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タグ:紅葉

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先週の様子だと秦野市の弘法山の‟弘法山公園の展望台”と鎌倉市の二階堂地区~獅子石~天園休憩所のハイキングコース‟獅子舞谷”の紅葉が今週末位に見頃に成りそうです。

天園ハイキングコースの獅子舞谷や瑞泉寺の解説はこれ⤵読んでみて下さい。

細かい事は抜きにして、今日は解説も面倒いので景色の写真だけ掲載しておきます(笑)。
最近の写真。

——獅子舞谷~獅子石~天園休憩所——
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——弘法山公園——
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——弘法山展望所ベンチ——
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・・・そう言えば、弘法山の紅葉の記事リニューアルするって言って削除したまま書いて無かった(笑)。
明日の夜にでも書いて置きます。








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大雄山最乗寺の紅葉
天狗が縁を結ぶ山奥の聖地景観】★★★★
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 ●鎌倉駅~バス乗車8分~鎌倉宮降車
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鎌倉市浄明寺地区の紅葉①
稲荷山浄妙寺と石窯ガーデンテラスの紅葉
鎌倉幕府時代の足利家の菩提寺と近代西洋建築のレストラン

【景観】★★★
 抹茶と日本庭園と紅葉を楽しめる。
【電車】 
 鎌倉駅~徒歩27分
 鎌倉駅~バス乗車8分~浄明寺降車
 ~徒歩2分       ・・・所要時間10分
 金沢八景駅~バス乗車22分~
 ~浄明寺降車~徒歩2分
              ・・・所要時間24分
【  車  】★★★
 有料駐車場有り。
 周辺にも有料駐車場有り。
【休憩】
 境内に抹茶を頂ける茶室有り。
 裏山境内に洋館レストラン有り。
 周辺にカフェ数軒有り。
オススメpoint( •͈ᴗ•͈ )       
 鎌倉幕府時代の足利家菩提寺◎
 喜泉庵で庭園見ながら抹茶飲める◎
 近代の洋館のレストランが素敵◎
―――――――――――――――――
 近所に竹林寺の報国寺と華頂宮邸も

 在り、一緒に全部廻るのオススメ♪
注意するpoint(•ω•)       
 紅葉綺麗な洋館行く道探してね!
――以下 詳細( ゚∀゚)つ ダョ♪⤵――
【見所】
浄妙寺は境内の庭の紅葉は少ないが本堂の裏山にある近代に建てられた古い素敵な洋館で石窯ガーデンテラスと言うレストランを営業しており、本堂横~そちらに行く道は場所が分かりにくいが紅葉が美しい。
武士の時代~現代を通じて婦人病の予防と治癒の淡島明神の御利益が有名で女性達の信仰を強く集める御寺だった。現在も拝観受付で淡島明神の御守りを購入する事が出来る。御本堂で御本尊の右手側、御厨子に入って祀られているのが淡島明神様。
浄妙寺境内の日本庭園の喜泉庵では抹茶と和菓子を頂きながら日本庭園を眺めゆっくり出来る。
【交通】
浄明寺バス停から歩いて5分とかからない上に、浄妙寺の有料駐車場もそこそこ広くて便利。
【周辺】
日本三古天神社の一つ、荏柄天神社が徒歩13分と近い距離に在る。
更に直ぐ近所にミシェランガイドで★★★認定された竹林寺の報国寺や皇族華頂宮家の住んでいた洋館が有り、そちらの紅葉も綺麗なので合わせて見学したい所。
 浄妙寺⇔報国寺        ・・・徒歩05分
 報国寺⇔華頂宮邸  ・・・徒歩03分
 華頂宮邸⇔釈迦堂切通・・・徒歩35分
  ※2020年現在の釈迦堂切通し
 釈迦堂切通の北側落石倒木で歩行不能。
 南側は近くに行ける。
【偉人】
足利義兼公、北条政子様、足利貞氏公、足利家時公、足利尊氏公、足利直義公。
【歴史】
足利義兼公によって真言宗寺院として開かれた後、臨済宗の禅寺に改宗した。
付近一帯が足利一門の邸宅等が有った事から南北朝時代迄足利氏が深く関与しており、鎌倉幕府滅亡後に征夷大将軍と成った足利尊氏公と後に南朝に味方して対立した足利直義公の兄弟間で観応擾乱(かんのうのじょうらん)と呼ばれる内戦が勃発した際も、足利直義公の没後、浄妙寺が菩提寺に成りえ現在も裏山に御廟が有る。
先述の通り婦人病予防と治癒の御利益の有る淡島明神信仰で有名な御寺でも有り、現在でも多くの女性観光客が参拝に訪れる。
【名物】
淡島明神の御守り
喜泉庵の日本庭園を見ながら頂く抹茶と和菓子
石窯ガーデンテラスのパンと鎌倉野菜の料理
●鎌倉彫りの食器やアクセサリー
——山門~本堂——
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——御本堂の淡島明神——
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——喜泉庵——
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——本堂横から石窯ガーデンテラス——
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【関連記事】


紅葉名所一覧へ⤵
 

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九品山 唯在念佛院 淨眞寺
奥沢城址の紅葉名所
(吉良家重臣大平家居城)

【景観】★★★★★
 寺院建築&紅葉の美しさ堪らん!
【電車】 
 九品仏駅 ・・・徒歩03分
 自由が丘駅・・・徒歩10分
【  車  】★★
 駐車場40台前後。
 ※オンシーズン入庫待ち必至。
【休憩】★★
 境内には自動販売機程度。
 駅周辺にレストラン多数。
オススメpoint( •͈ᴗ•͈ )       
 戦国期の奥沢城を寺院化した庭園◎ 
 寺院建築+紅葉のコラボが素敵💛◎
 住宅街なのに境内広く紅葉が多い◎
 九品仏再建の特別御朱印有り◎
 自由が丘駅近くレストランが多い◎
注意するpoint(•ω•)       
 紅葉シーズン駐車場メチャ待つ。
 三脚立てて止まるなよ。
――以下 詳細( ゚∀゚)つ ダョ♪⤵――
淨眞寺(浄真寺)の広い境内庭園と寺院建築に紅葉する樹木の景色がとにかく美しい。
現在、九品仏再建に際して特別な金の台紙の御朱印を拝受する事も出来る。
駅から徒歩直ぐで交通面でも優れており、紅葉の名所として東京都民には昔から有名。
御寺としての歴史は江戸時代に始まった。
【偉人】
世田谷城主吉良成高公、吉良氏朝公、奥沢城主大平家歴代当主、徳川家綱公。
世田谷区の寺社や横浜市南区蒔田城下の勝國寺の檀家氏子と周辺には今でも喜多見(北見)、大場、佐々木、上保、並木、森、杉田の姓の旧吉良家臣団の御子孫が多く残る。
※歴史解説長いので写真の後ろに書きます。
【見所】
とにかく何処を切り取っても綺麗な寺院建築と豊富な紅葉の景色。
現在に注意して観察すると戦国時代の防御壁の土塁に取り囲まれていたり、淨眞寺北側が奥沢城の外郭の形のまま道路化していたりする。
【名物】
すんごく綺麗な九品仏再建の納経で拝受出来る金色の御朱印。
【交通】
自由が丘駅からも九品仏駅からも徒歩10分以内と非常に便が良い。
駐車場は40台前後しか停めれないのでオンシーズンは入庫待ち必至、公共交通機関の方が圧倒的に便が良い。
【周辺
自由が丘駅が近いので周辺に小洒落(こじゃれ)たレストランが多く、電車での来訪なら飲食店に寄る楽しみも有る。世田谷区のもう一つの紅葉の名所、豪徳寺も車なら20分と近いので合わせて見物しても良いかも知れない。
【関連記事】
  
