歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:峰の灸

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円海山を御存知ですか?
今、その円海山と言う山の「瀬上沢」と言う沢で蛍を見る事が出来ます。
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画面ぶれててすいませんね、街灯の無い真っ暗な農道での撮影…携帯ではこれが限界でした。

6月7日、横浜市港南区磯子区栄区にまたがり鎌倉まで繋がる横浜最後の大森林、そして平安時代からの武士達の駆けた鎌倉早駆けの道の史跡が林道として残る円海山に蛍を観察に行ってきました。

蛍が見える場所は横浜市栄区の旧上郷高校、今の栄高校のすぐ下の谷に流れる瀬上沢です。
瀬上池の位置
この栄高校の有る場所一帯は奈良時代からのタタラ製鉄遺跡が出土した史跡だった場所であり、その瀬上沢も奈良時代から今に灌漑水稲耕作を今に伝える文化醸成地であります。
大げさでは無く、この一帯の田畑は農業の史跡であり、古代からの灌漑施設の史跡とも言えます。

今日、蛍は5~6匹出てきて可愛いオシリの優しい光をホワ~と照らしてくれました…
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携帯だから良く写せないけれど、それでも優しい光がわかりますよね~♪

小生が子供の頃は、良く瀬上池にザリガニを獲りに自転車で行って、みんなで瀬上沢で水遊びしたり瀬上池で釣りをしたり、林道を駆けずり回って遊んでいました。
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昔はもっともっと沢山の可愛い蛍が見れたんです。
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左上の2匹の蛍君達…オシリが光ってるの判りますか?
昔わね~瀬上沢には天然のフナもいたんですよ~!
今でも瀬上池にはいますけれど、もう、瀬上沢にはフナはいません…


この瀬上沢周辺、局地的に見るとぱっと見は有り余る自然に囲まれているようですが…
瀬上沢

少し離れて見てみると…
瀬上池の位置
…丘の上を宅地開発されてしまい自然環境が劣化したせいで蛍も激減し、フナも消えました。
沢蟹も減り、トンボの幼虫のヤゴのエサになるカワニナも減り…
この瀬上沢も自然環境が崩壊寸前、歴代市長の御蔭で首の皮一枚、繋がっている状況でした…

が!

近年、歴代市長や市民の意志を踏みにじり、ふとどきにも!この沢の自然環境にトドメをさして宅地開発しようとする業者とそれを止めない市長が出てきてしまいました。
東急グループと、その労組と、林市長です。

蛍を消し去る意志が無かろうが、宅地化した瞬間に間違いなく蛍は消えます。
結果的に消えてしまえば、自然環境を破壊したのは開発した業者」と、その業者の労働者の代表の「労組」と、歴代市長の「里山思想に基づく円海山の保護」と乖離した「開発容認する市長」です。
つまり、この瀬上沢においては「林文子市長」と「東急グループの労働者」と「東急グループの経営者」と言う事に成ります。

皆さん、横浜市にこんな素晴らしい自然環境が首の皮一枚つながった程度の危うい状況で残っているのを知っていましたか?
円海山は横浜市で一番高い山なので風景も綺麗です…
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この通り、まだ神社や御寺が生活に密着していた昔の古代~戦前、多くの関東地方の先人が「此花昨夜姫(このはなさくやひめ)」の化身として仰ぎ見た富士山も綺麗に見えます。

先に述べましたが、円海山の林道は鎌倉武士達が利用した古道の史跡で、今でも朝比奈峠の朝比奈切通しへ通じています。
皆さん、蛍を見に行って古代人から受け継いだ自然を鑑賞してみませんか?
可愛い蛍君達に、弱ってしまった自然の中、ギリギリ残った儚(はかな)い可愛さを見せてもらい、瀬上沢の自然の大切さを感じて見ませんか?

円海山に富士山を見に行って、先人達が女神さまとして拝んだその美しい姿を心で感じてみませんか…?

