいとは思わなかった。
でも仕事の通勤帰りに電車に乗ってる時は危なかったね。夜の町の中を走る車窓から外を見てると引き込まれるんだよ。
あれ、一種の催眠状態なんだろうね、気持ちが暗い時や挫折を感じてるとハマりやすいのかも。
そんで、休みに良く観光客の余り行かない三浦半島の南端の江奈湾に行って磯で少し泳いだり、散歩したりして過ごした。
・・・そうこうしてる内に気力も回復して来た。
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この江奈湾の磯が大好きで良く散歩しにドライブしに行ってた。
台風の翌日、ここの岩場が高波にバッシャ~ン!バッシャ~ン!と洗われている時にアホな小生はクロックス履いて出掛けてて岩場の海苔で足を滑らせ仰向けに素っ転んで強く背中を打って息も出来ず、何回も打ち寄せる波にさらわれそうに成った。
その時に強く思った「こんな恥ずかしい死に方出来ね~し!」と(笑)。
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江奈湾の近くの松輪からは富士山も綺麗に見えたりする。
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富士山、此花咲耶姫命様も小生の命を繋いで下さった神様なんだな。
家の近所の円海山に登っては、そこから見える赤富士を見て円海山の自然にも癒された。
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神社や御寺と自然と彼女の存在ってのはね~、どんな向精神薬や安定剤や睡眠薬よりも効果が有るんですよ~。家族は当てに成りませんがね~。
大切なのは自分で選んだ家族に成って欲しい人なんだと思う。つまり血縁よりも理解者だね~。
それと脳味噌を休ませてくれる環境。
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御蔭で小生は薬漬けに成らずに働けた。
あと、当時はまだミシェランガイドに紹介されておらず観光客も少なかった鎌倉の報国寺の竹林に行って座禅を組む様に何も考えずに時間を過ごしたり。
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そこの草庵で少し休んで、抹茶を飲む事で大分気力が回復したと思う。
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今では観光客が多くなり、余り気の休まる静けさは無い。でも癒されるのは変わらない。
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今では現:鎌倉アホ市長によって通行止めにされた釈迦堂の切通しの辺り衣笠山~今泉台~報国寺の宅間谷(たくまがやつ)をグルっと一周散歩して回ったり、殿様達の残して下さった鎌倉の文化と景勝地と三浦の海は医者の処方する薬より疲労が蓄積して赤信号も無意識に無視した脳味噌を少しづつ回復してくれた。
後で知ったのだけれど、この報国寺を開いたのも横浜市の殿様の宅間上杉家初代の上杉重兼公と足利尊氏公の御爺ちゃんの足利家時公だったんだな。
そして、更に後に知るのだが横浜市港南区の永谷天満宮も宅間上杉家の殿様が開いた神社だった。
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それ以来、紫陽花の季節には永谷天満宮に絶対に行く様に成った。
この少し前位、小生を身近に支えてくれた当時の彼女さんもいた。
この彼女とは結婚して幸せにしてあげたかったのだけれど、残念ながら小生がボロボロだったので縁が無くなったが、御蔭で小生はクソ会社退職後暫くして又、働ける様に成った。
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その頃に七里ヶ浜も行くように成った。
この変な棒は流木を砂浜に突き立てた写真。こんな風景七里ヶ浜に有りません(笑)。
その時に傍で支えてくれた昔の彼女さんを幸せにして恩返し出来なかった事を悔やんでいたりする。
丁度その頃だ。
ボロボロだった状態で夢の中に「龍寶寺」と書かれた石柱が出て来て起きてから「何だろうな?」と思って調べて見たら、戦国時代関東最強の武将だった北条綱成公の菩提寺の名前のだった。
場所も大船駅の近くで近かった。
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学生の頃に友達と遊んだ信長の野望シリーズに登場する名将の御寺だった。
2014-09-15-06-09-37上杉謙信と武田信玄に称賛された名将。
三つ鱗紋学生当時、北条家は少し地味で友人達には人気が無かった(笑)。
まぁ、どちらかと言えば三国志の方が学生時代は好きだったし。
夢の事でビックリして直ぐに参詣して、当時は今と違って旧境内地近くの山の上に存在していた御廟所に御線香を上げに行った。今では綱成公の御廟所は境内本堂横に移設された。
そうこう調べていると何と北条綱成の家老が横浜市の殿様の間宮家だった。しかも更に詳しく調べて見ると子供の時に同じサッカークラブに通っていた幼馴染の近所の子等の家の周りが綱成公の家老の間宮家の居城の笹下城址だった。
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何と小学校の頃、サッカークラブの幼馴染やその近所の子と遊んだ山が笹下城の本丸だった。
元々中学生の頃から家から鎌倉が近くて自転車で由比ヶ浜に行ったり、源頼朝公の御墓参りをしたり、江の島に行ったり、金沢区の野島公園に行ったりして遊んでいたので、歴史は好きだった。
子供の頃は大好きとまでは行かなかったが、大人に成り事情を知り直ぐに北条綱成公や間宮家の殿様達に尊敬だけで無く親しみも深く感じる様に成った。そして歴史が本格的に好きに成った。
最初は何となく資料を読んで、殿様達の開いた神社仏閣を訪問していた。そこから暫くして御朱印も貰う様に成り、更に地域の人にも偉人の存在を伝えたいと思う様に成ったのが3年ちょっと前。
もう一度、北条家の事を調べると足利家の鎌倉公方家の殿様と忠臣だった宅間上杉家や扇谷上杉家の事も知り、足利家に滅ぼされた鎌倉幕府の執権北条家の殿様達が元寇から日本を守って下さった事を再学習し北条泰時公と北条時宗公を尊敬する様に成り、更に鎌倉幕府を打ち立てた源頼朝公とその与力武将達を物凄く尊敬する様に成り、三浦家や千葉家や佐々木家の殿様の事も鎌倉だけでなく横浜市と関係が有った事も知った。
その平安末期の武将中でも特に尊敬するのは、やはり平良文公、源義家公、源頼朝公、鎌倉景正公、三浦義明公、和田義盛公、三浦義澄公、佐原義連公、多田行綱公、渋谷重国公、佐々木高綱公だった。
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その人々の足跡を辿って油壷に行き、戦国時代に扇谷上杉家から三浦家を継いだ三浦義意公の民話を聞いて回る内に深く尊敬する様に成った。

まぁ、小生の命は自分で勝手に生きて来れた訳じゃなくて…
殿様達の御蔭、神奈川の自然の御蔭、そして当時の彼女さんの御蔭の3つで繋がったんだな。
…だから社会の役に立つ事をして生きた証を残して皆さんに恩返しせんといかんのよ。

