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タグ:平子家

本日2017年02月26日午前10時から、“ゆず”の地元、旧岡村天満宮境内地岡村公園の岡村梅林で観梅会が開催されます!
模擬店も出店するので、恋人同士や御子様連れの若夫婦の皆さん、写真撮影の好きな皆さん、是非、足を運んでみては如何でしょうか?
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写真は2015年撮影の物ですが、2017年現在の開花状況は5分咲き~8分咲き、十分見頃に成っています。
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あと1週間もすると満開に成り更に綺麗な梅林の様子も見られるので、岡村梅林に足を運んだ事の無い近隣の磯子区・中区・南区・港南区・金沢区の人々はこれを機に是非訪れて見てください!
屋台も有り御子さんも喜ばれるかと思います!
では、ついでに昨晩開かれた夜観梅会の様子も掲載します。
余計な解説は不要だと思うので、写真を沢山載せたいと思います。
その夜観梅の写真の後に、周辺の史跡や見所の解説もしたいとおもいます。
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さて、では周辺の見所を紹介します。
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近くには岡村天満宮と言う、源頼朝公の最初の暗殺を未遂に食い止めた名将の平子有長公が京都の北野天満宮から御分霊を頂いて造営した由緒正しい天神様も鎮座しています。
※岡村天満宮の歴史に興味の有る人は以前書いた記事を下のリンクをクリックして御覧下さい!


そして境内は“ゆず”の聖地らしいモニュメントも有ったりします。
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昔、伊勢佐木町の松坂屋に在った“ゆず”の路上ライブの様子を再現したレリーフです。
松坂屋の解体時に現在の岡村天満宮境内に移設保護されました。
流石、ゆずの地元ですね!
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岡村天満宮と岡村梅林から徒歩直ぐの場所には、“ゆずファン”が愛用する“岡中ジャージ”を購入できるオリオンスポーツや、歌に出てくるモンマルトルと言うケーキ屋さんも在ったりします。
更に歴史好きに御勧めの場所は、徒歩圏内に下の写真の龍珠院と言う御寺が在るのですが…
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ここはJR大船駅の近くに在った玉縄城で上杉謙信の攻撃を撃破した名将の北条綱成公と北条氏繁公の親子が開いた御寺で、御朱印も頂く事が出来ます。
この御寺は金沢区の伝心寺と言う、玉縄北条家所縁の御寺の末寺として開かれたのですが、何故、ここにそんな名将が関与したかと言うと、直ぐ近くに蒔田御所と呼ばれた蒔田城が在り、そこの城主が戦国時代に一時期、鎌倉公方(かまくらくぼう)の代理を務めた吉良成高(きらしげたか)公や吉良頼康公の居城として機能していたからでした。
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蒔田城址の断崖絶壁は現代人でも攻略するのは難しい要害性の高い地形です。
そして、蒔田城址の大手口には勝國寺と言う御寺が在ります。
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ここは吉良家の戦国時代の菩提寺で、今も吉良政忠公以下成高公、頼康公等の菩提が弔われる御廟所が存在します。
この歴史に興味が有る人は、昔書いた以下の記事を御覧下さい。

鎌倉公方代を訪問する際に、宿舎が必要に成るので岡村梅林の近くに龍珠院が開かれたと推測出来る訳です。
戦国時代の武将は自分の土地に御寺を開いて、宿舎替わりに使う事が良く有ったんです。
その代わりに、和尚様達の生活の面倒を見たり御堂を建てたりして支援した訳ですね。
宗教的に和尚様達を尊敬している事に加えて現実的な用途も寺院には有ったんです。
この蒔田城址や勝国寺と、岡村梅林の中間位には三殿台遺跡が在ります。
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ここは縄文~弥生時代の遺跡で、当時の様子が再現された住居跡や出土品の常設展示が有ります。
興味の有る人は、これも昔書いた記事が有るので、以下のリンクをクリックして見て下さい!

さて!
今日はお出掛け日和です!
記事は岡村梅林鑑賞会当日のUPで申し訳無いのですが、梅もこれからまだまだ2週間は見頃です!
是非!岡村梅林に足を運んで、ついでに“ゆず”の聖地巡りや歴史散歩をしてみては如何でしょうか?

では!又、次のブログ記事で!



