歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:葛飾北斎

久しぶりの休日雑記。
繁忙期が過ぎて漸く余裕が出て来た小生なのだが、本日09月19日は風邪でダウン。
午前中は病院に行き、その後さっきまでダウンしてずっと寝ていた。寝疲れ起きたものの今も喉の炎症と咳が酷く痰に血と膿が混ざってしまっている。しかも体も痛い。頭もぼーっとする。
夜に成ると熱も上がり咽頭部が酷く痛むので、読者の皆さんも風邪には気を付けて下さい。
小生は今日、結局仕事を休む羽目に成りました・・・。

さて16日土曜日は京都から友人であり歴史仲間でもあるFSA君が横浜に再び出張に来たので、彼が余り行った事が無いであろう東京の下町に車運転して一緒に行って見た。
6月に別の京都の女友達が子を出産していたのだが御祝いをしていなかった事も有り、丁度良い機会なのでFSA君に付き合って貰って出産祝いの品も購入すると言う目的も有った。
当初、FSA君に行きたい場所をリサーチした際は神奈川県中央部を希望されたのだが、結論から言うと「ガン無視」して自分から「深川に行こう!」と提案をし直した小生・・・
FSA君、付き合ってくれてありがとう。
・・・さて、午前11時頃、横浜市内のとある駅でFSA君をピックアップすると首都高速横羽線で首都高環状線へ向かい、そこから小松川方面へ抜けて最初に腹ごしらえをした。
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何事も腹が減っては活動する気力が起きないからね。
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向かった先は深川釜匠、江戸時代に江戸っ子の腹を満たした深川界隈の名物料理“深川めし”を提供している店だ。
この店の存在を知ったのは昨年の事、小生が顕彰活動をしている横浜の殿様の間宮一族であり江戸幕府の御庭番(公安みたいな?)と地理学者と測量士を兼務した間宮林蔵宋倫公菩提寺の本立院へ参拝した際に、「どうせなら深川らしい物を食べて帰りたい」と地元民にリサーチしてこの店を知り食事をしたのが最初だった。
この店は周囲の店程、店としての内装が完成していない(笑)分、民家を改良して営業しているので料理の価格やボリュームが客にとって御得に成っている。
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今回通されたんは2Fの元は仏間(笑)と思しき部屋だった。
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これはこれで外国人観光客にはウケるだろう。
この日、小生は“深川めし”と“こんにゃく味噌田楽”とデザートに味噌汁と御しんこが付いたセットメニューを注文した。
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このボリュームで1500円は安いでしょう?友人のFSA君は深川セットと言う、深川丼と深川めしの両方を楽しめるセットを選んだ。
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この写真は前回、自分が深川セットを注文した時の写真。これが又、美味しいのだ!
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深川めし=浅蜊(あさり)の釜飯も深川丼=浅利汁の丼飯も、もの凄い大量に浅蜊が入っていて旨味が凄い!
そしてお漬物はセット以外にも柴漬けやラッキョウなんかが食べ放題なんだな。
この店、深川方面、清澄公園や深川江戸資料館に行く予定の有る人には御薦めです。まぁ、他の店でも良いので是非、江戸市民のファーストフード深川丼と深川めしは食べて見て下さい!
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食事を終えると直ぐ隣の深川江戸資料館にFSA君を案内した。
ここは変わった博物館で、江戸時代の庶民の生活を再現したセットが内部に組まれ町を再現しているのだが、そのセットの中に上がり込んで縁側に座ったり写真を撮影して良い博物館なのだ。
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日替わりで色んな演目や文化人の講演も無料で見学出来る。前回は落語を無料で見学出来た。
今回は江戸の物売り大道芸だった。
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江戸三大大相撲が興行されていた相撲の聖地、富岡八幡宮が区内に在るだけ有って昭和の名横綱大鵬さんの展示も有ったりする。
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実物大パネル。
う~ん・・・小生の方が筋肉だけは有りそうな気がするんだよな~。
身長も小生の方が高い。まぁ、格闘技はセンスと技術の鍛錬なので戦闘力は大鵬関が100なら小生は20位だろう(笑)。一般人は5前後かな(笑)?
