歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

熊本地震の義捐金受け入れ窓口 ふるさと納税義捐金公式ホームページ→http://www.satofull.jp/static/oenkifu_kumamoto.php

タグ:港屋

前回の❝休日雑記❞これ⤵
【休日雑記】07月11日~14日・・・三浦半島景勝地と聖地の旅(その①小網代海蔵寺~油壷扇谷上杉流三浦家御廟所~荒井浜~弁才天矢倉~ザ作兵衛)。
それ⤴の続き・・・

11日、油壷マリンパークの半島に在った新井城の落城した日、三浦義意公と道寸公の親子の命日に御廟所に御参りした。そこから帰宅し、改めて週末に三浦半島訪問。
この日の午前中は用事が有って中区にお出掛け、午後も良い時間に成り日没の2時間位前を目標に宿泊予定の城ヶ島に到着する様に中区を出発。
横浜横須賀道路で三浦市を目指す。
CIMG7272
夕刻近く、まだ昼食を食べていなかった小生は横浜横須賀道路の横須賀PAで昼食を食べる事にした。
CIMG7273
上下線ともに売っている名物の❝横須賀海軍カレーパン❞を食べたかったので。
本当は午前中に急な用事が入っていなければ、朝から横須賀で軍港ツアーのクルージング観光をしてドブ板通りでネイビーバーガー食べる予定だったが時間無く実行に至らなかったので、せめて横須賀らしい物を食べて置きたかったから。

CIMG7274
葉山みかんサイダーと鮪カツと海軍カレーパンを購入。

CIMG7275
う~ん・・・
個人的な感想としては上り線の売店の海軍カレーパンの方が美味しい様に感じた。まぁ、個人の感想なので皆さんは気にしないで良いと思う(笑)。
食事を終えて、少し休憩してから再出発。

CIMG7287
城ヶ島バス停傍に広がる城ヶ島の御土産物屋の商店街、ここは昭和の趣の中に何だか明治大正の文豪達が歩いた事の雰囲気が残る様な気がするのは小生の思い込みだろうか?
江ノ島の江島神社の参道~奥津宮に続く商店街や鎌倉市長坂の下地区~長谷観音~下馬の商店街に似た雰囲気が有るかな?
城ヶ島の商店街を抜けて直ぐの所に宿泊予約した港屋は在る。

