歴史オタクの郷土史とグルメ旅♪♪久良岐のよし

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タグ:横須賀市

2017年07月11日・・・
昨年に引き続き三浦市三崎町小網代(こあじろ)の網代山海蔵寺を参拝。
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昨年の電話での交流から始まり、学僧気質の正しい禅宗寺院の在り様を大切にされておられる御住職様に気に入って頂けて以来、折に触れて参拝に上がっている。
・・・しかし、07月11日は小生にとっても御住職様にとっても大切な1日なのだ。
501年前のこの日、小生が尊敬し御住職様がその菩提を弔う三浦義同(よしあつ)入道道寸公と御曹司の三浦義意(よしおき)公が海蔵寺の直ぐ近くに在った新井(荒井)城で討ち死にした。
日本記録であろう4年間の籠城戦を戦い抜いた後、房総からの援軍が絶え兵糧も尽き、最後の1日・・・
決戦に及ぶ段に成り父上道寸公から当主の座を継いでいた義意公は責任の無い部下や下級武士や農兵を船で房総半島に逃がして、自身は手勢を率いて時間稼ぎをし命絶えるまで戦ったんだな。
これは途轍もない事で、先ず4年間、同盟者からの物資補給が有ったとしても城から出られない絶体絶命の状況で兵士の士気を保ち尚且つ支持を受け続けるだけの人望と才覚が有ったと言う事だ。
普通は籠城しても数ヵ月と持たない。
この三浦義意公を除いて他には、もう御一方尊敬する人物である玉縄城主北条綱成公が河越合戦の際に半年間の籠城に成功したことが“奇跡”とされる大活躍とされている。半年で奇跡の大活躍、それを4年間・・・

そして自分が楯に成り末端の部下を逃がす。そんな社長、今いるか?

海蔵寺はそんな三浦道寸公と三浦義意公の菩提寺な訳だな。

御住職に挨拶し少し雑談を交えてから、供養の納経用の海蔵寺専用の奉書を頂き御寺を後にした。
海蔵寺がこれからも多くの人に大切にされますように。
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現在は主要部分が油壷マリンパークと成った新井城址に移動。
この駐車場の右手に三浦義意公の御廟所が現存する。
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墓石の写真を載せる訳に行かないので卒塔婆(ストゥーパ)の写真を。三浦道寸公が御父上で事実上の最後の当主なので、その名前が書かれているが駐車場近くのコチラの御廟所が三浦義意公の御廟。
近くのスーパーで買って来た仏花と、持参した少し高い御香を焚いて三浦義意公に久しぶりの訪問の御挨拶といつも御守護頂いている御礼を申し上げた。
そして少し下に移動・・・
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ここは下の海岸に出る道なのだが、恐らく戦国時代当時は海からの虎口で船倉へ繋がっていた場所だ。
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途中、少し解説の有る看板も有る。
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この道は見事に食い違いに成っている。
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風化しているが土塁の名残と思しき盛り上がりも有る。
そこを進むと海へと降りる分岐点に三浦道寸公の御廟所が有る。
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これだけ遠くから撮影したら道寸公も「無礼!」とは怒らず、「致し方なし、許す。」と言ってくれそうなので、遠くからの様子の写真を掲載します。
まぁ、命日なので小生は訪問し、尊敬する御二人にいつも御守護頂いている御礼と尊敬の念を伝えに御挨拶に今年も来た訳だ。
道寸公の人生も波乱に満ちていて、御本人は扇谷上杉家の出身で養祖父の三浦時高公に当初は認知されていたものの、三浦時高が老齢に至った頃に遅い実子が出来ると、道寸公と実父の三浦高求公は廃嫡され追放された。しかし、同僚の大森氏頼公や太田道灌公や今川家臣の北条早雲こと伊勢盛時公からは才覚を支持されていたので逆に新井城を奪取し三浦時高公を追放して三浦家の乗っ取り実家に帰る事に成功した幼いころから波乱に満ちた人生を歩んだ人物だ。
更に波乱が有り、主君であり弟の扇谷上杉定正公が事も有ろうに主家の古河公方家や敵の山内上杉家と同盟したり離反したり親友であり主家の軍師だった太田道灌公を暗殺してしまったりハチャメチャな事をしまくったせいで扇谷上杉家家臣同士でも方針が混乱し敵味方に分かれて争う事と成り、当初は三浦道寸公と協力者だった伊勢盛時公とも敵対関係に陥り、結果的に武運無く負けて滅亡したのが1516年07月11日だった訳だ。
小生は特に建勲神織田信長公と東照大権現徳川家康公、そして太田道灌公、三浦家と争った北条早雲公や北条氏綱公、その跡継ぎの北条氏康公と義兄弟の北条綱成公、その綱成公の家老の間宮家の殿様達、他にも数人の殿様を尊敬しほぼ毎日、菩提寺や関係した神社で頂いた御朱印を御分霊とし、心の中で礼拝している。
部下達に好かれ、部下の命を大切にして逃がした二人の殿様達。
本当の英雄とはそういう人なのだと思う御二人だ。
そんな道寸公と義意公の眠る新井城址は風景が美しい・・・
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砂浜に降りて歩いた。夕刻16時位だったろうか。
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実はこの砂浜の岸壁にも歴史史跡が有る。
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この四角に掘られた穴、千駄矢倉と呼ばれた8つの物資保存庫として戦国時代には機能していた。
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今ではそんな事を知る人は少なく、ただただ美しい海と、そこに有る民宿と海の家に遊びに来る客で休日は賑わう。
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小生の訪問日は水曜日で夕刻だったので海水浴客はいなく静かでともてよかった。CIMG4576
素敵な海の家なのだが、まだ食事に来た事が無い。いずれ甥っ子と姪っ子を連れて宿泊に来たいと思う。
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三浦半島も三浦海岸等、東京湾も横須賀市や横浜市に近い場所は海水がクソ汚いしアオサだらけだが、城ヶ島や荒井浜や秋谷海岸等の相模湾側まで来るととても綺麗だ。
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本当に綺麗なんだな。
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周辺には民宿や旅館も多いので、個人的に首都圏の人や県外からマイナーな宿泊地域を探したい人にはおススメの場所が三浦市三崎町界隈だ。
海辺を後にして駐車場に戻る途中、辛うじて残された土塁の一部と神奈川の景勝地50選の石碑の横をいつもどおり通る。
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北原白秋が不倫からの略奪婚していた時期に三崎町の城ヶ島の対岸、今の三崎漁港に住んでいたので、三浦市内には北原白秋関連の場所がいくつか有ったりする。
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まぁ、こんな感じに新井城址にも説明も有ったりする。
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東大の敷地の中には土塁と空堀が少し残っている。
帰り、三浦家の御家臣の御子孫と雑談をした。頂いたコーヒーを飲みながら今年も色々と話して「来年も又来るね~!」と御挨拶。地元で殿様に誇りを持って下さってる人と交流するのは楽しい。
知らない人とも共通の話題が有ると直ぐに打ち解けられるのが小生の自覚できる唯一の長所だろうか(笑)。
但し、その話題も歴史に限るので大分と門戸は狭いがニッチな人は何処に行っても探せばいるので、特に和尚様や神社の神職の皆さんに気に入って頂ける機会が多かったりする。学者と異なって小生の場合本気で神社仏閣に関わった殿様や御姫様を尊敬して郷土史読み込んでから訪問したり知らない事は正直に「教えて下さい」って御願いして回るからね。営業と一緒だわ。
三浦の人々と話し終え車に乗り込み、この日の宿泊地で最終目的地の佐島へ移動・・・

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実はずっと宿泊したくて距離が近くてしていなかったホテルが有ったのだが、それが当日最終目的地だった。
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佐島マリーナホテルだな。
小生の様な貧乏歴史オタクが一人で宿泊するにはオンシーズンだと高くて尻込みする綺麗なホテルなのだが、実は佐島マリーナホテルはオフシーズンの梅雨時には一人での宿泊でも12000円で泊まれるプランが有ったりする。それに小生は旅行サイトのポイントが2000円分有ったので、今回はなんと10000円での宿泊を予約出来たのだ!嬉しい!
いつもは近くの“海辺”と言う風景の綺麗な食堂に食事に来て周辺の海岸を散歩して終りだったのだが・・・
まぁ、家から車で30分ちょいだしね。
今回は思いっきって連休に成る様に休暇申請もして宿泊に来てみた。安いし!
このホテルは本当に眺望が素晴らしい。
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これもホテル内から見た風景。
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これは南向きの部屋から見た風景。
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普段はヨットで遊びに来る宿泊客が多い。
凄く大きいホテルではないが清潔感と落ち着いた雰囲気が漂っていてとても良い。
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ヨットハーバーのホテルだけあって船に関する装飾品が多い。
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何とも可愛らしい。
小さいが御土産物屋も有ったので、観光先で手荷物持たないでもここで買って発送出来る。
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まぁ服はアレだな要らない。
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部屋はここ数年間で宿泊したホテルの中で一番広かった。
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小生の中国の友人が某市内最高のホテルマンの認定をされて支配人に成っていた奴なのだが、ソイツの力でホテルに泊めて貰う時以来の広さ(笑)。
あと中国の姉ちゃんに等しい「姉ちゃん」と小生が呼ぶ人の力で泊まるホテルとか(笑)。
いずれにしても自分の力じゃない(笑)。

まぁ、普段は大正昭和チックな旅館が好きで、そんな場所にばっかり宿泊するか、ビジネスホテルに宿泊して食べ物に御金を費やしているので、当然まともなホテルに来たのが国内で久しぶりな訳だ。
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お腹が空いていたので夕食どうしようかなぁ~と館内のレストランを見に来た。
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値段は死ぬ程高くない。しかし低予算庶民の小生(笑)、葉山牛ハンバーグディナー3630円に目を付け、一考・・・
「今から三崎漁港に行っても良いし、葉山マリーナに行って食事しても良いし、秋谷のDONに言っても良いな~。」
「でも三崎漁港は週末に納経に又海蔵寺行く帰りに寄れるし。」
「佐島マリーナに来て葉山マリーナに行くとか薄情だし。」
・・・と言う訳で出掛けるのも面倒臭くなり、このホテルのレストランで食事する事に決定!
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店内の様子を撮影し忘れた。
海に面した素敵なレストランだが既に日没で真っ暗だったから店の様子を撮影するのは明日で良いや(笑)!と思ったのかな。
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食前にジンジャーエールフロートを頼む小生は御子様なのだろうか?
以前も書いたが小生は酒が基本的に嫌い。神社での神事の際に有難く御神酒を頂くか、県内外各地の梅の名産地で梅酒を購入してきて香りを楽しむ為に飲む位。
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前菜から三浦半島尽くし!全て三浦野菜らしい。地産地消を地で行く店。良いね。
アホなので野菜の名前は忘れた(笑)。
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ビシソワーズ美味しかった。
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そしてお待ちかねのハンバーグ!ホテルのハンバーグやっぱり美味しいなぁ~。
比較したら双方に失礼だが、横須賀どぶ板通りのアメリカンなハンバーガーも美味しいが、やはり同じハンバーグでもホテルメイドとアメリカンなハンバーガーではカテゴリーが違うんだな~と味わいながらしみじみ。
先日、鎌倉で葉山牛ステーキランチを予算不足で食べ損なったばかりなので「取り返したぜ!」と一人で満足感に浸る(笑)。
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美味しいパンは御替りし放題で、小生遠慮して頼まなかったらウェイターさんが何度も小生の食欲を察したのか(笑)御替り勧めて下さり御腹も十分に満たされた。
ハンバーグのソースすくって食べちゃった(笑)!
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デザートも可愛く美味しかったですよ~。
う~ん。彼女が出来たら宿泊に来たいな。きっと喜んでくれるんじゃないかと思う。
しかし、恐らくは甥っ子と姪っ子達を連れて来て宿泊し、隣の天神島の海で遊ぶ「オジちゃん」としての再訪に成るだろう(笑)。
この日は部屋でユックリ寝る心算がアホな小生は普段連休無いのでここぞとばかりに持ち込んだPCでブログを更新したり間宮家と宅間上杉家と蒔田吉良家と玉縄北条家の顕彰文草庵を書きまくったり、気が付いたら寝ずに朝に成っていた・・・
せっかく泊まったのに(笑)。
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翌朝、忘れずにレストランの写真を許可を貰って撮影!
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う~ん!綺麗だ。
オフシーズンの平日と言う事も有り宿泊客は小生の他に家族連れが数組30人位いたかなと言う感じだったと思う。
なので、ウェイターさんから質の高いサービスをフル提供して頂けて大満足。
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朝食はビュッフェだが、三浦野菜が食べ放題で有難い。
オムレツやスクランブルエッグは来てから調理してくれるので当然暖かい。
パンと御飯が有った。死ぬほど品数が多い訳じゃないが普段、野菜をコンビニの袋のサラダでしか毎日食べていない家で食事をする暇の無い可哀相な人(笑)なので暖かい食事に嬉しく思ってしまう。
ウェイターさん、そしてホテルの皆さん、落ち着いた良い時間を過ごす事が出来ました。
ありがとうございます!又、御世話に成ります!
朝食を食べ終わったのが9時位、チェックアウトのリミットが11時だったので、少し外を歩いてから部屋で仮眠して置こうと思い先ずは外出。
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ホテルのすぐ横の天神島臨海自然教育園を散歩。もはやホテルのプライベート遊歩道状態(笑)。
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ハマオモトこと浜木綿(はまゆう)が沢山咲いていた。
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う~ん、プチ南国に来た気分。
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暴風雨が数日前に在ったので、海には流木が多かったが、それでも綺麗な海の景色と浜風に癒される。
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ホテルが見える。本当に海に突き出してるんだな。
そう言えば佐島マリーンナホテルのアドレスも掲載して置こう。