小生が5人いて初めて現役時代の大鵬関と対等、6人いてリンチ出来る程度だろう(笑)。
んな事ぁ~どうでも良い。
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大鵬関の数々の優勝杯に加え、引退の際の断髪式で裁断された髷(まげ)も展示されている。
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小生が人の遺髪を見たのは世界三大記念艦の戦艦三笠に祀られている東郷平八郎元帥の遺髪と大鵬関の物だけだな。
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深川江戸資料館は余り大きい施設ではないのだけれども江戸時代の生活を追体験出来る貴重な場所で、まぁ見せ方も上手い博物館の一つだと思う。
良く有る公立の博物館は建物デカイだけで古くてショボい展示の仕方な上に、複製品の写真すら撮影させないケチ臭く子供達の歴史に対する興味を殺す意味不明な状態に成っている。
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しかし!ここは違うんだな。めっちゃリアルな展示物。
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店の軒先の再現度の高さ。
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照明で朝昼晩を再現していたり。
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こんな鐘楼も有ったり・・・
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民家に入って台所も見学出来るし。
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本物の骨董家具には本物の神社や御寺の神様が祀られていたり。
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友人も興味を持って見学してくれた様だ。
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この様な軒先と裏庭が民家の裏手にちゃんと有って、お月見の風習が再現されていたり、座ってゆっくり過ごす事も出来る。
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天ぷらの屋台や立ち食い蕎麦の屋台も再現されている。
まぁ、余り大きい博物館では無いので滞在時間は長くて1時間~1時間半が目安に成るだろう。
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江戸時代の飴売りや金魚売りの売り子の実演を見学し、解説展示物の方も見学してから深川江戸資料館を後にした。
ここから近くに間宮林蔵公の御廟所が在り、大正時代の東京府に史跡指定されているので友人を伴って其方(そちら)に移動した。
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茨城県にも墓所は有るのだが、本来の被葬地はここなので茨城の出生地は御分骨を埋葬されているか、墓標なのだろう。
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江戸における菩提寺は本立院と言う日蓮宗の御寺で、間宮家は元来は佐々木一族で有り神社の宮司家出身の一族で真言宗と修験道とも関係が深かったので、状況証拠を見る限り初期は源頼朝公と同じく真言朱を宗旨にしていた様だ。その後、室町幕府鎌倉府の鎌倉公方に仕えると禅宗臨済派(今の臨済宗)と真言宗の両方を大切にしていた。なので、鎌倉公方に仕えていた時代の一族武将には臨済宗の入道号である“道〇”と道の字が付く武将がいる。
そして時代が戦国時代に成ると、鎌倉公方は滅亡し子孫の古河公方足利家は小田原北条家の影響下に置かれたので、間宮家も北条家に仕えた。すると北条家は禅宗の臨済派ではなくて禅宗の曹洞派を大切にした家だったので、間宮家も教養を身に付ける際に曹洞宗寺院で学ぶ事と成り多くの廃寺と成っていた真言宗寺院を曹洞宗寺院として復興開基している。
そして更に小田原の北条家が滅び、間宮家は徳川家康公の直臣となり於久(おひさ)様が家康公の側室と成った縁で事実上の外戚と成ると、当時は安土桃山時代だったので旧主北条家の北条氏規(うじのり)公が豊臣政権下で日蓮宗の影響を受けると間宮家の多くも日蓮宗寺院とも関わる様に成った。しかし、この間ずっと真言宗・修験道・臨済宗・曹洞宗の全ての宗派の寺院を大切に保護している事が新編武蔵風土記稿の神社仏閣の解説や寛政重修諸家譜に掲載された入道号から読み取れる。
菩提への参詣を終えるとFSA君が「本立院の御朱印が欲しい」と言い出したので、御廟所から少し離れた御寺へ移動した。