DSC_1038
港屋この港屋、2年前に三崎漁港のサンポート三崎に宿泊した際に早朝城ヶ島散歩に来て・・・
「あ~、風景の良い旅館だな。ここに宿泊して夕焼けを見て、早朝に磯を散歩したらさぞ気持ち良かろう」
・・・と思い、後日、偵察も兼ねて昼食を食べに訪れたらとても美味しくて今度は宿泊しようと決めていた場所だった。
13737628_1043711782378242_4993883203102795178_o
その日食べた料理の一部、シラス丼と❝あまがに❞の味噌汁。城ヶ島では❝ヤドカリ❞を❝あまがに❞と呼び料理の食材としている。味噌汁も美味しい出汁が出ていた。
その時の思い出は御主人が調理場を切り盛りしておられ、奥様が旅館全体を仕切りながら調理場もフォローしていると言う印象だった。
元々、河内源氏の棟梁で鎌倉幕府初代征夷大将軍と成った源頼朝公の最大の支援者であり平安時代を代表する忠義の名将の三浦義明公や、その孫で実務力と戦略眼に長けた和田義盛公を非常に尊敬している小生、その故地である三浦半島には小生個人的に恩義が有る。
過労で元気が無くなっていた時に休みに三浦半島に来て何もせずに1日海を見て過ごしていると頭真っ白のままでも何となく穏やかな時間が過ぎて行き、又は当時はまだミシェランガイドに掲載されておらず客の少なかった鎌倉の報国寺の竹林で抹茶を飲みながら緑の笹の葉から差す優しい木漏れ陽を見ていると心が落ち着い少しづつ元気に成り本来の行動力を取り戻す事が出来た。
だから三浦半島には恩義が有り、だからこそ年に数回三浦半島の小さな旅館を宿泊して廻っては紹介したり、現代の若い衆が余り知らないインスタ映えする様な景勝地を紹介したりしている。先々出版物で三浦市の観光業の一助に成れば良いなとも・・・
それで今年は港屋に来た。この港屋はとにかく眺望が良い。
CIMG7277
部屋は全室オーシャンビューで目の前は城ヶ島の長津呂と言う景勝地だ。
CIMG7280
この先、港屋は定宿にしたいなと思うし、年に数回三浦半島に泊まるから城ヶ島の他のホテルやペンションにも宿泊して宣伝出来たら良いなと念願している。
少し話は港屋からズレるが、小生は坂東平氏の祖先で日本を乗っ取ろうとした藤原一族と宗教的政治的に❝遷都❞によって戦いを繰り返した桓武天皇と、その皇孫である平高望(たいらのたかもち)王と鎮守府将軍の平良文(たいらのよしふみ)公と、御子孫の三浦家の殿様をリスペクトしている。だから三浦に恩返しするのは当たり前なんだな。それは小生に御利益を授けて下さった神社仏閣の神仏に対する恩義と同じ程に感じている。
港屋、宿泊して見たら小生一人にはとても部屋が広かった!
CIMG7283
CIMG7277
デッカイ関東の畳で8畳も有った。部屋も綺麗。景色も綺麗。
DSC_1047
御茶菓子、御茶、コーヒーが有った。
DSC_1046
バスタオル、タオル、浴衣。これなら日帰り旅行に来た恋人同士で当日いきなり宿泊したくなっても大丈夫だね。下着はコンビニで売ってるし・・・て城ヶ島コンビニ無いから島外の三崎町で買わないといけないけど。
DSC_1045
部屋風呂は無いものの洗面所含め部屋の施設は綺麗だ。
DSC_1043
トイレもウォシュレット。民宿的な規模の旅館としてはかなり頑張ってる事が解かる。
CIMG7284
館内も白基調で明るい感じ。
CIMG7285
ゴテゴテしてなくて落ち着いていて小生は好きかな。
部屋に荷物を置くと夕日の時間に海を眺めながら夕食をとる予定で散歩に行く事にした。

