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タグ:岡村梅林

前回の休日雑記と同じ展開・・・

土曜日早朝、寝ていたら先週に引き続き又も姪っ子に奇襲された。
ガチャガチャガチャ!ガラガラっ!
「お~じチャ~ン!」

今回は何の事前情報も約束も無く母の手引きに因(よ)る姪の奇襲だった。
攻城戦において力攻めをする場合、門の守将を寝返らせて兵を城内に誘引させるのが常套手段なのだが、そもそも小生の家族は何故か皆小生の部屋の鍵を開ける事が出来る。
根(寝)城としても最早機能してると言えるのか解らない幼児が容易に大手門から攻め込める小生の家(笑)。

姪は土曜日午前中は英会話で午後はいつも書道があるのだが午後の書道が休みだそうで、勝手に義妹(弟妻君)と母と姪の3人が小生が土曜日休みなのを良い事に小生に事前相談も無く姪をランチ外食に連れて行かせようと決めていたらしい。
・・・裸で寝ず又、服着て寝てて良かった(笑)。

成人の日の妹と言い、義妹と言い、母と言い、姪も含めて我家の女性陣は小生の予定を無視すると言う迷惑甚だしい技を去年後半から使う様に成ってしまった。
まぁ~、懐(なつ)いてくれる姪が可愛く思うので良いかな(´▽`*)?

でも次に彼女出来たら引っ越して絶対に鍵はやらんからな!

さて、土曜日、当初の予定では前日に天候不順で行けなかった曽我梅林~小田原城天主閣✖センゴク権兵衛のコラボ企画見物~豊臣家の石垣山一夜城再訪~湯河原梅林の夜間ライトアップと見て廻る予定だったのだが、姪の奇襲により脆(もろ)くも、その野望は打ち砕かれる事に成った。
午前中は姪っ子の英会話送り迎えで拘束される事に成ってしまったからだ。しかも姪が英会話やってる10時位~12時迄は小生は“放ったらかし”にされる理不尽!
仕方ないので市内で1~2時間で廻れる観梅の名所に行く事にした。
弟の所の姪は本牧半島の何処かにある英会話教室に通っているので、素早く戻ってこれる範囲となると中区~南区~磯子区~港南区の狭い範囲に限定されてしまう。もうそうすると行ける場所は数少なくて根岸森林公園の梅林、三渓園の梅林、岡村梅林の3箇所しか行ける場所が無い。
実は三渓園は、この前日の03月01日に大船フラワーセンターと合わせて行っていたので後の選択肢は森林公園と岡村公園しかない。三渓園と大船フラワーセンターの梅園は日を前後するが又別に休日雑記に書こうと思う。
そして森林公園1箇所だと流石(さすが)に2時間も時間を潰(つぶ)せないので、今回は久しぶりに“ゆず”の町の岡村町散歩も含めて岡村梅林を見物に行く事にした。
“ゆずの町”散歩をするならJR磯子駅か京急と市営地下鉄の上大岡駅から徒歩20~30分位歩いて来るかバス、もしくは車での移動が選択肢なのだが、小生は車なので先ず岡村公園の駐車場に車を停めた。
岡村公園
岡村公園
ここの広大な公園敷地は元々は鎌倉時代の名将の三浦一族の平子有長公が開いた岡村天満宮と、戦国時代の名将の北条綱成公の開いた龍珠院と言う御寺の境内地だったが第二次世界大戦後に米軍基地として接収されて、その後、何故か神社と御寺ではなく横浜市に土地が返還されてしまい公園として整備されたので駐車場は十分広く駐車料金も安い。
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なので野球場も有ったりする。
この野球場の横の坂道を下って行くと、ここが岡村天満宮の旧参道だった名残が今も有って石の大鳥居が公園の坂道の入口に成っている。
この坂を下り始めると“ゆずファンの聖地”が沢山有って、歌の歌詞にも登場した場所だらけ。
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先ずこの坂道を含めた岡村天満宮~岡村公園の丘が“岡村ブギウギ”の歌詞に成っている場所。
その坂の下の大鳥居の裏側を観察して見る。
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昭和十二年十月建之とあり戦前に建てられているので岡村天満宮の旧境内地がここまで来ていた事が良く解る。
寄贈者の姓が気に成る。次の記事で書く戦国時代の北条家の重臣の一人で横浜~川崎に所領を持つ殿様でもある中田加賀守と同じ中田姓だ。1560年頃までは中田加賀守は港北区日吉に矢上城~川崎市高津区井田に井田城等の城を構え他にも保土ヶ谷区の川島町の地名の残る一帯を支配していた。戸塚区に中田の地名が残るので室町時代中頃か安土桃山時代に中田氏は川崎市西部~横浜市北部~鎌倉市東部の代官を務めた可能性が高いと言うのが小生や菩提寺の御住職や慶應大学で論文を書いている盛本先生等実際に地元を廻っている人間の共通意見だったりするが詳しい文物が既に失われていて状況証拠しかない。
しかし岡村町の岡村天満宮に中田姓の人物が石鳥居を奉納しているのは何ら不思議では無い。
実は岡村町の隣接地区の蒔田町は、室町時代に征夷大将軍の関東に於(お)ける代理を務める鎌倉公方の更に代理を務めた吉良頼康公の居城の蒔田城が存在した。
江戸時代に東京大学の前身と成った昌平坂学問所の地誌編纂部門で出世して頭取と成った間宮士信(ことのぶ)と言う学者が「中田加賀守は蒔田吉良家与力だった」と言う主旨の事を書いていたりするので、1560年代の前か後かは解らないが中田一族が岡村町近郷に所領を得て土着し昭和初期に単独で石の大鳥居を寄贈できる経済力を維持したまま一般人として生活していたと考えると経済力的にも全く不思議では無いし歴史的な状況から整合性も高い訳だ。
室町時代初期に岡村町は吉良家の領地だったのだが、北条綱成公の与力武将の行方(なめかた)家が岡村町を吉良家から買い取っている。恐らく、その後の安土桃山時代に更に中田加賀守の所属した小机衆が再編され中田家は江戸衆となり蒔田吉良家与力に再編され蒔田城付近に所領を与えられたが北条家が滅亡して戦国時代が終焉を迎え江戸幕府が開かると岡村近郷に土着した一族もいたのかも知れない。
詳しい住所は言わないが中田家の本家は今は川島町辺りに住んでいる。
中田加賀守の事は今晩、また菩提寺の紹介記事を書くので其処で紹介したい。
小机城と井田城紹介の過去記事でも触れているので、もし御城や戦国武将に御興味有る方は以下の記事タイトルをクリックして当該記事を読んで頂きたい。

