歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:文化財

名刀「正宗」をご存知ですか?
鎌倉時代から日本中に知れ渡った名刀で、安土桃山時代には豊臣秀吉が天下一の名刀と認定したことから全国の大名がこぞって入手した日本刀です。
正宗工芸美術製作所
今でも鎌倉駅のすぐ近くに工房があり、初代様から代々製法を受け継ぎ御子孫のダンディな刀匠が正宗を製作されています。
写真がそのお店です。
正宗工芸
今では規模は小さくなってしまいましたが、工房併設の店舗で日本刀も販売しています。
ここ、映画もののけ姫で刀の鍛造の参考にロケハンに協力した工房でもあります。
現在は日本刀以外にも普段使いの包丁も製作されており、購入すれば日常生活に日本文化を取り込め有る意味財産で作る料理を食べれますね(笑)。
価格も1万数千円〜有り、少し良いお値段だけど手の出る値段です。しかも刀工の御店なので、ちゃんとメンテナンスもしてくださいます。
研(と)いで下さったり、研ぎ減り包丁の刀身が小さく成ったら「小刀」や「ペーパーナイフ」に改造して下さったりもします。
だから刀剣女子には持って来い(笑)!
小生は趣味で歴史散歩やグルメ以外にもシルバーアクセサリーを作るのですが、銀粘土を加工するのに正宗のペーパーナイフを使っています。
皆さん、鎌倉に訪れる際は是非立ち寄って見てください。
正宗工芸美術製作所がある事は神奈川県にとっては誇らしい文化的歴史的な遺産でもありますね。
CIMG3962
因みに、正宗工芸から歩いて15分位の鎌倉歴史文化交流館では正宗が展示してあります。
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そして平安末期~鎌倉時代の名将、畠山重忠公着用の鎧が武蔵御嶽神社に奉納されているのですが、甲冑制作師が制作した完レプリカの赤糸縅(あかいとおどし)大鎧も展示されています。
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この鎌倉歴史文化交流館の素晴らしい所は展示物が全て写真撮影可能な所です。
是非、鎌倉歴史文化交流館と正宗工芸、鎌倉観光の際にセットで訪れて見ては如何でしょうか?
CIMG3955
鎌倉歴史文化交流館
何でここを紹介するかと言うと、実はここは元は無量寿寺と言う大寺院の跡で、御寺が廃れた後は鎌倉時代~江戸時代迄正宗工芸の親方(社長)の御先祖様が住んでいて、ここで名刀正宗が生み出されていたんです!
CIMG4001
鎌倉歴史文化交流館の広い御庭の谷の奥、そこに刀の工房が在りました。
今は小町通の近くに在りますけどね~。
CIMG4031
無量寿寺跡の谷の台地の上には、名刀正宗の工房の守り神だった御稲荷様の台座だけが現存しています。神様はここが公共の施設に成る際に法律の問題で葛原岡神社に遷宮されました。
さて、実はこの正宗や平安時代の鎌倉で武士が佩刀した刀の鉄の産地も鎌倉郡に在りました。
上郷深田遺跡
上郷深田遺跡
飛鳥時代から平安時代の製鉄遺跡が発掘されており、後に武士達から軍神と呼ばれた源❝八幡太郎❞義家公達、古代の豪族や坂東武者達の武具の玉鋼の根源地だった場所があります。
ここは神奈川県現存唯一、関東最大の蹈鞴(たたら)製鉄遺跡である事が判明しています。更に30年前の調査発掘で最大規模だったのが更に追加調査で範囲も広がっています。また、山裾伝いに更に後の時代の蹈鞴遺跡も近在する可能性があり、その山の向こうには鍛冶ヶ谷地区が存在しています。
東急建設破壊範囲瀬上沢ホタルと上郷深田遺跡
2019年05月現在、上郷深田遺跡も東急建設の開発計画で消滅の危機にされされています。
出来れば坂東武者達が身に付けた刀剣武具の産地であり、現在は横浜市に入っている栄区~港南区~磯子区~金沢区~鎌倉市にまたがるこの緑地、刀剣の文化と共に永久に存続する様に文化財指定して保護するべきだと思います。
ホタル10
ホタルが飛ぶ姿も見られるしね。
これから6月初旬、第二週の週末位になると蛍の飛び交う姿が最盛期を迎え、下旬に入り7月には蛍達は次第に命を終え数を減らします。
そんな蛍も生きる川を破壊されてしまえば、翌年から見る事も出来なくなります。
さて、正宗工芸!
小町通からも直ぐ近く!
2015-01-07-17-11-56
是非是非、鎌倉観光の際には訪れて、もし刀剣女子が彼女さんの男性や奥様が刀剣乱舞ファンの旦那様はプレゼントに❝正宗❞の包丁なんて如何でしょうか~!