この円海山は文化醸成地だったので、以前のブログ記事で紹介した竹林の風景が美しく古典落語「峰の灸」の舞台に成った「円海山護念寺」と言う御寺や…
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元々は護念寺の本院だった安養山 峰の阿弥陀寺も在ります。
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この阿弥陀寺は浄土宗総本山である京都の知恩院の第四十六世、了鑑大僧正を排出した由緒の有る御寺でも有ります…

瀬上池と瀬上沢の近く、山の反対側には思金神社も有ります。
この神社の御祭神の「思金神」は日本神話で知性を司る神様で、天照大神が天岩戸に御隠れに成った際、天照大神を表に御導きする作戦を考え周囲の神々に指示を出した名参謀です。
こんな知識の神様が鎮座し、大僧正を排出し、古典落語の舞台にも成った円海山ですが…
可愛い蛍も「瀬上沢」で待ってくれていますよ~!

皆さん、鎌倉文化や古代人の歴史を刻んだ円海山、是非、この機に散歩しみて下さい。

注意!
蛍を鑑賞する際は以下の事を順守して下さい!

蛍を見に行く時は大人数で行かない!…大人数の集団だと虫さんがビックリして逃げてしまします!
暑くても長袖長ズボンに虫よけちゃんと塗って行くのをお勧めします。…自然の中、夏、当然、蚊がいます。
タバコを吸わないで!…火事の元な上に、匂いで虫が逃げます。そもそも条例で禁止されています。
火気厳禁!…当たり前。見かけたら通報します。
ゴミは持ち帰れバカ野郎!…そもそも自然公園でゴミを出すな。
夜中に騒ぐなバカ野郎!…風流の欠片も無い事をするなら来るな!騒ぐなら昼間の川遊びにしろ!てか祭りに行って騒げ!てか寧ろ日本人辞めてどうぞ!
以上、宜しく。



前回のブログ「コレ←(クリック!) 」で「峰の灸」こと古典落語「強情灸」の舞台、横浜市磯子区峰の「護念寺」と、その風景と強情灸の小噺を紹介しましたが…
今日は、その続きです。

先に紹介しました「護念寺」は、少し触れましたが、元々は同じ磯子区峰と港南区港南台の中間にある「阿弥陀寺」の末寺と言うか奥院だったんです。
正式な名前は・・・
安養山 峰の阿弥陀寺です。
峰の地名に護念寺の本院だった頃の名残が有りますね。

ですから阿弥陀寺も歴史が有り御寺の雰囲気が、とても素敵です。
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山門をくぐってくると、この石畳のアプローチが出迎えてくれます。
夕方に訪れたので、境内の灯篭に火が点(とも)り、神秘的な雰囲気でした。
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この阿弥陀寺、名前が阿弥陀寺だけあって法然上人の開いた「浄土宗」に属す御寺です。
つまり、総本山が京都市東山区の知恩院、大本山には京都市左京区百万遍の智恩寺が在ります。

その大本山の智恩寺は、鎌倉時代末期~室町時代初期の変遷期、後醍醐天皇の治世に京都で疫病が流行った時に、後醍醐天皇の勅願(ちょくがん=直々の願懸け命令)で僧侶が疫病退散の御経を読み上げた所、その疫病が治まったので…
後醍醐天皇が僧侶に「いったい何回御経読んだら効果あったの?」
…と言う主旨の質問をされた際に、僧侶が「百万遍は読みましたよ」と言う様な事を答えたので、それ以降、百万遍智恩寺と呼ばれる様に成ったそうです。
小生は個人的に、この智恩寺がとても好きで、よく週末に智恩寺の近くの京阪電車出町柳駅から歩いて来る途中の商店街で「太巻き寿司」を買って、お散歩がてら智恩寺に行き、境内の御堂の階段に腰かけて御弁当代わりに食べてから、御堂に上がらせて貰って御参りしてました。
智恩寺は毎月縁日もやるんですよ。

そこのお坊さんが「何にも無くてもいいから、疲れた時や何も考えたくない時はココに来てゆっくりしていったらえええんやで」と言って下さり、色々有って当時人生の分岐点で疲れ切っていた時に非常に安らぎの一助に成った事は今でも感謝しています。

念の為に言っておきますが、小生は仏教も好きですが、神道も信仰しています。
主に菅原道真公=天神様と、織田信長公=建織田神(たけしおりたのかみ)様を尊敬し、天神様には良く御参りに行きます。
つまり、仏教の果たした文化的な役割を評価しつつ、神道の自然崇拝と偉人啓蒙を大切にしている鎌倉武士と同じ様な宗教観なのだと思います。
それを一言で表すと…
菅原道真公の座右の銘「和魂漢才」と言う言葉に近いと思いますが、小生は小者なのでそんな立派な言葉を引用するのは烏滸(おこ)がましいと自覚しています。

そんな浄土宗の阿弥陀寺と智恩院ですが…
以前紹介した、藤沢市渡内の二傳寺(にでんじ)も浄土宗です。
二傳寺は小生と御縁の有る鎌倉武士団と平氏系大名の祖先の鎮守府将軍平良文公の墓所のある御寺です。
平良文公と二傳寺の記事は「ココ 」←クリック!