そして2017年07月15日の休日雑記の三浦海蔵寺への三浦義意公と道寸公の供養の納経へと繋がっていく…

4月5日、昼前に鎌倉に到着した。
最初の訪問先はミシェランガイドで三ッ星に成った報国寺。
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ここを訪問した理由は本当は「ついで」と言うか、本来の目的は浄妙寺で女性守護婦人病治癒の神様の淡島明神様に御参りして御守りを購入する事にあった・・・
しかし報国寺は浄妙寺の直ぐ近所。
・・・元々報国寺の竹林で抹茶を頂いてボぉ~っとして過ごすのが好きなのと、報国寺を開いた殿様が小生が顕彰活動を準備しており横浜の殿様でもある宅間上杉家初代の上杉重兼公と足利尊氏公の祖父の足利家時公だから御参りしない訳にはいかないのだ。
最近はミシェランガイドのせいで国籍問わず風景目的の参拝客が増えたので昔は静寂だった竹林も「ザワザワ」と人の話し声がする事も有り、本堂の前で殿様達に御参りして帰る事も多く、余り抹茶を飲んで帰る事も少なくなっていた。
この報国寺に来ても、最近はもっぱら抹茶を頂くのは浄妙寺に成っていたから。
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しかし、この日の陽気で一気に桜の花弁も開き庭の景色が綺麗なピンクで彩られていた事と、平日で人も余り多くは無かったので半年振り位に竹林で抹茶を飲んで帰る事にした。
丁度、臨済宗寺院専用に建長寺で改めて購入した御朱印帳も持参して来ていたので、そちらに御朱印を頂く間、竹林でゆっくりと待つ事にした。
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しかし、この桜は思いがけず御褒美を頂いた気分に成れた。CIMG2929
う~ん綺麗だ。
横浜市の桜の開花状況は、この日まだ3~5分咲きと言った所、この報国寺の在る鎌倉市浄明寺地区宅間谷は名前の通り谷合で少し涼しい場所なので、まさか桜が見事に咲いているとは思いもしなかった。
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可愛い桜、見せてくれてありがとね!来年もよろしく!
さて、一頻(ひとしき)り桜を見てホッコリしてから、凛と静かな空気の漂う報国寺の竹林へ・・・
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フランス人ぽい男性と日本人女性のカップルが竹林散策を楽しんでいらっしゃった。
二人で交代で写真を撮っていたので、「写真撮りましょうかぁ~?」声をかけたら笑顔で「お願いします!」と応じて下さった。やっぱり、恋人同士は一緒のフレームに写った方が嬉しいでしょ。
二人は再び笑顔で「ありがとうございました!」と日本語で元気に御礼を言って下さったので、何だか少し嬉しい気分に成って幸せを御裾分けして頂きました。
御二人さん、ありがと♪
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さて、竹林の中の茶屋は“休耕庵”と言う。
実は昨年改修工事が入って暫く営業していなかった。小生自身も半年来ていなかったので久々の訪問。
大きくは変わっていないが、建築用材が新しく成っていた。
ここでは“抹茶”と足利家の家紋を模した“落雁(らくがん)”を頂く事が出来る。
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先述の通り最近数年間は観光客が多く成り余り以前程のんびりするのも憚(はばか)られる事も有ったのだが、この日は小生以外に喫茶に来た観光客も3~4組しかおらずゆっくりできた。
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ここから見る竹林と谷戸構えの切岸の苔むした様子、そこに響く小さな水の流れ・・・
この風景が落ち着くんだな~。
・・・ふむ、久々に来て良かった。
竹林の石畳も再整備された様で歩き易く成っていた。
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可愛い御地蔵様達、このエリア以前と雰囲気が違う気がする?
比較する写真が無いので分からない。
写真撮影しているオッサン(笑)がなかなかどいてくれないので、諦めてオッサンごと御地蔵様を写真に収めさせて頂いた。この御地蔵さん達、近くでみたら少し可愛いいんですよ、御優しい顔で。
竹林を出て御朱印を受け取り、浄妙寺へ移動する事にした。
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報国寺で御朱印を頂くのは二度目。最初は宅間上杉家の顕彰活動で。
そうそう、本堂の横には名前は知らないけども綺麗な紫色の花が咲いていました。
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なんと言う名前なんだろう?
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御存知の方いらっしゃたら教えてください。
浄妙寺へ向かう時、報国寺交差点の手前の橋の上から滑川(なめりかわ)に目をやると菜の花がとても綺麗に咲いていました。
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近くで見たくて滑川の遊歩道に降りてみた。
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遊歩道に降りる階段横にも桜が咲いていた。
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生憎、遊歩道は菜の花の近くまでは伸びていなのだが、それでも花と同じ高さの目線で見れたので満足満足♪
う~ん、黄色が明るく爽やかだ!
この滑川の菜の花から徒歩1分で浄妙寺参道に着く。
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浄妙寺の参道も桜が咲き始めていた。こちらは未だ4分咲き位か?今週末4月の第2土曜日曜辺りは見頃に成っているだろう。鎌倉市観光協会にも確認したが、鎌倉市内の桜は概ね今週末位~漸く見頃だそうだ。
今年は気温の寒暖差が激しく鎌倉に限らず、どこも開花が遅れている様だ。
その分、大きな風が吹かなければ長い間花見も出来そうだ。
浄妙寺に着くと、山門をくぐって直ぐの拝観受付の場所で販売している淡島明神様の御守りを購入した。
無論、女性の親友達の縁者の健康祈願が主たる目的なので、御本堂に御参りした。
昨年母が子宮癌に成り手術を受ける前に、小生は御参りして母に淡島明神様の御守りを購入し渡しておいた。
その後、手術は上手く行き転移も無く、無事にいるので先月、母の御礼参りに付き合って参拝しに来たばかりだった。
その後、留学仲間の大阪の女親友の姉上が卵巣癌の手術をした事を知り、卵巣癌が遺伝性の病である事も知った。加えて愛知の歴史仲間でもある女親友の友人が子宮癌に成り転移も有った事を最近聞かされたので、友人達4人分の健康祈願と御守り購入に来た次第だ。
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淡島明神様は御本尊の並びの一番右端に鎮座してらっしゃる。
御参りに行けない人は、この写真でも良いから先ず健康祈願をして改めて参詣すると良いと思う。
御守りや、信心は要は自分の精神を健康に保つ、なんと言うか心の支え的な要素が大切なのだと思うから。
要は気持ちの問題。文字通り気持ちの問題で、ウジウジ一人で不安に成るより出来る事は何でもして、不安を払拭する事その物が既に御利益なのだろう。
そして、具体的に健康に向けて努力する。奢らず健康診断をちゃんと受け、ジムに通ったり運動をして健康を保つ、そう言う事なんだろう。
日本古来の神仏習合の神様で、まぁ~名前の通り淡路島が神格化された神様のはずだが、明治維新後の神仏分離令で、どの神様と同一視して神道に組み込むか全国の淡島神社では統一された御神格は無い。
だから小生は思うに神仏分離令は無理が有るのだよ。
日本文化から見て記録で遡(さかのぼ)れる範囲でも1400年以上は神道と仏教は融合していたののだし、そもそも大鞆別命(おおともわけのみこと)こと応神天皇の化身とされる八幡宮の神様なんか御神託で御自分の事を「八幡大菩薩」と名前を言った事が日本の記録に残っているのだから。
そして応神天皇の皇子の莵道稚郎子(じのわけのうらつこ)命なんて渡来の学問を日本で最初に導入した人物で神様に神格化された歴史が明白に成っているのだし。神話通り莵道稚郎子命が漢学を治めていたのならば仏教も学んでいただろう。少なくとも中国の道教や易学も学んでいたので、西暦300年~400年頃の古墳時代には既に日本の古代神道も大陸文化の一部が導入されていたはずだ。
無理に仏様も神様も分ける必要も無い。
本地水垂迹(ほんじすいじゃく)思想みたいに、どっちが本性とか議論する必要も無い。
日本人らしく大らかに八幡台菩薩を拝んでも応神天皇を拝んでも同じ神様で別名として認識すれば良いのだと思う。実際に、歴代の天皇家もそうされて来た訳だし。
この手の価値観は仏僧と神職でモメた事も有る様なので、小生は例えば素戔嗚尊(すさのおのみこと)ならば、もう全部の異名を一緒にして毎日御参りしている「素戔嗚尊牛頭天王武塔天神」と名を御呼びして遥拝している。
こうすれば、宮司さん達にも和尚さん達にも昔の人々にも失礼に成らないで済むんじゃないかと思ってる。
まぁ、そんな訳で、淡島明神様は淡島明神様のまま明神が付いていて良いと思う。