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元々は隅田川沿いに在ったのだが江戸幕府の都市再開発で現在地に移転された。周辺には多くの日蓮宗寺院や浄土宗寺院、昔は法華宗とカテゴライズされた宗派の御寺さんが同じく移転されて来ている。
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今年は丁度、日蓮上人の出生800周年らしい。
境内にはユーモラスな石像も有る。CIMG5271
そして一応、間宮林蔵公の菩提寺としての石碑も立っている。
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う~ん・・・
揮毫したのが鳩山一郎さん。なんで国を大切にした鳩山一郎さんの身内から鳩山由紀夫みたいな無能な売国奴が誕生したのか理解不能。とか昔は思っていたけれど、只単に鳩山由紀夫は非正妻だった母が反日国籍の半島の出身で妻も本籍は反日半島の人だって後から知って納得した。
だから彼は売国的な行動を好んでするらしい。
もっと対等に仲良くする交流の仕方を模索出来る筈なのに、日米関係を悪化させ、日中関係も悪化させ、日韓関係だけ異常に韓国優位にした行動原理は出生に有るってのは今では多くの人が知っている。
まぁ、不法移民と不法就労者を見逃し続けたら彼みたいな人物が増えるだろう。
しかし、韓国人や北朝鮮人にも日本が大好きで日本の政治と法律と社会の方がマトモと思ってくれいる人も多くいるので、国籍だけで排斥するのは良くない。トランプさんみたいにあくまで不法移民と不法就労者を法律に乗っ取って国外に退去して頂けば、本当に日本人と仲良くしたい在日就労者の人が残って両国間の敵対感情も薄れると思うんだな。
そんな事も、間宮林蔵さんの生涯を辿(たど)る事で終焉の地、深川で学ぶ事も出来たりする。
本立院と御廟所で間宮林蔵公と日蓮上人様にいつも御加護御守護頂いている事の御礼の御参りを済ませると、FSA君と次は昨年開館したばかりの美術館に移動した・・・
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その名も“墨田北斎美術館”だ。
名前の通り、墨田区を代表する文化人で“画工”の葛飾北斎さんの美術品現物とそのリトグラフが多く展示されている美術館で、外国人の観光客も多く来る。
建物も斬新で美しい。
こう言った奇抜な現代建築を批判する人も多いが、これが25年、50年と経(た)つと味の有る建物に見えるから小生は嫌いでは無い。
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例えば最近、ヒ蟻の巣が発見されて大騒ぎに成った横浜市中区の横浜シンボルタワー。この建物も当時は批判されただろうが、今では昭和の高度経済成長期の遺産的なウルトラマンに登場しそうな奇抜なデザインが面白さを醸し出している。
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こちらは他地域の人が余り知らない施設だが、墨田北斎美術館は外国人に対しても日本の窓口的な役割を担っているので小生としては日本現代建築のデザイン美と建築技術を見て貰うにも良い施設だと思っている。
しかもアホの横浜市と違って遺跡破壊して造ってる箱物でもないしね(笑)。
因(ちな)みに下は横浜シンボルタワーを以前紹介した記事。
※コレ→
さて墨田北斎美術館に話を戻すと、この美術館は公園の一角に建っていて、そこからはスカイツリーも見る事が出来る。
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で、スカイツリーの見える方と反対側に美術館が在って、さながらアルファベットのNの字の様な建物の切れ間から中に入る事が出来る。
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これは日本に来た外国人の旅客にも強い印象を与えるのでは無いかと思う。
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中は白を基調にした落ち着いた造りだが、やはりデザイン性に富んでいる。
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建物自体がとても綺麗だね。
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この美術館は志高い高文化な多くの民間企業と個人の支援で成り立っているそうだ。
素晴らしい!
そして、ここの素晴らしい所は深川江戸資料館と同じく、常設展示の美術品の多くは写真撮影して良いと言う事だ。
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どうやら撮影フリーの営業をしている場所は“見せ方の上手い美術館や博物館”に多い様だ。
最近、鎌倉市にオープンした鎌倉歴史文化交流館も展示物全てが撮影OKな上に見せ方が上手い!
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 ※鎌倉歴史文化交流館

