歴史オタクの郷土史グルメ旅♪♪      久良岐のよし

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タグ:長浜野口記念公園

今月は休日も色々と遊びでは無くて人に会う用事が立て込み、週末なのにスーツや少しカジュアルだけどカチっとした格好で過ごし慌ただしかった。
そして今日(現時点では前日)10月27日の日曜日は久しぶりに休日らしい日を過ごす事が出来た・・・

今月中旬、はまレポの記者もやってるブロガーの❝知の冒険❞サンの中の人(笑)と初対面した時以来、やっと今月2回目の完全な休日だった。
知の冒険さんは近世~近代の色町の文化や、現代に影響を与えた民間事故の記録等を掘り下げるニッチなジャンルの歴史オタク記者で、小生の知らない事を多く知っていて記事も面白い。
知の冒険ホームページ⤵
https://chinobouken.com/

今日会ったのは知の冒険の中の人(笑)ではなくて、鎌倉市の文化的な仕事をしている歴史仲間と言いましょうか、何と言うか安心して色々と将来の事も話せる先輩と言うか、こんな大人に成りたいなと思う先輩。
日本と中国の歴史と文化が好きで小生より色々と詳しい人。
奥さんも美術品とか好きで御夫婦で文化的な事が好きらしい
共通する文化が好きな人同士で夫婦に成った先輩の話を聞いて正直に羨ましいなと思う。でも今日会ったのは旦那さんの方の先輩。
以前は仕事で御一緒する機会が良く有ったのだが最近は顔を合わす機会が無くて・・・
「どうされていらっしゃるだろうか~?」
「こちらも色々と人生の岐路に差し掛かり近況報告も有るし、お会いしたいなぁ~」
・・・と思い、久しぶりに今月中旬に連絡をとって約束をしていた。

朝方、午前11時に先輩が住む鎌倉市の浄明寺地区近くの某駐車場で待ち合わせをして先輩をピックアップした。当初の計画では何ヶ所か小生がランチの候補地を先輩に提案して、先輩は佐島マリーナの❝海辺❞と言う和食レストランをチョイスしたのだが朝方暴風雨で昼近くに成っても天気が安定しなかった事と、先輩はよりにもよって前日に飲み会で❝刺身❞をたらふく食べていて生物を立て続けに食べさせるのも悪いと思い予定変更を早朝にメールで提案しておいた・・・
「鎌倉から近い金沢区の❝柴漁港の天丼小屋❞か❝喜多屋❞にランチ変更しませんか?」
・・・と提案した所、喜多屋をチョイスされたので車で先輩をピックアップして朝比奈峠を越えて金沢区へと出発した。実はこの先輩が小生に博物館のチケットや鎌倉市の調査報告書等を下さる人なんだな。