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横浜市中区と磯子区の境目、滝頭と言う所が有名な昭和の歌手の美空ひばりサンの出身地なのですが…
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そこは昭和47年まで横浜市内を走っていた市電(路面電車)の車両基地が有ったのですが、その市電の車両基地跡地にそのまんま当時の市電が数車両保存展示されていて、子供が自由に市電の中に入り運転席で遊んだり出来る様に成っています。

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路面電車の行先が「八幡橋」になっていますね?
この八幡橋の由来は、この滝頭から徒歩圏内に在る神社、八幡神社の横を流れる旧八幡川にかかる中区の八幡橋に路面電車の停留所が有ったから、次駅表示のプレートに成っているんです。
当時の路面電車は今では想像もつかない細やかなルートを走行していて、非常に便利だったようです。

しかし、路面電車が自動車渋滞の原因に成り、昭和47年にトローリーバス(有線電気動力バス)とともに廃止されました。
その後、その役割を引き継いだのが伊勢佐木町~上大岡間で先ず開業された横浜市営地下鉄でした。
市営地下鉄は、その後、横浜~上永谷間に延伸され、さらに拡張され現在の横浜市営地下鉄ブルーラインとして成立しました。

少し、電車から話を脱線させ、八幡橋の地名の由来から、この磯子区と中区の古代の歴史解説をしたいと思います…
因(ちな)みに根岸の八幡橋に在る八幡神社は古代大和朝廷の時代(西暦600年以前)には既に素戔嗚尊を祀る神社として存在し、後に八幡神と三島神社から勧進した神様を習合し、現在の根岸の八幡神社として成立しました。
神話では素戔嗚尊は今の神奈川県の三浦半島走水海岸から房総半島に渡り、千葉県や茨城県に「須賀国」を開いたので、この辺りに素戔嗚尊(すさのおのみこと)の神社は明治時代に成るまで沢山在ったんですよ!
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※写真は三浦半島走水海岸の御所崎(ごしょがさき)。
東征の際に、その素戔嗚尊と同じルートを通られた日本武尊(やまとたけるのみこと)も、走水神社近くの御所崎に滞在されていた時に素戔嗚尊を祀り須賀神社を奉っていたので、今も走水神社の奥宮には須賀神社の祠(ほこら)が現存しています。
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※写真は走水神社の奥宮。
明治政府の方針で神明社系(伊勢系統の神様)の神社に習合と言う名目で統廃合されて、多くの素戔嗚尊を奉(たてまつ)る神社が関東地方から姿を消しましたが、根岸の八幡神社の縁起の様に、その聖跡は伝承の中に今でも残っています。
中区の八幡橋の八幡神社は徳川家康公から御朱印を頂き保護された八幡社でもあります。

話を市電博物館に戻しますと…
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※他人様の子供なので顔の画像を差し替えました(笑)。

ここには当時の車両が運用されていた時の状態のまま多数、綺麗に展示されているので、御爺ちゃん御婆ちゃんの世代にも懐かしいし、子供は電車を自由に触れるので喜ぶ事間違いなしです。
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保存状態良好でしょう?

しかも3歳児まで入館無料、65歳以上も身分証明書を持参すれば入館無料、大人も100円くらい。
小生、子供の頃、友達とよく自転車でここに遊びに来ていました。
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綺麗な館内でしょう?
余り有名ではないので拝観客も少なく、昨日甥っ子を連れて行った時は親子連れが10組くらいだったでしょうか。

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素晴らし良い施設なんですが、こんなユックリ出来る良い鉄道博物館もなかなか無いと思います。
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※甥っ子のプライバシー保護の為に顔画像差し替え。

実際の市電の展示の他にも、多くの鉄道模型NゲージやHOゲージのジオラマで電車模型を運転出来る遊技場が備え付けられていて、100円入れると5分間くらい自由に鉄道模型を操縦出来るので、そちらも子供達には人気です。
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これはHOゲージかな?
HOゲージと言うのはプラレール位の大きさの精密な鉄道模型のサイズ規格の事です。
それより小さな物にNゲージと言う規格が有ります。
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下はNゲージのジオラマ。
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ここらで子供達が100円で自由に鉄道模型を操縦出来る訳です。
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HOゲージは車両に車載カメラが有り、実際にジオラマも見ながら運転できるし操縦桿の上にモニターが有って運転席視点の画面見ながら、こんな感じで操縦出来ます。
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で、時間定時で、HOゲージの色んな車両を動かしながら横浜市の鉄道の歴史を解説してくれるイベント展示も毎日行われています。

ここで横浜市の鉄道年表みたいのを子供にメモとらせて、それに携帯で撮影した車両と市営地下鉄の写真を別途とってメモ用紙に添付すれば、立派な子どもの夏休みの自由研究も完成しますね!