さて、ここからが小生のレクリエーション開始。
浄妙寺を後にして車に乗り込むと、一路、横須賀市の安針塚を目指した。
安針塚を目指す途中、住宅地の桜並木もとても綺麗だった。
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う~ん。ピンク。
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とても綺麗。なんと言うか、ブリッ子だな、この娘は。
小生は花を良く人間に例えるのだが・・・
この娘も可愛いが、小生は凛とした梅、または大木に成り人々の誇りとなる染井吉野がどちらかと言うと好む所ではある。
あと山吹や蝋梅も好きだ。紫陽花も綺麗。
でも一番好きなのは、やはり梅かな~。しかし人々を笑顔にする桜の林の存在価値も素晴らしいと思う。
ところで・・・
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この風景は按針台と呼ばれる安針塚の在る塚山公園周辺の風景なのだが・・・
安針塚と言うのは江戸幕府で徳川家康公に仕えた英国人サムライの三浦按針(あんじん)公の御廟所の事で、その御廟所の名前がそのまま京浜急行の駅名や地名に成っているのだ。
三浦按針公の本名はウィリアム・アダムスとおっしゃる。
まだ徳川家康公が豊臣政権の五大老だった頃、ウィリアム・アダムス公一行の乗った船が遭難し、九州に漂着した。家康公は彼を保護すると自らの領地である関東の相模国三浦郡に領地を与え家臣に加え海外通商の窓口、つまり外交担当の参謀として抜擢した。その際に姓も領地の在った三浦郡から三浦とし、元の姓のアダムスを日本風に文字って按針とした。
余談だが、この三浦按針公と共に家康公に仕えた白人サムライがもう一人おり、名をヤン・ヨーステンと言う。
彼も又、耶楊子(やようす)と日本風に漢字で名を改めたが、彼の居所が有った場所が東京駅八重洲口辺りだった。つまり東京駅八重洲口はヤン・ヨーステン=耶楊子公に由来しているが、これを知る人は現代でも結構多い。
そんな訳で、日本でサムライに成った外国人は数人いたのだ。
他にも宣教師が連れていたアフリカ系黒人のモザンビーク人奴隷を織田信長公が奴隷身分から解放して侍として己に近習させたのだが、この人物の名前は弥助と伝わる。元の名前はモザンビークにヤスフェと言う名前が多い事を世界ふしぎ発見!が紹介していた。この放送、とても楽しかったので良く覚えている。弥助は大砲の砲撃の名手だったそうだ。
更にイタリア人白人の山科羅久呂左衛門勝成と言う武将も織田信長公の娘婿の蒲生氏郷公に仕えていた。
外国人が登用されていた事を知る人は結構少ないが、古代の日本の朝廷でも新疆ウィグル族出身の人物が登用されていたりした歴史が有る。
まぁ、そんな事を思い出しながら車を降りてから山を登って行くと塚山公園に到着した。
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塚山公園の桜はまだ5分咲きだったが、花見に来ている人がそれなりに居た。
平日だったので、やはり人はまばらだった。
実は安針塚は初訪問。もっと墓地っぽい陰鬱な場所をイメージしていたがこれは良い!
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屋台も少ないが出ていた。
焼きそばの屋台を見て、後で昼食にしようと決め、先ずは三浦按針公に御挨拶に伺う為に御廟所を探した。
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う~ん良い所だ。
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程無く看板も見つかり、安針塚その物に関しては深い予備知識無く、現地の説明看板や石碑を読むのを楽しみにして来た。
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立派な石段、塚山公園内でも一際高所に位置する丘、この上に三浦按針公が眠ってらっしゃる。
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この説明を読む限り、この安針塚一帯は昔は逸見(へみ)村の一部だったらしい。
現在は逸見は安針塚の一つ前の駅名として残り、地域も安針塚は逸見から分離し成立した様だ。
しかし、御遺言で所領の三浦半島に戻って来られたのは、この地がイングランドに似ていたのだろうか?
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この石碑や、参道を整備したのは大正時代の人々だそうだ。
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別の石柱にも大正十三年と書いて有る。
昔の人は人種分け隔てなく帰化して日本の発展に寄与して下さった人物を、こうやって御祀りして大切に郷土の誇りとして後世に伝える努力をされていたのを、歴史が好きで色んな城址や史跡や神社仏閣を訪問すると思い知らされる。右左問わず現代の政治家とは大違いだ。文化も人も風景も平等に大切にされて守って来た大正時代の人々に感謝。
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有功国家・・・日本国に功績が有る=日本に功績を遺した。
永護江都・・・江戸の都を永きに渡り守る
・・・つまり、江戸と日本の発展を守る功績を遺された偉人と言う事だ。
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報以恩遇、東面其墓。
近代の人々も、三浦按針公の功績を感謝し、そして帰国出来なかった悲哀に色々と考えさせられたんでしょうね。
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小生の主義で御廟所の写真は掲載しないので、三浦按針公と奥方様の御廟の写真は今回も載せない。
しかし、女性の権利を守る思考が強かったプロテスタントの国出身の三浦按針公らしい、日本人の奥さんと隣同士手を繋ぐ様に並んでらっしゃった。
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そして、御廟所から後ろを見て解った。
按針公は、この丘から見る金沢八景の島々と海の風景が好きだったんだ。
もしかしたら、この風景が三浦按針公の故郷の英国ケント州ジリガムに似ているのかな?と思って調べてみたら・・・
ケント州ジリガム 三浦按針公の故郷 久良岐のよし
ビンゴ!半島と入り江に面した町で、湾内には金沢八景の様に島が幾つも有る。
三浦按針公は故郷に似ている金沢八景の見える、この丘が好きだったんだな。
御廟所で三浦按針公に、小生に神社仏閣や日本文化と史跡、日本の歴史偉人と神様に成られた先人達、そしてコープランドさんや按針公の様に日本の歴史に名を残し、発展に関与して下さった外国人の皆さん、それらの顕彰を通じて世の中の人に、昔の人々への感謝と日本文化の美しさと神社や御寺や城址の果たして来た役割を再度認識させる役割を担わせて頂ける様に、お力添えをお願いして来た。
それと、もし可能ならば日本文化や日本の風景が大好きで気の合う奥さんとも将来巡り合い、按針公の様に夫婦寄り添える人生を歩める様に縁結びも御願いし、最後に世界人種問わず親日家の人々が安寧に過ごせる様に平和の願いも伝えて来た。
御参りを終えて、御廟所の在る丘の直ぐ隣もう一つの丘に登って風景を見る事にして、有る事に気が付いた。
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実は塚山公園も神奈川の景勝50選の一つだった。
過去に小生が数か所紹介しているが、昨年末だと鎌倉の浄土宗大本山天照山光明寺裏山と周辺から見る由比ヶ浜の風景。