 ——東門~閻魔堂~開山堂周辺——
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——紫雲楼(山門)周辺——
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——奥沢城遺構土塁——
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—下品堂~上品堂~中品堂—
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——本堂周辺——
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——御朱印——
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【歴史】
延宝六年(1678年)、徳川家綱公の統治下で江戸幕府より奥沢の庄屋七左衛門が寺地として江戸時代以後廃城に成っていた戦国時代の城郭、奥沢城廃城を拝領し淨眞寺が開かれた。
淨眞寺として寺院化された奥沢城は戦国時代に江戸城を最初に近世城郭化した築城と野戦の名人で戦国時代の関東最強の無敗の軍師、太田道灌公の親友として記録に残る蒔田吉良成高(まいたきらしげたか)公の家老、大平家の居城だった。
蒔田吉良家は室町幕府将軍の足利一族で、今川家とも同族。
大平家の主君、吉良成高公の頃は淨眞寺と同じ紅葉の名所の豪徳寺=世田谷城を居城としていた。
太田道灌公が江戸城を空にした際に敵軍が来襲した際に吉良成高公が援軍に駆け付け道灌公に代わり防衛戦の指揮を執(と)り、撃退した事を万里集句と言う二人の共通の親友だった臨済宗の文化人高僧が日記に書いていたりする。
蒔田吉良家は戦国時代に吉良頼康公が横浜市南区蒔田城を本拠地にし、室町幕府足利家の鎌倉公方が空位の期間に公方代理を務めた事から当時の居城の名前をとり蒔田吉良家と呼ばれ、忠臣蔵で有名な同族の吉良上野介の三河吉良家とは呼び方を分けられている。
豊臣秀吉の小田原攻めの際に最後の蒔田吉良家当主に代わり軍勢を率いて伊豆下田城を守備する名将、清水康英公の援軍に駆け付ける等の記録が有り大平家の歴代当主は武勇に優れた家柄だった事が解る。
淨眞寺の前身となった奥沢城主大平家が下田城の援軍に駆け付けた当時、蒔田吉良家は同族の今川家から婿養子に入った吉良氏朝公の統治下で吉良家の本拠地を再度、家老の大平家はじめ家臣団の本拠に近い世田谷城に戻していた。
東京都無形文化財に指定されている‟ボロ市”は吉良家の庇護者である小田原城主北条氏政公から御隠居の吉良頼康公が許可を得て始めた‟楽市楽座”が始まりだったりする。
氏朝公の時代には天皇を軽視する将軍足利義昭が織田信長公の諫言を無視し戦を度々起こして京都から追放され足利幕府は滅び、吉良家の足利血族ブランドの優位性も無効に成り北条家の従属大名から北条直属の家臣化が進み、豊臣秀吉の小田原攻めの後、江戸時代に蒔田吉良家臣団は解体され大平家は等々力で庄屋に成り、蒔田吉良家は房総半島で小規模の旗本として辛うじて存続するのみに成った。
同じ家臣団の喜多見家は大名化に成功するが事件を起こして解易され、北海道の大名松前家家臣として存続し明治に北海道北見を開拓した。

紅葉を見ながら淨眞寺の歴史を辿(たど)ると江戸時代には帰農し庄屋に成っていた世田谷の室町時代の武士団が、そもそも鎌倉時代足利義兼公の時代からの武士団で格式の高い家柄だった事にも触れる事が出来る。
紅葉の名所一覧へ⤵
 
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浜離宮恩賜庭園
(旧甲府藩松平家邸址)
【景観】★★★
 紅葉多くないが日本庭園が凄い。
【電車】 
 汐留駅~徒歩17分
 新橋駅~徒歩20分
【  車  】 
 公共駐車場遠いしクソ高い!
【休憩】 
 茶室で抹茶と和菓子食べれる。
 築地場外市場徒歩10分。
オススメpoint( •͈ᴗ•͈ )       
 築地場外市場が徒歩10分だよ◎
 元は甲府藩主松平家の別邸だった◎
 大名屋敷だったから広い日本庭園◎
 紅葉は少ないけ見応え有る景色◎
 築地本願寺も徒歩圏内だよ◎
注意するpoint(•ω•)       
 車で行くと駐車料金パネぇ~!
――以下 詳細( ゚∀゚)つ ダョ♪⤵――
中島の御茶屋では抹茶と和菓子を頂く事が出来る。
甲府松平家の屋敷だった歴史から庭園内の一見すると小川や小山に見える地形を城郭ファンが見ると、一目瞭然に昔は土塁や水堀だった事が判(わか)る。屋敷を経て後に鷹狩り場と成り豊かな緑が庭園として残された。
犬公坊徳川綱吉の時代には鷹狩りによる鴨の捕獲が禁止されたり徳川幕府鷹匠頭を歴代勤めた横浜市磯子区杉田陣屋主の杉田間宮家が鷹匠頭の奉行職を解かれた歴史が有るが、その頃は将軍は鷹匠は禁止させても鴨は食べたかったらしく、鷹狩りは禁止なのにラクロスのラケットみたいな捕獲道具で鴨を捕獲させると言う犬公坊の謎政策(ワガママ)の舞台に成った歴史も有る。
明治に成ると景観の素晴らしさから、各国要人の来日時に宿舎としてあてがわれた程の景勝を備えている。
【偉人】
江戸時代の寛永年間に徳川幕府四代将軍徳川家綱公の実弟で甲府藩主の松平綱重公が海を埋立て屋敷地として造成した。
明治に成り天皇家の所有となり明治成るとにドイツ帝国フリードリヒ皇太子、アメリカのグラント大統領、当時は独立国だったハワイ王国のカラカウア大王等が宿泊滞在している。
現在は恩賜公園として開放されている。
【交通】
一般車両向けの駐車場が無いので、以前は築地市場の公共駐車場を利用する人が多かった。
電車なら新橋駅か汐留駅から徒歩圏内なので、築地場外市場観光と合わせて訪問しやすい。
 【周辺】
築地場外市場や場内市場も近く、築地本願寺等の見所も有るので合わせて訪問すると良い。
何だったら30分歩くと東京プリンスホテルや徳川将軍家の御本廟である芝公園の増上寺も行けるので良い散策コースにも成り東京の歴史観光&グルメ観光でもランチ~ディナータイムまで半日潰せて、東京タワーで夜景見て、普段歩きなれて無い人ならクタクタに歩き疲れて良い休日を過ごせる(笑)。
——庭園写真——
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——中島の御茶屋——
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紅葉名所一覧へ⤵