紹介記事→
さて、すみだ北斎美術館に話を戻す。
葛飾北斎と言えば、小生達神奈川県民にとっても大切な文化人だったりする。
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彼の代表作の“富嶽三十六景 神奈川沖浪浦”は世界的に有名で世界中の美術家に大きな影響を与えた事が知られており、中でもセザンヌ、ゴッホ、ビクトワール、ドガなんかが有名でゴッホに至っては北斎画の模写も現存していたりするんだな。
小生は幼少期4歳から美術の専門教室に通っていたので油絵は嫌いだけれど、この話は知っていたりする。
因みに、この景色は今のJR神奈川駅~横浜駅辺りが海だった時代、その沖合から見た富士山の風景なので今の大黒ふ頭付近か本牧半島の先端を回る辺りからの風景だろう。
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他にも多くの作品が展示されており自由に写真撮影出来る。
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これは賀奈川(神奈川)沖本杢(本牧)之圖(図)と書いて有る。初期の風景がで、神奈川沖浪浦と同じ辺りからの写生の筈だが浪も迫力が無い。
こう言った事も知る事が出来るので面白い。
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この絵は確か、駿河の海の上から見た富士山だったと思う。間宮家が蒲原代官として奉行を務めた蒲原宿沖合辺りからの眺望だろうか?
葛飾北斎が、こうした迫力の有る絵を描けたのは実は西洋伝来の“望遠鏡”を駆使してUP画像の様な構図を頭に描く事が出来たからと言われている。
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だから、こう言った円弧を意識した構図が発展期~晩年に多く成ったのだろうか?
すみだ北斎美術館には彼の生活の様子を再現したセットも有る・・・
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・・・これが生々しくリアルで気色悪い。しかも体温を感じず魂が入って無いので何だか死体を見ている様な気分に成るんだな(笑)。でも当時の彼の生活の様子を知る事が出来る貴重な展示物だ。
ここには美術品以外にも面白い展示が有った。
葛飾北斎の出生や血縁一族に関する解説なのだが、実は彼は忠臣蔵で有名な吉良上野介の家老、小林家の末裔らしい。
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そして更に面白いのが彼には不詳の孫がいて大層苦労したなんて事も解説されている(笑)。
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どら者(笑)。
今で言ったらニートだな。う~ん、いつの時代もニート問題は有るんだな(笑)。
しかもニートはニートでも、家の金を使い込むタチの悪いタイプだった様だ。
どら息子ってlazy sonって翻訳サイトで出るんだが、prodigalってのは“浪費家”って意味らしい。
つまり北斎爺ちゃんの金を使いまくっていたカスって事か。一族の恥なので系図上の名前も残して貰えなかったんだろう。
まぁ、そんな少し面白い葛飾北斎の歴史も見学し、最後に京都市の友人への出産祝いに江戸切子のグラスを買う為すみだ北斎美術館を後にして、FSA君に“すみだ江戸切子館”へ付き合って貰い移動した。
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残念ながら店内は撮影不許可と言う事なので、外観の写真だけ。
ここは面白い試みもしていて、一般人向けに江戸切子製作体験も出来るそうだ。
しかし、今回は贈答品なのでプロの商品を購入した。
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梱包前に記念撮影。
親子3人分、これで将来、生まれた子が成人式の時とか御酒飲んでくれたら嬉しいな~。
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とっても綺麗だったので、次回は自宅用に購入したいと思う。
買い物も終わり帰り道、首都高で位置を間違えて外環道を走る羽目に成った(笑)。
そして遠回りしてFSA君をJR関内駅近くまで送り届け、解散。
帰宅すると早速、梱包して貰った桐箱を更に段ボール箱に入れて緩衝剤を入れ、段ボールに千代紙を張り付けて注意書きをして郵便局員にも我物在中である事を目立つ様にした。
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後からネットで知ったのだが小生の知る限り神話時代の日本や室町時代以後の武士社会では盃や茶器を贈る事は非常に好まれていたのだが、誰が決めたのか庶民の間でガラスが普及するのは明治~大正時代に成ってからの話なのだが、現代ではいつの間にか「贈答品ガラスNG」としている出典不明のガセネタが流布されている様だ。しかも御笑いなのが、その日本文化にそぐわないルールを紹介しているサイトでは「ワイングラスを贈るのは最高の祝いの意味がある」等と恥ずかしげも無く矛盾した情報を掲載しているので御里が知れる(笑)。
恐らく、こんな下らない新ルールを作りたがる馬鹿は非日本人だろう。