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それと葉山の長者ヶ崎の風景。
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それと油壷湾、油壷マリンパークの一帯は鎌倉~戦国時代の新井城址で、その風景も50選に入っている。
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横須賀市の神武寺~鷹取山の石切り場の奇岩群と大石仏。DSC_3029
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まぁ、こんな感じで全部合わせて50ヵ所も有るので挙げていると切りが無い。
親切な解説ホームページを作成して下さってる方がいるので、参考にすると良いかと思います。
http://heiwa-ga-ichiban.jp/kanagawa50/index.html
これ↑ね。
さて、話を塚山公園に戻し、安針公の御廟所とは違う展望台的な方の丘からの眺望を紹介したい。
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う~ん、こちらからの風景も綺麗だ!
桜越しに三浦半島の横須賀地域が見渡せる。
反対に目をやると・・・
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田浦梅林の山が見える。
田浦梅林については御興味の有る方はコレ→ をどうぞ。
綺麗な風景を見て満足したので、先程の屋台で焼きそばを購入して昼食にした。
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サービスで超大盛りにしてくれた(笑)。
いっつも年配の人に優しくして貰えるのは小生のキャラクターなんだろうか(笑)?
味は普通に美味しい屋台の焼きそば(笑)。
オバちゃん、御馳走様!美味しかったよ!普通に美味しいとか言ってゴメン(笑)。
食べ終わり、もう少し公園内を散策して見た。
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翌々見ると軍艦が見える。米国艦船かな?
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うん、塚山公園、良い場所だ!
また桜の季節に三浦按針公と奥方に会いに来よう。
公園から離れた場所に止めた車に戻る為、又、来たマンションの通りを抜ける。
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ベビーカーを押して花見に行く途中?の若夫婦。
幸せそうだが、実はパパさん、登り坂で結構辛そうだった(笑)。
でも羨ましいぞ!お幸せに♪
車にのり20分とちょと移動。
最終目的地の平安~鎌倉時代の三浦家の居城、横須賀市大矢部の衣笠城址に到着。
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衣笠城址、以前も紹介したのだが、旧城域に大善寺と言う御寺が在る。
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行基大僧正が開いた本は真言宗系の御寺で、分家の佐原三浦家が戦国時代の三浦家宗家と成り曹洞宗に帰依していたからか、現在は曹洞宗寺院に成っている。
そもそもは、三浦家の学問所としても機能していた学問の寺院でもある。
この御寺の副住職様に御話が有り訪問したのと、衣笠城址で最期を遂げた三浦義明公に御挨拶する為に城址の御稲荷様に3年振りに参拝する為の訪問だった。
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大善寺周辺には曲輪跡と思われる地形が沢山残っている。住宅や畑も昔の曲輪群だろう。
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御寺を訪問した際に、副住職様は若様の要件で外出中だったので、奥様に要件を御伝言頂く事にした。
前回同様、とても丁寧に応対して下さり感謝。
そして本堂で尊敬する三浦義継公と三浦義明公を始め、三浦義澄公等いつも個人的に御祈りを捧げている三浦家の尊敬する方々に御挨拶をして、御本尊様にも御参りした。
用事も済んだので、大善寺さんの裏手に在る城址残存部を久々に訪問、桜が有るので楽しみだった。
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江戸時代の城しか知らない人には城に見えない場所だけど、城好きが見ると尾根の自然地形を利用して裾切り下切岸や土塁の跡の盛り上がりなんかが見て取れる。

まぁ、興味の有る人は以前の記事↑を読んで頂けると要害性の有る地形が判ると思う。
ブログ始めたばかりの初期の記事で情報量も少ないが。
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上の写真、岩が物見の岩と伝わる場所を人工的に掘り切った反対側に当たる。
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物見岩に登ると御稲荷様の祠が在り、義明公の歌った詩が有る。
物見岩付近からは合子や経文が出土している。ここが小生の尊敬する偉人の一人である三浦義明公最後の場所だと、小生は推測している。
ここは見晴らしが良いので、戦時には指揮を執る場所だったと思う。
そして、そこを今では御稲荷様が城址に来る来客を出迎える様に待っていて下さる訳だ。
御稲荷様にいつも行く先々で御会いして旅の無事を守って下さっている御礼と、前回の参拝からの事等、色々御報告差し上げた。
御稲荷様、又、桜の頃に御参りに来ます。
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衣笠城址はまだ、桜は部分的にしか見頃では無かった。
知人から衣笠山公園の桜林は見頃だよ、と言われていたので其方(そちら)にも行くつもりだったが時間的に日没近い頃に成っていたので、この日は諦める事にした。
そうすれば、又、来年以降も衣笠山公園の桜を見るついでに義明公達と御稲荷様に会いに来る理由が出来るしね♪

ふむ。
良い休日を過ごせた。
帰り、車が赤信号で停車した所、面白い植木の有る家を見つけた。
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遊び心満載だなオイ(笑)!
きっとユーモラスな御主人なのだろう。家族思いのパパさんなのかもね~。