クリックで記事にリンク⤵
川崎市の井田城は小田原北条家の吏僚中田加賀守の城?
 ・・・川崎市高津区蟹ヶ谷~中原区井田。

❝続日本百名城❞の1つ小机城
 城主北条幻庵公と城代笠原信為公が率いた北条家白備え隊後の小机衆の拠点。

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そして、この旧参道の石製の大鳥居を正面から見て左手に“ゆずの聖地”がもう一つ在る。
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モンマルト
モンマルトと言う洋菓子店で交通の便が悪い岡村町に在っても磯子区では元々美味しいスウィーツ店として名が通っていたのだが、“ゆず”の二人が通っていたり北川悠仁君(以下北川君と呼称)のお姉ちゃんが美人で良く買いに来ていたのが有名だったりするんだな。
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正面には恐らく昔は農家だった立派な家が在る。
モンマルトは遠方からも“ゆずファン”が来るのでオーナーパティシエの御店主はとても親切で店内の写真撮影も快(こころよ)く許可して下さった。
・・・何回か来てたのに未(いま)だに写真撮影して無かったからね。
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春らしい装飾が少しされていた。繰り返すが許可貰って写真バシャバシャ撮影してるからね~。
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ゆず来訪時の写真も幾つか有る。
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最近は岡村隆史も一緒に来たらしい。
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美人なお姉ちゃんのエピソードも話題に成ったらしい(笑)。CIMG8268
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ケーキはどれも美味しそうなんだけれど今更ながら御店主に「二人の好物って有るんでしょうか?」と聞いて見たら快く教えて下さった。
大将曰く・・・
「ゆうじん(北川君)はいつもクレープ食べるよ~、こうチャン(岩沢君)はソッチのモンブランが好きだよ~」
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岩沢厚治君(以下岩沢君)が好きなモンブラン。
いつもコレを食べるそうだ。てかモ“ソ”ブランに見える(笑)。
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北川君が好きなクレープ。丸めて有るから素手でも食べれるね~。
で、ゆずファンとしては❝両方食べる❞と言う選択肢一択しかない(笑)ので去年27kgダイエットしたのに現在8kgリバウンド中なのだが“ゆず愛(笑)”から両方購入した。
で御店主に「食べて行く?」と聞かれたので「え?店内で食べていいんですか?」と聞き返してしまった。この御店、テーブルが無くて店内にベンチだけあるのだけど、ゆずファンと言うキーワードを発すると御店主の脳内で❝ゆずファン=遠方からの来客❞と認識が有るようなので一応質問するそうだ。
・・・そう言えば今迄ゆずファンって言う機会無かったな。
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トレーに乗せて提供して下さった。
モンブランは齧(かじ)りついた断面が汚くて、とてもじゃないけど写真を御見せ出来ないけど大粒の栗のグラッセが丸々1つ入っていてケーキの底はクッキー生地に成っており、ファンが来ても手で持って食べれる形状に配慮されて作られていた。味も甘過ぎず大人向きでとても美味しい。
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クレープは変な表現だが苺大福の洋菓子バージョンと言った感じ。こちらも甘さ控えめで美味しい!そして持ち易い(笑)。
御店主に「御馳走様でした~美味しかったです~」と挨拶してトレーを返却したら何とプレゼントを下さった!
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20周年記念の絵ハガキ。

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2枚も下さった!2人分食べたからだろうか(笑)?
御店主ありがとうございました~♪思えばこれが朝御飯だったな。
モンマルトを後にして2年振りに岡村天満宮に移動した。

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大鳥居の坂道を登って行くと左手の途中に今の参道の入口が在る。
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とっても❝神社らしい雰囲気❞の有る赤が基調の神社で、北野天満宮の御分霊と言うより雰囲気は稲荷神社ぽい。
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御花がそこかしこに植えて有るのは多分、境内に保育園が有るからかな?
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料理業組合からも崇敬されている様だが経緯は聞いてないから知らない。
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参道の階段を登りきると天満宮らしい梅が見えて来るが、ここは現代の岡村梅林とは又別。
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この横浜市教育委員会の解説は考察が不親切で、もう少し詳しい事を言うと時期的に岡村天満宮を開いた武将は源頼朝公の随兵=近衛兵を務めた平子有長公だろう。曽我兄弟の敵討ちと言う、源頼朝公暗殺未遂事件で犯人の曽我兄弟と最初に抜刀して切り合い逮捕して源頼朝公を暗殺の危機から救った武勇に優れた武将だった。
そこら辺りは以前、岡村天満宮の紹介記事で書いているので、それを読んで貰うと良いかと思う。
ゆずの地元の岡村天満宮の殿様の平子有長公…源頼朝公の忠臣。
 …横浜市磯子区岡村町

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階段上って現在の境内の削平地に出る社殿が見えて来て何やら賑やかな音楽と女性の声が聞こえて来た。
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丁度、園児達が先生と境内でダンスの練習をしていたんだね。
神様に見守られ、春の日差しと梅の花の下で女性の先生達と子供達が踊りの練習をする姿は何ともホッコリして微笑ましかった。