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最近全く遊ばず睡眠も削り、嫌いな教科の学習、しかし、その対価を保証するべき人間の発言は紆余曲折有り安定せず、御蔭で当方は当惑と不安に苛(さいな)まれストレスが溜まるのに反して遊びに行く暇も作れなかった。
ここ2ヶ月間、仕事を終えて帰ると睡眠を削って資格取得の為に学生時代嫌いだった数学の参考書を毎日20~30ページのペースで黙々とやっていた。
そんだけでも結構ストレス溜まってたんだけどね。
ブログの読者の方は覚えている人もいるかも知れないが夏頃に職場で事実無根の「ヤった派遣の女を雇わせた」とか「愛人を雇わせた」なんて妄言の流言飛語を拡散されて対人関係でもずっとピキピキ来ている。
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知り合いの年近い和尚様から貸して頂いた御釈迦様の言葉集を読んで何となく落ち着いたりしたが・・・
そもそも小生の堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(お)は今年の1月に居酒屋で酔っ払いに絡まれて以来既にはち切れ駄々洩れなのにね。
思えば今年は1月1日の朝の3時頃にセルフのガソリンスタンドで酔っ払いに絡まれて喧嘩売られたり散々だったな。
酔っ払いに振り回された1年間だった。
本当(怒)酒乱嫌い!
酒乱なんてシンナー中毒者や麻薬や覚醒剤依存者と大して変わらんと思う。
悪だ悪。
そんな酒に纏わる嫌な事も有り飲み会なんて誘われても行きたくない。
最近も仲良くしてくれる職場近くのコンビニの女性店長サンに回転寿司に飲みに行こうと誘われたが酒は嫌いだからと嫌な思い出を説明して断った。
そして先週末までの火傷である・・・
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・・・自宅療養で仕事を休んでる間もずっと学習。しかも太腿(ふともも)の皮膚が回復して無かったから肉が露出しててズボンも履けないから仕事復帰直前まで出掛ける事も出来ず、その時点でMAXストレスを放り込む❝堪忍袋❞の緒(お)じゃなくて本体の袋が破け弾け飛ぶ寸前・・・

てかキレた(笑)!
夜中に帰宅して入浴中♨とうとう爆発 💣した。
(ꐦ°д°) ノㇱ やってられっかオラぁ!

・・・みたいな(笑)?風呂を上がると何も考えず机にも向かわずに部屋着では無く外出用の服に着替えてデジカメと教材と筆記用具とノートを黙々とBILLABONGのリュックに詰めていた(笑)。
身体が勝手に紅葉溢(あふ)れる自然と静寂な霊気の癒しを欲して夜中の3時半に車に乗り込み南足柄市の大雄山最乗寺に向け出発した。略何も考えず。
高速道路を使わず下道で60km離れた略(ほぼ)1時間半で大雄山の駐車場に到着した。
下道使ってカーナビで最適コースや有料道路設定では無くて❝最短距離設定❞で走ると不思議と古代の矢倉沢往還や中原街道を走ってくれるから面白いんだな。

駐車場にて1時間程車中仮眠。
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真っ暗!
山の中の駐車場でクソ怖い((((;゜Д゜)))!