さて、阿弥陀寺に話を戻すと…
こちらでは阿弥陀如来の他に観世音菩薩も祀られていらっしゃる様です。
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本堂脇の御堂に「観世音菩薩」の文字が掲げられています。

実は京都にも阿弥陀寺が有ります。
そちらは曾(かつ)て織田信長公も信仰した御寺でして…
本能寺の変の際に、信長公と交流浅からぬ阿弥陀寺の当時の住職が明智軍の移動後、必死に信長公の遺歯等を探し出し埋葬した事でも知られています。
信長公の記事は「ココ 」←クリック!


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横浜市の阿弥陀寺は、訪れたのが夕暮れ時だったせいもあり、本堂もとても神秘的に暗がりの中に照らされた仏様がうかびあがって見えました。

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実は先月2015年4月に御住職と面会の機会を頂き御朱印を頂き、この阿弥陀寺について御伺いした際に
御教授頂いたのですが、何と!この阿弥陀寺からは浄土宗総本山知恩院の第46世住職を務めた了艦大僧正を排出しているそうです!
古代、日本武尊(やまとたけるのみこと)と、その御妃様の乙橘姫(おとたちばなひめ)が三浦半島や横浜市の基(もと)に成った久良岐(くらき)郡と橘(たちばな)郡を訪問し、小田原北条家も京都から様々な文化を吸収しましたが、本当に神奈川県は京都文化や中央の神社仏閣と縁が深いですね…。

さて、昔は神仏習合と言いまして、大らかな日本人の性質に合わせて仏教は神道の神様の一部の様に神様と仏様とは等しく人々がら大切にされていました。
なんせ、昔の仏教は学問所(学校)として機能していた訳ですからね、そして神社は祖先や御近所や地域との繋がりを維持し季節の神事と合わせて共同で農作業を行ったりする組織の役割を「氏子」と言う形で担(にな)ってました。

ですので、この阿弥陀寺よりも恐らく昔から在(あ)った"白山神社"がすぐ隣の一段高い丘の上に有ります。
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しかし、こちらは明治政府の唯一の愚策「一村一社」政策で一度、上笹下(かみささげ)神社として、今の磯子区洋光台近くの栗木地区に在ります"栗木神社"に合祀されてしまい、他の神社がそうであったように廃れてしまいました。
昭和中期に地元有志により、改めて白山神社として御当地に復活を果たしましたが、鉄筋コンクリートの本殿になってしまい、しかも両脇の摂社(せっしゃ)はどちらの神様か今では地域の方でも御存知無くなってしまっています。
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小生が思うに鳥居が神明鳥居と言う形式ですので、片側は神明神社のはずです。
もう片側は古代から関東にある神社のパターンだと須賀神社か諏訪神社のはずなんですが…
全く確証が無く解りません。

明治政府による一村一社では何故か、関東の武士団の祖先の豪族達に平安時代以前から信仰されていた「八雲神社」や「須賀神社」や「諏訪神社」や「熱田神社」が他の村社格付けされた神社に吸収させられ、村々から姿を消していきました。 
この白山神社も同様に栗木神社に統合されました。
栗木神社は国常立尊(くにのとこたちのかみ)を祀(まつ)っているそうです。
国常立尊は歴史的には伊勢系神道で重視されている神様のようです。

つまり…
栗木神社に統合された白山神社も然(しか)り、関東で一村一社政策のあおりで潰された神社は出雲系の神社が多いみたいですね~。
何か意図が有ったんでしょうか?

でも、今ではいくつかの神社が規模はつつましやかに成っても、改めて地域の氏子さん達に勧進されて、元の場所に帰って来ているみたいです。

笹下城の若宮曲輪(わかみやくるわ)跡にある若宮御霊神社の例も、こちらの白山神社と同様ですね。
笹下城の記事は「ココ」と「ココ」←クリック!