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階段上って左手の稲荷社に先ず御参り。
ここが周辺から商売の神様として御利益で有名だった稲荷社。だから料理業組合もここを崇敬していたのだと思うけど未確認。
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その手前に牛サン。皆に触られてツルっツルで気持ち良い♪
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境内は紅梅が凄く神社の雰囲気に合ってとても綺麗♪
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園児か先生が育ててるのかな?花壇も有る。
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う~ん、子供達と同じく元気に咲いてくれていて何だか見ていて嬉しくなる。
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本殿前で参拝して気が付いたんだけど・・・
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拝殿の扉のガラスが陽光で鏡みたいに成って踊りを一生懸命に練習する園児と女性の先生と梅が映り込んでいる。
本殿から見た神様の視点でこの風景が見えてるんだね~。岡村天満宮、菅原道真公と平子有長公の二人が温かく園児達が健やかに梅と一緒に育つのを見守ってくれている神社みたいに感じたので拝殿に移った境内の風景も写真に撮影して見た。
そう言えば何回か参拝に来たり歴史調べているのに、ここで御朱印頂いた事も無いし御守りも買ってなかったと思い社務所で御朱印と御守りを受領して来た。
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御朱印。それと・・・
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ゆずの町らしい“ゆずの幸せ守り”。ゆずの匂いがする匂い袋に成っているらしいのだけど花粉症で鼻詰まってる小生には何にも感じない(笑)。
まだ我が春は遠いのか?花粉症が治った頃に新しい彼女が出来たりして(笑)?
参道を降りて岡村梅林に移動しようとするとコレが目に入った。
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元々、ゆずの二人は伊勢佐木町に在った松坂屋の前で路上ライブをしてデビューの切っ掛けを掴んだのだが、その事から松坂屋が閉店するまで二人が活動していた証(あか)しとして松坂屋前に作られていた二人のライブ当時をモザイク画にした壁があった。しかし松坂屋が閉店したので、ゆず所縁(ゆかり)の岡村天満宮サンに引き取られて現在も保存展示されているんだな。
ゆずを満喫して、もう一箇所、岡村公園周辺でこの日のメインの岡村梅林に向け移動開始。
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途中、野球場の隣の歩道にこの石畳があるのだが、実は岡村公園のある❝久良岐の丘❞は富士山のビュースポットとしても有名なんだな。ここから空がガスって無ければ富士山が綺麗に見える。
生憎と昨日2019年03月02日は午前中迄雨だったせいで地面から蒸発する水蒸気が濃くて富士山が見えなかった。
この時点で午後に行く曽我梅林も富士山が綺麗な場所だが富士山が見えないだろう事が判った。
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岡村梅林は丁度、満開でとても綺麗だった。数百本なので大規模な梅林では無いが、平安時代の頃から貴族や武士は桜では無くて梅を見て春を感じたそうだ。今もその風流な文化を身近に感じられるのは岡村天満宮の氏子サンと横浜を代表するプラント企業の日揮が一度米軍に伐採されて消滅した岡村梅林を復興して下さったからだな。
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この入口は鎌倉街道側に在る。
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枝垂れも白梅も紅梅も有り、ちょっと散歩するには丁度良い。今の時期に❝ゆず巡り❞をするなら是非岡村梅林もファンの方には散歩して頂きたい。
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うん!梅の花はやはり可愛い♪
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この日は小規模だが茶会も開かれていたのだが、生憎と姪を迎えに行く前にもう1箇所岡村町内で見て置きたい場所が有り時間的な余裕が無かったので、運営者の紳士の方や女性に御誘いを受けたが又の機会に参加させて頂く事にした。
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和むとても良い時間を、岡村天満宮と岡村梅林とモンマルトで過ごす事が出来た。
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又、来年も散歩に来たいな。
そこから駐車場に戻り、車に乗り同じ岡村町内だけど少し離れた笹堀地区の久良岐能舞台に移動した。
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ここの辺りには昔の彼女が住んでいた(笑)ので良く来ていたのだが、昔尼寺が有ったり、水子供養の墓地が有ったらしいのだが風土記を読んでもそれらしい事が書いて無くて良く解らない。
そして小生のハンドルネームの❝久良岐のよし❞の由来と成った旧久良岐郡の地名が残る数少ない場所の一つでもある。
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ここは薪能(たきぎのう)等も行われて、知る人ぞ知る文化的な場所なんだな。なんせ交通の便が悪いので余り知っている人は多くないが、拝観だけなら無料で出来るし❝元御寺❞の境内なので日本庭園の名残も有り落ち着いた時間を過ごす事が出来る。
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久良岐能舞台
まぁ、ここがどうやら尼寺の跡らしい事を昨日まで知らなかったんだけどね。
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元は御寺の境内地で池も有ったり裏手の元本堂跡と思われる削平地には水琴窟も有ったりするが、それが果たして御寺時代の遺物か能楽堂として再スタートしてからの再整備かは職員の人も存じ上げないそうだ。
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まぁこの灯籠は昭和後期の物なので現代の物だけど、良い雰囲気を演出する役目を大いに果たしてくれている。
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実は御寺がここだったらしい事を昨日、訪問して職員さんに色々と質問をしてから周辺の歴史の雑談をしていたら教えて貰えた。
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境内には可愛いヤマアジサイが咲いていた。
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綺麗だね~。小さな提灯みたい。
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能舞台の入口に人懐っこい茶虎の猫チャンがいて沢山モフらせてくれた。
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腹丸出し無警戒ありがとう(笑)
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ちなみにこの温かい飲み物は缶ジュース(笑)だが、中には茶室もあり茶会も開催される。
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緑に囲まれた外で御日様を浴びながら御弁当持参して食べる事も出来る。
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日本家屋の構造体の説明も少しづつ有ったり。
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敷地には人の暮らした名残りの井戸も残っていたりする。
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この入口から入り、もし利用者がいなければ職員さんに御願いすると中の能舞台を見学させて貰える。出来れば事前に電話すると良いと思う。
以前は彼女の家に遊びに来る時に外からだけ見た事も有るのだけど、中を見学させて貰った事が無かったので改めて訪問して見た。
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まぁ由来とか書いて有るけど元々は宮越賢治さんと言う資産家の個人が土地や建物を取得して横浜市に寄贈したんだな。
横浜市の豪商は原三渓サンといい皆文化的な上に公共の利益と福祉に寄与する崇高な志を持つ人が昔は多かった。ぽっと出の成金とは大違い。
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来訪者が少なく利用者もたまたまいなかったので特別に小生一人の為に見物に当たり解説をして頂けた。
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中から見る風景も又良いね。山深い御寺の雰囲気が有る。
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この能舞台は東京芸大が練習用に使用していた物を新調する際にここへ寄贈して下さったそうだ。
そして知らなかったのだが、どこも能舞台の絵は松が定番らしい。
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松は神や仏が降臨する場所と言う考えが有るそうで、その為に能舞台は全て舞の奉納の場所の意味も有り松の絵が描かれるそうだ。
因みにこの松の絵は有名な日本画家の❝平福百穂(ひらふくひゃくすい)❞氏の作画だそうで、いつ文化財指定を受けても可笑しくない価値が有るらしい。
そして結界として舞台の周りは白洲で境目が作られる。例え屋内でも。
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知らなかったな~。
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屋外を想定された物なのでちゃんと屋根が有り、屋根事家屋の中に移築されている。
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檜皮葺で由緒正しい神社と同じ屋根に成っている。
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そして聖なる場所なので必ず白足袋を着用しないと舞台に上がる事は許されないそうだ。
色々と聞いて見ないと知らない事が多い。
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欄間はシンプルな造りだけど、これはこれで良い。
で、資料も見せて下さった。
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能舞台、実は足音が響く構造が地下に有るそうだ。
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昔の人も音響効果を考えていたそうで、能舞台と言うのはどこも音の反響を良くする為に地下に甕(かめ)が埋められているそうで、久良岐能舞台も同じ構造体が有るそうだ。
これも知らなかった。
何でも詳しい人に話をしてみるもんだね、こんなに詳しく色入りと解説して頂けると思わなかった。
これだから教養や何かの経験に優れた人と話すのは楽しい♪
能舞台を見学した後は茶室も案内して頂けた。
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う~ん、茶室狭いけど小生は別に生活空間茶室位綺麗なら四畳半でも嫌じゃないかも・・・
無論、一軒家やマンションに住んでて他にキッチンや風呂が有り自分の部屋の割り当てならの話しね。
・・・そんで奥さんや彼女が10畳の部屋とかに住んでたら、それはそれで不満を感じるのかな(笑)?
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裏庭も散歩したけど、こちらの方がより御寺の跡らしい地形が解かった。
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一段高い削平地。
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谷戸に成っており典型的な寺院跡の地形。
恐らくは禅宗寺院で鎌倉時代末期~室町時代開基の寺院だったんじゃないだろうか?
寺の名前も知らないけど。谷戸地形に寺院を作りたがるのは鎌倉文化圏の武士と禅宗の臨済宗と曹洞宗に多い特徴。
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裏庭の梅の大樹が立派だった。
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ここまでちゃんと見て廻った事無かったからな。
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水琴窟もこの裏庭の削平地に在る。
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見学すればパンフレットも貰えて簡単な説明も有るので、もし❝ゆず観光❞して時間が余るなら上大岡駅から電車に乗って帰る人は徒歩で久良岐能舞台見学してから上大岡駅まで行くのも良いかも知れない。
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丁度、見終わった時間から20分後位が姪っ子の英語の終わる時間なので、姪と母を迎えに行った。
姪と母をピックアップしてから曽我梅林迄、東名高速道路を利用したが事故渋滞で2時間ちょいかかってしまった。
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でも現地についたら丁度見頃!
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紅梅も・・・