うん、色んな人の人生を辿りながら、綺麗な風景も見れて満足満足。

稲荷山浄妙広利禅寺(旧名:極楽寺)
【御本尊】釈迦牟尼仏
【御祭神】淡島明神、鎌足稲荷
【御利益】婦人病治癒・立身出世
【開基】足利義兼公
【中興】北条政子、月峰了然
【住所】鎌倉市浄明寺3-8-31
【アクセス】浄明寺バス停で降車、徒歩3分。有料駐車場有り。
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鎌倉市の浄明寺地区に、地区名と鎌倉の地名の由来に成った御寺が在ります。
その由緒は凄まじく、室町幕府将軍家の足利氏が鎌倉御家人だった時代に足利家菩提寺として開かれました。
小生の嫌いな渡来人、中臣鎌足の伝説も有る事や足利家の事績から出世の御利益も有り、婦人病治癒の御利益の有る淡島明神も祀られている神仏習合の文化の残る禅寺です。
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元来、周辺山林含め全てが境内地でした。
始めは源氏らしい真言宗の寺院と開基され、名前も極楽寺と言う御寺でした。
その後、臨済宗に帰依していた北条政子を始めとした北条氏一族の支援があり、鎌倉幕府執権の北条時宗公か北条時頼公の頃に、著名な高僧の退耕行勇禅師、その御弟子さんによって足利貞氏公の法名の浄妙寺殿義観から寺名を現在の浄妙広利禅寺に改め禅宗である臨済宗の寺院に改宗されました。
ここはとても素敵な御寺で、秋には境内の本堂前や裏山に紅葉の朱色が栄(は)えます。
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※昨年2015年12月07日の写真です。
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※昨年2015年12月07日の写真です。
綺麗でしょう?
因(ちな)みに2016年11月12日現在の写真はこんな感じです。
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まだ少し、紅葉には早いですが既に色付き始めていますね。
多分、来週位末には見頃に成るでしょう。
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境内の本堂を正面に見て、右手の道路の向こうには離れた神社も在ります。
この神社も含め、明治時代以前は周辺の山も全ての浄妙寺でした。確か、北条政子の持仏を安置した御堂が建てられたのが記録上は写真の神社辺りだった筈(はず)です。
写真は現在手元に有りませんが、その小山の上に石碑が有った様な気がします。ここ最近は直に本堂を拝んだ後で境内の草庵に御茶を飲みに行ってしまうので余り記録が確かでは無いのですが。
今、少し話題に上げたので先に紹介すると、浄妙寺の境内には素敵な喜泉庵と言う和菓子と抹茶を頂ける素敵な日本庭園を抱える草庵が在ります。
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秋にはコンナ素敵な風景に成ります。
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外国人向けにテーブル席が今年から設置されましたが、日本人は今まで通り、望めば畳の上で御抹茶と和菓子を頂けます。
小生は今日は足利家の❝二つ両引き紋❞の家紋をあしらった落雁(らくがん)を頂きました。
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抹茶の御菓子は落雁等の干菓子のセットが600円、その日の和菓子のセットが1000円です。
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昨年秋の写真。秋らしい柿の形の練り切りでした。
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素敵な空間なので、ここで抹茶を飲んでユックリするのは幸せな時間を過せます。
直ぐ近所の報国寺も竹林の中の草庵で御抹茶と干菓子を頂く事が出来ます。2012-11-04-07-12-50
※報国寺の竹林。
※以前、報国寺を紹介した記事は「ココ」←クリック!
話を浄妙寺に戻しましょう。
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浄妙寺の本堂も、他の鎌倉五山の御寺と同様に立派です。
屋根の造りから想像するに、近年までは茅葺屋根だったと推測出来ます。
茅葺は屋根の吹き替えに数千万円単位の御金が必要なので、明治政府以前の様に将軍家の支援の無くなった現在では維持も難しく、管理しやすい銅葺き屋根に吹き替え本堂を維持しているのだと思います。歴代御住職様と檀家さんの努力の結果ですね。
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昔は数十の塔頭寺院を抱える大寺院だったので、この本堂の畳も朝に昼に、多くの学僧で埋め尽くされ禅問答や座禅が行われていたんでしょう。
現在のこの浄妙寺の魅力は歴史と、先に紹介した自然の風景にあります。
左手から奥の裏山に続く参道が有ります。
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紅葉の季節だと、参道をこんなきれいな紅葉が彩ってくれます。
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綺麗でしょう?
更に奥に進むと、素敵な洋館が見えてきます。
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この洋館は明治時代に建てられた文化財であり❝石窯ガーデンテラス❞と言う鎌倉の地野菜と石窯で焼いたパンを提供するレストランにも成っています。
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素敵な店構えですね。
石窯ガーデンテラスの詳細については公式ホームぺジ「ココ」←をクリックして御覧下さい。
この石窯ガーデンテラスを通り過ぎて山の奥からの眺望も素晴らしいんです。
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昔の鎌倉の山林を連想させる、大きな建物が視界に入らない風景が見られます。
そして、ここに祀られる鎌足稲荷は中臣鎌足の伝承が有り、鎌倉市の地名由来の伝説の内の一つ舞台でもあります。
実はこのもう少し先に行くと、室町幕府初代将軍の足利尊氏公の御実弟、足利直義公の御廟所が有ります。
そんな訳で、この浄妙寺は足利家の鎌倉御家人時代~室町時代初期の重要な御寺として機能していた歴史と、鎌倉五山の第五位の格式を持つ将軍家御声掛かりの凄い御寺と言う事が御理解頂けたでしょうか?
そんな格式と歴史を持ちながら、現在では小生達の様な一般の参拝客にも美しい風景と安らぐ御茶と空間を提供してくれる御寺として存在しています。

近くには先程紹介したミシェランガイド3星評価の報国寺が在りますし、明治の皇族の華頂宮邸の旧館の庭園が無料で公開されています。
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そして、浄明寺地区のもう少し先の十二所(じゅうにそ)地区まで歩くと、そこには鎌倉七口の一つ朝比奈切通しも在ります。
皆さん、是非、秋も深まり紅葉が綺麗に成った頃に、この浄妙寺周辺を散策して見ませんか?
きっと歴史を感じながらの鎌倉市の中でも自然豊かな地区を散歩すると、清々しくてリフレッシュ出来ると思いますよ!

では、又、次の解説記事で御会いしましょう!

仕事徹夜明けで、寝たら休日勿体ないので徹夜2日目突入のまま、伊勢原市が誇る神奈川県内屈指の名城、岡崎城を紹介するブログの記事←コレをUPしたら、もう10時だった。
絶対に寝たら夕方まで起きないので、意地でも寝たくないと思いながら、外出の準備を始めた。
でも出かける前にやらなきゃいけない事が有った。
この間買った木製の携帯ケースが割れてしまったので、予備に買ってあったアルミ製の携帯ケースを加工し、携帯電話を外出に持っていける状態にしないといけなかった。
10時からアルミの携帯ケースにストラップ穴を加工して、そこにストラップを編み上げた。
編み編み編み編み編み々々編み々々々々々々々々速攻で編まないといけないので頑張って1時間ちょい…
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ズボンのベルト通しに着脱可能なストラップを編み込んだ。
ズボンに付けた儘(まま)でも通話出来るように❝びよぉ~ん❞って伸びるネックストラップをベルト通しに付ける仕様にして、ウザイ時は金具のフックを外せる様にした。
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これで走り回っても携帯落とす心配無し!

…で、さっそく鎌倉市の某図書館へ古文書を美人司書さんに探して頂いてあったので、コピーをさせて貰いに車でGOした。
御蔭で読みたかった古文書の原文写しのコピーを入手出来た。
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こんなの↑とか…こんなの↓とか…
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これは写実的で面白いし、前者は手紙の纏(まと)めや日記形式で様々な指示書が淡々と綴(つづ)られていて面白い。
帰りに報国寺に1ヵ月振りに行って来た。
もう梅が咲いていてビックリした。
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そろそろ梅花鑑賞の季節だぁ~。
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まだ咲いていない木も有る。
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今月後半からは梅の花を見に、今年も色んな所にいくぞぉ~!
よし!
神奈川県内の梅の名所の纏めを書こう!
まだ写真撮影してない場所だらけだけれども、場所の紹介だけでも皆の役に立てるだろうから。
とりあえず寝よう!
おやすみなさい。

ブログネタ
紅葉の写真 に参加中!
紅葉観賞の季節ですね!
今週末~12月初旬位まで、紅葉観賞を考えている人も多いんじゃないでしょうか?
でも、昨年位から温暖化の影響で紅葉の色付きがどこもイマイチですよね…
そこで、小生が鑑賞して来た現在の情報写真と、過去に撮影した写真と関係者への確認済みの状況を掲載します。

以下の紅葉の名所の2015年11月18日現在の状況をレポートします。
伊勢原市大山
南足柄市大雄山最乗寺
箱根周辺
鎌倉報国寺
横浜三溪園

【大山阿夫利神社と大山寺】
(伊勢原市丹沢大山国定公園) 