白山神社と阿弥陀寺の横には今では横浜横須賀高速道路が、昔の村を分断するかの様に通っています。
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この道路が出来た事で潰れた鎌倉古道ですが、港南台から程近い清水橋と言う地域に戦国時代の昔、箱根の風魔忍者を管理した北条幻庵公の別宅があり、そこからこの道と、鎌倉街道を風魔忍者達も歩いていた事を考えると…
コンクリートとアスファルトで舗装された道でもロマンがわずかばかり感じられますね。

では…
又、次の記事でお会いしましょう!

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横浜市港南区~磯子区峰~金沢区氷取沢にかけて円海山と呼ばれる山がありまして・・・

風景がとても横濱と思えない綺麗さなんです。 IMG_5684

今では静寂な森の中の古道沿いにある阿弥陀寺と言う御寺と、昔は阿弥陀寺の奥院だった護念寺と呼ばれる御寺ですが、実は江戸時代~昭和初期まで凄く有名で、日々参拝客が蟻の行列の様に大量に列をなして訪れた名古刹なんです。

実はこの護念寺ですが、お灸治療の大本山とも言うべき御寺でして、古典落語「強情灸」の舞台でもあるんですね。
ですから、この御寺は「峰の灸」の別名でも呼ばれています。
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かつて、磯子区杉田〜港南区笹下にかけて点在した広大な杉田梅林は、江戸からの江戸っ子観光客で賑わっていました。

船で磯子区杉田の聖天川までクルージングし海からの屏風ヶ浦の美しい風景を楽しみながら、杉田梅林を見学に来る訳ですね。残念ながら杉田梅林は教育委員会が開発容認し消滅しました。…明治天皇や皇族もよくいらっしゃった美しい風景と最高級の梅のブランド杉田梅を教育委員会が消失させたんですね。

で、その江戸時代から昭和初期の観光コースに峰の灸も入っていたし、純粋な治療客も沢山いました。

横浜横須賀道路と言う高速道路の開通で阿弥陀寺と鎌倉古道が寸断され、鉄道の駅からも遠い事から、昭和の高度経済成長期に成ると段々、参拝客も減ってきてしまいましたが・・・
今でも慢性的に体の痛みがある人がココに来て治療を受ける、お灸の本場なんです。

もっとも・・・
小生はソンナ歴史も知らなかった20歳の頃、原付バイクでフラっと田舎道の風景を探して立ち寄って、その聖地のような清々しい空気感に呼びこまれて迷い込んだ御寺なんです。
その時は、竹林の風景の美しさと、何だか…
「あ~横浜市が久良岐郡と呼ばれた頃の風景はこんな感じで美しかったんだろうな~」
・・・と思っただけでした。
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この護念寺は清浄園と言う公園墓地に至るまでのアプローチが昔の鎌倉古道なので、とても神秘的な風景が残っているんです。
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素敵でしょう?
丸で鎌倉の隠れ家に来たような・・・
神様の住んでる御社(おやしろ)でもありそうな雰囲気ですよね?

紅葉もチラホラとあり、この季節はここに来てヒンヤリとした空気を吸い込むと、何だか生きてる感じが凄く静かに感じられるんです。
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この、静かに遠慮気味に色づく紅葉達の奥に御念寺の本殿があります・・・
今日は前に車が数台とまっていたので美しい風景にならないと思い写真に写しませんでした。

本殿を過ぎるとマイナスイオンでヒンヤリとし、静寂な神聖な霊気を感じる様な竹の隧道が出迎えてくれます。

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この竹の道を過ぎると、清浄園と言う墓地に辿(たど)り着きます。
そこからは横浜港が一望でき、ランドマークタワーやベイブリッジが見えます。

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今日は生憎の曇天でしたが、紅葉に色づく円海山の眺望に満足できました。
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実はこの円海山、昔の久良岐郡と現在の横浜市で一番標高の高い山なんです。
…と、言っても300mくらいですが、それでも海から2km程度内陸に入っただけの沿岸部なのでだいぶん高低差があります。
何でこんな場所に鎌倉古道が有るかと言えば、よくブログで説明するのですが古代~平安時代~鎌倉時代は海面が今より高く、又、治水技術も発達しておらず川も良く氾濫していたので道は洪水の影響を受けにく尾根に沿って開設されたんです。
だから川に沿って蛇行したり湿地を避けて遠回りしたり、歩きにくい峠道が多かったんですね。

素敵な場所でしょう?