そうそう、以前は昼食時の食堂としてもやってらっしゃったのだが現在は宿泊客しか受けないとの事、港屋サンの御飯を食べたいなら宿泊して夕食を食べるしか今は無い。小生は当初は❝朝食のみ❞の単独宿泊9000円のプランで予約して、夕食は三崎漁港に行こうと思って。無論、一人だから割高なだけで二人以上で宿泊ならかなり安い。二人以上で一泊二食付で9000円で泊まれて更に立派な食事が付く訳だ。
小生は独りの一泊朝食付で予約していたのだがチェックインした際に・・・
「あ~、どうせ御金を払うなら城ヶ島で食事をした方が地域の為に成るし、三崎はしょっちゅう行ってるから夕方~日没までゆっくり城ヶ島を満喫して過ごした方が良い。」
・・・と思い直した。
到着して直ぐ女将さんに唐突に・・・
「やっぱり港屋サンの夕食を食べたいと思い直したのですが、急遽何か準備して頂く事は可能でしょうか?」
・・・と御相談差し上げたら「良いですよ、それでしたら3000円のコース等準備できますが如何でしょうか?」と言う趣旨の事をもっと優しい口調で提案して下さったので、それで食事時間を日没の19時に御願いしてプランを変更して頂いた。わがまま言ったのに臨機応変に対応して下さってありがたい。
港家を出て先ず、商店街に戻り御土産物屋サンを物色した。
CIMG7288
うん、この雰囲気大好きだ。まだ夏休み前だし、もう日没も近い時間だったのでバスも少なくなる事も有り観光客は少なく昼の賑やかな感じとは違い❝鄙びた雰囲気❞を醸し出していて、コレも情緒有り良い。
そこから城ヶ島灯台に登って見た。
CIMG7289
ここも夕方来ると雰囲気が違うんだね~!
昼来ると真っ青な空と、周りの海と暑い夏の空気感が凄い場所だけど夕方、何だか泣きそうな位の不思議な懐かしい雰囲気が出迎えてくれた。
CIMG7290
夕日が真っ赤じゃなくて未だ黄金色に光り、翼の様にV字に広がる白色と灰色の雲と相まって、映画の1シーンでも使えそうな感じ。
CIMG7292
灯台から港屋が見える。
CIMG7293
灯台から海岸の法に降りて来ると、2年前と同じ真っ赤な御花が出迎えてくれた。
う~ん・・・今年は梅も桜も躑躅も薔薇も紫陽花も開花が早かったから、名前も知らないこの赤い娘達ももう見頃が少し過ぎた位だった。でも綺麗だね。
CIMG7295
海岸を歩く。
翌朝、改めて山百合を見る散策をする予定は有るが、夕刻の長津呂~馬の背洞門を歩いた事が無かったので散歩して見た。
CIMG7297
夕日がハッキリ見えないけれど、優しい光を感じられる天気だった。
CIMG7301
港屋が見える。港屋の前には長い自然地形の入江が広がる。
この手前の入江が恐らく❝長津呂❞なんだろう。
地名の由来は良く解らないが恐らくこんな感じだろう・・・
長・・・長い。
津・・・港や船溜まりの意味、つまり津波だと港で破壊的な威力に成る波の意味が有る。
呂・・・古来は岩屋(いわや)や岩窟(がんくつ)の意味。
・・・漢字本来の意味のままだろう、この長細い自然の隆起して露出した海底の柔らかい地層が海蝕され出来た入江が昔は漁師の船溜まりとして利用されていたんだろうと推測する。詳しい事を地元の人に聞くのを忘れたので実際の所は未だ解らない。又、改めて聞いてみようと思う。
CIMG7300
馬の背洞門目指して歩くと、自然の岩盤を明らかに四角いプール状にくり抜いた岩場が有った。
何だろう?昔何かに利用する目的が有って削岩された場所なのは間違いない。今では穴が開いて海に繋がっている様で波に合わせて水面が満ち引きしていた。
CIMG7302
磯釣り客がいた。波にさらわれないか見ている方がハラハラする。
CIMG7299
少し東に向けて海辺の磯を歩くと馬の背洞門が見えて来た。
もっと先に進む。
CIMG7305
お!っと思った。今年の城ヶ島も岩場には山百合が沢山!
CIMG7306
うん、綺麗だ!この子達に会いに来たんだ今年も夏の三浦に♪
CIMG7307
でもユックリ鑑賞するのは真っ青な快晴の天気予報の翌朝に、日没も近いので先を急ぐ。
CIMG7310
小生は写真撮影が下手くそだが、今時女子や学生諸君はスマホでももっと上手に撮影出来るだろうねぇ~!絶景!
更に前にズンズン進む。
CIMG7313
・・・と、ここで更に先に進み全部見てしまうと翌朝の楽しみが減るので旅館に戻る事にした。
CIMG7314
戻る時もチラホラ山百合サン達・・・
CIMG7316
う~ん綺麗だ!
CIMG7317
馬の背洞門は城ヶ島の中央南、港屋は西南側に在るので帰路は西を向く事に成る。自然に夕陽に向かって歩みを進める訳だが、陽光を背にした岩礁の景色も美しい。
穏やかさと荒々しさが両立されている余り見られない景色。これも夕陽だから出る雰囲気なのかも知れないと思うとラッキーに感じ散歩していて独りの寂しさも紛れた(笑)。
CIMG7319
港屋の近くに観光案内図も有って参考に成った。
旅館に戻り御風呂をに入った。
風呂は現在は内風呂だけ、以前は露天風呂も利用できたが今は暫時人手不足で利用中止との事。でも内風呂が貸し切りなので満足。
CIMG7321