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もう少し歩いてみようと思い、公園を一周して見る事にした。
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快晴!う~ん気持ちが良い。
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時期的に山百合もとても綺麗だった。昨年のこの時期は三崎漁港に宿泊し城ヶ島を朝に散歩してやはり山百合を見ていたかな?三浦は半島はどこも綺麗だが、特に秋谷海岸と佐島と城ヶ島が小生は好きだし、都会の他府県から友人が来ると連れて行く。みんな城ヶ島や三崎の鮪にはとても満足してくれるし、この佐島の風景や城ヶ島の風景も気に入ってくれる。
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因みに砂浜も有るが三浦半島は他地域より隆起の速度が速いので砂浜よりも傾斜のきつい岩礁が多く磯の風景を楽しめる。
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小生は由比ヶ浜と七里ヶ浜の砂浜、三浦海岸琴音浜の砂浜、観音崎の多々良浜も好きだが・・・
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この佐島の天神島臨海自然教育園の砂浜も好きだ。ここは貝殻で出来た砂浜なので比較的白い砂浜なんだな。
まぁ、海水浴には向かない。岩礁だから。でも子供に自然観察させる水生生物を見るには適しているし海水がとても綺麗なので足を浸して磯遊びするカップルも稀に見かける。
メジャーな汚い海に行くより二人の時間を楽しめて良い選択だろう。
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沖合には笠島が見える。
近くにはこの風景を見ながら食事が出来る和食の食堂“海辺”が在って、そちらにはしょっちゅう来ている。
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本当にロケーションが綺麗な店で、小生の御薦めの場所だ。
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料理も美味しい。
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特に金目鯛の煮つけと刺身のついた定食が御薦め!
海辺のアドレスも紹介して置こう。

浜辺を散策し終り、ホテルに戻る途中に天満宮が在る。
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だから佐島マリーナの手前は天神島と呼ばれる。
ここの氏子さんは福本一族だらけ!
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他にも三浦半島には石渡と言う苗字も有るが、この石渡一族は三浦半島東側東京湾側に多く、福本一族は西側相模が湾側に多い。佐島の近くには福本寺なんて寺院も有ったりする。
福本氏は近世~近現代では漁師一族だが、戦国時代の三崎衆で横浜市港南区永谷城主であり祖先が足利尊氏公の従兄弟で関東管領も務めた宅間上杉家の永谷城の居住部分と推測されている伊予殿根と呼ばれた地域からそう遠くない鎌倉街道側防衛拠点となる丘近くには福本家が住んでいる。恐らく横浜市港南区の福本家は上官の宅間上杉規富(のりとみ)公に与力として仕え、この佐島界隈から現在の横浜、昔の鎌倉郡永谷郷に移住して現代に至るのだろう。つまり、この佐島が港南区の福本氏の出自だと思われる。
更に福本家の前身は恐らくは鎌倉幕府初代侍所別当の和田義盛公の水軍の将だろう。近くの長坂の無量寺は和田義盛公の開いた御寺だし、隣の芦名地区は和田義盛公の御子孫で奥州の大名芦名家の発祥地であり、最近宅地造成された辺りは芦名城の推定城域だったりする。
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港町なので猫チャンにも会えた。また来るねぇ~♪
1日宿泊した筈なのにホテルで1時間仮眠をして(笑)からチェックアウトして、三浦市下宮田の行きつけの農園、石井農園の直売所のザ作兵衛に立ち寄ったが生憎休みだったので、違う店某直売所で西瓜を買ったが美味しくなかったので写真載せない。
ザ作兵衛は外れ無く絶対に甘いのに・・・
週末に納経で海蔵寺再訪の際にザ作兵衛での西瓜購入にリベンジするとこの日の夜に誓った。
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さて、帰り、御昼時も少し過ぎていたので横浜横須賀道路の横須賀PAで名物を食べて帰る事にした。
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横須賀海軍カレーパン
横須賀ビーフシチューパン
湘南名物のグレープフルーツ、湘南ゴールドのサイダー
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しかしアレだな、写真で改めて見るとシチューだかカレーだが見分けが付かん(笑)!
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多分こっちがカレー。
両方とも美味しいので、横須賀PA立ち寄る機会が有る人には是非お勧め!
この時に新商品の岡山白桃ソフトクリームを発見して「横須賀で何故に岡山?」と思ったが、週末に再訪する際に絶対に食べるとこれも決定!
う~ん!
佐島マリーナの御蔭で夏季繁忙期と家での仕事で12時間働き内職の某執筆等で連日最低14時間以上働きボロボロの心身も癒され、美味しい物も食べて、殿様にも命日にいつも守って下さる感謝の挨拶出来て、海蔵寺の御住職様とも三浦の御家臣の子孫とも御話で来て良い休日に成った!
ちなみに小生は三浦の殿様も尊敬し同様にライバル北条家の殿様達も尊敬している。
だから、民百姓の為に働いた英雄は英雄で敵も味方も大好きなんだな。これを小生は自分で日本神道に近い考え方だと思っている。

さて、次は週末に海蔵寺に納経し、天然記念物地形の諸磯隆起海岸の写真撮影と三崎漁港海南神社こと筌籠辯財天の例大祭を見学し、紀ノ代で美味しい鮪を食べた休日雑記を書くと思います!

では、又、次の記事で~!
皆さん、蒸し暑い日が続きますので夏バテしませんように~!
ちゃんと御飯食べて、水分補給して下さいね~。

あと、週末は横浜市長選挙です。
ちゃんと林文子市長の支持母体がどんな人達なのか、連投させて問題な支持勢力が背後にいないのか、何でカジノ作りたがってるのに公約に掲載していないのか理由を調べて選挙行って下さい・・・
以下記事参考までに。



平安時代末期~戦国時代まで続いた相模国の小大名、三浦家の聖地と江戸時代に庶民の信仰を集めた神社仏閣や弁財天を祀る洞穴が、ねつ造された嘘の歴史を流布するカルト信仰によって乗っ取られる危機に瀕しています!

以下の事を行って、史跡乗っ取りを阻止して頂きたく、歴史好きの皆さんに拡散致します!

Google mapで以下の●の地名の場所を検索して見て下さい。
( )内が正式名称
●弁財天洞
●小桜姫の祠
 (弁財天洞)
●小桜姫神社
 (諸磯神明社 摂社 若宮社)
以上の場所が明治時代設立のカルトを踏襲した新興カルトに乗っ取られ、Google map上で●表記の施設名称に書き換えれたり、小生や仲間達で正しい歴史を警告するとレビューから削除されます。

実は最後の三浦家の頭領の三浦義意公と房総半島の真里谷武田家出身の側室をモデルにして明治時代に書かれた架空歴史小説「桜の御所」に登場する架空ヒロイン小桜姫をカルトを用いて実在したかの様に広めカルト組織がそれぞれの史跡や別の神仏の崇拝場所を乗っ取ろうとしています。
実在せず、時代設定もハチャメチャな話をさも実話の様に信者や歴史に無知な女性に「縁結びの神」と悪質な情報で勧誘しては自分達の宗教施設の様に事実上乗っ取りにかかっています。
独身女性の結婚願望に付けこみ信者を増やそうとしている訳です。
ソイツ等は❝神奈川県神社庁や菩提寺、菩提寺宗派の曹洞宗とは全く無関係❞の新興宗教系統のカルトです。にもかからず、さも自分達の宗教施設の様に佐原三浦家関係の宗教施設へ、縁結び願望の有る女性達を連れまわしては歴史事実と異なる解説をして信じ込ませています。
このせいで、佐原三浦家最後の武将、三浦道寸公と三浦義意公の菩提寺の三浦氏三崎町小網代に在る海蔵寺は一般参詣不許可の対応をせざるを得ない状況に追い込まれています。

そこで以下のお願いです。
①下記3ヶ所をGoogle mapで検索して、小生達の歴史解説レビューに「」を押して頂けませんか?
●弁財天洞
●小桜姫の祠
 (弁財天洞)
●小桜姫神社
 (諸磯神明社 摂社 若宮社)
②出来れば「情報の修正を提案」から小生が( )に示した正しい名前に戻すように名前を提案して下さい。
●弁財天洞
●小桜姫の祠
 (弁財天洞)
●小桜姫神社
 (諸磯神明社 摂社 若宮社)
③可能ならばレビューに三浦家の歴史書に小桜姫の名前は登場しない事、三浦義意公の妻は真里谷武田家の姫である事、桜の御所の時代設定で架空人物の小桜姫の実家とされる金沢北条家は戦国時代の三浦義意公の佐原三浦家滅亡より200年も前に滅亡した事実、この三点をレビューに書いて頂ければ幸いです。

目的としては、縁結び目的の独身女性達がカルトに入信するのを防ぎ且つ正しい神社の名前と仏教施設としての名前をGoogle mapで取り戻し、史実を周知して頂いた上で女性の皆さんには縁結び祈願に安心して自分で来て頂ける様にする為の対抗策です。
ひいては三浦半島の観光が小説桜の御所の舞台として、そして源頼朝公や三浦家所縁の観光地として正しい形で活性化するのが最終的な目的でもあります。

無論、皆さんのお手を煩わせたく無いので出来る範囲の協力、又は拡散で結構です。

すみませんが、拡散協力願います。

三浦家について詳しい歴史は以下に纏め解説してあります。
http://yoshi-kanagawa.blog.jp/archives/64025466.html
上記URLの解説を参考にして頂ければ幸いです。

仮にカルトを利用してでも観光振興の為にやっているのならば、カルトを巻き込むのは三浦ブランドを落とすマイナス効果しか生まず、周辺自治体にも迷惑をかける行為に成ります。
三浦半島には元々源氏と平家の三浦家所縁の豊富な史跡群に加え、近代の要塞や、アメリカ文化の観光地、そして問題の三崎周辺は風光明媚な夏の観光地や冬のミカン狩りや鮪や松輪鯖や三浦大根のブランドが元々有名な場所です。もっと真っ当な宣伝をして城ヶ島や三崎をアピールして欲しいと願うばかりです。
三浦家滅亡の新井城址は日本最長の4年間に及ぶ籠城戦が展開された名城として歴史好きには有名な場所です。カルトが小桜姫の祠と名を変えて宗教活動に利用している場所も江戸時代に遭難した漁民を助けた強い御利益の在る弁財天様として庶民から崇敬された場所です。
諸磯神明社も天照大神を祀る大切な神社ですし、三浦義意公の奥方が北条勢に捉えられたと伝承する諸磯神明社摂社の若宮社も、鶴岡八幡宮の誉田別尊(ほんだわけのみこと=応神天皇=八幡大菩薩)の御分霊以外に何者でもありません。神道の信者にとってとても大切な神様達の御社です。
そこをカルトで汚さないで下さい。