冒頭で申し上げましたが、この護念寺は峰の灸、古典落語「強情灸」の舞台なので、せっかくの機会ですし、強情灸を御存(ごぞん)じ無い方(かた)の為にその噺(はなし)を紹介します。

護念寺の本山であった「阿弥陀寺」と「白山神社」の話は、また改めて別記事「ココ」(←クリック!)にまとめましたので別に御覧頂ければ幸いです!

【強情灸】
通りかかった知り合いが唸っているので、気になった男、家に招き寄せる。
聞けば何でも体がだるいので、""という店に灸を据えてもらいに行ったらしい。


「このお灸な、凄まじく熱いんで評判なんだよ。気の弱い奴なんかな、一つ据(す)えただけで…
「ギャー!!」
なんて天井突き破って飛んでっちまうんだと」

余りにも熱すぎるので、せっかく来た人が怖気づくぐらいだが…
それでも"効く"という評判のおかげで店の前は長蛇の列。
仕方がないから、番号札を配って据えてもらっているらしい。


俺がもらったのが"への36番"行列のどん尻だぜ?これじゃ日が暮れちまう…
「帰ろうかな」
…って思ったらよぉ!
先に並んでた綺麗なお嬢さんが先客が熱がってるんで心配(不安)に成っちゃったんだろ?
…俺に
「ねえ、アタシと代わってくれませんか」
なんて…
「ええ!ようござんす♪」
…と、喜んで代わりましたとも。

早速内に入ると、店の者が…
「うちの灸は熱いですよ。大丈夫ですか?」


頭にきた友人、上半身裸になるや…
「さあ据えてくれぃ!」
…と怒鳴る。

灸を36箇所に据えると言われ、なおも意気がった友人…
「全部いっぺんに据えろ(怒)!」と一喝。
啖呵に店の者も釣り込まれ、本当に全部いっぺんに据えてしまった。

一つで飛び上がるような灸を、36個いっぺんに据えたんだからどうなるか?


身体中から煙が上がる…不動明王みたいになっちまったが…"ここで逃げたらカチカチ山のおタヌキ様"だ。
我慢して唸ってたら…
店にいた奴らがみんな寄ってきてヨ!
「この人、本当に人間かい?」
「神様の化身でしょう」
…なんて感心してやがんだよ。
…その中にね、さっき俺と札を取り替えたお嬢さんがいてさ、俺の顔を見てポーッとなってんだ。
「あぁ…たくましい人ね、お嫁になるならこんな人が」
…なんて思ってやしないかと。

自業自得で熱い目に遭ってきて帰り道で唸っているような間抜けの(笑)、体(てい)もないノロケ話を聞かされ、呼び込んだ方の男は面白くない。
元来こちらも同類の馬鹿である…
「たかだか灸ぐらいで威張るな!」
…と、奥から藻草(もぐさ)を持ってきて、腕に山盛りに積み上げるや早速点火(笑)♪


「活火山だよコリャ(笑)…見てろ!今に火が回ってくるから(笑)」
火勢が強まり、煙が上がる。
男、脂汗を流しつつ歯を食いしばる。

「うう(汗)…」
「…灸ぐらいで威張るな、石川五右衛門なんか、油で茹でられたのに平気で辞世の句を詠んでたぞ!」
「石川や 浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ…ってな!」
「八百屋お七なんか、15歳で火炙(ひあぶ)りだぞ?」

…それに比べりゃこんな物…お七…五右衛門…お七…

ぎゃぁあぁっつ!」

とうとう辛抱堪(たま)らず藻草を払い落とし、なおも「五右衛門んん…」と唸っている男に、友人が意地悪く声をかける…

「五右衛門がどうしたって(笑)?」
「…」
「……」

「………さぞ熱かったろう」

以上、久良岐のよしがお届けしました「強情灸」、楽しんでいただけましたでしょうか?ではでは、次回は護念寺の本院だった円海山、峰の阿弥陀寺と白山神社の記事でお会いしましょう!

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