恐怖も睡魔に負けてから暫くしてスマホの目覚ましで起きると、もう大雄山は曙を迎えており石畳と紅葉、杉の巨木の並木の参道が視界に御目見得したので散策を開始。
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今年は台風に運ばれた海水の塩害で木によっては葉が萌える前に枯れ落ちてしまっていたが、それでも緑~黄~朱にと色付く過程を含め若い葉~役割を終えた葉、色付く前に海水で枯れ落ちた葉まで、人生の岐路に立つ小生には感じる事が有った。
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紅葉と最乗寺の幽玄な風景を楽しみながら散策出来るのが、この大雄山最乗寺。
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紅葉も朱に染まってから落た紅葉(もみじ)が参道に落ちている。
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余談だが楓(かえで)と紅葉(もみじ)は手みたいな葉の形状が3又だと楓、それ以上のを紅葉(もみじ)と認識して良いそうだ。
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大雄山 最乗寺・・・
鎌倉公方与力大名大森家、関東覇者の北条家が支援した曹洞宗大寺院
小生は四季折々の植物を鑑賞するのは好きなのだが、名前や種類には全く詳しくない。
今年は大雄山の紅葉も台風の塩害でダメだろうと思っていたが、杉の大樹に守られている参道側はとても綺麗だった。
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でも境内の内、堂塔の建ち並ぶエリア周辺は紅葉が少し元気無かったかな?
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それでもこの辺りは綺麗だった。
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でもやはり、葉の大半が朱に染まる前に落ちてしまっている樹も多く見られた。
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まぁ、毎年違う表情を見られるのは、それはそれで良い。
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各所伽藍に神仏を1年振りに小1時間御参りして廻った。
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不動堂と滝の前を通過して・・・
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奥院への入口を通過・・・
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ここ辺りの紅葉は今年も綺麗だった。
ここを右手に上がって大雄山最乗寺の異名の道了尊(どうりょうじゅん)の元とも成った禅宗系修験者として大雄山で修行したと伝承する❝道了和尚❞を祀る御堂を2年ぶりに再訪。
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ちゃんと1年無事に過ごせと感謝と改めて心願を御伝えし天下親日家万民の幸福と大雄山の安寧とを祈願した。
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まぁ性に合わない奴でも倫理観のちゃんとした親日家の善人なら幸せに成れば良いし仮に不道徳不倫理な事をしている人間には神様仏様は❝必然的に天罰を与え❞改心の機会を与えて下さるだろうから、人の幸せと自分の諸事向上の御加護をお願いさせて頂いた。
この御堂の横には巨大な下駄が有って、まぁ道了和尚様は禅僧修験者でもあったので天狗に昇華されたと伝承しており、その御縁から下駄が奉納される様に成った様(よう)だ。
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その道了和尚様の御霊の御利益を授かる為に下駄をくぐると道了尊の御導きで良縁が結ばれるとか。
一応潜(くぐ)った(笑)。
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まぁ、神奈川県~東京都~埼玉県~群馬県等は天狗信仰の舞台が古来多く、そのどれもが古代からの聖地と関係したりしている。大山阿夫利神社や高尾山なんかそうだな。
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この後で横浜市で用事が有るので奥院を訪問する時間的な余裕が無く、奥院参道の階段下から御参りして駐車場に戻る。
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途中、来た道と違う不動堂内を御参りする参道を経由。
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三体の御不動様に日頃御加護御守護下さる御礼、再訪出来た御礼、新たな心願を祈願し大雄山最乗寺の安寧も御祈りした。
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不動堂から降りて来た時の景色も又、先程下から見上げた時とは見え方が異なって綺麗だった。
再び車に乗り込み秦野市の震生湖へと向かう。
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大雄山最乗寺の山の中腹の一番最初の仁王門も一応再訪した。
震生湖へ向かう道は古代の矢倉沢往還を整備した場所を多く通るのだが、その途中の渋沢駅辺りには毎年立ち寄る九州拉麺の名店❝なんつっ亭❞も在る。
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今年は開店前の時間だったし待つには時間に余裕が無いので食事せず通過、そこから15分で震生湖に着いた。
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震生湖
一昨年、初訪問の際は時期が早くまだ楓も紅葉も未だ未だ青々とした様子だったが、まぁ空気が爽やかで湖畔に静かに鎮座する福寿弁財天様に御参りして清々しい気分にさせて頂けたのを今も思い出す。
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やはり震生湖の樹々も塩害で枯葉が目立ったが綺麗に朱に萌えた紅葉や楓も多く有り、とても良い散策が出来た。
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途中、石碑の前に仏様みたいに佇(たたず)み❝日向(ひなた)ぼっこ❞している猫チャンに会った。
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神様や仏様は南や東を向けて鎮座している場所が多いので、そう言う視点で猫チャン見てると南東の太陽を向いて日向ぼっこしてると何だか本当に❝猫様❞的な感じに見えて来る(笑)。
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う~ん綺麗だ!
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大雄山から車で30分程度と近いので、車で移動される方に小生は大雄山&震生湖はsetで紅葉見物される事をお勧めしたい。
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暫く湖の周りを散歩する・・・
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御世辞身も水質は綺麗とは言えないが、昨日11月30日の天気が良かった事と朝方の気象条件の御陰か鏡の様に湖に紅葉が写り込んでとても綺麗だ。
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う~ん癒される。
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まだ青葉が残る樹も、色が変わって行く人間の青春の頃を見る様で爽やかな気分に成れる(笑)。
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暫く湖畔の林道を歩いていると福寿弁才天様が見えて来た。
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福寿弁財天社

ここ震生湖は大正時代の関東大震災で水源地の山が崩壊し湧水が堰き止められて湖に成ったのだが、どこの川からも水が流入せず、そして水が出て行く川も無く、水量が一定している不思議な湖なんだな。
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弁財天様は辯財天、辯才天とも書き本来はヒンドゥー教由来の仏教に習合された女神様で、男の神様達からモテモテだったので女性の美の女神であると同時に、軍神や音楽神や財神として幅広い御利益が有る神様だんだな。
だから貨幣経済が普及し始めた平安時代末期~鎌倉時代に源頼朝公が水=農業の豊穣=豊かさの神様である江ノ島や鎌倉の宇賀福神社の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)に弁天様を御祭りし習合した崇拝した歴史が有ったりする。
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この震生湖の福寿弁財天様は神奈川県下では珍しく竹生島弁才天様の御分霊では無く奈良県天川村の❝天河伝説殺人事件❞なんて昔の映画でもモデルに成った天河弁財天様の御分霊なんだな。
福寿弁財天様にも前回の御参りから今日まで無事に過ごせた御礼と新たな1年間の祈願をし、福寿弁財天様がこれからも多くの人に大切にされる様にも御祈りし車に戻った。
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震生湖駐車場からの眺望は実に良く、三角形の山体の形状から古代縄文人~江戸時代の人々まで崇拝の対象とされた大山や丹沢山系が見渡せる。実に良い景色だ。
今日も少し肌寒いくらい、湖畔の清々しい空気と紅葉の隙間から射す陽光にリフレッシュさせて貰えた。
横浜市中区の中央図書館近くの駐車場に向け出発した。
横浜への帰路は高速道路を選んだ。 まぁ取り立てて書く様な事も起きず渋滞もさして嵌らず順調な横浜への復路と成った。
三ツ沢で高速を降り、野毛の駐車場に車を停めて少し歩き、着席し持参した教材を開き一頻(しき)り学習した。

昼下がり御腹が空(す)いたので野毛の商店街を散歩してランチする事にした。
店は東京庵と言う蕎麦の食べれる居酒屋にした。
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日本そば東京庵
最初、最近は中央図書館に行くと野毛で洋食屋を開拓しようとしているので洋食屋を探したが、たまたま行こうと思ってた店の料理単価がクソ高くて(蟹クリームコロッケで2000円位)で絶望し(笑)寒い桜木町の海風に晒されながら飄々と野毛の町歩きをしていた所・・・
「和食食べたい」
・・・と思い付き、店構えがとても清潔で雰囲気良く、美味しい蕎麦も食べれる東京庵のランチを選んだ。
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名前は東京庵セットと言って蕎麦や刺身や小鉢等、沢山セットに成っていて1000円ととてもコスパも味も良いランチだ。 これで1000円だよ?信じられるかい?東京で食べたら2000円とかとられそう(笑)。
学習もして昼食も食べて帰宅・・・