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枝垂れ梅も。
母が鍵を用水路に落として紛失すると言うハプニング以外は概ね楽しく見物出来た。
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姪っ子も幼いなりに楽しんでくれたようだ。
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ちっちゃな可愛いワンちゃんとも触れ合えたしね~。
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ここ曽我梅林は❝神奈川の景勝50選❞に選ばれた場所の一つでもある。
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曽我梅林
なので本来は晴天だととっても眺望が良く、広大な梅林の向こうに富士山が見える。
こんな感じ・・・
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昼の梅林と富士山・・・
曽我梅林 久良岐のよし撮影
夕刻の梅林と富士山。
上の2枚の写真は過去の写真。今年はタイミング悪く前日と当日朝まで雨天だったので水蒸気で富士山が見えなかった。
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でも、まぁ午後は晴天にも恵まれて人手も多く賑わっていた。この時点で14:30位に成っていたが事故渋滞と母の鍵用水路で流す事件が発生したせいで、まだ昼食をとっていなかったので屋台と売店の食べ物を購入して昼食にした。
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全部粉物・・・帰宅したら午前中のケーキと水分と粉物で2kg体重が増えていた。
昨年79kgの体脂肪率15%の筋肉量60kgのバキバキ腹筋割れまで身体作ったのに、帰宅したら体重が87.5kgで体脂肪率も25%に成ってしまっていた(笑)。
・・・また、shape-up&Pump₋up始めます。2ヶ月で10㎏痩せる。
とりあえず今月中に5kgは脂肪だけ体重落したい。今日からジムで体組成測定再開して身体改造習慣報告記事を又書きたいと思う。

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まぁハプニングも有ったが梅も見れたので、小田原牧場のアイスを買いに移動した。
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小田原牧場アイス工房
ここのアイスがとても美味しくて、特に梅酒のアイスが御薦め!
最近は有名に成り土日はアイスだけ目的の車が来てしまうせいで、この時期の観梅客用の駐車場に停めようとする阿呆が続発して観光の妨げに成っていたりもする。
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まぁ~何とも言えないけどアイスは美味しい。
そして、この小田原牧場アイス工房側の曽我梅林駐車場から見る景色が綺麗なんだな。
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本来ならここから富士山が良く見える。
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御土産に曽我の梅干しを購入した。
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昔ながらの酸っぱい梅干しで小生の好物。はちみつ漬けは日持ちしないので梅干し本来の役割を果たしていないし、梅干しの本来の調味料としての役割でも使う事が出来ない。だから小生はオーソドックスな酸っぱい梅干しが好き。
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姪は屋台の食事が口に合わなかったらしく余り食べなかったので帰路、中井PAに寄って姪っ子に好きな物を選ばせて、下の姪っ子に車中食べる物と義弟夫婦への御土産を購入した。
ここは新鮮な野菜の直販もやっているので良い。
姪が買った物の写真は撮り忘れたが、まぁ喜んでくれたので良かった。
しかしここから又帰路、事故渋滞に巻き込まれて姪を弟の自宅に送り届けるまで2時間半位かかってしまった。着いた時には名はグッタリしていた。
御疲れ様!午前中の勉強と午後の勉強頑張ったね。