早い者勝で鍵かけて自由に入浴して良いんだって♪
風呂の場所を聞く時に従業員の方に初めて聞かされた・・・
実は港屋、一昨年の7月小生が食事に訪れた後に大将が亡くなってしまったそうだ。そして暫く営業休止していたのが数ヵ月前から再開したのだが、再開以来、女将さんが一人で頑張って切り盛りし従業員さんと一緒に料理も質を落とさず頑張っている。
・・・こう、頑張ってる人の話を聞くと本当に応援したくなる。泊まる事が出来て良かった。
CIMG7324
御風呂は流石に内風呂とは言え一人では広すぎる位。
これなら家族で来ても子供2人~3人+夫婦で皆一緒に仲良く入っても大丈夫!宿泊していれば目の前の長津呂で海水浴&シュノーケリング楽しんでから海の家代りにも御風呂に入れるね。
CIMG7327
旅館食堂前の風景。露天風呂からもこの風景と夕陽が見えるのだが、今は管理者が女将さん一人なのと人手不足で残念ながら露天風呂は暫時使えないが食事しながら同じ風景が楽しめる。
いつか女将さんを慕う御客サンに港屋再開が更に周知され、そして料理と景色を気に入る若いカップルの宿泊も増えて、更に人を雇える様に成り、そしてこの景色を又露天風呂で楽しめる日が来る事を切に願う。
そう言えば女将さんにチェックインの時に言われた!
「独りはダメですよ~(笑)!」
・・・って、独身の小生に向けて「早く恋人連れてきてください(笑)」ってジョークと合わせた言葉かと思ったけど、もう会えない御主人の為にも頑張って旅館再開した女将さん御自身の事も表した言葉だったんだね。
CIMG7328
食堂からも御覧の景色。
CIMG7339
部屋も別の客とはパンテーションで部屋ごとに仕切られているので家族連れや恋人同士で他を気兼ねせずに食事が楽しめる様に配慮されていた。
CIMG7334
小生は❝アンチ❞アルコール人間なので旅先気分だけ楽しめれば充分、なのでノンアルコールビールを注文した。もしかしたら夜中に車で三崎町に行くかも知れないと思ったしね。
CIMG7335
そしてカンパーイ♪独り旅だけど楽しい。
本当はちゃんと大切にしなきゃいけない伴侶と結ばれて夫として奥さんを週末の小旅行御泊りデートで連れて来て「奥さんが一緒に居てくれたらもっと楽しいだろうな」とも思いながら・・・
料理は3000円のコースだが充分品数が出て来た。
CIMG7333
先ず、自家製イカの塩辛、アカモク、鮪角煮、サラダ。
このイカの塩辛が港屋オリジナルの自家製で絶品!御土産でも販売しているのだが、小生は実は市販のイカの塩辛が生臭く感じ食べられない。しかしコレは一口食べて「うんまぁ~(*´ω`*)♡」と思った。
そして・・・
CIMG7336
バチ鮪、イカの刺身。一人分にしては多くて嬉しい♪当然ながら美味い!
何を隠そう、鮪も獣肉も油の多い部位より赤身が好きな小生、これは本当に御馳走なのだがバチ鮪の赤身として港屋サンの御刺身美味しかった!
CIMG7337
そしてメインディッシュの鮪のカマ焼き!
本当ね、これ全部三崎漁港でアラカルトで頼んだらエライ値段に成るよ。
ほぼ体重80kgの男の小生1人分でも少し多く感じる位の量で色んな種類食べれて3000円なら、一人での宿泊で朝食付き9000円+3000円コース=12000円でも安いよ。
これで普通に2人以上で宿泊すれば更に良い料理で1泊1人9000円でしょ?良心的過ぎる!
御主人亡くなったばかりで大変なのに、料理の内容下げないで頑張ってる女将さんの努力を感じる。
写真撮影し忘れたけど、美味しい味噌汁と御飯も出て来たよ。
CIMG7340
そして食後はココアムース。
これで3000円は凄い!この品数を三崎漁港で一人で食べたら凄く高く成ってしまうし量が多く成り食べきれないだろう。このコースを気転を利かせて提供して下さった女将さんに感謝!
DSC_1041
部屋に戻り陽が沈んで濃紺の宇宙の色に戻りつつある空を眺めた。
DSC_1074
夜、部屋に戻ると持ち込んだPC広げて少し物書きしてからPCは片づけ、TVを付けてから海蔵寺で受け取った写経の台紙と御住職が抜粋した金剛般若波羅蜜経の御手本を広げチャレンジした・・・
ここが前回の休日雑記で行ってた「結論から言うと写経は3枚とも書き損じた(笑)」の部分。
・・・3枚とも書き損じて失敗、それから「まぁ~失敗したら日を改めて納経するか!」と直ぐに思い直し、「どうせなら金剛般若波羅蜜経の全文、自分で読んで見て抜粋じゃなくて全部分写経しよう!」とポジティブな方針転換を決めた。改めてPC開いて未読の金剛般若波羅蜜経を調べると全文が愛知県西尾市の岩瀬文庫サンが画像データ化して公開して下さっていたので、改めて写経する御手本も見つかった。
CIMG7341
この後は御土産物屋で購入していた❞いか太郎❞を食べながら、部屋のTVを見て、暫くすると眠く成ったので就寝した。
実は自宅の自分の部屋で寝るのは落ち着かず寝付き悪い小生、この旅館では本当にグッスリと眠れたのだが、不思議とそれ以後、自宅に戻ってもグッスリ眠れる様に成った!
城ヶ島の風土が小生の不眠症気味に成っていたのを解消してくれた様だ。城ヶ島に感謝!