三浦には沢山の景勝地と近代公園や自然公園、そして史跡とヤマトタケル神話や三浦家歴史の舞台の神社やと寺も有ります・・・
三浦海岸(海水浴場)
三浦市下浦町~三崎町周辺(西瓜と三浦大根の名産地、冬季はミカン狩り、初春は苺狩り)
江奈漁港(高級ブランド鯖の松輪鯖の漁港)
剣崎灯台周辺(神奈川の景勝50選)
盗人狩り(神奈川の景勝50選)
城ヶ島大橋と城ヶ島の景勝(神奈川の景勝50選)
城ヶ島のホテルや旅館(海に面したホテル、旅館、ペンション多数)
城ヶ島公園(景勝地、自然公園)
城ヶ島灯台(景勝地)
城ヶ島長津呂崎(景勝地)
城ヶ島北原白秋記念館(北原白秋三崎在住時代の解説展示館)
三崎漁港(鮪の水揚げ漁港、昔からの名産地)
三崎銀座商店街(鮪料理専門店が並ぶ商店街)
三浦映画社(三浦半島に映画ロケとドラマを誘致するNPO、過去ロケの作品の紹介場所)
三崎城址(北条氏規公居城)
本瑞寺(源頼朝公別荘跡、後に入舩地区に三浦義意公が開基し江戸時代に現在地に移転た寺院)
油壷湾(神奈川の景勝50選:昭和の映画スターのヨット遊び場)
油壷マリンパーク(皇太子殿下と雅子妃殿下始め皇族の方々のデート場所)
新井城址(佐原三浦家終焉の城)
荒井浜(流鏑馬神事が行われる)
海蔵寺(三浦道寸公開基の寺院、三浦道寸と三浦義意公の菩提寺)
小網代の森(原生林の遊歩道)
荒崎海岸(神奈川の景勝50選)
諸磯隆起海岸(フィリピン海プレートと太平洋プレートの衝突による隆起地形観察公園)
葉山マリーナ(昭和の映画スターのヨット遊び場、商業施設)
大楠山(神奈川の景勝50選)
森戸神社(源頼朝公勧進の三島大社御分霊)
名島(源頼朝公別荘跡の水没した島)
森戸の夕照(神奈川の景勝50選:森戸神社から名島を見た夕景)
鐙摺城址(三浦義澄公拠点)
鐙摺城址出丸旗立山(伊東祐親公御廟所)
秋谷の立石(神奈川の景勝50選)
秋谷海岸(景勝地)
長者ヶ崎(神奈川の景勝50選)
佐島マリーナ(昭和の映画スターのヨット遊び場、リゾートホテルとレストラン)
天神島臨海自然教育園(自然観察公園、佐島マリーナ横)
関口牧場(酪農家、アイスクリーム製造直売)
ソレイユの丘(BBQ等の複合レジャー施設)
披露山公園(神奈川の景勝50選)
住吉城址(平安時代末期三浦義澄公が籠城し、戦国時代に北条早雲公が籠城した城址)
逗子海岸(昔は明治の侯爵達の遊び場、昭和期は太陽族、今はチャラ男にチャラ女の聖地)
逗子マリーナ(昭和の映画スターのヨット遊び場)
逗子市郷土資料館(徳川家別荘)
衣笠城址(平安~鎌倉時代の三浦本家の居城)
大善寺(衣笠城址に在る、鎌倉時代の三浦本家の学問所だった寺院)
満昌寺(源頼朝公が鎌倉幕府設立の立役者の三浦義明公供養に開基した寺院)
清雲寺(佐原三浦家の鎌倉時代~室町時代初期の菩提寺)
怒田城址(和田義盛公の平安時代の居城)
佐原城址(源義経の鵯越の逆落としの作戦を立案した佐原義連公の居城)
田浦梅林(今上天皇生誕記念に植林された4000本超の梅林の公園)
塚山公園(神奈川の景勝50選)
塚山公園按針塚(徳川家康公外交顧問のウィリアムスアダムス=三浦按針公と奥方御廟所)
どぶ板商店街(アメリカ第7艦隊の将兵が遊ぶアメリカ文化の商店街)
戦艦三笠(世界三大旗艦の一つ、東郷平八郎元帥の乗艦)
三笠公園(戦艦三笠が展示された公園、猿島へ渡る船の桟橋)
猿島要塞(明治時代の要塞、日蓮聖人の史跡、縄文時代の遺跡)
信楽寺(坂本龍馬室お龍さん菩提寺、土肥実平公持仏を祀る寺)
走水海岸(日本武尊と弟橘姫の神話の舞台)
走水神社(日本武尊の冠を社殿地下石室に埋蔵した神話の神社)
御所ヶ崎砲台史跡(日本武尊と弟橘姫の仮御所が在った、明治期に神社を壊し砲台設置)
観音崎(神奈川の景勝50選、昭和の映画スター達のリゾート地)
観音崎要塞(明治時代の要塞史跡)
観音崎灯台周辺(今上天皇と皇后様も訪問)
多々良浜(景勝地:貝殻で出来た真っ白な砂浜)
・・・等々、挙げればキリが無く・・・
どこも昭和のリゾート地として映画スター達に人気だった場所や現在の天皇陛下や明治の東郷元帥や三浦家と源頼朝公の大切にされた御寺や御城や別荘の跡、ばかりです。
もしも三浦市非公認のままの観光振興の心算なら、歴史歪曲は三浦ブランドを貶め神仏と歴史偉人を愚弄する行為です。
仮に嘘の歴史を教えられて小桜姫は実在しなかった小説の架空の人物である事を知らず、モデルが真里谷武田家の姫だと知らずに信仰してしまったなら、これからは真里谷武田家の姫様として、小説桜の御所のロケ地として三浦義意公と奥方の真里谷武田家の姫に縁結びを御願いしてみて下さい。

4月5日、昼前に鎌倉に到着した。
最初の訪問先はミシェランガイドで三ッ星に成った報国寺。
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ここを訪問した理由は本当は「ついで」と言うか、本来の目的は浄妙寺で女性守護婦人病治癒の神様の淡島明神様に御参りして御守りを購入する事にあった・・・
しかし報国寺は浄妙寺の直ぐ近所。
・・・元々報国寺の竹林で抹茶を頂いてボぉ~っとして過ごすのが好きなのと、報国寺を開いた殿様が小生が顕彰活動を準備しており横浜の殿様でもある宅間上杉家初代の上杉重兼公と足利尊氏公の祖父の足利家時公だから御参りしない訳にはいかないのだ。
最近はミシェランガイドのせいで国籍問わず風景目的の参拝客が増えたので昔は静寂だった竹林も「ザワザワ」と人の話し声がする事も有り、本堂の前で殿様達に御参りして帰る事も多く、余り抹茶を飲んで帰る事も少なくなっていた。
この報国寺に来ても、最近はもっぱら抹茶を頂くのは浄妙寺に成っていたから。
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しかし、この日の陽気で一気に桜の花弁も開き庭の景色が綺麗なピンクで彩られていた事と、平日で人も余り多くは無かったので半年振り位に竹林で抹茶を飲んで帰る事にした。
丁度、臨済宗寺院専用に建長寺で改めて購入した御朱印帳も持参して来ていたので、そちらに御朱印を頂く間、竹林でゆっくりと待つ事にした。
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しかし、この桜は思いがけず御褒美を頂いた気分に成れた。CIMG2929
う~ん綺麗だ。
横浜市の桜の開花状況は、この日まだ3~5分咲きと言った所、この報国寺の在る鎌倉市浄明寺地区宅間谷は名前の通り谷合で少し涼しい場所なので、まさか桜が見事に咲いているとは思いもしなかった。
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可愛い桜、見せてくれてありがとね!来年もよろしく!
さて、一頻(ひとしき)り桜を見てホッコリしてから、凛と静かな空気の漂う報国寺の竹林へ・・・
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フランス人ぽい男性と日本人女性のカップルが竹林散策を楽しんでいらっしゃった。
二人で交代で写真を撮っていたので、「写真撮りましょうかぁ~?」声をかけたら笑顔で「お願いします!」と応じて下さった。やっぱり、恋人同士は一緒のフレームに写った方が嬉しいでしょ。
二人は再び笑顔で「ありがとうございました!」と日本語で元気に御礼を言って下さったので、何だか少し嬉しい気分に成って幸せを御裾分けして頂きました。
御二人さん、ありがと♪
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さて、竹林の中の茶屋は“休耕庵”と言う。
実は昨年改修工事が入って暫く営業していなかった。小生自身も半年来ていなかったので久々の訪問。
大きくは変わっていないが、建築用材が新しく成っていた。
ここでは“抹茶”と足利家の家紋を模した“落雁(らくがん)”を頂く事が出来る。
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先述の通り最近数年間は観光客が多く成り余り以前程のんびりするのも憚(はばか)られる事も有ったのだが、この日は小生以外に喫茶に来た観光客も3~4組しかおらずゆっくりできた。
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ここから見る竹林と谷戸構えの切岸の苔むした様子、そこに響く小さな水の流れ・・・
この風景が落ち着くんだな~。
・・・ふむ、久々に来て良かった。
竹林の石畳も再整備された様で歩き易く成っていた。
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可愛い御地蔵様達、このエリア以前と雰囲気が違う気がする?
比較する写真が無いので分からない。
写真撮影しているオッサン(笑)がなかなかどいてくれないので、諦めてオッサンごと御地蔵様を写真に収めさせて頂いた。この御地蔵さん達、近くでみたら少し可愛いいんですよ、御優しい顔で。
竹林を出て御朱印を受け取り、浄妙寺へ移動する事にした。
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報国寺で御朱印を頂くのは二度目。最初は宅間上杉家の顕彰活動で。
そうそう、本堂の横には名前は知らないけども綺麗な紫色の花が咲いていました。
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なんと言う名前なんだろう?
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御存知の方いらっしゃたら教えてください。
浄妙寺へ向かう時、報国寺交差点の手前の橋の上から滑川(なめりかわ)に目をやると菜の花がとても綺麗に咲いていました。
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近くで見たくて滑川の遊歩道に降りてみた。
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遊歩道に降りる階段横にも桜が咲いていた。
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生憎、遊歩道は菜の花の近くまでは伸びていなのだが、それでも花と同じ高さの目線で見れたので満足満足♪
う~ん、黄色が明るく爽やかだ!
この滑川の菜の花から徒歩1分で浄妙寺参道に着く。
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浄妙寺の参道も桜が咲き始めていた。こちらは未だ4分咲き位か?今週末4月の第2土曜日曜辺りは見頃に成っているだろう。鎌倉市観光協会にも確認したが、鎌倉市内の桜は概ね今週末位~漸く見頃だそうだ。
今年は気温の寒暖差が激しく鎌倉に限らず、どこも開花が遅れている様だ。
その分、大きな風が吹かなければ長い間花見も出来そうだ。
浄妙寺に着くと、山門をくぐって直ぐの拝観受付の場所で販売している淡島明神様の御守りを購入した。
無論、女性の親友達の縁者の健康祈願が主たる目的なので、御本堂に御参りした。
昨年母が子宮癌に成り手術を受ける前に、小生は御参りして母に淡島明神様の御守りを購入し渡しておいた。
その後、手術は上手く行き転移も無く、無事にいるので先月、母の御礼参りに付き合って参拝しに来たばかりだった。
その後、留学仲間の大阪の女親友の姉上が卵巣癌の手術をした事を知り、卵巣癌が遺伝性の病である事も知った。加えて愛知の歴史仲間でもある女親友の友人が子宮癌に成り転移も有った事を最近聞かされたので、友人達4人分の健康祈願と御守り購入に来た次第だ。
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淡島明神様は御本尊の並びの一番右端に鎮座してらっしゃる。
御参りに行けない人は、この写真でも良いから先ず健康祈願をして改めて参詣すると良いと思う。
御守りや、信心は要は自分の精神を健康に保つ、なんと言うか心の支え的な要素が大切なのだと思うから。
要は気持ちの問題。文字通り気持ちの問題で、ウジウジ一人で不安に成るより出来る事は何でもして、不安を払拭する事その物が既に御利益なのだろう。
そして、具体的に健康に向けて努力する。奢らず健康診断をちゃんと受け、ジムに通ったり運動をして健康を保つ、そう言う事なんだろう。
日本古来の神仏習合の神様で、まぁ~名前の通り淡路島が神格化された神様のはずだが、明治維新後の神仏分離令で、どの神様と同一視して神道に組み込むか全国の淡島神社では統一された御神格は無い。
だから小生は思うに神仏分離令は無理が有るのだよ。
日本文化から見て記録で遡(さかのぼ)れる範囲でも1400年以上は神道と仏教は融合していたののだし、そもそも大鞆別命(おおともわけのみこと)こと応神天皇の化身とされる八幡宮の神様なんか御神託で御自分の事を「八幡大菩薩」と名前を言った事が日本の記録に残っているのだから。
そして応神天皇の皇子の莵道稚郎子(じのわけのうらつこ)命なんて渡来の学問を日本で最初に導入した人物で神様に神格化された歴史が明白に成っているのだし。神話通り莵道稚郎子命が漢学を治めていたのならば仏教も学んでいただろう。少なくとも中国の道教や易学も学んでいたので、西暦300年~400年頃の古墳時代には既に日本の古代神道も大陸文化の一部が導入されていたはずだ。
無理に仏様も神様も分ける必要も無い。
本地水垂迹(ほんじすいじゃく)思想みたいに、どっちが本性とか議論する必要も無い。
日本人らしく大らかに八幡台菩薩を拝んでも応神天皇を拝んでも同じ神様で別名として認識すれば良いのだと思う。実際に、歴代の天皇家もそうされて来た訳だし。
この手の価値観は仏僧と神職でモメた事も有る様なので、小生は例えば素戔嗚尊(すさのおのみこと)ならば、もう全部の異名を一緒にして毎日御参りしている「素戔嗚尊牛頭天王武塔天神」と名を御呼びして遥拝している。
こうすれば、宮司さん達にも和尚さん達にも昔の人々にも失礼に成らないで済むんじゃないかと思ってる。
まぁ、そんな訳で、淡島明神様は淡島明神様のまま明神が付いていて良いと思う。