又、叔父ちゃんと遊んでくれると嬉しい。
でもあと10年もすると彼氏出来て遊んでくれないだろうね~(笑)。

今回の休日雑記はここまで。
今晩、中田加賀守の開いた2つの御寺のどちらかの記事を書きます~。












冒頭は昨日書いた姪が遊びに来た内容と同じだけど・・・
2019年02月23日、この日は朝08:30に弟の家の姪っ子が遊びに来た。
・・・小生は起床直後に姪から奇襲を受ける事に成った。
ガチャガチャ!
小生「何だ(ビクビクッ)?」
ガラガラ・・・
「オジちゃ~ん♪‼」
・・・姪っ子の施錠解除からの奇襲攻撃だった。
姪が遊びに来るのは知ってたが、こんな早く来るとも知らんしビックリした。
う~ん・・・いつも素っ裸で寝てるから偶然寒くて服着て寝てて良かった。だらしないオジちゃん見せないで済んだな。
朝食未だだったが、夫婦共働き(弟は自営業)の弟夫婦、弟が大阪出張なので、代りに昼前に姪を英会話教室に送り届ける事に成っていた。10時過ぎで良いって言ってたのに早すぎる!
で、昨日書いたブログの通り、姪と一緒に駄菓子の所にある風船作るオモチャを買いに行って時間潰しに遊ぶ事にした。
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最初は上手く行かなかったけど直ぐに上手に成って風船タワーが出来ました(笑)。
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姪は文房具とか小物とか駄菓子とか雑貨とかが好き(叔父の小生と気が合うのよ)なので、その手の場所に連れて行くととても喜ぶ。小生の両親は自分の考えを押し付ける人だったので、小生は子供にはそうするまいと心に誓っている。
遊びも手本を見せてコツを口で説明して、一緒にやって見せて直接手は出さない。
だから姪と雑貨屋さんとかに保育園~低学年の姪や甥を連れて行っても100円~300円とか渡して自分で好きな物を選ばせて自分で買うか決定させるし、これが良いアレが良いと言う誘導もしない。
買った物も「自分で持てる量だけ買うんだよ~?」と前置きして姪達が買った物は自分達で運ばせる。
ウチの親と伊勢原の義伯父は小生達が子供の頃、ザリガニを獲(と)りたいと言い出し伊勢原市の義伯父宅の近くの田んぼの用水路にザリガニを獲りに行ったら、親達がザリガニ獲りに必死に成り獲ったザリガニを子供に渡して来た・・・そう言う事じゃないし面白くないんだよな、それじゃ。
子供が自分で決めて自分の責任で行動するから、充実感も得られて失敗も成功も経験に成って自尊心も育つんだよ。
小生は親に自尊心を圧し折られる事ばかりされて来たので、絶対にそうしたく無いんだ。
・・・幸い小生の発想は子供に合ってるらしく妹とこも弟とこも子供達が懐いてくれていて嬉しい。
姪を送り届けてから遅い朝食を食べに11時ごろ横浜南部市場に移動した。
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最初、場外市場の御菓子問屋で買物してから場内の‟がってん食堂”に移動した。
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がってん食堂
がってん食堂は市場の食堂らしく安価で新鮮な海鮮と、鳥や豚等出汁(だし)の元に成る材料も調達できるので驚愕の値段で海鮮丼と拉麺のセットや美味しいハヤシライス等、市場の食堂定番メニューを食べる事が出来る。
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昨日は本日の海鮮丼&拉麺750円!
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超新鮮じゃないと食べられない生白魚、鯛(たい)、サヨリ、鱸(スズキ)の海鮮丼と超美味い醤油拉麺。
これで750円て、小生のブログで‟がってん食堂”初見の人はビックリするだろう。
但(ただ)し、横浜市営から外れて独立した南部市場の商店主達を潰したいのか横浜市の再開発(嫌がらせ?)で市場のど真ん中に在(あ)った買出し者用の駐車場が不可解に場外市場と場内市場を視界から寸断する様に工事壁が築かれて、場外~場内に移動し方が解(わ)かり難(にく)く成ってしまっているので小生が衛星写真に順路を書き込んで置こうと思う。
がってん食堂順路
―赤線が‟がってん食堂”の在(あ)る場内市場“水産棟”への順路。
〇青丸がってん食堂一般客用駐車場の位置。
がってん食堂の在る場内市場の水産棟と、対面の青果棟は朝の05:30~06:00くらいに一般客も買物出来るが07:00にはだいたい店は営業終了する。
もう横浜市営じゃないので一般市民も業者用の超絶新鮮な青果も海鮮も場内で買物出来る。

入口はシーサイドライン南部市場を降りて直ぐ目の前、其処(そこ)から入って直ぐ左に御客様駐車場も在る。
駐車場の目の前が場外市場で、こちらは大体、朝07:00から営業開始される店が多く13時位であらかた閉店する。
がってん食堂は朝の7時~12迄営業時間で、プロの仕入れ人だけでなく、近隣のビジネスマンや夫婦で買出しに来ている御客さんも食事に来る。本店が関内のフグ料理屋なので料理の味は本当に美味しい。
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この醤油拉麺も本当に美味い!
そして昨日は新鮮な鯛や白魚やスズキやサヨリの丼・・・
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繰り返すけど、これで750円て凄いでしょう?
腹ごしらえも終わり、会社に用事が有ったので電話で連絡して上司とコンタクトとってから車に乗り込んで田浦梅林に移動した。
この日の南部市場以外の行動予定は当初は曽我梅林&湯河原梅林だったのだが、午前中雨天で午後から晴れたのだが恐らく相模湾~箱根~青木ヶ原樹海は湿度が高くガスって梅林越しに富士山が綺麗に見えないだろうと予定を変更して田浦梅林&鎌倉市歴史文化交流館の企画展の大正時代の関東大震災の被害の展示を見に行く事にした。
南部市場から田浦梅林は車で30分程度。
でも到着したら駐車場が全て何処も満車だらけで、駐車できず先に鎌倉市歴史文化交流館を見に行き、田浦梅林は夕方に人が少なく成ってから再度来る事にして田浦から離れた。
位置関係 久良岐のよし
別に南部市場~横須賀市田浦~鎌倉市扇ヶ谷は車でそれぞれ30分の移動時間で大したロスには成らないし帰路も小生の家は円海山の麓なので六浦経由か大船経由に成るかの差で大して時間をロスする訳では無い。
しいて言えば正三角形に近い移動がS字の往復に変わる位(笑)。
鎌倉市に入り車を御成通りのコインパーキングに駐車、そこから徒歩5分で歴史文化交流館に到着。
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逗子で少し渋滞したので移動時間、だいたい40分くらいだったろうか?
この歴文は今は企画展で関東大震災の被害の様子と復興をテーマに当時の写真をふんだんに見る事が出来る。
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建長寺なんかの大寺院も悉く関東大震災で倒壊して、復興に檀家サン達の支援による相当な資金がかかったらしい。
今は当時と違って寺社建築の部材を作る職人も宮大工其の物も減ってしまったので、あと30年以内に来ると言われる次の関東大震災が発生したら鎌倉市の建築文化財も御神像や仏像等も元通りに修復~復興出来るかはハッキリ言って望みが薄い。
住宅販売業者が海外からプラモデルみたいな住宅キットを輸入して暴利むさぼり、ちゃんとした職人を壊滅の危機に追いやった責任は重い。だからこそ東急不動産のごとき土建屋は文化と自然の保護を重視すべきでトヨタ自動車やDENSOの様に技術継承をちゃんと行う職人育成や、円海山瀬上沢の蛍群生地の保護等に力を注ぐべきなんだな。
さもなくば、文化軽視のアナタ等の父祖の墓、日本文化と自然を大切にしないんだから祖先の墓も要らなかろう?先ずは自分家の墓所を破砕し父祖の遺骨をゴミに入れて捨ててしまえば?と思う。
まぁ辛辣な表現だが土建屋の中の無文化な部類の連中は、そうされても文句を言えない事を自分達がやってる自覚を持った方が良い訳だ。
ゼネコンの中の無文化な連中は本当に悪でしかない。司馬遼太郎先生も敵視してたがな。歴史作家のみならず自然学者や歴史学者以外にも宗教者の中にも、土建屋の無倫理史跡破壊や自然破壊を極左や極右のテロ行為並みに敵視してる人間が多いと言うのも自覚するべきだ。
さて・・・
企画展を見終えて、学芸員さんに幾つか質問をしてから田浦梅林に移動した。