→その③に続く・・・



















前回の記事が7月30日の休日雑記なので前後してしまうけれど、7月16日の休日雑記も兼ねた❝三崎漁港❞の❝海南神社❞の例大祭を紹介したい。

2016年07月11日が尊敬する三浦義意公の太陽暦での命日だったので連休を取り菩提寺への御参りと御廟所への献花をするがてら横須賀~観音崎~三崎~城ケ島~油壷~諸磯~三浦海岸を旅行した。
…横浜に住んでいるので車で45分程度の距離、本来は宿泊する必要も無いのだけれども三浦半島をたまにはユックリ旅して見ようと思った訳だ。
その時に、宿泊先の給仕係のオバちゃんと三崎城址のローカル知識を御教授下さった三浦市の教育委員会の方に、「週末16日に行われる海南神社の例大祭がとっても賑やかだから是非、見学に来られては如何か?」と観光の御推薦を受けていたので「是非にも!」と約束をした事を守る為にも、美味しい物を食べる為にも御祭りを見学する事にした。
DSC_3615
真ん中で鉾(ほこ)を持ち、天狗面で左右に部下を従えて立っているのが猿田彦(さるたひこ)を演じる氏子サン。
猿田彦は天照大神系の武御雷(たけみかずち)神等、敵方の軍勢を先導し出雲神族の神域への侵攻させた❝出雲系の神様❞で神楽等を司(つかさど)っていた。
だから祭りの先頭にたっているんだろう…