さて、ここからが小生のレクリエーション開始。
浄妙寺を後にして車に乗り込むと、一路、横須賀市の安針塚を目指した。
安針塚を目指す途中、住宅地の桜並木もとても綺麗だった。
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う~ん。ピンク。
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とても綺麗。なんと言うか、ブリッ子だな、この娘は。
小生は花を良く人間に例えるのだが・・・
この娘も可愛いが、小生は凛とした梅、または大木に成り人々の誇りとなる染井吉野がどちらかと言うと好む所ではある。
あと山吹や蝋梅も好きだ。紫陽花も綺麗。
でも一番好きなのは、やはり梅かな~。しかし人々を笑顔にする桜の林の存在価値も素晴らしいと思う。
ところで・・・
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この風景は按針台と呼ばれる安針塚の在る塚山公園周辺の風景なのだが・・・
安針塚と言うのは江戸幕府で徳川家康公に仕えた英国人サムライの三浦按針(あんじん)公の御廟所の事で、その御廟所の名前がそのまま京浜急行の駅名や地名に成っているのだ。
三浦按針公の本名はウィリアム・アダムスとおっしゃる。
まだ徳川家康公が豊臣政権の五大老だった頃、ウィリアム・アダムス公一行の乗った船が遭難し、九州に漂着した。家康公は彼を保護すると自らの領地である関東の相模国三浦郡に領地を与え家臣に加え海外通商の窓口、つまり外交担当の参謀として抜擢した。その際に姓も領地の在った三浦郡から三浦とし、元の姓のアダムスを日本風に文字って按針とした。
余談だが、この三浦按針公と共に家康公に仕えた白人サムライがもう一人おり、名をヤン・ヨーステンと言う。
彼も又、耶楊子(やようす)と日本風に漢字で名を改めたが、彼の居所が有った場所が東京駅八重洲口辺りだった。つまり東京駅八重洲口はヤン・ヨーステン=耶楊子公に由来しているが、これを知る人は現代でも結構多い。
そんな訳で、日本でサムライに成った外国人は数人いたのだ。
他にも宣教師が連れていたアフリカ系黒人のモザンビーク人奴隷を織田信長公が奴隷身分から解放して侍として己に近習させたのだが、この人物の名前は弥助と伝わる。元の名前はモザンビークにヤスフェと言う名前が多い事を世界ふしぎ発見!が紹介していた。この放送、とても楽しかったので良く覚えている。弥助は大砲の砲撃の名手だったそうだ。
更にイタリア人白人の山科羅久呂左衛門勝成と言う武将も織田信長公の娘婿の蒲生氏郷公に仕えていた。
外国人が登用されていた事を知る人は結構少ないが、古代の日本の朝廷でも新疆ウィグル族出身の人物が登用されていたりした歴史が有る。
まぁ、そんな事を思い出しながら車を降りてから山を登って行くと塚山公園に到着した。
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塚山公園の桜はまだ5分咲きだったが、花見に来ている人がそれなりに居た。
平日だったので、やはり人はまばらだった。
実は安針塚は初訪問。もっと墓地っぽい陰鬱な場所をイメージしていたがこれは良い!
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屋台も少ないが出ていた。
焼きそばの屋台を見て、後で昼食にしようと決め、先ずは三浦按針公に御挨拶に伺う為に御廟所を探した。
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う~ん良い所だ。
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程無く看板も見つかり、安針塚その物に関しては深い予備知識無く、現地の説明看板や石碑を読むのを楽しみにして来た。
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立派な石段、塚山公園内でも一際高所に位置する丘、この上に三浦按針公が眠ってらっしゃる。
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この説明を読む限り、この安針塚一帯は昔は逸見(へみ)村の一部だったらしい。
現在は逸見は安針塚の一つ前の駅名として残り、地域も安針塚は逸見から分離し成立した様だ。
しかし、御遺言で所領の三浦半島に戻って来られたのは、この地がイングランドに似ていたのだろうか?
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この石碑や、参道を整備したのは大正時代の人々だそうだ。
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別の石柱にも大正十三年と書いて有る。
昔の人は人種分け隔てなく帰化して日本の発展に寄与して下さった人物を、こうやって御祀りして大切に郷土の誇りとして後世に伝える努力をされていたのを、歴史が好きで色んな城址や史跡や神社仏閣を訪問すると思い知らされる。右左問わず現代の政治家とは大違いだ。文化も人も風景も平等に大切にされて守って来た大正時代の人々に感謝。
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有功国家・・・日本国に功績が有る=日本に功績を遺した。
永護江都・・・江戸の都を永きに渡り守る
・・・つまり、江戸と日本の発展を守る功績を遺された偉人と言う事だ。
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報以恩遇、東面其墓。
近代の人々も、三浦按針公の功績を感謝し、そして帰国出来なかった悲哀に色々と考えさせられたんでしょうね。
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小生の主義で御廟所の写真は掲載しないので、三浦按針公と奥方様の御廟の写真は今回も載せない。
しかし、女性の権利を守る思考が強かったプロテスタントの国出身の三浦按針公らしい、日本人の奥さんと隣同士手を繋ぐ様に並んでらっしゃった。
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そして、御廟所から後ろを見て解った。
按針公は、この丘から見る金沢八景の島々と海の風景が好きだったんだ。
もしかしたら、この風景が三浦按針公の故郷の英国ケント州ジリガムに似ているのかな?と思って調べてみたら・・・
ケント州ジリガム 三浦按針公の故郷 久良岐のよし
ビンゴ!半島と入り江に面した町で、湾内には金沢八景の様に島が幾つも有る。
三浦按針公は故郷に似ている金沢八景の見える、この丘が好きだったんだな。
御廟所で三浦按針公に、小生に神社仏閣や日本文化と史跡、日本の歴史偉人と神様に成られた先人達、そしてコープランドさんや按針公の様に日本の歴史に名を残し、発展に関与して下さった外国人の皆さん、それらの顕彰を通じて世の中の人に、昔の人々への感謝と日本文化の美しさと神社や御寺や城址の果たして来た役割を再度認識させる役割を担わせて頂ける様に、お力添えをお願いして来た。
それと、もし可能ならば日本文化や日本の風景が大好きで気の合う奥さんとも将来巡り合い、按針公の様に夫婦寄り添える人生を歩める様に縁結びも御願いし、最後に世界人種問わず親日家の人々が安寧に過ごせる様に平和の願いも伝えて来た。
御参りを終えて、御廟所の在る丘の直ぐ隣もう一つの丘に登って風景を見る事にして、有る事に気が付いた。
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実は塚山公園も神奈川の景勝50選の一つだった。
過去に小生が数か所紹介しているが、昨年末だと鎌倉の浄土宗大本山天照山光明寺裏山と周辺から見る由比ヶ浜の風景。

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それと葉山の長者ヶ崎の風景。
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それと油壷湾、油壷マリンパークの一帯は鎌倉~戦国時代の新井城址で、その風景も50選に入っている。
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横須賀市の神武寺~鷹取山の石切り場の奇岩群と大石仏。DSC_3029
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まぁ、こんな感じで全部合わせて50ヵ所も有るので挙げていると切りが無い。
親切な解説ホームページを作成して下さってる方がいるので、参考にすると良いかと思います。
http://heiwa-ga-ichiban.jp/kanagawa50/index.html
これ↑ね。
さて、話を塚山公園に戻し、安針公の御廟所とは違う展望台的な方の丘からの眺望を紹介したい。
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う~ん、こちらからの風景も綺麗だ!
桜越しに三浦半島の横須賀地域が見渡せる。
反対に目をやると・・・
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田浦梅林の山が見える。
田浦梅林については御興味の有る方はコレ→ をどうぞ。
綺麗な風景を見て満足したので、先程の屋台で焼きそばを購入して昼食にした。
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サービスで超大盛りにしてくれた(笑)。
いっつも年配の人に優しくして貰えるのは小生のキャラクターなんだろうか(笑)?
味は普通に美味しい屋台の焼きそば(笑)。
オバちゃん、御馳走様!美味しかったよ!普通に美味しいとか言ってゴメン(笑)。
食べ終わり、もう少し公園内を散策して見た。
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翌々見ると軍艦が見える。米国艦船かな?
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うん、塚山公園、良い場所だ!
また桜の季節に三浦按針公と奥方に会いに来よう。
公園から離れた場所に止めた車に戻る為、又、来たマンションの通りを抜ける。
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ベビーカーを押して花見に行く途中?の若夫婦。
幸せそうだが、実はパパさん、登り坂で結構辛そうだった(笑)。
でも羨ましいぞ!お幸せに♪
車にのり20分とちょと移動。
最終目的地の平安~鎌倉時代の三浦家の居城、横須賀市大矢部の衣笠城址に到着。
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衣笠城址、以前も紹介したのだが、旧城域に大善寺と言う御寺が在る。
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行基大僧正が開いた本は真言宗系の御寺で、分家の佐原三浦家が戦国時代の三浦家宗家と成り曹洞宗に帰依していたからか、現在は曹洞宗寺院に成っている。
そもそもは、三浦家の学問所としても機能していた学問の寺院でもある。
この御寺の副住職様に御話が有り訪問したのと、衣笠城址で最期を遂げた三浦義明公に御挨拶する為に城址の御稲荷様に3年振りに参拝する為の訪問だった。
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大善寺周辺には曲輪跡と思われる地形が沢山残っている。住宅や畑も昔の曲輪群だろう。
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御寺を訪問した際に、副住職様は若様の要件で外出中だったので、奥様に要件を御伝言頂く事にした。
前回同様、とても丁寧に応対して下さり感謝。
そして本堂で尊敬する三浦義継公と三浦義明公を始め、三浦義澄公等いつも個人的に御祈りを捧げている三浦家の尊敬する方々に御挨拶をして、御本尊様にも御参りした。
用事も済んだので、大善寺さんの裏手に在る城址残存部を久々に訪問、桜が有るので楽しみだった。
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江戸時代の城しか知らない人には城に見えない場所だけど、城好きが見ると尾根の自然地形を利用して裾切り下切岸や土塁の跡の盛り上がりなんかが見て取れる。

まぁ、興味の有る人は以前の記事↑を読んで頂けると要害性の有る地形が判ると思う。
ブログ始めたばかりの初期の記事で情報量も少ないが。
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上の写真、岩が物見の岩と伝わる場所を人工的に掘り切った反対側に当たる。
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物見岩に登ると御稲荷様の祠が在り、義明公の歌った詩が有る。
物見岩付近からは合子や経文が出土している。ここが小生の尊敬する偉人の一人である三浦義明公最後の場所だと、小生は推測している。
ここは見晴らしが良いので、戦時には指揮を執る場所だったと思う。
そして、そこを今では御稲荷様が城址に来る来客を出迎える様に待っていて下さる訳だ。
御稲荷様にいつも行く先々で御会いして旅の無事を守って下さっている御礼と、前回の参拝からの事等、色々御報告差し上げた。
御稲荷様、又、桜の頃に御参りに来ます。
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衣笠城址はまだ、桜は部分的にしか見頃では無かった。
知人から衣笠山公園の桜林は見頃だよ、と言われていたので其方(そちら)にも行くつもりだったが時間的に日没近い頃に成っていたので、この日は諦める事にした。
そうすれば、又、来年以降も衣笠山公園の桜を見るついでに義明公達と御稲荷様に会いに来る理由が出来るしね♪

ふむ。
良い休日を過ごせた。
帰り、車が赤信号で停車した所、面白い植木の有る家を見つけた。
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遊び心満載だなオイ(笑)!
きっとユーモラスな御主人なのだろう。家族思いのパパさんなのかもね~。