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2019年02月23日時点、今年は冬至~初春が寒かった事もあり開花が遅れていて樹によっては2分咲き~多くても五分咲きと言う所だった。
まぁ~それでも涼しい空気と田浦梅林の今上天皇の生誕記念に1933年に大規模植林された梅林なので、古木も多く成り暖かくならないと咲かない株も多い。
なので見て来た感じとしては3月第一週の土日位が丁度見頃だと思う。
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一部陽当りの良い斜面は見頃に近い。
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紅梅の方が開花が早い様(よう)だ。
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まぁ少し早かったけど、ここは頂上からの眺望が良いので少し咲いた梅と足元の推薦を見ながら頂上展望台に向けて歩を進めた。
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水仙はそろそろ終わりの季節かな?多分、今頃は鎌倉市の稲村ヶ崎公園の水仙が綺麗に咲いているんじゃないかな?
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ここ等辺りはまだこれから、あと2週間は観梅を楽しめそうだ。
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3年前に来た時は、丁度良い満開に鶯(うぐいす)が群がりとても可愛らしく風流で日本らしい季節感を演出してくれていたんだな。
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その時にスマホで撮った写真。
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まぁ、昨日は午前中雨だったので晴天とはいえ空もガスっていて少し暗かったのだが、空気感は清々しくとても良かった。
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この山の向こうに“田浦廃村”と言う再開発計画が頓挫して500戸程の住宅が放置されてたゴーストタウンが在り廃墟マニアには有名だったのだが、今年、再開発計画が再始動して取り壊しが始まってるらしい。一度見て見たかったが、やはり浮浪者が住み着いたり放火されてしてしまうので警察官が頻繁に巡回していると情報があり行かなかった。
まぁ~史跡には興味有るけど廃屋は色々と怖いからいいや・・・と言いながら人が何千人も死んだ古戦場に普通に行くのはやはり趣味趣向の微妙な差の問題(笑)。
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梅って白にピンクがかってとても綺麗だね~。
花の中で一番好きなのが梅、次が山吹かな~。
桜も好きだけどね~。
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そして頂上に到着。
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めちゃ景色良いし、頂上は芝生で気持ち良い。
だからデートに来てるカップルや夫婦や子連れもいて、寒い天気でもホッコリする空気感が流れる場所が田浦梅林なんだな。天皇陛下は今年御退位されて上皇に成られる訳だけど、今上天皇の誕生日に植林開始された梅林が寒空でも天皇陛下の御人柄の様に人々をホッコリ暖かくさせる憩いの場に成っているのは何だか感慨深い。
そして古木も多く成り梅も疲れ始め新しい株の植林も始まっているので、天皇家と同じく田浦の梅林も代替わりが始まっているんだな。
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高速道路、横浜横須賀道路が見える。少しいくと衣笠インターチェンジ、つまり鎌倉武士団で源頼朝公の最大の支援者だった三浦一族の居城、衣笠城がこの先に在る。
少しストレス溜まっていた小生、午前中に姪が遊びに来てくれて、昼に美味しい魚食べて食欲を満たし、久しぶりに歴史欲(笑)を鎌倉歴文の学芸員さんとの情報交換で満たし、田浦梅林で清々しい気分に成り良い一日に成った。
そうそう・・・
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今年も帰りに田浦商店街の“ふじみや”の絶品スイーツ“梅どら”を買った。
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ふじみや菓子店
ここは米軍基地の軍人サン達も観梅に来た御土産として人気の店で、本当に和菓子が全て美味しい。
特に田浦梅林の梅で作った爽やかな甘露煮が入ってる“梅どら”が美味しい。
以前は息子さん夫婦が三浦海岸駅の近所で支店をやっていたのだが、そちらは場所柄人口も少なく店を閉店してしまったので今は横須賀市田浦の本店でしか買う事が出来ない。
とにかく美味しいので田浦梅林に観梅に行く予定の在る人は必ず食べて!と強硬に推薦する程に本当に美味しい。
小生は職場の上司と友人と両親への御土産と自分用(笑)に10個買った。
あと横須賀の相模湾側名物の“へらへら団子”もこの店で生産しているので購入する事が出来る。

最後に美味しい梅どらも食べて、良い一日に成った。

そう言えば本日2019年02月23日と来週は岡村梅林でもイベントが有りますよ~♪
2019年岡村梅林の夜間ライトアップ
岡村梅林2019年茶会
小生は仕事で行けませんが、御近所の方は行かれて見ては如何でしょう?
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昼なら車で直ぐの近所には横浜市電保存館もあって子連れでも楽しめると思います。

