歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:英勝寺

休日、のんびりお昼に起き出して・・・
「抹茶のんでボぉ~っとしたいなぁ~」
・・・と、思い付きで鎌倉の浄明寺地区の浄妙寺の草庵に抹茶を飲みに行く事にした。

ついでに・・・
「英勝寺サンに静岡市の華陽院の御住職の話や市姫様の事も伝えないといけないしなぁ~」
・・・と用事も思い出し、ついでに扇谷地区の英勝寺の竹林も数ヵ月ぶりに見たいなぁ~とも思い、そちらも回る事にして自宅を出発。

途中、更に思い付きで・・・
「そう言えば先日、妙法寺の御住職のご紹介で間宮家の歴史を調べに大田区の善慶寺に行って来たんだった。」
・・・と言うのを思い出して、御報告と御挨拶を兼ねて磯子区杉田の牛頭山妙法寺の御住職様を訪ねた。
御住職様は御不在。
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御住職様の代わりに奥様に伝言を御願いしてから簡単な報告と雑談をしたら、南天飴を貰った。
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妙法寺は日蓮宗の御寺で杉田間宮家の菩提寺なのだが、御住職は日蓮宗系の大学の教員を務めてらっしゃる関連で山梨県にも良く行かれる。だから頂いた御土産も山梨名物の南天の飴なんだな。
車に乗り飴を舐めながら鎌倉に向かって出発。
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最初に扇谷地区の英勝寺を訪問。
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谷戸に生える竹林のマイナスイオンを受けながら、境内を30分程散歩した。同地は太田道灌公の邸宅址であり、徳川家康公の愛妾:御梶の方が晩年祖先の故地である場所に建てた浄土宗の御寺でもある。
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鎌倉市には浄土宗の大本山光明寺も在るが、鎌倉幕府以来の臨済宗の御寺が多いので浄土宗の御寺は珍しい。
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御堂の中は徳川家の三つ葉葵、太田家の太田桔梗、そして何故か小笠原(武田)家の花菱・・・
こう言うのを見てしまうと、駿府に隠居した家康公が大阪夏の陣で戦死し、小笠原秀政が影武者を務めていたと言う俗説も信憑性を匂わせる。東照宮も久能山と日光山に二ヵ所有るのも同じ事を連想させる。
参拝ついで浄土宗専用の御朱印帳に御朱印を頂いた。
小生の浄土宗専用の御朱印帳には華陽院・宝台院別院・久能山東照宮・英勝寺の順番で朱印が並んでいる。
華陽院・・・徳川家康公の御婆ちゃんと、側室の間宮お久様の菩提寺。
宝台院別院・・・久能山東照宮の初代大宮司で、間宮お継様の旦那様:榊原照久公の菩提寺。
久能山東照宮・・・徳川家康公の御神廟。
英勝寺・・・徳川家康公の側室で太田道灌公の曾孫に当たる人物。
小生の御朱印の中に並んでいる人々は、かつて駿府城の中で一家の様に仲睦まじく過ごされたいた人々なのだ。
だから、偶然でも小生の御朱印帳の中で4人の方々の御寺が並んでいる事は個人的に嬉しい。
英勝寺の竹林を散歩した後、浄妙寺へ移動。
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浄妙寺は臨済宗で、鎌倉幕府以来、京都の南禅寺と比較して将軍家と執権北条家より❝南禅寺上位別格❞の格式とされた建長寺を筆頭にした鎌倉五山の第五位に遇された元は大寺院だった御寺。鎌倉五山が如何に格式高かったかと言うと鎌倉幕府以来歴代の住職を任命出来たのは征夷大将軍だけだった事実が有る。
その伝統は明治時代まで続いた。
そもそも格式以前に浄妙寺が鎌倉時代より室町幕府足利将軍家の御先祖の菩提寺だった場所で、規模が縮小した現在でも美しく広い境内を維持している。
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庭園を見ながら抹茶と御干菓子を頂いた。
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浄妙寺の本堂を囲う谷戸の樹々は既に紅葉が深まりつつ有り・・・
「秋だなぁ~」
・・・と季節の移り変わりと1年の過ぎる早さを感じさせてくれた。
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帰路について駐車場まで歩いていると可愛い茶虎猫に出くわした。
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横から見ると愛らしい体系だったが、正面から見ると凛々しい表情とは裏腹に何だか悩ましいポーズ笑い。
猫ちゃんに遊んでもらった後、又も思い付きで遠回りをした。
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帰り、朝比奈峠越えの遠回りして港南区の港南台の行きつけのケーキ屋さん瑠璃庵で季節柄モンブランを買って、実弟の家の姪っ子に持って行ってあげた。
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自分と両親の分も3つ購入した。
行きつけの肉屋にも寄って夕食のおかずの足しに焼き鳥も購入。
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帰宅後は愛知県海部郡蟹江町で購入した、戦国時代に武士達が飲んでいた本味醂を開けて飲んだ。
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スーパーで売ってる偽物の味醂とは全く違う。焼酎から作られているリキュール。
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トロッとして黒糖みたいな甘味と焼酎の香りがして癖になる。サイダーで割っても美味い。
小生は平素、飲酒の習慣は無いが愛知から買ってきた鶴見酒造の神鶴と・・・
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甘強酒造の純米本味醂・・・
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それと横浜市港北区の梅酒、梅の薫・・・
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・・・コレと伊勢原市大山の酒蔵遠州酒造の清酒、大山だけはたまに飲む。
抹茶飲んで鎌倉で秋の初めの風景を楽しんで、焼き鳥食べてモンブラン食べて。
ふむ、今日は無計画でノンビリと良い休日を過ごせた。
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佐助稲荷神社
御祭神:宇迦御霊神(うかのみたまのかみ)=倉稲魂神
開基:不明
中興:征夷大将軍 源頼朝公
住所:鎌倉市佐助2-22-10
アクセス:鎌倉駅から徒歩15~20分程度
映画ドラマのロケ:駆込み女と駆出し男
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この鳥居が連続する風景が京都ではなく鎌倉に在る事を御存知でしょうか?
皆さんは鎌倉市に観光に行かれたら、やはり由比ヶ浜の海や鶴岡八幡宮、または小町通りでショッピングや食事を楽しむんでしょうか?
小生は八幡様にも御参りしますが、浄明寺地区と扇谷地区と佐助地区を季節の変わり目に好んで散歩します。 その地域は鎌倉市がまだ郡だった頃の原風景が残る風致地区で、神社や御寺が緑に囲まれていてとても景色が良いんです。
佐助地区には源頼朝公が再興した佐助稲荷神社と言う御稲荷様が鎮座していて、ここが特に日本らしい清々しい神々しい雰囲気を漂わせています。
実はここ、昨年2015年公開の‟駆込み女と駆出し男”でも登場した神社なんです。
駆け込み女と駆け出し男
映画の舞台はこの佐助稲荷神社や北鎌倉の東慶寺と七里ヶ浜を中心に物語が展開します。
女性の主権が儒教のせいで軽視された江戸時代、DV夫から逃げた女性が離婚し、恋愛し再婚する物語。