先輩から15時迄に鎌倉に戻りたいと事前に申告されていたので、それに合わせて食事以外に何ヶ所か喜多屋付近の歴史観光地を車中で推薦した。
・野口英世博士がペストの日本上陸を食い止めた旧横浜検疫所の長浜野口記念公園
・金澤山彌勒院稱名寺
・野島の伊藤博文公金沢別邸
先輩は神奈川県立金沢文庫(博物館)は仕事で用事が有り珍しくも無いと思い、敢(あ)えて選択肢として提案しなかった。まぁ、仏像に詳しい御方だし。
で、浄明寺地区某所から車を走らせる事20分位だろうか?直ぐに長浜野口記念公園の長浜ホール(旧横浜検疫所)に到着した。
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長浜ホール(長浜野口記念公園内、旧横浜検疫所事務所棟)
ここに来るのは小生2回目で、今年初春にも紹介記事も書いている。
以前書いた記事⤵
旧長濱検疫所の細菌検査室  野口英世記念公園内に保存される明治時代の建築遺産にして医療文化史跡・・・横浜市金沢区長濱。
今年初頭に写真撮影に訪れた際は旧横浜検疫所事務所棟の❝長浜ホール❞はペンキ塗り直しで外観撮影が出来なかった。今日は外観も化粧直しされ、素敵な近代西洋建築としての価値を自負する様に立派な姿を見せてくれていた。
先ずは管理室の職員さんに確認して1Fの展示を見学した。
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綺麗な応接室の様な階段下のエントランス。
その横に簡単な説明が有り、詳しい内容は別棟の❝旧細菌検査室❞に展示されている。
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長浜ホールの方には福島県の野口英世先生の生家の模型とか・・・
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・・・明治時代当時の周辺のジオラマとかが展示されていて、埋立による地形変化前の様子が良く解る。現在は目の前に団地が広がる長浜野口記念公園だが、当時は埠頭に囲まれ横浜港に入港する前の船を停泊させて防疫検査を行っていたんだな。
言い換えれば明治時代の日本における感染病原菌防疫の最終防衛ラインが、この横浜市金沢区長浜地区だった訳だ。
長浜ホールをサクっと見学してから旧細菌検査室にも行き、野口先生の人生の解説展示をたっぷり見て、それから細菌検査室内にも先輩を案内した。
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簡単な野口先生の足跡。
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細菌検査室内の様子とかは以前の記事でも紹介したので端折るが当時の機材がそのまま展示されているのだが見学すれば皆例外なくこう思うはず・・・
「え~!当時こんなショボい機材でペストから日本を守ったの‼」
・・・ってね。本当に野口英世先生の偉大さが判るから、横浜市の小学校は付近の横浜市南部市場で働く人の見学と八景島シーパラ遠足と合わせて社会科見学遠足させるべきだと小生は思う。
見学を終えて先輩と車に戻り、そこから10分かかるかかからないかで喜多屋に着いた。
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喜多屋 & CaféDiningぼたん実はつい最近も知の冒険サンとオフ会で来たばかり!歴史好きな人はいくつか食事処を提案しても皆ここに来たがる。歴史好きだけでなく女性にも人気が有るので、着いた頃には若い女性の友達同士らしい二人組や近隣の夫婦らしい御客様で昼の12時前に既にほぼ満席の賑わいを見せていた。
先輩は昔からの横浜の名物の❝小柴の穴子❞の天ぷらを食べれるランチを、小生は秋刀魚を使ったランチを注文したのだが・・・
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御店の人の間違いで小生には横浜の新名物❝ハマポーク❞と柿のソテーが調理されて来た。一応、御店の人に注文と違う事を伝えた。
「僕が注文したのは秋刀魚の料理なのですが・・・」
「もし、まだ秋刀魚を調理して無ければコレでも結構です。でも一応、他の御客サンと間違えでは無いか確認して頂けませんか?」
・・・と申告した所、御店の調理担当の方の配慮で「秋刀魚の料理も後から出すのでハマポークのソテーもサービスさせて下さい。」と何ともラッキーな展開に成った。
「結構ですよ、御気遣い無く。」
・・・と再度言ったのだが店員さんが謝罪として料理を提供して下さったので、先輩と半分こして食べた。
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ハマポークも秋刀魚もとっても美味しかった!
でも・・・う~ん・・・男同士で料理シェアするって変な気分だった(笑)。早く奥さん見つけて奥さんと料理半分こ出来る様に成らんといけないなぁ(笑)。

この時に先輩にも披露した小話を皆さんにも紹介すると、心理テストで実は飲食店で間違えて提供された料理を店員に間違いを告(つ)げず食べる人は不誠実で異性に対しても恋人がいても別の異性から告白され浮気のチャンスが有れば拒まず肉体関係を安易に持ってしまう確率が高いそうだ。
そりゃそうだ、来る者拒まずって事だからね、そうなるだろう。更に食べてから店員に「自分が注文した物を出せ」と喚く奴は悪人で相手に間違いを告げず騙して食べてしまい食べてから言う訳だから妻子がいても相手に何も教えず不倫して、相手が本気に成ってから妻子がいる事を告げて異性を捨てるクソ野郎って事に成るな。
・・・先輩は笑いながら聞いていたが、本当に結婚前からの彼女とは結婚せずに別の女性と結婚し子供まで作りながら彼女と別れず不倫して、挙句の果てに「好きでも無い女と腐れ縁で結婚前から続いている」なんて言い腐る悪人も小生の知ってる男性にいる。