次は中田加賀守の御城址の御寺と菩提寺のどちらかの記事を書こうと思っています。
・・・では次の記事で御会いしましょう。






昨年末、母が子宮癌に成り築地市場近くの癌専門の病院に入院した。
入院前、鎌倉時代~江戸時代に武家や庶民の女性達から“婦人病治癒”の名刹として有名だった浄妙寺の淡島大明神様に母の病気の手術成功と平癒を祈願し、御守りを購入して母に渡した。
浄妙寺は鎌倉市浄明寺地区の地名にも成っている室町時代以前の鎌倉における足利家の菩提寺だ。
母の手術も成功し、昨今は自由に歩き回り旅行する体力も回復したので、昨日、母の気分転換も兼ねて浄妙寺に御礼参りをして来た。
母は信心深い人間でも歴史に興味の有る人間でも無いが、珍しく1分間位手を合わせていただろうか?
小生は多くの神社仏閣をここ数年間、尊敬する織田信長公、徳川家康公、足利基氏公、宅間上杉重兼公、太田道灌公、吉良成高公、吉良頼康公、北条綱成公、間宮康俊公等の顕彰活動で御参りする機会が有ったので、浄妙寺の淡島大明神様の事もたまたま知っていたのだが…
信心と言うのは物事に対処する際、万全を尽くした最後の最後に不安感を抑えてくれたり理性を保ち出来るだけ安心して事に当たれる、そんな役割を果たしてくれる存在だと思う。
ザックリと簡単に言えば「心の持ち様の問題」と成る。
信じるも信じないも自由。
でも、「御参りして来たよ!」と母に伝え御守りを渡し、それを持っている事で少し母の気が紛れたのなら、それが正に御利益なのだと思う。
当事者が自暴自棄に成らない為の存在だね。
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御参りが済んだので、浄妙寺に在る喜泉庵と言う茶室で御抹茶と御干菓子を頂いて来た。
ここを最初に訪れたのは3年程前だろうか?
朝比奈~浄明寺地区は好きで良く散歩に来ていたのに、何故か浄妙寺には来ていなかった。
訪問したら直ぐに大好きに成り、季節の変わり目毎に訪問し、喜泉庵で抹茶を飲んでユックリして帰るのが習慣に成った。
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いつも美味しい御抹茶をありがとう御座います。
さて、もう直ぐ雛祭りと言う事も有り、茶室には雛人形も飾って有った。
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可愛らしい。
ウチは血の繋がっていない妹が増えるまで、仲の悪い(笑)男兄弟しかいなかたので立派な五月人形は有れど、この様な可愛らしい風習は無かった。
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小生達親子が訪問する直前まで、フランス人旅客の団体が滞在されていた。
最近は外国人観光客の来訪も増えたので、以前は置いていなかったテーブル席も設置される様に成った。
御参りし、一服しくつろぎ、次の目的地へ移動した。
同じ鎌倉市内の大船地区、神奈川県立フラワーセンター大船植物園だ。
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ここは幼稚園の頃に来たのが最初だ。
卒園の日、担任だった黒沢恵子先生が寿退社されるとの事で、父母会が送別会と卒園会を兼ねて我々園児を連れて皆、親子同伴、御弁当持参して来たのが最初だった。
小生は2歳からの記憶が有るので、幼稚園の頃の記憶は鮮明に覚えている。
子供の頃は有刺鉄線に雁字搦めに成って血塗れに成るような遊びをしたり、アホな事をして両手を骨折したり両親には大変心配をかけたクソガキだったと思う。
今回久々にここを訪問したのは、梅の名所の紹介記事を更新した際に、大船フラワーセンターが改装の為に今年の有るで一時休園して来年の夏まで見る事が出来なくなるのを知ったからだった。
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久々に来てみると可愛いけど良く知らんキャラクターがいた。
しずくちゃんって、何だコイツ?何のモチーフなんだ?
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神奈川にはもう、コイツ↑がいるから無駄にキャラ増やさなくて良いだろう(笑)。
さて、今回、大船フラワーセンターに来たのは一時閉園するからだが、無論、目的も有り…
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この地域に在った玉縄城の城名と地域名を関した早咲きの玉縄桜が今丁度、満開で見頃だから、それを見に来た訳だ。大船フラワーセンターには多くの玉縄桜と各種様々な梅の樹が植樹されており、咲く時期の重なる両者を一度に見る事が出来るのだ。
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この他にも、寒桜の「おかめ桜」が見頃を迎えていた。
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大船フラワーセンターについては、来年の夏にリニューアルオープンしたら改めて紹介記事を書こうと思う。
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他にも色んな植物が当然有る。
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しかし今の時期はやはり、梅と桜だろう。
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とにかく、色んな種類の梅が植樹されていて、品種名を見ながら写真を撮っているととても楽しい。
母も喜んでいた。
・・・個人的には次回は母ではなく、彼女か奥さんと次は来たいなと思う(笑)。まぁ、彼女か奥さんがいたら、彼女のお母さんも一緒に来て賑やかに過ごしても楽しそうだ。
デパートで御弁当勝って来て芝生の上にレジャーシート広げて、梅を見ながら御昼を過ごすのも良いかも知れない。
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次、この子達を見に来れるのは2年後か…少し寂しいな。
小生は変な感性が有るのか、植物を擬人化して見てしまう癖が有り、梅は女の子に見えるんだな。
梅以外に色々と見所は有るのだが…
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改装前、玉縄桜と梅を除いた一番の押しはやはり温室だろうか?
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円形に配置された建物の中に色んな熱帯植物が展示されている。
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まぁ、色が鮮やかで綺麗な花も毒々しい花も有って見ていて飽きない。
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何で学生の頃は再訪しなかったんだろうかと思う。
こう言う場所にデートに来ていれば、彼女とゆっくりと時間を過ごせて良いと思うのは自分が年を経たから湧く感覚なのだろうか?それとも、当時の自分が只単に無文化だったんだろうか?
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何にも知らない花でも品種名を見ながら歩いて回ると発見が有る様でとても楽しい。
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メダカ?も沢山泳いでいた。
この子達も改装後もちゃんと大切にして貰えるんだろうか?
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残りの開園期間も約1ヵ月位なんだろうか?
素晴らしい場所なので、多くの人に来てもらいたいなぁ~。
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ケバブ屋さんとか鎌倉ローストビーフ丼の店とか、大阪のイカ焼きの屋台も有るので親子連れなら子供も喜ぶだろう。
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昔、最初に来た時はパンジーが大量に咲いていた記憶が有るが、今は余り多くは無い。
その代わり、蓮の花が多く成っている。
今回、出口付近には盆栽コーナーが有った。
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どれも綺麗だった。
ここを後にして、地元に戻る途中で丸亀製麺で昼食をとった。
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チェーン店だけど好きな店。
昼食を終えて、帰宅。母は友人の家に出掛け自分は昼寝、夕方4時に起きてからジムに行って汗を流し、風呂に入ってサッパリしたら、今度はその足で戦国武将間宮家と“ゆず”のお膝元の磯子区に移動して、岡村梅林の夜間ライトアップを見学した。
ジムのスコアが1ヵ月で14ポイントも上昇したのでとても気分よく観梅出来た。
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うん!今年も綺麗だ!
地元の自治体連合の皆さん、今年も良い企画をありがとうございます!
お陰様で鎌倉時代の武士や戦国時代の北条家と間宮家が神奈川に残した梅林文化を堪能できました!
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甘酒も御馳走様でした(笑)。
小生がこの記事を書いている今日、26日は模擬店出店して昼間の観梅会ですね!頑張って下さい!
さて、一頻(しき)り見学した後、“ゆず”も小中学生時代に遊んだであろう岡村公園のグラウンドを通って駐車場に移動・・・
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・・・車に乗り込むと、今度は北上し港北区の大倉山を目指した。
大倉山梅林も観梅の名所として観梅会の日には大変に賑わいを見せる。
しかし今回の小生の目的は観梅会では無く、大倉山梅林の梅で造った梅酒だ。
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それを販売しているのが、上の写真のセブンイレブン横浜大倉山店。
ここで“梅の薫”と言う名の梅酒を買って帰宅、普段一滴も酒を飲まない小生も、これだけは、ここ数年間春の楽しみに成っている。
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梅の香りが普通の市販の梅酒よりも濃厚だけど飲み易く、酒嫌いの小生も、とても美味しく感じる。
因(ちな)みに小生は普通の渡来系と縄文系の混血日本人よりも縄文系の遺伝子が濃いのでアルコールは強い。ただ、酒を飲んで美味しいと感じない上に、酒に使う時間と金が無駄に感じるだけ。
でも、これは買う価値が有ると思っている。
他にも小田原市曽我梅林の梅で造った「曽我梅林の梅酒」や、横須賀の田浦梅林の梅で造った「梅リキュール」等が平安時代末期以来の武士由来の梅林文化の有る神奈川県の特産梅酒だ。
美味しいので、是非、皆さんにも試して頂きたい。