【紅葉】
2015/11/18既に見頃。 
※23日現在ピークは過ぎ散り始め。
  大山寺付近はまだ見頃。
※桜も有名で大山桜と言う樹齢千年を超す古木が数本ある。
【催事】
紅葉の夜間ライトUP(開催日は大山ケーブル公式ホームページ を御覧下さい!)
山麓から大山阿夫利神社までの参道の灯篭祭り
ケーブルカーの運行時間20:00迄延長
(下り線の時間。逃すと徒歩で山道下山)
春と夏も夜間ライトアップあり。
【交通】
夜間ライトアップ期間中の土日祭日は自家用車は非推奨。
電車バス推奨!
渋滞が酷く辿りつけません!バスで麓まで行き渋滞次第で降車し徒歩登山でケーブル駅を目指すのが良。
●電車とバス
小田急線伊勢原駅から神奈中バス。
北口(改札口を出て右)バス4番線
伊10系統「大山ケーブル」行き乗車(36分:渋滞無し)~終点「大山ケーブル」下車
●登山方法
バス終点(駐車場)から徒歩(15分)~大山ケーブル駅から乗車or徒歩登山。
駐車場…(ハンパない渋滞!)
※一昨年・昨年とTVで有名に成ったせいで、大山の麓から駐車場の5km未満進むのに3時間かかりました。
やむを得ず、夕食を予約していた宿坊で食事と入浴だけして帰る羽目に…
大山渋滞情報
…毎年行ってる小生からすれば、有名に成るのは嬉しい反面、渋滞等の現実問題は心情的に複雑ですね。
【名物】
●温泉…参道自体が平安時代~江戸時代にも大変賑わった古い温泉街で宿坊が立ち並ぶ。日帰り湯有り。
●日本酒…縄文時代からの遺跡が有る聖地で、湧水地が境内にあり、神話時代から酒造りが盛ん。
※参道に三河屋酒造と言う地酒蔵元の直売所もあり、御土産物屋にも取扱い有る場所数件。
●豆腐料理と猪肉・鹿肉料理…豊富な名水を利用した豆腐生産が有名で、江戸時代から名物。
●柿・蜜柑・梨…伊勢原市は柿と蜜柑の果樹園が多く古くからの特産品。
【偉人】
大山信仰に関係有る歴史偉人と周辺を支配した武将達。
神武天皇以来の歴代天皇家・源頼朝公と北条政子様御夫妻・相模守護大名三浦家・扇谷上杉家歴代当主・徳川家康公・徳川家光公等々…
【関連記事】
●大山阿夫利神社の記事「ココ 」←クリック!
●大山の豆腐料理の記事「ココ 」←クリック!
●大山信仰の比々多神社の記事「ココ 」←クリック!
●大山阿夫利神社公式ホームページ「ココ」←クリック!
●大山ケーブル公式ホームページ「ココ 」←クリック

【大雄山最乗寺】
(南足柄市大雄町)

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【紅葉】
2015/11/18現在は30%紅葉と言う所…11/27~12/6くらいが見頃か?
しかし「椛(もみじ)」や「楓(かえで)」以外の広葉樹は、既に温暖化の影響で色付く前に散り始めている。
※桜も綺麗な場所です。夏の新緑の美しさも山門からずっと参道を歩いてくると味わえます。
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【催事】
御寺ですので仏事が主な行事です。
曹洞宗の寺院で本来の永平寺時代の山岳信仰の文化も受け継いでおり、境内は四季のそれぞれの自然の豊かさを前面に押し出した本来の日本文化を有する美しい場所です。
ただし!禅宗の山岳修行場として信仰をあつめた場所なので、参道から歩いて奥院まで行くと結構大変。
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最後の最後で350段の急な階段が待ち構えていますよ!…足パンパンに成ります。下りも怖いし。
【名物】
●自然薯…参道に「とろろめし」や「とろろ蕎麦」を出す店が多く有る。
煎餅…参道には名物の天狗の団扇(うちわ)を模(かたど)った煎餅を売る店が多くある。
【交通】
●電車とバス
小田急線小田原駅~大雄山線に乗り換え~大雄山駅降車(21分)~道了尊(10分) 
※紅葉と桜のシーズン中は渋滞すると抜け道が無いので大変です。 
●駐車場
150台のみ有り。ただし直ぐ満車に成ります。とんでも無い早朝に訪問するか、駅からバスかTAXIがお薦め。 
【偉人】
室町時代の大名:大森家歴代当主:足柄郡領主で小田原城主・北条氏康公:戦国時代の関東の大大名、等々… 
【関連記事】
●最乗寺そのものは未紹介…ネタでキープ中です、いずれ記事で紹介します。 
(大規模過ぎる寺院なので小田原城の記事並みになってしまうのでゆっくり紹介します。) 
小田原城の記事は「ココクリック!             

【箱根町と金時山周辺】
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金時山の入口に鎮座する金時神社の紅葉。
(金太郎=今の神奈川県足柄郡出身の平安武将:坂田金時(さかたのきんとき)公を祀る)
【紅葉】
2015/11/18現在の紅葉…仙石原や芦ノ湖位まで上ると、50%くらい紅葉している。
11/27~12/6くらいが見頃か?
しかし「椛(もみじ)」や「楓(かえで)」以外の広葉樹は、温暖化の影響で色付く前に散り始めている。
だいたい最乗寺と同じ状況で、色付きが例年より弱目、来週に期待。
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【催事】
●金時祭り…仙石原金時神社は現在は宮司不在だが、古来、御祭神の坂田金時公の幼少期の御姿の金太郎が有名で端午の節句に飾る5月人形のモデルにも成っている程の信仰を集めたので5月5日の子供の日には今でも御祭りが開かれる。
●その他、箱根町観光協会のページから転載。
01月01日:冬景色花火大会新年奉祝花火(元箱根湾)
01月02日・03日:東京箱根間往復大学駅伝競走
01月05日:湖水開き(元箱根湾)
02月02日:冬景色花火大会(元箱根湾)
02月03日:箱根神社節分祭(箱根神社・元箱根湾)
03月10日:芦ノ湖釣り解禁
03月の第二日曜日~:早川マス釣り解禁
03月20日:箱根湿生花園開園(仙石原)
03月27日:仙石原諏訪神社例祭/湯立獅子舞 他(仙石原)
04月12日:ケンペル・バーニー祭(2016年第30回に限り04月17日(日)に開催)
04月17日:山神神社例祭(大平台)
05月05日:公時神社例祭・公時まつり(仙石原)
05月11日:深沢銭洗弁財天祭礼
05月28日:曽我神社例祭(元箱根・箱根神社境内)
06月13日:九頭龍神社例祭(芦ノ湖畔本宮)
07月15日:宮城野諏訪神社天王祭・湯立獅子舞など(宮城野)
07月31日:湖水祭…大神輿渡御・献燈祭(箱根神社)・花火大会など(元箱根湖上&湖畔苑地)
08月01日:箱根神社例大祭
08月02日:御神幸祭…鳳輦渡御 他(箱根神社・元箱根・箱根町)・箱根園サマーナイトフェスタ(箱根園湖上)
08月03日:太閤ひょうたん祭(宮ノ下)
08月04日:湖尻龍神祭(九頭龍神社本宮・湖尻湖畔苑地)
08月05日:鳥居焼まつり(箱根湖上・箱根湖畔苑地)
08月08日:箱根薪能(箱根神社※本年2015年は中止。
08月14日・15日:宮城野木賀夏祭り(宮城野お祭り広場)
08月15日・16日:箱根強羅夏まつり大文字焼(強羅お祭り広場&明星ヶ岳)
08月下旬:箱根湯本夏まつり(湯本)・仙石原すすき祭り(仙石原)
09月上旬:はこね学生音楽祭(仙石原文化センター)
09月下旬:仙石原すすき祭り(仙石原)
10月24日:御神火祭・箱根元宮例祭(駒ヶ岳山頂)
11月03日:箱根大名行列(湯本)
【名物】
温泉
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●麦とろ飯(江戸時代からの箱根名物)
●小田原の蒲鉾(箱根の一つ前の東海道宿場町の名物)
●小田原の曽我梅干し(箱根の一つ前の東海道宿場町の名物)
●大涌谷名物の黒玉子(温泉の鉄分が付着し黒い温泉卵。1つ食べると寿命が7年延びる?昔からの名物。)
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●温泉まんじゅう
第三新東京市行ってきた(アニメおたく狙いのエヴァンゲリオンとのコラボ土産)
【交通】
登山鉄道とバス
箱根湯本駅から各目的地へは箱根登山鉄道とバス。
駐車場
箱根なら、宿泊施設・博物館・レジャー施設どこも駐車場完備だが全て有料。
【偉人】
源頼光(よりみつ)公:平安時代の摂津源氏の名将・金太郎(坂田金時):源頼光公の与力の名将・風魔小太郎:戦国時代の忍者・北条早雲(そううん)公・北条幻庵(げんあん)公:小田原城主北条早雲公の三男で箱根権現の別当職)・仙谷秀久(豊臣秀吉の部下)・豊臣秀吉。
【関連記事】
未記載…箱根の記事も色々ネタ有るので、いずれ書きます。