Nゲージ、小生は小学生の頃、お年玉何年間か溜めて2万円くらいだして線路と車両を買って友達と遊んでいましたが、何せ小学生時代は鉄道なのにジャンプ台作って高価な鉄道模型を自動車模型のミニ四駆みたいな感覚で遊んだりするので、直ぐにぶっ壊してしまいました。
ここなら、高価な鉄道模型を子供に買い与えなくても遊ばせてあげれますし、プラレールよりリアルな本物の車両と精度の高い鉄道模型を操縦させてあげれるので、本当に良い夏休みの思い出に成ると思います。
入場料金100円ですしね(笑)。

余談ですが、本物の新幹線を製造している横浜市金沢区の東急車両さんでは、会社単位や学校単位で予約すれば工場見学も行えます。ただし、個人グループの見学受付は現在していないそうです。
PTAや町内会や地元商店街単位で地元の小学生の為に企画して東急車両さんに工場見学予約入れれば受けて頂ける可能性は有りますね。
もしくは、だれか自営業の方が会社の研修名目で子供のいる家庭に子供の同行の形式で見学申し入れしたら受けて貰えるかもしれません。

ですので横浜市伝保存館と合わせて東急車両さんも見学出来るようにすると、子供に本当に良い思い出に成ると思います。
夏祭りの規格等のイベントを開催して、近所の子供達を面倒見てる商店街の店主の方々やPTAの皆さん、はたまた神社の氏子さんや御寺の檀家さんの皆さん、御孫サン達を連れて行ったら喜んでくれると思いますよ!


埼玉の鉄道博物館は横浜から行くにはは少し離れていますが、「美空ひばり」サンや「ゆず」の地元、上大岡や岡村町や根岸から直ぐの場所にも素晴らしい鉄道の博物館が有るんです。
この近所には、縄文時代~古墳時代の史跡博物館である三殿台考古館や、岡村天満宮と源頼朝公の忠臣の平子有長と言う殿様が開いた由緒正しい天神様の神社が有ったり、戦国武将の蒔田吉良家の殿様の居城蒔田城址の在った丘の麓に吉良政忠公の菩提寺の勝國寺も在ったりします…
鉄道博物館見学や、歴史散策を子供をして商店街で買い食いをしたりすると子供にも大人にも良い休日に成ると思いますよ~!
…と、言う、夏休みの時期に提案を含めた記事を自分が甥っ子と遊んだ写真を掲載し書いてみました!
※今挙げた神社サンと御寺サンは、記事のタグ「蒔田吉良家」「梅林」を選択するか、カテゴリーから「城址」「神社」「仏閣」から選択して頂ければ読めると思います。

では!又、次のブログ記事で御会いしましょう!


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横浜市磯子区岡村町にある岡村梅林と言う梅林が、次の日曜日位まで見頃です。
※2015年3月8日現在

この梅林は元々は、岡村天満宮の社領でしたが太平洋戦争後に米軍に接収され米軍基地にされたので、一度消失しています。
それを米軍から市に返還された際に、横浜市は何故か岡村天満宮に土地を返還せず公園化してしまったので有志で梅林を一部復活させたそうです。
広さは大きめの体育館くらい。
元々岡村天満宮の社領だったので、岡村天満宮と併せて御散歩するのに丁度良いくらいの敷地面積です。
岡村天満宮も鎌倉幕府御家人の平子家の殿様が開いた800年間の歴史の有る神社です。
恐らく、岡村天満宮が開基されたのは平子家の中の平子有長(ありなが)公の代の話しでしょう。
「曽我兄弟の敵討ち」の物語で頼朝公の忠臣として登場します。
箱根や小田原や鎌倉では有名な歴史事件で、狼藉に及んだ曽我兄弟を捕縛すべく最初に太刀を合わせた勇敢な武将でした。

曽我梅林のある小田原市曽我の領主曽我家と坂東平家の子孫の平子家が「梅で繋がる不思議な縁」を現代に伝えるタイムカプセルが岡村天満宮です。
岡村天満宮は次回の記事で詳しく書こうと思います。

現在8分咲き位かな?
別嬪(べっぴん)さんな梅さんばかり!
綺麗ですよね〜!
綺麗と言うよりは可愛らしく凜としていると言う印象でしょうか?