まぁ、そんな事を思い出したりした。
このランチは1500円でデザートも付く。小生と先輩は二人共、栗のクリームブリュレを頼んだ。
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これもとても美味しかった。
食事を終えてから文化財していされている喜多屋の館内を少し見学させて頂いたのだが、生憎(あいにく)と昨日は研修旅行客で満室になっており客室の見学は出来なかった。
しかし明治時代の建物で、大正時代には確実に存在して品川~横浜~現在地へと移築されて来た浴室だけは御厚意で見学させて頂けた。
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写真は以前の物だが、大正ガラスのステンドグラスがとても綺麗な御風呂。
喜多屋については以前、紹介記事を書いているので御興味有る方は其方も御覧頂ければ客室の写真が掲載して有ります。
これ記事⤵
金沢区の喜多屋は元料亭の日本建築文化財の旅館&cafe。
館内を少し見学させて貰ってから鎌倉の入口朝比奈峠へ向かう途中に在(あ)る横浜市がマンション建設容認して破壊させた上行寺東遺跡の模造復元地にも先輩を案内して来た。
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上行寺東遺跡模造再現地
ここを横浜市は遺跡として主張するが、正確には背後のマンション敷地が昔の遺跡跡地。破壊直前、高名な東大や有名大学の歴史学者や神奈川県の郷土史家や地元住民たちが多く保護を要求し破壊反対したのに横浜市は文化保護意識が低く、日本屈指の矢倉研究の貴重な遺跡だった上行寺東遺跡を消滅を容認させてしまった。その批判が殊(こと)の外(ほか)大きく成ると、今度は横浜市教育委員会は批判の矢面に立たされた事に恐怖して慌てて強化プラスチックで模(かたど)りして、この偽物遺跡を造った挙句に❝保護❞と嘘の主張を始めたのだが・・・