結果的に本日、友人夫妻から御礼のメールと可愛い子供の写真が送られて来た。
〇〇ちゃん!御母さんと御父さんの良い所を受け継いで、賢く理知的で根性も有り日本文化にも精通した大人に成ってね♪

・・・今日のブログ記事はここまで。では、又、次の記事で!













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最初の自己紹介記事で掲載した写真ですが、アレは、鎌倉市にある"七里ヶ浜"と言う砂浜で冬に撮影した写真なんです。
江戸時代に"葛飾北斎"と、"歌川広重"言う有名な画家が富士山ばかり描いた有名な絵が有りまして…
葛飾北斎の"富嶽三十六景"と言う画集の中の"相州江ノ島"と言う作品や、歌川広重が"富士三十六計"で"相州七里濱"と言う作品を描いた地点付近の現代の姿です。

その絵は下の画像です。
葛飾北斎の相州江ノ島
小生が撮影の現在の風景がコレ↓です。
 
そして歌川広重の相州七里濱
富士三十六景
三つとも略、同じ構図でしょ?
小生は砂浜が好きで良くドライブ&散歩に行くのですが、特にこの七里ヶ浜と三浦半島の秋谷海岸と琴音浜が美しく見ているだけで心が安らぐのでお気に入りの息抜きスポットに成っています。

他にも何枚か撮り貯めた写真を載せます。
夏の七里ヶ浜
この写真だとイメージ湧きやすいかと思いますが、サザンオールスターズの"稲村ジェーン"の舞台もこの場所です。
ここの鎌倉市街よりの手前側に稲村ガ崎と言う小さい半島が在(あ)るんです。
他にも写真を…
左上に見えるのが江ノ島。
中央右に富士山が見えます。

最初の自己紹介で掲載した写真
ラッセン画伯の絵みたいな夕景でしょ?
撮影者(小生)の腕が良いのか(笑)?
こんな美しい七里ヶ浜ですが、手前の稲村ガ崎は鎌倉幕府滅亡のおりに新田義貞公の逸話が残りました。

曾(かつ)ての鎌倉市街は切通(きりどお)しと呼ばれる防御施設の役割を兼ねた半(なか)ば隧道(トンネル)状の道しか出入りの経路が有りませんでした。
その為に後醍醐天皇の命令で鎌倉に攻め入ろうとした新田義貞は苦戦します。
そんな中で、彼は黄金で造った太刀を稲村ガ崎から海中に投げ入れ神仏に願をかけたところ、七里ヶ浜の潮が一気に引き海面の水位が下がった事で鎌倉市街側の由比ヶ浜へ、海から軍を侵攻させる事に成功しました。
その結果、幕府の北条家得宗高時は今の宝戒寺と言う御寺の在る場所で切腹し、鎌倉幕府を滅亡させる事に成功したと言う伝承が残っています。
事の真偽はさておき、ここは伝説が有ってもおかしく無い程、雰囲気が素敵な場所なんですよ!
是非、鎌倉や江ノ島を訪れた際は立ち寄って見てください!

江ノ電だと鎌倉高校前駅で下車です。
同駅は風景の綺麗な駅100選で1位に成った場所でもあります。

近くには珊瑚礁と言うサーファーに有名なレストランもあります。
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