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春の花、どの花のどんな姿が好き? に参加中!
先週も三渓園に夜桜見に行きましたが、その時点では、まだ六分咲きでした。
先程、三渓園に満開の夜桜を期待して再度行った所、満開のまま、まだまだ散らずにいてくれていたので速報出します。

明日4月5日も三渓園では満開の夜桜が見れそうですよ!
見逃した人、是非行って見て下さい♪

綺麗だから本当、沢山の人に見てもらいたい。
そして、これらの文化財を現代に遺して下さった先人に興味と敬意を抱く機会に成って欲しいなと…

皆さん、今年も観桜の季節は残り短いですが日本の春を満喫してくださいね〜♪

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あなたのオススメの「春の味覚」は? に参加中!
三渓園に夜桜見物に今年も行ってきました〜♪
三渓園では「観桜の夕べ」と言う夜桜ライトUPイベント開催中です!

まだ6〜7分咲きと言うところでした。
来週末まで楽しめそうですよ♪
また行くつもり…

春に三渓園の茶屋で「三渓碗」と言う美味しい3種類の味を楽しめる汁蕎麦を食べながら池に映り込む夜桜を見るのが楽しみです。

とりあえず、行きたい人の為に2015年03月28日時点での開花状況の写真を掲載します。
似たような位置の写真も載せますけど少しの違いでだいぶ印象が変わるので、連写しまくってます。


原三渓さんの旧母屋横の枝垂れ桜の大木は、まだ蕾(つぼみ)でした。
見頃は来週末くらいかな?

咲くと、とても綺麗ですよ♪


まだ6〜7分咲きなので、個々の樹木によっては、まだ葉桜なので照明が緑色に反射していますが…
これはこれで美しく感じます。
小生は、この京都から移築保護した旧灯明寺三重塔の山の麓(ふもと)、池の畔(ほとり)に在(あ)る茶屋の三渓碗と言う汁蕎麦とオデンとお団子が好きで、季節の変わり目ごとに三渓園に来る楽しみの一つでもあります。

以下、まだ桜が満開ではなく上手く照明に反射してなかったので薄暗い似たような写真続きます。
又、来週、夜桜撮影に三渓園行きます。

では、又、次回のブログ記事でお会いしましょ♪

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春休みの思い出教えて! に参加中!
春休みの季節、良く地元の桜並木の下で行われる祭りや、三渓園に花見に行きました。

今、三渓園で桜と重要文化財建築群の夜間ライトUP「観桜の夕べ」を開催中なので御参考までに昨年、小生が撮影した写真を掲載します。

※三渓園の公式ホームページは「ココ」←クリック!

今回の記事は、あくまで訪問したい方の為(ため)に参考の写真掲示なので、改めて記事にします。
過去の記事は以下リンクから御覧下さい!
⚫︎三渓園の説明記事は「ココ」←クリック!
⚫︎三渓園の紅葉写真は「ココ」←クリック!

では、以下、昨年の夜桜と重要文化財ライトUPの写真です。

入口を入ったすぐの池のほとり

下の仏塔は京都の灯明寺から移築保護した三重塔。
明治政府の数少ない失政「廃仏棄釈」の仏教施設弾圧から、明治時代に富岡製糸場などを開いた原財閥の原三溪さんが、当時自宅だった今の三溪園に買取り保護し今に至ります。


三重塔の山の麓の茶屋の手打ち蕎麦「三溪碗」は小生お勧めの一品で、お碗に盛られた3種類の味の汁蕎麦を頂けます。

入口近くの、昔、原三溪さんが隠居部屋に使ってた母屋(おもや)。
今では茶会や披露宴の会場として有料で一般利用可能です。


暗く判り難(にく)い写真ですが、下は京都大徳寺から移築した、豊臣秀吉が母親大政所の為に建てた建築物です。


因みに中区の三渓園から近く、久良岐の丘伝いの港南区には、昨年まで下の「桜道」と呼ばれた全長1km近い桜の大木の並木が有りました。
林文子横浜市長は文化財や自然を破壊していくスタイルの行政指示を出しているらしく、昨年、この桜並木は主要部分が伐採され規模縮小されました。
事実上の消滅で、この祭りも開催する意味が無くなりました。

実は、いくつかの文化財や史跡について、小生、監督地区の区役所担当者を介して教育委員会に「保護要請や顕彰碑設置を要請しましたが、市教育委員会の方針として新たに保護や顕彰碑設置を行う事はしない」と明確な「教育委員会からの未保護史跡や文化財や自然の不保護宣言」の回答を頂いたので、今回、この記事でその回答を市民への伝言として晒しておきます。

三溪園も左派社会主義の林文子市長市政が続けば、いずれ土建屋の開発対象にされるのでしょうか…
危険なので、この風景を守る為にも市民で注視監視する必要が有ると思います。