さっき、この記事の下書きの文字を打ちながら、先週購入していた❝恋は雨上がりのように❞のDVDを見終えた。
恋は雨上がりのように 公式ホームページタイトル画像 久良岐のよし
うん、やっぱり大人が大人として役割を果たすこの映画は見ていて胸がスッとする気持ちに成る。
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最近、身の回りに不倫に不倫を重ねる奴とか不倫肯定したり風俗通いばっかしている倫理観の無い連中(ソイツ等も酒乱の利己的快楽主義者)と一悶着有ったりしたのだが、まぁ普通に資格使って会社員として働いたり会社経営してる小生の友人達や、一般社会とは違う大学勤務やら和尚様達や宮司様達はジャンル問わず「オマエが普通でソイツ等オカシイ」と言ってくれるのだが、身の回りに変な事を言う人間が何人かいると「あれ?俺がおかしいのかな?」と錯覚してしまったりしてしまうんだな。
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恋は雨上がりのようには、主人公の女子高生がバイト先の店長さんを好きに成るんだけれど、その店長さんや先輩達がちゃんと大人として対応して主人公が高校生として真っ当な道を進む手助けをする青春の爽やかな恋愛の映画なんだな。
小生は大人の男性とは恋雨の登場人物達の様にあるべきだと常日頃思う。

・・・恋雨を見終わってからAmazonで購入した新しい教材の配送不在者通知が家に居たのに何故かインターホンも押されずポストに入っていたので事業所に受領に行って来た。
クレームじゃないけど「不在者通知入れる前に不明の電話に出ない受話設定にしている人もいるからインターホンは鳴らした方が良いと思います。」と個人的な意見も窓口の女性にお伝えして来た。

よって今日から新しい教材に着手する訳だが・・・  
ふむ、昨日は充実した休日に成った。
神様仏様、自然を守る土地神様、御寺や神社を御守り下さる皆さんに感謝!恩師や恩人や友人、両親や御先祖様にも感謝!
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前回
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【休日雑記】2017年11月22日の訪問先その③源実朝公首塚~金剛寺・・・源氏将軍暗殺ミステリーの史跡と御寺と解説編。
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コレの続きの記事・・・
22日訪問その③
前回の記事で紹介した金剛寺を出発してから弘法山に向けて暫く車を走らせるとカーナビの「まもなく右折です」のガイドが自分の思ってる道と違って何だか無視したくなり(笑)、そのまま暫く直進してから弘法山方面に行く別の道を進むと偶然とても気に成る店構えの建物と看板が目に入って来た・・・
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強烈に目立つ「ゆばとうふ」&「とうふ」「とうふ」「とうふ」「とうふ」「とうふ」の看板と幟(のぼり)のラッシュ(笑)・・・
これを見た瞬間に妙に印象に残り「そう言えば秋なのに今年は大山阿夫利神社に紅葉見に行ってないし、丹沢山系大山名物の大山豆腐食べてないなぁ」
・・・と今回の小旅行で何にも特産品を食べていない事を思い出し、無性に丹沢山系の美味しい水で作られた名物豆腐を夕食に買って帰りたくなったので店を過ぎてからUターンして(笑)戻って来た。
幸い店の前に駐車場が在った。
店の名前を五右衛門と言うらしい。
(株)五右衛門 本店店の中に入ると意外な光景が小生を待っていた。
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何と只の小売店では無く客の目の前で豆腐や湯葉を生産しているのだ。これは外国人の来客が有った際に弘法山の桜や紅葉見物と合わせて連れてきたら喜びそうだ。
無論、小生も帰宅してから夕飯(減量中)と家族の御土産にする為に❝石臼なまゆば❞・❝石臼とうふ❞・❝生揚げ❞・❝なめらか絹揚げ❞の4品を購入してみた。
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帰宅してから小生は湯葉と豆腐を食べたら当然ながらメチャクチャ美味しかった♪
質問に色々と親切に答えて下さった店員のお姉さん、ありがとう。
遠回りで思わぬ美味しい発見。
五右衛門本店サンから車で僅か10分の距離に弘法山は在る・・・
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弘法山に夕方に差し掛かる15:30頃に到着。当日は天気予報が晴れ後→雨だったので心配していたが、やはり雨が降り始めた。
この弘法山は春が特に綺麗な富士山の景勝地として有名で、天気が良ければハイキングを楽しむ人と多くすれ違う。
因(ちな)みに春の風景はコンナ感じ・・・
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弘法山展望台そう言えば一昨年に弘法山で桜と富士山を見た時も天候が芳(かんば)しく無かったんだ(笑)。
まぁ、あと4ヶ月も過ぎると桜が咲くので、ここは新たに見つけた五右衛門本店サン、そしてこの後で訪問する“鶴巻温泉”と合わせて行くと良い休日に成るだろうと推薦できる場所だな。大山も近いので車での移動の人なら合わせて訪問しても良いかも知れない。
さて、22日に話を戻す。
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天気も悪く日暮れも近いので車を駐車場に停めて展望台まで10分位急いで登ると慌ただしく紅葉の写真を撮り始めた。
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一応、ハイキングコースとして有名で紅葉も楽しめる。
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ここはやはり展望台に登のが御薦めで・・・
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丹沢山系~箱根山系~(晴れてれば富士山)~伊豆半島の山並みの絶景が一望できるんだな。
そして春には手前に桜が、秋には紅が差した山の木々が景色を化粧してくれる。
この日は生憎天気が悪かったが、それでも爽やかな空気と箱根の絶景を楽しめて大満足だった。
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曇りのせいで余計に光を感じれたし、山々に雲が掛かり、これはこれで楽しめた。
まぁ、正直この日の最大の目的は最初の大雄山最乗寺の紅葉(笑)と、弘法山の後に訪問する予定の鶴巻温泉の秦野市市営銭湯“弘法の里湯”だったので、多少天気が悪いのも風情の内と楽しめる余裕が有ったんだな(笑)。
これが一人だから自己責任で良い訳で、外国の友人やらと一緒に来ていたらエスコートする責任から正直、悪天候を楽しめなかったかも知れないな。
弘法山の駐車場に戻り、車に乗るとナビでは弘法の里湯まで15分と出た。
しかし実は小生、以前来た時は弘法の里湯への道が解らず、時間的にも余裕が無かったので小田急鶴巻温泉駅周辺まで来てもスルーしてしまった事が有る。
今回はカーナビ先生に事前に位置登録しておいたのだがこれが実際に車で走ると路地の細い変な道に入られるわ~、温泉街じゃなくて住宅街化していて全然解らん!
仕方ないのでスマホのGoogleMap先生に登場して貰った。
鶴巻温泉周辺 久良岐のよし
あっさり到着(笑)。
小生の車の某自動車メーカー純正カーナビはクソだ(笑)。iPhoneとの接続不良も度々起こすし変な道走らされたり高速の出口を変な場所で降ろされたりするので、基本的に旅に出る前には小生は道順をだいたい地図見て丸暗記する様にしている。でも、こういった住宅街の路地はどうにも成らん!
そこの当たり、スマホの登場でGoogle mapが使える時代に成り非常に重宝する。
行きたい場所を事前にやたらめったら登録して置くと、距離感が解り易くて道路状況に合わせて柔軟に計画の変更も出来るし。
Google先生にガイドを頼んだらアッサリ到着(笑)。
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弘法の里湯何だか思っていたのと違う、銭湯と言うよりスーパー銭湯だな。
でも駅前なのだが駐車場もそれなりに有り交通の利便性は良い。
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綺麗だし。
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秦野市の御土産も売っていた。小生は秦野市と言うと特産品は“煙草の葉”と“美味しい水”のイメージなんだが店員さんに聞いたら落花生も有名だそうだ。
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まぁ当然混浴では無い(笑)。
中は箱根の中堅ホテルの内風呂位の大きさの大浴場と、小さな露天風呂が一つ。
料金は2時間と1日の2種類、曜日によって違う。
平日は2時間800円、1日1000円(秦野市民は800円)。
土日は2時間1000円。
フロントに最初に申し出れば駐車場料金のサービスも受けれる。
弘法の里湯の温泉は横浜・川崎市民や東京都民に馴染み深い黒湯炭酸泉と全く異なり、無色で若干硫黄ぽい匂いがする気がする物だった。何でも世界有数のカルシウム含有量が有る温泉で、擦過傷や打ち身とリウマチの治癒に効果が有るそうだ。昔は湯治場でも有ったので飲湯すると薬代わりとしても持てはやされたそうで胃腸病の回復にも効果が見込めるそうだ。
・・・朝から山を2つ登り、史跡と御寺を廻って書いた汗をゴシゴシ洗い落とし、鶴巻温泉のサッパリした湯で疲れを癒すとリフレッシュし、睡眠不足の帰路の運転に堪えるだけの鋭気を養う事が出来た。
メンバーカードみたいのも頂いたので、又来年の紫陽花の季節に開成町の紫陽花祭りと寒田神社参拝の帰りに寄らせて頂こう。