この日の祭りは12時から海南神社で神事がスタートすると三浦市役所の方に聞いていたので家を10時に出て、御寺で写経をして11時に横浜を出発したのだが、生憎(あいにく)と夏季の三浦半島の観光地はどこも繁忙期で高速道路も一般道路も全て渋滞…
三崎漁港の海南神社に到着したのは12時半頃だったが、まだ海南神社の境内では神輿の担ぎ手が気勢を発し大声を上げて町内の人々や観光客で盛り上がっていた。
どうやら三崎町の町内各地区に何基も神輿や山車が有るらしく、地区毎に順番に海南神社で出発の儀式をやるらしい…
DSC_3656
だから商店街にも待機している山車が沢山いたんだね…
先に出発した神輿も見かけたので「もう神社の御祭りは終わったのか?」と勘違い。
だってね…
DSC_3611
お好み焼きの屋台も、❝ちんちん❞焼き(笑)の屋台も観光客が全くいない!
DSC_3609
海南神社に向かう途中は焦って小走りに成ってしまった。
因(ちな)みに❝ちんちん焼き❞なんてハマっ子の小生も三崎町でしか見た事が無い(笑)。
なんか卑猥(笑)な名前だが、オノマトペで「ちんちんに熱い」とか言う熱さを表現する言葉が恐らく名の由来だろう。
しかし、そんな懸念は何のその、到着した海南神社は参道は人出溢れかえり、寧ろなかなか境内に入れない程だった。
DSC_3618
ものすっごい活気!
新興住宅地だれけの横浜市内では廃れてしまった昔ながらの御祭りの活気!
そして漁師町=三浦水軍=北条水軍の町だけあって、参加者の町民がワイルドな人が多い(笑)。
DSC_3628
担ぎ手たちが神輿を持ち上げ激しくゆする度に観客達から「オオぉ~っ‼」と言うどよめきと歓声と拍手が巻き起こる。
DSC_3625
海南神社は狭くはない境内、寧ろ中の上位の敷地が有る。この時は境内に神輿が3基残っていて氏子と参拝客と観光客でゴッチャゴチャ(笑)で狭く感じる程だった。
しかしながら、この様な活気有る御祭りは横浜に現存しないので非常に羨ましい。
実は❝ちんちん焼き(笑)❞の強烈な名前を見て思い出したのだが、多分、小生は過去に数回、この海南神社の例大祭を偶然見ていた。
この神社を支援した鎌倉時代の水軍大将で三浦家当主の三浦義澄公に引き寄せて頂いたんだなぁ~としみじみと思う。
病気で辛かった時期に、本当に三浦半島の海に癒されて回復する事が出来たのも御縁なのだろう。まぁ、当時の彼女さんの存在も有ったのだけれど、三浦家の殿様達にも、昔の彼女にも、三浦の風景にも、三浦の海にも、親切な三浦の人々に感謝しかない。
さて、海南神社はこの例大祭の外にも源頼朝公由来の❝チャッキラコ❞と言う神事が有る。2014-01-15-13-52-26
ユネスコに❝世界無形文化遺産❞に指定されている、町の御祭りだ。
※チャッキラコを紹介した以前の記事は「ココ」←クリック!
頼朝公の宿泊する各季節ごとの異なる別荘が三崎町内にいくつか在ったので、この様な頼朝公所縁(ゆかり)の祭りが伝承しているのだ。
因みに、三崎漁港だけでも❝桜の御所❞と❝椿の御所❞が嘗(かつ)て存在した。頼朝公もこの地の風景と人と食事が好きだったのだろう。同地は源頼家公や源実朝公も滞在されたそうだ。
現在では鮪の水揚げが海外勢に押され気味で江戸時代~昭和初期の活気は無いが、平安時代末期~戦国時代の鎌倉文化と水軍の町の色が現在も多く残る土地でもある訳だ。
DSC_3655
町の中にも幾つも山車や神輿が繰り出すので、次第に普段は過疎に成りつつある三崎漁港が全盛期の活気を取り戻していく…
その様にも感慨深いものが有る。

海南神社の夏季例大祭の賑やかさは伝わったと思う。

ここからを休日雑記代わりの07月16日の日記部分としよう。
御神輿に随伴しながら賑やかな御祭りをひとしきり見て満足したら、大好きな三崎漁港の商店街をプラプラ散歩、つい4日前にも、この三崎に宿泊した直後だけど飽きない。三崎漁港は良い…
DSC_3653
昭和の雰囲気を残す建物が多く有る。写真館とか蔵屋敷とか…
DSC_3530
駄菓子屋さんとか…
DSC_3605
玩具店も…
DSC_3606
懐かしい昭和のオモチャ屋さんぽい感じ。
DSC_3607
この町で育ったら、根性ねじ曲がった人間には成らなそうだ。何だか町全体で子育てしてるような人々の繋がりを感じる。
DSC_3662
三崎町は映画ドラマの撮影にも協力していてNPO法人❝三浦映画舎❞なんて団体がいて、休日だと上の写真の展示館で撮影された作品の撮影中の写真や芸能人のサイン等が展示されている。
仰げば尊し
現在放送中のドラマ❝仰げば尊し❞の撮影にも関与している様で、三浦半島の風景がドラマ中に多く登場する。
その事は最近、ブログで紹介したので御興味有れば見て貰うと、ロケ地が書いて有る。
】←ココをクリックで記事にリンク!