沢山梅を見て、母の手術成功の御礼参りも出来て、運動もして、美味しい甘酒と梅酒も飲んで、とても充実した休日の1日を過ごせた。
これも浄妙寺の檀家さん、大船フラワーセンターの職員の皆さん、岡村町と岡村天満宮の関係者の皆さん、大倉山の商店街の皆さんの御蔭です。
ありがとう。

では、昨日の休日雑記はここまで。
又、次の休日雑記は台湾から友人が来る来月中旬以降に成るでしょうか?
それまで、毎週1件、訪問済みの城址や神社仏閣の解説記事を書き足して行こうと思います。






本日2017年02月26日午前10時から、“ゆず”の地元、旧岡村天満宮境内地岡村公園の岡村梅林で観梅会が開催されます!
模擬店も出店するので、恋人同士や御子様連れの若夫婦の皆さん、写真撮影の好きな皆さん、是非、足を運んでみては如何でしょうか?
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写真は2015年撮影の物ですが、2017年現在の開花状況は5分咲き~8分咲き、十分見頃に成っています。
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あと1週間もすると満開に成り更に綺麗な梅林の様子も見られるので、岡村梅林に足を運んだ事の無い近隣の磯子区・中区・南区・港南区・金沢区の人々はこれを機に是非訪れて見てください!
屋台も有り御子さんも喜ばれるかと思います!
では、ついでに昨晩開かれた夜観梅会の様子も掲載します。
余計な解説は不要だと思うので、写真を沢山載せたいと思います。
その夜観梅の写真の後に、周辺の史跡や見所の解説もしたいとおもいます。
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さて、では周辺の見所を紹介します。
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近くには岡村天満宮と言う、源頼朝公の最初の暗殺を未遂に食い止めた名将の平子有長公が京都の北野天満宮から御分霊を頂いて造営した由緒正しい天神様も鎮座しています。
※岡村天満宮の歴史に興味の有る人は以前書いた記事を下のリンクをクリックして御覧下さい!


そして境内は“ゆず”の聖地らしいモニュメントも有ったりします。
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昔、伊勢佐木町の松坂屋に在った“ゆず”の路上ライブの様子を再現したレリーフです。
松坂屋の解体時に現在の岡村天満宮境内に移設保護されました。
流石、ゆずの地元ですね!
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岡村天満宮と岡村梅林から徒歩直ぐの場所には、“ゆずファン”が愛用する“岡中ジャージ”を購入できるオリオンスポーツや、歌に出てくるモンマルトルと言うケーキ屋さんも在ったりします。
更に歴史好きに御勧めの場所は、徒歩圏内に下の写真の龍珠院と言う御寺が在るのですが…
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ここはJR大船駅の近くに在った玉縄城で上杉謙信の攻撃を撃破した名将の北条綱成公と北条氏繁公の親子が開いた御寺で、御朱印も頂く事が出来ます。
この御寺は金沢区の伝心寺と言う、玉縄北条家所縁の御寺の末寺として開かれたのですが、何故、ここにそんな名将が関与したかと言うと、直ぐ近くに蒔田御所と呼ばれた蒔田城が在り、そこの城主が戦国時代に一時期、鎌倉公方(かまくらくぼう)の代理を務めた吉良成高(きらしげたか)公や吉良頼康公の居城として機能していたからでした。
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蒔田城址の断崖絶壁は現代人でも攻略するのは難しい要害性の高い地形です。
そして、蒔田城址の大手口には勝國寺と言う御寺が在ります。
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ここは吉良家の戦国時代の菩提寺で、今も吉良政忠公以下成高公、頼康公等の菩提が弔われる御廟所が存在します。
この歴史に興味が有る人は、昔書いた以下の記事を御覧下さい。

鎌倉公方代を訪問する際に、宿舎が必要に成るので岡村梅林の近くに龍珠院が開かれたと推測出来る訳です。
戦国時代の武将は自分の土地に御寺を開いて、宿舎替わりに使う事が良く有ったんです。
その代わりに、和尚様達の生活の面倒を見たり御堂を建てたりして支援した訳ですね。
宗教的に和尚様達を尊敬している事に加えて現実的な用途も寺院には有ったんです。
この蒔田城址や勝国寺と、岡村梅林の中間位には三殿台遺跡が在ります。
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ここは縄文~弥生時代の遺跡で、当時の様子が再現された住居跡や出土品の常設展示が有ります。
興味の有る人は、これも昔書いた記事が有るので、以下のリンクをクリックして見て下さい!

さて!
今日はお出掛け日和です!
記事は岡村梅林鑑賞会当日のUPで申し訳無いのですが、梅もこれからまだまだ2週間は見頃です!
是非!岡村梅林に足を運んで、ついでに“ゆず”の聖地巡りや歴史散歩をしてみては如何でしょうか?

では!又、次のブログ記事で!



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