この日、最終的には真土大塚古墳を訪問して写真を撮影する予定だった。
2017年11月22日訪問予定地
真土大塚古墳は日本に文字を齎(もたら)した神であり大鷦鷯尊(おおささぎのみこと)=仁徳天皇の弟皇子の莵道稚郎子命(うじのわけのいらつこのみこと)の御陵(みささぎ)=古墳の跡で、アホの神奈川県教育委員会が一昔前に保護を怠り事も有ろうに農地改良と称して破壊してしまった歴史がある。
挙句の果てに教育委員会が伝承をナメてたら本当に古代王族と繋がりを示唆する三角縁神獣鏡が出てきてしまったから、さぁ~大変!
はからずも前鳥神社の由緒を証明する事に成り、神奈川県教育委員会は己らの不見識で天皇祖先御一族の皇子の被葬されたまま保存されていた古墳を破壊した訳だからな。
昭和中期から時代が経ち現代、市民が増えて認知度が上がる程に責められる訳だ。だから現代の古墳を復興した。
復興した古墳だが、それでも昔そこに莵道稚郎子命が眠っていた事には変わらない。
学問の神様として崇拝する莵道稚郎子命の復元御陵を改めて参拝し写真撮影したかったのだが、残念ながら弘法山の時点で既に日没を迎えタイムアップだった。
22日訪問その③
それでも帰りの順路に組み込んで横は通って見たが、やっぱり真っ暗で何にも見えなかった(笑)。
正月3賀日のどこかで伊勢原市の比々多神社と平塚八幡宮と前鳥神社も参拝する予定なので、その時に改めて訪問しよう。

さて、今回の旅、やはりハイライトは最初の大雄山だった(笑)。
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まぁでも“なんつっ亭”で久しぶりに美味しい九州風拉麺も食べれたし、出雲大社相模分祠も御参り出来たし、源実朝公にも命日の前日に御挨拶に伺え参拝で来たし、全体的には満足な旅と成った・・・

この後、日にちは前後したが訪問したのが下の記事で紹介した“三渓園”・“山下公園前銀杏並木”・“報国寺”・“鶴岡八幡宮白幡神社”での紅葉見物だったんだな。
コレがその時の記事
 ↓

更にその後日、小生が顕彰活動を行っている宅間上杉家の殿様所縁の神社である下永谷の神明社・・・
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そして三浦半島の富士山の絶景スポットにも行って来た。
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又、改めて解説記事で紹介したいと思います。

さて、これから年末年始に向けて、又、神奈川県内の凄い御利益の有る神社仏閣紹介記事をボチボチ更新して行きます。
コレね。
 ↓

何とかクリスマス25日の夜には更新完了できる様にしたいと思いますので、興味が有る人は年末年始の神社仏閣参拝の参考に紅白歌合戦でも見ながら片手間で見てやってください。

では!又、その記事で御会いしましょう♪良いお年を!