一しきり散歩して御腹が空いて来た所で、昼食をとる事にした。
昼食は城ヶ島でとると決めていた。
DSC_3456
前回、城ヶ島を散歩した際に気に成っていた上の写真、旅館の港屋さんが提供しているヤドカリの味噌汁。
これを食べて見たくて車に乗り移動…
港屋に行く前に北原白秋の歌碑と、記念館を見に行った。
DSC_3666
余り知られていないのだが城ヶ島にも砂浜が有って、そこに白秋記念館も在る。
行くには上の写真の石碑の建つ遊歩道を歩いて行くと良い。
DSC_3677
そこを抜けると城ヶ島大橋の橋脚の下の砂浜に出る。
DSC_3670
北原白秋は東京で隣家の奥方と不倫の後、その奥方の離婚成立を待って略奪愛の末に結ばれて、世間の批判から逃れる様に静かな三浦半島の最南端の三崎に新居を構えたそうだ。
DSC_3671
白秋記念館の職員の方に教えて頂いたのだが…
その時に作詞した歌❝城ヶ島の雨❞の歌詞の舞台がこの島なのだが、当時、姦通罪に問われたり父弟が商売に失敗したり暗い時期の作品なので歌詞も暗い描写に成ったそうだ。
…因(ちな)みに、その不倫の末、結婚した女性は松下俊子さんと言うのだが、1910~1914年の僅(わず)かな期間で結婚生活は終了したそうだ。

北原白秋関連の場所の見学を終えて、港屋に移動。
DSC_3678
港屋は眼前に磯が広がる。露天風呂も有り、親子連れが宿泊すれば良い夏休みを過ごせるだろう。上の写真は港屋の庭からの眺望。
しかし小生の目的はヤドカリ…
13737628_1043711782378242_4993883203102795178_o
でこれが、シラス丼とヤドカリ。
食べてみたら出汁が美味しかったが、ヤドカリはグロテスク過ぎて箸を付けれなかった(笑)。
シラス丼はただシラスを載せただけでなく、御飯に紫蘇の香りがして、とても美味しかった。
周りの客層は熟年夫婦~若いカップル、友達同士と見える連れ等、幅広い年齢層の御客さんで賑わっていた。
前回、この旅館に興味を持った時は平日の昼間に散歩に来たので余り活気は無かったが、この日は土曜日だったので非常に多くの観光客で賑わっていた。
どうも京浜急行電鉄と城ケ島・三崎町がタイアップしているらしく、その観光客が多いようだ。
DSC_3680
だからかは不明だが、多くの芸能人も宿泊しているようだ。
まぁ~これだけ眺望の良い旅館で新鮮な地魚料理を食べれるなら人気あるのも納得。
…いつか泊まりに来よう。