うん、色んな人の人生を辿りながら、綺麗な風景も見れて満足満足。

台湾から友人夫妻が横浜に遊びに来てくれた!
1ヶ月以上前からLINEとExcel使って双方の提案を擦り合わせ、時系列で数パターンの想定をし、後は当日の気分次第で臨機応変に行先を選べる様にしておいた。
彼等と、こんなやりとりしたのは初めてだが小生と彼等とは物心の対処が酷似している様でシッカリ準備をして当日を迎えられた。
文字通り「万事順利」に予定が進めれた。
予定通り二人が東京から電車に乗り、小生が準備したホテルでチェックイン。
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待ち合わせはLINEでホテル近くの横浜スタジアムにしたいと要望が有り、横浜市役所の駐車場に車を停め、ベイスターズオフィシャルショップで二人の到着を待った。
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関内駅からホテルに移動する際にオフィシャルグッズショップが目に着いたとか、二人は野球好きなので御土産を買いたかったそうだ。
当初の予定では、二人をピックアップ後ゲーセンのUFOキャッチャーで遊びたいとの要望が有ったので横浜駅西口のTAITOステーションで遊び、その後は吉村家で家系拉麺創始者の吉村社長の拉麺を食べたてから夜の横浜港を見学したいとの要望だった。
しかし横浜に来る前に秋葉原でUFOキャッチャーをしてデカイキャラクター人形を獲得出来たとの事で、夕方からLINEでやりとりし横須賀観光に切り替えた。
車に乗ると首都高速道路~横浜横須賀道路を通り30分後には横須賀市に入り、最初に三笠公園を訪れた。
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※写真は以前昼間に撮影した物。
夜間の訪問と成ったが、非常に興味を持ってくれた。何故かと言えば御夫君の方は歴史が好きで、当時の清国北洋艦隊と日本の交戦の歴史や独裁女帝西太后の暴政と頤和園建設により中国大陸の近代化が遅れた歴史を知っており、御妻君に事細かい解説をしていた。
まぁ、小生も知る内容の解説たが、仮に中国大陸人なら、彼の様な解説は出て来ないだろう。
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※写真は以前撮影した物。
三笠公園には鎮遠と言う当時の清帝国海軍の名軍艦の砲弾の実物も展示されていて、その話題が出た訳だ。
御妻君は鉄オタでもあるので三笠公園内に有る蒸気機関車にも興味を持ち写真撮影していた。
その後、汐入駅に移動し車を停め、どぶ板通りを散歩。
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※以前撮影の写真
一頻(しき)りアメリカっぽいBarやスカジャンの店を見て回り、最近、来訪者を連れて行く定番に成りつつあるネイビーバーガーの名店のTSUNAMIで夕食に成った。
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友人夫妻は小生お薦めのチリビーンズバーガーのレギュラーサイズ(デカイ)を1つ注文、小生はマッシュルームチーズバーガーのクウォーターとディアボラチキン(スパイシーな手羽先唐揚げ)を注文。
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他にも色々有るが、チリビーンズバーガーが1番美味しい。
小生のもナイフで切り分け二人に分けて、小生は主にチキンを貪り食べた(笑)。
二人は満足してくれた様で良かった。
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食べ終わりヴェルニー公園にイージス艦と潜水艦を見に散歩に行ったが残念ながら最近アホの北朝鮮がミサイルぶっ放したせいか1隻もイージス艦が停泊していなかった。
潜水艦が1隻いたものの暗く写真撮影は上手く行かなかった。
この残念感を払拭する為、帰路は関内に戻る際に横浜横須賀道路から首都高湾岸線に入り京浜工業地帯の夜景が見える道を走り、横浜ベイブリッジを渡り大黒ふ頭PAに立ち寄り、又、ベイブリッジを通り横浜公園出口で高速を降りて国際客船ターミナルに横浜港の夜景を見に行った。
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ここは特に気に入ってくれた様で、二人は写真を大量に撮影していた。
又、車に乗り中華街の駐車場に移動して今度は、より横浜らしくJazz barの老舗のWind jammerに連れて行った。
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これも、最近、県外の友達が遊びに来ると連れて行くコース。
何とか生演奏の最後の回に間に合い、友人の御夫君の方は"ヨコハマ サンセット"と言うカクテルを、御妻君と小生はノンアルコールカクテルを各々注文し、小生はオニオンリングとナッツ盛り合わせを注文した。
生演奏を非常に気に入ってくれたようで、最後には演奏者サン達と二人が話すチャンスも有ったりした。
良い思い出に成ってくれると良いなぁ~。
明日は小生の作成した神奈川東部の観光地推薦箇所の中から二人のチョイスで三浦半島三崎漁港と城ヶ島、川崎の藤子不二雄ミュージアムと横浜三溪園、そして吉村家に行く予定。

ふむ、明日も早いので寝るか。
今日は午前中は大掃除をしジムにも行き、博物館でコピーさせて頂いた文献も整理し、個人的にはまぁまぁ充実した1日と成った。
明日も出来る事をやろう、後悔の無い様に。
次ぎ、二人が来る前に関東大震災が再発するかも知れない。
何処が残り、何処が消滅するか解らない神奈川の観光地、二人に沢山楽しんで貰い、記憶と記録にして喜んでくれたら、小生は嬉しい。

シァオホワン!リーサン!
お土産の鳳梨酥と可愛い媽祖様の電灯ありがとね!
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又、明日ね!

今年も田浦梅林祭りが横須賀市田浦で開催されています。
お祭りと言っても、商店街が御土産物を販売する程度ですが、ちょっとしたハイキングも兼ねた良い散歩に成る場所なので小生はここ数年間、梅を見る為に登っています。
田浦梅林の解説については以前書いたブログ記事が有るので、以下にリンクを張っておきます。
←これ、興味ある人はクリックしてください。

さて、今年の写真です。
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遠くから見た感じでも判りますが、2月15日時点では5分咲以下と言う所でした。
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陽当りの悪い所はまだ蕾(つぼみ)だらけだったので、思うに、このブログを書いている今日あたりからボチボチ見頃に成って来てるのではないでしょうか?
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陽当りの良い個体は、まぁまぁ咲いていていました。
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でも陽当りの良い入口の第六天神社辺りでも全体的に蕾が多かったですね。
月末は綺麗に咲いていると思います。
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とは言え、田浦梅林は眺望が良いのでプチハイキングで綺麗な空気を吸ってとても清々しい気分に成ります。
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まだまだ、水仙も開いていませんでした。
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紅梅は全体的に開花が早い様です。
他の場所もすでに紅梅だけ満開でした。
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ふむ。
梅さんはいつみても美人ですのじゃ・・・。
梅さんみたいな嫁が欲しい(笑)。
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この日はチビっ子も頑張って山を登ってました。
後姿が可愛くて思わず盗撮(笑)。
仲良し4人組だね!
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この通り、2017年は他の梅林の開花は既に満開や7分咲き位の見頃ですが、田浦梅林だけは標高も若干高いので2月半ばでまだまだ。
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水仙も少しは咲いていましたが、これからが見頃です。
あ~そうそう、昨年は水仙をニラと間違って食べて亡くなった方もいたので絶対に食べないで下さいね!
まぁ、普通は食べないと思いますが。
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遊歩道を過ぎると山頂の広場…
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山頂の陽当りの良い場所も15日時点では5分咲き。
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近所のオネイさんがワンコと仲良くかけっこしてました。
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北面は比較的開花が早い。
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うん、もう1回登りに行こう、今月中に。
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展望台からの眺望も気持ちが良いしね、軽空母(護衛艦)も見えるし。
そうそう、田浦梅林行くなら、これ買ってください。
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ふじみや と言う田浦商店街の和菓子屋さんの名物。
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中に梅の甘露煮が入っていて、とても美味しいんですよ!
梅林で梅を見ながら、持参した御茶を飲み、梅どらを食べる・・・
至福です。
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この御店です。
電話番号で調べてみてください。
てか、GoogleMapに登録して有るので、検索すれば出ると思いますよ!
山に登る前にふじみやの前を通って行くとよいと思います。
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他にも横須賀佐島名物のヘラヘラ団子って小豆餡の草餅も売っています。
良い御土産に成ります。

以上、2017年の田浦梅林の開花状況報告でした!

小生の仕事は一般的な会社勤務の方と異なって、祭日は関係ない。
だから、ここ数年、自分の休日が偶然重ならないと年末年始も仕事をしている事が多かった。

良い事も有って、週休二日なのだが平日1日と土曜日が休みなので、病院に行ったり役所に行ったり用事が有る場合に重宝するし、平日だと出掛けても余り人込みに捲き込まれる事も無い。これは花見や紅葉の観光シーズンには非常に利点となる。
しかし欠点も有って、どこかに宿泊に行く場合は自分で仕事を休む必要が有ったりする。
昨年は母が子宮癌の手術をした事も有り、正月に縁者を呼んで快気祝いを催す心算で予め2日と3日を休みにしておいた。しかし生憎ながら両親の縁者は皆それぞれ身内と旅行の予定が入ってしまっていたそうな。
しかも身内も妹達はディズニーのミラコスタに年末からぶっ通しで宿泊、ディズニーランド&ディズニシー漬け。
弟の所も義妹が流通関係の仕事の責任者だったり、義妹の母上と先約が3日に入っていたりで小生の計画は相談前に無残に打ち砕かれた(笑)!

そんな訳で、結果的に溜まっている仕事とブログの更新と年末の御礼参りと、小生の尊敬する天神様菅原道真公の神社と日本武尊の神社に元日の初詣。
そしてブログの「 」の更新の為に、未訪問だった平塚八幡宮や、デジタル写真未撮影の場所を2日に行く事にした。

そんな訳で年末に向けて21日から動き出した。
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いつも御守護頂いている弟橘姫様の古墳を背後に抱える神社、つまり本来は弟橘姫御陵の遥拝所だったはずの橘樹神社へ御礼参り。
神社の真っすぐ後ろに古墳跡の宅地の丘の頂点が位置している。
神奈川県教育委員会は自分達が発掘調査も保護もしなかった事に触れない為に、明らかに人口地形で円形に削られている宅地には説明看板でも一切触れていない。
ただ「今よりも大規模だったと推測される」と誤魔化している。古墳は頭頂部のキャップみたいな部分の一部だけ現存するが、墳丘の形状は地形に残っている。
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日本武尊と弟橘姫様に御夫婦で御守護頂いている事を御礼申し上げて、改めて走水神社へも御礼参りに伺う事をお伝えして帰宅した。

24日の家の用事は年末の買出しの一環、新海苔を買う事。私事は走水神社への御礼参り。
実は走水海岸は海苔の名産で、正真正銘の江戸前海苔、しかも太平洋の綺麗な海水が流れ込んで来る場所で育っているので美味い!
これを正月のチラシ寿司用にと買いに来た訳だが、もちろん、主たる目的は別に有り走水神社の日本武尊と弟橘姫様への一年間の御礼参りだった。
先ずは海苔の直売所は後回しにして、❝かねよ食堂❞でランチした。
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かねよ食堂では、この日はランチの時間を少し過ぎてしまったのでカフェタイムの和食から金目鯛の煮つけ定食を頼んだ。
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金目鯛の卵の煮つけも付いていた。美味しかったです、いつもごちそうさまです!
余談だが、かねよ食堂の店員の御姉さん達は皆美人、オーナーシェフさんもサーフィンが好きすぎて三浦半島に住んだ人物だけありオシャレな雰囲気の日曜大工好きな変わった人(笑)。
食事を終えると、ながつか水産へ移動。車で1分、徒歩なら3分の距離。
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小生は❝かねよ食堂❞で食事する時や走水神社に御参りに来ると必ずこの❝ながつか水産❞で海苔を購入している。購入後、走水神社に御礼参り。
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1年間、御加護を頂いた事を日本武尊と弟橘姫様に御礼申し上げ、初詣に又来る旨を御伝えした。
走水神社はすっかり大晦日の二年参りの準備が出来ていた。
氏子の皆さん、ご苦労様です。
その後、せっかくの休日、真っすぐ帰宅するのが嫌で少し周辺を散歩しに行った。
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近くには現代では半島の先端の岬、海面の高かった古代には島だった御所ヶ崎と言う場所が有る。
ここは古事記にも登場する、日本武尊と弟橘姫様が一時、仮御所を建てて過ごしていた場所なのだが、それを知る人は現代では少ない。
日本武尊を小生は弥生時代を終わらせて青銅器全盛の古墳時代に変革させた人物だと推測している。
無論、一人の人物ではなくて、最初の日本武尊が走水で過ごした西暦100年代~200年代頃の人物で、その後にも応神天皇や雄略天皇等の事績も習合されていると推測している。
・・・と、言うか、恐らく日本武尊と言うのは古代の「征夷大将軍」の様な古代の称号と言うか非常設の官職名だったんだろう。
ちなみに走水に居た日本武尊は景行天皇の皇子で成務天皇の御実弟なのだが・・・。
景行天皇は卑弥呼の弟君だろう。三国志に書かれている、卑弥呼に唯一話せる男性と言うのが景行天皇だと思う。無論、只の当て感。
そして叔母の倭媛(やまとひめ)命は卑弥呼だろう。更に神功皇后は臺与だと思っている。
更に、日本武尊を接待した大伴氏は、走水神社では大伴黒主、横浜市神奈川区六角橋や同区浦島町では大伴久応と伝わるが恐らく同一人物で、この時代の日本武尊の伝承が関東における浦島太郎伝説の原型に成っていると小生は推測している。
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御所ヶ崎は、浦島太郎伝説の竜宮城と同じく海の❝中❞に在る。もっとも中の意味が少し違うが。
しかも弟橘姫様も海の中で生活する乙姫と同じく海中に飛び込み海の底に沈む。
恐らく小生の推測は当たっているだろうが、民話伝承なので古文書が有る訳でも無い。
この御所ヶ崎からは明治に成るまでは海岸線の先に富士山が綺麗に見えたのだが、御所址の神社は海軍に撤去されて軍事要塞化されて、現代では一般非公開に成っている。
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しかし今の季節なら門の前から旧社殿の在った石段の上の削平地が見る事が出来る。
立入禁止には成っているが現代も近くの丘からは走水の海岸線の真っすぐ先に富士山が見えて夕陽が沈む様を見る事が出来る。
この御所ヶ崎砲台を見学したければ横須賀市の公園管理課に予約を入れると見学出来る。
この日は、富士山は帰路の車の中から見るに留めた。
帰宅して文献読んだり資料整理したり。
朝までブログを更新して少し寝てから翌日仕事開始。