【三溪園】
(横浜市中区、旧原財閥私邸)

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※昨年の写真。
【紅葉】
2015/11/18現在、まだ見頃では無い。
職員の方の御話では
今年は11月末~12月初旬が見頃とのこと。 2014-12-01-14-59-29
※昨年の写真

温暖化の影響で昨年も紅葉の色付きが悪かった。
3~4年前の同じ場所↓の写真を見ると、まだ紅葉が少なくても発色が綺麗な赤なので、見栄えが違う。
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…これから気温が急に下がれば、今年の紅葉も綺麗に成るかも。
【催事】
紅葉の古建築公開(重要文化財 聴秋閣、林洞庵)11月21日~12月13日
下の写真が聴秋閣。
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※3~4年前の写真。
近年、ここは一般公開されておらず裏側から撮影出来ないので、秋限定の撮影チャンス到来です!
【名物】
三溪碗(さんけいわん)と言う、三種類の味の御椀に盛られた手打ちの汁蕎麦が美味しい。
●団子各種と抹茶
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【交通】
電車とバス
●JR根岸駅バス1番乗り場でバスに乗車(市バス58・99・101系統)10分→ 本牧で降車→徒歩10分
●JR桜木町駅バス2番乗り場でバスに乗車(市バス8・148系統)25分→本牧三溪園前で降車→徒歩5分
●横浜駅東口バス2番乗り場でバスに乗車(市バス8・148系統)35分→本牧三溪園前下車→徒歩5分
●東急東横線みなとみらい線の元町・中華街駅4番出口 近く、山下町バス停からバスに乗車(市バス8・148系統)15分
駐車場
※自家用車での来園は避けられたし!
特別公開の時と紅葉/桜のシーズンは駐車場入るのに1時間くらい待ちます!

そんでもいいなら駐車場100台くらい停められますけど、くどいですが、この時期は1時間は並びます(笑)。
【偉人】
原三溪(旧原財閥当主、横浜銀行・富岡製糸場の創設者、関東大震災横浜復興の恩人)・タゴール(インドの文学者)・芥川龍之介
【関連記事】
●三溪園の紅葉の風景写真の記事「ココ 」←クリック!
●三溪園の夜桜ライトUPの特別公開の紹介記事「ココ 」←クリック!
●三溪園に私邸としていた明治~昭和の富豪、原財閥と三溪園の紹介記事「ココ 」←クリック!
●三溪園公式ホームページ「ココ 」←クリック!

【報国寺と華頂宮邸周辺】
(鎌倉市浄妙寺地区の紅葉)
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※報国寺の谷戸の竹林と紅葉
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  ↑
※旧皇族華頂宮邸の日本建築庭園の紅葉
※旧皇族華頂宮邸の洋館建築部分の紅葉
  ↓
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※下は浄妙寺地区の山々の紅葉。

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【紅葉】
例年11月末~12月初旬が見頃。
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※近くには釈迦堂切通しと言う絶景も有るが、鎌倉市により何故か通行止め中。
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【催事】
12月31日除夜の鐘
寺院なので仏事に準じる。
しかし報国寺は四季を通じて風景が綺麗なので、いつでも鎌倉文化の美しさを満喫出来る場所です。
【名物】
報国寺の竹林で飲める「抹茶と落雁」
●湘南のシラス
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●サザエ
●干物
●鎌倉野菜
【交通】
電車とバス
●TAXI…鎌倉駅から約7分
●京浜急行バス…鎌倉駅からバス(鎌倉霊園正面前大刀洗・金沢八景行/ハイランド行)に乗車→浄妙寺で降車→徒歩3分
徒歩…鎌倉駅から約30分超。
【偉人】
北条時政・青砥藤綱公・足利家時公(室町幕府初代征夷大将軍足利尊氏公の祖父)・宅間上杉重兼(しげかね)公(足利尊氏公の従弟)・伏見宮博恭殿下。
【関連記事】
●報国寺と華頂宮邸の景色写真と歴史を紹介した記事は「ココ 」←クリック!
●報国寺公式ホームページ「ココ 」←クリック!

ブログネタ
神社・仏閣・パワースポット巡り に参加中!
皆さん、今年は良い年でしたか?

小生は今日、本年最後の御礼参りに、地元の宅間上杉家の殿様所縁(ゆかり)の鶴岡八幡宮、永谷天満宮、報国寺様に今年1年間御世話に成った御礼参りに上がりました。
※永谷天満宮の記事は「ココ」←クリック!
※報国寺の記事は「ココ」←クリック!


御存知(ごぞんじ)無い方も多いのですが…
鶴岡八幡宮、実は元々は現在の場所では無かったんです。

鎌倉鶴岡八幡宮は
鎌倉幕府を開いた源 頼朝 公…「の」5代祖先の、河内源氏初代鎮守府将軍:源頼義公が京都の石清水八幡宮から神様を勧進(かんじん)したのが始まりなんです。
その場所は材木座1丁目7番地で、今も付近のバス停の名前のまま、元鶴岡八幡宮が鎮座し鎌倉市民を守護しています。

昔の人の言う鎌倉とは、そもそも鎌倉郡の事です。
今の鎌倉市や藤沢市、それに横浜市港南区の半分と戸塚区栄区を加えた地域ですね。
その土地を開拓したのが坂東平氏の祖である鎮守府将軍の平 良文(たいらのよしふみ)公でした。
その事業を平良文公の御子孫の方々と供に、盟主として引き継いだのが…
鎮守府将軍を務めた源 頼義 公と、その嫡男(ちゃくなん=本家を相続する子)で軍神とも渾名(あだな)される源 八幡太郎 義家 公なんですね。
つまり関東の交通網の起点に成る鎌倉市街の更に基礎は源頼義公と源義家公や、盟友の坂東平氏が築いたとも言える訳です。
※河内源氏に纏(まつ)わる鎌倉市横浜市の記事は以下。
●源氏の邸宅跡の寿福寺の記事は「ココ」←クリック!
●本郷ふじ山公園の記事は「ココ」←クリック!