・・・残念ながらその嘘は記録フィルムで拡散され、ライオンズヒルズ金沢八景が言うなれば壮大な事故物件に等しい程に開発中に敷地から夥(おびただ)しい武士や僧侶の人骨が掘り返された事は歴史家や正義の横浜市民達の知る所に成っている。
まぁ事故物件どころの騒ぎでは無いな、源頼朝公と文覚上人と言う鎌倉時代の偉人が建立した寺院跡なので壮大な聖地&墓地を破壊した訳だ。
横浜市は現在も12万人弱も開発反対署名が集まり、横浜市の有識者で評議し議決で過半数も反対した❝円海山瀬上沢流域一帯の横浜市最大最後の蛍群生地❞すら、林市長以下役人と東急グループはその反対を無視して東急グループに開発させ様としており、現在多くの横浜市南部地域の市民から東急諸共批判にさらされていたりする。
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詳しくは蛍観察出来る場所の様子や歴史を合わせて以前、記事で紹介しているので御興味有る方はソチラも御覧頂ければ宜しいかと思う。
これ⤵
円海山で蛍が観察出来る季節です。横浜市磯子区~金沢区~栄区~港南区に跨る横浜市最大最後の自然保護区。
上行寺東遺跡のハリボテを文化財を大切にする鎌倉市に住む先輩はコンコン叩きながら笑っておられたが、横浜市の築地育ちでハマっ子ではない林横浜市長と同じく、現在の鎌倉市長も郷土文化歴史への知識が欠落した上に物事を自分一人で判断出来ない人で、釈迦堂切通しや釈迦堂口遺跡や名越邸址等の重要な歴史史跡&文化財の保護や住宅道路や散策路の再整備を行わず放置したまま❝とりあえず封鎖❞したまま放置していたり、先年から問題に成っている北鎌倉の隧道も市民と土建屋の板挟みのまま保護も補強もせずに放置して無能振りを晒して鎌倉市職員や教育委員会や文化意識の高い市民からも白い目で見られているそうだ(笑)。
一頻(しき)り上行寺東遺跡の❝ニセモノ(笑)❞を見物してから先輩を鎌倉に送る為に車に乗り込み、車中で先輩にずっと疑問に思っていた鎌倉市のとある遺跡について質問をした・・・
「そういえば今年の正月に鎌倉幕府初代政所別当の大江広元公の所領だった厚木の毛利台に行って来たのですが、大江広元公の御廟所の矢倉って法華堂では無くて十二所山中に有ると言うのは知っているのですが、場所御存知ですか?」
・・・と質問をした所、実際の所、伝承によって大江広元公の御廟所と伝わる矢倉が十二所山中に在るそうで先輩も調べに行ったのだが結局詳しい事は解らなかったとの事だった。でも十二所の朝比奈峠入口近くに「❝大江広元公邸址❞は在るよ、案内しようか?」と思いもよらない回答が出て来たので、近くのコンビニに車を停めて先輩の案内で石碑を見に行って来た。
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本当に熱心な大正時代の鎌倉町青年団、この先人の御陰で小生達現代の若い世代は史跡の場所を確認する事が出来る。先輩と鎌倉町青年団の先人達に感謝。
先輩を御自宅近くの某駐車場まで送り別れ、一度帰宅してから今度は夕刻に❝小机城址竹灯籠祭り❞を見物に行って来た。
2018年度小机城址竹灯籠祭りポスター
昨年は大雨で中止に成り見物出来なかったんだな、毎年行ってたのに。
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今年は5千本の伐採した竹で作ったキャンドルの展示の仕方を例年とは変え、順路の導線が混雑しない様に工夫されており非常に見易(やす)かった。
・・・あ~、来年の竹灯籠祭りは大切な女性を連れて来てあげられたら良いのになと思いながら一人で見物。
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今年は今までと少し違って時期的にハロウィンも意識しているのだろうか(笑)?
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綺麗綺麗!
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近所の小机小学校と城郷小学校の生徒達によるキャンドル作品も出展されていた。
うん!こう言う事を子供の頃にやっていると自分の地元に関わった歴史偉人が凄い人だったって大人になって改めて知る事が出来るんだな!
小机城代だったのは戦国時代の関東の覇者、北条家で家老と外交を務めた笠原家、特に有名なのは笠原信為公だな。KOEIは横浜の歴史ゲーム会社なのに歴史知識が浅い奴等ばっかで笠原信為公や間宮康俊公等、東海地方の武将を痛撃した名将達を登場させなかったり登場させて以後も実績に反して低評価のままにしていたりするのだが、こうやって子供の頃に歴史偉人の足跡を学ぶ機会を得ていると、人のデマや噂に騙されず自分で情報を確認する分析力も身に付く。
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何か可愛らしいキャンドルが多かったな。
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竹取物語の再現は少し不気味だった(笑)。
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でも今年は部分部分にキャンドルを集中さえた御陰で竹が幻想的に照らされとても見応えが有った!
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日本の竹ファンクラブの皆さん、今年もご苦労様でした。
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この活動は非営利団体❝日本の竹ファンクラブ❞がボランティア活動で行っている。
ホームページ→http://takefan.jp/
誰でも参加出来るので御興味有る方は是非、御連絡を!皆さん喜ぶと思います。
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今年は残念ながら昼まで天候不順で雨もパラパラしていたので屋台が無かった。
でも住宅街の駐車場で地元の人が焼き鳥の屋台を出していたので晩御飯代わりに6本購入して頂きました。
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とても美味しかったですよ♪
小机城に関しても以前に解説記事を書いているので、御興味有る方は記事を読んで見て下さい。
中には城の解説、各武将の関連解説記事へのリンクも貼ってあります。
コレ⤵
2017年度 小机城市民の森竹灯籠まつりは10月28日に開催!小机衆家臣団の紹介も!
城からの帰り道、月明かりと日産スタジアムが綺麗に見えた。
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もう涼しく成りスッカリ秋の夜空だなぁ~。
そうそう、先輩からこんな御土産を頂きました。
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鎌倉市の調査報告書。これ去年の奴なんでとても楽しみにしていた物。必要なくなった分を下さいました。内容も当然、小生の興味対象ばかり。
先輩、ありがとうございました♪