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前回の休日雑記→2017年12月01日

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コレの続き。

南足柄市の大雄山最乗寺、足柄上郡の寒田神社を巡拝し、秦野市渋沢の“なんつっ亭”で昼食を終えてから再び車で移動する事15分くらいだったろうか?
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震生湖の駐車場に到着すると、そこからは神奈川県で最古級の神社であり山体その物が御神体でもある大山が良く見えた。恐らく天気が良ければ西の方には富士山も見えたのだろう。
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東の方に目をやると遠く桜の名所の弘法山も見えた。天気が良ければ、その先に海の輝きも見えるのだろう。
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震生湖の入口は丸でキャンプ場の様な雰囲気。
自然災害で生まれた湖なのだが団塊世代達には紅葉の名所として知られデートコースだった様だ。
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なのでバブル期にも自然散策の客がいたので食事が出来るテーブルも備え付けられていたりする。
震生湖は大正十二年(1923年)09月01日に発生した関東大震災で生まれた自然の池である。
地震で起きた山体崩壊による土砂崩れで山の水源と沢が堰(せ)き止められて出来た小さな湖だ。
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まぁ、この湖の透明度は余り良くはないのだが、ここが凄いのはそもそも水源だった湧水地と沢が土砂崩れで生まれた堰き止め湖なのだが水源なので水の流入も無い代りに外に水が流れ出る川も無い。水は地下水脈で外に繋がってると解説されている。
だから水が澱んでんだな。
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この日、11月22日はまだ紅葉には少し早かったがそれでも少しは震生湖の樹々も赤く色づき始めていた。
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きっとこのブログを書いている12月第2週には見頃に成っているだろう。
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完全に釣り堀として営業している東側の方もそれなりに紅葉が有る。
きっと小さな子供がいる家族が釣りをしながら紅葉見物したりすれば良い思い出に成るだろう。
どうも小生は自分が結婚していないのに「子供を連れてきたら喜ぶだろう」とかいつも評価基準の一つにして見る癖がある。可愛い甥っ子と姪っ子がいるのだが、二人とも幼少ながら総合格闘技道場に通っていて忙しく中々“遊んでもらえない(泣)”。
先日は東京の目黒区に住む妹夫婦の所まで甥姪を迎えに行き、横浜市磯子区の科学博物館に二人を連れて行ったりした。
まぁ神奈川県民の小生から見れば、甥も姪も小さな時から格闘技をやっているとは言え東京のモヤシっ子(笑)。
自然の楽しさと綺麗さを教えてあげたいのでいつか震生湖や丹沢に釣りに連れて行きたいと思う・・・
まぁ、小生に釣りのセンスが無いのが一番の問題だな。
実は震生湖、湧水地なので自然信仰の対象にも成っている。
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福寿弁財天だ。
1974年の造営と非常に歴史の浅い神社なのに古来の湧水地に弁天様を祀る習慣を踏襲している正しい日本文化を継承した神社だな。
そもそも弁才天様はインド神話の神様で財神だが、本来は川の象徴だったり軍神や音楽神でもあり、更には男神にモテモテだった女神で女子力アップの御利益が期待出来たりする多くの御利益に預かれる神様なのだが特に財神としての性格が注目される事が多い。
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の原形と成った縄文時代の湧水地信仰は清涼な飲用に堪える洞穴の水源や泉が聖地化され神様が祀られたが、これが初期の湧水地に龍神が多く祀られる初期の日本の信仰に成り宇迦之御魂の原形神と成る。以後、室町時代まで宇迦之御魂神は女性の上半身又は顔面に龍又は蛇の身体を持つ御神像で表現され祀られていた。弥生時代位から稲作が普及し富の象徴が水から“稲”に変わると宇迦之御魂神は御稲荷様として祀られる様に成った。あくまで狐は神様の使いで神様ではない。
更に奈良時代に貨幣が中国から輸入され、平安時代末期に貨幣経済が浸透し富の象徴が稲から“貨幣”に変わった事で鎌倉時代に源頼朝公達武士や貴族によってインド神話の財神である弁天様も稲荷神社や宇賀神社に習合され、日本では弁天様は水源であり富の象徴である神社に祀られる様に成った訳だ。
福寿弁財天社の鎮座する場所は自然の堰止湖の傍らの森の中でとても神秘的な雰囲気だったりする。
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傍らには水子供養の御地蔵様もいらっしゃった。
御地蔵様はヒンドゥー教文化由来の閻魔(えんま=ヤマ)大王様の本地仏なので、中国渡来の解釈では冥界の裁判官であり、本来のインド神話ではヤマーとして死者の国の王であり、仏教的な解釈では全ての世界の人々を救う仏様だったりする。だから幼くして亡くなった子がちゃんと彼の世に行って次に幸せな運命に成る様に御地蔵様に御願いする訳だな。
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肝腎の弁天様だが、奈良県の天河大弁財天社から勧進したそうだ。
神奈川だから江島神社か、その元の滋賀県の竹生島の弁天様かと思いきや奈良から御分霊を頂いてるとはレアケースだな。
宮司様不在の神社だが良縁繁栄の御利益が有るそうだ。
震生湖の紅葉を見物し福寿弁財天様に御祈りすると車に戻り、近くに気に成る神社が前々から有ったので行って見る事にした。
出雲大社相模分祠(いずもたいしゃさがみぶんし)だ。
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この神社は一昨年の11月に大雄山の紅葉を見に来た際と、昨年10月初頭に愛知県旅行からの帰りに東名高速の片側車線規制渋滞に巻き込まれ、渋滞を避けて大井松田で下道に降りて伊勢原市の叔父の家に立ち寄り御土産を持って行く際に偶然前を通り看板を見かけていて非常に気に成っていた神社だった。
無性に気に成ったのだが、前の2回は当日の予定が逼迫していた事もあり前を通過してしまった。
この日は改めて訪れる計画は無かったのだが震生湖の入口へさしかかる時に再度看板を見て・・・
「そう言えば!」
・・・と思い出したので震生湖の紅葉見物の次に訪問する事に急遽決めた次第だ。
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しかしいざ駐車場に車を停めてから一度、神社の参道と思しき道へ戻り鳥居に正対して正面を歩いて見ると説明の看板が違う神社の名前に成っている。
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御嶽神社と八坂神社だ・・・
「おんやぁ~?」
・・・と思いつつも境内へ入ると立派な御神木が出迎えてくれた。
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どうも神奈川県下の古社はどこも楡(ニレ)の大樹が大切にされている。もしかしたら昔の習慣で何か神事と関係が有ったのだろうか?招霊(おがたま)樹等は古代の神事と関係が有ったのは存じているが、ニレについては余り解らない。今度、博学の師と仰ぐ宮司様に聞いてみようと思おう。
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御嶽神社は屋根が銅(あかがね)葺(ふ)きだが社殿その物は恐らく再建されたのものだろう。