 ↑
その記事はコレ。年が明けた01月03日現在も随時更新中。

28日。
この日は母の要望で横浜南部市場に歳末の買出しに行って来た。
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この日の様子は既に別の記事↓コレで紹介しているので省略する。

昼から夕刻は義祖母の墓参りやジーパンを買いに行ってから夕闇にシルエットを浮かべる富士山を見た。
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帰宅してから部屋の掃除したり神社仏閣の纏め記事の更新を書いていたら翌日早朝になり、少し寝て又、仕事に向かった。


31日休日。昨年の大晦日は久しぶりに休みだったので、朝から南部市場を再訪した。
目的の一つは朝食。
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しかし、最終日は飲食店は殆どが営業終了していて、場外市場の寿司屋で、から揚げカキフライと豚汁の定食を頂いた。
カキフライがとても美味しかった。
この日の訪問の目的はズバリ❝毛ガニ❞だった。
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ビンゴ!
初日に1杯4200円した比較的質の良い毛ガニが、最終日は多くの店舗がほとんど営業しておらず客足も少ない事も有って売り尽くしで2杯5000円に価格が大暴落していた(笑)。
小生は昨年の経験からコレを予測しており、蟹は最終日に買う事に決めていたのだ。
良い買い物が出来て満足。
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夕刻16時、小生が横浜市内の智慧の神様として一番崇敬する永谷天満宮を参詣し、歳末の大払の神事に参加させて頂いた。例年仕事で来れなかったので嬉しい。
この永谷天満宮は菅原道真公の5男で父上同様に賢者として名高い菅原淳茂公の御住まいに成っていた邸址に立っており、そして御神体も道真公が自らの姿を手彫りした彫像だったりする。極めて菅原道真公の御利益が強いと言える場所。
アホで喧嘩っ早い小生が生きてられるのは永谷天満宮や関東に関わった菅原道真公・菅原景行公・菅原淳茂公の御蔭だと思っている(笑)。
改めて参列時の写真を見ると小生より前列の参列者は皆さん頭がハゲ上がっ・・・
何でもない。小生も気を付けて髪の毛を労わろうと今、写真を見て思った。
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神事で形代に厄を移して、宮司様に焼いて頂く。
形代には息を吹きかけて厄を移すのだが、小生の後ろにいた不倫バカップルみたいなジジ・・・中年の方が小生の首にまで息がかかる程強く息を吹き腐って、生理的にも気色悪いし、とても縁起が悪いので、その後、手水舎の水でメッチャ首を洗って清めた(笑)。
帰宅すると1月1日は小生は仕事が在ったので、資料を見ながら神社仏閣紹介のブログを更新してから寝た。

1月1日
早朝の5時頃に目が覚めたので、走水神社に初詣に行く事にした。
日本武尊と弟橘姫様と大伴久応黒主様に新年の御挨拶の御参りに行った。小生の氏神様は東京都羽村市と熊本県にいらっしゃるのだが、横浜市における土地神様や智慧の神様として崇拝している永谷天満宮は翌日の休みにユックリ参拝する計画だったので、先ずは走水神社に御参りに行く事にした訳だ。
前日永谷天満宮で不倫バカップルっぽい中年男に息を吹き込まれたせいか、元日早々変わった事が有った。
御酒の匂いを漂わせた陽気な御兄さんにガソリンスタンドで話しかけられ、何やら深酒で酔っぱらっている御兄さんは判断力が低下していたのが強い口調で語りかけて来たのだが、その後、何故か握手を一方的にされると言う珍事を経験した。
ふむ・・・
寒川神社の寒川比古様と寒川比女様の八方守り買っておいて良かったな。
いつもの小生なら話に応じず、イライラしたかも知れない。何言ってるか解らん奴の相手なんぞ平素なら絶対にしないと言うか、握手されるとは知らずに手を掴まれそうになったら問答無用で頭突きするかもな。
まぁ、御守りと言うのは正直「心の持ち様」と言う所は有ると思う。
しかし、御守りをどう言う心算(つもり)で買って持っているかと自覚する事が大切なんだとも思う。
困った時の神仏頼みと言うのは、最後の最期で自分だけではどうにもならない面を精神的に後押しして貰う事自体が大切なんだろう。
取りあえず、不倫バカップル爺の呪い(笑)は寒川神社の神様がブロックして下さったんだと思う(笑)。
てか、酒に飲まれるようなバカは一生酒飲むなボケ!弱い癖に飲むんじゃね~よ!
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先日は無かった横断幕が掲げられていた。
拝殿で参拝してから、裏山の奥宮にも参拝して、早朝の走水湾の風景を見た。
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清々しい。
この元日は朝から良い事も有った。
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御所ヶ崎近くの丘から、走水の海岸線のずっと先に綺麗に富士山を見る事が出来た。
気持ち良く1年の始まりを迎え、仕事始めも終える事が出来た。

さて、皆さんは今年一年、どんな目標を持っているだろうか?
小生は神社仏閣の保護や歴史偉人と神様に成った先人達の顕彰活動を公に頑張りたい。
間宮家の顕彰活動は今年、形に成る。
織田信長公の実質本妻の生駒お類様の菩提寺の久昌寺の支援活動を経済面でも文章でも形にしたい。
それを通じて先ずは経験と実績を積んでフォーマットを築き、横浜市内と県下の偉人と所縁深いけど荒廃している神社仏閣歴史史跡の保護と再興事業を将来担いたい。
個人的にはささやかな願いだがダイエットを成功させる。
あとは昔の様に武術を何か時間を作って習いたい。武道じゃなくて武術ね。
結果的に、公私ともに充実した1年にしたい。昨年より更に。
しかし昨年は睡眠時間が少なすぎて髪の毛に負担をかけたので、今年は本来の小生の剛毛に復活させる為に睡眠は十分に気を付けよう。
・・・と、いいつつ昨日2日は神社仏閣紹介記事用の写真撮影で徹夜のまま早朝に川崎の橘樹神社に行った後に下道で中原街道沿いに、都筑~大和市の左馬神社~綾瀬~寒川経由~二宮町の川勾神社~~二宮町国府本郷へ移動~六所神社~箱根駅伝見物~馬場公園~神揃山~大磯町へ移動~大磯城山公園の古墳群を見学~高来神社~平塚市へ移動~平塚八幡宮と回り、更に伊勢原市に移動して例年の三之宮比々多神社の初詣をし可愛い巫女さん達(笑)に鈴で御祓いをしてもらってから元宮を御参りして帰って来た結果、徹夜のまま13時間活動してしまった。
これでは、いくら禿げない小生の遺伝子でも又、髪の毛が細くなってしまう。
本当に気を付けよう。

さて、次回は神社仏閣紹介記事を更新しつつ、まだまだ未紹介の城址、神社、仏閣、歴史史跡が有るので何か解説記事を書きたいと思います。

では!皆さん、祝新年快楽!皆さんにとって良い1年に成ります様に~。
そして熊本の復興と常総市の復興と東日本大震災の復興が早く成し遂げられます様に。

皆さん、海苔に季節が有るのを御存知ですか?
空気が乾燥している今の季節が出荷初めの時期で、新海苔が美味しい季節でもあります。

実は走水海岸は海苔の名産地で、未だに正真正銘の江戸前の海苔、しかも房総半島と三浦半島の入口の比較的綺麗な水域の海苔を養殖しているので、本当に走水の新海苔は美味しいんですよ!
小生の御勧めの店は…
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ながつか水産さん。
TEL:046-842-9832
〒239-0811 神奈川県横須賀市走水1丁目2−21
走水海水浴場の駐車場の直ぐ近くに在り比較的解り易い。
他にも沢山、海苔の生産者が直売しているので、御自分で御気に入りの店を探すのも良いかと思います。
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もし、❝料理旅館やまに❞や❝かねよ食堂❞で食事する人、もしくは走水神社や観音崎方面に観光に行く人は立ち寄って見ると良いと思う。
かねよ食堂
TEL:046-841-9881
〒239-0811 神奈川県横須賀市走水1丁目1−6−4
この、ながつか水産サンが在る走水海岸一帯は、神奈川県立野庭高校(廃校)吹奏楽部の実話をモデルにした昨年のドラマ❝仰げば尊し❞のロケ地で、近隣の店舗が沢山登場して居たりする。
仰げば尊し
付近には縁結びの御利益強く若い人が良く訪れ、料理人からも崇拝されている走水神社も存在する。
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更に日本武尊と弟橘姫の夫婦が住んで居た御所ヶ崎があり・・・
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その真横の砂浜が正に、ながつか水産さんの所在する走水海水浴場だたりする。
近所には観音崎要塞史跡とカップルのデートコースに成っている観音崎灯台・・・
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観音崎灯台&観音崎要塞跡
TEL:046-841-0311
〒239-0813 神奈川県横須賀市鴨居4丁目1187
そして真っ白な砂浜の多々良浜が有り・・・
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多々良浜
〒239-0813 神奈川県横須賀市鴨居4丁目1120
カップルや家族連れで泊まりたい、昔から御金持ちの東京近郊のリゾートホテルとして有名だった観音崎京急ホテルなんかもある。
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ここはランチビュッフェも有名。
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いつも多くの観光客で賑わっている。
観音崎京急ホテル
TEL:046-841-2200
〒239-0811 神奈川県横須賀市走水2丁目2−1157−2
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ホテルの目の前は東京湾の入口の太平洋側に面した海で風景が綺麗。
ここは客層もおかしくて、駐車場にポルシェ軍団とかフェラーリ軍団とか、御金持ちの好きな車種縛りの団体が押し掛ける。小生は軽乗用車なので、たまに行くと「なんだかなぁ~」と自分で思ったりする(笑)。

まぁ、そんなこんなで、海苔の名産地なんですが、ついでも観光も楽しめるって紹介でした。

大阪に住む留学仲間が東京表参道の支店への出張で週末入り、横浜に来た。
実は同日に中国からも留学中に御世話に成った妹分の叔母さん、つまり小生にとっては仁義的に義理の叔母に当たる人物もこっちに来ているので来客が立て込んだ週末に成った。
 
そんな訳で週末、大阪の友達をみなとみらい線の中華街元町駅へ迎えに行き、奴が宿泊するホテルへ連れて行きチェックインさせてから車で横須賀へ移動した。
横浜横須賀道路で横浜の中心部から45分程度。近い。
関西には米軍が駐留しておらずアメリカ文化を感じれる場所も無いので、関西では見れない風景を見たいとの希望だった。
人生で初横須賀だそうだ。
小生にとっては既に横須賀は日常生活の一部とも言える位に馴染みの町なので案内するのは造作も無いのだが、如何せん中華街で奴を拾った時間が16時、横須賀港に着いた時には既に17時を少し回り日没後だった。
それでも横須賀は美しいのだが、案内優先で写真を撮影していなかったので横須賀の部分は過去に撮影した写真で代用しよう。
汐入駅の近くの駐車場に車を停めて、我々は先ずヴェルニー公園を散歩した。
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夕刻のヴェルニー公園はとても雰囲気が良い。
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この公園は東岸が幕末以来の軍港で潜水艦や護衛艦が停泊しているのが見える。
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公園の奥にはイージス艦が停泊しているのだが、今週は生憎(あいにく)出港中の様だった。
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本来なら3艘のイージス艦が停泊していて、かつて平安末期の三浦水軍の拠点、神奈川は三浦横須賀の文化を受け継ぐ軍港らしい風景を見られる。
昨晩は潜水艦だけしか見られなかったが奴は満足してくれたので良いだろう。
その後、夜のドブ板通りへ移動。
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汐入側は少し寂しいシャッター商店街気味だが、歩き進めるとアメリカ風の飲み屋が軒を連ねる辺りに行き着く。
丁度、汐入駅と横須賀中央駅の間位が賑やかだ。
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その一角に小生の行きつけの店に成ったTUNAMIとSURF TAKO、この2店のネイビーバーガーが別格に美味い。
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TUNAMIは店も比較的広く、来客を連れて行くのに適するので、今回はそちらで食事をした。
いつも頼むチリビーンズバーガーを注文、留学仲間は名前は忘れたがチーズがたっぷりかかったバーガーを注文した。ナイフで切ってシェアし食べ比べた。どちらも美味しいが小生はやはりチリビーンズバーガーが一番好きな様だ。
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これも以前の写真だが、チリビーンズバーガーとディアボロチキン。
美味しいので神奈川住みの人は来客が有れば是非、客人をここドブ板通りに連れて来て上げて、このハンバーガーを食べさせてあげて欲しい。
食事が終わると夜の三笠公園に移動した。
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これは昼の写真だが、夜の21時位まで開園しているし街灯と間接照明の綺麗な公園なので、こちらも日没後に散歩しても良い雰囲気。
日没後の横須賀だったが、腹を満たしてひとしきり散歩して奴も満足してくれた様で何より。
思えば留学時代の初めの頃は、よくコイツともう一人の仲間と色んな店を食べ歩いたもんだ。
それ以来の付き合いで人生の節目節目で御互いに色々話す親友に成った。
ここを出て車に乗ると、又、横浜横須賀道路を走り夜の中華街へ戻った。