さて…
城ヶ島散歩と腹ごしらえも済み、小網代地区は移動する事にした。
DSC_3683
城ヶ島からは車で20分位だろうか?
小網代には戦国時代最後の三浦家当主である三浦道寸公が開基した海蔵寺と言う御寺が在るのだが、前回の訪問時が丁度、新井城落城から500年、三浦道寸公と三浦義意公の500回忌に当たり、御住職に納経を依頼されていたので約束を果たしに写経した般若心経を持参した次第だ。
小生の遠い遠い祖先は古事記にも登場する、国造で、嫡流の御子孫は大宮司家だったりするのだが、小生は延喜式神名張を編纂させ古代の信仰と文化を守ろうとなされた醍醐天皇の時代の価値観を大切にしているので宗教観的には平安時代の人々や鎌倉武士達と同じ神仏両方とも等しく大切に思っているので、神社も御寺も大好きだったりする。
それとは別に文化的な物が大好きなのでキリスト教の教会の荘厳さも又別格に好きだったりイスラム教のモスクも素敵だと思うし、キリスト教の慈愛の精神とイスラム教の友愛と互助の精神も大好きだったりする。
寧(むし)ろ無宗教の連中が嫌い…
宗教を下に見て先人への敬意も払わず文化と史跡を破壊して回るマルクス主義者とかね。
DSC_3684
海蔵寺は一般参拝不可、飛地の境内地の三浦道寸公・義意公の御廟所への立ち入りも一般は不可なのだが、小生は御住職に三浦家や先人に対するリスペクトと宗教的にも神仏を大切にしている事を認知して頂けたので、御寺への参詣と御廟所への参拝の自由の御許可を頂いている。
今回、尊敬する三浦家最後の殿様の御二人500周年に納経の機会を与えて頂いた事は非常に光栄だった。
どうやら、小生の納経した写経は他に依頼した32人の方の分と共に、経塚に入れられ名前が塚に残るそうだ。
これで殿様が三浦の民に愛された歴史が後世に伝わって行けば良いなぁ~と願いを込めて奉納した。
DSC_3686
小生は佐原三浦家と最期に敵対した北条家の善政も尊敬し、北条早雲公・北条氏綱公・北条氏康公と玉縄北条家の北条綱成公もリスペクトしている。そして北条家と対立した扇谷上杉家の中で最後の鎌倉公方に忠義を尽くした武士の鑑とも言える上杉氏定公、扇谷上杉家の家臣で北条早雲公と三浦道寸公の両方とも盟友だった名軍師の太田道灌公も尊敬している。
なので、写経の為書は三浦家の殿様の供養祈願と共に関わった方々の供養祈願ともさせて頂いた。
この様な敵味方問わずリスペクトするのが本来の神道の寛容な価値観でもあり、柔和で静かな哲学を基本とする仏教との親和性でもある訳だが、それこそ日本人の習俗の源だと思っている。
…良く遊び、最後に尊敬する方々へ日本の発展の一端を担って下さった事に対する感謝も感じた有意義な一日に成った。

帰路は横浜横須賀自動車道で帰るのだが、三浦縦貫道路を通らず、一般道から横横に移動した。
DSC_3688
目的は行きつけの農家、石井農園の直売所❝ザ・作兵衛❞に作兵衛ブランドの西瓜を買いに行く為(ため)だ。
ここの西瓜は独自の❝作兵衛ブランド❞で売っているのだが、本当に美味しい!
ここで夏は西瓜や瓜、秋~冬は大根や蜜柑、初春にキャベツを買いに来る様に成って、もう10年位に成ると思う。
毎年何回も買いに来る。近所に横浜南部市場や小柴ファームと言う産直の販売所が有っても、作兵衛には絶対に季節の果実と野菜を買いに来る。この石井農園が好きなんだな~。
今年は看板娘の御婆ちゃんは骨折して治療中、残念ながら会えなかった。無事に治ります様に…
DSC_3696
今年は家族様に普通のサイズを1つと、自分用(笑)に小玉西瓜を購入。
IMG_20160716_205713
中にスが入ってるから安くすると言われた通り割れていたがギッシリ実がつまっていて、しかも今年は特に良く出来ていて甘い!
てな訳で、八月中に又買いに行く事にした。
DSC_3691
三浦からの帰路、最早、恒例に成っている横須賀PAに立ち寄りって買い食い。
DSC_3695
湘南ゴールドと言う湘南地方で生産されているグレープフルーツのフレーバーのアイス。
悪くなかった。てか、なかなか美味しい。

ふむ、歩いて知識詰め込んで感謝して充実した良い休日を過ごせた。



↑このページのトップヘ