女性救済の寺院、北鎌倉の東慶寺と映画「駆け込み女と駆け出し男」
映画に興味が有る人は↑上のリンクをクリックしてご覧下さい。
ここは伏見稲荷大社みたいに全山が稲荷社と言う訳ではありませんが、谷戸の奥、宅地開発が規制された場所に佇んでいます。

入口には下社と言うか社務所と縁結びの観音様が有るのですが、 そこに至る住宅街には少しお洒落な住宅兼店舗のカフェも数件有ります。
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 こんな感じ。この辺りは御金持ちの家が沢山(笑)。
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 この道の先が佐助稲荷神社。
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参道にこの御社が登場しますが、ここは下社ですから!この先にもちゃんと行ってくださいね!
ここだけ拝んで帰ったら、兼好法師の石清水八幡宮詣でみたいな事に成っちゃいますよ(笑)。
でも、ここも大切な場所ですから、拝んで下さい。そして横に在る祠(ほこら)にも注目して下さい。
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 この十一面観音菩薩様は“縁結びの御利益”で昔から有名な場所です。
今でこそ外に在りますが、恐らく明治時代に神仏分離令が出るまでは先程の御社の中に祀られて佐助稲荷神社を参拝する人々を見守って下さっていたんだと思います。
今は外に出て御参りしてくれる人に縁結びの御利益を授けてくれます。
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さて、何故(なにゆえ)、ここの地区名の由来に成った佐助稲荷神社が、この社名に成ったかと言いますと、源頼朝公の御父君の源義朝(よしとも)公が平清盛に合戦で敗れ、更に愛知県の知多半島で家臣の長田忠致(ただむね)に暗殺されると、源頼朝公は伊豆国の蛭ヶ小島(ひるがこじま)、現在の伊豆の国市韮山に抑留され浪人生活を送る事に成りました。
この後、北条政子と婚姻関係と成り北条家や旧家臣団の一部と共に石橋山の合戦で挙兵し、その後の鎌倉幕府樹立と成るのですが・・・
この伊豆に居た時代の頼朝公の官職は右兵衛権佐(うひょうえごんのすけ)を辞職し無官だったので、頼朝公の通称は前(さきの)右兵衛権佐殿と呼ばれていました。
その頃、頼朝公は三日三晩夢にうなされ、この地の御稲荷様が老人の姿で頼朝公の夢に出て挙兵を促(うなが)したので石橋山合戦を起したそうです。
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つまり、ここは下社の十一面観音様は縁結び、奥社の稲荷大神こと宇迦御霊神は頼朝公を出世させた出世稲荷として御利益が昔から超有名だったんですね。
頼朝公=前右兵衛権‟佐”を‟助けた”から、この御稲荷様が以降、佐助稲荷神社と言う名で呼ばれる様に成ったそうです。
その御縁で頼朝公から社殿を再建され、現在の稲荷社の基礎が復興されました。
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ここは冒頭でも紹介しましたが自然豊かで静かな場所です。
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小さな鳥居のトンネルをくぐると参道の階段に辿(たど)り着きます。
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ものすご~く神社神社した神社でしょう?
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鳥居と夏の終わりの緑も綺麗ですが、この境内には楓が沢山有ります。
今年は昨年と異なり涼しい秋に成るのできっと、紅葉も色づきが綺麗な事でしょう。
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ちっちゃい御稲荷様が沢山!
鳥居を潜って正面の社殿は拝殿です。
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御本殿は、背後の階段の更に上に在ります。
でも先ずはこちらで御参りして、それから境内の本殿等を散策しましょう。
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小生、先週写真撮影に御参りに上がって新しい御朱印帳も延喜式内社以外の神社使用に購入しました。
ここは宮司様が坂ノ下地区の御霊神社と兼任で務めておられます。
実は御霊神社の先代宮司の小林前宮司様は昨年御隠居されてしまいましたが、その小林様はもの凄い家系の方だったんです。非常に引退が悔やまれる。
と、言うのも鎌倉の権五郎御霊神社は鎌倉景正(かまくらかげまさ)公とその祖先の平良文(たいらのよしふみ)公が御祭神で、この御二人は上杉謙信の御先祖様にも当たる方々です。
その平良文公の居城の村岡城を姓にした直系の御子孫で、代々村岡家が御霊神社の宮司様を平安時代以来務めていましたが、小林前宮司様は女性だったので結婚し姓が変わり、更に跡継ぎがいなかったので現在の宮司様が外部から赴任する事に成り、その1100年近い御祭神の直系子孫が宮司を務める伝統が途絶えてしまったんです。
しかし、職員様の御話しでは新しい宮司様あ血縁こそ無くとも、とても熱心な方でどうやったら廃(すた)れつつ有る古来の伝統を未来に残すか日々チャレンジされているそうです。
御朱印を頂きましたがとても新しい宮司様は字がとても綺麗でした。