さて、次回は何か歴史解説記事を書きたいなぁ~。




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横浜市金沢区長濱には長浜ホールと言うコンサートホールと長濱野口記念公園が在ります。
そこには❝旧長濱検疫所の細菌検査室❞が保護維持され無料開放されています。 CIMG6460
長濱野口記念公園内 旧細菌検査室
実はここ・・・
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野口英世記念公園内に保存される明治時代の建築遺産にして医療文化史跡。野口英世先生が検疫所職員時代に日本初❝ペスト❞の患者を臨港検疫で発見し日本へのペスト流入を食い止めた当時正に働いていた場所なんです。
CIMG6461 野口英世先生がここでペストを食い止めていなかったら
現在の日本人の多くは祖先が死んでいて生まれていなかったかも知れない、そんな医療の聖地でもある訳です。
CIMG6462 明治三十九年(1899年)明治政府に因って❝海港検疫法❞が公布されました、すると旧長濱検疫所は横濱海港検疫所として再スタートし、当時は北里研究所の北里柴三郎先生の開いた伝染病研究所で研究助手をしていた野口英世先生に白羽の矢が立って❝海港検疫医官補❞として入所赴任されたそうです。
この頃、野口英世先生は22歳。若い!
CIMG6467 すると横浜港に入港しようとし横濱海港検疫所に停泊していた❝亜米利加(アメリカ)丸❞の清国(中国)人乗船員がペストに感染しているのを野口英世先生が発見、ペストの日本侵入と蔓延を事前に食い止めた。
CIMG6468 その時に活躍の場と成ったのが正に、この❝旧細菌検査室❞であり、当時の横濱海港検疫所として機能し現在はコンサートホールとして改装され再利用されている長濱ホールだった。 CIMG6469 これらの建物はバブル時代に老朽化で破壊されそうに成ったのですが、野口英世先生の出身地の福島県民と横浜市民と北里大学の関係有志が義挙し保存活動に発展、実に18年間に及ぶ保存維持闘争を経た頃に、横浜市長が高秀秀信市長に成ったのが幸運でした・・・
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高秀市長は建築族であると同時に歴史知識と教養の深い人物で、この活動に賛同され保護に踏み切り現在では横浜市民に無料で開放され誰でも医聖:野口英世先生の日本防衛の医療聖地を見学する事が出来る様にして下さいました。 CIMG6459
※現在外装工事中の長浜ホール ・・・余談ですが高秀市長は他にも横浜市中区元町~山手地区の明治~大正~昭和初期の洋館群を横浜市で買い取り保護し、素敵な街づくりと近代西洋文化保護を行い、更には都筑区センター南駅までの茅ヶ崎城址保護整備により茅ヶ崎城址公園を開き日本の戦国時代の文化史跡保護にも活躍されました。
又、茅ヶ崎城から直ぐ近くの大塚歳勝土遺跡を保護し緑地公園と史跡公園として発掘調査させ整備し横浜市立歴史博物館を設立され高秀市長によって保護公園化された大塚歳勝土遺跡は❝国指定史跡❞と成り、素晴らしい商業街造成と史跡文化保護の両立を実現された名市長でもあります。 ●茅ヶ崎城址公園…横浜市内3本指に入る保存状態の城。←クリックすると記事を読めます。
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検疫所の前には澤を利用した水堀が在り、これで検査室と事務所の結界としていた様ですね。
高秀市長はこの様な素晴らしい遺跡や文化史跡や城址や自然を多く保護された上で横浜市の経済発展と両立された偉大な市長だったのですが、2018年現在の林文子市長は❝円海山瀬上池~瀬上沢❞の横浜市最大の❝蛍群生地❞の東急不動産による宅地開発を容認する発言をし高秀市長が自然公園化した現地を一部私有地払下げしたり借地権を放棄し封鎖させ、蛍は絶滅の危機に瀕しています。 同様に❝続日本100名城❞に選ばれた小机城址への横浜市史跡指定化を行わず、建築利権かさせ破壊してしまう可能性が有る。
ついでに関連記事のリンクも以下に貼って置きます。
●茅ヶ崎城址公園…横浜市内3本指に入る保存状態の城。
●円海山と瀬上池の沢…蛍が見れる横浜南部の最後の大森林。