首都圏の人が金沢文庫と聞くと…
京浜急行の駅でしょ?
…と歴史を知らないと思ってしまうかも。

今回のタイトルも称名寺の金沢文庫じゃなくて金沢文庫にある称名寺でしょ?
…とか思う人もいるかも。
違いますよ〜!
約700年前の鎌倉幕府の重鎮、金沢北条家の北条実時さんが住んでいた大邸宅を後に寺院化した場所が称名寺なんです。
その邸宅の山挟んだ隣の敷地に金沢北条家の私設図書館があったんです。
その図書館が「金沢文庫」で、金沢区金沢文庫の地名に成ったんですね。

この金沢北条家からは鎌倉幕府の執権(首相)も排出しました。

北条家の拠点なので御寺の結界と外を分けていた赤門の家紋も北条家の三つ鱗紋です。

赤門をくぐるとすぐに、文庫茶屋(ふみくらちゃや)と言う築百年超の日本家屋の和食と甘味のお店が有ります。
こちらでは関東では有名なブランド化に成功した漁港、地元の小柴漁港のアナゴと季節が合えばシャコも食べれます。

称名寺は風景がとても綺麗なんです。
特に春。
今の季節は↓こんな感じ
今の季節の深緑の参道も素敵ですよね。

この参道、実は横浜三渓園に移築されて来た文化財を除いて、横浜市内で一番古い木造建築文化財があります。
称名寺の塔頭(支店みたいな)の光明院の表門です。
この門は戦国時代が終わって江戸時代が始まったばかりの1665年に建て直されたそうです。

そこを通り過ぎると横浜市とは思えない立派な仁王門が見えて来ます。
称名寺の仁王門。
ここの仁王様が小生の理想のプロポーション❤️

…こんな体型に成りたい!ゴリマッチョ。

さて、称名寺、ここまでの風景も綺麗ですが中は更に綺麗です。
今でも復元された木造の眼鏡橋と平たい橋が池にかかり、大変綺麗な風景ですが北条実時公の邸宅だった当時は更に綺麗で大規模な伽藍(がらん=仏教建築の形態)に囲まれていました。
1300年代に描かれた称名寺の地図です。
当時は宮殿さながらの規模と美しさだったようです。

今日撮影した称名寺の風景と、秋と春の写真を載せます。

今日

秋の称名寺

春の称名寺

薪能(たきぎのう)が開催される頃の期間限定ライトアップ


綺麗でしょ?
数年間にかけて撮りためた写真ですが、全部携帯電話で撮影した画素数が粗末な写真ですいません。

ちなみに称名寺の裏山は称名寺を取り囲んでいるのですが、山を人工的に垂直に削り取り切岸(きりぎし)と言う城壁化しています。
裏の金沢山や稲荷山を含めた周囲全山が「金沢城」として機能する詰めの城に成っていたんですね。
その裏の金沢城址の金沢山からの眺望は素晴らしいので、是非、登って見て下さい!
ただ、もう少し寒くならないとスズメバチ多くて危ないです。
※ブログUP時現在は9月。
お弁当持ってちょっとした遠足に来るのも良いかも。
本堂から金沢文庫博物館に抜ける隧道(トンネル)行く途中に市民の森入りの看板があります。
ここから裏の金沢山に登れます。
一周して称名寺の右手に降りて来れます。
ここ↓ね。

さて、地名の由来に成った金沢文庫は今でも「神奈川県立金沢文庫」として博物館に成って存続しています。
鎌倉時代から称名寺と金沢文庫を繋いでいたトンネルも現存しています。
教育委員会が通行禁止にしたせいで余計に風化が進んでいます。

そして現在金沢文庫と称名寺を繋いでいるトンネル。
この金沢文庫には北条実時公の収集した文物や秘宝が沢山収蔵されていましたが…
上杉謙信
前田利家
徳川家康など…
中部北陸の大名に侵略される度に金銭的に価値の有る宝物を沢山略奪されてしまいました。
今でも一部収蔵されています。

前田利家が自らの領地の首府を金沢と命名したり兼六園を造営したり、今の東京大学の場所に在った加賀藩邸の門を赤門にしたのは100%この金沢文庫称名寺のデザインから宝物だけでなくアイディアから何からパクッた結果ですね。
この前田利家は11歳の嫁を妊娠させたり、戦争で何千人も敵領地の市民を奴隷にして連れてかえったり、主君の織田家を裏切り恩人の柴田勝家を裏切り親友の豊臣家を裏切った人物でした。
当時でも低年齢で結婚した場合は、女の子が妊娠適齢期の15歳以上になるまで手を出さないのが常識でしたからね…
前田利家を表現するならば乱世の奸雄と言うのが相応しいかと思います。

さて、称名寺関連の話はここまでにして、付近の観光地を少し紹介します。
⭐︎小柴漁港
鉄腕ダッシュでもよく出る漁港ですが、小柴のアナゴとシャコは築地でも高級品として流通しています。
毎週土日10:30〜13:00だけ、漁港婦人部の方々が食堂でその日の朝に水揚げされた地魚の天丼を販売しており大人気です。
是非お試しあれ!

それと八景島シーパラダイスと海の公園もすぐに近くですよ〜!


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