途中、京浜工業地帯の夜景を見せる為に首都高速湾岸線に入り大黒埠頭PA方面へ遠回りし、横浜土産の‟元祖家系”の吉村家の土産用の拉麺を購入し渡した。
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大黒埠頭からはベイブリッジが綺麗に見える。
中華街に戻る際も、このベイブリッジを走るのだが、橋の上からは横浜のみなと未来地区を眺める事が出来る。
他府県から来ると、何とも横浜らしい風景を堪能できる道なんだな。
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夜の中華街に移動すると、目的地のJazz BarのWind Jammerの目の前に、中国留学者には懐かしい食べ物が売っている。以前に紹介した羊肉串だ。
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これは北京オリンピック以前の中国留学経験者なら誰もが懐かしがるであろう、新疆ウィグル族の料理。
香辛料が効いていてとても美味い。北京オリンピック開催に合わせて中国では露店の取り締まりが厳しくなって、ウィグル族の屋台は多くが撤去されてしまった。小生達の留学生時代は中国は色んな民族の文化が入り混じった屋台が沢山出てていた、夜、良く仲間達と屋台に出かけてはオデンや羊肉串を買って酒を飲んだ。
中華街で羊肉串を食べれた事を友人は非常に喜んでくれた。
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そしてWind Jammerへ・・・
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ここはミュージックチャージ500円のみで、ジャズの生演奏を聴くことが出来る店。
※以下、今回撮影した写真。
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内装もレトロ、クラシカルな感じでとても素敵な店なんだな。
ここで奴と癌(ガン)の話をしていた。もっと楽しそうな話題も有ったのだが、実は東京で暮らす奴の姉が卵巣癌に成って手術したり、小生の母も今現在、子宮癌に成っている。
長生きする気の有る女性は健康診断をマメに受けないといかんなと言う話と、お互いに結婚しね~なと言う話をして久しぶりの身の上話。
店を出て、横浜らしい風景の〆に夜の大桟橋へ連れて行った。
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夜22時を過ぎていたが町のライトアップは落とされておらず綺麗にみなと未来地区が見えた。
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ここ、大桟橋からは横浜ベイブリッジも綺麗に見える。
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どうやら夜の横須賀~横浜観光を奴は気に入って貰えたようで何より。
奴を関内のビジネスホテルに送り届けて小生は帰路についた・・・
帰りローソンで大福かって食べました。又、太るな。

ふむ、友人の御蔭で良い週末を過せたし、1年ぶりに親友の顔を見れて嬉しかった。
気の合う人間と一緒に過ごす時間は心地良いね。
 

先週末土曜日、学生時代の仲間との三浦半島弾丸日帰り小旅行。

友人を本牧の自宅に迎えに行き、三崎漁港に移動…
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個人的には1ヶ月間で3回目の訪問(笑)。
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三浦半島に来ると気分が晴れやかに成る。そして海風と日差しが気持ち良い。
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漁船やヨットが行き交う様も見ていて丘とは違う解放感を感じさせてくれる。
❝うらり❞と言う観光漁港の中に、小生オススメのB級グルメの屋台が有る。
鮪の串カツと鮪のコロッケだ。
その二つにサザエの壷焼を注文し、ブランチ?代わりの軽食ですきっ腹を大人しくさせた。
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写真をとっていないが、❝うらり❞の2Fはテーブル席が並んでいて、1Fで購入した特産品を食べる事も出来る。
何故外で潮風に当たりながら食べないかと言うと神奈川の三浦半島以東の海辺は非常に鳶(とんび)が多くて、折角購入した食べ物を盗られてしまうからだ。
腹を満たすと油壺に移動し新井城址の下の荒井浜を散策…
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…油壷マリンパークへ行く途中の、この道がクビレた部分は❝内の引橋❞と呼ばれる新井城址の遺構で、荒井浜の半島への敵の侵入を防ぐ❝堀切❞状の空堀の跡で、現在埋め戻されているが戦国時代当時は空堀に木製の橋が架かっていて、その橋は戦時に収納出来てしまう様に成っていた。その様な城址の橋を❝引橋❞と呼ぶ。
小生達はマリンパーク側に廻らず、新井城址の土塁残存部分側から荒井浜を目指した。
そちら側の風景は❝神奈川の景勝50選❞の一つにも選ばれている。
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この遊歩道を荒井浜目指して歩くと右手にある土と雑木林の傾斜が新井城の土塁の跡で、遊歩道敷設で削られたものの、上に登ると内側より少し高い土塁で有る事が確認出来る…
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解りずらいかな?写真の左手が土塁の海側、右手が半島陸側。
下の写真は空堀の跡。
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私有地とも市の地所とも判断がつかない境界にあるので登ってみるかどうかは個人の判断に任せます。
ここを過ぎて階段を降りると、普段は人の居ない(笑)荒井浜に夏のバカンスに来た若者や家族連れが溢れ、この時期ばかりは賑やかさに溢れている。
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小生達は、水着ギャルを❝後目(しりめ)❞に(笑)、更にこの荒井浜を通り過ぎて奥の険しい岩礁地帯へ行く。
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実は、その奥に遭難した漁師を助けた御利益の有る弁天様を祀(まつ)る洞窟がある。
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ここは中々皆見つけられない危険な場所に在る、だからこそ地元の人も大切にしている。
明治時代の小説、❝桜の御所❞に登場する小桜姫のモデル、三浦義意公の側室の真里谷武田家の姫様所縁の場所を事実誤認している人も多いが、ここは小説の小桜姫とは全く関係ない。
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しかしながら漂流した漁民を生還させたり、多くの参拝者が御縁を結んで頂けたのは事実なので、きっと新井城主だった三浦荒次郎義意公と小桜姫のモデルに成った真里谷家の姫様の御夫婦の御霊が、弁財天様を介して良縁をとりもって下さるのかも知れないね。

弁才天洞窟で小生も良縁を祈願。
これも今月2回目(笑)。
荒井浜でBBQを楽しそうにやってる水着ギャルや家族連れの前をすり抜け、海の家に立ち寄る事無く、小生達は本日のメインイベント❝ネイビーバーガー❞を食べに横須賀ドブ板通りへ移動…。
…「くそ!俺も奥さん見つけたら奥さんに水着着てもらってイチャイチャしてやる!」と思いながら(笑)。

夕食の時間が近づいて来たので、横須賀ドブ板通りを目指し車で再び移動…
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…ドブ板通りの異国情緒は神奈川県内なのに少しウキウキする。
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前回の横須賀宿泊旅行で見つけたネイビーバーガーの老舗、SURF TAKOに夕食の場所を決定。
実は、この日のメインイベントはこれだった!DSC_0019
この友人は通関士で小生とは貿易を一緒に学んだ仲間なのだが、彼とは一年に数度は会う。
小生は休日は略(ほぼ)予定がギッシリ埋まっていて、必ずと言って良い程家に居る事が無く1日に8ヵ所位の訪問地を事前に廻る準備をして訪問先でいつも最低5時間以上は歩き回っている。長いと8時間以上、運転時間を合わせると大体12時間は出掛けっぱなし。
そうで無い時は、鶴岡文庫か図書館か博物館の資料を漁って歴史関連資料をむさぼり読んでいる事が多い生活をもう3年近く送っている。もちろん、趣味の範疇。
なので、友人と遊ぶ事も少ないが、コイツとはたまに会う。
友人はチリビーンズバーガーを…
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…小生は照り焼きをチョイス。
やっぱウンマ〜(*´∀`)至福♪
この店のハンバーガーを食べたら、他所の店より遥かに美味くて衝撃を受ける。
そしてファーストフード店のハンバーガーが文字通りジャンクに感じてしまうかも知れない。

食べ終わって少し散歩しようとしたが、当日は丁度、横須賀花火大会でしかも開催時間目前…
客も町に多くてゴミゴミしていたので、我々は横浜側の横須賀港一望出きるシークレットスポットに移動。

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横浜市の横須賀港を一望出きる場所に移動。
ここからは横須賀港だけで無く八景島、伊藤博文公が大日本帝国憲法草案を纏(まと)めた場所である野島、夏島の夜景も全て一望出来る。絶景だ。
ヒントに上の写真を掲載する。興味の有る人は自分の足で歩いて探すと良い。
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三日月が綺麗だ。
散歩は郷土史に通じる。
さて、絶景で花火を楽しむつもりが…
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回りに客いない場所なので男二人で盛り上がらず数発見ると二人で・・・
「よし見たな、夏らしいことしたな。」
「そだな。みたな。」
「腹も満足だし充実したな。」
「帰るか。」
・・・終了(笑)。
友人を送り、まぁまぁ、充実した弾丸ツアーだった。

追記
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三浦から横須賀へ行く時に、行きつけの農家、石井農園の直売所のザ作兵衛で先月に引き続き又、小玉西瓜を買ったが当たり!
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三つ千円で凄く甘かった。
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石井農園の皆さん、おまけの茄子も美味しかったです。
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ありがとうございました!

ふむ、慌ただしく移動をした1日だったが振り返っても良い休日を過ごせたな。
今年の三浦の西瓜は当たり年、行くなら是非購入をお勧めする。

前回07月09日の休日雑記の続き。

3連休をとり、初日09日は横須賀市汐入に宿泊して横須賀の軍港の風景とドブ板通りの異国情緒とネイビーバーガーを満喫。
翌朝は早くから宿泊地周辺の町を散歩、ヴェルニー公園、ドブ板通りの人気の少ない風景を満喫した。
余り知られていないのだが、実は横須賀鎮守府(現:アメリカ第七艦隊基地)やドブ板通りには明治天皇が行幸した歴史が有る。
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だから、宿泊した地域には飲み屋街だけでなく、そこかしこに明治天皇の聖跡(せいせき=天皇や神格化された人物の史跡)が残っている。
例えば宿泊したハーバー横須賀は汐入駅の近くに在るのだが、この1本裏手の汐入駅前の通りは明治時代の横須賀街道の明治の新道なので、まだ当時横須賀港が埋め立てられ拡張される前に新道に掛かっていた橋が形式的に保存され、明治以前、平安京に住んだ歴代天皇には余り考えられなかった明治天皇の御幸(みゆき=行幸=天皇が出掛ける事)の古址である事を示す石碑も残されている。
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橋の名前もそのまま御幸橋。
日本全国に在る❝御幸通り❞や❝御幸通り商店街❞と言う名の場所は、日本国民の近代化を鼓舞し幕末の旧幕臣の子孫を慰問したりする為に明治天皇が日本全国旅した時に通りがかった名残を道路名に冠している場所が少なくないはずだ。
さて・・・
この橋(跡=暗渠)を過ぎ、汐入駅前も通り過ぎてドブ板通りに入ると、ドブ板通りの少し外れにも明治天皇の史跡が在る。
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明治天皇が宿泊した行在所(あんざいしょ)の跡地だ。
この石碑はSURF TAKOと言うネイビーバーガーの名店の直ぐ近くに存在するのだが、写真で、この道と十字路に成って左右を貫いているのがドブ板通り。
この石碑を真っすぐ上がって行くと階段の上に❝御幸学園幼稚園❞と❝諏訪公園❞がある。この同じ壇の削平地一帯が、明治天皇が横須賀鎮守府に御来訪された際の御宿泊所=行在所だった訳だ。
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諏訪公園周辺は宅地化されたり学校建設で削平地の空地も縮小しているが、明治天皇の行在所だった事を後世に伝える石碑はちゃんと建っている。
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残念ながら、小生の横須賀在住の知人達は、この聖跡の存在を知らなかった。
ハマっ子の小生に教えられて驚いていた。

一しきり朝の散歩を終えて、ホテルに戻って入浴し、この日の行動計画をGoogle MapをPCで開いた。
昼前にランチに行って見たかったホテルランチバイキングの食事に観音崎に向かい、その後、三浦半島で日本武尊神話の残る東海岸の風景と無人島を楽しむ行動計画を時間軸で再計算し、無理が無い事を再確認…
11時に宿泊していたハーバー横須賀をチェックアウトして、この日の予定を楽しむ為に車に乗って出発した。