←以前紹介した御霊神社の記事。

さて、佐助稲荷神社に話を戻します。
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小さな本殿には沢山の折なり様がビッシリ奉納されていました。
可愛いけど少し多すぎ(笑)。
佐助稲荷神社は境内の左手にも古い御社が在りました。
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なんだか童話に出て来そうな雰囲気の場所。
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小さな神様の祠が沢山在りましたので、恐らく昔の境内社の何某かの神様が祀られているんだと思います。
詳細は不明。
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下に又降りて来て拝殿の右側に廻り、その奥に行くと・・・
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こんな場所が有ります。
自然湧水。
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昔の宇賀神信仰に欠かせない自然の湧水。
現在の手水舎の水は、この水が引かれています。
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社務所で御守り等も販売しています。是非!恋人同士デートで御参りして見ては如何でしょうか?
近くには‟銭洗い弁天”として有名な‟宇賀福神社”も鎮座していて徒歩で直ぐに行けます。
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ここで御金を洗って金運アップを祈願して、佐助地区から武士達が往来した‟化粧坂(けわいざか)の切通し”を散歩すると鎌倉の原風景を巡るコースを散策できます。
化粧坂の切通しを抜けて扇谷地区まで行くと、海蔵寺が近くに在ります。DSC_2487
海蔵寺は十六井と呼ばれる文化財の井戸と春に咲くカイドウと言う花が綺麗で有名な御寺も近くに在ります。
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ここも観光客が良く訪れる場所です。
そこから小町通へ歩いて行く途中には英勝寺と言う御寺も有ります。
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ここは紫陽花(あじさい)で有名な場所ですが、実は徳川家康公の側室として寵愛された‟お梶の方”様の開いた御寺であり菩提寺でもあります。
だから、お梶の方の御廟所は東照宮の様な唐門でとても綺麗な建築物も有ります。そして御梶の方様の御先祖で関東一の名軍師だった太田道灌公の旧屋敷地でも有るので、こちらも御参りすると恋と知恵の面で御利益が期待できそうですね!
そして小町通を目指して歩くと、途中で名刀正宗を平安時代から製造する刀鍛冶の正宗工芸さんも在ります。
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ここでは日本刀を作る各段階の実物が店先に展示してあって自由に見学出来ますし、刀以外にも御子孫が正宗の技術で鍛える包丁やナイフも購入出来ます。夫婦の散歩なら包丁を買って帰るのも良い財産に成るかもしれませんね。
正宗工芸を過ぎればもう小町通・・・
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夕暮れ時の小町通は、ほんとに映画の世界に入り込んだような雰囲気ですよ!
そして日没直後の鶴岡八幡宮・・・
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なかなか日没後に参拝する人はいませんが、運が良いと夕暮れ時に松明(たいまつ)の中を歩く婚礼の儀式を見る事が出来ます。
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どうです?
佐助~化粧坂切通し~扇谷~小町通り~夜の八幡宮散歩、とても幻想的で良いでしょう?

もし気に入って頂けたら、是非!佐助稲荷神社、素敵な場所なので御稲荷様に会いにいってあげて下さい!
きっと御稲荷様も喜んでくれると思います。
・・・そして、鎌倉の武士達が歩いた空気を感じてみて下さいな。

では!又、次の記事で御会いしましょう!



 
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