●円海山の蛍が観察出来る季節です。・・・過去記事の転載も。
●❝続日本百名城❞の1つ小机城は城主北条幻庵公と城代笠原信為公が率いた北条家白備え隊後の小机衆の拠点。
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旧細菌検査室は小さな博物館に成っていて、当時の検査機材や書類、歴史解説が無料展示されていて誰でも野口英世先生の足跡を学ぶ事が出来ます。
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建物は高秀市長が保護した頃には放置され老朽化が激しかったのですが、有志の活動と高秀市長と当時の市長を支えた教養と志の有る一部職員によって修繕が段取りされ現在のの残されました。
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部屋は多くは有りませんので、長浜ホールに事前に見学可能か問い合わせし合わせて行くと良いと思います。小生はこの日は旧長濱検疫所の検査室だけを見学しました。
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このデカくて仰々しい物が当時の顕微鏡だそうです。今は大分小さく成りましたね。
医療の進歩は科学の進歩を一緒に進んでいく事を物語っていますね。
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他にも検査器具は野口先生が手で触れたかも知れいない擂鉢やら天秤やらシャーレみたいな物とか?色々有りました。
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これは医療関係者の人が見るべき場所なのだろうなぁと思います。
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何か昔の出入り口は地下室と兼用の地下道のみだったそうで、疫病が万が一蔓延しない様に有事は埋めて封鎖する目的でも有ったのでしょうか?今では別に玄関が付けられています。
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昔の検査風景。
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今も再現され保存されています。
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どうです?
小さいけれど医療関係者のみならず横浜市民も見学する価値は十分に有ると思います。
近くの長浜公園は昔海だった海岸線で干潟が保護されており野鳥の観察も出来て子連れでタコ上げしたりデートで散歩したり、ゆっくり遊べる場所でもあります。
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そうそう、自販機まで野口先生仕様でした(笑)。
さて・・・
林市長が長浜野口記念公園や茅ヶ崎城址公園や山手のエリスマン邸等、多くの市の建築遺産と史跡と自然と宗教の聖地を高秀市長の様に保護され活用される事を期待し、この記事を書きます。
円海山と瀬上沢と小机城址が横浜市指定史跡や自然保護区に成り、東急不動産さんが自然破壊開発を放棄、それ等の場所の保護にスポンサーに成り“浄願寺跡の上行寺東遺跡を破壊した横浜市教育委員会の罪滅ぼし”も兼ねて林市長と横浜市教育委員会と東急グループは自分の会社は文化と自然を保護しながら既存の宅地を有効的に再開発していますと方針転換の宣伝を率先して行って下さるよう、期待します。
●【城郭ファンへ拡散】六浦山上行寺の解説と、間宮家臣荒井家の鎌倉武士時代の幻の城址❝荒尾城❞発見?の報告と協力要請。
よもや、横浜市はこの過ちを繰り返さないよな?
多くの横浜生まれ横浜育ち世代の横浜市民と自然保護活動家、カルトセクトではない正統派の神道と仏教宗派の関係者も情報共有しながら❝円海山を見守っている❞事ですし。 この提案は政治家にも企業イメージ改善にも+に成ると思います、高秀市長時代を模範にしては如何でしょうか?
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