左手に宮崎県の日南に来たんじゃないかと錯覚する様な馬堀海岸の美しい遊歩道ごしの海の風景を楽しみながら車を走らせる事20分くらいだったろうか?
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最初の目的地は観音崎京急ホテル。
明治~昭和の観光地として有名だった観音崎の美しい景勝地に建つ、料理が美味しい事で有名なホテル。
実は小生の実弟は、ここで結婚式をあげている。
ランチに来た事が無かったので、絶対に来たかった場所の一つだった。
この付近には走水海岸の❝かねよ食堂❞や❝縁結びの走水神社❞、明治の観音崎要塞の史跡群や❝観音崎灯台❞と❝多々良浜❞等があり、正に昭和のリゾート地だった事を納得させる店や場所が多い。
今挙げた観光地は全て❝カテゴリー「旅行(風景/お祭り/食事/買物)」の中の「景勝地・公園・映画ドラマのロケ地」❞か❝カテゴリー「Restaurant/Jazz-Bar/Bar/Hotel 」❞の中に過去に書いた紹介記事が有るので、御興味有る方は其方(そちら)を御覧頂きたい。
さて…
この観音崎京急ホテルは観光ホテルなのでロビーに入ると三浦半島の物産がいきなり並んでいる。
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だから、御土産にも事欠かない。便利。
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現在はアニメか何かとコラボもしている様だ。どこも観光客誘致に熱心だ。横浜の大仏次郎記念館も似たような文豪なんちゃなかんちゃらってアニメとコラボイベントを行っていたな、確か。
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ランチバイキングは浜木綿(はまゆう)と言う、三浦半島を代表する植物の名を冠したレストランで食べる事が出来る。
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ホテルのレストランだけあって、落ち着いた内装で綺麗なのだが…
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この日は、どう言う訳か年配の御姉様方が大挙押しかけてらっしゃって、少々混雑して落ち着いた雰囲気ではなかった(苦笑)。
しかし、このレストランの眺望は素晴らしく…DSC_3207
眼前には東京湾の略(ほぼ)出口に位置する観音崎の綺麗な海が見える。
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何か知らないけれど、この日はパスタやパンを食べずにサラダと肉料理を沢山食べた。
無論、美味しかった。
この付近の走水が嘗(かつ)て、倭建命(やまとたけるのみこと)と弟橘姫(おとたちばなひめ)の夫婦神が房総半島目指して渡航する際に立ち寄った聖跡だったりする。
そんな訳で、この日のメインの訪問地は無人島猿島だったのだが、乗船する桟橋に移動する前に走水神社に用事も有ったので立ち寄った。
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用事は二つ有り、一つは海外から失恋💔して帰国した女性後輩が良縁に恵まれる様に、ソイツの縁結びを代理で行う事。
もう一つは、もう何回も来ているのに未(ま)だ御朱印を頂いた事が無かったので、御朱印帳に走水神社の御名前を加えさせて頂く為だった。
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御朱印に関しては既に色紙に書いて頂いた物を、倭建命と弟橘姫様の御分霊を頂いた心算(つもり)で大切にしているが、最近、延喜式内社と延喜式外社を再訪し御朱印を頂いて回っているので、自分の用事では無いが良い機会だった。
この走水神社も以前記事に書いているので、❝カテゴリー「寺社/仏閣/城址/有形文化財/伝承と伝統文化」の中の「神社(延喜式式内社と歴史千年以上の古社)」❞から探して貰えば縁結びの御所ヶ崎の砂の事を含めて書いて有るので興味が有る方は、そちらも見てくれば詳しい事が書いて有る。
さて…
猿島に渡るには、先ず、以前も紹介したが対馬海戦で東郷平八郎元帥が乗船し旗艦として活躍、現在は世界三大名鑑に選ばれて保存されている❝三笠公園❞に行く必要が有る。
三笠公園も以前の❝カテゴリー「戦艦」❞で記事に書いた。
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しかし、この日は観音崎京急ホテル同様に何故か、いつもは空いてる三笠公園駐車場が満車で、付近を車でグルグル廻り空き駐車場を探す羽目に成った…
SAIKAYAパーキングと言う場所に行き着いた。
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何か良く解らんが、アニメオタが好きそうな女の子をイメージキャラクターにしているらしく困惑したが、猿島フェリーに乗船すると駐車料金割引に成るらしく、非常に助かる。
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でも何か入り難い駐車場だ(笑)。しかしながら良い目標物には成りそうだな。
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乗船する桟橋は、戦艦三笠の真横、発券所もその近くにある。
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駐車場が満車なだけあって、フェリーも乗船客でごったがえしていた。
フェリーに乗るのは仕事で香港⇔深圳を行ったり来たりしていた頃以来、少し楽しみだった。
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出向すると海風が実に心地よい。
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乗船10分足らずだったろうか、あっと言う間に猿島に到着した。
凝灰岩の島。落石も多いが、要塞を作るには適している。
現在では緑豊かな島、そして法華宗とにとっては法華の大家の1人である日蓮宗祖師、日蓮上人所縁の霊場でもある。
しかしながら夏の猿島は…
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BBQを楽しむ若者達で賑やかです。
う~ん、猿島なんて絶海の孤島で鎌倉時代に修行の必要を感じた日蓮上人や、日本の守る為、首都東京を守る為に要塞としての猿島に赴任していた明治時代の軍人さん達は、今の風景を見ても怒りはしないだろう…
寧ろ、日本の国力が充実し自衛隊の防衛力が高まり、嘗て戦場で干戈(かんか)を交えた日米が連携して外敵が領海に入らない様に防衛している事で、横須賀近隣の市民や外国籍の観光客が幸せそうに一緒に余暇を過ごし、カップルは手を繋ぎデートしているのを見れば、走水の倭建命や弟橘姫様と一緒に喜んで彼等を見守って下さるんじゃないかと思う。

さて、この猿島、真偽の程は不明だがジブリアニメの❝天空の城ラピュタ❞でロケハンされた場所だとされている。
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豊かな自然と、コケ生(む)した煉瓦の要塞が何とも不思議な感じがする。
空気はすこぶる清々しく、鳥達の囀(さえず)りも癒される。
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とは言っても要塞なのだから当時の施設は軍事に関する物で、史跡として保護されている事も有り一部展示用に其(そ)の儘(まま)残っている。
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弾薬庫。
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このトンネル群は立坑もあり、上部の砲台に繋がっている。DSC_3287
円形の場所が砲台の跡。
現在では砲塔は撤去されているが、当時を偲(しの)ぶ有る工夫がされていて…
現地に看板をちゃんと読んで学習しながら散策しているとある事に気が付ける。
実はスマホアプリのQRコードが掲載されている説明書きが有って、そのQRコードからとあるアプリをダウンロードすると…
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スマホに映る風景に、当時の観音崎砲台の大砲や、ここ猿島砲台の大砲を画面上に再現出来る。
これを知っている観光客は少ない。
…と、言うか小生も知らないで来て説明板全て読んでいたら、その一つに仕掛けが有るのに気が付いた訳だ。
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自然を感じながら要塞を見学出来て良かった。
ただ、観音崎要塞の方が規模は大きいようだ。
観音崎要塞は以前、❝カテゴリー「近代西洋建築と文化/鉄道/艦船/史跡 」の中の「近代要塞/港/空港」❞で紹介して風景写真も掲載してある。観音崎には灯台もあり風景もより綺麗だが猿島はBBQやキャンプが出来る分、レジャー観光地としての楽しみが有って若者向けかも知れない。
海を楽しみたいのなら、猿島の方が良いだろう。
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釣りも禁止ではないようだ。
島の磯側には日蓮洞があって鎌倉時代の日蓮上人が修行をした史跡でもある。DSC_3299
日蓮宗の人にとっては訪れる価値が有る場所なんじゃないだろうか。
もっとも、落石が有るので進入禁止。
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他にも船着き場近くの休憩所には、猿島史跡に関する解説の常設展示が有って歴史好きには、こちらも楽しめる。
ふむ…
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有意義な時間を過ごせた。
猿島を離れ、あの怪しいSAIKAYA駐車場に移動する時、三笠公園から米軍横須賀ベース方向に繋がる歩道の噴水と池があるのだが…
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花が綺麗だった。
こんな↓碑文も在ったりする。
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童謡❝めだかの学校❞を作曲した茶木滋サンは、この横須賀市汐入の御出身だそうだ。
ここは何回も通っているのに、まじまじ読んだ事が無かったので良い発見に成った。
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SAIKAYAパーキングの近所が横須賀米軍基地で、信号待ちしてるとSEE YOU AGAINの看板が見送ってくれる。
アニオタSAIKAYAパーキングから車を脱出させ、この日の宿泊地である三崎漁港に向かって出発…
三浦縦貫道路と言う有料道路を使うと近いのだが、小生が好きで以前は毎週の様に散歩に来ていた三浦海岸駅から近い琴音浜を訪れた。
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ふむ、ここは変わらない。落ち着いた優しい海だ。
少し潮風に当たってから出発…
江奈漁港を経由して三崎漁港に行く事にした。
江奈漁港は江奈湾と言う荒々しい磯の海岸で、昭和中期くらいまでは富裕層が散歩に来たりする海岸沿いに遊歩道が有った。現在は自然の景観を壊す事から撤去されているが、小生は現在の江奈しか知らないので寧(むし)ろ自然の豊かな今の景観が好きだ。
…心が疲れていた時に頻繁に磯遊びに来ていた江奈漁港。
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この海と、当時の彼女にだいぶ救われた。
海に感謝をして、直ぐに三崎に出発。
途中、剣崎灯台の辺りには風力発電の風車が在ったりする。
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この付近からは、天気が良くて海上の水蒸気が少ないと富士山が綺麗に見える。
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たまたま雨天の翌日の快晴で、雲のかかり具合も水墨画の様に綺麗な夕時の富士山が見える事が出来た。
手前の延々と続く農地の風景も癒される…
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三崎漁港に着くと、既に宵の時間に成ろうかと言う頃だった。寄り道し過ぎたか?
宿泊するホテルは三崎漁港の市場の目の前。
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宿はサンポート三崎と言う、船員会館の様な船乗りの保険組合の保養所なので、1泊2食付7500円と格安だった。
ここは外観よりも内装が綺麗。
❝じゃらん❞で予約したのだが、
御酒を楽しみたい人やマグロの珍しい料理を食べたい人は、朝食付きだけのプランで宿泊して、三崎や城ケ島の商店街の寿司屋やマグロ料理専門店に行くのも良いと思う。
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小生は連休最大の目的が、翌日7月11日が油壷にあった新井城落城日から500年に当たるので、尊敬する武将の1人である三浦義意公の御廟所に献花する為に三浦に来た。
三浦に行くなら普段横浜から近く見落としがちな場所も宿泊して探訪してみようと思い立ち、横須賀や三崎に宿泊を決めた訳だ。
このサンポート三崎は家族連れや外国人の宿泊も想定しているのか、色んな柄の浴衣を自由に選べるシステムだった。
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これは女性が喜びそうだ。
部屋も綺麗だった。
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1人でツインに泊まっても仕方ないんだけどね…
ここしか空いて無かった。でも部屋の清潔感はそこそこの値段のホテルと同等くらい。
しいて言えば、コンビニが徒歩5~6分と微妙に離れているのと、料理屋の多い三崎銀座商店街も徒歩10分位離れているのが弱点だが、車で来ているので寧ろ、油壷~三崎町~城ケ島と廻る拠点には打ってつけの立地だった。
日曜日の朝にはホテルの目の前で朝市も開かれる。
食事前に、好きな三崎の商店街をフラついてみた。
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平日月曜日なので客はまばら…
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この❝黒羽亭❞はTVに良く出るマグロ料理の専門店で、目玉とか変わった部位も食べれる。
寿司が食べたい人に一押しの店が、黒羽亭の左隣の❝紀の代❞
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ここもマグロ水揚げ漁港ならではの変わった部位、マグロの皮や白子なんかも食べれるし、御店主は寿司職人としての技術も確かで人気店でもある。
小生は寿司を食べたくなると良くここに来る。
この2店は以前❝カテゴリー「和食全般/居酒屋/懐石料理/旅館」❞で紹介している。
腹時計が夕食を欲っする時間に成ったのでホテルに戻り、食堂で夕食を頂いた。
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この日の夕食の献立は、備長マグロの鍋やマグロの御造り、魚料理が数品と、写真とは別に汁物と御飯がついている。
一人旅には十分贅沢だ。これで7,500円は素晴らしいと思う。
三崎の商店街を散歩中に提灯が飾ってあったのが目に留まったので、ホテルで質問した所、2016年は7月16日が三崎町の鎮守、海南神社の例大祭だそうだ。
これを聞いて翌週の再訪を決めた。

翌日11日の休日雑記へと続く…











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