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彫刻が立派だった。木材の状態を見るにこの欄間は比較的古いので江戸時代末位の部材を再利用しているのだと思う。
一方で拝殿と言うか覆い殿?は明らかに新しいので現代の再建か増築だろうと思う。
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扁額も真新しい
しかし現在も繁栄している神社なのが良く伝わる。
その隣には八坂神社が在った。
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小生の崇拝する神様の内の一柱、素戔嗚尊(すさのおのみこと)牛頭天王、武塔天神と各時代で色々な神号で呼ばれた武神であり疫病治癒の神であり荒神であり、御妻君は櫛名田姫様と夫婦の縁結びの神様でもあったりする。
又、御妻君と成られた櫛名田姫様を助けた神様なので女性を守護する神様とも言える。
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まぁ、小生は独身で守るべき妻もいない。
いつか素戔嗚尊様と櫛名田姫様、あるいは同じく崇拝する日本武尊様と弟橘姫様、又は崇敬する建勲神織田信長公と生駒御塁様御夫妻の様(よう)に、大切な家族を守る力と度量が備わり御縁の有る女性と神様を見習って伴侶ともども幸せを享受する運命を授かれたら良いなぁ~と思ってたりする。
・・・まだ自分の実力不足から時が来ないらしい(笑)。
御嶽神社と八坂神社を参拝し、拝殿の中を外から見学すると何やら画が飾って有った。
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見た感じ江戸時代末期位に書かれたものだと思う。京都の八坂神社こと元の祇園社の神楽殿か何かにも同じ様な風化具合の絵が有った。
こちらの八坂神社の絵には“笹竜胆紋”が刻まれている。(?)源頼朝公や頼家公、或いは実朝公と関係が有るのだろうか?まぁ、頼朝公は近隣の開成町の吉田島地区の吉田神社を伊豆の三島大社から御分霊を勧進し開いたりしているし、この出雲大社相模分祀の直ぐ北側には古来主要街道だった矢倉沢往還(古代東海道)が存在する。その矢倉沢往還と中原街道(古墳時代以後の主要街道)を接続するのが眼前の参道の先を通る街道なので、この御嶽神社その物は歴史が有るのかも知れない。
まぁ、定かでは無い。
一頻り参拝を終えて、駐車場の方に戻ろうと奥に進むとわき道から出雲大社の境内に繋がっていた(笑)。
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普通は出雲大社と言うと正真正銘の出雲国の出雲大社の事なので、何で出雲社を名乗ってないのだろう?と思ったが、美人さんの巫女の女の子に由来を聞いてパンフレットを頂戴し名前の由来を見た所、この出雲大社相模分祠(さがみぶんし)の出雲大社部分その物は歴史が浅いらしい。
明治ニ十一年(1888年)に出雲大社から勧進され開かれたそうだ。しかし由緒は凄まじかった。
出雲大社は代々、素戔嗚尊の御神孫である千家(せんけ)が宮司を務めているのだが、この家は国造(くにつくりのみやつこ)と言う古代の知事の役職を代々継いだ家であり神職でもある。
まぁ・・・小生の御先祖様も某国造なのだが、出雲大社は格が違うのね(笑)。
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その島根県の出雲大社の御本社の第八十代国造千家尊福さんの要請で出雲大社から直接分祀された場所だそうだ。仏教的な表現には成るが関東に於(お)ける出雲神族信仰の本山格として親分直々の命令で開かれ拡大された聖地と言う訳だな。
つまり出雲大社相模分祠は名前の通り、相模国に置ける出雲大社分社と言う高い格式を持つ神社と言う事実がそのまま社名に成っているそうだ。
そりゃ立派な社殿も境内も有る訳だよ。
そして歴史が浅いから風土記読んでる小生でもノーマークな訳だわ。
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ここは今話題の“暴行犯罪者”日馬富士も来たらしい。
後輩の頭を“同国籍”の癖に“態度が気に食わないから”と理不尽で犯罪的思考に基づき、武人にも関わらず感情の抑制も出来ず“殺傷能力の有る鈍器で殴打し”頭を割り血塗れに“暴行したのを「教育」と言い張った”挙句に、一般の会社なら解雇される暴行事件なのに引退(退職)願いを受理され退職金2億円せしめる大悪人だな。
こんな奴が塩を撒き退魔の弓を使う神事を行う相撲取りである事が小生は個人的に文化的側面から心情的に許せない。
そして法治国家の日本国民としても暴力肯定する日馬富士と白鳳、同席し傍観し警察への通報も救急車を呼ぶ責任も果たさず“保護責任遺棄”の犯罪を犯した鶴竜等同席者にも相撲とりたる資格は無いと個人的に思っている。
だから出来れば、出雲大社相模分祠からはコンナ非法治主義者で非武人倫理観の大悪人の写真は撤去して欲しいし相撲界からも懲戒解雇して欲しい。
朝青龍一般人暴行事件や時津風部屋門弟リンチ殺人事件後に改革も失敗したばかりか暴行犯日馬富士を擁護する相撲協会役員を全員解雇すべきだし、文部科学省から正式に非難して欲しいとも思っていたりする。なんなら相撲協会も一度公益法人格を剥奪し文部科学省の統括下に置いて、反社会的で暴力を肯定する様なヤクザや日本赤軍やオウム真理教と何ら変わらない価値観の親方連中を全員解雇して再建しても良いんじゃないかと個人的に思う。
出雲大社相模分祠に話を戻す。
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社紋は亀甲に剣花菱があしらわれた紋様だった。
出雲系の神々や大伴一族や吉備一族の関わる古社と弁天様には亀甲紋を用いる場所が少なくない。
小生は浦島太郎伝説にも関係が有ると推測しているが、それは川崎市と横浜市と横須賀市の神話に纏わる事なので今回は解説しないでおく。
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御霊社が本殿の横に鎮座していた。
ここは他にも小生の祖先神と共通性の有る龍神の神格を持つ水神様が祀られていた。
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龍蛇神の社だな。
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少し変わった現代芸術的な鳥居?の先に湧水地があり、そこが霊場に成っているらしい。
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先に進むと御社と水汲み場が有った。
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どうも江戸時代に掘られた井戸水で、清酒醸造にも用いられ“環境庁名水百選”にも選ばれているらしい。
歴史の浅い神社だが、縄文時代に始まる湧水地信仰から聖地化した古代神道のルーツの一つである文化をちゃんと守り伝えている様だ。流石、出雲大社様だけある。
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他にも平安時代に神様に成られた天満大自在天神こと菅原道真公や、筑紫社には宗像三女神様、そして祓社には祓い清めつまり退魔の御神威をもつ瀬織津姫等が祀られていた。
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様々な時代の神様が一同に会し大切にされている。
本当に素晴らしい神社を偶然でも御参り出来て良かった。
又来年に開成町の紫陽花祭りが開催される際には、出雲大社相模分祠に御参りに来ようと心に決めた。
新しいのに清々しい聖地だった。
出雲大社相模分祠御朱印 久良岐のよし
社務所で参拝の証、そして個人的には御分霊を勧進する心算で御朱印を受領し、社務所で売っていた美味しそうなお饅頭が有ったので一つ購入した。
出雲大社相模分祠の参拝を終え、次は秦野市東田原に在る源実朝公の首塚を目指し車に乗ると再出発した・・・
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訪問先その③に続く














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