岡村梅林、実は数本、継木(つぎき)されている幹も有りまして…
この幹は下がピンクの梅、上は白梅ですね。
職人さんが見学者を楽しませようと趣向をこらして下さったんですかね〜?
この株は下が白梅、上は紅梅ですね!

岡村梅林は子供にも親しんで貰えるように子供向けの看板も設置されています。
良い取り組みですよね?

実はこの岡村梅林や岡村天満宮のある岡村町の丘陵は、戦国武将の北条氏繁が開基した龍珠院と言う御寺もあります。
岡村梅林や岡村天満宮から歩いて行けます。
※北条氏繁公の玉縄城と黄備えに関する記事は→「ココ」←クリック!
龍珠院の寺紋は、やはり北条家の「三つ鱗紋」ですね。
敷地内に下の石碑が有りまして、その内容を読むと氏繁公が開基された事が解ります。
龍珠院は谷戸構えの様(よう)です。
下の写真を見ると解りますが、掘削して城壁の様に垂直にした崖地に守られています。
恐らく、氏繁公は別荘代わりに此方を開基されたのだと思います。

何故なら、御近所に血筋的に足利将軍家の一族で高い位の吉良家の殿様が住む蒔田城も在(あ)りますから。
※蒔田城に関しては以前別記事でも書きました。
年賀の挨拶等、蒔田城の側に宿泊所が必要ですからね。
※蒔田城の記事は「ココ」←クリック!

だからこそ、この梅林も存在するのでしょう。
岡村梅林の最高部からは吉良家の蒔田城の丘も見えます。
以前書きましたが、近隣の三殿台遺跡からは吉良家の蒔田城、平子家の磯子城、太田道灌公の太田城が見えたから三殿台と呼ばれるのだと推測しています。
太田道灌公も又、吉良家の吉良成高公を上役として蒔田城に挨拶に来る立場だったので、別荘として京急南太田駅近くに太田城を築いていたのでしょう。
無題
因みに位置関係はこんな感じ・・・
どの城も三殿台から一望出来ます。

この岡村梅林が出来た時期も氏繁公の活躍した時期であり、恐らく杉田梅林を植林した間宮信繁公が同じく氏繁公の政策でこちらにも岡村梅林を開いたと思います。
江戸時代には広大な杉田梅林として岡村梅林、笹下城址梅林、峰の梅林も江戸からの観光客が船や陸路から観光に来ていたのでしょう。
全て戦国時代には間宮家の守護した地域ですからね。
※間宮家の記事は「ココ」←クリック!

岡村梅林は同時期に出来ているらしいので地域産業としての梅の果実生産としての植林であると同時に、吉良家の殿様を招いての春の連歌会を開いたりする場所だったのかも知れませんね…

以下岡村梅林の行き方です。

岡村梅林には入口は二つ有ります。
一つは鎌倉街道側

もう一つは旧岡村天満宮敷地の横浜市立岡村公園側です。

岡村公園の運動施設には安い有料駐車場も有るので車が有るなら此方(こちら)側の入口が便利かと思います。
 
写真上、「⚫︎6丁目」と表示されている場所が「岡村梅林」です。
写真左下の「緑の屋根が岡村天満宮」の現在の場所です。
この現在の岡村天満宮〜岡村公園〜岡村梅林の全てを含めた敷地が、戦前は岡村天満宮の敷地でした。

最寄バス停は…
京急バスの「岡村梅林入口」か
神奈中バス市営バスの「横浜岡村郵便局前」です。

最寄駅は…
京急と市営地下鉄の「上大岡駅」
か「市営地下鉄の弘明寺駅」
…ですが、いずれも駅かは徒歩20分〜30分かかると思うのでバスか車を御勧めします

では、又、次の記事でお会いしましょう!
次こそ岡村天満宮を書きたいな…
でも田浦梅林も書かないと梅の季節が…

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