今は御覧の通り鎌倉市街地の中心に鎮座まします鶴岡八幡宮は、鎌倉幕府草創時に源頼朝公が、今の元八幡様の場所から遷宮されたんですね。

昔の殿様達は平安時代に神奈川県や東京都や千葉や埼玉がこんなに発展すると思ってらっしゃったでしょうかね〜?

下の写真は鶴岡八幡宮の御朱印所から、能舞台を見た風景です。
この能舞台は源義経公の愛妾:静御前が鎌倉武士団の前で舞を踊った場所です。
勿論(もちろん)、各時代により再建されていますが。

何で御朱印所からの写真を撮ったのかと言いますと…
実は小生、神奈川の発展に寄与して下さった神様や偉人の歴史的偉業の顕彰活動で、どなたが開基された寺社仏閣か調べた上で参拝して回り、皆様の御厚意で少々特別な御朱印を頂いています。
もちろん御武運や加護も賜りたいと思っています。

神奈川県東部における歴史偉人の顕彰活動の本年〆に、本日、鶴岡八幡宮に御参りして来たので、今年最後のブログ内容に選んだ次第です。

さっきの衛星写真の右上の方が浄妙寺地区で有名な報国寺が有ります。
今日の報国寺の竹林の庭園には、まだ紅葉も見られ非常に安らぎました。
この報国寺は時代は異なりますが永谷天満宮と同じく関東管領宅間上杉家の殿様が開基した寺院なんですね。
正確には盟友の足利家時公と御一緒に開基された様です。
足利家時公は室町幕府の初代征夷大将軍足利尊氏公の御爺様に当たる方です。

平安時代の関東の発展は平家と源氏と菅原家が担い、古代は日本武尊と蘇我氏と橘家と紀家により基礎が築かれました。

古事記に頻繁に登場した後、平安時代に成ると再び関東は急速に発展します。
平 良文(たいらのよしふみ)公と源 融(みなもとのとおる)公が武蔵国で一騎打ちをし、互いを認め合い盟友として関東の開発に協力した時期に飛躍的に開拓地が増えました。
※平良文公に関する記事は「ココ」←クリック!

東京や神奈川は地方からの移民だらけで歴史を知らない人も多いですが、今の発展が突然起きた訳ではないんです。

神社や御寺で願い事をしたら、出来れば御世話に成った神社仏閣の神仏と開基された偉人の皆様に参拝し、そして宮司さん和尚様に年末に御礼参りもしたいですね!

小生は本日、永谷天満宮の神主様の御厚意で納天神祭と言う儀式に参列させて頂きました。
クリスマスに神社でサンタクロースならぬ菅原道真公に参拝してました(笑)。
今年の自分らしい名誉で光栄な〆に成りました。

来週は大掃除でブログ更新できないかも知れません(笑)。
出来たらします!

では…
皆さん、本年もありがとうございました!
来年もよろしく御願いします!



ブログネタ
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日々の生活の疲れを忘れさせてくれる場所があります…

鎌倉市街地の少し外れ…
浄妙寺地区に在(あ)る報国寺と言う名古刹(こさつ=歴史の古い御寺)です。
こちらは室町幕府 初代征夷大将軍 足利尊氏 公の御爺様の足利家時 公と…
関東管領上杉家筆頭四家の一つ宅間上杉家の創始者の宅間上杉重兼 公
…その御二人が開基された御寺です。
宅間上杉家は以前紹介した永谷天満宮を開基し、榎下城を築城した足利家と親密な家柄でした。

秋は特に綺麗な御寺です。


つい5〜6年程前まで小生達歴史好きだけが行くような落ち着いた安らぎの場所でした。
歩いて直ぐの近所に旧皇族:華頂宮家の邸宅も保護・無料公開されています。

報国寺は近年、迷惑なミシェランガイドで三ツ星認定されて以来、文化に関心の無い客が増えて大声で話したり、反日某国人観光客が庭園植物にハングルで落書きしたり迷惑千万な状況に陥ってしまいました。

が!

風景は変わらず綺麗です。
この御寺は先述の通り開基された方々からして由緒ある御寺でして…
室町幕府設立後は、室町幕府鎌倉将軍府の鎌倉公方足利家と関東管領上杉家の菩提寺として栄えました。
鎌倉将軍府や関東管領とは何ぞ?
…と言う方の為(ため)に文末に関係記事リンクを貼ります。
もぐりの寄せ集めWikipedia(笑)なぞより詳しく写真付き説明のブログ記事があるので御覧下さい。
他にも報国寺周辺の文化財や風景の記事を書きためて有るので御興味有れば是非、御覧下さい。

コンナ場所とか。

さて…

報国寺は竹林の中でゆっくり抹茶とお茶菓子を頂ける安らぎの場所です。
関東特有の谷戸の切岸に囲まれた地形の放つヒンヤリとした(以前は人も少なく)落ち着いた雰囲気と、竹林の放つマイナスイオンを肌で感じられる場所です。
この奥に東屋(あずまや=休憩小屋)が在(あ)り、そちらで抹茶を頂きながら椅子に座りボぉ〜っと時間を過ごせます。

歴史の深い寺院なので、当然、歴代の武将の矢倉(やぐら=墓:関東では武士の壁面に高い位置に掘れた横穴式墳墓、戦時には本当に砦の矢倉として使用する)もありますが…
偉人の皆様、死して尚(なお)風流と言いますか、安寧の地は真に美しい日本庭園の体を成しておられます。

本当にこの御寺は美しい…
可愛い金魚さん達もお出迎えしてくれますよ(笑)!

皆さん、どうか、この子達のいる報国寺に訪れる機会がありましたら…
素晴らしい文化財、歴史遺産を私達に遺(のこ)して下さった歴代足利家の御当主様達と関東管領上杉家4家の皆様に…
一言、御堂でお参りする際に感謝を伝えて手を合わせてみませんか?

きっと鎌倉公方様も関東管領の皆さんも、喜んで下さると思いますよ♪

あ!
約束したリンク貼ります!

以下が鎌倉公方と関東管領上杉家、報国寺関連の過去ブログ記事のリンクです。

●関東管領上杉家筆頭4家の説明と菅原道真公の五男淳茂公と三男景行公の永谷天満宮の記事「ココ」←クリック!

●関東管領宅間上杉家と榎下城址の記事は「ココ」←クリック!

●関東管領上杉謙信と実家の長尾家長尾城の記事「ココ」←クリック!

●釈迦堂の切通しの記事は「ココ」←クリック!

他にも関係記事多数有るので御興味有りましたら以下のカテゴリーリンクから御覧下さい!

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